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熊本県

熊本県立八代工業高等学校

9割の教員が「教育活動の活性化」を実感。熊本県立八代工業高等学校が企業と取り組む産業人材の育成

  • 取材・文:相川いずみ
  • 写真:前田立
  • 編集:森谷美穂(CINRA)

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熊本県立八代工業高等学校は、全日制にインテリア科、機械科、工業化学科、電気科、情報技術科の5学科をもつ学校です。2021年度から、文部科学省の「マイスター・ハイスクール事業」に指定され、自治体、企業とともに産業を支える人材の育成にも取り組んでいます。生徒の進路にも変化があり、大学進学を志す生徒が増えたほか、地元企業への就職率も10%近く上がったといいます。具体的にどのような取り組みが行われているのか、校長の染村俊浩先生と、マイスター・ハイスクール事業の校内運営委員会の研究主査を務める教諭の山下辰徳先生に、お話を聞きました。

お話を伺った先生

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染村 俊浩(そめむら としひろ)

校長。2023年度より熊本県立八代工業高等学校校長に就任。1992年度より11年間、情報技術科に教員として勤務。その後、2020年度の教頭就任時に、「マイスター・ハイスクール事業」の申請に携わる。

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山下 辰徳(やました たつのり)

情報技術科主任 進路指導部。2010年度より同校に着任。マイスター・ハイスクール事業においては、研究主査を務めた。

産業界から参画する「マイスター・ハイスクールCEO」

──熊本県立八代工業高等学校が、2021年度より取り組んでいる「マイスター・ハイスクール事業」について教えてください。

染村俊浩先生(以下、染村):マイスター・ハイスクール事業は、専門高校と自治体、産業界が一体となって、次世代に向けた人材育成に取り組む新しい試みです。時代の変化にともない進化する産業界で活躍できるような、地域産業の担い手を育てるプロジェクトとして開始されました。

本校では、全日制の5科すべてでマイスター・ハイスクール事業を進めており、各科の特色に応じた授業や企業実習を行っています。また、これらの授業が今後も続いていくよう、企業や自治体の方にご協力いただき、カリキュラムづくりもしています。

機械科での企業実習の様子

機械科での企業実習の様子。産業実務教員から直接学べる機会が生徒の理解を深めるとともに、地元企業のよさを知ることで、自分の将来の進路を決めるときの判断材料のひとつにもなる。

──すべての学科で同時に事業を進めるのは大変なことのように感じますが、何か理由があったのでしょうか。

染村:「産業」とひとくくりにいっても、その種類は多岐にわたります。産業界に羽ばたく生徒に対して、学校全体で育てていきたい。そのためには、一つの科に限定するのではなく、全科で取り組むための方法を考えることが、大変ではありますが大切だと考えました。

──具体的には、どのようなかたちで進められてきたのでしょうか。

染村:産業界から事業全体を統括する副校長的な立場として、「マイスター・ハイスクールCEO」に学校現場へ入っていただきました。また、企業で技術者として活躍されている方々に、「産業実務家教員」として授業を行っていただいています。2022年度は全学科あわせて約400時間程度の授業を実施しました。

インテリア科の授業風景の一コマ

インテリア科の授業風景の一コマ。マイスター・ハイスクール事業では、地元企業の協力のもと「産業実務家教員」による授業が展開されている。実際の現場で使用されている機材にふれる機会は、生徒たちに与える影響も大きい。

染村:そのほかにも、通常のインターンシップよりさらに専門的、実務的な企業実習を行っています。ただ実習に行くだけではなく、生徒たちそれぞれにどういった目的を持ってもらうかという意識づけの事前指導から、実習でできたことを言語化する事後指導まで取り組んでいます。

──学校の中に産業界から「CEO」として入るという例は非常に珍しいですが、実際にどんなことを行うのでしょうか。

染村:授業や企業実習に協力していただきたいすべての企業へのアプローチに始まり、学校のなかで新しい教育活動を進める際の、提案根拠となる調査や分析などがあります。

今回のマイスター・ハイスクール事業は、産業界と専門高校が一体となった、これからの教育システムを考えていく研究でもあります。CEOには取組実行の統括者としてマネジメントを行っていただく重要な存在です。

事業の概要図

事業の概要図。「優れた人材や技術の『X(クロス / 融合)』を追究し、DX時代の夢をつなぐ創造的エンジニアの育成 ~くまもとからはじまる産業人材育成エコシステム~」をテーマに取り組みを行っている。

9割の教員が「教育活動が活性化した」と回答

──マイスター・ハイスクール事業を始めた背景には、どのような課題があったのでしょうか? 

染村:社会のDX化や6次産業化など、産業界やそれを取り巻くビジネス環境が大きく変わっていくなかで、学校もそれらの変化に応じていく必要があると考えています。

熊本県の産業教育審議会でも、2022年に「専門高校に求められる力」として、「技術革新への対応力」「課題解決能力」「発想力」といった資質・能力を挙げています。しかし、そうした人材育成を進めようにも校内のリソースだけでは追いついていないという課題を感じていました。

マイスター・ハイスクール事業は、それらに取り組むための一つの手段です。企業の方に学校に入っていただき、授業を行うことで、産業界のいまを知っている方々の言葉が入ってくる。そういったことが、生徒はもちろん教員のマインドチェンジにもつながっていくと考えました。

取材時は、株式会社KIS から産業実務家員を招き、「工業技術基礎」のカリキュラムとして情報技術科の1年生にオンライン会議ツール「zoom」の操作方法の授業を行っていた

取材時は、株式会社KIS から産業実務教員を招き、「工業技術基礎」のカリキュラムとして情報技術科の1年生にオンライン会議ツール「zoom」の操作方法の授業を行っていた。

スマートグラスを生徒の1人が装着し、お題として出された本を図書館に探しに行く

スマートグラスを生徒の1人が装着し、お題として出された本を図書館に探しに行く。スマートグラスにはzoom画面が映っており、つないでいる生徒のアドバイスも聞くことができる。

──なるほど。生徒に向けた資質・能力の育成というイメージがあったのですが、教員の方々への変化にもつながるということですね。

染村:そうですね。教員向けのアンケートでも、9割の教員が「マイスター・ハイスクール事業によって、教育活動が活性化した」と捉えていました。

もっとも大きかったのは、「学校でこんなことをやってほしい」という企業の考えや、企業の現場でどういった仕事・業務をしているのかを知ることができたことです。それによって、教員の取り組みに工夫が生まれるようになり、マインドチェンジが進みつつあると感じています。

企業の視点を学校教員の授業にも取り入れられた

──山下先生は、研究主査として外部の産業実務家教員の方々と、どのように授業設計をされていったのでしょうか。

山下辰徳先生(以下、山下):まず年度当初にオンラインで打ち合わせをして授業の日程を確保します。その後は、来校していただいたり、わたしたちが企業におうかがいしたりして、詳細を詰めていきました。

具体的には、社会課題や企業が求めている人材といった内容を話し合って、授業で扱うテーマを明確にしていきます。そしてその内容を、産業実務家教員の授業だけでなく、わたしたち教員の授業にも取り入れて展開していきました。こうした経験は、わたしたち教員にとっても大きなプラスになっていると思いますね。

産業実務家教員の方は、これまで授業経験がない方がほとんどなので、かなりの時間をかけて準備をしていただきました。どんな風に授業を行えばよいのかなど、やりとりを重ねていくことでお互いの理解につながっていったことも大きかったと思います。

情報技術科および機械科の生徒が受けた出前授業では、生徒がVRを用いた溶接・塗装シミュレータの操作に触れる場面も

情報技術科および機械科の生徒が受けた出前授業では、生徒がVRを用いた溶接・塗装シミュレータの操作に触れる場面も。

山下:さらに、オンラインで他の工業高校につないだり、産業実務家教員にも担当以外の授業や大学の「出前授業」に参加していただいたりしました。そうやって、産業実務家教員、企業、学校で共有しながら、無駄のないカリキュラム作りを進めています。

──外部の方と一緒に取り組むことで、どんな気付きがありましたか?

山下:正直に言いますと、1年目は何をしていいのか分からず、CEOに言われるがまま進めていた部分があります。2年目、3年目と続けていくうちにようやくやり方がつかめるようになり、ほかの科の主任や、本校の普通科の教員の方々にも説明して協力いただき、学校全体で取り組んでいけるような体制が整えられました。ここからが本当のマイスター・ハイスクールだと、わたしのなかでも変化が生まれています。

地元企業への就職や大学進学など、生徒の進路も変化

──本事業の授業を受けた生徒さんについては、どのような変化が見られましたか?

染村:産業実務家教員の授業を受けて、授業で学んだことを家でも実践してみたといった生徒や、地域の課題を知り「自分は行政の立場から関わっていきたいから県職員を志す」という生徒など、いままでになかった変化が見られています。

また、企業実習に行き、「もっと勉強したい」という意識が生まれ、大学を志す生徒の割合が増えたということも聞いています。

企業実習の一コマ

企業実習の一コマ。次世代スマート生産システム等の設計・製造を行っている株式会社マイスティアで、機械科・情報技術科の生徒がロボットアームの教示作業を行っている様子

──進路にも変化があったのですね。

山下:授業や企業実習などの際に地域で働く方々と関わった生徒たちは「地元にもたくさん素晴らしい企業がある」ということに気付き、地元に残って活躍したいと考えるようになっているようです。

マイスター・ハイスクール事業を始める以前は、地元企業での就職率は51〜52%に留まっていましたが、現在は60%近くまで上昇しました。また、残りの40%についても、「一度地元から出ても、地元にまた戻って活躍をしたい」と考えている生徒が多いことは、大きな変化だと思っています。

──生徒のモチベーションにもつながっているということですね。

山下:はい。教員の授業ですと「やらされている」感覚になりがちですが、産業実務家教員の方々から言われることは、「やってみようかな」というモチベーションにつながっているのかなとは思います。

事業終了後も自走できるように

──3年間のマイスター・ハイスクール事業もいよいよ最終年度ですが、今後に向けての展望を教えてください。

山下:現在中心になって動いている中堅の先生方はもちろん、若い先生方にも担任業務や授業研究の時間を確保しながら、マイスター・ハイスクール事業の良いところを取り入れていってほしいと思います。なるべく教員の負担にならないかたちで本事業を継続できるよう、引き続きシステムづくりを進めていきたいと考えています。

染村:最終年度のいま、本校が次年度以降も取り組むために、自走化に向けて準備をしています。そして、ゆくゆくは他校にも展開していきたい。今後、県内の工業高校に横展開をしていくためには、取り組みやすいモデル化が必要だと考えています。その一環として、昨年度から熊本県の4校の情報系学科の職員が集まって、カリキュラム検討会を始めました。

カリキュラム検討会の様子

カリキュラム検討会の様子。マイスター・ハイスクール事業成果の次のフェーズとして、産業界の意見を取り入れながら社会が求める教育課程の在り方、指導内容について検討

染村:本校の事業は、産官学の取り組みが非常にうまく回った成功例だと思っています。これだけの枠組みができたので、マイスター・ハイスクール事業の指定校が終了したから終わりではなく、その後も定着させていきたい。本校での教育の文化が変わり、他校へと展開していくことが、今後の大きなテーマです。

熊本県立八代工業高等学校

1944年開校の歴史と伝統を誇る工業高等学校。全日制の学科としてインテリア科、機械科、工業化学科、電気科、情報技術科の5科を構えるほか、2010年に熊本県立八代東高等学校定時制課程普通科と統合し、定時制課程総合学科を設置している。2021年度以降、文部科学省のマイスター・ハイスクール事業の指定を受け、デジタル社会で活躍できる人材育成に取り組んでいる。校訓は「誠実」。