• ホーム
  • 全国の取り組み
  • 「学校」という船を、目的地に向けて漕ぎ続ける。~挑戦しつづける「組織」と「校長」の在り方を紐解く~

「学校」という船を、目的地に向けて漕ぎ続ける。
~挑戦しつづける「組織」と「校長」の在り方を紐解く~

大谷大学文学部教授/荒瀬克己(あらせ かつみ)

 9年間にわたって京都市立堀川高校の校長を務め、京都市教育委員会教育企画監を経て現職。第10期中央教育審議会初等中等教育分科会会長、新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会部会長などを兼ねる。
 教育現場が直面する変化の中で、「組織」として課題に取り組むための「校長」の在り方を伺った。

インタビュー後の荒瀬氏

目次

周りを知り、変化をチャンスにする。

ーーカリキュラム・マネジメントが重視される新学習指導要領、大学入試改革、また、働き方改革など高校を取り巻く環境は大きく変化していると思います。このような変化に、各高校はどのように感じ、向き合っているのでしょうか。

 私の知っている範囲で言えば、どの学校もそれぞれの状況に応じて、「変化」をしっかり受けとめているように思います。そのうえで、このままではいけないとか、この部分を改善しようとか、校長だけでなく、たとえば教務や進路の先生たちが課題を発見して取り組み始めています。
 環境の変化は、いわば「変わるチャンス」です。積極的に受け止めるか、あれこれあって大変だというような「余計なもの」として受けとめるか、ここに分かれ道がありますね。変わることは楽ではありませんが、出来ない理由を一生懸命並べて言い訳するよりも、まずは、考えてみる、やってみる、といったことに努力するほうが、値打ちがあります。
変化に対応するためには、負の努力ではなく、正の努力が必要です。

ーーなるほど、変化に対応するための、正の努力ですか。学校という組織の中には、校長、ミドルリーダー、若手教職員などの教職員などがいますが、それぞれはこうした「変化」に対して、どのような役割を果たしていくのでしょうか。

校長が出来ることと、出来ないこと。

 「校長が変われば学校は変わる」という言葉を耳にすることがあります。しかし、公立高校の校長は、多くの場合、2年か3年でその学校を去ることになります。長ければよいというものではありませんが、赴任して、状況を見て、計画して、具体化して、にもかかわらず、その結果を見ることはない、というのはあまりにも気の毒です。校長にも、教職員にも、生徒にも。校長の在職年限を延長することは、急務だと思います。
 でもいずれにしても、異動という仕組みはある。「校長任せ」では、改革は継続しません。校長の存在は大きいですが、校長だけでは変えきれないわけです。では、どうするか。みんなでやるしかない。それぞれが、学校をよりよくするための「努力」を惜しまずに取り組むしかない。みんながそうしていくように工夫するのが校長の仕事です。
 そこで重要なのが、生徒の存在です。教職員はすべて、生徒の成長を願っています。生徒の成長が、教職員のモチベーションであり、インセンティブです。教職員の取り組みが、生徒にどう働いて、生徒がどう変わるか。それが共有されることによって、努力のしがい、やりがいが生まれます。
 当たり前ですが、生徒は個々に異なります。その集合体である高校もまた、状況はそれぞれ異なります。よって、ある高校で有効な取り組みが、自分の高校で同じようにうまくいくかというと、必ずしもそうではありません。状況をしっかり見て、目標を立てて、どう取り組むかを考えることが必要になります。
 ですから、「どこの高校でもすぐに使える汎用的なメソッド」というようなものは、ほとんどないように思います。その高校の状況を踏まえたうえで、その高校にいる教職員自身が、自分の高校を変えるための「主体的な学び手」になる必要があると思います。学ぶ生徒を育てるためには、教職員自身が学ばなければなりません。
 私は、学校を船にたとえることがあります。船はいろいろな人を乗せて航海しますが、行く手は一つです。それぞれの船員には、異なるそれぞれの仕事があります。また、それぞれの気質も、思いも違います。しかし、目的地は一つです。どんなに無関心な船員でも、その船がどこに向かっているかを知っています。そして、すべての船員は目的地に行くための仕事をしている。ここが重要です。学校も同じです。それぞれの役割についてしっかり考え、しっかり取り組む。
 私は怠け者の校長でしたが、校長にしか出来ないことはしなければと思っていました。その一つは、教職員や生徒を応援することですね。

ーー校長だけでは学校は変えられない、校長以外の教職員も主体的な学び手になることが必要なのですね。では、荒瀬先生のおっしゃる「校長にしか出来ないこと」とは、ほかにどのようなことでしょうか。

 逆の話で、前にも少し申し上げましたが、「校長に出来ないこと」はたくさんありますよ。人も金もままなりません。だからといって、出来ない理由を並べていてもどうにもなりません。
 校長って、とにかく多くの人と会うことが出来るんですよ。多くの人と会って広いネットワークを持てば、魅力的な「人」を学校に呼んで来ることも出来ます。講演会の講師というだけでなく、学校と関わりをもって学校の取り組みを支えてくれるような。その中には、教員になってくれたケースもあります。
 人だけじゃありません。お金もそうです。生徒の学びたい環境づくりに新たな予算が必要であれば、教育委員会に出かけていってかけ合うことも出来る。すぐには出来なくても、「叩けよ、さらば開かれん」です。
 生徒に繋ぐべき情報があればそれも繋ぐことが出来る。校長という「肩書き」があれば、どこへでも身軽にアクセスできます。校長の名刺は、パスポートというか、通行手形というか、いろいろと便利ですよ。

ーー高校という「船」は強いネットワークによって、大海を進むために仕立て上げられていくのですね。ネットワークというと、「開かれた学校」という表現もよく耳にしますが、どのようにお感じになっていますか。

 「開かれた学校」という言葉が一人歩きしているようにも思います。形だけ「外部人材を入れました」というのは、少し違うと思います。学校にあると良い「なにか」が足りないときに、その「なにか」を持つ学校の外の人や情報などを取り入れることが、あるべき姿なのだろうと思います。その出会いが、学校にとっての大きな刺激になることは間違いありませんが、そのためには時間と労力、場合によってはお金が必要になります。それらを費やすに見あう価値があるかどうか、その判断が重要です。たとえば講演会をするにしても、単発の取り組みにならないことが重要でしょう。1年間、3年間などと長期を見据えて、戦略的に教育計画を立て、意味のある取組にしなければなりません。これもまたカリキュラム・マネジメントです。~

ーー「船」を帆船にたとえると、強く編まれた高校という「船」にいよいよ帆を立てるとき、校長は何をするのでしょうか。

 なるほど、すてきなたとえですね。帆を立てるというのは、ミッションを明らかにするということでしょうか。ミッションは共有されなければなりませんが、それは極めて難しい。みんな思いはそれぞれですから、認識を完全に共有することは出来ないと思った方が良いでしょうね。しかし教職員、船員たちが同じ「方向感」で主体的に学び続け、船を進めなければならない。ではどうするか。
 一つの方法としては、ミッションをなるべく単純にすることでしょうか。それは、校長の大きな役割です。
 堀川高校で共有したミッションは、「よりよい教育活動の実現」です。これはだれもが理解できる、当たり前の一般的なものです。そこから、「自分の子どもが行きたい、自分の子どもに行かせたい学校」ということを導きました。そのあとに、さらに具現化していくのはそれぞれの教職員の役目。その学校像は、おそらく千差万別だったでしょうが、同じ方向感なのだから、それで良いと割り切ることにしました。ミッションを共有して取り組むことが大事です。~

ーー単純化されたミッションを船員である教職員に伝えるのですね。しかし船を漕ぎ「続ける」には、教職員の不断の努力が必要ですよね。努力を続けるために、校長が心がけるべきことはどのようなことでしょうか。

 「漕ぐ」というのも、良いたとえですね。船員である教職員集団は、皆、気質が違う。その集団を、「変革が出来ないことの言い訳をする集団」ではなく、「主体的な学び手の集団」に持続的に移していかねばならないのですよね。気が遠くなるような話です。なぜかというと、意識を変えようとするからですね。私は意識を変えるというような難しいことは考えませんでした。行動が変わればそれでよいと思いました。さきほども言いましたが、行動、教育活動が変わった結果、生徒が成長すると、教職員は大きな喜びを得ます。これがポイントではないでしょうか。
 同時に、校長の役目は、言葉というか、個別解というか、それをなるべく多くもつことですね。個々の教職員にできるだけきっちりと声をかける。ある人にとって嬉しいこと、やりがいを感じることでも、別の人には負担に感じることもあるでしょう。教職員の特性や考え方を踏まえたうえで、その教職員に寄り添うことになるような言葉、個別解を探すことが大事です。先ほど、校長の役目として、「教職員や生徒の応援をする」と申し上げましたが、それぞれに応じた応援をすることが重要です。
 大人も子どもも、居場所と出番があればやりがいが生まれます。それは人によってさまざまですが、その人にとって、正当に評価されたと思えば努力し続けられるのです。感謝、充実感、達成感などといったことは、大切なインセンティブです
 その時に忘れてはいけないのは、評価は一面的であるということです。校長の評価も当然、完全な評価というものではなく、校長のモノの見方というバイアスの上に成り立つ評価です。~

ーー確かに校長もバイアスを持った一人の人間であり、校長の評価だけでは努力し続けることが難しい教職員もいるかもしれませんよね。そのような教職員は、どのように努力をし続けるのでしょうか。

 だからこそ、校長だけでは、船を漕ぎ続けられないんですよ。同じ船に乗る、校長と相性の合わない教職員にもインセンティブを与えられる存在が必要です。何度も言いますが、インセンティブを与える役割は、大人だけに限られたものではありません。生徒の活動、言葉もまた、教職員にとっては極めて大きなインセンティブになります。
 生徒も教職員も、人はだれでも、もともと学習意欲を持っています。教育基本法第5条にある「各個人の有する能力」とは、学ぼうとする力ではないでしょうか。それが長じていくにつれて、しだいに学ぼうとする力が見えにくくなっていく。学ぼうとする力が見えにくくなるからこそ、意識的に互いに学習意欲を喚起し合うような仕掛けが必要です。
 居場所と出番。生徒にどう提供するかを考えるのは教職員ですが、教職員にどう提供するかを考えるのは主に校長です。だれもが学習意欲をもって生まれてきたのだということを、校長が本気で信じているかが問われます。

ーー最後にこのプラットフォームは、「学び続ける」をキーワードにしていますが、船を漕ぎ続けるために大切な一言、を教えていただけませんでしょうか。

今をもう一度知る。目標―現状=課題

 難しいですね。それぞれの学校で、抱えている現状が違いますから。
 裏返していうと、だからこそ各高校で、徹底的に現状を見る必要があります。現状の何に問題があるのか、それはどうすれば解決できるのか。今掲げる目標から現状を引き算するのです。多くの人は「目標」に関心を持ちますが、まず現状を見ないことには始まらないですよね。「目標-現状」から浮かび上がってくる、そのプロセスこそが課題であり、カリキュラム・マネジメントです。だれが、いつまでに、何をするのか、これを考え続けることが、学校経営なのでしょう。~

ーーすぐに使えそうな答えに飛びつくのではなく、「努力を怠らず」に現状を見る、そして主体的に学び続けることが必要だということなのですね。生徒をアクティブラーナーに育て上げるためにも、今、教職員自身がアクティブラーナーになれるか、問われているのかもしれませんね。
 本日は有難うございました。

  • ■校長にできること その1  船を編む 人・カネ・情報・(モノ)を連れてくること
  • ■校長にできること その2  船に帆を立てる 単純化したミッションを、出来る限り共有すること
  • ■校長にできること その3  船を前に漕ぎ続ける 人には学習意欲があると信じ、居場所と出番を用意すること
取材日:2019年4月18日