• ホーム
  • 全国の取り組み
  • 「学校改革は自分事」若手教職員が牽引する、生徒オリエンテッドで「臨機応変」な学校改革

「学校改革は自分事」若手教職員が牽引する、生徒オリエンテッドで「臨機応変」な学校改革

東京都立稔ヶ丘高等学校

 東京都教育委員会が「チャレンジスクール」として立ち上げた稔ヶ丘高校。この学校のグランドデザインは、若手教職員の「自分のスキルを上げたい」という自分事の課題意識から立案され、そこを起点に学校改革はエネルギーを帯びる。「デザインは固定化させない。目の前の生徒の変化とニーズにスピーディーに対応する。」そう語る校長の率いる高校改革とは。

※本記事は2018年11月の取材を基に作成しており、記事中の役職、氏名については2018年11月時点のものである。

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    約2/3の生徒が不登校経験者。この生徒に自信をもたせ学校生活を通じ広義の学力を身に付けさせ、卒業後の就職・進学に繋がるよう自律的に成長させる。

  • ミッション

    若手教員を中心にアクティブ・ラーニング推進委員会を立ち上げ、改革の起爆剤に

  • アクション

    少人数でのアクティブ・ラーニングの実施、通常の授業よりワンランク上のテキストを用いた「みのりゼミ」等、細かなニーズに合致した教科指導の創意工夫を実施

  • リフレクション

    生徒の反応を受け、速やかな授業改善。学校説明会で潜在的な生徒ニーズの変化を直接把握

  • プロモーション

    人事異動も見据えた「新陳代謝」の良い組織で新たな提案を受け入れる雰囲気づくり

ロジックモデル

ロジックモデル

何を目指す?(ビジョン)

入学生の約2/3が不登校経験者

 東京都教育委員会が「チャレンジスクール」として立ち上げ、2007年に開校した稔ヶ丘高校。この高校に着任した教職員は「今までの指導観や教育観だけでは通用しない。まず学校のコンセプトの共有から始まる」という。
 というのも、同校では、入学生の約2/3が不登校経験者であり、「他人のチャレンジを邪魔しない」を合言葉に、安心できる学習環境を生徒、教職員が協働してつくることを信念の核に据えている。そのような生徒構成ゆえ、学校の大きなビジョンとしては、「学校に通うことで得られる協働して学ぶ喜び」の実現を目指している。そして「入学したからには、きちんと高校教育の内容を修得してもらい、希望の進路を実現して卒業させたい」と、高卒資格を付与し安定した進学・就職を実現することを使命としている。
 この学校の描くこれらのビジョンのコアには、生徒の幸せがある。その実現のための手法を具現化したものとして、若手教職員の主導により、同校のグランドデザインが定められた。ここには、①クリティカルシンキング、②セルフコントロール、③チームワークと耳慣れた言葉が並ぶが、「そのコアには間違いなく生徒を幸せにすることがあるし、ここはぶれない。むしろ生徒の潜在的ニーズの変化に応じてビジョンは固定化しない」と校長は話してくれた。コアはぶれない、しかしビジョンは柔軟に変化させる、というところに同校の強みがありそうだ。

どのように進めていく?(ミッション)

若手教職員の主導するアクティブ・ラーニング推進委員会

 現在の改革を主導する須江先生は赴任6年目の指導教諭だ。須江先生の赴任当初は、チャレンジスクール草創期から在籍する教職員の意向も強く、新しい風の吹く組織とは言い難かったという。しかし人事異動をチャンスと捉え、新たな若手教職員が増えることを追い風に、「アクティブ・ラーニング推進委員会」(以下「AL委員会」という。)を創設した。
 このAL委員会は、若手教職員の「常に指導力を向上させなければならない」という自分事の課題意識から生まれた。AL委員会はアクティブ・ラーニングの実現に留まらず学校のグランドデザインを主導して作り、学校改革の旗振り役として重要な役割を担っている。
  グランドデザインの策定に向けては、社会の変化だけでなく、目の前の生徒の「潜在的なニーズの変化」を捉えることに注力した。潜在的な変化は、学校説明会での入学希望者や保護者との「対話の場にあり」とし、学校説明会で得られた情報から、生徒の質の変化に着目した。
 人から押し付けられたミッションではなく、自分事のミッションであることがこの改革の最大の強みだ。
「指導力向上は自分自身の未来にとって必要なこと。やりたいからやっているし、やって得られた良いものは共有したい。」稔ヶ丘高校の校長、副校長、教務主任は口をそろえて話してくれた。自分事として当事者意識をもって行われる改革ゆえ、若手教職員の高いモチベーションに繋がり、さらにそれが起爆剤となり、校内全体に前向きに伝播していく。
 教職員がこうした変化を前向きに受け入れる雰囲気づくりには、「開かれた職員室」が一役買っている。稔ヶ丘高校の教職員は教科準備室に籠るのではなく、職員室を活動の場にしている。同校の「開かれた職員室」は、教職員同士の貴重な情報交換やコミュニケーション、そしてOJTの場として機能している。

教職員の「共通理解」

 稔ヶ丘高校には生徒に対する禁句がある。「中学校で勉強したはず!どうしてこのくらいできないんだ!」
 当たり前のように思うかもしれないが、自己肯定感が希薄な生徒には特に、「まず受容すること」が大切だ。個別の事情を抱えた生徒たちが集まる学校だからこそ、4月に教職員が新たに着任したときには、校長によって禁句の他、以下のような共通理解が伝えられる。

共通理解の例

(図表)共通理解の例

出典)稔ヶ丘高校インタビューより作成

 この共通理解の共有により、異動直後まもない教職員でも、稔ヶ丘の雰囲気を理解し、次の日から組織の一員として十分に活躍する。

外部リソースの積極的な導入

 稔ヶ丘高校には、SC(スクールカウンセラー)の他、メンタルフレンド(MF)という心理系大学院生による個別対話の場(6名体制、週4回)や、ユースソーシャルワーカー(YSW)という都から派遣される自立支援チーム(4名体制、週2回)など教育相談体制も充実している。「教職員が授業の工夫・改善や生徒指導に専念できるよう、外部リソースを積極的に導入している。導入への心理的な抵抗感は全くない。」と校長は話した。
 また、コミュニケーションにあまり自信がない本校の生徒には、「コーピング」という人間関係構築のための授業がある。これは早稲田大学と連携して行われており、時間だけでなく、専門的知識という意味でも、本校は外部リソースとの協働には積極的だ。
 教職員が授業の工夫・改善や生徒指導に専念できるよう、外部リソースの活用だけでなく、スクラップ&ビルトを信念に、無駄なものを切り落とす試みも怠らない。無駄な時間をカットするために、定例会議のあり方などは常時見直しをしており、同校の代名詞ともいえる「コーピング」の授業の中身でも、「無駄」と思うものがあれば、積極的に切り落としている。

YSW ~都立学校「自立支援チーム」派遣事業について~

東京都教育委員会は、平成28年度から都立高校等における不登校・中途退学未然防止対策として、都立学校「自立支援チーム」派遣事業を実施しており、稔ヶ丘高校でも積極的に活用している。
このチームでは①中途退学の未然防止、②不登校生徒への支援、③生徒及びその家族が抱える課題への福祉的支援、④都立高校を中途退学した生徒への就労・再就学支援を行っており、YSWとは、若者の自立を支援する「ユースワーカー」の役割と「ソーシャルワーカー」の役割を一体化したものだ。
若者(高校生)の成長を阻害する諸要因の解決を図りながら、自立した社会人へと成長していくための支援(いわば、福祉と教育を統合させた若者への支援)がYSWに期待されている。

(出所:東京都HPより)

何をする?(アクション)

少人数を活かしたアクティブ・ラーニング(AL)

 AL委員会が主導するアクティブ・ラーニングの試行は多岐に亘る。日常の少人数学習の環境担保はもちろんのこと、ワンランクン上のテキストを用い、土日・祝日や長期休業日に時間無制限で深い学びの場を提供する「みのりゼミ」、「勉強合宿」や「社会体験実習」など、「学びたい」と思う生徒と「生徒を大事にしたい」教職員によって、自由で多様な学習機会を創出する。ボランティア活動や漢検・英検なども卒業単位として換算するマイレージ制度も多様な学びを支える一つだ。
 多様な学習機会が創出される鍵には、生徒が「学びたい」「やりたい」と思うことを、安心して周りに伝えられる雰囲気があることだ。学校が生徒自身にとって、安心して自己実現できる場になっていることが伺える。

トライアンドエラーを続ける

 「やりたい」と思ったことを安心して周りに伝えられる雰囲気があるのは、生徒だけでなく、教職員にも共通している。プログレシビズム(進歩主義:前年と同じ事はやらない)」をキーワードに、教職員からも新たな提案が次々と生み出される。
 「失敗事例は山ほどある。」そう胸を張って校長は話してくれた。
 同校は若手教職員が多いこともあり、アイディアは自然と出て来やすい。「躊躇は無用で計画倒れは最悪」と話す校長のもと、新たな提案をしやすい雰囲気が生まれている。そしてその雰囲気は、教職員にも、生徒にも、学校全体に行き渡っている。校長やインタビューをした教職員たちは、入念な計画をしても生徒が集まらなかった補講や、学校行事の計画倒れの企画など、多くの失敗事例を明るく語ってくれた。

どう振り返る?(リフレクション)

生徒や入学希望者、保護者。目の前の人をきちんと見つめ、対話を通じた振り返り

 PDCAを形式立ててやることはない、とする稔ヶ丘高校では、「目の前の人をきちんと見つめ、対話する」という方法で振り返りを行っている。日々の授業については、「教室での生徒の様子をきちんと見て話をすれば、自分の働きかけが成功か失敗かどうかは、教えた先生が一番に、そしてすぐ分かる」と教職員たちは話す。そして真剣に向き合って得た成功事例は、「開かれた職員室」ですぐに広まる。教職員間での自然発生的な相互のリフレクションも行われているともいえそうだ。
 また現在の生徒だけでなく、学校説明会に来る入学希望者(潜在的生徒)や保護者との個別面談で、どういった潜在的ニーズがあるかを確認したうえで、今進めているプランが本当に目の前のニーズと適合しているか、という振り返りを行っている。入学希望者との面談だけでなく、あえて子どもと離した状態を作る目的で、入学希望の保護者だけの個別面談も実施している丁寧さだ。

もう一歩先へ!(プロモーション)

固定化させないビジョンで、新たな提案を受入れ

 この学校の強みは、「既成概念が通じない」新しいタイプの学校ゆえ、ビジョンや決め事に対して固執せず、目の前の生徒の変化や潜在的な生徒のニーズの変化を先読みし新たなチャレンジを臆さずに進めることだ。
 人事異動を脅威ではなく、機会と捉え、新たな人のもたらす新たな風のもつ可能性にかけている。新たな風により生まれる新たな提案が、今後の稔ヶ丘の次なるデザインを描いていくこととなるだろう。