チーム学校で取り組む「通ってよかった」学校の実現

茨城県立鹿島灘高等学校

 茨城県初の3部制(午前、午後、夜間)の単位制高校として、「フレックススクール」の愛称のもと再出発を果たした鹿島灘高校。様々な困難を抱える生徒が入学してくる中でも、生徒が、人と関わることに喜びを見出し、この学校に通ってよかったと思える学校にすることを一番の目標として、様々な取組を積み重ねてきた。新たなタイプの高校の中で奮闘する教員集団の挑戦について、校長の平山先生、教頭の人見先生、南雲先生、特別活動部長の鴨志田先生にお話を伺った。

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    生徒が人との関係に喜びを見出し、「通ってよかった」と思える学校であること

  • ミッション

    教員が一丸となり、個に応じた支援を可能とする連携・情報共有体制を構築

  • アクション

    ・豊かな人間関係を育む必修科目「心理学」
    ・ユニバーサルデザインに基づく授業改善

  • リフレクション

    ・学校評価の活用による目標指標の設定
    ・入学生の変化に対応した教員の情報共有や研修

  • プロモーション

    ・チームアプローチによる継続性の担保

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

フレックススクールへの移行

 茨城県鹿嶋市に位置する県立鹿島灘高校は、1980年4月に全日制普通科として開校した。しかし、年々入試倍率が下がる中で、また、県内小中学校で見られた不登校の児童生徒の増加という社会状況の変化の中にあって、県の県立高校再編整備計画において同校は「フレックススクール」に移行することが決まった。
 鹿島灘高校は、3部制(午前、午後、夜間)を採用した単位制高校となり、毎日決まった時間で学ぶのが難しい子どもたち、一斉授業が苦手な子どもたちの受け皿として、自分の生活スタイルにあわせた時間で学ぶことができる、まさにフレキシブル(柔軟)な制度設計に基づいたものとなった。現在(2018年度時点)、フレックススクールは県内に5校(水戸南、鹿島灘、結城第二、茎崎、高萩高校)存在するが、3部制による初の導入校(パイロット校)として位置付けられたのが同校であった。平成17年のフレックススクールとしての開校以来、多くの不登校経験生徒を受け入れ続けている。

「人に癒され、人と生きていく喜び」を感じられる人に

 高校のビジョンについて、平山校長は、「設立当時から、とにかく『学校に来て授業を受けられる状態の確立』が、教員間で共有されている変わらない目標です」と述べる。同校には小中学校時代に、学習のつまづきや人間関係のつまづきの経験を持つ生徒が多く入学してくる。そうした中で生徒自身が、人との関わりを持つことが楽しい、友達がいるというのが楽しい、勉強ができるのは嬉しい、と思えるよう、実際に学校に仲間がいる状況をつくり、そこに足を運びたいと思ってもらうことを重要視している。「過去に人との関係で傷ついたのであれば、人に癒やされ、人と一緒に生きていくというのはいいことだなぁと思える人に成長していってほしいと思っています。本校の中で、学んで、癒やされていってほしいと思っています。」(鴨志田先生)

どのように進めていく?(ミッション)

教員が一丸となり、個々の生徒に目配りできる体制を構築

 フレックススクールとして新たな出発を果たした同校において、不登校を経験した生徒を多く受け入れることは、誰にとっても未体験の状況だったと思われる。こうした中で、同校ではなるべく個々の生徒にしっかりと目が行き届くよう、教員全員で20人学級制(担任制)を採用することを決断した。
 また、通常、大規模校であれば、担任を持つ教員は校務分掌を持たない、また逆に校務分掌を持つ教員は担任を持たない、という役割分担になるが、同校では、1人の教員が担任と校務分掌を兼ねる場合もある。当然、教員の負担は大きいというが、「個々の生徒の成長を、個別に、丁寧に見ていくためにはこのような体制がよいということについては、教員間では共通理解が得られています」とのことであった。

 教員が一丸となって生徒支援にあたる体制は、他にも様々な工夫によって担保されている。例えば、同校では年度当初に、教科ごとに教員の授業参観週間を設け、他教科の教員が授業内容と生徒の様子を見学・共有し、それを各自の授業改善につなげていくという仕組みを実施している。授業参観週間のうち、1回以上は授業参観にいくということを共通ルールにしており、参観した教員はA4用紙1枚でフィードバックを行っている。
 同校では単位制ゆえ、生徒は受ける授業によってそれぞれ別々に教室を移動する。また、3部制であることは教員の働き方にも多様性をもたらし、同学年の教員が一堂に会する機会はほとんどない。こうした状況の中で、個々の生徒にどのような指導をしていくべきか、教員同士で共有することが非常に重要となる。教員同士の認識共有のため、各学年の教員は、まとまって話し合える時間を週に1コマ、確実に確保している。

何をする?(アクション)

必修科目「心理学」

 人間関係(コミュニケーション)の面で困難を抱え入学してくる生徒が多い状況にあって、同校は初年度より、豊かな人間関係づくりをテーマとして、1年生を対象とした「心理学」という授業(必修科目)を実施している。この授業は、元々国語科教員であった鴨志田先生が中心となって確立されたものである。「この科目を受け持つことを志願したわけではなかったのですが、元々心理学系の学問に関心があったため積極的に授業づくりをしてきました。授業を受け持つ過程で学校心理士の資格も取得し、より質の高い授業づくりを目指しています。」(鴨志田先生)
 授業は、心理学ノートという教材に沿って、講義編と、「エンカウンター」というコミュニケーションに関するゲームの手法を用いた方法によって行われる。エンカウンターの手法は、全校でも研修を重ね、「心理学」だけでなく、LHR(ロングホームルーム)の時間や、「道徳」の授業でのグループワークにも取り入れられたりと、全校的にも浸透しているという。
 なお、この授業は県教育委員会にも高く評価され、続いてフレックススクールに移行した結城第二高校などにも学校設定科目として導入されている。

ユニバーサルデザインの原則に基づく授業

 鹿島灘高校では、近年、知的な障害を有する生徒の入学が増えてきているという。こうした状況に対して、一部の生徒のみへの配慮だけでなく、生徒全体への配慮の意識を高めていくことを目指し、同校が取り組んでいるのが、「ユニバーサルデザインによる授業」と呼ぶ実践である。
 平成26年度から28年度の3年間、文部科学省の事業を受けて「合理的配慮を踏まえた就職・進学に向けた支援の充実」のモデル校指定を受けて、学校内における合理的配慮のあり方について検討を行ってきた。教員の授業への相互参加などを通じて、学校における合理的配慮の事例を積み重ねている。こうした取組による授業改善の具体例として、例えば数学では計算、国語では漢字などの授業において、内容をスモールステップに細分化することで、生徒の成功体験を積み重ねていくことや、各授業の冒頭に、習う内容の見通しを持てるような話を入れるといった工夫を行い、「何をやっているのか分からなくなる」ことを防ぐ工夫等をしている。

鹿島灘高校をモデル校として取りまとめられた、合理的配慮を踏まえた支援のポイント

高校魅力化のロジックモデル

出典)茨城県教育委員会「合理的配慮を踏まえた就職・進学に向けた支援の充実」(平成28年度 文部科学省委託 自立・社会参加に向けた高等学校段階における特別支援教育充実事業)

 

どう振り返る?(リフレクション)

「入学してよかった」生徒を増やす

 冒頭に見た同校の理念に対応し、毎年実施している学校評価アンケートにおいて、生徒の「入学してよかった」という回答、保護者の「入学させて良かった」という回答の割合を、指標として最重要視している。また、こうした学校へ通う喜びを通じて、入学した生徒には100%卒業してもらうというのも同校の重要な指標であり、教員間で共有されている。

入学生の変化に対応する

 様々な困難を抱える生徒が入学する同校において、入学生の動向を適切に把握することも、適切なPDCAサイクルにとって非常に重要である。近年では、中学校まで特別支援学校で学んでいたり、通級による指導を受けていた生徒が進学してくることが増えたという。
 こうした新たな動向に対応できるようにするため、現在校内では、「療育手帳」を使った進路指導に関する研修を行う予定である。療育手帳の取得生徒が少なかった時代は進路指導部だけが知識を得て対応してきたが、その対応を全校的に拡大するため、職員研修を予定している。
 また、入学生に必要な配慮に関する情報は、中学校との連携、そして教員間の連携により共有されている。毎年、新入生を中心に、各生徒が所属していた中学校の教員への聞き取りを行っている。また、生徒の保護者から、配慮を求める事柄などが記載された用紙なども参照し、そこから得られた生徒個別の特徴を教員同士で周知、共有する研修の場を設けている。「通常の高校では、クラス編成のために生徒の特徴を共有することはあっても、個に応じた指導のために、教員同士で共有しているというのは珍しいと思います。」(平山校長)

 

もう一歩先へ!(プロモーション)

チームアプローチによる取り組みの継続性

 実は、鹿島灘高校がフレックススクールとして発足して以来「心理学」を担当してきた鴨志田先生は、2018年度末で定年退職を迎えるという。蓄積された知見をどのように継承していくかが大きな課題となりそうだが、この点については、これまでも授業を複数人で行っていたり、「心理学」の授業に限らず、心理学的なアプローチに関する研修を積み重ねていることにより、知見が断絶することはないとの頼もしい言葉を聞くことができた。同校の生徒用玄関口には、「みんなが主役。みんなを輝かせる。」という横断幕が大きく掲げられている。インクルーシブな理念を掲げる同校らしく、教員も「チーム一丸」となって、みんなで共に学び、共に進んでいく姿がとても印象的であった。