推進戦略が策定されてから10年間の地球観測の成果を振り返ると、観測技術や地球観測データを活用した研究の進展に伴い、地球観測が単なる地球環境の状況把握にとどまらず、様々な分野に活用可能なツールとして進化してきている。例えば、衛星をはじめとする観測体制が整備・強化され、観測データの利用が進むことで、自然災害被害の軽減等に貢献してきている。また、農業、漁業等における観測データの利用が進んだほか、穀物需給の動向分析などの分野にも利用が広がり、経済社会の発展や国民生活の質の向上に貢献してきている。さらに、我が国の地球観測能力を生かし、違法伐採の監視や自然災害による被害状況の把握など、アジア太平洋諸国を中心とした世界各国における社会課題の解決にも貢献している。
このような地球観測の進展に伴い、政府・地方自治体、国際機関、産業界等のステークホルダーの協働により、地球観測データを基礎情報として分野間連携を進め、地球全体の環境保全と開発の持続可能性を追求していく取組が進んできている。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が平成25年から平成26年にかけて公表した第5次評価報告書では、気候システムの温暖化は疑う余地がないことや、人間による影響が温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高いことなどが示された。今後、我が国においても気温の上昇、降水量の変化など様々な気候・気象の変化、海面の上昇、海洋の酸性化などの進行により、国民生活に影響が生ずることが予想されており、精緻かつ継続的な地球観測情報に基づき、気候変動への対策を講じていくことが重要である。
我が国が持続的な成長と社会の発展を目指すため、豊かで質の高い生活を確保することが求められる。また、台風や豪雨、大規模地震、火山噴火などの自然災害のリスクから命を守るためには、モニタリングのための継続的な観測と災害の発生に対応するための機動的な観測に取り組み、気象、地形・地質・地殻変動などの様々な地球観測の知見に立脚して、安全・安心な社会を継続的に実現していくことが重要である。
さらに、情報通信技術の飛躍的な進展により、グローバルな環境においてあらゆるものが瞬時に結びつき、相互に影響を与え合う時代に突入している。地球観測もその例外ではなく、情報化の進展、オープンサイエンスの動向に合わせ、地球観測に関する情報をあらゆるユーザーが利活用できる時代が目前に迫っている。このため、多様なユーザーの要望に応える新しい価値・サービスを創出していかなければならない。また、地球観測にも社会実装の推進、それによる社会便益や新産業創出を目指した取組が求められている。
国際社会に目を向ければ、国連では、貧困と飢餓の終えん、健康と教育の改善、都市の持続可能性向上、気候変動対策、海洋と森林の保護など、幅広い持続可能な開発課題をカバーする「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals (SDGs)」の具体的な目標が平成27年秋に取りまとめられる予定であり、今後SDGsの達成に向けた取組に当たっては、科学的な根拠に基づくガバナンスの構築が求められることから、モニタリング、評価、データ共有が必要であり、このため、地球観測の役割が今までにも増して重要となる。また、GEOは、「GEO戦略計画」(※ア)において、SDGsへの貢献と気候変動への適応・緩和への貢献に加え、現行計画で設定した社会利益分野(SBA)を時代的背景や社会的背景の変化に即して再構築し、ステークホルダーとの連携を一層進める方向で、国際的な地球観測システムの強化を図ろうとしている。さらに、平成27年3月には第3回国連防災世界会議において「仙台防災枠組2015-2030」が採択され、防災・減災における地球観測の役割がより重要となっている。我が国は、国際社会の平和と安定のために積極的に関与するとともに、地球規模の課題に対しても我が国の強みを生かしながら国際社会と協調しつつ対応していくことが求められており、そのために不可欠な地球観測を充実させ、より一層活用していかなければならない。CSTIのレビューでは、今後新たな10年に向けた我が国の国民の安全・安心、経済社会の発展、人類の持続可能性と福祉の確保のための克服すべき課題を踏まえて、本実施方針を策定するとされている。
また、「科学技術イノベーション総合戦略2015」(平成27年6月閣議決定)では、重点的に取り組む施策として、気候変動への適応と緩和のために、大気・海洋・陸域に対する観測データを用いた気候変動のモデル化・シミュレーションによる予測技術を高度化し、それらの情報を統合した地球環境情報プラットフォームを構築していくとされているほか、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の機会を活用し、オールジャパンで科学技術イノベーションを推進していくこととされている。
(※ア)本実施方針策定時点での「GEO戦略計画(GEO Strategic Plan 2016-2025: Implementing GEOSS)」案では、以下の8つのSBA案が挙げられている。
1. 災害強靱(きょうじん)性(Disaster Resilience)、2. 食料安全保障・持続可能な農業(Food Security and Sustainable Agriculture)、3. 水資源(Water Resources)、4. エネルギー・鉱物資源(Energy and Mineral Resources)、5. 公衆衛生監視(Public Health Surveillance)、6. 生物多様性・生態系の持続性(Biodiversity and Ecosystem Sustainability)、7. 持続可能な都市開発(Sustainable Urban Development)、8. インフラ・運輸(Infrastructure and Transportation)
推進戦略では、「地球観測」を「地球環境変動の監視・検出や影響予測等の地球環境問題への対応、気象・海象の定常監視、自然災害の監視、地図作成(地理情報の整備)、資源探査・管理、地球科学的な知見の充実等を目的として、大気、海洋、陸域及び地球内部の物理・化学的性状、生態系とその機能に関する観測を行うものであって、全球を観測対象とするもの、または地域を観測対象とするが全球の現象に密接に関係するもの」と定義された。その上で、我が国の地球観測の基本戦略は、人類の持続可能性と福祉を確保するための健全な政策決定に資するものとして、また地球観測に関して先導的な立場にある我が国の役割を考慮し、1)利用ニーズ主導の統合された地球観測システムの構築、2)国際的な地球観測システムの統合化における我が国の独自性の確保とリーダーシップの発揮、3)アジア・オセアニア地域との連携の強化による地球観測体制の確立、の3つからなるものとした。この定義と基本戦略に則しつつ、2.の現状を踏まえれば、今後は、以下の考え方に沿って地球観測を実施すべきである。
1)近年、観測技術が向上し、より広範囲な又は高分解能な観測が可能となってきているが、継続的な地球観測には多額の予算、人員や恒常的な組織が必要となる。このため社会からの要請に基づき、観測方法の特性を踏まえ、観測目的や対象地域を明確にした戦略的な地球観測の推進が、これまで以上に求められる。特に、2.で述べた現状に由来する多様な社会課題に対応するための基盤として、観測データの重要性は増大している。今後は、社会課題の解決に貢献することを強く意識した課題解決型の地球観測を推進するとともに、課題解決に向けて観測データ及びそれに基づく予測データ(以下「観測・予測データ」という。)の産業利用を含めた社会実装を具体的に促進すべきである。
2)課題解決に向けた観測・予測データの利用に当たっては、近年の情報通信分野の技術革新に伴うビッグデータを含む観測・予測データの利用分野の拡大を踏まえ、観測・予測データの体系的な収集や合理的な管理、データの統合や情報の融合により価値を創出し、科学技術イノベーションの推進を図るべきである。また、観測・予測データが課題解決に活用されるためには、観測の実施者だけでなく、観測・予測データの利用者、観測・予測データを情報として受け取る者など様々なステークホルダーの関与が必要であり、これらの者が連携し、地球観測の重要性について相互理解を深めるとともに、将来の地球観測を担う人材の育成に努めることが重要である。
3)地球観測の継続と観測データの有効な活用に当たっては、国民の理解と賛同が必要不可欠である。そのため、地球観測に携わる者は、社会実装を推進するとともに、その成果も用いて、観測の実施目的や国民一人一人の行動につながるまでの道筋を明確に説明し、更に裾野の広い利用開拓にもつながるよう、国民と対話する努力を重ねていくべきである。
4)我が国は、地球観測を通じ、持続可能な社会の構築に貢献していくことを目指すべきである。その際、国際社会における競争と協調の観点も踏まえ、我が国として実施すべき地球観測について検討することとする。特に、国際協調については、今後策定される「GEO戦略計画」も踏まえ、関係各国・機関との連携の下、着実な地球観測の実施に努めるべきである。
5)推進戦略において重視していたアジア・オセアニアに加え、アフリカ・中南米等への対象地域拡大や、地域的課題の解決への地球観測の貢献等が必要であるとともに、世界の気象等に影響を与える北極域における観測を、我が国が主導的に推進することが重要である。
今後10年間の地球観測は、これまでの各種観測を統合して、地球及び人間社会の現状や将来の予測に対する包括的な理解と対応のための基本データを与える重要な社会基盤となるべきであり、より目的意識を明確化し、必要に応じ観測体制や観測項目等の見直し・強化を図ることで、様々な社会課題の解決に貢献することを強く意識した、課題解決型の地球観測を志向していくべきである。特に、観測データを課題解決に結びつける仕組みを構築し、地球観測の成果を産業利用も含めた社会実装につなげることを検討する必要がある。また、データの利活用の推進方策の検討や多様なステークホルダーの関与の促進と人材育成、国際協力の推進等、課題解決型の地球観測を支える共通的・基盤的な取組を推進すべきである。
メールアドレス:kankyou@mext.go.jp
-- 登録:平成27年09月 --