広島県教育委員会
広島版「学びの変革」アクション・プランを策定し「広島の学び」をもう一段階高いレベルに上げる取り組みを進める広島県教育委員会。プランには具体的な答えはなく、改革当初は「何度聞いても教育委員会が何を言っているか理解できない」と現場は混乱した。が、今では各高校の中核教員を「改革の火種」に、主体的な学びの全県展開が始まっている。広島の学びの質向上を担う「学びの変革推進課」課長の寺田氏に話を伺った。
広島県立広島叡智学園中学校・高等学校(HiGA)俯瞰図
社会の急速な変化への対応と,「知識を活用し,他者と協働して,新たな価値を生み出す力」の育成に向け、10年先のビジョン(方向性)の提示
中核教員がミッションを担い、各学校での改革の火種に。県教委は画一的な答えを示さない姿勢を固持
学校教育内(HiGA),学校教育外(イノベーションスクール)の双方でリーディングプロジェクトを展開
3年間のパイロット事業で得たノウハウを全県でシェア。各学校の状況を踏まえた現場ベースの振り返り
寄附金事業を通じて地域との対話を促し,地域に開かれた「校長室」へ。地域の方が教育について話すきっかけを提供
「失敗を恐れず,果敢にチャレンジできる高校生になってほしい」との想いを持って,高校改革に取り組んでいる皆さん。
そのための方法はただひとつ。
皆さんが「失敗を恐れず,果敢にチャレンジするオトナ」になることです!
まだまだ高校生に負けている場合じゃありませんよ!
オトナの底力,見せ付けてやりましょう!!
広島県は過去に国から教育是正の指導が入った唯一の都道府県だ。そこから、基礎的な知識・技能の定着はV字回復を遂げた。しかし、「もう1段階、「広島の学び」を高いステージに上げたい」。教育長、知事の思いがそこにはあった。そして、眼前には、社会の急速な変化、そして知識・技能を活用する力の不足、学習意欲の不足という課題があった。こうした課題意識から、①課題発見・解決学習、②異文化間協働活動を通じ、「生涯にわたって主体的に学び続ける力」の育成を目指すプランが2014年に策定された。それが「広島版『学びの変革』アクション・プラン」だ。
広島県の「広島版『学びの変革』アクション・プラン」(本稿では「プラン」という。)には育成すべき資質・能力の全体像や授業観、学力観の変化の方向性が示されている。学習者基点の学び、能動的な学び、深い学び。行政文書らしからぬビジュアル中心に構成されるこのプランには、変革すべき方向性が示されている一方で、変革させるための具体的な手法や画一的な答えの話は登場しない。むしろ「変革の流れ」の全体像が各所から読み取れる。
こうしたプラン構成の意図について、「プランは答えではないんです。答えは各学校で各学校関係者全員がひざ詰めの議論をして生まれるものです。僕たちが示すのは、議論を促すための「問題集」なんです。」と広島県教育委員会の寺田氏は話す。
学習評価の手法や、ICT化等、学校現場には様々な教育改善のための新たな手法が取り込まれていく。しかし、その手法の前に必ずあるべきなのは、「育成すべき人材像(資質・能力)の具体化」だ。各学校でひざ詰めの議論をし、育成すべき人材像(ビジョン)を定める。そしてそのビジョンを学校のメンバー全員が共有する。これにより、各高校でビジョンに根差した取り組みが行われ、ビジョンに根差したリフレクションが行われる。県教委が示したのは、まさに各高校がこうした議論を行うための「問題集」としてのプランであった。
県教委では、「学びの変革」パイロットスクールをプラン策定の次年度から指定しているが、具体の取組は各学校の提案に委ねている。共通させていることは、先述した各校ごとのビジョン(育成すべき人材像)の設定に加え、中核教員を設定すること。
すべての教員が一斉に「学びの変革」にチャレンジすることはできない。変わるには「火種」となる強い意志を持った中核教員が必要だ。中核教員は、学びの変革を担う指導力を有する教員になるため、「基礎的な理論」から修得する研修を年間10日以上受講する。同じ方向を目指す同志が集い、ここで灯った火種が各学校で大きなパワーになることを目指す。しかし、この中核教員だけがミッションを背負うのでは、各学校での実践は実現しにくいことから、定期的に教務主任クラスの集まる場も設け、教務主任クラスとの協働により、各学校での学びの変革が円滑に進むことを目指している。また,中核教員研修の模様は,Youtubeで公開。中核教員以外の教員も自由に視聴可能とし,研修の内容を各学校で共有しやすい環境づくりを進めている。
各学校でビジョンを設定するには、受動的な教員集団では実現しない。主体的な学びを学校で実現したいと生徒に求めるのであれば、教員自身も主体的に学び続けチャレンジし続けねばならない。「生徒の変化を目の当たりにすれば、教員はその変革の正しさを信じることができます。教員に刺さるのは「生徒の変化」です。」と寺田氏は話す。
「生徒の変化を起こすこと」、これが教員の意識改革の鍵になりそうだ。この生徒の変化は学校の中だけではなく、学校から外に出た場でも起こしうる。県教委はそう信じ、県教委だからこそ担えるアクションを進めている。
「取り組むべきことを具体的に指示してほしい。」現場の教員からはそういった声が相次いだが、県教委は、「答えは現場にあり」の考えで具体例を示さない姿勢を固持した。一方で、県教委自身が学校の外で「生徒の変化を起こす現場」を作っている。その一つの取組として、「広島創生イノベーションスクール」というリーディングプロジェクトを実施した。これは国公私立の枠を超えて公募により集まった県内の高校生90名が、他国の高校生、県内企業、NPO、大学等と協働の上、3年間かけて広島に向き合い、広島の力を世界に発信する「プロジェクト学習」に取り組むものだ。「答えは学校の中だけにあるのではなく、答えは社会の様々なアクターと作っていくこと」を示している。
「開かれた学校」という言葉はよく耳にするが、この取り組みは「開かれた生徒」(生徒の活動の場を学校の外などより開かれた場に広げていく)の育成と繋がりの構築を目指している。
広島創生イノベーションスクールでは1~10段階の簡易ルーブリック評価を実施している。この評価の特徴がレベル1と10に当たる評価文だけを決め、評価レベルは生徒自身が自己評価をする。その後、生徒同士の議論による相互評価、大人たちからのフィードバックをもらう第三者評価を実施し、複層的な評価となっている。
学びの変革の進捗状況として、質問紙調査による現状把握も行うが、単なる進捗確認で終えるのではもったいない。各学校のビジョンに根差した、各学校独自の取組なのだから、リフレクションも学校ごとに行われるべきという考えから、各指導主事が学校訪問を行う中でリフレクションをする方向で検討を進めている。県教委は、指導主事の働き方改革を進め、指導主事が学校訪問を十分に行えるような「余力」を捻出し、指導主事の持てる知見を最大限学校現場に還元していきたいと考えている。
2015年から始まった「学びの変革」パイロットスクールでは、各学校のビジョンに根差したカリキュラム、指導、評価などのノウハウ(知見)が集積している。これらのノウハウを「実践事例集」の作成だけでなく、教科リーダー研修等の場で全校に共有し、互いに振り返りレビューしあう仕組みとなっている。共有されることで振り返られた知見を、各学校に持ち帰りカスタマイズさせていく。現在は、さらに効果的な横展開のため、ゆるやかでアクセス性の高い連携の仕組みの構築に向けた挑戦が続いている。
「学校の中だけではなく,より多様なリソースによって教育改革を」という考えから、県教委では,2016年10月に,広島版「学びの変革」推進寄附金を設けた。2018年12月末までの約2年間で約2億円が集まったという寄附金額もさることながら、寄附金事業の目的は、金額の多寡よりも別の点にもあるという。
「地域と「教育」について話す会話のきっかけになることを期待したんです。寄附金を数千円でもして、それをきっかけに校長室にお茶を飲みにきて、校長室を開かれた場にしたかったんです。」寺田氏はこのように話す。
「学びの変革」のステークホルダーは、チャレンジし続ける生徒、教職員だけではない。教育に関心を持つ地域の方など多くのステークホルダーとの協働により、「広島版」の学びの変革への挑戦はこれからも続く。
児童生徒のいきいきした活躍の様子が写真で見えるような、案内リーフレットを作成している。視覚的に分かりやすく、県の教育の取組が見えるようになっている。様々な取組を県教委や各学校がプレゼンする際には、寄附金事業の紹介を頻繁にしており、賛同者を草の根的に広げている。
出典)広島県教育委員会「広島版「学びの変革」推進寄附金ちらし」より抜粋