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舞台装置は「スポットライト」と「鏡」。すべての授業の探究化に取り組む”地域のための学校”の挑戦

岡山県立和気閑谷高等学校

 江戸時代、庶民のための公立学校をルーツに持つ岡山県立和気閑谷高校。「探究人を育てる」というビジョンの下で進む全校的な授業改善の推進力は、ミドルリーダーの主体的取り組みに校長が「スポットライト」をあてることにより生まれていた。また、地域や海外など学校の外部と積極的に繋がりを持つことで、取り組みを内省する「鏡」としている点も特徴的である。校長の香山先生、主幹教諭の大野先生、そして生物を担当する教務課長の池上先生に詳しくお話を伺った。

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    生徒が将来どんな仕事に就いたとしても、自ら考え、やりがいを見出す「探究人」であることを目標に設定

  • ミッション

    ビジョンを共有・体現している教員に、校長が「スポットライト」をあてることで、全校的な動きに繋げる

  • アクション

    ・探究的な授業実践をHP上で公開
    ・探究人に求められる「メタ認知」を育む評価

  • リフレクション

    ・MSC評価による授業評価
    ・姉妹校、県外生徒募集を「鏡」とした振り返り

  • プロモーション

    ・入試改革による「探究人」の更なる追求
    ・理念の共有と、地域に根づくことによる継続性

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

世界最古の「庶民のための公立学校」というルーツ

 和気閑谷高校のホームページにアクセスし同校の「沿革」を調べると、寛文10年(1670年)からその歴史が紐解かれることにまず驚かされる。そこには、「備前藩主池田光政が津田永忠に命じ閑谷學校を設立」とある。閑谷學校は、藩士の子弟が通ういわゆる「藩校」ではない。藩主によって設立されながらも、広く地域の子どもたちに門戸が開かれた学び舎という意味で、「現存する世界最古の庶民のための公立学校 」とされている。

 和気閑谷高校には、こうした「地域のため、庶民のための学校」という精神が脈々と受け継がれている。こうしたルーツを背景として、和気閑谷高校は後述する「閑谷學(しずたにがく)」をはじめ、地域との協働による学びや、探究的な学びの充実を推進してきた。

「探究人」たれ

 和気閑谷高校は、こうしたルーツや、地域との協働の推進に係る先駆的な実績を踏まえ、現在、次なる段階へと歩を進めている。それがすべての教科、すべての授業を探究的な学びの場とするための挑戦である。

 この背景には、生徒に「探究人」であってほしいというビジョンが存在する。同校校長の香山先生は、「将来、どんな仕事に就いたとしても、生徒自身がそこで考え続け、その道のエキスパートになってほしい。そして、仕事を通じたやりがいを感じられるようになってほしい」と、探究人の姿を描く。そしてそのために、「総合的な学習の時間を探究的な活動とするだけでは到底足りない。すべての授業が、探究人を育てるための時間でなければならない」と力強く語ってくれた。

どのように進めていく?(ミッション)

校長の「スポットライト」

 一見すると、校長の強いリーダーシップとビジョンの提示のもとで改革が進んでいるように見える同校であるが、香山校長はそうした見方を否定する。「和気閑谷高校は、外から見れば、校長が旗を振って改革を進めているように見えるかもしれません。しかし実際には、私はビジョンを体現している先生に『スポットライト』をあてているだけです。ミドルリーダーが、同じビジョンを持っていてくれることの意義は大きい」と語る。
 そんな校長の「スポットライト」に照らされた2人のエピソードを紹介しよう。

「閑谷學」の改革

 同校で10年以上のキャリアを有し、冒頭で触れた閑谷學を、地域と協働し、探究的に学ぶ機会として確立させたのが主幹教諭の大野先生である。大野先生によれば、現校長の赴任前、同校には生徒を地域に出すことに抵抗を感じる教員もおり、その閉鎖的な雰囲気に生徒自身も委縮しているように見えたという。当時の閑谷學も、座学中心で、探究的な学びの場と呼べるものではなかった。こうした状況に課題意識を持った大野先生は、地道な授業改善や教員の理解獲得、町役場など地域との調整に奔走し、閑谷學をより探究的なものにするための努力を続けていた。

 こうした取り組みに着目したのが現校長であった。校長の「スポットライト」により、校内での閑谷學の改革は一気に勢いを増したという。生徒を地域に出すということに対する校内の抵抗感についても、何はともあれまず「出してみる」。結果、生徒の熱心なボランティア活動に対し、地域住民の方々から好意的なフィードバックが寄せられることで、こうした抵抗感は和らいでいった。校長は笑いながら語ってくれた。「そもそも、普段の登下校などで、生徒は常に「地域に出ている」んですよね(笑)
 大野先生の奮闘に、こうした校長の後押しがあり、さらに、地域おこし協力隊員や和気町職員、地域の企業等の協力も加わり、現在では「和気閑谷高校魅力化プロジェクト」のもと、町一丸となって、地域をベースとした課題解決型学習のプログラムに取り組んでおり、平成29年度には文部科学省・経済産業省による「キャリア教育推進連携表彰」最優秀賞に選出されるまでに至っている。

何をする?(アクション)

「探究人の育成」のための授業改善

 探究的な学びは、閑谷學のみに留まらない。先述したように、すべての授業に探究的な要素を盛り込ませる同校の改革にあって、その先陣を担っているのが、生物を担当する教務課長の池上先生であり、校長のスポットライトに照らされたもう1人の先生である。池上先生は、前任校でも、身近な「なぜ?」という疑問を皮切りに、「心から腑に落ちて、それを誰かに伝えたくなる」ことをゴールにした授業づくりを行ってきた。「本当に美味しいものを食べたときに人に伝えたくなるように、家に帰ってから、保護者に「ねえ、これ知ってる?」と伝えたくなるような、楽しい45分を目指しています」(池上先生)

 香山校長はこうした先生の授業にも着目。「池上先生の授業は、問いの設定が面白いんです。問いの設定が面白いことによって、生徒が主体的になり、知識が簡単には剥がれ落ちないものになっている」元々は1人の先生が個人的に進めていた小さな授業改革が、こうして校長のスポットライトによってクローズアップされた。探究的な学びが単なる抽象的ビジョンではなく具体的な例として示されることによって、そして授業公開や職員会議での研修等を通じて教員間に共有されることによって、全校的な授業改善が推進されている。

 全校的な授業改善の動きとして、具体的には、「生徒と教師がともに創る授業の実践紹介」と題した、授業の様子の公開が進められている。教科ごとに、授業のねらいや生徒に身につけてほしいこと、授業の流れやヤマ場となる場面、そして評価の方法をまとめた資料を教員が作成し、HP上で公開されている 。この資料も、まず先陣を切って作成したのは池上先生であった。授業の様子を学校内外に積極的に開いていくことにより、授業改善に向けた動きを加速化させていくことを目指している。

生物基礎の授業実践紹介資料

生物基礎の授業実践紹介資料

出典)和気閑谷高校HP

生徒のメタ認知の育成(ルーブリック、一枚ポートフォリオ)

 「探究人」たるための取り組みは、教員の授業改善のみに留まらない。「生徒自身が、自身の成長を『メタ認知』できる状態を内在化させることが重要」との認識のもと、生徒と教員が協働して学びを評価する仕組みを取り入れている。
 その手法のひとつが、各授業におけるルーブリックの作成である。授業の目標をルーブリックの形で生徒、教員双方で共有することにより、生徒は、今受けている授業が自身のどのような成長と紐づいているのか、メタ認知することができる。なお、こうしたルーブリックによる評価については、1年生は「分かり易い」と評価する声が大きい一方で、3年生からは、あらかじめ評価の枠が示されることは窮屈であるとの指摘もあるという。「その指摘は的を射ている」と校長が述べる通り、こうしたエピソードこそ、生徒が「この授業で得られるものは何か」という問いを自発的に発していることの証であり、メタ認知能力の成長を示すものであるだろう。

授業ごとのルーブリック

和気閑谷高校では、「生徒自身が、自身の成長を『メタ認知』できる状態を内在化させることが重要」との認識のもと、生徒と教員が協働して学びを評価する仕組みを取り入れている。授業の目標をルーブリックの形で生徒、教員双方で共有することにより、生徒は、今受けている授業が自身のどのような成長と紐づいているのかメタ認知することができる。

「生物基礎」の1授業のルーブリックの例

「生物基礎」の1授業のルーブリックの例

出典)和気閑谷高校提供資料

 また、授業や各種活動の際に生徒に課しているのが、「一枚ポートフォリオ(OPP)」である。これは、生徒がその授業を通して学んだこと、成長したことなどについて、自ら1枚の用紙に文章でまとめるものである。「ポートフォリオ評価を通じ、成長の『仕組み』を生徒自身が理解できることが、次へのステップアップにつながる」と校長は述べる。

一枚ポートフォリオ(OPPシート)

和気閑谷高校では、生徒がその授業を通して学んだこと、成長したことなどについて、自ら1枚の用紙に文章でまとめる「一枚ポートフォリオ」(OPPシート)を用いて、振り返りの機会を作っている。使用方法は次の通り。

普段は三つ折りにして、毎時、教師⇔生徒でやりとりをします。

  • ①単元のはじめに「はじめ」の問いに答えます。その時点での知識やそれを使った予測などを記入。
  • ②毎時、その時間に得た知識や感想などを、ノートを見ながら短くまとめます。
  • ③単元の終わりに「はじめ」と同じ問いに答えます。授業で得た知識を使って、自分なりにまとめます。
    例の生徒は流れ図のようにしていますが、できるだけ文章で記入するように指導しています。
  • ④学習前後の記述を比べたり、単元全体を振り返って、感じたこと等を記入します。

「毎回の記述を平常点に加えたり、または得点化しなくても、うまくまとめていたり重要なポイントをきちんと押さえられていたりすることを褒めてやることで、生徒の意欲は格段に上がります」(池上先生)

「生物基礎」のOPPシート(例)

「生物基礎」のOPPシート(例)1

「生物基礎」のOPPシート(例)2

出典)和気閑谷高校提供資料

 

どう振り返る?(リフレクション)

MSC(Most Significant Change)評価

 探究的な学びの場としての授業をどのように評価していくのか。和気閑谷高校では、「Most Significant Change(MSC)」という評価を用いている。MSCは、生徒個人が活動を通した自身の最も大きな変化に着目しそれを評価する手法であるが、同校ではこれを学校全体の授業評価にも用いている。
 具体的な方法は次の通り。各クラスの評議委員が自身のクラスの「授業における最も大きな変化とその理由」を記したMSC作文を持ち寄り、相互に読み合いながら評価規準を構築し、学年ごとにMSCを決定する。各学期に一度開催される「学力向上評価委員会」には教員、学識者とともに評議委員全員が参加し、学年ごとのMSCとその決定までの経緯を報告している。授業評価のプロセスには生徒も加わることで、対等でオープン、かつ評価の方法や結果を事後的に知らされるのではなく、事前に共有する評価の形をとっている。終業式の日には、学力向上評価委員会の内容を評議委員が報告し学校全員でシェアできる場を作っているところにも、こうした評価のオープンさが体現されている。

「鏡」としての姉妹校、全国募集

 また、「探究人たれ」をビジョンとする同校のあり方自体を振り返り、見直すための方法について、校長はとても興味深いことを語ってくれた。一言で言えばそれは、自身の行いを顧みるための「鏡」として、様々なネットワークを活用するということだ。
 例えば、和気閑谷高校は、2017年に韓国の2つの高校、台湾の1つの高校と立て続けに姉妹校連携協定を結んだ。この取り組みの意図の一つとして、校長は次のように述べる。「海外の高校と交流し、海外の視点から自校の取り組みを見返すことで、自分たちの進もうとしている道が間違っていないかどうか確認ができるのです。」
 同様の発想は、生徒募集の形にも表れている。和気閑谷高校は、かつての閑谷学校が近隣の藩からも生徒の受け入れを行っていたように、県外生徒に対しても門戸を開く全国募集を行っている。「地域の外から、生徒が来たいと思ってくれるかどうか。これも、自分たちの行っている教育に対する評価を確認するバロメーターだと考えています。」
 ほかにも、小中学校と放課後学習支援ボランティアという形で繋がるなど、自校を様々なネットワークの中に位置づけ、自身を写し出す「鏡」としていくことによって、常に、自らの進むべき道を内省できるようにしているという。

もう一歩先へ!(プロモーション)

入学希望者へのビジョンの打ち出し

 和気閑谷高校の正門近くには、「今週の論語」が掲示されている。閑谷学校の学びの精神を受け継いだものだ。こうした論語教育の伝統を活かし、同校が最近取り組み始めたのが、同校を志望する中学生に対する入試の「探究化」である。具体的には、特別入試において、受験生に論語中の1つの文章を選択させ、それに紐付け、これまでの自身の経験と、今後の高校での目標を論じさせるというものだ。論語の言葉を自身の文脈に置き換え、語り直すという探究のプロセスを入試段階で取り入れることで、探究人としての基礎的な「マインドセット」を、入学希望者にも伝えていくことを目指している。

理念が「根を生やす」ことによる継続性

 インタビューの最後に、同校の取り組みの継続性について、校長は力強く語ってくれた。
「『思想』がきちんと残っていれば、担当者が異動しても、改革は持続していきます。それに、地域や海外に根を生やし、繋がっているので、取り組みがストップすることを、周囲が許してくれない環境を作っています。人事異動が理由でできませんでした、なんて通用しない雰囲気ですね。」
 和気閑谷高校は、閑谷学校の理念を継承しながらも、2011年にはユネスコスクールの認定 を受けるなど、目指す理念を時代に合わせて様々な形、言葉でアップデートしながら、関係者間で不断の共有を図っている。
 「本校の取り組みを地域の文化にしていきたいと思っています。」和気閑谷高校という「理念」は、確実に地域に根を張り始めていると言えるだろう。

  1. 公益財団法人特別史跡旧閑谷學校顕彰保存会HPより(http://shizutani.jp/
  2. http://www.wakesizu.okayama-c.ed.jp/menu/0_toppage_menu/2_tyugaku/jyugyounojissennsyoukai.html
  3. 「ユネスコスクールは、ユネスコ憲章に示されたユネスコの理念を実現するため、平和や国際的な連携を実践する学校です。」(文部科学省 日本ユネスコ国内委員会HPより)