戻る


2   多様なキャリアの支援と生涯学習の役割

   1. 「キャリア」とは何か

(1)    「働くこと」との関係
   「キャリア」は、個人と「働くこと」との関係の上に成立する概念である。本来、職業生活は、生活のあらゆる領域、段階での経験(学習生活、家庭生活、市民生活等)との関連で捉えられるものであり、働くことについても、経済的評価を伴う職業以外にも、地域活動、ボランティアや趣味等様々な活動分野や働き方がある。

   したがって、個人が生活のあらゆる領域で経験する様々な立場や役割を遂行する活動として幅広く捉える必要がある。

(2)    女性のキャリア形成に着目する理由
   一人一人の個性や能力、置かれた環境等は異なるものであることから、一人一人のキャリアについて検討することは困難であるが、女性の場合、男性と比べて、以下のような課題が見られる。

1 女性に大きな影響を及ぼしている要因
   女性は、男性よりも出産・子育て・介護等の生活面の影響を受けやすく、また、社会や組織に存在する男女の固定的役割分担意識の影響も受けやすい。このため、職業選択において最初から選択の幅が狭まっていたり、就業形態もパート就労の割合が著しく高い等、若いときから高齢に至るまで、男性と比べて、様々な課題を経験する傾向がある*4

2 キャリアを考える機会やキャリア開発の機会・情報等の不足
   女性は、男性と比べて、人生において果たす役割の多様さから、これまでは職業生活におけるキャリアについて十分に考える機会が少ない傾向にあり、また、職場における教育訓練、キャリアに関する相談(カウンセリング)等の機会・情報等が不十分であるという指摘がなされている*5

3 男性と比べて多様な役割を果たしている現状
   女性は、就労のみならず、地域活動、子育て等、男性に比べて多様な役割を果たしてきた*6。しかし、その中で、社会的には、経済的価値に結びつく職業生活が、いわば「見える価値」として重きを置かれ、この価値観に適合しない家庭生活、地域活動、学習等のその他の面は、「見えない価値」として、多様なキャリアを形成していても評価されにくく、次のステップに繋げることが困難な状況にあったと考えられる。

   こうしたことから、変化する生活環境の中で様々な課題を経験することが男性より多い女性をモデルとして検討していくことは、フリーターやリストラの問題に直面している中高年層等、様々な課題を持つ人々のキャリア形成の課題と支援方策についても有効な指針を与えてくれるものと考え、女性のキャリア形成に着目して検討した。

   特に、中高年層の男性のリストラによる失業等の多くは、これまでの社会において一貫就業型以外の多様なキャリア選択が行いにくく、また、個人の経歴が次の活動に繋がりにくかったこととも無関係ではない。すなわち、従来型のキャリア設計が成立しにくくなっている結果とも考えられることから、本懇談会で女性のキャリア形成に着目して検討することは、こうした人々のキャリア継続のヒントになるものと期待できる。

(3)    「見える価値」と「見えない価値」
   女性のキャリア形成をモデルとして考えた場合、経済的価値と結びついた職業生活の面が「見える価値」として評価され、他方で家庭生活、地域活動、学習等の経済的価値と結びつきにくい活動は「見えない価値」として評価されにくいということが、多様なキャリアの支援方策を考える上で重要な課題として浮かび上がってくる。

   このように、これまでの社会は、「見える価値」と「見えない価値」とがセットとなって成立していたが、これからの社会は、これまでは評価されにくかった「見えない価値」が適切に評価・活用され、双方の垣根が無くなることを必要としている。そのことによって、多様な生活歴を持った個人の層が増え、社会への参加や貢献度が多元的に深まり、様々な価値観を持つ個人の活躍できる場が広がる。

(4)    「多様なキャリア」の考え方
   個人が自立して社会生活を送る上で、経済的価値に結びつく職業は、個人のキャリアの中でも一つの重要な要素を占めるものであるが、本懇談会では、キャリアを職業のみに結びつけて考えるステレオタイプ的思考ではなく、「見える価値」と「見えない価値」が結びついた個々人の生活歴の結果、言い換えれば、生涯の意思的な設計の道のり全体を「多様なキャリア」として包括的に捉え、キャリア概念自体の転換を提言する。

   すなわち、これまでのように「職業」のみをキャリア要素として捉えることをやめ、多様なキャリアを生活のあらゆる領域・段階での経験と、その連鎖や組み合わせを通して獲得される「力・ポテンシャル」として捉える。

   なお、多様なキャリアの考え方については、第1次報告でも提言したように、次の3つのことについて多様性が確保される必要がある。

1 キャリアパターンの多様性
   一生の中で就労や学習、地域活動、家庭生活をどう位置付けるかについて、同じ組織で働き続けるといった従来においては主流であった一貫就労型の他、就職後に地域活動や学習に取組むため離職しその後再就職するパターン、また、女性の場合、就職後に出産・育児による中断を経て、その後学習をした上で再就職したり、地域活動に参加したりするパターン等多様であること。

2 働く形態の多様性
   働く形態について、NPO、起業、雇用(正規、派遣・契約、ワークシェアリング、パート)等多様であり、また、それらが自分のキャリア設計に沿って選択できること。

3 働く目的の多様性
   「自分にとって幸せとは何か、何のために働くのか」という、働く意味・目的に対する問いかけと答が多様であること。


2. キャリア形成と生涯学習の関わり方

(1)    生涯学習社会とは
   生涯学習社会とは、生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価され、様々な形で活用できる社会である。

   この社会が実現すれば、一度の選択だけでその後の生き方が決まることなく、自らのライフデザインの下、転職したり、学習したり、育児に専念したりといった様々な経験を主体的に選択し、次の活動に繋げることが可能となる。

   生涯学習の出発点は、個人の主体的選択である。このため、自らのライフデザイン、キャリアビジョンを持つとともに、環境や自分自身の変化に柔軟に対応して、主体的に自分の生き方を考え、選択し、社会で生きていく力の育成が重要である。

(2)    キャリア形成における生涯学習の役割
   社会の急激な変化に伴い、日本的雇用形態が十分機能しなくなってきたこと等により、生涯を通じて職業生活等に必要な知識、技術を身に付けることが不可欠であり、生涯学習の必要性が一層高まっている。

   人生80年時代を迎え*7、価値観の変化も激しい社会において、自分の生涯設計を行うに当たっては、学校教育中心の考え方を転換し、生涯学習を通じて、個人による主体的な能力開発により、社会の変化、自分自身の変化に柔軟に対応していくことが求められる。

   また、「学び」は、それを契機に、実際の活動に繋がったり、活動の中から学習テーマが浮かび上がってきたりといった作用を持つとともに、学習や活動を通して得た経験を「教える」側でも生かす等、個人を成長させる力を持つと考えられる。
   さらには、就労においても、受け身でなく経験を生かして自らが積極的に動くことで、例えば、自ら事業を起こしたり、地域の学習や活動のリーダーとなる等、新たな動きをつくりだしていく可能性も秘めている。
   このような意味で、生涯学習は個人のキャリア形成を後押しする役割を果たす*8

   生涯学習機関で提供されている学習内容については、今後は、職業的な知識や技術の向上に関するもの、若年層のニーズが反映されたもの、フリーター等を対象とした「自分探し」に関わるもの等多様なニーズに応じたものを充実するとともに、学習情報を総合的、体系的に集約し、多様な学習機会を個人のニーズに応じて弾力的に提供できるようにする必要がある*9

(3)    「見えない価値」の転換装置
   近年、企業では学歴に偏らず、取得した資格や経験、実績等個人の様々な資質や能力を多面的に評価するようになってきているが、子育て経験、地域活動等の「見えない価値」については、社会的に見て評価されにくく、次の活動に繋げることが難しかった。

   このため、「見えない価値」も含んだ多様なキャリアを持つ人を後押しする転換装置として、個人の主体的な学習や活動を支え、その成果を社会で適切に評価し、様々な形で活用できるような新しい仕組み、すなわち、生涯学習システムの構築が求められている。
   このシステムの中で、個人は、自ら主体的に選択した活動に関連する知識や技術、能力を伸ばしていくことができるとともに、そうした活動が適切に評価されることによって、「見える価値」と「見えない価値」の双方の垣根を取り払うことができるようになる。

   評価の仕組みとしては、学習や活動の成果を公的に認証する方法、地域社会等の中で行政、大学、NPO、企業等が共通の基準を定めて評価する方法等が考えられるが、評価にとどまらず、社会全体として、評価された学習や活動の成果を次の活動に繋げるための後押しをすることが重要である。

(4)    地域社会の活性化
   近年の地域社会は、都市化や過疎化の進行等により、地縁的なコミュニティとしての機能が衰退し、地域の教育力の低下が憂慮されること等から、特色ある地域社会の再生が重要な課題となっている。

   また、地域には、環境保護や介護、福祉等、誰にとっても切実な課題が多く、住民自らが学習し主体的に参画していくことによって、行政やNPO等と連携して課題解決に取組むことが求められている。

   生涯学習を推進することは、これまで地域活動を行ってきた人々に自らの活動への自信と誇りを持たせ、さらに、そこで培った経験を生かして、新たな活動にも積極的に取組むことを後押しすることで、地域社会の課題の解決の一助にもなり得る。

   また、生涯学習は、地域社会との接点を持たずにいた地域の人々に地域活動の重要性について考える機会を与えるのみならず、ネットワークを通じて、そうした人々に例えばまちおこしのための新たな企画、講演会や講座等についての参加を呼びかけ、巻き込んでいくための有効な手段となり得る。

   こうした生涯学習が地域の人々に与える影響は、ひいては、地域社会の活性化にも寄与するものと考える。

(5)    生涯学習機関としての大学の役割
   大学は、1知的活動の中心拠点として、社会の各分野で活躍できる優れた人材の養成・確保や2知的資産の継承と新しい知の創造等を通じ、3社会の発展や4文化創造への貢献という重要な役割を果たしている。

   近年においては、産業構造の転換や技術革新の進展に伴い、職業人が変化に対応できるように、大学院等の高等教育機関において継続的に教育を受け、生涯にわたり最新かつ高度の知識・技術を修得することが重要になっている。
   また、自由時間の増大や高齢化等、社会の成熟化に伴い、心の豊かさや生きがいのための学習需要も増大しており、あらゆる年代の人々の多様な意欲に応え、個人の主体的な選択に基づく様々な学習機会を提供していくことが一層求められている*10
   このように、大学が、生涯学習機関として、多様な背景を持つ人々を受け入れ、外部と柔軟に出入りできる体制整備を図ることは重要な課題である。また、そのことは、大学における教育研究自体の多様化・活性化に寄与するものと考える。

   各大学等においては、科目等履修生制度の活用、社会人特別選抜制度の導入、昼夜開講制、夜間大学院、通信制大学・大学院、大学院修士課程における一年制コース・長期在学コースの設置等、学びやすい環境の整備が進められている。また、大学の教育研究機能を広く社会に開放する取組みとして、例えば、学内に生涯学習を推進するための組織体制が整備されているといった場合もあり、公開講座等の企画・運営、大学等における学習関連情報の収集・提供等が実施されている*11

   今後は、大学がその知的資源等をもって積極的に社会の発展に貢献していく「開かれた教育機関」となり、様々な形態による社会人の受け入れや公開講座をはじめとして、地域社会との連携・交流を積極的に推進し、地域社会の活性化や学習力の向上に貢献していくことが求められる。


※4   
資料7 男女別非正規就業者の割合の推移
資料8 性別・年齢階級別入職者に占めるパートタイム労働者の割合
資料9 女性の再就職層(35〜44歳の一般未就業者)の入職割合
資料10 役職者に占める女性割合の推移
資料11 男女別就業者の割合(全国)
資料12 未婚女性の理想と予定のライフコース
資料13    仕事の継続に必要なこと
※5
資料14    職業生活の設計をこれまで以上に自分で考えたいと思うか
資料15 社内でキャリアの相談やアドバイスをどの程度受けることができるか
※6
資料16    カルチャーセンターの男女別、年代別個人会員数
資料17 男女,年齢階級別「ボランティア活動」の行動者率
※7
資料18    平均寿命の国際比較
※8
資料19    生涯学習をきっかけとしたキャリア形成の事例
※9
資料20    学級・講座の開設状況(全国)
資料21 してみたい生涯学習の内容
資料22 生涯学習の活動の形態
資料23 生涯学習のきっかけ
資料24 生涯学習施設に対する要望
資料25 情報提供【都道府県教育委員会、市区町村教育委員会】
資料26 情報提供が有する課題
資料27 学習相談の内容
資料28 学習相談に対する課題
※10
資料29    心の豊かさ・物の豊かさ
※11
資料30    大学等における社会人受入れの推進に関する制度の概要
資料31 科目等履修生の受入状況
資料32 公開講座の開設状況
資料33 大学における社会人向けコース等の開設状況
資料34 社会人学生数(開設区分、国公私立別)


ページの先頭へ