第3章 改革の具体的な方策

第1節 学位の授与、学修の評価

(国際的な動向)

  •  これまでの諸答申において、大学教育あるいは学士課程教育において育成すべき資質・能力に関しては、種々の提言が行われてきた。特に、基本的な考え方としては、「課題探求能力」の育成を重視すべきこと、「21世紀型市民」の育成・充実を共通の目標として念頭に置くべきことなどが示されてきた。こうした基本的な考え方は妥当なものであるが、学士課程で学生が身に付ける「学習成果(ラーニング・アウトカム)」を具体化・明確化していこうとする動向に照らしてみると、未だ抽象的かつ曖昧であると言わざるを得ない。
  •  今日、大学教育の改革をめぐっては、「何を教えるか」よりも「何ができるようにするか」に力点を置き、その「学習成果」の明確化を図っていこうという国際的な流れがある。その背景には、次のような点がある。
    • ア グローバルな知識基盤社会や学習社会において、学問の基本的な知識を獲得するだけでなく、知識の活用能力や創造性、生涯を通じて学び続ける基礎的な能力を培うことが重視されつつある。それらは、多様化・複雑化する課題に直面している現代の社会を支え、よりよいものとしていく責任を果たす、自立した市民にとって不可欠な資質・能力となってきている。
    • イ 高等教育自体のグローバル化が進展し、学生や学位取得者の国際的な流動性が高まる中、知識・能力等の証明である学位の透明性、同等性が要請されるようになってきている。なお、労働の面でも流動化が進み、個人の学習や訓練の履歴、知識・能力等を証明するシステムが必要となりつつある。
    • ウ 企業の採用・人事の面において、コンピテンシー概念が導入され、産業界は、若年労働者を供給する中心的な役割を担うようになった大学(とりわけ学士課程)に対し、職業人としての基礎能力の育成を求めるようになってきている。
  •  先進諸国では、人材開発を国家の競争力向上のための重要政策として位置づけ、その一環として、例えば、アメリカにおける連邦労働長官諮問委員会(SCANS)の報告(1992年)(ワークプレイス・ノウハウの提示)、イギリス教育・雇用省のナショナル・スキルズ・タスクフォースの調査報告(2000年)(スキルの定義と概念の提示)などの動きが見られる。
      高等教育による「学習成果」については、イギリスの高等教育制度検討委員会(デアリング委員会)の報告(1997年)における勧告(獲得すべきスキルの提示)、オーストラリアにおける大学卒業時の知的能力の測定(グラデュエート・スキル・アセスメント)といった動きが見られる。アメリカでは、連邦教育長官諮問委員会の報告書に基づく行動計画が策定され(2006年)、連邦政府がアクレディテーション団体に対し、評価基準における「学習成果」の一層の重視を求めている。
     国を超えた取組として、欧州では、国際競争力を備えた「欧州高等教育圏」の実現を目指し、域内各国の学位制度の標準化、学修内容を共通様式で示す「学位証書補足資料」(ディプロマ・サプメント)の導入に向けた取組が進行中である。学士についても、一般的属性や各分野特有の属性に関する枠組みづくりが研究されている。域内では、イギリスが先導的であり、高等教育質保証機構(QAA)が、大学関係者と協同して、学位の種類毎の「学習成果」を示した「高等教育資格枠組み」や、学士等の各分野別の教育プログラム水準(サブジェクト・ベンチマーク)を策定している。
  •  こうした国レベルの枠組みの下、個別の大学や評価機関も、「学習成果」を重視した取組を進め、それぞれの機関の個性や特色を踏まえ、学位授与の方針等を具体化している。このような国家政策と個々の大学との一種の協調的な営為は、当該国の大学の国際展開や留学生獲得の面で寄与している面が少なくない。

(我が国の課題)

  •  我が国の大学を取り巻く環境も、こうした先進諸外国と異なるものではない。しかし、「日本の学士が、いかなる能力を証明するものであるのか」という国内外からの問いに対し、現在の我が国の大学は明確な答を示しえず、国もこれまで必ずしも積極的に関わろうとはしてこなかった。
     個々の大学が掲げる人材養成目的や建学の精神は、総じて抽象的であり、学位授与の方針として、教育課程の編成・実施や学修評価の在り方を律するものとは十分に成りえていない。かねて「入難出易」と評され、評価の厳格化が求められてきたが、実態はどうであろうか。進学率が上昇し続け、「大学全入」に至ろうとする時期を迎えているが、入学生の約8割が修業年限で卒業し、卒業までに退学する者は1割程度(見積り)に止まるという状態に目立った変化はない。大学卒業生全体の学力が低下したという実証的な分析結果は無いものの、産業界のそうした印象、さらに言えば不信感を払拭できるような具体的な根拠を、大学も国も十分に持ち合わせているとは言えない。
  •  大学が学生に身に付けさせようとする能力と、企業が望む能力との乖離、ミスマッチもかねて指摘されてきた。近年では、「企業は「即戦力」を望んでいる」という言説が広がり、就職難の状況も背景として、学生の資格取得などの就職対策に精力を傾ける大学が目立つようになった。しかし、実際に企業の多くが望んでいることは、むしろ汎用性のある基礎的な能力であり、就職後直ちに業務の役に立つというような「即戦力」は、主として中途採用者に対する需要であると言う。こうした「誤解」の例に示されるように、大学は、企業の発する情報を必ずしも正確に理解しているとは言えず、また、企業も、自らの求める人材像や能力を十分明確に示し得ていない。
  •  こうした中、国においては、基礎力の養成を求める産業界の意向を踏まえた政策的な対応も始まっている。例えば、厚生労働省は「若年者就職基礎能力」(平成18年(2006年))、経済産業省は「社会人基礎力」(平成18年(2006年))を提起している。これらは、必ずしも大卒者のみを念頭に置いたものではないが、産業界の期待・要請する能力、コンピテンシーを簡明に表現したものとして参考に値する。
     しかし、大学は、自主性・自律性を備えた公共的な機関であり、また、学士課程教育の目的は、職業人養成に止まるものではない。より幅広く、学士課程教育は、自由で民主的な社会を支え、その改善に積極的に関与する市民、生涯学び続ける学習者を育むこと、知の世界をリードする研究者への途を開くこと等の重要な役割・機能を担っている。このことを踏まえて、学士課程の「学習成果」の在り方を更に吟味することが求められる。
  •  国の大学改革においては、大学設置の規制を緩和したり、機能別の分化を促進したりすることにより、個々の大学の個性化・特色化を積極的に進めてきた。その結果、我が国の大学全体の多様化は大いに進んだが、「学士課程あるいは各分野ごとの教育における最低限の共通性があるべきではないか」という課題は必ずしも重視されなかった。
     例えば、学位に付記する専攻分野の名称は年々多様化し、その種類は、現在、約580に達し、さらに約6割は専ら当該大学のみで用いられている名称となった。このように過度に細分化された状態が、真に学問の進展に即したものなのか、学生の「学習成果」の在りようを適切に表現しているのか、能力の証明としての学位の国際通用性を阻害する恐れはないのか、懸念を持たざるを得ない。
     また、最近の新設大学の中からは、資格試験予備校と内実が変わらない大学の実態が明らかとなり、認可の在り方に対する厳しい社会的な批判が生じたことも看過できない。単に認可要件を緩和して大学の新規参入を促進するのみでは、学位の水準の維持・向上につながらないという点を、教訓として十分に認識する必要がある。
  •  以上のような国際的な動向や我が国の実情を踏まえてまとめると、今後、「学習成果」を重視する観点から、各大学では、学位授与の方針や人材養成の目的を明確化し、その実行と達成に向けて教育活動を展開していくことが必要となる。また、国として、そうした大学の取組を支援していくとともに、個別大学の取組を支える基盤として、分野横断さらには各分野にわたり、学位の水準の具体的な枠組みづくりを促進していくことが極めて重要な課題となる。

<改革の方策>

  •  このような課題意識に立って、改革の方策を次のとおり提言する。ここでは、取組の着手点として、分野別の議論に先立ち、分野横断的に我が国の学士課程教育が共通して目指す「学習成果」について審議し、「学士力(仮称)」として掲げた。本委員会では、我が国の学士課程の多様な現実(アメリカのリベラルアーツ型から医歯薬学教育等の職業教育まで)を踏まえる必要があるという認識に立って議論を行い、できる限り汎用性があるものを提示するよう努めた。すなわち、ここに掲げる「学習成果」については、どの分野を専攻するのか、将来像答申の掲げる諸機能のいずれに重点を置くのかを問わず、それぞれの大学、学部・学科において、自らの教育を通じて達成していくものとして受け止めていただきたいと考えている。
     ただし、これは、個々の大学における学位授与の方針等の策定に向けた参考指針となることを意図したものであり、もとより、その適用を国が各大学に強制することを求める趣旨ではない。学士課程の「学習成果」について、一定の標準性が望まれるとしても、その実現や評価の手法は多様であるべきであり、各大学の自主性・自律性が尊重されなければならない。今後の審議では学士課程の「学習成果」の在り方に関して、大学関係者のみならず、各方面の意見を幅広く聴きながら、引き続き検討を深めていきたいと考えている。
  •  学士課程教育については、諸答申において、教養教育と専門基礎教育とを中心とするという考え方が謳われ、教育基本法の新たな条文では、「高い教養と専門的能力を培う」(第7条)旨、大学の基本的な役割として規定されている。こうしたことを踏まえ、学士課程教育で身に付けるべき「教養」とは何かという論点も無視できない。「教養」の意味・内容をめぐっては、多年にわたって様々な議論のあるところであるが、今回は、「学習成果」という観点から、参考指針について記述している。これらは、「教養」を身に付けた市民として少なくとも行動できる能力として位置づけることができる。
  •  もとより、「教養」は、文化的・哲学的な色合いを帯びた概念であり、コンピテンシー等の考え方のみでは語り尽くせないものである。過去の答申が、教養教育の在り方について、「自らが今どのような地点に立っているかを見極め、今後どのような目標に向かって進むべきかを考え、目標の実現のために主体的に行動する力を持つこと」と端的に説明しているように、自省や省察といった営みは「教養」と不可欠な関係にある。
     このような点を踏まえ、どのように「教養」の内容を具体的に考え、教育活動を展開していくかは、各大学の設置の趣旨・理念、建学の精神などに基づき、当該大学が主体的に判断していくこととなる。いずれにせよ、今回の提言は、参考指針として掲げた能力の枠内に「教養」を押し込めようとするものではなく、より高次の目標を追求しようとする多様な考え方を尊重する立場に立っている。外部から与えられる「学習成果」に止まらず、目指す「学習成果」を自ら設定し、必要な行動ができる人材を育てることができるならば、それが理想であると言うこともできよう。

【大学の取組】

  • ◆ 大学全体や学部・学科等の人材養成の目的、学位授与の方針を定め、それを学内外に対して積極的に公開する。

    その際、それらが抽象的な記述に止まらず、「学習成果」を重視する観点から、具体的で明確なものとなるように努める。
  • ◆ 学位授与の方針の策定に当たって、PDCAサイクルが稼動するようにする。

    学内の共通理解を確立すること、実践の段階に応じて目標を具体化すること、客観的に測定可能な指標によって予め目標設定しておくこと等に留意する。
  • ◆ 学位授与の方針等に即して、学生の学習到達度を的確に把握・測定し、卒業認定を行う組織的な体制を整える。

    各大学の個性や特色、専門分野の特質に応じて、客観性・標準性を備えた学内試験の実施や外部試験の結果の活用についても検討し、適切に対応する。
  • ◆ 大学の実情に応じて、相互に学位授与の方針の策定・実施に関与する仕組みについて検討する。

    例えば、大学間連携を実践する場合、その取組の一環として検討する。
  • ◆ 学位に付記する専攻分野の名称については、学問の動向や国際通用性に配慮して適切に定める。

    類例がなく定着していない名称は避けるよう努める。仮にそれを用いる場合、依拠・関連する既存の学問領域との関係について説明責任を果たすようにする。

【国による支援・取組】

  • ◆ 国として、学士課程で育成する「21世紀型市民」の内容(日本の大学が授与する「学士」が保証する能力の内容)に関する参考指針を示すことにより、各大学における学位授与の方針等の策定や分野別の質保証枠組みづくりを促進・支援する。
各分野の専攻を通じて培う「学士力(仮称)」−学士課程共通の「学習成果」−
1.知識・理解

 専攻する特定の学問分野における基本的な知識を体系的に理解するとともに、その知識体系の意味と自己の存在を歴史・社会・自然と関連付けて理解する。

  1. 多文化・異文化に関する知識の理解
  2. 人類の文化、社会と自然に関する知識の理解
2.汎用的技能

 知的活動でも職業生活や社会生活でも必要なスキルと能力

  • <スキル>
    1. コミュニケーション・スキル
      日本語と特定の外国語を用いて、読み、書き、聞き、話すことができる。
    2. 数量的スキル
      自然や社会的事象について、シンボルを活用して分析し、理解し、表現することができる。
    3. 情報リテラシー
      多様な情報を適正に判断し、効果的に活用することができる。
  • <能力>
    1. 論理的思考力
      情報や知識を複眼的、論理的に分析し、表現できる。
    2. 問題解決力
      問題を同定し、解決に必要な情報を収集・分析・整理し、その問題を確実に解決できる。
3.態度・志向性
  1. 自己管理力
     自らを律して行動できる。
  2. チームワーク、リーダーシップ
     他者と協調・協働して行動できる。また、他者に方向性を示し、目標の実現のために動員できる。
  3. 倫理観
     自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる。
  4. 市民としての社会的責任
     社会の一員としての意識を持ち、社会の発展のため、義務と権利を適正に行使できる。
  5. 生涯学習力
     卒業後も自律・自立して学習できる。
4.統合的な学習経験と創造的思考力

 これまでに獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し、自らが立てた新たな課題にそれらを適用し、その課題を解決する能力

  • ◆ 将来的な分野別評価の実施を視野に入れて、大学間の連携、学協会等を積極的に支援し、分野別の質保証の枠組みづくりを促進する。

    例えば、「学習成果」や到達目標の設定、コア・カリキュラムの策定、モデル教材やFDプログラムの研究開発などを促進する。併せて、海外の先導的な事例に関する情報収集を行い、その成果を広く提供していく。
  • ◆ 「学習成果」の測定・把握、「学習成果」を重視した大学評価の在り方などについて、調査研究を行う。

    諸外国の先進事例を調査する。また、国として直接、あるいは、大学間の連携強化に向けた取組の支援を通じ、学生の生活実態や価値観、学習状況に関する実証的なデータを整備する。
  • ◆ 学位に付記する専攻名称の在り方について、一定のルール化を検討するとともに、学問の動向や国際通用性に照らしたチェックがなされるようにする。

    ルール化の検討に当たっては、学協会等との連携協力を図る。また、英名表記の国際通用性の確保に留意する。学部等の設置審査や評価に際しては、唯一単独の名称を用いる場合、関連する学問領域との関係について十分な説明を求め、必要に応じ、見直しを含め適切な対応を促す。
  • ◆ 産学間の相互理解を深め、連携を強化するため、関係者の対話の機会を設ける。

    そうした機会などを通じ、産業界のニーズを学士課程教育の改善に向けて適切に反映するとともに、大学の実情に関する産業界の理解の増進を図り、必要な支援や協力(例えば、企業の採用活動の適正化、職業教育分野の「学習成果」等の共同研究など)を要請する。

第2節 教育内容・方法等

(1)教育課程の編成・実施

(教育課程の体系性)

  •  教育課程編成・実施の方針は、学位授与の方針、人材養成の目的等の実現を図る観点から、それらと整合性・一貫性を持ったものであることが求められる。また、教育課程は体系性を持ったものであることが、法制上でも要請されている。各大学は、個性・特色ある方針に基づいて、基礎教育や共通教育、専門基礎教育、専門教育などの適切な区分を設けて、教育課程を編成・実施することが期待されている。「21世紀型市民」としての「学習成果」や「教養」は、これらの特定の区分のみではなく、課外活動や潜在的なカリキュラムなども視野に入れ、修業年限全体を通じて達成し、培うものとして考えていく必要がある。
  •  しかし、かねて我が国の学士課程の教育課程については、科目内容・配列に関して個々の教員の意向が優先され、必ずしも学生の視点に立った学習の系統性や順次性などが配慮されていない、あるいは、組織的にどのような「学習成果」を目指していくかが不明確である等の課題が指摘されてきた。個々の科目についても、どのような目標、内容・水準であるのかが判然としないなど、単位の互換性や通用性の面でも、支障が生じかねない状態にある。これらの課題は、今日なお解決されていない。
  •  専門教育については、大学院教育の役割の比重が大きくなり、学士課程教育では、完成教育というよりも、専門分野を学ぶための基礎教育や学問分野の別を超えた普遍的・基礎的な能力の育成が強調されるようになってきている。このため、教育課程に求められる体系性に関しても、学問的な知識の体系性(ディシプリン)という観点からのみ考えることは適当ではない。むしろ、当該大学の人材養成の目的等に即して、いかにすれば、専攻分野の学習を通して、学生が「学習成果」を獲得できるかという観点に立って、教育課程の体系性の在り方を考えていくことが一層大切となる。

(大綱化以降の教育課程の変化)

  •  大学設置基準の大綱化以降、科目区分、必修教科などの見直しが急速に進められた。
     また、学部・学科等の組織の改組が活発に行われ、学位の専攻分野の名称と同様、多様で新奇な名称の学部・学科(いわゆる「四文字学部」、「六文字学部」)等が登場するようになった。こうした組織改編等の中では、現代的な課題に即した学際的な取組を目指した動きが目立つようになっている。
  •  文部科学省の調査によれば、直近の過去4年間に限っても、約8割の大学がカリキュラム改革を実施している。また、最近10年程度の間、実施率が大きく伸びた科目・内容として、例えば、情報教育科目、文書作成の訓練、ボランティア活動、インターンシップ、大学外の教育施設等における学修の単位認定などがある。カリキュラム改革の進展により、多様な科目が開設され、総じて学生の選択幅が広がってきたことが伺える。
  •  また、様々な調査研究の結果によれば、分野による相違はあるが、大綱化以降、全般的に以下のような傾向が見られる。
    • ア 教育課程全体の中で専門教育の比重が増していること(基礎教育や共通教育については、履修単位の減少、専門基礎教育の組み込みなど。専門職業との結びつきの強い学部(例:医療、家政、芸術系など)において、専門教育の早期化や高度化が生じている一方、高学年向けの共通教育や基礎教育は余り普及していない。)
    • イ 共通教育や基礎教育において、外国語能力や情報活用能力など、スキルの訓練に関する教育の比重が大きくなっていること
    • ウ 初年次教育や補習教育、資格取得支援、就職支援、インターンシップなどが様々なかたちで教育課程内外に位置づけられる例が増えつつあること
    • エ 学際的な教育活動について、その前提となるべき関連する学問の知識体系(ディシプリン)に関する基礎教育が必ずしも十分になされていないこと
    • オ 人文系、社会系などの学部(他学部と比べて基礎教育や自由選択の比重が高い)では、専門教育の学際化が進んでいること
  •  これらは、学生が専門教育志向や資格取得志向などを強めている中で、学生の変化や社会的ニーズに柔軟に応えようとする大学の努力の反映と見ることができる。しかし、そうした努力が、学士課程教育の本来の姿を実現し、教育水準を維持・向上させることに寄与しているとは言い切れない。
     例えば、学生のニーズの背景には、企業全般が学卒者に「即戦力」を求めているという「誤解」により、学生が就職への有利性を過度に意識しているという面もある。その結果、学生確保に向けた大学間の競争が活発化する中、就職支援の教育活動について、学士課程教育(あるいはその正規の教育課程)の一部として位置付けることが相応しい内容・水準であるのか、責任ある実施体制と言い得るのか、疑問の生ずる事例も見受けられる。
  •  学生の学習の幅広さという観点からはどうであろうか。一見、開設科目の種類・内容が多様であったとしても、それらが学位授与の方針や教育課程編成・実施の方針と遊離することなく、学生の体系的な履修を可能とするものになっていなければ、学士課程教育が求める本来の幅広い学びを保証するカリキュラムであるとは言えない。すなわち、沢山の科目の中から場当たり的に取りたい科目を取れるようにするだけであったり、中核となる科目の位置づけが曖昧であったりするならば、学生の学びは狭く偏り、あるいは散漫になるなどして深まらず、所期の「学習成果」は達成されない。「21世紀型市民」としての「学習成果」に照らしても、それらが、体系性を持った幅広い学びを経てはじめて達成されるものであることは明らかである。各大学においては、学位授与の方針等の確立と同時に、幅広い学びを保証する教育課程の編成が重要である。
  •  また、学生の所属先については、多くの学生が、入学時に学科等への所属を決定されている。共通教育や基礎教育の後退傾向や専門教育の早期化の動き、さらに第3節で触れる入学者選抜の在り方も相まって、早期から学生の学びの幅を狭めてしまうことが懸念される。ユニバーサル段階及び「大学全入」時代において、自己決定力の未熟な学生も目立つようになる中、入学してから時間のゆとりを持って専門分野を選択できる(Late Specialization)、あるいは柔軟に変更できるような仕組みづくりも課題となる。
  •  なお、大学設置基準の大綱化以降、国立大学を中心に、基礎教育や共通教育の担い手であった教養部が改組され、多くが廃止されるなどの組織改革が進められた。これらの改革は、旧教養部等の教員に限らず、多くの教員が基礎教育や共通教育に携わることを目指すものであったが、現実には、個々の教員は、研究活動や専門教育を重視する一方、基礎教育や共通教育を軽んじる傾向も否めないといった課題が残っている。各大学の実情に応じて、基礎教育や共通教育の望ましい実施・責任体制について、改めて真剣に議論する必要がある。

<改革の方策>

【大学の取組】
  • ◆ 明確化した「学習成果」や人材養成の目的の達成に向け、順次性のある体系的な教育課程を編成する(教育課程の体系化・構造化)。

    「教養教育」や「専門教育」などの科目区分に拘るのでなく、一貫した「学士課程教育」として組織的に取り組む。専攻分野の学習を通して、学生が「学習成果」を獲得できるかという観点に立って、教育課程の体系化を図る。その際、例えば、科目コード(履修年次等に応じて付記)による履修要件の設定や科目選択の幅の制限等も検討する。
  • ◆ 学生の「幅広い学び」を保証するための、意図的・組織的な取組を行う。

    例えば、多様な学問分野の俯瞰を可能とする教育課程の工夫や、主専攻・副専攻制の導入などを積極的に推進する。また、入学時から学生が学科に配置され、専ら細分化された専門教育を受けるような仕組みについては、当該大学の実情に応じて見直しを検討する(例えば、学部・学科間の移動の弾力化、学部・学科の在り方の見直しなど)。
  • ◆ 英語等の外国語教育においては、バランスのとれたコミュニケーション能力の育成を重視するとともに、専門教育との関連付けに留意する。

    「読む・書く・聞く・話す」の四技能のバランスに留意し、例えば、ライティングセンターなどにより、学習支援を行う。「専門を学ぶための英語(EAP(English for Academic Purpose)」という観点に立って教育活動を展開する。TOEFL(トーフル)やTOEIC(トーイック)などの結果に基づいて単位認定を行う場合、大学教育に相応しい水準か、単位数が適当か等について吟味する。
  • ◆ キャリア教育は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指すものとして、教育課程の中に適切に位置づける。

    豊かな人間形成と人生設計に資するものであり、単に卒業時点の就職を目指すものではないことに留意する。アウトソーシングに偏ることなく、教員が参画して学生のキャリア形成支援にあたる。大学が責任を持って関与するインターンシップと、単なるアルバイトとは峻別する(後者を単位認定することは行わない)。
  • ◆ 一方的に知識・技能を教え込むのではなく、豊かな人間性や課題探求能力等の育成に配慮した教育課程を編成・実施する。

    例えば、資格取得に係る教育を行う場合であっても、バランスのとれた教育活動を行う。教育課程内の活動と併せて、学生の自主的な活動等の充実に向けた支援に努める。
  • ◆ 共通教育や基礎教育の重要性について教員間の共通理解を確立し、教育活動への積極的な参画を促す。また、これらの教育における努力や業績を適切に評価する。

    その際、共通教育や基礎教育の目的達成を、特定の科目のみに任せてしまうことはしない(例えば、アカデミック・ライティング等は、基礎教育科目等だけでなく、専門科目の学習を通じて実践的な訓練を行うことが望ましい)。
  • ◆ 地域の実情に応じて、大学間連携を強化し、学生に対する教育内容を豊富化する。

    例えば、共同プログラムの開発、単位互換などを進める。その際、基礎教育や共通教育の充実の観点から、放送大学との単位互換も検討する。
【国による支援・取組】
  • ◆ 個性や特色のある教育課程に関する優れた実践に対し、積極的に支援するとともに、そのための体制を整備する。

    例えば、目指すべき「学習成果」を明確化し、順次性のある体系的な教育課程を実施する取組や、「幅広い学び」を保証するための意図的・組織的な取組などを支援する。
  • ◆ 大学間の連携、学協会等を支援し、国際的な通用性に留意しつつ、分野別のコア・カリキュラムを作成する等の取組を促進する。
  • ◆ 大学間の連携強化に向けた取組を支援し、共同プログラムの開発、単位互換などを促進する。
  • ◆ 産学間の対話の機会を設け、インターンシップの推進に向けた理解の増進などの環境整備を進める。

(2)教育方法

(単位制度の実質化)

  •  我が国の大学教育のシステムは、アメリカなどの諸外国と同様、単位制度をとっており、これを的確に運用することが、教育の質の維持、国際通用性の確保の観点から不可欠である。従来単位制度を採っていなかった欧州においても、「欧州高等教育圏」の実現を目指す一環として、その導入に踏み切っており、単位制度の考え方は一種の国際標準となってきている。
  •  我が国の単位制度は、45時間相当の学習量をもって1単位と定めており、それが実質を伴うものでなければならない。しかし、学生の学習時間を見ると、内閣府の調査(平成12年(2000年)度)では、学外の勉強を「ほとんどしていない」者が約半数、総務省の調査(平成13年(2001年)度)では、学内外を通じた学習時間は一日平均3時間足らずであり、国際比較の研究でも、我が国の大学生の学習時間の短さは顕著である。こうした実態は、必ずしも制度の趣旨を踏まえたものとなっているとは言えない。
  •  学生の学習時間は、「学習成果」の達成度にも密接に関連してくるものと推認される。「学習成果」を直接測定したものではないが、学生の主観的評価によれば、数理的な処理能力や外国語能力などに関しては、入学時点から低下したという回答が多い。学生が本気で学び、社会で通用する力を身に付けるためには、単位制度の実質化に努めることが強く求められる。
     単位制度の実質化の必要性は、これまでも指摘され、改善策が提言されてきた。シラバス、セメスター制、キャップ制、GPAなどの諸手法は、いずれもその狙いにより導入が図られてきた。文部科学省の調査結果(平成17年(2005年)度)では、各大学において相当に普及し、例えばシラバスは、既に全大学で取り入れられている。けれども、学習時間の実情からすれば、これらの取組は奏功しているとは言えない。
  •  一つの原因としては、単位制度を実質化するための諸手法について、それらが単体で機能するものでなく、相互に連携させることが必要だという点が認識されていないということがある。また、個々の手法について、単位制度の実質化との関わりが十分に理解されていない可能性もある。例えば、シラバスについては、「準備学習等についての具体的な指示」を盛り込んでいる大学は約半数に止まっている。
  •  このような状況を踏まえ、各大学では、学習時間などの実態把握を行った上で、その結果を教育内容・方法の改善に生かしていくことが必要である。また、教育課程の体系化を進めた上で、きめ細かな履修指導と学習支援を行っていくことも併せて求められる。「大学全入」時代を迎え、学習意欲や目的意識の希薄な学生が一層増加することも想定され、そうした備えは急務である。

(「大学全入」時代の学生への対応)

  •  「学習成果」を重視する大学教育の改革については、「何を教えるか」よりも「何ができるようにするか」に力点が置かれる。このことは、教育内容に勝るとも劣らず、教育方法の改善が重要であることを示唆する。入学する学生の変容については、第3節で触れることになるが、学習意欲や目的意識の希薄な学生に対し、どのようなインパクトを与え、主体的に学ぼうとする姿勢や態度を持たせるかは、極めて重要な課題である。具体的には、学生の主体的な参画を促す授業方法となっているか、授業以外の様々な学習支援体制が整備されているか、学内に止まらず、積極的に体験活動を取り入れているか等について、改めて点検・見直しが必要となる。
  •  また、少人数指導の推進も重要な課題であり、教員と学生数の比率(ST比)が様々な大学ランキングの指標とされていることからも伺えるように、教育の質を規定する一つの重要な要素である。ただし、こうした少人数指導の有無のみで教育方法の望ましい在り方を考えることは適当ではない。国際競争力を有するアメリカの大学については、大規模な講義であっても、ティーチング・アシスタント(TA)などの多数のスタッフが教員の教授活動を組織的に支援するとともに、施設・設備の面で情報通信技術(ICT)等が積極的に活用されているなど、双方向性を確保するための様々な工夫が凝らされている。
     こうした教育方法の改善のため、アメリカの大学は積極的に投資しており、OECDの国際比較統計によれば、学生一人当たり教育費は顕著に増大してきている(5年間で約1.2倍)。一方の我が国については、学生一人当たり教育費は微減傾向にあり、金額にしてアメリカの半分程度という状態に甘んじている。国際比較の難しさを勘案したとしても、こうした格差は歴然としている。大学の国際競争力の強化を政策目標に掲げるのであれば、教育方法の改善に向け、施設・設備の面を含めた十分な環境整備が欠かせない。
  •  なお、大衆化した学士課程教育を担う大学について、「教育」と「研究」とを活動の両輪とする大学制度の理念との関連性をどう考えるべきであろうか。この問題は、望ましい教育方法の在り方と不可分の関係にあるものと考える。
     「21世紀型市民」に相応しい「学習成果」は、課題探求や問題解決等の諸能力を中核とするものである。学生がそれらを達成できるようにするためには、単に既存の知識を一方向的に伝達するのみではなく、討論などを含む双方向型の授業を行うこと、学生自らが「研究」に準ずる能動的な学びの営みに参画する機会や場を設けていくことが不可欠となる。「研究」という営みを理解し、実践する教員が、学生の実情を踏まえつつ、「研究」の成果に基づき、自らの知識を統合して「教育」に当たるということが改めて大切な意義を有するのである。換言すれば、「教育」と「研究」との相乗効果が発揮されるような教育内容・方法を追求し、模索することが、ユニバーサル段階の大学にとって一層重要となってきていると考える。

<改革の方策>

【大学の取組】
  • ◆ 自己点検・評価活動の一環として学習時間等の実態把握を行い、単位制度の実質化の観点から、教育方法の点検・見直しを行い、質の向上を図る。

    卒業要件単位数、各科目の単位数配当、履修指導と学習支援の在り方などの点検・見直しを行う。
    諸手法(シラバス、セメスター制、キャップ制、GPAなど)を相互に連携させて運用する。
    点検・評価のための目安として、具体的な学習時間を設定することも検討する。
  • ◆ 各科目の授業計画に関しては、学部・学科等の目指す「学習成果」を踏まえて適切に定め、学生等に対して明確に示す。

    シラバスに関しては、国際的に通用するものとなるよう、以下の点に留意する。
    • 各科目の到達目標や学生の学修内容を明確に記述すること
    • 準備学習の内容を具体的に指示すること
    • 成績評価の方法・基準を明示すること
    • シラバスの実態が、授業内容の概要を総覧する資料(コース・カタログ)と同等のものに止まらないようにすること
  • ◆ 各科目の授業時間内及び事前・事後の充実の観点から、各セメスターで履修する科目の数・種類が過多とならないようにする。

    例えば、細分化された2単位科目(週1回開講)を多数履修するような在り方を見直し、教育効果の観点から適切と判断する場合、3単位又は4単位科目(間に休憩を入れた2コマ続きの授業又は週複数回開講する授業)を標準形態とする。科目登録等に際し、各学生の実情に応じて登録の適否等に関する履修指導を積極的に行うよう努める。それらの種々の取組と併せて、キャップ制の導入や受講科目数に対応した柔軟な授業料システムについて検討する。
  • ◆ 学習の動機付けを図りつつ、双方向型の学習を展開するため、講義そのものを魅力あるものにすると共に、体験活動を含む多様な教育方法を積極的に取り入れる。

    学生の主体的・能動的な学びを引き出す教授法(アクティブ・ラーニング)を重視し、例えば、学生参加型授業、協調・協同学習、課題解決・探求学習、PBL(Problem/Project Based Learning)などを取り入れる。大学の実情に応じ、社会奉仕体験活動、サービス・ラーニング、フィールドワーク、インターンシップ、海外体験学習や短期留学等の体験活動を効果的に実施する。学外の体験活動についても、教育の質を確保するよう、大学の責任の下で実施する。
  • ◆ TAを積極的に活用して、双方向型の学習や少人数指導を推進する。

    授業における指導(例えば、ディスカッション、討論など)への参画、授業外の学習支援など、TAの役割を一層拡大する。優秀な学部学生をTAとして活用することも検討する。
  • ◆ 情報通信技術(ICT)を積極的に取り入れて教育方法の改善を図る。

    例えば、以下のような取組について検討する。
    • VOD(Video On Demand)システム等、eラーニングの活用による遠隔教育
    • LMS(Learning Management System)を利用した事前・事後学習の推進
    • ブレンディッド型学習(教室の講義とeラーニングによる自習の組み合わせ、講義とweb上でのグループワークの組み合わせなど)の導入
    • クリッカー技術(リモコンによる学生応答システム)による双方向型授業の展開
【国による支援・取組】
  • ◆ 少人数指導の推進や情報通信技術(ICT)の活用などに必要な施設・設備の整備を含め、教育方法の改善に向けた優れた実践を支援する。
  • ◆ 学生に対して特にインパクトを与える体験活動として、諸外国の大学との間の短期留学の派遣・受入れを積極的に推進する。また、これらを促すため短期留学生向けも含めた宿舎等の住環境・生活環境の整備を支援する
  • ◆ TAの訓練等の取組を支援するとともに、各分野でのTAのより積極的な活用に向け、各大学に対して環境整備(例:業務の明確化、適正な待遇、学内でのTAの評価・統括システム等)を促す。
  • ◆ 大学間の連携、学協会等を支援し、国際的な通用性に留意しつつ、分野別のモデル教材を作成する等の取組を促進する。
  • ◆ 教育方法の革新に向け、基礎的な調査研究や実践事例の情報収集・提供、学協会等の取組の連絡調整等を行うナショナルセンターを創設する可能性を検討する。

(3)成績評価

  •  第1節で述べたとおり、我が国の学士課程教育をめぐっては、「出口管理」の強化、卒業認定などの評価の厳格化が大きな課題となっている。このことは、単に卒業時点だけの問題ではなく、入学してからの教育指導の過程全体を通じて、学生の成長という観点から考えなければならない重要な課題である。これまで、文部科学省は、教育方法の面で、単位制の実質化を目指した様々な取組を推進してきたが、それと同時に、成績評価基準の明示、アメリカで一般的に普及しているGPA(Grade Point Average)などの客観的な仕組みの導入なども各大学に促してきた。
  •  しかし、修業年限での卒業率や中退率などの指標で見る限り、我が国の大学の成績評価が厳格化してきているとは言えない。中退者の少なさは国際比較でも顕著であり、そのこと自体は、否定的評価を直ちに下すべきではないが、適正な評価が行われていない可能性も示唆している。GPAは、35パーセントの大学で導入されているが、その運用方法の内訳を見ると、奨学金や授業料免除対象者の選定や個別の学習指導に活用される場合が多い一方で、「進級や卒業判定の基準」(27パーセント)、「退学勧告の基準」(18パーセント)といった踏み込んだ活用は少数に止まっている(平成17年(2005年)度)。
  •  教育内容・方法と同様、評価についても、我が国の大学においては、個々の教員の裁量に依存し、組織的な取組が弱いと指摘されてきた。「大学全入」時代の学生の変容に際し、学生確保という経営上の要請も相まって、従来のままでは、なし崩し的に安易な成績評価が広がってしまう恐れがある。
     このため、教員間の共通理解の下、各授業科目の到達目標や成績評価基準を明確化するとともに、GPAをはじめとする客観的な評価システムを導入し、組織的に学修の評価に当たっていくことが強く求められる。その際、GPAの導入・運用に当たっては、国際的に認知されているGPAの一般的な在り方に十分留意すべきである。また、成績評価の結果については、基準に準拠した適正な評価がなされているか等について、組織的なチェックが働くような仕組みが必要となる。
  •  客観的な評価を推進する際、資格や検定といった外部試験などを活用することも考えられる。ただし、その際、大学自身の学位授与や教育課程編成・実施の方針との整合性を十分に考慮することが求められる。また、客観的な評価という場合、特定の時点で実施するペーパーテストによる方法のみを想起するとすれば、必ずしも当を得たものではない(先進諸国でも、標準的なテストによって大学生一般の「学習成果」を測定することの可否、妥当性に関しては結論を見ておらず、十分な研究を要する課題となっている)。第1節で示した「21世紀型市民」としての「学習成果」の達成度を評価しようとするならば、多面的できめ細かな評価方法を取り入れることが望まれる。
  •  現代の社会は、個人が生涯にわたって学習し、複数の職業や組織で働き、活動する流動性の高い社会である。個人の能力を評価する方法として、ポートフォリオが重視される時代ということができる。学士課程における評価に当たっても、多様な学習活動の成果を評価する観点から、学習ポートフォリオの手法を積極的に取り入れていくことは有意義である。PDP(Personal Development Planning)など、学生の学習履歴などの記録と自己管理のためのシステムを開発することは、「学習成果」を重視した評価を進めるための条件整備として、重要となる。
  •  なお、成績評価の厳格化や「出口管理」の強化は、単に学生を振るい落とすことを目的とするものではない。GPAに関しても、学生に対するきめ細かな履修指導や学習支援の実施、評価機会の複数化と一体的に運用し、効果的に「学習成果」を達成することを促す点に意義がある。また、教育システムの在り方として、必要な時に再挑戦をすることができる柔軟な仕組みづくりが併せて望まれる。成績評価の厳格化や「出口管理」の強化については、こうした学生の利益を増進するという配慮も忘れてはならない。

<改革の方策>

【大学の取組】
  • ◆ 教員間の共通理解の下、成績評価基準を策定し、その明示について徹底する。

    成績評価の結果については、基準に準拠した適正な評価がなされているか等について、組織的な事後チェックを行う。
  • ◆ GPA等の客観的な基準を学内で共有し、教育の質保証に向けて厳格に適用する。

    GPAを導入・実施する場合は、以下の点に留意する。
    •  国際的にGPAとして通用する仕組みとする(例えば、グレードの設定を標準的な在り方に揃える、不可となった科目も平均点に算入する、留年や退学の勧告等の基準とするなど)
    •  アドバイザー制を導入するなど、きめ細かな履修指導や学習支援を併せて行う。
    •  教員間で、成績評価結果の分布などに関する情報を共有し、これに基づくファカルティ・ディベロップメント(FD)を実施し、その後の改善に生かす。
    •  その他単位制度の実質化に向けた諸方策を総合的に講じる。
  • ◆ 「学習成果」を学生自らが管理・点検するとともに、大学としてこれを多面的に評価する手法として、学習ポートフォリオを導入・活用することを検討する。
  • ◆ 各大学の実情に応じ、在学中の「学習成果」を証明する機会を設け、その集大成を評価する取組を進める。

    例えば、卒業論文やゼミ論文などの工夫改善や新規導入を実施したり、学部・学科別の、あるいは全学的な卒業認定試験を実施したりすることを検討、研究する。
  • ◆ 国際性を特色とする大学においては、外国語コミュニケーション能力の評価を厳格に行う。

    例えば、卒業や進級の要件として、EAPの観点に留意しつつ客観的な到達目標を独自に設定したり、TOEFL(トーフル)やTOEIC(トーイック)などの検定の結果を活用したりする。
【国による支援・取組】
  • ◆ 徹底した「出口管理」、成績評価の厳格化について先導的に取り組んでいる大学に対して支援を行う。

    そうした支援を通じ、例えば、当該大学において、成績優秀な学生に対する経済的支援(授業料減免や奨学金の返還免除など)を行うことや、学習ポートフォリオなどのシステム開発を行うことなどを併せて促進する。
  • ◆ 成績評価の在り方に関して、対外的な信頼を確保する上で、最低限共通化すべき事柄は何かを検討し、適切な対応をとる。

    例えば、GPAの標準的な在り方、成績証明書の基本的要件などについて検討する。
  • ◆ 大学間の連携、学協会等を支援し、国際的な通用性に留意しつつ、分野別の「学習成果」や到達目標の設定などの取組を促進する。
  • ◆ 大学間の連携強化に向けた取組の支援を通じ、成績評価等の在り方について、外部評価や相互評価の取組を促進する。

第3節 高等学校との接続

(1)入学者選抜

(「大学全入」と入学者選抜の状況)

  •  少子化と大学の入学者定員の拡大が進行することに伴い、大学・短期大学の志願者の殆どが入学できる状態になってきている。このことを形容する「大学全入」という言葉は、大学進学の需給関係の変化を象徴している。入学をめぐって激しい競争が行われる選抜性の高い大学が一部に存在する一方で、私立大学の約4割(平成19年(2007年)度)は入学定員を充足できず、また、合格率が90パーセント以上という、殆ど「全入」に近い大学も約100校に至っている。このように、大学の入学者確保をめぐる状況は、大学間で二極化する様相を示しつつも、総じて大学への入学が容易となってきている。
  •  これまでの大学入試は、高等学校での「学習成果」や、大学で教育を受けるために必要な学力水準を評価・判定するものというよりは、入学者を選抜することが中心的な機能であった。過度の受験競争は、知識の詰め込みを助長するものであり、自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」を育むことを妨げるおそれがあるという問題がある一方、大学進学をめぐる競争が、入学者全体の学力水準を維持・向上させ、高等学校教育の質の保証や高等教育の「入口」の質を保証する機能を一定程度果たしてきたことは否定できない。しかし、「大学全入」時代においては、多くの大学について、大学入試の選抜機能が低下し、入学者の学力水準が十分に担保されない状態となりつつある。これは、我が国の大学制度が成立して以来、初めて生ずる状況であり、入学者選抜の在り方の見直しを避けては、学士課程教育の質の維持・向上は期しえない。

(選抜方法の多様化の経緯と現況)

  •  従来、入学者選抜については、中央教育審議会として、過度の受験競争を緩和する観点から、選抜方法の多様化や評価尺度の多元化、受験機会の複数化などについて提言を行ってきた。これを受け、各大学においては、学力検査だけでなく、面接、小論文、リスニングテストを実施したり、推薦入試、帰国子女や社会人、専門高校・総合学科卒業生を対象とした特別選抜を採用したりするなど、多年にわたって様々な取組を進めてきた。
      一方、文系志望、理系志望がそれぞれ理系科目、文系科目を十分学ぼうとせず、学習の幅が狭く、偏ってしまう懸念が指摘されている。こうした観点から、できるだけ募集単位を大くくり化することが望まれるが、これは、学部・学科の縦割りの壁をどのように打破していくか等、学士課程教育の改革と連動して実現される課題である。
  •  受験競争をめぐる現状認識に関して、平成12年(2000年)度の大学審議会答申「大学入試の改善について」では、「18歳人口の減少や推薦入学の増加等により、相当数の者にとって大学入試が過度の競争ではなくなりつつある中で、高等学校教育と大学教育との円滑な接続をどう図っていくかが重要な課題」という認識を示している。また、選抜方法の多様化等の基本的な考え方は維持しつつ、受験教科・科目数に関しては、従来できるだけ少なくしていくべきという姿勢であったが、この答申では、「入学後の教育との関連を十分に踏まえた上で設定することが必要であり、各大学の教育に必要なものを課すことは当然」と認識が変化している。また、同答申は、「まず大学は、それぞれが特色ある教育理念等を確立することが必要であり、それに応じた入学者受入れ方針(アドミッション・ポリシー)を明確にし、対外的に明示する」ことを強く要請している。
  •  このように、様々な社会環境の変化に応じて、入学者選抜の改善策が示されてきたが、基本的には、選抜方法の多様化等を推進する方向で取組が進められている。その結果、推薦入試やアドミッション・オフィス入試(いわゆるAO入試。詳細な書類審査と時間をかけた丁寧な面接等を組み合わせて行うもの。)が必ずしも学力検査を課さない形態で普及・拡大し、学力検査を伴う「一般選抜」の割合は58パーセント(平成18年(2006年)度(大学))へと大きく低下した。「大学全入」時代が到来する中、このような状況に対しては、推薦入試やAO入試における外形的・客観的な基準が乏しく、事実上「学力不問」となる等、本来の趣旨と異なった運用がされているのではないか等の懸念も示されている。
     また、入学者受入れ方針の策定については、多くの大学で普及してきているが、その中身は抽象的なものに止まっており、高校生に対して習得を求める内容・水準を具体的に示すものとはなっていない。
     さらに、AO入試や推薦入試などの選抜方法の多様化が進むにつれて、高校生等にとって入試方法が分かりにくくなっていること、入試に携わる大学の教員にとって負担が重くなってきていること等の問題も挙げられている。
     入学者確保をめぐる大学の状況が二極化しつつある中、これまでの選抜方法の多様化等の在り方について、国及び各大学は成果と課題を十分に検証すべき時期を迎えている。
  •  我が国の入学者選抜のシステムは、大学入試センター試験と個別大学入試の組み合わせで行われている。大学入試センター試験は、アラカルト方式を取り入れ、利用大学数は着実に増加して現在は755大学(平成19年(2007年)1月実施(大学・短期大学))が利用するに至っている。利用大学は、大学入試センター試験によって、高等学校レベルの「学習成果」を客観的に把握するとともに、当該大学の個性・特色に応じた選抜方法の工夫を行ってきている。大学入試センター試験は、我が国全体として、選抜方法の多様化を推進する上で、大きな貢献をしてきたと言える。
     こうした積極的な評価の上に立ちつつ、様々な環境変化を踏まえ、改めて大学入試センター試験と個別大学入試との関係の在り方について考えていくことが望まれる。
  •  今日、「大学全入」時代を迎え、教育の質を保証する観点から、単に個別の学校の努力のみに委ねるのではなく、システムとして高等学校と大学との接続の在り方を見直すことが重要である。受験生、大学の双方が多様化する中で、学士課程教育の質の維持・向上の前提として、学校間の円滑な接続を実現し、両者の希望のマッチングを図るため、高等学校の「出口管理」や大学の入学者選抜のシステムを改善することが求められている。そして、それぞれの学校段階において、一人一人の生徒や学生に対し、「学習成果」に関わるマイルストーン(里程標)を示し、教育の質を保証する新たな仕組みを構築していくことが望まれる。

(特定の大学をめぐる過度の競争など)

  •  全体から見れば少数であるが、社会的な影響力という面で、選抜性の強い特定の大学をめぐる受験競争の問題は看過できない。大学進学を念頭に置いて行われる中学校受験等をめぐり、競争の低年齢化や裾野の広がりが生じていることも、知・徳・体のバランスのとれた発達や、教育の機会均等といった観点から懸念される。大学全体として見れば、選抜方法の多様化等は相当に進んでいるが、これら特定の大学については、必ずしも多様化が十分に進んでいるとは言えない。
     ただし、受験競争をめぐっては、社会全体の価値観による面が少なくなく、大学入試だけで解決を図ろうとすることは適当ではない。また、有力な大学への進学をめぐる競争は諸外国でも見られ、競争そのものを全否定すべきでないという意見があることも十分留意する必要がある。
  •  昨年、高等学校における必履修科目の未履修問題は、大きな社会問題となった。これは、高等学校関係者が教育課程の基準を遵守しなかったという問題であり、現行制度上の重要な選抜資料である調査書の信頼性を著しく損なうことになったのは、極めて残念なことである。
     一方で、この問題は、大学入試の在り方が高等学校以下の教育を規定する傾向が依然として強いという現実を改めて示すことになった。今後、高等学校教育の在り方と併せて、大学入試の在り方についても検討が求められる。
  •  大学入試の在り方は、社会的な関心が極めて高く、国民生活への影響も大きい問題である。また、高等学校以下の学校教育の在り方との関わりも深く、慎重な検討を要する(例えば、受験機会の複数化やAO入試等による丁寧な選抜を一層推進しようとするならば、選抜の実施時期の早期化の是非に関する議論も避けられない)。さらに、国においては、高等学校以下の教育課程の基準である学習指導要領の改訂について検討が進められている。
     このため、今後、高等学校関係者の意見を聴きながら、適時に中央教育審議会初等中等教育分科会と大学分科会との連携を図りつつ、審議を深めていくことが必要である。今回は、当面の方策として、大よその共通理解が得られた事柄に限って若干の提言を行うに止め、その他の事項については、引き続き審議を行うこととした。

<改革の方策>

【大学の取組】
  • ◆ 大学と受験生とのマッチングの観点から、入学者受入れ方針を明確化する。

    その際、求める学生像等だけではなく、高等学校段階で習得しておくべき内容・水準を具体的に示すように努める。
  • ◆ 受験生の能力・適性等を多面的に評価し、求める学生を入学させて大学教育を活性化させるといった観点から、選抜方法の在り方を点検し、適切な見直しを行う。

    現行の選抜方法が、必要以上に複雑化し、透明性を損なう恐れがあるような場合は、簡素化・合理化を図る。逆に、選抜方法の多様化等が不十分な場合は、改善を図る。
  • ◆ 推薦入試やAO入試については、それぞれの意義を踏まえ、入学者受入れ方針との整合性を確保しつつ、適切に活用する。

    その際、高等学校段階で求められる最低限の学力水準に到達していることが、基本的な前提であることに留意する。また、専ら学生確保の目的のみによって、選抜の実施時期の過度の早期化を招くことは避ける。さらに、AOを担う職員の専門性を高め、体制の充実に努める。
  • ◆ 入試科目の種類・内容については、入学者受入れ方針に基づいて適切に定める。

    その際、入試に限らず、例えば、高等学校の履修の実態も踏まえつつ、あらかじめ履修すべき科目や学習内容を指定又は奨励するなどの手法を活用することも併せて検討する。さらに、文系・理系の区別に拘らず、幅広い総合的な学力を問う学力検査を行ったり、募集単位を大くくりにしたりすることを積極的に検討する。
  • ◆ 高等学校との接続をより密にする観点から、選抜資料の多様化や適切な活用を進める。

    調査書の積極的な活用に努める(併せて、高等学校においては、必要な情報を確実に記載することをはじめ、調査書の信頼性や精度を高めるための取組が必要)。高等学校での学習状況に関し、選抜資料として、どのような情報を欲しているかをあらかじめ明示し、当該情報の調査書への記入や、関連資料(例えば、主体的な学校外活動の成果や学習ポートフォリオなど)の添付を高等学校あるいは受験生に求めるよう努める。
  • ◆ 入試問題作成の合理化を図り、良問を出題する観点から、大学の実情に応じて、過去の試験問題等を利用することも検討する。

    検討に当たっては、当該大学に限定せず、複数の大学間で相互に利用することも選択肢となり得ることに留意する。また、当該大学の入学者受入れの方針との整合性に十分配慮する。
【国による支援・取組】
  • ◆ 入学者受入れ方針の更なる明確化や具体化などについて各大学の取組を促す。

    過去の試験問題の利用については、それが適切に行われる場合、公正性に反するものではないという考え方を明らかにする。
  • ◆ 明確な入学者受入れ方針の下、高等学校との接続や連携の面で、優れた教育実践を行っている大学に対して支援を行う。
  • ◆ AO入試や推薦入試等について、その基本的な留意点を明確化して周知する。
  • ◆ 高等学校段階の基礎的な「学習成果」を評価し、客観性の高い選抜資料として広く活用する新たな仕組みの在り方について、高大接続の観点から検討を進める。

    その際、大学入試センター試験や各大学の個別学力検査との関係、最低限の学力を担保する観点からの推薦入試やAO入試の在り方との関係などに留意する。また、卒業や入学に関する各校長・各学長の責任・権限や、高等学校教育に与える影響等について適切に配慮する。

(2)初年次における教育上の配慮、高大連携

(初年次における教育上の配慮)

  •  入学者選抜をめぐる環境変化、高等学校での履修状況や選抜方法の多様化等を背景に、入学者の在り方も変容しており、総じて、学習意欲の低下や目的意識の希薄化などが顕著となっている。大学教員を対象とする調査によれば、6割を超える教員が、「学力低下」を問題視し、特に論理的思考力や表現力、主体性などの能力が低下していると指摘している。少子化等を背景に、従来であれば合格できなかった低学力層も進学するようになってきている。高等学校と大学それぞれが、自らの責任の下、適切な「出口」と「入口」の水準を設定し、的確に運用しているのか、改めて見直しが求められる。
  •  こうした実態を踏まえ、大学においては、高等学校での履修状況に配慮した取組を多くの大学で行うようになってきている。とりわけ、近年では、補習教育(リメディアル教育)が広がりを見せつつあり、文部科学省の調査(平成17年(2005年)度)では、約3割の大学で補習授業が実施されている。学校間の接続をめぐっては、高等学校が学習指導要領等に基づき、高等学校として求められる学力を保障して卒業生を送り出すこと、また、大学が、安易に学生数の確保を図るのではなく、自らの入学者受入れ方針に基づき、大学教育を受けるに足る能力・適性を見極めて選抜を行うことが本来の在り方である。そうした前提に立てば、大学として、自らの判断で受け入れた学生に対し、その教育に責任を持って取り組むことは当然であり、補習教育は重要な意味を持つものと言える。
  •  一方、人生の新たな段階、未知の世界への「移行」を支援する取組として、初年次教育への注目も高まってきている。初年次教育は、「高等学校や他大学からの円滑な移行を図り、学習及び人格的な成長に向け、大学での学問的・社会的な諸経験を成功させるべく、主に新入生を対象に総合的につくられた教育プログラム」あるいは「初年次学生が大学生になることを支援するプログラム」として説明される。
     アメリカの初年次教育(FYE(First-Year Experience))は、大衆化した大学における主体性や意欲の乏しい学生への対応策として考案されたものであり、その取組が中退率を抑止する上で有効な役割を果たすとともに、その後の大学生活への適応度を規定しているという点が、我が国においても確認されつつある。
     我が国の大学の、初年次教育においては、「レポート・論文などの文章技法」、「コンピュータを用いた情報処理や通信の基礎技術」、「プレゼンテーションやディスカッションなどの口頭発表の技法」、「学問や大学教育全般に対する動機付け」、「論理的思考や問題発見・解決能力の向上」、「図書館の利用・文献検索の方法」などが重視されている。今後、我が国においても、学部・学科等の縦割りの壁を越えて、充実したプログラムを体系的に提供していくことが課題となる。
  •  初年次におけるこれらの教育上の配慮を行うための前提として、当該学生の高等学校における学習状況等に関する必要な情報が、進学先となる大学に円滑に引き継がれることが大切であり、高等学校との一層緊密な連携を図っていくことが課題となる。

(高大連携)

  •  高等学校と大学との接続の場面においては、ややもすると大学入学者選抜の点のみ焦点化されがちであるが、高等学校と大学との連携により、教育内容や方法等を含めた全体の接続が図られていくことも重要である。例えば、高大連携の取組により、特定の分野について高い能力と強い意欲を持ち大学レベルの教育研究に触れる機会を希望する生徒に、高等学校段階から科目等履修生として大学の授業科目を履修させることや、その学修成果として生徒が大学の単位を取得し大学進学後に既修得単位として認定を受けることなどは、生徒の能力の伸長を図る上で有効と考えられる。
     また、高大連携は個々の高等学校教員・大学教員にとって有効な研修の機会となりうるものであると同時に、大学の社会貢献機能が着目される中、大学がそれを通して地域社会に教育研究成果を還元していくことも可能になってくるものである。
  •  しかしながら、このような高大連携については、未だ散発的な取組に止まっており、一層の推進が必要である。その際、個々の大学が、専ら学生募集の観点から高大連携を進めるだけでは、取組の普及・深化が十分には図られないことから、大学間の協同による教育の提供など、当該取組の実質化に留意する必要がある。
     また、優秀な高校生を念頭に置いて、学問へ誘う活動のみならず、学力が必ずしも高くない高校生に対して、大学進学の目的意識を持たせたり、入学後の補習教育の負荷も軽減したりする観点からの取組も重要になってくると考えられるとともに、高等学校における進路指導が、偏差値に偏ったものとならないよう、大学改革の状況や個々の大学の個性・特色について、一層の理解を求めていくことも大切である。
     さらに、特に専門的な知識や技能の効果的な向上を図る観点から、専門高校等と大学が連携して、学びの連続性に配慮した高大連携を推進することも望まれる。

<改革の方策>

【大学の取組】
  • ◆ 学びの動機付けや習慣形成に向けて、初年次教育の導入・充実を図り、学士課程全体の中で適切に位置づける。

    その際、大学生活への適応、当該大学への適応(自分の居場所づくり、自校の歴史の学習等)、大学で必要な学習方法・技術の会得、自己分析、ライフプラン・キャリアプランづくりの導入などの要素を体系化する(例:「フレッシュマンゼミ」、「基礎ゼミ」など)。
  • ◆ 大学や学生の実情に応じて、補習教育(リメディアル教育)の充実に向け、積極的に取り組む。

    自ら受け入れた学生に対しては、十分な教育の責任を負うという認識に立って取り組む。ただし、高等学校以下のレベルの補習教育を計画する場合、教育課程外の活動として位置づけ、単位認定は行わない取り扱いとする。
  • ◆ 幅広い高校生を対象に、地域の実情に応じた連携事業など、高大連携の様々な取組を一層推進する。
【国による支援・取組】
  • ◆ 初年次教育や高大連携などに関する優れた実践に対して支援する。
  • ◆ 補習教育の充実のため、eラーニング型のシステム開発、大学間の連携による教材開発を支援する。
  • ◆ 高等学校までの学習歴に関する情報が、大学に引き継がれていく仕組みを構築する(大学から社会への移行の段階も同様)。

    例えば、高大接続を実効あるものとする観点から、必要に応じ、所定の資料に加えて入学者に関する具体的な情報が高等学校から大学へと引き継がれ、入学後の指導に当たって適切に活用されるよう、所要の環境整備を図る。

第4節 教職員の職能開発

(職能開発の重要性、FDの制度化と現況)

  •  言うまでもなく、学士課程教育の実践に直接携わっているのは教員であり、また、管理運営等を担っているのは職員である。ここまで述べてきた「3つの方針」に貫かれた教学経営を行う上で、これら教職員の資質・能力に負うところは極めて大きい。個々の教職員の力量の向上を図るとともに、教員全体の組織的な教育力の向上、教員と職員との協働関係の確立などを含め、総合的に教職員の職能開発を行うことが大切である。
  •  特に、これまでの大学改革では、ファカルティ・ディベロップメント(FD)の推進に力点が置かれてきた。FDについては、論者によって様々な定義や説明がなされるが、行政的には、「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称」とされてきている。制度上は、中央教育審議会の答申に基づき、平成11年(1999年)、各大学がFDを実施することに関する努力義務が定められた。その後、FDの実施については、平成19年(2007年)度から、大学院に関して義務化され、平成20年(2008年)度からは新たに学士課程での義務化が予定されるなど、逐次、制度面の対応が図られてきた。
     また、昨年12月に成立した教育基本法では、教員に関する条文の中で、教員は「絶えず研究と修養に励み、」職責を遂行しなければならないこと、そして、「養成と研修の充実が図られなければならないこと」が新たに規定された。
  •  こうした制度化に伴ってFDは多くの大学に普及し、平成17年(2005年)度の実施率は約8割となっている。相応の規模の大学では、大学教育センター等にFDセンターの機能を担わせており、これらのセンター関係者がFDの推進の牽引役として努力を払い、我が国の実情を踏まえた創意工夫が行われている。FDセンター等の関係者をネットワーク化する取組の萌芽も見られる。
  •  このようにFDの普及が図られ、見るべき取組も現れてきてはいるが、それが我が国全体として教員の教育力向上という成果に十分つながっているとは言い切れない。各種の調査によれば、学生の教員に対する満足度は決して高いとは言えず、授業等の改善に対する要望も強い。また、国際比較調査によれば、FDによって、教員の資質能力が「はっきり高まった」と回答した学長の割合は、アメリカが半数近くであるのに対し、我が国は1割足らずに止まっている。
  •  現在のFDの在り方については、様々な調査結果などを踏まえると、例えば次のような課題があると考えられる。
    • ア 一方向的な講義に止まり、個々の教員のニーズに応じた実践的な内容に必ずしもなっておらず、教員の日常的教育改善の努力を促進・支援するものに至っていないこと
    • イ 教員相互の評価、授業参観など、ピアレビューの評価文化が未だ十分に根付いていないこと
    • ウ 研究面に比して教育面の業績評価などが不十分であり、教育力向上のためのインセンティブが働きにくい仕組みになっていること
    • エ 教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ、経営理念の共有や見直しに生かしていく仕組みづくりと運用がなされていないこと
    • オ 大学教育センターなどFDの実施体制が脆弱であること(FDに関する専門的人材の不足、各学部の協力を得る上での困難、発達途上のFD担当者のネットワークなど)
    • カ 学協会による分野別の質保証の仕組みが未発達であり、分野別FDを展開する基盤が十分に形成されていないこと
    • キ 非常勤教員や実務家教員への依存度が高まる一方で、それらの教員の職能開発には十分目が向けられていないこと
  •  こうした課題を抱える一方で、「大学全入」時代を迎え、学習意欲の低下や目的意識の希薄化といった学生の変化に直面し、個々の教員の力量向上のみならず、教員団による組織的な取組の強化が益々強く求められるようになってきている。先の調査でも、学長の多くはFDの必要性を認めており、その点で海外との温度差は無い。
     今必要なことは、制度化に止まらず、FDの実質化を図っていくこと、そのための条件整備を国として進めていくことである。その際、FDを単なる授業改善のための研修と狭く解するのではなく、我が国の学士課程教育の改革が目指すもの、各大学が掲げる教育目標を実現することを目的とする、教員団の職能開発として幅広く捉えていくことが適当である。また、FDの実質化には、教員団の自主的・自律的な取組が不可欠であることに留意することが大切である。教員の個人的・集団的な日常的教育改善の努力を促進し、支援することを含め、多様なアプローチを組織的に進めていく必要がある。

(教員の専門性と評価、職能開発の組織態勢)

  •  FDの目指すべき目標設定という観点からすれば、大学教員に必要な「職能」や「教育力」の内容を明らかにしていくことも重要である。この点で、後述するイギリスにおける専門性の枠組みづくりの試みは注目される。
     高度な専門職である大学教員について、共通して求められる専門性が存在する一方で、その多様な在り方も尊重されなければならない。大学が機能別に分化していく中、個々の教員についても、教育、研究、社会貢献、管理運営などに関して、当該大学において期待される役割の比重に相違が生じてくる。教員の業績評価に当たって、一律的な尺度によるのではなく、きめ細かな工夫が求められる。
  •  FDを実質化するためには、教育業績の評価を適切に行うことが不可欠である。教育業績の評価は、研究業績の評価に比して難しい面があり、諸外国でも様々な試行錯誤が行われている。我が国では、未だ普及の途上にあるが、ティーチング・ポートフォリオ(大学教員による教育業績記録ファイル)など、諸外国の先導的な取組の経験を踏まえるならば、特定の指標によるのではなく、多面的な評価を工夫していくことが必要である。また、学生による授業評価の結果は、業績評価の指標としての信頼性には課題もあるが、教員の自己評価やFDの活動に活かしていくことは重要であると考える。
  •  生涯を通じた職能開発を考える上では、大学教員となって以降のFDの問題だけを対象とすることは適当でない。大学教員となる前の段階、大学院における大学教員の養成機能(いわばプレFD)の在り方を見直すことが必要である。各大学院において意図的・組織的にプレFDがなされなければ、ユニバーサル段階の大学教員となるべき備えはできない。また、ポスドク段階のキャリア形成支援という観点からも、意図的・組織的な取組が望まれる。
  •  なお、学校教育法の改正により、講座制や学科目制に関する規定が廃止され、教員組織の編制について各大学の裁量が拡大した。講座制等は、その弊害が指摘される一方で、職能開発の機能を事実上担ってきた面もある。講座制等を廃止する場合、十分に職能開発の機能が確保されるよう、適切な組織・体制の在り方を検討していくことも求められる。

(FDをめぐる海外の動向、大学間の協働の必要性)

  •  先進諸国においても、大衆化が進行する大学の質を維持向上させる観点から、教員の教育力向上を図ることが必要であるという認識は、概ね共通している。その中で、FDの推進について国が積極的に関与している例として、イギリスがある。イギリスは、高等教育制度検討委員会(デアリング委員会)の報告を踏まえて、大学関係者が協同して大学教員の専門性の枠組みづくり、高等教育資格課程の創設と履修証明(Postgraduate Certificate in Higher Education,PGCHE)の普及、FD推進のネットワークづくりとナショナルセンター(Higher Education Academy,HEA)の創設、24の学問分野別の研究開発センター(Subject Centers)の設置、各大学の教授・学習センター(我が国の大学教育センター等に相当)の整備などの取組を積極的に推進している。
  •  一方、専ら大学関係者の主体的な取組によって、FDの推進が図られているのはアメリカである。多くのアメリカの大学では、規模は様々であるが、教授・学習センター(Center for Teaching and Learning,CTL)がFDの中核として存在している。CTLには、専門性のある専任のスタッフ(教員とは限らない)が配置され、大学の教育方法の改善に先導的な役割を果たすとともに、TAの教育訓練、個々の教員への相談・支援などの業務を担っている。また、こうした個々のセンターの取組を支える基盤として、全国の多くのFD関係スタッフが参加する学会(Professional Organizational Development(POD)ネットワーク)が活発に活動をしている。
     この他、様々な団体が、優れた実践やプロジェクトに対する資金的な支援を行うこともアメリカの特色である。アメリカ大学カレッジ協会(AACU)と大学院協会(CGS)の共同による「将来の大学教員準備(Preparing Future Faculty,PFF)」プロジェクトもその一つであり、複数の優れた大学を選定して「クラスター」を形成し、他大学に大学院生を出向かせ、TAの実践的な訓練を行い、成果を挙げていると言われている。
  •  国の関与の在り方等は様々であるが、個々の大学単独のみではなく、個別大学の枠を超えた支援の体制や基盤が発達していることが、FDの発展に大きく寄与・貢献しているという点が、両国ともに共通している。我が国についても、先に示したFDをめぐる諸課題について、単独の大学が解決を図ることは困難である。国情の違いはあるが、両国における様々な取組、とりわけ大学間の協働の体制づくりの取組は、我が国にとっても示唆に富むものと考える。

(職員の職能開発)

  •  職員については、大学の管理運営に携わったり、教員の教育研究活動を支援したりするなどの重要な役割を担っている。職員の大学における位置づけ、教員との関係については、国公私立それぞれに状況の相違があるが、大学経営をめぐる課題が高度化・複雑化する中、職員の職能開発(スタッフ・ディベロップメント(SD))は益々重要となってきている。教員一人当たりの職員数が低下していく傾向にあることも、個々の職員の質を高めていく必要性を一層大きなものとしている。職員の間でも、学会や職能団体の発足など、職能開発に向けた機運が高まりつつある。
  •  高度化・複雑化する課題に対応していく職員として一般的に求められる資質・能力としては、例えば、コミュニケーション能力、戦略的な企画能力やマネジメント能力、複数の業務領域での知見(総務、財務、人事、企画、教務、研究、社会連携、生涯学習など)、大学問題に関する基礎的な知識・理解などが一般的に求められる。
     その上で、新たな職員業務として需要が生じてきているものとしては、例えば、教育方法の改革の実践を支える人材(例えば、インストラクショナル・デザイナーなど)、研究コーディネーター、学生生活支援ソーシャルワーカー、インスティテューショナル・リサーチャー(学生を含む大学の諸活動に関する調査データを収集・分析する職員)などがある。
     さらに、財務や教務などの伝統的な業務領域においても、期待される内容・水準は大きく変化しつつある。
  •  専門性を備えた職員、アドミニストレーターを養成していくためには、大学としてFDと同様、SDの場や機会の充実に努めていくことが必要である。一方で、SDについても、単独の大学があらゆる職能開発のニーズに対応していくことは困難となってきている。SDの推進に向けた環境整備を、FDと並ぶ重要な政策課題の一つとして位置づけるべき時機を迎えていると考える。

<改革の方策>

【大学の取組】

  • ◆ 「3つの方針」に関する共通理解を確立し、教員各自の教育実践の在り方を主体的に見直す場としてFDを機能させ、活性化を図る。

    その際、大学全体、学部・学科等のそれぞれの段階において、FDに関する効果的な役割・機能分担を図る。FDの実施内容・方法について、一方向の講義だけに偏るのではなく、双方向的なワークショップ、教員相互の授業参観や相互評価などを積極的に取り入れる。成績評価や学生による授業評価の結果について、FDの場や機会における議論や分析の対象とし、授業や教育課程、評価方法の組織的な改善に生かしていく。
  • ◆ FDの実施に当たって、多様な参加者へのきめ細かな配慮をする。

    新任教員の参加に特に配慮し、できるだけ全ての新任教員がFDに参加するように努める。常勤の研究者教員のみならず、大学の実情に応じ、実務家教員や非常勤教員に対するFDの場や機会の提供についても配慮する。その際、単に授業の改善に止まらず、「3つの方針」に関する共通理解を確立することに留意する。テーマに応じて、職員の積極的な参画を促す。
  • ◆ 個々の教員の授業改善に向けた努力を支援する体制を整える。

    教員の求めに応じて授業の実態を診断し、具体的な助言を行うコンサルテーションの充実に努める。優れた教育実践を行う教員に対し、例えば、顕彰や教育方法改善に向けた援助を行うことを検討する。
  • ◆ 教員の人事・採用に当たっての業績評価について、研究面に偏することなく、教育面を一層重視する。

    評価に際しては、教員の自己評価を取り入れる(教員は、学生による授業評価の結果を自らの評価に反映させる)。評価の対象として、例えば、優れた教科書や教材の作成についても積極的に位置づける。FDに関する積極的な取組についても、適切と認める場合は評価の対象とする。
    さらに、授業改善に向けた様々な努力や成果を適切に評価する観点から、ティーチング・ポートフォリオの導入・活用を積極的に検討する。教員の役割の機能分化(教育・研究・社会貢献など)に対応した教員評価の工夫について研究する。大学院修了者を教員として採用する際、審査に当たって、TAとしての教育実績を適切に評価する。
  • ◆ 人材養成の目的に応じて大学院における大学教員養成機能(プレFD)の強化を図る。教授法のワークショップやTAセミナーなどを積極的に実施する。有効なプログラムを単位認定したり、他大学でのインターンを組織的に実施することも、大学の実情に応じて検討する。
  • ◆ 教員と協働する専門性の高い職員の育成に向け、SDの機会と場を充実する。

    学内でSDの充実を図るとともに、職員の自己啓発(例えば、関連する学会活動や研究会への参加、大学院での学習など)の努力を積極的に奨励・支援するとともに、職能開発の成果を適切に評価する。

【国による支援・取組】

  • ◆ 大学教員の教育力向上のため、全大学でFDが確実に実施されるようにするとともに、FDの実質化に向けた主体的な取組を各大学に促す。

    その際、全ての新任教員に対し、FDの機会が提供されるよう、各大学に求めていくことも検討する。
  • ◆ 高度な専門職である大学教員に求められる専門性、FDによって開発すべき教育力に関する枠組み等の策定について検討する。
  • ◆ FDの理論や実践の基盤となる関連学問分野の知見を生かしつつ、FDのプログラム開発を支援する。

    その際、当該プログラムの履修の成果が、大学における教員の採用・昇任に当たって利用される仕組みについて研究する。
  • ◆ 優れたFD・SD活動等を行う大学に対して支援するとともに、それらの取組に関する情報提供を行う。

    例えば、単独の大学の取組のみならず、拠点的なFDセンターを中心とする大学間連携による活動、FD関係機関や専門家のネットワーク化の取組を促進する。大学院における優れたプレFD活動に対しても支援する。
  • ◆ 教員海外派遣において、FD推進の指導者等の養成を支援する。
  • ◆ 大学間の連携、学協会等を積極的に支援し、分野別のFDプログラムの研究開発などを促進する。
  • ◆ FDの推進に資する大学教育支援のナショナルセンターの設置について研究する。

    ナショナルセンターの役割としては、大学教育センターのFD指導者の養成、FD・SDのパイロットプログラム開発、分野別教育支援のネットワークの調整、FDにおけるeラーニングやICTの活用、優れたFDの実践や革新的な教育方法に関する情報収集と提供などが考えられる。
  • ◆ SDの推進に関わる関係団体と連携して、検定制度やSDプログラムの在り方を含め、SDを推進する方策を検討する。

第5節 質保証システム

(設置認可・届出制度)

  •  質保証システムをめぐる大きな変化は、平成15年(2003年)度の学校教育法改正である。これにより、「事前規制から事後チェックへ」という考え方の下、設置認可制度が大幅に緩和され(認可事項の縮減と、審査を要しない届出制の導入)、新たに、認証評価機関による第三者評価と、法令違反状態の大学に対する是正措置に関する制度化が行われた。
     この結果、大学の新規参入や組織改編が大きく促進されることになったが、質保証の観点から懸念すべき状況も生じている。例えば、頻繁な改組や設置計画の変更によって、真に学生が体系的に学び、「学習成果」を達成できるのかどうかが危ぶまれる事例が生じてきていること、既に指摘した学部・学科等の組織の名称、学位に付記する専攻分野の名称が、益々多様化していることなどが挙げられる。届出制度の導入により、組織改編に関わる国の関与が大きく縮減した半面、学位プログラムの在り方に関しては、大学の自律的な質保証が一層強く要請されるようになっている。
     さらに、構造改革特区制度により、株式会社の学校経営参入が特例として認められたが、審査基準の大幅な緩和(いわゆる準則化)を背景として、専任教員や実務家教員などの教員組織、教育課程、施設・設備などの各般にわたり、大学教育の在り方として疑義が呈される事案が発生している。中には、法令違反が確認され、改善勧告が行われるに至った事例もあり、社会的に問題となっている。
  •  こうした状況を踏まえると、新たな教育基本法の成立を契機として、改めて大学として最低限備えるべき要件を明確化し、我が国の大学が国内外からの信頼を失わないようにする必要がある。いかに個性化・特色化が進み、多様な機能別に分化していくとしても、「大学」は、教育基本法が謳うように、「教育」と「研究」等を基本的な役割として担い、その自主性・自律性が尊重されるなど、社会的に特別な地位を占めるものである。教員組織等の在り方は、そうした大学の本質が反映したものでなければならない。
     国際的にも、ディグリー・ミルの問題への対応が求められており、そのような意味でも、大学の要件を明確に示し、設置認可制度や評価制度等を的確に運用することが求められる。
      なお、一部には、学位の授与権を大学以外の機関に拡大すべきとする意見もある。しかし、学位とは、学問の自由を享受する自治的・自律的な団体である大学が、その責任において授与するものであり、その点が単なる能力証明との本質的な相違である。こうした学位の固有の性格は、国際的に定着した考え方であり、前述のような意見は当を得ない。学位の水準は、学位授与機関である大学の質の維持・向上によって確保されるものであること、それが我が国の急務であることをここで確認しておきたい。

(大学評価システム、情報公開)

  •  一方で、平成16年(2004年)度から施行された第三者評価制度に関しては、現在、7年間の評価サイクルの第一期の途中であり、平成16年度までに設置された全ての大学が平成22年(2010年)度中までに評価を確実に受けるということが目標となる(平成18年(2006年)度までに評価を受けた大学は138校(全体の19パーセント))。当面は、制度の定着と確立を図りつつ、第二期に向けて改善すべき課題を集約・整理し、必要な見直しを図っていくことが求められる。
     その際、学問分野別の評価をどのように進めていくかが重要な課題となる。前節までの各所で触れた分野別の質保証の枠組みづくりを進めつつ、分野別評価へどのように進化させ、普及を図っていくか、その場合、第三者評価制度との関連をどのように考えていくか、「評価疲れ」という批判もある中、機関別・分野別両者の効率的で実効ある評価の仕組みはどうあるべきか等について、十分な研究を行い、第二期に向けた着実な準備を進めていくことが必要である。
  •  恒常的な質保証のためには、自己点検・評価の取組を充実・深化していくことが重要である。自主性・自律性が尊重されるべき大学の質保証については、自己点検・評価が極めて重要な役割を担っており、第三者評価制度が有効に機能するための前提条件でもある。制度上、自己点検・評価は、大学設置基準の大綱化に伴って各大学の努力義務となり、以後、平成11年(1999年)度から義務化され、「大学の教育及び研究、組織及び運営並びに施設及び設備の状況について自ら点検及び評価を行い、その結果を公表するものとする」と規定された。
     これを受けて、平成17年(2005年)度までに85パーセントの大学が自己点検・評価を実施しており、少数であるが、未だに評価の実施、結果の公表を行っていない大学もある。また、実施大学についても、形式的な作業に止まり、PDCAサイクルを稼動させるに至っていない場合もあると指摘される。社会に対する説明責任、アカウンタビリティを果たすという意味でも、自己点検・評価の徹底が望まれる。
  •  大学に関する各種の情報の公開についても、法制度上、逐次推進され、大学の取組も進んできた。最近では、教育基本法改正を受け、学校教育法において、大学が、社会の発展に寄与する役割を担うべきこと、また、教育研究活動の状況を公表すべきことについて、新たに規定された。このことは、社会に対して、大学が一層の説明責任を果たすべきことを要請している。こうした中で、大学に対する各種の財政支援の在り方についても、当該大学が説明責任を十分に果たしているかという点を一層考慮して措置することが求められる。
  •  しかし、現状では、前述の自己点検・評価をめぐる課題の他にも、情報公開に関する様々な課題がある。例えば、教育研究活動の状況をはじめとする基本的な情報に、国内外から容易にアクセスできるような環境までは実現していない。先進諸国の例を踏まえ、データベースの整備等について、遜色のないようにしていくことも求められる。また、大学の新規参入や組織改編が活発化していることから、入学希望者をはじめとする社会一般に対し、自ら主体的にインターネット等を通じて大学や学部等の基本的な情報を周知することが求められる。

<改革の方策>

【大学の取組】

  • ◆ 自己点検・評価のための自主的な評価基準や評価項目を適切に定めて運用する等、内部質保証体制を構築する。

    これを担保するため、認証評価に当たって、評価機関は、対象大学に対し、自己点検・評価の基準等の策定を求め、恒常的な内部質保証体制が構築されているか否かのチェックに努める。
    自己点検・評価の周期については、不断の点検・見直しに対して有効に機能するよう適切に設定する。さらに、新しい学位プログラムを創設しようとする場合、学内に審査機関を設け、外部有識者の参画を得つつ、自主的・自律的に審査を行い、学位の質を確保するように努める。
  • ◆ 組織における明確な達成目標を設定した上で、自己点検・評価を確実に実施する。

    単に現状を「点検」するのみならず、成果と課題に関する「評価」を十分に行う。報告書では、今後の改善に向けた取組の内容についても盛り込むように努める。達成目標の設定に当たっては、「学習成果」のアセスメントに関する指標や卒業後のフォローアップ調査による指標(卒業生や雇用者からの評価を含む)を取り入れるように努める。
  • ◆ 教育研究等に関する情報を、自ら主体的にインターネット等を通じて広く公表する。

    在学生数などのデータも積極的に公表するよう努める。公的な助成を受けた事業がある場合は、その成果や課題についても公表する。また、海外に向けた情報発信の強化にも努める。
  • ◆ 大学間連携を進める場合、自己点検・評価に当たって、相互の評価を活用することを検討する。

【国による支援・取組】

  • ◆ 大学の最低要件を明確化する等の観点から、教員組織、施設・設備などに関して大学設置基準等の見直しを進める。学士課程教育の特質を踏まえつつ、例えば、次の点について、大学設置・学校法人審議会と連携を図りつつ検討を進める。

    •  他の職業に従事する者を専任教員として例外的に位置づける場合の具体的な要件(当該職業の勤務態様など)
    •  学位を授与する機関としての教員組織の在り方(博士号などの学位を持つ教員の割合等)
    •  学士課程の教育目的の達成に必要な施設・設備の在り方
  • ◆ 第三者評価制度など評価システムの定着・確立に向け、必要な環境整備を進める。

    例えば、評価機関間の連携した取組(評価員の研修方法の開発、効果的な評価方法や評価指標の研究開発など)を支援する。また、最低限の説明責任を果たしていない大学(例えば、自己点検・評価や第三者評価等に関する法令上の義務の不履行など)に対しては、財政支援に当たって厳格に対応する。
  • ◆ 大学間の連携、学協会等を積極的に支援し、分野別の質保証の枠組みづくりを促進しつつ、分野別評価の導入・普及に向けた環境整備を進める。

    その際、産学間の連携に向けた対話の機会を設け、産業界の理解と協力を求める。
  • ◆ 大学別の教育研究活動等に関する基本的な情報を提供するデータベースを構築するなど、国内外への情報発信を強化する。

    これにより、インターネットを通じて国内外から、各大学の情報に容易にアクセスできるようにする。また、評価機関の評価活動の合理化・効率化に寄与するようにする。併せて、GP事業等の成果の普及を含め、大学の現状や優れた実践に関して広く情報提供していくシステムを構築していく。
  • ◆ 各大学が教育研究活動に関して一層積極的に情報提供を行うよう促す。

    <積極的な情報提供が求められる事項の例>
    •  各大学の設置の趣旨や特色など設置認可・届出の内容に関する情報
    •  設置計画履行状況報告書の内容に関する情報
    •  開設科目のシラバス等の教育内容・方法、教員組織や施設・設備等の情報
    •  当該大学に係る各種の評価結果等に関する情報
    •  学生の卒業後の進路や受験者数、合格者数、入学者数等の入学者選抜に関する情報
  • ◆ 学習者保護の観点から、迅速かつ的確な対応をとりえる体制を整備する。

    学生などからの苦情相談窓口を整備することを検討する。深刻な問題を把握した場合は、調査を行い、迅速な対応をとる。また、法令違反状態が認められたときは、必要に応じて是正措置を的確に講ずる。

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