探究的な学びの推進者を、探究的な学びにより育て、繋げる

島根県教育庁

インタビューにお答えいただいた馬庭探究学習指導主事(左)と立石調整監(右)

 全国各地の高校、教育委員会による「挑戦事例」を紹介する本ポータルサイト「学び続ける高校プラットフォーム~みらいの職員室~」。令和2年度は、そのような挑戦者たちが繋がる「プラットフォーム」づくりに取り組む人々に焦点を当て、インタビューを行った。
 「プラットフォーム」に関するインタビュー第2弾は、島根県教育庁 教育指導課のおふたりに話を伺った。

目次

プラットフォームの概要

目的・ビジョン
  • 島根県の教育の特色の一つである「地域課題解決型学習」のより一層の推進に向け、探究的な学びを教科横断的に繋ぐ要として期待される「総合的な探究(学習)の時間」。
  • これを有効に活用するための校内体制の確立を目指した。
メンバー(体制)
  • 各県立高校に探究学習の推進担当者を位置づけ。また、島根県教育庁に、探究学習指導主事を新たに設置し、各校の担当者の指導・育成、ネットワーク形成を担当。
取組の概要
  • 各校の探究学習推進担当者向けに、年間での研修プログラムを実施。必須の座学研修だけでなく、各校の担当者が各校の課題を自ら設定し、その解決のための一手を考え取り組むという実践的内容を盛り込んだフォローアップ研修を実施。
「繋がり」のコツ
  • 研修課題に取り組ませる際には、各校担当者を小グループに分けて、取組の中での悩みや課題を共有し、協議する機会を創出。こうした機会によって、研修後も相談し合えるネットワークを創出することを期待している。
これからの姿
  • オンラインツールの活用による各校間のネットワーク形成、また探究学習指導主事による各校の課題の聞き取りと伴走支援のベストミックスを引き続き探究していく。

まだ誰も経験したことのない役職

ーー本日はよろしくお願いします。インタビューの趣旨である、高校教育関係者が学び合うプラットフォームづくりという話題に入る前の前提知識として、島根県で初めて、そしておそらく全国で初めて「探究学習指導主事」という役職を、今年度(令和2年度)より教育庁に新設された背景についてお聞かせいただけますか。

 立石(敬称略、以下同様):島根県内の県立高校では、「しまね留学」と銘打って県外から生徒を募集しているのですが、県外から島根県を進学先に選んでもらうため、「地域課題解決型学習」をアピールポイントとして掲げています。生活のすぐそばに課題があり、それをじっくりと探究できる。21世紀型の学びのあり方が島根県にあるということを、魅力として伝えてきました。
 特に離島・中山間地域の小規模校では、少ない生徒と少ない教職員では充足しきれない学びを補うため、教職員が自然と地域の中に学びの場を求め、地域の人に支援を要請していたという経緯があり、そのことが生徒の学習意欲や資質の向上に繋がっているという手ごたえもありました。これらの背景から、平成31年2月に策定した「県立高校魅力化ビジョン」では、地域課題解決型学習を島根県の教育の特色の一つとすることを宣言しました。

 一方、各校の取組は進んできてはいたものの、それが本当に効果的な形で進められているかという点に関しては、迷いがありました。教科横断的で探究的な学びの要として、総合的な学習の時間を有効に活用したいという想いがありつつ、それが十分にできる体制が整っていないと感じていました。
 その理由を考えたときに、「総合的な学習の時間を専門的に担う指導主事がいない」ことに思い至りました。教育庁の体制として、他教科の指導主事が兼任で総合的な学習の時間の指導も行うというような位置づけでした。その構造が各校の体制にも反映されて、指導の体系化・構造化に至らないのではないかという仮説です。各校に、総合的な学習(探究)の時間に関してアンケートをとったのですが、実施体制については、担当者が年度ごとに変わる流動的なパターン、あるいは特定の先生やコーディネーターが1人で役割を背負っているような、固定化・孤立化のパターンが少なくないという実態が明らかになりました。
 このような課題認識に端を発し、島根県で今後、地域課題解決型学習を特色として打ち出すのであれば、そうした学習に係る専任の指導主事をつけて、各校の支援体制を確立し、持続可能性・発展性の高い仕組みにする必要があるのではないか、という結論に至ったというのが、今年度、教育庁に探究学習指導主事を新設した背景です。

ーーそのような経緯の中で、まだ誰も経験したことのない新しい役職に抜擢されたのが、馬庭さんということですね。馬庭さんはこれまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?

 馬庭:10年くらい前にも一度教育庁勤務となり、その際に指導主事として、地歴・公民科と兼任しながら総合的な学習の時間の時数や内容の指導を行っていたことがありました。その後は飯南高校に赴任し、教務主任として管理職や教職員、コーディネーターと相談しつつ、地域ぐるみで行う地域課題解決型学習の体制づくりやカリキュラム作りを行いました。次に着任したのは雲南市の三刀屋高校で、学年主任として、総合的な学習の時間の内容についてコーディネーターと打ち合わせたり、各教科と総合的な学び、地域資源の接続に取り組んできました。
 なぜ私が、という点でいうと、分からないところもあるのですが(笑)、継続的に魅力化校(島根県が平成23年度から進めてきた「教育魅力化推進事業」対象校)に関わってきたことで、地域の人やコーディネーターなど、教職員以外の方と一体となって物事を進めていくことに慣れていたことや、町や市をあげて学校を応援してくれることの良さや、その中で育った生徒が地域に愛着を持つようになる姿を、肌身で感じていたからかな、と思っています。

ーーそうした馬庭さんの豊富な現場経験の中で、先ほど立石さんが仰ったような、体制面の課題からくる困りごとはお感じになっていましたか?

 馬庭:どこか相談できるところが欲しい、誰かと悩みを共有しながら取り組みたい、ということは常々感じながら活動していました。他の学校はこういう時どうしているのだろう、という情報やノウハウ、指針といったものが、一元化して集まっている場や窓口があればといいな…と感じていましたね。

 立石:馬庭さんのように、積極的に取り組んでいるからこそ悩む、というパターンもありますが、先のアンケートからは、そもそも総合的な学習の時間に、何に取り組めばよいのか分からない、といった教員も多かったのです。加えて、校内で誰が責任を持って、総合的な学習(探究)の時間や、その時間を活用した地域課題探究型学習を進めていくのかという点も曖昧でした。そこで、教育庁に探究学習指導主事を配置するのに合わせ、各校に1人(全日制・定時制それぞれ)ずつ、「探究学習推進担当者(以下「探究担当者」)」を設定することにしました。現時点では、各校の状況に合わせて1~2年くらいのサイクルで担当者を引き継いでいってもらい、探究型学習のノウハウを備えた教員を各校に増やしていきたいと考えています。

学び合うチームを作る

ーー各校の探究担当者と、探究学習指導主事という体制をベースに、まさに馬庭さんは、現場で必要性を感じていた「悩みを共有でき、相談できる場・繋がり」を、自ら作っていくお立場になられました。現在はどのようなお仕事に取り組まれているのでしょうか?

 馬庭:各校の探究担当者向けの研修を企画・運営しています。4月と2月を必修の研修に設定し、その合間に、教育センターや大学、民間企業等による任意参加の研修も企画しています。ただ、4月に予定していた必修研修は、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまいました。6月中旬にようやく、オンライン研修という形で仕切り直すことができました。その後は、各校を訪問し、各校の先生方の悩みを聞きながら今後の打ち手を考えています。

ーー新たな役割、新たな役職の方々が初めて集う場が、急遽延期、そしてオンライン開催となったことのご苦労は当然大きいものだったと思います。工夫されたのはどのような点ですか。

 馬庭:まずは探究学習指導主事や各校の探究担当者の役割を座学で伝えることも重要なのですが、各校の担当者間でコミュニケーションをとる時間を非常に重視しました。研修延期のある意味プラスの結果として、各教員が、自らの役割について考察・内省する時間が十分取れたという面があったようです。そこで、探究的学習の推進に係る課題感が近い参加者同士でグループを設定し、Web会議システムの機能を使い、少人数でのワークショップを行いました。ただ、オンライン研修が初めてで不慣れだったこともあり、実際はワークの時間があまりとれなかったのは反省点でした。

 立石:探究学習の推進に関わる先生方の悩みは、①カリキュラム・マネジメントの進め方、②年間指導計画の組み立て方、③授業などでの生徒への伴走支援のあり方、の3つに大別されるというのが昨年度のアンケートから分かっていましたので、このテーマの中から希望を募り、グループ分けを行いました。

 馬庭:実はこうした小グループによるワークの時間の設定や、どういうメンバーでグループにするかなどは、参加者の様子を見たり先生から意見を聞いたりしながら設定したものなんです。

ーーまさに研修のあり方自体も、探究によって、柔軟に改良が加えられていくのですね。

 馬庭:それで言うと、必修研修、任意研修の合間に、フォローアップ研修を盛り込むことにしたのも改良点です。各校で、探究学習を進めるために乗り越えるべき自校の課題を設定し、それに対する取組に何らか着手してもらうよう依頼していますが、この検討のマイルストーンになるのがフォローアップ研修です。また、お題について議論、相談できる繋がりとして、4~5名の担当者からなる8つの小グループを改めてつくり、第1回フォローアップ研修(7月実施)から第2回(10月末実施予定)までの間に、最低一度はグループ協議の場を設けてもらうようお願いしています。既に7月末時点で2グループが協議を実施したようです。この繋がりが、今後広がっていくとよいなと考えています。

ーー6月の必修研修時の小グループとはまた異なるグループを設定したのですか?

 立石:これまでの研修から、先生方の悩みは先ほどの①~③に大別・集約されつつも、多分に重複しているこということが分かりました。あまり課題感に捉われず広く関心や悩みを共有することで各校の新たな道が開けるのではないか、と感じたため、7月のフォローアップ研修からは、カリキュラム編成上の前提が大きく異なる普通科と専門学科を分類したうえで、それ以外はランダムにグループ分けを行いました。

 馬庭:研修を数回受けて終わりではなくて、こうしたグループ単位での共有の場づくりによって、継続的に関係性を続けて、相談し合えるネットワークを維持させたいという想いがあります。ただ現在のスタイルは、初めから想定していたわけではなく、この研修を共同で企画・運営している(一財)地域・教育魅力化プラットフォームとも相談しながら、「それもいいね、これもいいね」、というように、試行錯誤の中で考案し、実施しています。

 立石:こうした形式の研修を機能させるうえで、民間事業者の視点、スキルには助けられています。教職員から見た目線だけではなく、外部からの目線で物事を整理する方法が新鮮で、例えば、企業経営、働き方、費用対効果など、新しい視点を提供してくれることに有難さを感じています。

ーーオンラインの活用については、こうした場づくりにおいてこれから欠かせない視点になると思います。この点についてお感じのことをお聞かせいただけますか。

 立石:オンラインという手法が増えたことで、研修が気軽に、業務の合間の時間で実施できるようになりました。島根県土は東西に非常に長く、集合研修を何度も開催することが難しいという実態もあったので…ただ、オンラインでうまくコミュニケーションを行うには工夫も必要ですね。個人的には、はじめにアイスブレイクとして話を盛り込んで、雰囲気を柔らかくするよう心がけています。

ーーあるオンライン研修で、立石さんが冒頭、あえて手書きのフリップボードを作成して画面に写し出されたことがありましたね。実際に対面できないからこそ、あの手書きのフリップはとても温かみを感じて、心がほぐれました。

 馬庭:オンラインの便利さはもちろんありますが、私はそれを補完するアクションとして、やはり1校1校に足を運んで、話を聞くことを続けたいと思います。今後はオンライン、リアルなど、いろいろな方法のベストミックスを模索していく段階かと思います。

高校教育関係者へのメッセージ

ーー探究的な学びの主体を育成するプラットフォームづくり自体が、探究的な姿勢・手法で作られようとしていることがよく分かりました。最後に同じく挑戦する高校教育関係者へのメッセージを頂けますでしょうか。

 立石:境界線を超える。これからは、様々な立場の人々が繋がることが必要になる時代だと思います。これまで、学校は内側だけで課題解決しようとしてきた傾向がありますが、学校・教育委員会・民間など、様々な主体がベストミックスして、共に子どもを育てていく認識が必要だと思います。また、教師と生徒も、お互いに学び合う関係性になっていければよいと思います。島根県は、率先してそれらを実践していきたいと思います。

 馬庭:答えのない問いに向かい合っていくためには、いろいろな人の意見を聞いたり、共有し合って歩んでいくことが必要だと思います。探究のあるべき姿には、いろいろな姿があると思います。研修の機会や各校への訪問等を通して、自分自身も現場の取組を知りながら、伴走支援のかたちを模索していきたいです。

ーー本日は貴重なお時間をありがとうございました!

おわりに:

 編集部:本取材を通して驚いたのは、年間を通した研修のPDCAサイクルの柔軟さとそのスピード感でした。参加者の意見をもとに、すぐに振り返りを行い、次回の運営に反映させていく、そのスピード感はまさに探究の範を示しているように思えました。また、参加者の研修づくりへの主体性が、こうした動きを支えているとも感じました。関連して印象的なエピソードがあります。筆者が見学させてもらったオンライン研修で、当日に一部資料に内容の追加・変更があり、事前送付資料が差し替えられることになりました。その際、参加者からコメントで、「資料に変更があるということは、日々成長しているということ!いいと思います」という旨の書き込みがあったのです。研修の目的という芯は持ちつつも、それを達成するための柔軟さを、企画者、参加者が共有し、前向きに受け止めることの重要性を感じました。