「先生」の日々の奮闘を、集合知で支えるオンラインプラットフォーム

株式会社ARROWS

インタビューにご対応いただいた浅谷氏

 全国各地の高校、教育委員会による「挑戦事例」を紹介する本ポータルサイト「学び続ける高校プラットフォーム~みらいの職員室~」。令和2年度は、そのような挑戦者たちが繋がる「プラットフォーム」づくりに取り組む人々に焦点を当て、インタビューを行った。
 「プラットフォーム」に関するインタビュー第5弾は、「SENSEI ノート」を運営する株式会社ARROWS 代表の浅谷治希氏にインタビューを実施した。「SENSEI ノート」は、全国2.5万人の先生がオンラインでつながる大規模なプラットフォーム。教材を共有し合ったり、日々の困りごとについてメッセージをやり取りしたりと、全国の先生方が自由に情報交換をしている。プラットフォームの概要や、活発なやり取りが生まれている理由についてお話を伺った。

目次

プラットフォームの概要

目的・ビジョン
  • 全国で奮闘する先生方の知見を皆で共有し、積み重なる課題に対して集合知で解決することを目的としている。
  • 日々変化する学校現場での悩みごとには、コンテンツのストックで対応するよりも、変化し続ける現場の先生同士がリアルタイムでつながる仕組みが重要との考え方。
メンバー
(体制)
  • 運営側の体制は、業務委託も含めて15名程度。
  • 会員審査、問い合わせ対応、内部のやり取りを活性化する機能の改善、プラットフォームの開発・実装、サーバメンテナンス等の業務に分かれる。
取組の概要
  • 全国の先生方がつながることのできる、大規模オンラインプラットフォーム。
  • 会員は、自由に情報提供や質問等を投稿できる。それに対し、リアクションボタンで反応したり、質問に対する返答が得られたりと活発にやり取りされている
  • 会員は基本的に教員に限定。養護教諭や教育委員会・教育長に出向している教員、日本人学校の教員等も含まれるよう対象を拡大したが、民間企業や営利目的団体の参加は原則認められていない。
「繋がり」のコツ
  • 【教員限定】会員を教員に限定することで、悩みや質問の前提の共有が少なくて済み、コミュニケーションコストが小さく済んでいる。
  • 【実名制】実名や勤務校を公開してやり取りを行うことが、安心・安全の土壌を生む大きな要素となっている。
  • 【気軽さ】普段働くコミュニティとは別のコミュニティであることも、どんな些細なことでも気兼ねなく質問がしやすい一因となっている。
これからの姿
  • SENSEI ノートでは、リアルタイムで現場の先生方の悩みごとをキャッチ。これは、株式会社ARROWSの他事業の展開においても非常に有益な情報である。
  • 今後は、これらの蓄積された情報を生かし、国や自治体の戦略作りにも携わっていければと考えている。調査~開発~実装までワンストップで担える存在として存在感を出していきたい。

SENSEI ノートの構想のきっかけ

ーー本日はよろしくお願いします。早速ですが、SENSEI ノートというつながりの場づくりに着手したきっかけを教えていただけますか?

 浅谷(敬称略、以下同様):きっかけは、現場の先生方の切実な声を耳にしたことでした。「授業はなんとか一人で工夫してやっている状況」「忙しくて校内の先生同士でも十分なコミュニケーションが取れない」・・・など、先生方が孤独に奮闘されている状況を知りました。そんな状況に対して、「それなら、インターネット上で先生同士がつながる仕組みを作ることができないか?」と、SENSEI ノートの構想に至ったんです。
 SENSEI ノートは、年齢や立場、地域の制約なく、全国の先生方がオンラインで気軽につながることのできるプラットフォームです。SENSEI ノート上では、先生方の工夫が凝らされた教材の共有や、日々の悩みごとの情報交換が行われています。メインは後者の方で、活発にやり取りが生まれており、1人の先生が質問や悩みを書き込むと、それに対して何件も丁寧なコメントがついていますね。最近は、「コロナ禍の卒業式はどうしよう?」「音楽の授業で飛沫感染しないためには、どうすればよい?」「子どもたちが放課後遊びに行ってしまうのを防ぎたいのだが…」など、やはりコロナ関連のトピックが特に活発に動いていました。

ーーコロナ禍で、オンラインでつながる場の必要性が顕在化しましたよね。

 浅谷:まさにその通りです。新型コロナウイルスの感染拡大によって、図らずもこのようなオンラインツールの意義を再確認することになりました。実際、ニーズは急速に拡大していて、SENSEI ノートのアクセス数も数十倍に膨れ上がっています。
 また、学校が独自に情報収集を行い、意思決定できることの必要性も改めて感じています。もちろん、文科省や教育委員会からも通達が出されているのですが、コロナ禍に関してはそれでは間に合わなかった。過去の対応例もなく全員が手探りで、とても混乱が大きかったように思います。そんな中、オンラインで全国の先生とつながることができれば、日々の小さな悩みや疑問をはき出し、また同じ悩みを抱える他地域の先生と話ができ、「自分の学校ではこんな風にやりましたよ!」というコメントももらえるかもしれない。SENSEI ノートが、ある種の駆け込み寺のように機能していたのかもしれませんね。従来のコミュニケーション方法だけでは成り立たないということを痛感しました。
 コロナ禍でオンラインの意義を再確認したと言いましたが、もともとオンラインの情報共有の場には必要性を感じていました。先生同士の情報交換以外で言うと、教員研修。現状、各自治体でそれぞれ実施していますが、共通の内容であればオンラインで横につなげて行えばよいのでは?と思います。その方が財政的にも効率的でしょうし、PDCAを回すための知見や反省点もたまりやすいですしね。

ーーなるほど。いろいろな制約を取り払って「横につながる」ことが、悩みの解決にもつながり、効率的だろうということなのですね。

 浅谷:そうですね。先生方は、日々自己研鑽したり、問題解決に挑んだりと本当に頑張っていらっしゃいます。そして、そういったたくさんの実践知は全国に点在している。「SENSEI ノート」の理念に関わることですが、各地にある実践知を効率よく共有して、課題解決に役立てる、つまり「先生の課題を集合知で解決する」というのがコンセプトです。学校というのは日々変化する場所で、学期によっても、そして年度によっても課題は異なります。そのような場所に対し、コンテンツをストックしていくよりも、変化する状況の中にいる現場の人同士がやり取りをすることで、課題解決のヒントを得ていくというのが重要だと考えているんです。

SENSEI ノートの参加者や機能は?

ーーSENSEI ノート構想のきっかけや、その理念についてよく理解できました。それでは、どのようなプラットフォームなのか、参加者や機能についてもう少し詳しく伺えますか?

 浅谷:まず参加者(会員)ですが、基本的には教員の皆さんに限定しています。最近、少し対象を拡大しているのですが、それでも養護教諭や教育委員会・教育長に出向している教員、日本人学校の教員などに広げたところまでで、企業や営利目的の方の登録は受け付けていないんです。これはやっぱり、日々忙しい中でも奮闘している現場の先生方の役に立ちたい、という想いが一番にあるからですね。「今日どうする?」「明日どうする?」といったような、日々のプラクティカルな課題について情報交換ができることが重要だと思っています。
 SENSEI ノートに備わる機能としては、先生方が自由に投稿でき、返信としてコメントを書き込めるほか、「イイネ」ボタンのようなリアクションボタンもあります。また、投稿はトピックごとにタグで分けられており、自分の関心のあるトピックの投稿を見つけやすくなっています。先生からの投稿やそれに対しての返信などを見ていると、見ず知らずの先生同士が、活発やり取りをしているのは本当にすごいな・・と思わされます。先生というのは、「知りたい」と思っている人、困っている人に分け隔てなく手を差し伸べる情熱が高い人たちなんだなと改めて実感しました。素晴らしいですよね。

活発なやり取りが生まれるワケ

ーーお話を聞いていて、参加者を「先生」に限定していることが、場の活性化の1つのポイントのように感じました。

 浅谷:はい、同じ「先生」という条件があることで、悩みや課題を吐露する際に、その前提の共有が少なくて済みます。ちょっとしたことのようで、このコミュニケーションコストが小さい点は、場が活性化する大きなポイントだと感じています。また、場の「安心・安全」という意味では、「実名制」にしていることもとても重要ですね。先生方には、お名前と勤務先の学校名などを登録していただいています。昨今、SNSでも問題になっていますが、匿名だとどうしても自分の発言に責任を持てなくなってしまいがちです。先生というのは、もともとまじめで実直な方々が多いのですが、加えて実名制にすることで、安心感がぐっと大きくなるんですよね。
 また、「実名」を公開した生身の先生同士でやり取りをするわけですが、それが普段の生活とは切り離されたコミュニティであるということも、ある意味、場の活性化につながっていると言えるかもしれません。どうしても、実際に働く学校では、人間関係や地域との関係性が重要になるため、一種の遠慮みたいなものが生まれるときがあります。その点、SENSEI ノートに集まっている人たちには利害関係がない。気兼ねなく話しやすいのだと思います。年齢や立場関係なしにやり取りができますし、逆に知らない人だからこそ聞きやすいこともありますしね。

ーーオンラインだけど実名制、これが場の安心感につながっているのですね。対応に困るような内容を投稿されることはないのでしょうか?

 浅谷:ほとんどありません。理由としては、SENSEI ノートに登録していただく際には、運営側で会員審査をしているためです。SENSEI ノートではたくさん「イイネ」をもらったコメントを際立たせることで、他のユーザーに資する投稿をする動きが評価される仕組みとなっています。
 もともと、日本の先生方は全体的にリテラシーが高く、基本的には場の質は保たれているように思います。事前に発言内容を規制したり、適切でない投稿を削除したりすると、先生方の自由な発言を阻害することにもなりかねず、かえって場の安心・安全を損ねてしまうのではないかと懸念しています。それよりも、先ほどお伝えしたようなサイト側のロジック設計によって、優先的な投稿を上に表示するなどの工夫をしておいた方がよいのではないでしょうか。

持続的なプラットフォームであるために

ーー次に、SENSE ノートがこれからも持続的な場となるために、何か取り組まれていることはありますか。例えば、参加者募集のための広報など…、いかがでしょうか?

 浅谷:実は、広報活動は全く行っていないんです。もちろん立ち上げた当初は、このプラットフォームを知ってもらうために、先生方の勉強会に足繁く通ったりもしましたが、最近では完全な口コミで広がっている状態です。使ってみた先生が「いい!」と思ったら他の人にも勧めてくれて、徐々に広がっていく。そのような形が自然で良いと思うんですよね。ちなみに、スマホの普及も追い風になりましたね。職員室のPCから見てくださっている先生方も多いのですが、ガラケーからスマホになったことで、先生方のインターネット環境が当たり前のものとなりました。それによって、ちょっとした隙間時間を使ってアクセスしてもらうことも増えたように思います。
 また、このプラットフォームが継続的なものであるためには、ある程度の会員数が必要だと感じています。そもそも、投稿するのは全員ではありません。ですが、一定数会員がいるということが重要で、積極的に発言するのが100人中の5%なのか、1万人中の5%なのかによって投稿数は全く違う。投稿が多ければ、自分の悩みにヒットするものが必然的に増えるわけで、「これは使えるな」と思ってもらえる確率も高まるんです。会員を一定数集めるまでは大変ですが、ある臨界点を超えると、場は勝手に回りだす、むしろその動きに身を任せた方が良いという印象を持っています。

会社の事業全体で課題にアプローチ

 少し視点は変わりますが、「会社としての持続性」という観点から、SENSEI ノートが事業としての価値創出につながっているかも重要です。SENSEI ノートの運営には、もちろん人件費やプラットフォームの開発・実装費、サーバメンテナンス費などがかかっていますが、先生方には無料で使用していただいています。これは、SENSEI ノート単体での収益化は行っておらず、会社として他事業の利益から補填しているからなのですが、SENSEI ノートが単にコストセンターになっているかというと、そうではありません。株式会社ARROWSでは、SENSEI ノートのほかにも、SENSEIイベントポータル、SENSEI よのなか学、SENSEI 多忙解消委員会などの事業を展開していますが、これらの事業にとって、SENSEI ノートにおける情報が非常に役に立っています。現場の先生方の困りごとをリアルタイムで追うことができるという強さが、会社の競争力の源泉となっているということです。我々が新たなチャレンジをし続けるための、非常に貴重な情報源ですね。

ーーSENSEI ノートが他事業にも寄与しているということ、大変興味深いです。もしよろしければ、お話に出てきた他事業の内容についても、簡単に伺えますでしょうか。

 浅谷:SENSEI イベントポータルでは、インターネット上の様々な場所に点在している教育関連のイベント情報を、一つに集約しています。数年前までは、各イベントサイトが全バラバラに存在していたり、個人のブログの中にリンクが貼ってあったりと、かなり情報を見つけにくい状況でした。自分のためにも、そのような情報を一つにまとめたいと思い作成したのがこのポータルサイトです。「集合知によって課題を解決する」というSENSEI ノートの理念とも通じる部分がありますね。
 SENSEI 多忙解消委員会というのは、学校の働き改革を支援するプロジェクトです。「学校の健康診断」を行い多忙化の原因を究明し、その解消に向けたアドバイスを行っています。ここでも、関わる学校が多くなるほど、自分たちに知見が蓄積し、よりよいプロジェクト実施につなげることができていますね。
 また、課題の解決には現場のことを知るのが一番だと思っているので、現場の課題解決のための商品開発を目的として、教育委員会や学校に常駐するという働き方を全社的に取り入れています。委託関係ではなく、各地の教育委員会と協定を結んで、場所を借りてリモートワークを行っているイメージですね。

「知性」を体現する先生へのエール

ーー最後に、各地で奮闘する高校改革関係者の方々へのメッセージをいただけますか?

 浅谷:ARROWSは、「世界的課題に取り組む知性の体現者であり続ける」ことをミッションとして日々仕事をしています。「なぜ学ぶのか?」という問いに立ち返ってみると、やはりそれは「これまで解決できなかった課題を解決する」ためではないかと思うのです。「知性」とは、「早く正確に問題を解く」ことではなく、「未知なる課題にじっくり向き合う」ことではないかと思うのです。
 その知性を授ける先生は偉大な存在です。高校教育改革に本気で取り組むことは、とても骨の折れる作業だと思いますが、そんな時こそ知性(=未知なる課題にじっくり向き合うこと)を大切にしてほしい。先生方は、それができるパワーを持っていると信じています。

ーー素敵なメッセージ、そして本日は貴重なお時間をありがとうございました!

株式会社ARROWSの運営するSENSEIノートはこちらよりアクセス↓
https://senseinote.com/
教育3.0〜成長戦略・構造変革としてのデジタルへ〜
https://arrowsinc.com/blog/638

おわりに:

 編集部:運営側でテコ入れし続けるのではなく、あくまで先生方のニーズを尊重し、自然発生的にやり取りの生まれる場の設計に取り組まれているということ、まさに持続的なプラットフォームの1つの姿だと感じました。このような横のつながりが生まれることによって、全国の学校での悩みや課題に集合知を用いて挑み、少しでも先生方が健やかな日々を過ごされることを心から願っています。