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北海道静内農業高等学校

「本物に触れることで、自信が生まれる」。北海道静内農業高校が実践する、産官学連携の農業人の育成

  • 取材・文:相川いずみ
  • 画像提供:北海道静内農業高校
  • 編集:CINRA

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北海道静内農業高等学校は、「食品科学科」と「生産科学科」をもつ農業高校。競走馬の生産地として知られる新ひだか町で、軽種馬生産を学べる学校として、全国各地から生徒が集まっています。2021年度からスタートした同校の「マイスター・ハイスクール事業」、「地域発次世代イノベーター人材の育成~持続可能な日高農業の創り手~」では、道内の企業をはじめ、生産者や研究機関なども巻き込み、地域全体で生徒をサポートする体制を築いているそう。校長の赤穂悦生先生と、副校長でマイスター・ハイスクールCEOも務める桑名真人先生に、お話を聞きました。

お話を伺った先生

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赤穂 悦生(あこう えつお)

校長。道内の農業高校の校長を経て、2023年度より北海道静内農業高等学校に就任。

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桑名 真人(くわな まひと)

副校長。前北海道農政部 技術支援担当局長。2021年度より北海道静内農業高等学校 マイスター・ハイスクール事業のCEOを務め、2022年度から同校副校長に就任。

食品、園芸、馬事教育を3つの柱に、英語教育にも取り組む

──まず、北海道静内農業高等学校について教えていただけますか。

赤穂悦生先生(以下、赤穂):本校は、食品科学科と生産科学科の2学科を設置しており、軽種馬生産、園芸、食品、畜産と、農業を支える人材を総合的に育成しています。特に生産科学科の馬事コースは、日本で唯一となる競走馬の生産と販売を学ぶコースであり、入学者が年々増加しています。

──2021年度から始まったマイスター・ハイスクール事業は、全学科で取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

桑名真人先生(以下、桑名):はい。「地域発次世代イノベーター人材の育成」をテーマに、食品、園芸、馬事教育分野を中心に、専門家の講義や、研究機関をはじめ企業・団体の施設などを利用した実習などを行なっています。

食品科学科では、北海道経済連合会、食品企業や地元の飲食事業者などと連携し、特産品の開発などを行なっております。生産科学科の園芸コースでは、研究機関である北海道立総合研究機構や農業改良普及センター、地域の生産者、農業法人、さらには東京の企業とも連携して進めています。馬事コースにおける馬事教育では、本校に隣接した日本軽種馬協会(JBBA)の静内種馬場や、日本中央競馬会(JRA)の日高育成牧場などと連携しています。

これらの3分野を柱にして、さらに英語教育やeコマースにも取り組んでいるのが、本校の特徴となります。

北海道静内農業高等学校のマイスター・ハイスクール事業の概要図

北海道静内農業高等学校のマイスター・ハイスクール事業の概要図。「持続可能な日高農業の創り手の育成」を目的としている。

──分野ごとに、地域の企業、行政、そして生産者の方まで、幅広く連携されているのですね。企業などの技術者・研究者らを教員として採用する「産業実務家教員」には、どんな方が参加されているのでしょうか。

桑名:本校では、馬事コースにおいて産業実務家教員に入っていただいています。専門家が少ないなか、獣医師としてのご経験だけでなく、馬に関する人材育成のご経験もある日本軽種馬協会静内種馬場の元場長にご参加いただいております。

産業実務家教員による馬の予防接種を学習する馬事コースの生徒

産業実務家教員による馬の予防接種を学習する馬事コースの生徒

──マイスター・ハイスクール事業によって、どんな課題を解決していこうとしているのでしょうか。

桑名:マイスター・ハイスクール事業では、農業高校を卒業して就農することも一つの目標にしていますが、実際に農業者になりたくても初期投資がないといった理由で、新たに農業を始めることができないといった問題があります。町とJAとの意見交換、情報交換を重ね、就農を希望する生徒・卒業生を応援する体制づくりに取り組んでいます。

「本物の社会」に触れる1年間を設計する

──北海道静内農業高等学校では、英語教育や「デュアルシステム」などの取組も行なっていますが、その経緯や目指すところを教えていただけますか。

桑名:どの分野においても競争相手がグローバルになっていくいま、世界の技術も見ていく必要があります。そういう意味で英語教育を大事にしており、本校で教務部長を務める英語の教員が対外的な調整を含めて、積極的に取り組んでいます。

それだけでなく、例えばフランスからの短期留学生が来校した際は、「フランスウィーク」として、留学生が在学している期間を盛り上げたりもしています。他教科の教員も協力し、学校をあげて英語教育を推し進めています。

赤穂:デュアルシステムは、長期インターンシップのようなかたちで、高校生が社会の本物に触れるという機会を1年間かけて体験するものです。希望者のみになりますが、各学科とも3年生で実施しております。

例えば、馬事コースであれば、近くの軽種馬生産農場に毎週行って現場で働くなど、「将来、馬関係の仕事に就きたい」という目的を持った生徒たちに環境を与えて、その道に進むためのサポートを行なっています。

こうした教育や支援を受けた生徒はその牧場や企業への興味関心も高まっていきます。単なる連携だけではなく、高校在学中から人材を育成するという視点でご支援をいただく。牧場や企業にとっても利益のあるつながりをつくろうとしています。

園芸コースのデュアルシステム

園芸コースのデュアルシステム。地元のトマト生産農家での派遣実習

赤穂:園芸の分野では、地元のミニトマト生産農家などで派遣実習を行なっています。また、就農意欲の喚起や農業経営の理解促進を目的に、先進的な農業に取り組む方に授業をしていただいているほか、非農家出身の生徒が就農できるよう、地元JAと本校とで受け皿づくりに向けた検討を始めております。

食品の分野では、新ひだか町内の食品事業者のもとで派遣実習を行なうほか、北海道経済連合会の協力を得て、札幌の企業などとのつながりを築き、夏休みや冬休みを利用した派遣実習も行なっています。

食品科学科

食品科学科。雪印メグミルクによる商品開発の講義の様子

生徒、教員を「主体的」に変えた3年間

──マイスター・ハイスクール事業に取り組んできたことにより、教員の方々にどのような変化があったでしょうか。

赤穂:本校では、マイスター・ハイスクール事業の担当者だけでなく、全員で情報を共有して意思統一を図り、学校として「職員が一丸となって動かしていく」ことを心掛けています。

例えば、馬事や食品の事業所の花壇の整備を園芸コースが行なったり、協力してくださる大学とは、進路指導だけでなく生徒実習服の共同開発を行なったりしています。こうした取組によって、さまざまな分野の教員が関わることができます。教員一人ひとりが当事者意識を持ち、学校の動きをそれぞれが意識・理解して取り組むという体制です。

研究者から指導を受けている園芸コースの生徒

研究者から指導を受けている園芸コースの生徒

──管理職からのトップダウンではなく、まさに全校をあげて取り組んでいるイメージですね。

赤穂:学校として、もともとそういう素地はありましたが、このマイスター・ハイスクール事業をきっかけに、組織体制がより強固なものになりました。

──生徒については、どんな変化を感じられますか。

赤穂:生徒たちは、世代や立場が異なる社会人の方々と触れ合うなかで、さまざまな魅力や課題に気付き、そこで自分のできることを発見し、目的意識をもって主体的に取り組むようになりました。

特にマイスター・ハイスクール事業を通じて生徒が「誰かのために、地域のために貢献したい、役に立ちたい」と考え行動するようになるなど、変化を感じています。

例えば食品科学科では、これまで加工食品をつくったり売ったりするための情報発信が中心でしたが、日高地域が災害の多い地域であることを意識して、保存性が高く災害があっても食べることができるレトルト食品づくりを生徒自身が提案し、取り組むようになりました。また、新ひだか町のふるさと納税返礼品となる新たな加工食品の開発を地域の事業者と取り組んでいるのですが、二つの新商品が返礼品として提供されるようになりました。引き続き新商品開発に取り組んでいます。

また、馬に興味を持ち、馬の勉強をするために本校に進学した生徒が、地域の実情や競走馬の現実に触れ、馬のセカンドキャリアに目を向けるようになったり、子供たちが馬に関わる機会を増やし地域の馬文化を盛り上げたいと考え、行動するようになったりしています。

社会の本物に触れたことで、地域に貢献しようという意識が芽生え、地域の発展や貢献をしていけるような取組をするなかで、「自信がついた」ということだと思います。

酪農学園大学による食品の定量的分析の実習を行なう食品科学科の生徒たち

酪農学園大学による食品の定量的分析の実習を行なう食品科学科の生徒たち

赤穂:デュアルシステムなどで実際の現場で仕事をしてみると、自分たちがやっていることは社会の役に立っているということを実感できます。そこで自信が生まれて、さまざまな活動に対しても意欲的になってきたんだと思います。

そして、生徒が成長している姿を見れば、教員も「自分たちがやっていることは間違いではない」と自信を持つようになる。相乗効果として、良い方向に向いていると感じています。

──生徒の姿を見て、教員の方々にも変化が生まれたということですね。

赤穂:はい。教員も守りに入らず、「いろんなことをやってみたい」とチャレンジするようになりました。そして、マイスター・ハイスクール事業を通して、コミュニケーションが増えたのも成果のひとつです。

教員は各教科の専門家ということもあり、これまでは連携が少なかったのですが、現在は、普通科の数学や英語の教員と、農業の教員が連携して、新しい授業の展開が生まれるなど、教科を横断した連携が図れるようになりました。

例えば、数学の統計分野の学習にあわせて、農業でもエクセルを用いた統計関数を学習して理解を深める取組や、海外の競馬や酪農の記事を英語の教材として活用して関心を高める取組を実施しています。また、理科と食品化学の分野では実験を相互に協力することで、科目間のつながりを意識させる学習も実施しています。

さらに、令和6年度以降の教育課程では、理科と数学、保健体育と家庭科で教科等横断的な学習を展開するために科目を配置して、教科ごとのものの見方や考え方を踏まえながら生徒の学習効果を高める授業を計画しています。マイスター・ハイスクール事業の取組によって、生徒の学習活動が全体的に良い方向に進んでいると感じています。

道内の農業高校との連携で目指す、持続可能な産業人の育成

──生徒・教員の変化などもマイスター・ハイスクール事業の大きな成果だと思いますが、3年目に入った現在、どのような手ごたえを感じられていますか?

桑名:本校の生徒たちが、地域の将来を担う人材という認識が学校外にも広がってきており、生徒たちをサポートする環境が整いつつあります。

例えば、園芸では北海道庁が設置している試験研究機関の農業試験場に協力をいただいていますが、食品向けに「食品工業の部局である食品加工研究センターも使ってみては?」といったお話をいただきました。

ほかにも、馬事コースでは、乗馬の際に足をかける「鐙(あぶみ)」を、障がいを持つ方でも使えるようにと試作品を開発しました。その際には工業試験場のほか、新ひだか町教育委員会の博物館の学芸員の方にも助けていただきました。行政部局をはじめ、地域としっかりつながりができてきたと感じています。

また、教育の現場から就農の環境を整えていくため、さまざまな機関と情報交換しながら、家が農家でなくても農業を始められる体制づくりなどにも取り組んでいます。

馬事コース。JRA職員によるICTを活用した馬の蹄(ひづめ)治療の学習

馬事コース。JRA職員によるICTを活用した馬の蹄(ひづめ)治療の学習

──連携が広がり、深まり、有機的につながっているんですね。今後もぜひ継続していただきたいと思いますが、そのための予算面、人員面などの課題には、どのように取り組まれていくご予定ですか。

赤穂:事業の一部を内製化していくほか、持続可能という部分では、本校の設計したモデルを道内の農業高校にも波及させ、一緒に取り組む仲間を増やしていくことで、実際に事業にかかる負担を参加した農業高校で分散していくことができるのではと考えています。1校だけでは持続が難しくとも、他校と連携することでコストを下げ、連携していければと思っております。

この3年間で、協力してくださる企業や団体の方々も、「一緒になって育てる」という意識を持ってくださるようになりました。「持続可能な産業人の育成」が大きな柱ですので、本校で育った生徒が社会に出て、今度は産業人として生徒たちを受け入れる、そんな社会をつくっていきたいですね。

北海道静内農業高等学校

北海道静内農業高等学校

1941年、北海道庁立静内農業学校として創立。その後、北海道静内農業高等学校と改称し、1978年に北海道静内高等学校から、農業単置学校として分離独立した。時代の変化にあわせた学科改編を行ないながら、豊かな自然環境のもと、実験・実習を通して知識・技術を身につけ、地域に根差した学習活動に取り組んでいる。