単位制から学年制への大きな転換。常に生徒と向き合い続ける高校の奮闘

大阪府立長吉高等学校

 大阪府の重点取組である「中退・不登校の未然防止」を実現するために、エンパワメントスクールとして新たなスタートを切った長吉高校。前例の少ない「単位制」から「学年制」への移行という大転換を、同校はどのように切り抜け、そして今何を感じるのか。
 2018年に同校に赴任した黒田浩継校長と、改革当時をよく知る草野和夫教頭に話を伺った。

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    中退・不登校の未然防止

  • ミッション

    研修や視察だけではなく、熱意ある教員や人権文化部の存在を生かした`ビジョン共有の推進

  • アクション

    単位制時代の良さや学校の特色を生かすかたちでの、「生徒の学びなおし」の支援

  • リフレクション

    「学校生活満足度」や「進路決定率」等の指標を用いた振り返り

  • プロモーション

    持続的な取組としていくために、功労者に頼らない体制への転換を目指す

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

2度の改編を経てスタートしたエンパワメントスクール

 地域からの要望を受け、1975年、長吉長原の地に開校した大阪府立長吉高等学校。校舎に近づくと、「一人ひとりの力を引き出す エンパワメントスクール」と書かれた垂れ幕が目に入る。同校は全日制普通科高校として創立したのち、2001年には単位制高校へと移行すると同時に、「中国帰国生徒及び外国人生徒入学選抜」を開始。そして2015年、再び単位制から学年制へ回帰するとともに、今度は全日制総合学科の「エンパワメントスクール」として、2度目の再スタートを切ったところである。
 エンパワメントスクールとは、「生徒の『わかる喜び』や『学ぶ意欲』を引き出し、しっかりとした学力と社会で活躍できる力を身につける」 ことを目的に、大阪府が平成27年度より設置を進めている新しいタイプの高校だ。これまでに府内8校が開校しており、「短時間・習熟度別授業」「タブレットや電子黒板を活用した授業」「参加体験型学習」「学校生活や進学・就職に向けての丁寧なサポート」などの共通する特徴を持ちつつも、各校ではそれぞれの特色に応じた個性的な取組が進められている。

単位制から学年制への再移行

 2001年、中退者の増加、生徒の学校に対する関心の喪失という流れを変えるために、個別指導に徹した単位制へと移行した長吉高校であったが、課題を抱える生徒や集団活動の苦手な生徒にとっては居場所になったものの中退者の増加を食い止めることができなかった。
 そのような課題を改善し、現状を打破するため、長吉高校は再び単位制から学年制のエンパワメントスクールへ移行するという道を選ぶ。単位制から学年制への移行は全国的にも珍しく、同校は前例のない中、手探りの試行錯誤によって、この大転換を切り抜けたのである。

  1. 大阪府HP「エンパワメントスクールに関すること」より(http://www.pref.osaka.lg.jp/kokosaihenseibi/empower/

どのように進めていく?(ミッション)

「まるで別の学校」

 「移行期の3年間は、校舎の中にまるで別の高校があるようでした」(草野教頭)
 登下校の時間も自由、服装・頭髪も自由である単位制の生徒と、登下校の時間は決まっており、制服着用で頭髪指導にも厳しい規律のある学年制の生徒は、まるで別の高校の生徒のようだったと、草野教頭は当時を振り返る。また、2つの体制がある中では教員間での意見の衝突も増え、改革を進めるには大きなエネルギーが必要であったという。
 それでも、熱意ある教員の働きかけや、プロジェクトチームによる類似の取り組み(東京都のエンカレッジスクールなど)の視察、校内研修などを経て、徐々にビジョンは共有されていく。変化を受け入れるには時間がかかったものの、なんとか乗り越えられたのは、どのような仕組みをとるにせよ、真剣に生徒に向き合い、熱意をもって積極的に取り組みを進めてくれた教員の存在が大きかったという。
 また同時に、教員間の「風通しのよさ」も、同校の改革を支える推進力となった。草野教頭は、「研修だけではなく、普段の職員室での会話やOJTが充実していいたために、ここまで来られたのではないかと思います」と話す。日頃からベテランが積極的に若手に声をかけたり、若手のほうからも遠慮せずに相談できたりする環境があったことで、同校の改革は歩みを進められたのだろう。

特徴的な分掌:人権文化部

 同校の風通しのよさが生まれた背景には何があったのだろうか。話を伺うと、どうやら「人権文化部」という校務分掌の存在が鍵となっていそうである。
 長吉高校では、進路指導部などと並んで「人権文化部」という分掌がある点が特徴的だ。人権文化部では、多様なニーズを持つ生徒や外国にルーツを持つ生徒など、一人ひとりの個性を認めあい、皆が人として大切にされる学校づくりに取り組んでいる。同部は教員向け研修や多文化共生の視点による生徒交流を定期的に行っており、日頃から学校全体で互いを認め合い、共存していく雰囲気が形成されていたため、コミュニケーションも生まれやすかったのではないだろうか。また黒田校長は、次のようにも言う。
 「長吉高校には、しんどい思いをしている子が多いんです。経済的に苦しい家庭が非常に多く、両親がいなかったり、家庭の中に居場所がなかったりする子もいる。学費を自分で払うために、学校が終わったらすぐにバイトに行かなければならない子もいます。教員として、そのような子たちに真剣に向き合い続けるなかで、自然と風通しのよい文化が生まれてきたのかもしれません。」

積極的な外部人材の活用

 同校では、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、キャリア教育コーディネーターといった外部の専門人材を積極的に活用している。これらの人材にも職員室に入ってもらうことで、生徒の家庭事情などについて教員との密なコミュニケーションが可能となっており、教員と専門人材はうまく役割分担をしながら、生徒の支援という同じ目標に向かって進むことができているそうだ。
 また、府の事業の一環で、「なかカフェ」が週2回開かれている。お茶やジュースを飲みながら談話できる場をNPOが用意するというもので、高校生にとっては気軽にくつろぐことができ、また教員とは違う立場の人に相談することができる場にもなっている。「なかカフェ」をきっかけに苦しんでいる生徒に目を向けられたこともあるといい、このような多面的な生徒へのサポートが、長吉高校を支える「ミッション」のキーワードだといえる。

教員の情報共有を助けるシート

生徒に関する教員同士の情報共有、コミュニケーションを助けるツールとして機能する、「気づきシート」と「高校生活支援カード」。「気づきシート」は生徒の発達障害の可能性に気づくために活用されており、「高校生活支援カード」は大阪府が作成したものをベースに独自にアレンジして、生徒の状況や保護者のニーズを把握するために活用されている。

何をする?(アクション)

生徒の「学びなおし」の支援

 同校は単位制だったころから、様々な事情によって「高校をやり直したい」生徒の受け皿として、府内の教育を支えてきた。勉強内容が「分からない→面白くない→中退」という悪循環を断ち切るため、また、それによる自尊感情の低下を抑えるために、エンパワメントスクールにおいても「学びなおし」をキーワードに以下のような授業に取り組んでいる。
 「モジュール授業」は、1年次に少人数かつ習熟度別のクラスで行う、学習のつまずきを取り除き、基礎学力の定着を図るための授業である。中学校範囲の学びなおしを主とするが、教材は既存のものではなく、エンパワメントスクールに初年度認定された3校の教員や、府の教育庁担当者との共同によってオリジナルで作成したものを活用している点が特徴的だ。

 「エンパワメントタイム」はいわゆる総合学習の授業で、エンパワメントスクールにおいては一般的な水準の4倍(12単位)が課程に位置づけられている。グループ学習や体験学習によって、「正解が1つではない問い」「答えのない問い」を考えるという内容が特徴的で、同校では多文化共生に強みを有することを生かして、「ワールド・スタディ(WS)」「グローバル・スタディ(GS)」といった独自の授業が展開する。
 「エンパワメントタイムでは、まず自尊感情の育成を大切にします」(草野教頭)
  面白く魅力的な授業内容にすることはもちろん、生徒が安心して発言できるような雰囲気作りが非常に重要であり、教員はエンパワメントタイムをいかに質の高いものにするかに、大きなエネルギーを注いでいるという。NPO・大学などの専門家の知見も借りながら、教員らは安心できる「場」づくりに邁進する。

(図表)カリキュラム例

(図表)カリキュラム例

(出典)2018年度学校パンフレット

単位制時代の文化が息づく

 単位制のころ、生徒は自分の進路を実現するために必要な授業を自由に選択し、教員はそれに応じて、生徒一人ひとりに対し個別で進路指導を行っていた。その文化はエンパワメントスクールとなった今も残っているといい、教員はクラス経営を行うと同時に個別指導にも丁寧に対応している。
 エンパワメントスクールへの移行という大きな変革を受け入れつつも、これまで積み重ねてきた同校の良さにも寄り添い続ける。長吉高校は「新しき」と「古き」を両輪として、歩みだしているように思える。

どう振り返る?(リフレクション)

高めたい指標

 エンパワメントスクール推進にあたり、大阪府では生徒の「学校生活満足度」と「進路決定率」を成果指標として設定しており、長吉高校においてもこれらの指標をひとつの基準として振り返りを行っている。
 「学校生活満足度」とは、大阪府で実施されている「学校教育自己診断」の調査項目で、学校教育が生徒や保護者のニーズに対応できているかどうかを診断し、改善策の検討に役立てるというものである。現状の満足度はやや低位(70%程度)に留まっており、これを80%以上に引き上げるというのが、今後の目標であるという。
 また、多様な進路を選択する生徒がいる同校においては、「進路決定率」を高めることも重要な使命だ。現在、進路未決定者(アルバイト・外国人生徒の帰国等も含む)が20%程度となっているが、今後は進路決定率を全国平均の95%以上に高めることを目標にしていくという。

「振り返りの時期に来た」

 同校は2018年3月に単位制最後の生徒が卒業し、エンパワメントスクール単独の高校としてスタートを切ったばかりだ。しかしこの短い間にも、かつて50%程度にも上った不登校率は10%程度にまで低下し、遅刻や欠席も格段に減少した。志願倍率も良好で、少しずつ地域からの評判も回復しているように感じているという。
 「最後の単位制の生徒が卒業し、今年度は、PDCAでいえばようやくCの局面だと思います」と黒田校長は言う。学校の変化、生徒の変化を肌では感じながらも、現状を踏まえ次の一歩をどのように踏み出していくのか、じっくりと振り返る時が来ているのかもしれない。

 

もう一歩先へ!(プロモーション)

持続的な取組へ

 「長い教員生活のなかでも、これほどの改革場面に立ち会うことはそうありません。」(草野教頭)
大きな変化を遂げた同校であったが、その改革には熱意ある教員の存在が大きな影響力を持ったことも事実である。エンパワメントスクール単独校として本格的なスタートを切った今、今後の持続的な学校の発展のためには、功労者に依存する状況から脱却し、後任者の育成や誰にでもできるようなシステムへの転換を急がなければならないと、黒田校長と草野教頭は口を揃える。
 校舎の中に入れば、卒業生書家「蓮々」の書が我々を迎えてくれる。
―ひとりひとりが持ってる無限大の可能性を誰より自分が信じ 辛い事苦しい事を糧にしようー
 まさに「エンパワメントスクール」の名にふさわしいこの力強い言葉とともに、同校の奮闘は続いていくことだろう。

(図表)「可能性」(第11期卒業生「蓮々」)

(図表)「可能性」(第11期卒業生「蓮々」)