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大学教育部会(第6回)議事録・配付資料

1. 日時
平成18年7月18日(火曜日)14時〜16時

2. 場所
三田共用会議所 第4特別会議室(4階)

3. 議題
(1) 学生に対する経済的支援の現状と課題について
【意見発表】 小林 雅之氏(東京大学大学総合教育研究センター助教授)
島 一則氏(国立大学財務・経営センター助教授)
【自由討議】  

(2) その他

4. 配付資料
資料1   第3期中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第5回)議事要旨(案)
資料2 大学教育部会での検討課題に関する主な意見等
(※(第5回)議事録・配付資料へリンク)
資料3−1 学生に対する経済的支援の現状と課題(説明資料)(PDF:797KB)
資料3−2
学生に対する経済的支援の現状と課題(補足資料) 分割版(1)(PDF:2,134KB)]
分割版(2)(PDF:2,164KB)]
資料4 「諸外国における授業料と奨学金制度改革」(PDF:367KB)
(東京大学大学総合教育研究センター助教授 小林 雅之氏)
資料5 「日本学生支援機構の奨学金事業が有する経済社会的効果−大学進学に注目して−」(PDF:133KB)
(国立大学財務・経営センター助教授 島 一則氏)
資料6 総合科学技術会議「平成19年度の科学技術に関する予算等の資源配分の方針」(高等教育関係抜粋)(PDF:177KB)
資料7 経済財政諮問会議「経済成長戦略大綱」(高等教育関係抜粋)
資料8 経済財政諮問会議「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」(高等教育関係抜粋)
資料9 大学分科会関係の今後の日程について(案)

(参考資料)
  参考資料1   最近の高等教育に関する新聞記事等
参考資料2 平成18年度「魅力ある大学院教育」イニシアティブの採択プログラムの決定について
(※報道発表一覧へリンク)

(机上資料)
    大学教育部会関係基礎資料集
高等教育関係基礎資料集
大学設置審査要覧(平成18年改訂)

5. 出席者
(委員) 木村 孟(部会長)
(臨時委員) 天野 郁夫,石 弘光,黒田 壽二,菰田 義憲,永井 順國,中込 三郎,森脇 道子の各臨時委員
(専門委員) 北原 保雄,黒田 薫,高祖 敏明,本田 由紀の各専門委員
(文部科学省) 清水高等教育局長,磯田高等教育局担当審議官,辰野高等教育局担当審議官,小松高等教育企画課長,藤原国立大学法人支援課長,村田学生支援課長,安藤私学部参事官 他

6. 議事

(□:意見発表者,○:委員,●:事務局)

(1)  事務局より,「学生に対する経済的支援の現状と課題」について説明があった後,有識者から意見発表があり,その後,質疑応答が行われた。意見発表と質疑応答の内容は以下のとおりである。

【小林 雅之氏(東京大学大学総合教育研究センター助教授)の意見発表:「諸外国における授業料と奨学金制度改革」】
 授業料・奨学金制度改革とは,高等教育改革の焦点の1つであり,高等教育財政改革の一環でもある。これには,これまで授業料が無償だった国,特にヨーロッパやオーストラリア,イギリスの大学が授業料徴収を始めたこと,また,アメリカのように授業料が高騰していることが背景にある。これに対応して,奨学金制度を改革あるいは整備していくことが各国共通の大きな課題であり,大きな改革が進行している。
 前提として,「教育費」と「学費」の概念に混同が見られるため,まず整理したい。「教育費」とは,「教育に要するすべての費用」である。それに対して「学費」とは,「学生や親が支払う教育への対価」であり,「学費」は「教育費」の一部に過ぎない。本日は,学生や親が支払うものは「学費」とし,「生活費」は「学生生活を送るために必要な費用」とし,この2つを合わせたものを「学生生活費」と定義したい。この「学費」と「生活費」を誰が,どこまで,どのようにカバーするかが焦点である。
 本日の発表は,学部生のみを対象とし,大学院生については対象としていない。また,国公立大学の授業料を対象とし,私立大学については簡単に触れるにとどめている。奨学金についても主に公的奨学金を対象としている。
 授業料と奨学金をセットで考える意味について考えたい。奨学金と授業料を軸にとると,それぞれの高低で4つの次元ができる。殆どの国は,最初,「高奨学金・低授業料」という状態から始まった。例えば,1980年代までのイギリスの大学や中国の国立大学,アフリカの大学がこのような傾向にあった。これに対し,「低授業料・低奨学金」であるのが,ヨーロッパの国立大学やアメリカの公立旗艦大学であった。この傾向がもっとも顕著なのは,アメリカの公立大学(4年制大学と2年制のコミュニティカレッジ)であった。どちらも授業料が非常に低廉である。日本の国立大学も1970年代まではこのような傾向であった。これに対し,アメリカの私立大学では「高授業料・高奨学金」政策がとられた。また,日本や中国の私立大学では「高授業料・低奨学金」政策がとられていた。もともと大学はエリート養成が目的であったが,学生が多くになるにつれて「低授業料・高奨学金」政策は長続きせず,様々な人材養成の必要性から,多くの学生を支えるために,低奨学金化という傾向が生まれた。さらに,教育需要に対応するために,私立大学が登場し,高授業料化政策がとられた。「高授業料・高奨学金」政策では,1大学にとって望ましい学生が獲得できる,2奨学金を選択的に支給することで,その差額分が大学にとって収入増加につながるという利点があるため,研究者間では,効率的で公平な方法であると言われ,アメリカで普及した。教育費負担の観点から言えば,最初は公的負担から始まったが,次第に教育費が公私間で分担されるようになり,その後のマス化の進展により,教育費は私的負担に依存せざるを得ない状況になった。これに対し,「高授業料・高奨学金」政策は費用負担の点では,奨学金の額は学生によって異なるため,実際に支払う授業料も個人によって異なるという意味で,費用負担が分化しているということができる。
 次に,奨学金については,1給付主体(誰が奨学金を出すか),2種類(給付(グラント)か貸与(ローン)か),3受給基準(ニードベース(奨学)かメリットベース(育英)か),4受給対象と奨学生1人当たり金額(広く薄くか,狭く厚くか),5受給決定時期(大学入学前(予約)か大学入学後(在学時)か)の5つの分析軸がある。
 各国の動向について,アメリカは様々な制度があり,改革に次ぐ改革を続けてきた。イギリスは,1980年代までは,授業料は実質的に無償で生活費も保障されていたが,1990年代に入り,めまぐるしく改革が行われた。オーストラリアも1980年代まで授業料は無償だったが,平成元年(1989年)にHECS(Higher Education Contribution Scheme)という新制度が創設され,授業料相当分を徴収するという形に変わった。それに比べ,日本はそれほど大きな改革がなされていない。
 各国の特徴の中で注目すべきはイギリスである。イギリスの授業料は親の資産による変額制をとっているが,これが今年9月から大学あるいは専攻によって異なるという形に変更された。また,オーストラリアの場合,バンドという専攻によって異なる授業料相当額を徴収している。さらに,授業料徴収に関して,在学中に徴収する方法と卒業後に支払う方法の2種類が存在する。大きな論点として誰が利子を負担するかという問題があるが,日本の場合,有利子と無利子の2種類があるが,状況は国によって様々である。支払い方法についても,固定額返済型と所得連動型の2つがある。また,各国とも教育減税制度がある。
 各国の改革に共通の動向として,(a)授業料と奨学金のセット改革,(b)教育費分担のシフト,(c)多様化する純授業料,(d)高等教育機会の選択の困難性,(e)高等教育機会均等の危機,(f)ローンの回収スキーム,(g)奨学金給付主体−市場化との関連等が挙げられる。(a)については,特にアメリカにおいてこのような政策がとられてきたが,イギリスでも今年度から各大学が最高3,000ポンドの幅で授業料を設定できるようになった。この結果,9割以上の大学が上限の3,000ポンドに設定している。また,2,700ポンド以上に設定した場合,必ず大学独自の奨学金を提供することが義務付けられており,授業料の高騰により,教育機会が損なわれないよう配慮している。受給基準や金額については,各大学が設定できるが,大学は新設の高等教育機会局と協定を結ぶ必要がある。さらに,政府による給付奨学金の拡大や授業料についての教育ローンの拡大等の状況が見られる。
 授業料の徴収と値上げについては,背景に1高等教育のマス化,2公財政の逼迫,3学生1人当たりの教育コストの増加が挙げられる。実際にアメリカの大学の授業料は4年制私立大学で約20,000ドルまで上昇している。また,公立大学の授業料も1980年代と比べて2〜3倍に上昇している。
 給付奨学金から貸与奨学金への移行については,各国ともに同様の動きをしている。アメリカでは,1960年以降,給付奨学金が連邦学生援助の中心を占めてきたが,1990年代に貸与奨学金の方が多くなった。イギリスでは平成10年(1998年)に授業料徴収を開始し,同時に給付奨学金を廃止した。ところが,2000年代に入り給付奨学金を復活させる等,様々な改革が行われている。
 (b)については,イギリスを例にとると,平成10年(1998年)には親世代負担が3割程度であったが,これが減少し,給付奨学金の減少とともに,子世代の負担が増えており,親から子へ,公から私へという傾向が見て取れる。
 (c)(d)(e)について,学生が支払う授業料のことを「純授業料」と言い,定価授業料から給付奨学金を差し引いたもの又はディスカウントされた授業料に当たるが,これらが多様化している。アメリカの場合,もともと私立大学や公立旗艦大学でディスカウント戦略をとっていたため,多様な純授業料となっていた。一方,イギリスでは今年の改革で一部の大学にこのような方式が導入された。そのため,誰が実際にどれぐらいの授業料を払うかについては,非常に複雑になっている。例えばLSE(ロンドン大学経済政治学総合学部)では,複雑な式によって奨学金の額を決定しているが,これにより,進路選択が非常に困難になっている。これに対して,アメリカでは長い経験に基づき,合格通知書とともに奨学金パッケージを提供するという方法をとっている。さらに,オーストラリアの場合,従来のHECSという仕組みに加えて,FEE-HELPという新制度を導入した。これは,フルコストを支払えば大学入学資格が得られるという制度であるが,これが加わったことにより,学生の進路選択が非常に困難になっている。こうした問題は高等教育機会の均等の危機でもある。アメリカの場合,州政府奨学金が非常に伸びているが,その多くがメリットベースの奨学金である。また,大学独自の奨学金もメリットベースであり,本来の奨学金の目的の1つである経済的な条件を緩和するという側面から大きく変容していると言える。同様のことがオーストラリア,イギリスでも言える。
 (f)については,現在もっとも望ましい方法と言われているものが所得連動型である。これは,卒業後,所得に応じて返済するものであり,イギリスでは所得の0〜4パーセント,オーストラリアでは所得の0〜8パーセントを返済することとなっている一方,約300万円の最低所得額以下の場合や一定期間,一定年齢で返済を免除される。所得から源泉徴収される場合が多く,実質的には無利子で返済できる。しかし,アメリカでは学生が利子負担を行うため,所得連動型は返済総額が多くなってしまい人気がないようである。
 (g)については,殆どの国は政府ないし公的機関である。アメリカの場合には,政府保証の民間金融機関ローンが大きな比重を占めている。それに対し,平成6年(1994年)に政府は直接ローンを創設した。選択権は大学側にあり,学生から見れば相違はない。しかし,直接ローンは余り普及しておらず,このことが問題となっている。
 以上を踏まえ,日本の高等教育への示唆としては,1ローン回収スキームの改革,2公的給付奨学金の必要性,3日本学生支援機構の予約奨学生の増加,4市場化・民営化への疑問と公私の役割分担が挙げられる。1については,平成10年(1998年)以降拡大が続いており,返還率の下落が予想される。ペナルティの強化も一方法ではあるが,「返せない」故の滞納か,「返したくない」故の滞納なのかを分けて考える必要がある。各国がこの問題の解決として考えているのが,所得連動型の導入である。これについては,納税者番号制度との連動が必要であり,その点についても議論する必要がある。3については,日本の奨学金は,入学後の学生生活を支援するという意味合いが非常に強い。入学前に奨学金の受給が決まっていれば,入学後のファイナンシャルプランが立てられるという大きなメリットがある。
 公的給付奨学金の必要性あるいは教育減税の必要性については,日本の場合,学部に関しては給付奨学金が殆どないとことが諸外国との大きな違いであり,高等教育機会の均等のためにも,給付奨学金あるいは教育減税が必要である。
 市場化・民営化の問題について,アメリカでは,政府保証ローンと政府直接ローンの優劣をめぐり激しい論争が行われている。例えば,回収については民営化の検討の余地があると考えられるが,公的奨学金事業を完全に民営化している国は存在しない。公的な費用負担が発生し,完全市場になれないことが大きな理由であるが,そのためにも,民間育英団体と日本学生支援機構の公的奨学金は役割分担を明確にすべきであると考える。

【小林 雅之氏の意見に対する質疑応答】
委員  今後,授業料,奨学金の問題は放置しておくと非常にまずい状況になるのではないかと心配している。現下の財政事情では,「高授業料・低奨学金」に定着し,更にその傾向が強まるのではないか。このままでは,授業料負担が一層重くなる。これに関しての将来展望はどのように考えているか。各国と比較して,日本は教育に対する公的負担が少ない。特に,高等教育に対して,公費を投入することに対して,一部には反発があり,それをどのように解決するかが重要である。また,民間奨学金の活用も必要である。「高授業料・高奨学金」政策への転換には,例えば寄附税制が利用できるのではないか。

委員  各国では,奨学金や教育がどれ程社会経済的効果がを持つかについての研究が進んでいる。ところが,日本の場合,余りにもエビデンスが少なく,それが納税者を納得させられない大きな要因になっていると考えている。研究者は教育の社会経済的効果を社会に発表していく必要があると考えている。
 また,諸外国では,寄附税制についても,寄附した場合,どの程度効率的であるかということについても研究が進んでいる。それに比べると,日本は議論が道半ばの感がある。

委員  ローン回収システムについて,もう少し詳しく説明いただきたい。教育に対する公的支援の優先度を上げるべきと考えているが,とりわけ,経済動向が大きく変調する際に,親が経済動向に左右され経済的に厳しい状況に陥ったり,終身雇用制が崩れ,学生が就職しても転職という問題が伴う。その際,奨学金の返済猶予が可能かどうか,そのことを含めた公的支援の拡充について検討すべき時期に来ているのではないか。

委員  御指摘のとおり,ローン負担が各国でも相当大きな問題になっている。それに対して,負担軽減のための方策として考え出されたのが所得連動ローンである。これは,低所得や失業中の場合は,徴収が猶予される一方,高所得者はより多く返済するという枠組みになっており,その意味で,理論的には効率的だと言われている。

【島 一則氏(国立大学財務・経営センター助教授)の意見発表:「日本学生支援機構の奨学金事業が有する経済社会的効果−大学進学に注目して−」】
 本発表の目的は,日本学生支援機構の奨学金事業が有する経済社会的効果の推計作業を行い,学生に対する経済的支援の現状と課題について検討を行うものである。
 まず,人的資本理論に基づく大学進学効果の概念について整理したい。教育経済学における人的資本理論の考え方に基づけば,人は教育によって,人的資本,すなわち労働生産性を増加し,生活を豊かにする知識,技術等を獲得するものと考える。このような考え方に基づき,大学に進学することの効果を整理すると以下のようになる。教育を将来に対する投資であると考えた場合の投資的効果には,1本人に帰属する効果,2家族に帰属する効果,3社会に帰属する効果がある。1については,経済的効果と非経済的効果がある。前者には,大学進学によりどのくらい生涯賃金が増加するかという貨幣的効果と,よりよい付加給付,労働条件,労働環境といった非貨幣的効果がある。また,後者には,大学教育を通じ病気や健康等の知識等を獲得することによって,よりよい健康状態や長い寿命が確保できることや情報処理能力等が高まることによって,消費者として効率的な意思決定が行えるようになること等が理論的に言われている。2については,配偶者に対してもよりよい健康状態や長い寿命を生じさせることができるという効果がある他,子どもに対してもよりよい健康状態や教育・認知的発達水準を与える他,若年妊娠問題の回避等の効果も考えられる。3については,経済的効果のうち貨幣的効果として,大卒者が高卒者に比べて納税額が多いことが挙げられ,非貨幣的効果として,大卒者を通じた知識・技術の移転,普及が挙げられる。また,非経済的効果として,国民全体の健康水準の向上や犯罪発生率の減少,社会的結束性の向上等が挙げられる。一方,消費的効果として,サークルや体育会活動等,大学生活そのものを楽しむという効果もある。今回は,この中で投資的効果のうち貨幣的効果について取り上げることとする。
 大学進学の経済的・貨幣的な効果については,高卒者の生涯賃金との大卒者の生涯賃金の差額として計測される。具体的な数値で見ると,大学進学の経済的効果は男子が約7,600万円,女子が約9,900万円と言える。
 次に,日本学生支援機構の奨学金事業により進学機会が確保される学生数がどれくらいになるかである。まず,同機構の奨学金事業には2つの効果が想定される。1奨学金によりアルバイト等を減らすなどにより,よりよい修学状況を確保できる,2奨学金により大学進学機会が確保されるという2つの効果が想定される。後者について,該当者数(同機構奨学金によって進学機会が確保された学生(奨学金なしでは進学が不可能な学生))を同機構及び文部科学省のデータから推計すると,男子36,668名,女子27,190名となる。この数字に,先程の大学進学による経済効果を乗ずると,同機構の奨学金事業が存在することによって確保される社会全体の経済的効果は5.5兆円になり,うち税収増加分は6,500億円と推計される。また,先ほどの推計では同機構の「学生生活調査」において,奨学金を受けている者のうち「家庭からの給付のみでは修学継続困難」,「家庭からの給付なし」と回答した者のみで推計を行っているが,「家計からの給付のみでは修学が不自由」と回答した者を加えて推計を行うと,経済的効果は14.5兆円となり,奨学金を受けている者全てが進学機会を確保されていると想定すれば,経済的効果は16.5兆円となる。同様に短期大学に進学した場合の経済的効果も含めて推計すると,5.8兆円となる。大学院については,大学院修了者のマクロ賃金データが存在しないため,推計できない状況にあり,エビデンスベースの政策設計という観点から,今後このようなデータの整理が必要であると考える。
 今回の推計は,1現在の学歴別の賃金構造がこれからも変わらず一定であること,2奨学金受給者のうち,「家庭給付なし」,「家庭給付のみで修学継続困難」と回答する者が本当に奨学金なしでは進学できないという仮定のもとに成り立っていることに留意しなければならない。また,本推計の結果は費用と便益のバランスに基づいて評価されなければならない。さらに,上記の経済的効果は同機構が負担するコストのみから発生しているものではなく,個人負担,政府負担,同機構の負担等から発生する経済的効果であり,奨学金自体が無く,本当に進学できないとなると,この経済的効果は存在しなくなるため,敢えて「日本学生支援機構が有する経済的効果」という言い方をしている。
 以上を踏まえ,政策的含意と本発表の限界について触れたい。日本学生支援機構の奨学金事業(大学分)により社会的に確保されている経済的効果の絶対額は少なくない。理論的に言及されている非貨幣的効果,外部効果,消費的効果を含めれば,その効果はより大きなものであると推測される。これらにより,奨学金事業の社会的重要性は非常に高いと言え,このことは,奨学金事業の機会均等をという観点だけではなく,その政策的な経済性という点からも言える。一方,限界としては,1本推計が,費用と便益のバランスについて言及していないこと,2経済的効果の大きさは,奨学金事業の一層の拡大が望ましいという結論には直結しない点である。2については,平均的な学生に対する経済的効果と奨学金事業によって学生が将来追加的に獲得できるであろう貨幣的効果は等しいとは言えず,むしろ低いと予想される。また,低所得者層は奨学金を受給するに当たり,非常に慎重であるとの調査結果もある。その意味からも,貸与制奨学金ではなく,学費免除もしくは給付奨学金の拡大による進学機会格差の解消について検討する必要がある。さらに,貸与制奨学金による親世代から子世代への負担の移転は,果たして家計負担を軽減するのかは疑問がある。つまり,一時的に子世代の負担にすることによって,現在の親世代の負担は軽くなるが,子世代は孫世代が産まれた時に奨学金の負担を背負ったまま子育てを始めるという問題がある。しかし,この点についても十分に検討できていない。今後,奨学金事業を拡大した場合,延滞や未返還等の問題が社会的に大きな問題になると考えられる。一方で,発生する社会的コストを教育機会均等の理念達成のために必要な社会的コストだと考えれば,拡大することも必要だと考えられる。

【島 一則氏の意見に対する質疑応答】
委員  学生のアルバイトについては無視できない規模であり,事務局説明にもあったように,奨学金の受給額よりもアルバイト収入の方が多い。奨学金を受給するよりも自らアルバイトで収入を得た方が良いという考え方があるようだが,学生の中で奨学金に対する位置付けが変化しているのではないか。奨学金を絶対的必要論だけで議論できるのか疑問に思うが,どうか。

委員  アメリカ,イギリスでは,いわゆる良い大学の学生になるほど,アルバイトをやっていないという傾向があるのではないか。

意見発表者  確かに以前と比べ奨学金の位置付けが変わってきているのは事実である。しかし,アルバイトで学費を賄って,単位だけ取得して卒業する状況は好ましくない。この問題を考えるに当たり,例えば学生の生活時間を測定し,アルバイト時間,勉強時間や将来的な所得予測のデータを蓄積して,奨学金があることによってアルバイトの時間が減り,その分学習時間が増え,将来的な労働政策の効果が上がるということを示す必要があるのではないか。以前,60名の学生に学費の負担方法についてインタビューしたことがある。結果は,アルバイトをしている者の大部分は稼いだ分を遊興費に充てていた。一方,授業料や生活費をアルバイトで賄っている者の従事時間はかなりの時間になり,生活は何とかやっていけるが,授業に身が入らないという回答であった。今後相対的に家計の経済的バックグラウンドが弱い学生層が増えることが想定されるが,その学生層に実のある大学教育を受けさせるためにも,奨学金とアルバイトは分けて考えるべきではないか。

委員  各国の財政事情により,無償から有償へという傾向は致し方ない面があるが,教育投資的価値から考えると,給付制や無利子奨学金は必要なのではないか。
 教育的投資は将来的に生産性に大きく寄与し,生涯賃金以上に異なる社会的便益が発生するのではないか。税負担や公的システムをもう一度見直して,教育に対して投資すべきだと考える。また,経済情勢が激しく動いた時に,例えば減免措置等の制度を導入できるように,検討していくべきではないか。

意見発表者  ドイツでは現在,国公立大学の授業料が無償だが,ごく一部の州で授業料導入の動きがある。ヨーロッパ諸国は登録料等の形でわずかな金額を徴収しているが,実質的には無償である。一方,奨学金に関しては,国によって考え方が異なっており,貸与制や有利子へのシフトが起こっている。コアな政策として堅持する部分はどこか,また,フルコストを支払う学生をどのように増やすかについての政策を検討すべきではないか。日本では,フルコストを支払う学生は私立大学に多く,それに比べコアな部分が弱いのではないか。

委員  ドイツでは,授業料が無償であることと卒業試験が難しいことから,多数の過年度卒業生が発生し,いくつかの州では授業料の徴収を始めた。フランスでも同様の動きがあるようである。

委員  授業料と奨学金をセットに考えることは非常に重要である。その際,大きな問題となるのが私立大学の存在ではないか。日本は韓国に次いで高等教育費の私費負担割合が高い。韓国では,この問題は社会的にどのように取り扱われているのか。また,奨学金制度はどうなっているのか。
 ヨーロッパの場合,教育が個人に対する投資であるという考え方はそれほど強くない。一方,アメリカではそのような考え方が強い。アメリカのように所得格差が極めて大きい国では,一律に奨学金制度の問題を考えるのではなく,制度が非常に多元的になっている。特に,私立大学では,授業料と奨学金がトレードオフ的な関係にあり,様々な独自の政策がとられている。日本は,一見アメリカに似ているように見えるが,奨学金も授業料も硬直的である。日本は,大学間の授業料格差はそれほど大きくない中で,例外的に医学部のように格差が大きい学部も存在する。日本は,奨学金政策を戦略的に捉え,社会の発展と個人の便益のどちらを重視しながら政策を実行していくのかについての方針がはっきりしていない。もっと,メリハリのある政策を実行すべきではないか。

意見発表者  各国の改革は高等教育財政改革の一貫であり,授業料,奨学金に加え,私学助成等の国庫補助の問題も存在する。公財政支出は限られており,それをどのように配分するかという議論ではないか。ところが,我が国はそれらが個々に議論されているような印象を受ける。もう少し総合的に議論する場を設ける必要があるのではないか。また,アメリカの政策について,日本にとっての善し悪しを議論する必要もあるのではないか。特に,アメリカは高等教育が多様であることが特徴のように言われているが,奨学金に関しては,多様性ゆえ学生の選択が困難になり,透明性が確保できない状況になっているのではないか。確かに,日本は一律過ぎる部分があるが,一方で,日本学生支援機構においていくつかの改革が行われているのも事実である。アメリカのように多様性があることが学生にとって良いことなのかについては,議論する余地があるのではないか。
 韓国の事例について,詳細は把握していないが,同様に家計負担が高いといわれる南欧諸国は,自宅通学の学生が多く,この状況は北欧諸国と対象的である。日本が比較対象とするのは,英語圏諸国あるいはドイツ,フランスが中心であり,これら以外の国々と比較することも必要ではないか。

委員  奨学金をはじめとする現在の学生に対する経済的支援策が構築されたのは相当昔のことであり,現在のように大学・短大への進学率が50パーセントを超える状況では,果たしてこのままの制度で良いのか。また,大学卒業者が増加し,社会的効果や産業界に対する影響が大きくなっており,ひいてはそれが我が国の国力にもつながる。これまで企業は,すでに大学で教育を施された者を採用してきたが,産業界も大学教育に対して支援すべきであり,そのような経済支援の在り方について,今後検討すべきではないか。

意見発表者  我が国の場合,奨学金制度はこれまであまり改革されてこなかったのは事実である。我が国は,いわばエリート型の育英の考え方が強く残っており,ユニバーサル化に対応した奨学金制度が構築されて来なかった。この問題をどう考えるかが重要な課題である。
 産業界の大学教育に対する支援の例としては,かつてフランスで「大卒雇用税」が検討されたことがある。これは大卒者を採用した企業からその分だけ税金を徴収し,企業も応分の負担をすべきという考え方であった。

委員  産業界が大学教育をもっと支援すべきという点は賛成である。以前は,工学系でも修士課程への進学率は低く,就職の際,修士課程修了者は敬遠されていたが,現在では修士課程修了者でないと就職が厳しい状況になっている。このように,我が国の企業,特に科学技術に関連する産業が発展したのは,修士課程修了者の力が大きかったと考えるが,実際には,学部卒と修士修了者の処遇はほぼ同じである。一方,高専卒業者に対する社会的な評価は低く,その点について企業も考える必要があるのではないか。

委員  女子学生の奨学金受給率の傾向はどうなっているのか。女子学生の進学率が高まっているが,そのことと奨学金受給率はどのように関係しているのか。また,雇用形態が変化し,女性の社会進出機会が増えている中で,女性の進学による経済効果はどのくらいなのか。

意見発表者  受給率の変動については,男女別のデータが存在しないため正確には分からないが,全体として受給率は上昇しており,女性でも同様のことが言えるのではないか。
 また,経済的効果については,大学進学による所得増分を考えれば,女性の方が高い。絶対的水準ではまだ男女差があるが,投資の増分という意味では女性の方が高い。

事務局  平成16年(2004年)のデータでは,日本学生支援機構の奨学金受給者は,男子が18万9,000人,女子が16万7,000人で,うち,第一種奨学金の受給者は,男子が7万7,000人,女子が7万3,000人であり,それほど男女差はない。

委員  大学の現場から見ると,奨学金を受給することに対して,親が消極的であるようだ。これには,女性ということが何らかの要因ではないかと感じていた。しかし,近年では状況が変化しつつあるように感じている。

委員  大学教育の投資収益率については,昭和63年(1988年)時点で,大企業で約10パーセント,中企業で約6パーセント,小企業で約2パーセントであったと思うが,現在はどうか。

意見発表者  1970年代には平均で約7パーセントであったのが,その後約6パーセントに下がり,その後,ほぼ一定で推移している。ただし,企業規模別に見た場合は,小企業では0パーセントに限りなく近い数値になっている一方,大企業では上昇傾向にある。

委員  大企業では10パーセント超えているのか。

意見発表者  そのとおりである。

委員  大学を卒業し大企業に就職するという構図とそのメリットは変化がないということか。

意見発表者  そのとおりである。

委員  本来,奨学金が学問を奨励するためのスタートラインだったとすれば,受給している学生の成績や学歴との相関関係はどうなっているのか。
 日本の企業も独自に奨学金を出しているところがあるが,アメリカのような広がりはない。アメリカは,学生に対して手厚い奨学金を支給する代わりに,厳しく教育し,高い学生の質を確保するという仕組みになっているが,日本は,中間層あるいは全体の底上げを図るような仕組みの中に,奨学金制度が内蔵されている。両者のバランスをとることが課題ではないか。

委員  今の点は,育英と奨学のバランスをどうするかという問題だと考えるが,どうか。

意見発表者  日本の例については,この点に関しての実証的なデータが殆どない。奨学金についての最大の調査である学生生活調査にも,成績についての調査項目がない。この点については,今後,実証研究を進めていかなけばならないと考えている。外国では,例えばGPAを奨学金の金額算出に使用している例が数多くある。

意見発表者  奨学金と学力の関係については,全国レベルでの分析は行われていない。
 企業側の負担の問題は,例えば,共同研究等により産学連携関係費用が増えており,それが大学院生の研究環境等に影響を与えているという側面があるのではないか。

委員  奨学生と面談をしたところ,日本学生支援機構の奨学金に対する印象は,大学や企業独自の奨学金と比べて,経済的に困難なために受給しているものであるようだ。回収の問題も含め,もう少し大学が奨学金についての認識を高め,事業に対する支援を行うべきではないか。例えば,在学中には毎年資格認定を行い,成績の悪い学生に対しては奨学金の貸与を中止するが,卒業後は大学からの支援が全くない。奨学生の卒業後のフォローを,大学と日本学生支援機構が協力して行うべきではないか。実際,大学の現場では一部の事務担当者しか奨学金の実態を把握しておらず,全学的に支援する体制を構築する必要があるのではないか。

意見発表者  アメリカはローンは返すものだという明確な方針があり,学生が連邦教育ローンを借りた場合には,大学がカウンセリングを行うことが義務となっている。ローンの未返済率が25パーセント以上の期間が3年間続くと,2年間資格が停止されるという厳しい措置をとっている。しかし,このような方法が日本に馴染むかどうかは検討の余地があるのではないか。

(2)  事務局より,総合科学技術会議「平成19年度の科学技術に関する予算等の資源配分方針」,経済財政諮問会議「経済成長戦略大綱」及び「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」について説明があった。

7. 次回の日程
 次回は,日程調整の上,開催することとなった。

(高等教育局高等教育企画課高等教育政策室)

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