公立

滋賀県

滋賀県立彦根東高等学校

生徒主体の学びで生まれた「生徒が自分の意見をオープンに伝え合う」場。滋賀県立彦根東高校の「文理融合」が目指したもの

  • 取材・文:相川いずみ
  • 写真:前田立
  • 編集:服部桃子(CINRA)

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滋賀県立彦根東高等学校は、2004年より文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を受け、翌2005年から普通科に「SS(スーパーサイエンス)コース」を設置。2022年まで18年間に渡り、科学技術を担う人材の育成を推進してきました。2022年からは、WWL(ワールド・ワイド・ラーニング)の指定校となり、新たに、SSコースをベースにした「GS(グローバル・サイエンス)コース」を設置。GSコースでは、理系文系を越えた専門性を深め、課題研究活動や海外学校との連携のほか、教科融合授業、高大連携などの新しい取組も行なっています。多様な取組をどのように進めてきたのか、11年にわたって旗振り役を担うGSI(Global Science Innovation)推進課課長の濵川德行氏に、お話を聞きました。 ※「WWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム構築支援事業」とは、世界で活躍できるグローバル人材の育成を目指し、文部科学省が2019年度より行なっている事業。高校と国内外の大学や企業、国際機関等が協働し、高校生国際会議の開催をはじめとした学びの仕組み「アドバンスト・ラーニング・ネットワーク」を形成した拠点校を全国に配置することで、将来的に、WWLコンソーシアムへとつなげることを目的としている。

お話を伺った先生

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濵川 德行(はまかわ のりゆき)

物理専科教諭。滋賀県立彦根東高等学校 GSI(Global Science Innovation)推進課。1999年同校に赴任。2013年よりSSHの担当を務め、現職。(画像提供:彦根東高校)

文理融合の発展的な「GSコース」を新設

──まず、彦根東高校についてお教えください。大変歴史のある高校とうかがっていますが、どんな学校でしょうか?

濵川德行先生(以下、濵川):本校は、彦根城の内堀と外堀のあいだという、日本でも珍しい場所に位置しています。彦根の藩校を前身としていたことから校是に「赤鬼魂」を掲げ、文武両道を目指し、自学自習や部活動の時間を確保しています。

彦根東高等学校伝統の「廊下学習」

彦根東高等学校伝統の「廊下学習」。廊下に椅子と机が置いてあり、放課後など自習ができる。

──2022年から設置された「GSコース」は、これまでの「SSコース」とどのような違いがあるのでしょうか。

濵川:「GSコース」は、WWL指定を受けて、従来の「SSコース」をより発展させたコースになります。探究力、分析力、協働力、実践的英語力をベースにしながら、イノベーション力を培い、将来のグローバルリーダーを育てていくことを目的にしています。

そのためには、理系文系の枠を超えた、総合的な学力や探究力が必要だと考え、「Major Minor(メジャーマイナー)制」「課題研究活動」「少人数授業の実施」「海外の学校との連携・交流」「教科融合授業」「高大連携」「ICT活用」の7つの取組を軸にさまざまな事業や校外学習を行なっています。

──18年間にわたってSSH指定校として取組をしていたなか、2022年からWWL指定校に転換された理由は何でしょうか。

濵川:まず、本校がSSHにエントリーしたきっかけは、滋賀県の高校として将来の日本を支える科学技術人材を輩出するという特色を出したいと思ったからです。その後先進的な取組をⅣ期18年にわたって継続していました。2022年においても、当初はSSHのⅤ期目に申請することを検討していました。

Ⅴ期のテーマとして構想していたのが、「理系文系といった枠にとらわれずに、生徒自身が興味をもった分野を複数選んで研究する」ことでした。海外研修で見てきた他国の高校では、生徒たちが理系文系の枠を超えて自分たちの興味のあることを学んでいました。

将来的には、日本の高校も理系・文系の枠を越えて、多角的で俯瞰的に学ぶことが理想だと考えました。そうしたときにWWLを知り、文理融合という構想がまさに合致していたため、切り替えたという経緯です。

GSコースでは20名以下の少人数授業を実施している

GSコースでは20名以下の少人数授業を実施している。

文理融合や課題研究、国際連携で力を育む

──では、GSコースについて詳しく教えてください。

濵川:はい。先ほど挙げた7つの特色は、GSコース独自の学校設定科目のなかで展開しています。週時程のなかで行なう「Advanced Research」と、週時程外の「Integrate」の2つの科目があります。

2年生の課題研究では、研究者からの指導や助言を受けながら進めている(画像提供:彦根東高校)

2年生の課題研究では、研究者からの指導や助言を受けながら進めている。(画像提供:彦根東高校)

濵川:先ほど挙げた7つの特色のひとつ「Major Minor制」では生徒自身が専門性を深めたい2分野を決めるのですが、3年間を通して実施されるさまざまな取組を通して実現されます。さらに、これは大学進学につながるキャリアガイダンスともなっています。

課題研究活動は3年間行われますが、1年生はエネルギー問題や自然災害、世界遺産といった6分野から、研究のプロセスやデータ処理の方法の習得、ならびに考察の仕方などを学ぶことを目的とした「データサイエンス課題研究」に取り組みます。2年生からは本格的な課題研究として「Advanced GS課題研究」を行い、3年生で論文にまとめ、学会等で発表を行ないます。

結晶化の最適条件をテーマにした課題研究

結晶化の最適条件をテーマにした課題研究

──海外との連携はどのようなものがあるのでしょうか。

濵川:GSコースでは、「国際性の育成と実践的英語力の強化」ということで、オーストラリアやアメリカ、インドなどの連携校と海外連携関係「TAP(Trans Asia-Pacific Network)」を組んでいます。そのひとつに「国際フォーラム」があり、第1・2回は本校で開催しました。

海外から生徒と教員の方が来日して、歓迎演奏や基調講演のほか、2年生は課題研究を発表し、1年生は課題研究のほかに、融合授業を一緒に英語で受けたり、書道の体験をしたりしました。

そのほか、オーストラリアやアメリカの連携校への海外研修、オンライン交流なども行なっています。

2023年3月に、オンラインとのハイブリッドで開催された「第2回 彦根東サイエンス国際フォーラム」(画像提供:彦根東高校)

2023年3月に、オンラインとのハイブリッドで開催された「第2回 彦根東サイエンス国際フォーラム」(画像提供:彦根東高校)

教員からのアイデアで実現した教科融合授業

──7つの特色を軸にたくさんのプログラムがありますが、どのようにつくられているのでしょうか。アイデアを見つけてくる方法なども合わせて教えてください。

濵川:SSH指定校になった当初は、手探りでスタートしました。取組を進めていくなかで、海外研修に行き現地の授業を参考にして取り入れたり、内容を充実させて行きました。GSI推進課のメンバーを中心に有志教員による教材研究会などを開催したりして、教材開発しています。例えば、「Major Minor制」は私の海外での経験をもとに提案したものですし、教科融合授業はオーストラリアの研修での授業がきっかけでした。

その研修では、生徒と一緒に保健の授業を受けたのですが、「感染症」について化学実験を通して学ぶというもので、とても画期的だと感じました。かつ、生徒自身がとても興味をもって取り組んでいたのを見て、ぜひ本校でもやってみたいと思ったのです。そこで帰国後、化学の教員に相談したところ、同意を得て、さらに発展させるにはどうすれば良いか考え、数学や英語の要素も取り入れるなどして、授業のかたちをつくっていきました。

これまでに「感染症」のほか「時間の流れを多面的に考察する」など4つの授業を開発し、誰でも使えるSTEAM教材として提供しています。できれば年間で2〜3個の授業を開発したいのですが、年に1個というのが現状で、課題のひとつと考えています。

海外の授業を参考に、同校独自の教科融合授業として開発(画像提供:彦根東高校)

海外の授業を参考に、同校独自の教科融合授業として開発(画像提供:彦根東高校)

──こうした教材研究は有志で行なっているとのことですが、何人ぐらいの教員の方が携わっているのでしょうか。

濵川:本校は60名ほど教員がおりますが、うち20名ほどが教材研究会に参加して一緒に授業を開発しています。職員室の私の席の後ろにホワイトボードがあり、そこに「こういったテーマはどうか」と、ある教員が書くんです。それに興味・関心をもった教員がまわりに声掛けし「このテーマでやってみようか」と、構想が固まっていく、といったかたちですね。

──それは素晴らしいですね。教材研究開発は教員の方々の気力や体力、時間もかかりそうですが、先生ご自身のモチベーションの源はなんでしょうか。

濵川:私の場合は、「生徒の力に、ためになるのだったら、頑張ってやっていこう」という意欲ですね。現在、本校のGSI推進室で数名をまとめる立場におりますが、サポートしてくれるメンバーに恵まれていると日々実感しています。

ただ、公立高校は人事異動があるため、いまの進め方をシステムとして残していく必要があります。それと同時に、指定校終了後は予算も限られてくるため、取組の取捨選択をし、維持していくことが求められます。また、教員の負荷についても考えていかねばならず、課題も多いと感じています。

自己と他者によるリーダーシップ育成の評価

──課題研究は評価が難しいと思いますが、どのように行なっているのでしょうか。

濵川:2年生の課題研究では、リーダーシップの育成を年間プログラムとして行ない、ルーブリックによる評価をしています。これは、2018年のSSコースから継続しているもので、年間でグループのメンバー全員がリーダーを経験するように設定しています。

植物の成長に及ぼす光の影響をテーマにした課題研究

植物の成長に及ぼす光の影響をテーマにした課題研究

濵川:生徒が各自ルーブリック表を持っているルーブリック表には、リーダー設定評価の項目として、本校が掲げている「探究力」「連携力」「コミュニケーション力」のほか、生徒自身がリーダーに必要な力は何であるかを考えます。ある生徒は、「計画力」を項目に掲げ、ルーブリックの評価欄を埋めます。このように、生徒は個々に自分のルーブリックをもちます。

リーダー交代時期に、リーダーは自分のルーブリックを見ながら自己評価をし、メンバーはリーダーへの評価を行ないます。持ち回りにすることで、リーダーとしての自覚も生まれるのと同時に、リーダーを支える「フォロワーの自覚」が身につくことも期待しています。

やはり、リーダーを経験してみないとその大変さはわからないですし、フォロワーを自覚することで逆にリーダーとしての意識が芽生えて突然しっかりする生徒もいます。そういった意味でも、持ち回り制は効果があると感じています。

滋賀県立彦根東高等学校

教員としてのやりがいが、自主的な参加につながる

──長らくSSコースからGSコースまでの生徒さんを見ていらして、どんな変化や成長を感じられますか。

濵川:GSコースは今年度でまだ2年目ですが、個性的な生徒が多いなか、お互いを認め合う雰囲気があり、授業では自分の意見をオープンに伝えあっています。また、文理融合という面では、文系の学部を目指す生徒が、物理や数学が好きな生徒の考え方に触れたり、その逆もあったりと、休み時間を含めてお互いに刺激しあっていると感じています。

大阪大学での校外研修では、理系学部と文系学部の両方を訪問(画像提供:彦根東高校)

大阪大学での校外研修では、理系学部と文系学部の両方を訪問(画像提供:彦根東高校)

濵川:それ以前のSSコースからの話でいうと、科学の研究発表をした生徒が、その成果をもとに大阪大学の学校推薦型選抜で進学するなど、3年間で培ったものを大学進学へと繋げています。一部の進学塾では、「彦根東高校のGS(SS)コースは忙しいから、大学受験には不利である」というご意見もあるようですが、大学の先生方からは「探究的な力を持ち合わせていて大学で力を発揮している」とか、生徒や保護者からも「入学してよかった」という声を多くいただいています。生徒たちも忙しいながら、楽しく過ごしていますよ。

──先ほどの教材研究のお話をうかがっていると、教員の方々も積極的に関わってくださっている印象ですが、変化は感じていらっしゃいますか?

濵川:本校に新しく赴任される教員の方も、「彦根東はこういう取組をしている」という心構えで入ってきてくださるので、下地はできていると思います。

先にご紹介した教材開発などは、「自由に参加してください」というスタイルを取っているので、忙しいからなかなかできないという方も、タイミングさえあえば活動に参加してくれます。全員が同じ方向を向くということは難しいかもしれませんが、少しずつ関わる人を増やしていくことはできると考えています。

この取組によって、生徒が生き生きと授業を受けている姿を目にする。本来培いたいと思っているような考え方や力が、こうした授業でつけられていることに教員としてのやりがいを感じ、自主的に参加してくれているのだと思っています。

2022年度は、教科融合授業「時間の流れを多面的に考察する」を普通科の生徒にも行なったところ、大きな手ごたえを感じたという(画像提供:彦根東高校)

2022年度は、教科融合授業「時間の流れを多面的に考察する」を普通科の生徒にも行なったところ、大きな手ごたえを感じたという。(画像提供:彦根東高校)

WWLの取組で得た成果を、他校にも広げていきたい

──最後に、GSコースでの成果をふまえ、今後の課題や展開について教えていただけますか。

濵川:まず、昨年度の課題としていた学校設定科目の「Advanced Research」「Integrate」については、授業のなかでさまざまな取組ができました。国際性と実践的英語力の育成の分野では、「彦根東サイエンス国際フォーラム」という大きなイベントを実施しました。WWL指定校となったことで、SSHのときにはなかった、企業との連携が増え、外部連携の取組が充実した1年になりました。

多様な企業によるセミナーや講座を開催(画像提供:彦根東高校)

多様な企業によるセミナーや講座を開催(画像提供:彦根東高校)

濵川:また、STEAM教育活動を支援する「学びのイノベーション・プラットフォーム(PLIJ)」に参加したことも大きく、生徒自らがSTEAM教材を開発するという機会を得ました。

生徒たちには、「忙しいときこそ力が身につくものだから、『いままさに、力をつけているんだ』という前向きな気持ちが大切だよ」ということを話しています。ただ現状、年度後半に負荷が偏在しているので、その点は改善していきたいと考えています。

今後は、コロナ禍は難しかった海外の連携校と相互訪問を再開し、交流を密にやっていく予定です。また、授業の検証と評価をさらに深く研究していきながら、本校の取組を県内外のWWL連携校にどのように広げていくかも検討していきたいと思います。

滋賀県立彦根東高等学校

彦根藩藩校に淵源をもち、2026年に開校150年を迎える。建学の精神と校是に、井伊家の先駆者精神を受け継いだ「赤鬼魂」を掲げ、国内外のさまざまな分野で活躍する卒業生を送り出している。滋賀県でも有数の進学校ながら、過去10年間で甲子園に4回出場するなど、文武両道を実現。長らくSSH指定校として理数系教育に注力していたが、2022年より「GSコース」を設置し、WWLの指定校として、未来のグローバル人材を育成する文理融合の授業実践を進めている。