奮闘する実践者が「帰ってこられる場所」をつくる

SCHシンポジウム

第6回SCHシンポジウムの様子

 全国各地の高校、教育委員会による「挑戦事例」を紹介する本ポータルサイト「学び続ける高校プラットフォーム~みらいの職員室~」。令和2年度は、そのような挑戦者たちが繋がる「プラットフォーム」づくりに取り組む人々に焦点を当て、インタビューを行った。
 「プラットフォーム」に関するインタビュー第4弾は、東北芸術工科大学デザイン工学部 コミュニティデザイン学科長の岡崎エミ准教授にお話を伺った。岡崎氏は地域との協働に取り組む高校の教職員、地域や行政の関係者、さらには高校生が一堂に会する場「SCH(Super Community Highschool)シンポジウム」を2014年より主催、運営している。その経験と、専門であるコミュニティデザインの理論をもとに、参加者の変容を支え、行動に繋げる場づくりのポイントについて伺った。

目次

プラットフォームの概要

目的・ビジョン
  • 「高校と地域との協働」というテーマに関して、それぞれの課題感を持つ高校関係者、地域関係者や、行政の三者が集い、ともに課題を共有し、行動について考えられる場をつくる。
メンバー
(体制)
  • 大学が三者を仲介する立場となり、実行委員会方式で運営。
  • 大学生も、当事者、かつ専攻するコミュニティデザインの実践の場として運営に主体的に関わり、現在ではプログラムの検討から司会まで学生が担っている。
取組の概要
  • 2014年から毎年、「SCHシンポジウム」を東北芸術工科大学で開催。全国から高校と地域との協働に取り組む実践者が山形に集い、2日間にわたり事例の共有やワークショップ、対話を行う。
「繋がり」のコツ
  • 懇親会やアイスブレイクの場を大切にし、チームとしての一体感をつくり出すこと、恥ずかしいこと、悩んでいる頃でも開示することができる安心の場をつくり出すことを重視。
これからの姿
  • 高校と地域との協働に関する新たな実践が生まれる実験的な場であることを維持しつつ、イノベーター層にとっての場、マジョリティ層にとっての場の意味を改めて検討しながら、役割を再定義する段階に差し掛かっている。

SCHシンポジウム開催の経緯

ーー本日はよろしくお願いします。SCHシンポジウムは私も何度か参加させていただいているのですが、6年前に、そもそもこういう場をつくろうとしたきっかけは何だったのでしょうか?

 岡崎(敬称略、以下同様):第1回SCHシンポジウムを開催した2014年は、私の所属する東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科が開学科した年でした。前年度から、新学科の学生募集のためオープンキャンパスなどで現役の高校生と会う機会が増えていたのですが、その時、率直に言って「いまの高校生って、大丈夫!?」と感じてしまったんです。進路相談会で高校生と話していた時、高校の管理的な指導方針に対して、感情が高まり泣き出してしまう生徒がいたことが今も印象に残っています。その後も色々と話を聞くと、東北の高校では、相変わらずの詰め込み型の学習指導で、受験対策の補講も高校内で高校の先生が行う。進路指導も国公立至上主義で、AO入試を受けたくても受験できないと。社会がこれだけ変わっているのに、それに対応した本質的な学びができていないのであれば、もったいないと思ったのです。
 私はまちづくりが専門なのですが、市民ワークショップの現場では、「高校生は忙しくて出てこられない」というのが常識でした。だから、「ワークショップに高校生も参加できたら、社会を知る経験になるし、進路選択にも役に立つのにな」とモヤモヤしていました。そのようなタイミングで、ちょうど巡りあわせで、同じような問題意識を持って高校のキャリア教育のあり方を変えていこうとされている複数の先生方に出会うことができたんです。先生方がおっしゃるには、「詰め込みをしてももう成績はあがらない。学力をつける前に、なぜ学ぶのか、という動機付けが必要」と。そして、高校生が地域に飛び出して、地域を知ること、地域の人と話すことが、学ぶことの動機づけを高めていく。そんな実践があることを知りました。

 高校は、生徒の学びへの動機づけに困っており、地域にその活路を見出している。まちづくりの立場から見ると、地域側も、高校生が地域に出てきてくれたら活気が出る。行政としても、高校生に地域のことを知ってもらわないと、そこに将来帰ってくるという選択肢にならない。教育側、地域側、そして行政の三者の課題感は大枠で合意できること、そして、その三者が課題を共有して繋がる必要があること、そして繋げる役割を、自身と新学科(コミュニティデザイン学科)が担いうる、という図式がここで見えてきました。

ーー教育、地域、行政の三者を揃える、というのがこのシンポジウムの核となる価値観なのですね。

 岡崎:その通りです。第1回では、その三者の異なる視点から同じ問題を見てもらうというために、シンポジウムの登壇者を選定しました。ただ第1回は、高校の先生の参加者はほぼゼロだったんです。行政や、まちづくり関係の人に会うのは怖い、と思われたのかもしれません(笑)。2回目くらいから、各地で頑張っている先生が来てくれるようになりましたね。ちょうどその後くらいの時期から、新学習指導要領など、文科省の政策の中でも探究や地域との協働といったキーワードが出てくるようになりました。風向きが大きく変わったのはそのあたりからですね。

立ち上げ時に意識していたこと

ーー続いてSCHシンポジウムの場づくりのポイントについて伺いたいと思います。先ほどの「三者が集う」といった核に加えて、当初意識した点はどういったことでしょうか。

 岡崎:まず、強制的に参加させるのではないということがポイントだと思います。ここは、例えば教育委員会が主催する参加必須の研修などとは大きく違うところで、「本当に来たい人に来てもらう」ということを重視しました。第1回の告知方法もそれに合わせ、SNSを軸にした口コミを第一にしました。まずは課題感に強く共感する人だけを集めて、その人たちの対話の中から、課題を明確にする。何を変えたら次に進めるのかを考える。第1回は「課題をテーブルに挙げ、共有する」ための支援をする、という意識で始めました。
 続く2回目では、明確化された課題に対して自分たちは何をすべきかということをアウトプットさせることで、アクションを起こしていこうという流れをつくりました。ここから段々、各地域での具体的な行動が出てきはじめ、第4回あたりからは、各地の実践事例の共有ができるようになってきました。繰り返しますが、立ち上げ当初のワークショップの参加のデザインとしては、「学ばせる」という集め方ではなく、学びたい人が集まり、その集団の熱量を高めて、アイデアを出すことをサポートする場所とした、という点が重要です。

大学生の参加

 岡崎:先ほど申し上げたような場の設計ができたのは、私自身ワークショップのデザインができて、人が何にモチベーションを感じて次のステップに至ることができるのか、知見を持っていたということもありますし、加えて、大学生が関わっていたことも大きかったと感じます。

ーーSCHシンポジウムでは、コミュニティデザイン学科の学生が司会やワークショップのファシリテーションなど、様々なことを担っていますよね。

  岡崎:彼ら、彼女らは、つい最近まで高校生でした。ある意味でSCHシンポジウムで扱う問題意識を、最も身近に感じている当事者です。例えば、先進的な高校の取組を大学生に見せると、「私もやりたかった…」という学生は多い。当事者なので、高校改革へのモチベーションが高い。このことが場の熱量にもよい影響を与えています。

 もちろんそれだけでなく、SCHシンポジウムは、コミュニティデザインを学んでいる学生にとっては、実践の場でもあります。2日間にわたる大人数かつ大人のワークショップを経験するチャンスはそうそうないものです。日頃の成果を確認する良い場になっています。
 とはいえ、学生もまだまだ未熟です。ワークショップも緊張しながら頑張っています。失敗もします。でもだからこそ、大人も「かっこつけないでいいよね」と感じられる場になったのではと思っています。こうした雰囲気づくりは、非常に重要です。

大学生もワークショップに参加

「帰ってこられる」安心な場所づくり

ーー場の雰囲気づくりについてより詳しく伺えますか。

 岡崎:SCHシンポジウムは、必ず2日間かけて開催します。その中でも、懇親会とアイスブレイクを重視しています。これらは、いわゆる研修だと優先度が低く、外されてしまいがちですが、SCHシンポジウムでは、むしろここに様々な意図やコンテンツを盛り込んでいます。
 1日目の夕方~夜に懇親会を設けます。1日目は事例紹介などのインプットが中心なので、参加者は「早く頭の整理がしたい、自分の考えを共有したい」と思っています。そこで、共通体験をした者同士、お酒の力も借りながら、とにかく話してもらいます。アウトプットすることで、共感も得られますから、次の一歩へのモチベーションにも繋がっていくのです。あと、花笠音頭(山形花笠まつりで披露される歌と踊り)を踊ってもらいます(笑)さらに翌朝はみんなで「さくらんぼ体操」(笑)。これも意味があるんですよ!「恥ずかしいけどやってみる」「同じ踊りでシンクロする」経験から、一体感を感じてほしいんです。言い換えると、チームになることで、勇気づけられる。あるいは、私にもできるという気持ちになる。そういう経験を積んでほしいと思っています。
 それぞれの学校、地域で実際に取組を進めるのは、当然、簡単にはいかない「茨の道」です。でもここに来たら、恥ずかしいことも失敗もOK。悩みも言えて、元気になれる、という雰囲気をつくりたい。「帰る場所」をつくるというのは、各地で各人が改革に取り組むうえで欠かせないものだと思います。

参加者皆で花笠音頭を踊る

場の持続性

ーーシンポジウムの運営や、今後の持続に向けた見通しについても伺いたいと思います。まずは運営体制の現状と変遷について伺えますか。

 岡崎:3年目に「SCH東北」という学生団体を立ち上げました。学生が、当日の司会から、プログラムの作成、その前提となる「問い立て」まで主体となって取り組んでいます。私は広報担当やシンポジウム登壇者とのつなぎ役として、徐々に主軸を学生に移していった形です。SCHシンポジウムは毎年2月頃に開催しますが、学生は前年の10月頃から、過去の企画を振り返って、どういうステップでSCHシンポジウムが成長してきたのか、そしてその間、世の中はどのように変化してきたのかインプットを行い、それを踏まえてプログラムを考えてもらっています。

ーーSCHシンポジウムは今年で7回目を予定しています。その間、地域との協働というテーマも広く認知されるようになってきたと思います。当初、「本当に来たい人に来てもらう」という熱量の高い場だったこのシンポジウムにも、変化の兆しはあるのでしょうか。

 岡崎:こうした場には、「イノベーターがいる」ということが重要です。 そうした人や地域が集まることで、マジョリティの心にも火を点けるのです。一方で、イノベーターという更なる高みを目指す人にとって、継続的に参加することのメリットをどう感じてもらうのかという点は悩んでいます。イノベーターが参加したいと思える場づくりと、裾野を広げることの両立をどう図るか、なかなか悩ましい問題です。
 初回から参加してくださっている方からは、SCHシンポジウムは、「自分たちが現状どこにいるのか。やってきたことの何がよくて、何が悪かったのか、振り返ることができる重要な場になっている」と価値を感じてもらっています。ただ、同窓会っぽくなっているところもあるのかなと。場の意味、役割を改めて考える段階になっているのかもしれません。
 いずれにせよ、引き続き実験的な場所であり続けるのは大切だと考えています。全国でも様々な事例が出てきていますが、イノベーターがいたからできた、という事例だけでなく、地域や、教育委員会などが真に対話し、アクションをするための実験的な場は必要と感じています。

 あと、今年度は新型コロナウイルスの影響でオンライン開催になります。懇親会をどうするか、あのなんとも言えない熱量をどう再現できるのかは、心配の種です。これまでは、参加者は冬の山形に、片道数時間かけてわざわざ来るんですよ。すごくないですか?熱量が高いのはある意味当たり前ですよね(笑)それだけ、覚悟のある人が集まっていましたが、オンライン化で参加のハードルは下がるけど、どうなるか。
 あとは、直接会うからこそできる「言語化できない学び」が成り立たないので、方法は工夫したいと思います。実は、こうした場で参加者に一番出してほしいことは、悩みや困り感です。それが見えて初めて、解決するための投げかけができるので。雑談できる場があると、そこでぽろっと悩みが出てくるものです。こうした、目的があるようでないような場、というのはワークショップでは非常に重要で、参加者が次へ進むエネルギーになるのですが、そこをどう保障するか。
 そうした意味で今年度は一つの山場ですね。

本ポータルサイトでも取材を行った広島県立大崎海星高校も、SCHシンポジウムには毎年参加

変わることへの恐怖を受け止められる場へ

ーー最後に、学び合いの場づくりに関わる高校教育関係者の方へのメッセージをお願いできますか?

 岡崎:学びとは、人を変容させるものです。ゆえに、参加者に「最後にはこうなってほしい」という意図がない学びの場には意味はありません。正しい知識を効率的に頭に入れれば、人は動ける・変われる、と思っている人が多いように感じます。ただ、残念ながら人はそんな単純ではありません。学校現場や職業研修をはじめ、人の変化を促す場づくりにおいては、まずはこうした人の複雑性を理解することが重要だと思います。
 私たちが立脚する「コミュニティデザイン」や「ワークショップデザイン」は、まさに時代の変化に対応迫られている「人間と社会の変容を支えるデザイン」です。教えた伝えたで満足するのではなく、一歩前に進めたという学習者主体の学びの場づくりが何よりも大切だと考えています。
 その人の、社会に対しての考え方や、個人的な思いなどまで踏まえて働きかけないと、人は行動には移せません。誰でも、変わることは怖いのです。だから、人と繋がることで、その恐怖を少しでも減少させたり、頑張ってみようと感じられる場が、重要なのだと思います。生徒に教える前に、まずは大人の私たちが、変容する苦しさと楽しさを味わうことから、はじめてみませんか?きっと見える世界が変わってくると思います。

ーー本日は貴重なお時間をありがとうございました!

おわりに:

 編集部:プラットフォームや研修というと、これまでは「学びに行ってくる場」と捉えていましたが、「帰ってこられる場」としてとらえる視点は非常に新鮮に映りました。帰ってこられるという安心感をつくることは、最後に出てきた「変わることの恐怖」を和らげるという観点にも通底する、場づくりの非常に重要なポイントだと感じました。(K)

 高校、地域、行政の三者の課題感からスタートしたプラットフォームが、実践段階で元高校生として課題感を持つ大学生が加わったり、高校生自身がプラットフォームに参加・発言するようになっていったりと、高校改革の様々な当事者のものになっていく様子が見えてきました。高校という場(コミュニティ)を改革していくうえで、その当事者の参画をどうデザインしていくのか、そのヒントがここにあるように思いました。(A)