「生徒第一」をモットーに探究学習を支える、高校と地域との「輪」

生野高校

生野銀山フィールドワーク

 全国各地の高校、教育委員会による「挑戦事例」を紹介する本ポータルサイト「学び続ける高校プラットフォーム~みらいの職員室~」。令和2年度は、そのような挑戦者たちが繋がる「プラットフォーム」づくりに取り組む人々に焦点を当て、インタビューを行った。

 「プラットフォーム」に関するインタビュー第6弾は、兵庫県立生野高等学校。生徒の探究学習を支える地域コンソーシアムを組成し、高校と地域とが連携してカリキュラム開発等に取り組んでいる。本インタビューでは、生野高校における「高校と地域との協働」を主導する、松原正和先生にお話を伺った。

目次

プラットフォームの概要

目的・ビジョン
  • 教科学習や進路選択を支える、根っこの部分となる資質・能力(「自ら行動し学ぶ力」、「社会人基礎力」等)を育てることを目的として、地域と協働した探究学習を実施
  • 生徒の関心に基づいた探究学習を支える「コンソーシアムIKUNO」を組成
メンバー
(体制)
  • 構成メンバーは、市役所、社会福祉協議会、観光協会、企業・商工会、金融機関、NPO法人、大学、地域自治団体、幼・小・中学校など多様な主体
  • 地域内外の各種団体とつながりをつくり、生徒の学びを支える協力体制を構築
取組の概要
  • コンソーシアムのメンバーをはじめとした地域人材は、生徒の興味関心に基づいた内容を、地域の専門家として継続的かつ柔軟に助言し、学習支援を行う
  • インターネット上では分からない「生の声」「生の情報」を提供して、生徒の学びを深めるサポートを行う
「つながり」のコツ
  • 「ゆめいく!」という探究学習の愛称が、生徒・教職員・地域など多様な主体の共通言語としてコミュニケーションを促進し、生野高校や生野高校の生徒への関わりに親しみを持ち続けられている
  • 「生徒第一」を徹底。生徒の興味関心を一つの指針として、学校と地域との距離がぐっと近くなる
これからの姿
  • 教職員・地域全体での組織力を高めていくことが今後の課題
  • 教職員、地域人材いずれも立場の鎧を脱いで、フラットな協力体制を築いていくことが理想

「地域との協働は必然」-地域性が探究学習の後押しに

ーー本日はよろしくお願いします。近年、「高校と地域との協働」が大きな潮流となりつつありますが、生野高校でも地域と協働した探究学習を積極的に進めていらっしゃるように思います。そのきっかけは何だったのでしょうか?

 松原(敬称略、以下同様):本校において地域協働による探究学習に取り組み始めたのは、平成28年ごろだったと記憶しています。新学習指導要領についての議論など、国の動きの影響もありますが、生徒たちに社会を生き抜く力を身に着けてほしいと、当時の校長が主導して取り組み始めました。
 もともと、学校のある朝来市は観光資源が豊富で、学校教育への支援も手厚い地域であることが探究学習の根幹にあるように思います。探究学習を行うにあたり、フィールドワークは切っても切り離せないものですが、朝来市の場合は前述のとおり地域の中に学習に活用できる資源が多く存在しており、例えば、生野銀山や日本ハンザキ研究所など、フィールドワークを充実したものにしてくれる素材があると言えます。
 このような地域特性を考えると、探究学習を行うにあたり「地域と協働することは必然だった」と考えています。
 そして、2019年度には、文部科学省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」の指定校として指定されました。この事業をきっかけに地域コンソーシアムを組成し、より本格的な地域協働の取組に着手しています。

日本ハンザキ研究所フィールドワーク(オオサンショウウオの測定)

ーー地域資源が豊富だった地域に、「探究学習」という学びの方法がうまく合致したのですね。コンソーシアムには、どのような方が参加されているのでしょうか?

 松原:生野高校では、「コンソーシアムIKUNO」と名付け、地域内外の各種団体とつながりをつくり、生徒の学びを支える協力体制を構築しています。構成メンバーですが、例を挙げると市役所、社会福祉協議会、観光協会、企業・商工会、地元の信用金庫、NPO法人、大学など、本当に様々です。
 先ほどお話ししたとおり、生野高校と周辺地域とはかねてより交流があり、本校のOB・OGや保護者とのつながりも強い地域だったという特徴がありました。生徒数200人弱の小規模校ですが、創立100年を超える歴史ある高校でもあります。地域の人々にも、「地域に根付いた学校だ」「生野高校をこの地域に残したい」という想いが強くあるように思います。そのような歴史に裏付けられた強いネットワークゆえに、コンソーシアムの組成には、それほど苦労しなかったというのが正直なところですね。

新しい探究学習 「ゆめいく!(you make!)」が目指すもの

ーーこれまでに築き上げてきた学校と地域のネットワークも生かして、コンソーシアムに参画してくれる仲間を見つけられたのですね。それでは、その「コンソーシアムIKUNO」と協力して行う探究学習はどのようなものか、教えていただけますでしょうか?

 松原:まさに現在、探究学習をリニューアルしたところですので、その内容についてご紹介させていただきます。生野高校では、今年度より、新しい探究学習「ゆめいく!(you make!)」を行っています。このネーミングは、「夢を育成する(=夢を見つける、夢に近づく)」という意味と、「you make(自ら人生をデザインする、つくっていく)」という意味の2つの意味を持っています。

「ゆめいく!」の愛称とロゴマーク

 松原:「ゆめいく!」では、これまでの学校教育で重視されてきた教科学習や進路選択を支える、根っこの部分となる資質・能力を育てることを目的としています。それは例えば、「自ら行動し学ぶ力」や、「社会人基礎力」などが挙げられます。探究学習によってこれらの資質・能力を育成することによって、生徒が自ら自分の興味分野と向き合い、「夢」を見つけ、その実現に向け、従来の教科学習や進路の実現にも主体的に取り組むようになる、という好循環を期待しています。
 カリキュラムとしては、1年次に興味分野の発見や目標の設定につながるような探究学習を個人で行います。2年次はグループ活動になり、課題解決の方策を提案・実践し、その成果を発表してもらいます。3 年次は1、2年次の取組をもとに、個人でその研究成果を論文にまとめ、発表してもらいます。
 また、関心に応じて発展的に学習できる機会も設けています。希望者が「総合科学技術探究Ⅰ・Ⅱ」「郷土理解」「食文化」「異文化理解」「観光研究」「観光英会話」「ホスピタリティ」等の科目も選択できるようにしたり、部活動「まちづくり部」においてさらに実践的な活動を行うことができるようにするなど、授業と部活動で横断的に探究活動に取り組むイメージを描いています。
 「ゆめいく!」という愛称にも込められていますが、「先の見えない社会の中でも、適切に情報収集を行い自ら判断する人物」、「未知なる地域課題に対しても、新たな解決法を考え抜いてチャレンジする人物」など、主体的で能動的な人材の育成を目指したいと考えています。

探究学習を支えるコンソーシアム運営のカギは?

ーーなるほど。「ゆめいく!」というのは素敵な愛称ですね。創作されたロゴマークを拝見しても、このネーミングを大事にされているように感じます。

 松原:そうなんです。実は探究学習を進めていくにあたり、皆で共有できる言葉やキーワードがあったほうが良いのではないかという話になりました。探究学習は、生徒と教員だけではなく、コンソーシアムのメンバー、その他の地域の人々など様々な主体が関わって実現するものですからね。何か共通言語になるようなものがあれば、それをキーワードとしてよりコミュニケーションがとりやすくなるだろうと考えました。そこで、教員の発案で「ゆめいく!」という探究学習の愛称が誕生したんです。この愛称に、コンソーシアムのメンバーも含め多くの関係者が親しみをもって大切にしているように感じます。
 愛称を考えるのと同時に、「ゆめいく!」のコンセプトペーパーを作成し、職員研修でも共有を行いました。今年の6月には生徒に、8月にはコンソーシアムのメンバーにも共有しており、改めて目標を皆で共有できたことはよかったなと感じています。なぜやるのか、何を目的にやるのかという想いの共通認識があることで、ずいぶんと取り組みやすさが異なってくるように思いますね。

ーー「ゆめいく!」という愛称が、多様な主体をつなげる1つの核になっているのですね。先ほど伺った通り、「コンソーシアムIKUNO」には本当に様々な立場の方々が参加されていて、生徒の探究学習にも多様な方が関わられていることと思います。そのような人々とつながり合う際に、何か心がけていることはありますか?

 松原:コンソーシアムの運営方法で工夫している点としては、「生徒の意思を尊重すること」でしょうか。実は、コンソーシアム立ち上げ初年度となる昨年度は、学校側と地域側の想いがうまく噛み合わないな、と思ったことがあったんです。かねてより地域と交流のある高校ではありましたが、ことカリキュラム開発に関しては十分な関わり合いはなく、考え方のミスマッチが起こっていたように思います。例えば、フィールドワークにおける調整がうまくできておらず、生徒が調べたいと思っていることと、地域側が話を聞きに来て欲しいと思っていることがちぐはぐでした。探究学習として、インターネットで取得できる情報以上の、「生の声」を得ることを理想にしていたのですが、なかなかそこまでは至らなかったように思います。結果的に、学校と地域との連携・コンソーシアムの運営もやや形式的になってしまったなという反省点がありました。
 これを踏まえ、今年度は生徒の調べたいことを第一に、教職員や地域の大人がそれをサポートするという姿勢を徹底しています。「ゆめいく!」の中間発表会にはコンソーシアムのメンバーをはじめ地域の方々を招き、生徒の発表を聞いて、助言をしていただいています。生徒にとっても学びになることは勿論ですが、教職員を含めた大人たちが生徒の発表を間近で聞くことで、生徒自身の関心や想い、熱量を確認でき、それを一つの指針として連携を深めていくことができるんです。生徒を第一に考えるようになったことで、形式的なつながりではなく、有機的な連携になりました。学校と地域との距離もぐっと近くなったような感触がありますね。

ゆめいく!中間発表会後のコンソーシアムメンバーからの指導・助言

学校と地域とをつなぐコーディネーターの存在

 松原:また、コンソーシアムの運営や地域人材との橋渡しにおいては、地域コーディネーターにも大きな役割を果たしていただいています。

ーー地域コーディネーターとして、どのような方がご活躍されているのでしょうか?コーディネーター方の活動内容についても、詳しくお聞きしたいです。

 松原: 元・朝来市の地域おこし協力隊(現在は離任)の方が2名、生野高校のコーディネーターとして活躍してくださっています。1名は現在東京在住、もう1名は朝来市に在住ですが、お二方とも地域コーディネーターとしての活動のほかに、NPOの活動等でも活躍されるなど精力的な方々です。
 本校の教員は全員で20名弱と少なく、教員だけで地域人材の掘り起こしやコンソーシアム会議等の各種調整を行うとなると、非常に厳しい状況と言わざるを得ません。そういった中でも、現在のような積極的な地域協働を行うことができているのは、なんといっても地域コーディネーターの方々のおかげです。生徒の興味関心に沿って、教員だけでは掘り起こすことのできない人材へのアプローチなどに、力を貸してくださっています。また、教員は4~5年での人事異動もあるため、どうしても人の入れ替わりがあり、新しく赴任してきた教員には、探究学習に慣れていらっしゃらない方もいます。そのような教員に対しては、探究学習のやり方についてアドバイスもいただくなど、コーディネーターの方々の力は、事業を継続するという観点でも欠かせない、絶大なものですね。
 カリキュラム開発という点では、もうお一方キーパーソンがいらっしゃいます。コンソーシアムのメンバーでもあるのですが、教育行政学をご専門とされる福知山公立大学の江上直樹先生に、定期的にアドバイスをいただいています。江上先生とはコンスタントに相談できる関係性を築くことができており、毎週金曜日に2時間程度、江上先生などと「ゆめいく!」の授業づくりについてのミーティングを設けています。カリキュラム開発において、外部の専門家のアイデアや知見があることで、よりよいものに更新できているという実感がありますね。

ーー地域コーディネーターや外部の専門家の知見やネットワークを、大いに活用されているのですね。探究学習のやり方についてはコーディネーターから教員にアドバイスを授けることもあるなど、フラットで良い関係性を築かれているように感じられます。

 松原: 「フラットな関係性」は重要だと考えています。教員ができること、地域コーディネーターができること、コンソーシアムの地域人材ができることは異なります。それぞれの強みが一番生きる形で、フラットな連携体制を築くことが理想です。教員の異動があることを考えると、教員の役割と地域の役割が一部入れ替わってもいいのではないかと思うくらいです。教員には、「教員」という鎧を脱いで、フラットな気持ちで地域に馴染んでいってもらいたいですね。
 授業づくりにおいても、今後も地域の方々に幅広く関わってほしいと思います。例えば、「ゆめいく!」の関連授業にもコンソーシアムのメンバーに関わってもらえるようになると、より持続的に探究学習を支える体制の構築ができるのではないでしょうか。

持続的な取組に向けて:教員体制の充実。コンソの充実

ーー「持続的」というキーワードをいただきました。探究学習やコンソーシアムを持続的なものとするために、今後の課題となっていることはありますか?

 松原:やはり、特定の教員に負担が集中してしまっているという課題があります。本校での地域協働による探究学習はまだ道半ばですので、今後すべての教職員が積極的に関わっていけるようにしたいと思っています。地域コーディネーターの方々のお力も借りながら、取組の浸透を図っていきたいですね。
 また、コンソーシアムのネットワークを拡大することも目標にしたいと思います。既にたくさんの方々に参加いただいていますが、生徒の探究テーマも多岐にわたります。「生徒第一」という観点からは、探究活動を支える人々の「輪」をより広げていきたいという想いを抱いています。そして、将来的には、コンソーシアムのメンバーの中から、地域コーディネーターとして主導してくださるような方が生まれてくることを期待しています。
 教職員・地域全体での「組織力」を高めていくことが、今後の課題です。

メッセージ

ーー探究学習を支えるコンソーシアムの役割や、その運営における工夫についてお話を伺いました。最後に、学び合いの場づくりに関わる高校教育関係者の方へのメッセージをお願いできますか?

 松原:生徒が「学び」を楽しむことが重要だとはよく言われますが、それは、「学び」に関わる大人にも同じことが言えます。本校においては、「生徒第一」をモットーに生徒の探究学習に教職員だけではなく、たくさんの地域人材が共通目標を持ちながら関わり続けています。そして、関わる人が増えれば増えるほど、「やりがい」や「楽しさ」を実感し、参画していると体感することが大切になってくるように思います。それが、高校と地域との「輪」を作り、広げるキーワードとなるのではないでしょうか。
 是非、関わるすべての人が楽しく、幸せになるような学びの実現に向けて、一緒に挑戦していきましょう!

ーー本日は貴重なお時間をありがとうございました!

おわりに:

 編集部:もともと地域に根付いた高校だったということですが、改めてカリキュラム開発における連携の難しさを感じ、そこで一歩踏み出すため「生徒第一」という考え方を再確認したことなど、より踏み込んだ「地域協働」に向けた試行錯誤の様子が、非常に参考になりました。お話の中で出てきた「教員という鎧を脱いで、地域とフラットな関係性を築く」という言葉が印象的だったのですが、学校から地域に協力を要請するというスタンスではなく、両者が楽しさや幸せを感じるような関係性を築くことが、持続的な地域協働につながるのだろうと感じさせられました。今後の生野高校の挑戦に、引き続き注目していきたいと思います!