1 学校における教育相談の充実について

(1)児童生徒をめぐる状況

  現代社会の変容の中で、家庭の教育力や地域の機能が低下するとともに、児童生徒の抱える問題が多様化し、深刻化する傾向も見られる。こうした様々な問題に対して、学校が対応しなければならない状況になっている。また、社会の変化は、教員や児童生徒にもストレスの増大を招いている。

  • 物質的な豊かさにあふれ、高度情報化、都市化、少子高齢化、核家族化や夫婦共働きの進行などの現代社会の大きな変容の中で、家庭の教育力や地域社会の機能の低下が著しい。また、児童生徒の抱える問題が多様化し、深刻化する傾向も見られる。
  • とりわけ、子の教育について第一義的責任を有する家庭における教育力や養育力の低下は虐待の深刻化等に現れたり、地域の包容力の低下、携帯電話の普及等は人間同士の関わり合いやコミュニケーションの不足を生じさせ、児童生徒にも大きな影響をもたらしている。
  • こうした現状の中で、様々な社会問題に対して、学校が対応しきれずに責任を追及されたり、学校に対する過剰な要求や過大な期待により、教員の負担感や勤務時間が増え、その結果、学校において最も大切であるはずの児童生徒一人一人と向き合う時間や機会が少なくなってきている。(表1
  • 一方、このような現代社会の変容は、平成18年中の全国の自殺者数が32,155人と9年連続で3万人を超え、10年前の約1.5倍になっていること(警察庁調査)や、社会全体において「気分(感情)障害」(躁うつ病を含む)などの増加(障害者白書)に表れているように、教員を含め多くの人々にストレスの増加を生み出している。児童生徒についても、学校及び学校以外の機関への多様な種類の相談の増加(スクールカウンセラーを導入した平成7年度と比べ、都道府県教育委員会・指定都市教育委員会が所管する教育相談機関に対する相談件数は実質的に1.7倍 文部科学省調査)に見られるようにストレスを抱える者が多くなってきているといえる。
  • 昨今の問題行動や少年非行等は、様々な要因が絡み合って発生していることが多い。また、児童生徒が内面にストレスを抱え込みやすく、なおかつそのストレスに自力では適切に対処できないケースも多い。このため、それまで問題行動や非行歴のない児童生徒、いわゆる普通の子や良い子と呼ばれている児童生徒が、突然重大な犯罪行為を犯すケースもある。
  • 児童虐待や家庭内暴力(DV)により心身にわたる被害を受ける児童生徒、事件・事故あるいは自然災害等の影響を受けて外傷後ストレス障害(PTSD)に至る児童生徒、発達障害の児童生徒などへの対応も社会的に大きな課題となっている。また、発達障害のある児童生徒がいじめの対象となったり、不適応を起こしたりする場合があり、それが不登校につながる場合があるとの指摘もある。さらに、高度情報化社会を反映して、インターネットなどによる有害情報の問題から、性の逸脱行動や出会い系サイトに絡む事件や、携帯メール、「学校裏サイト」などの掲示板を通じたいじめの増加等が懸念される。
  • 以上のようなことを背景として、学校教育においても生徒指導上の諸問題は、極めて多岐にわたるものとなっている。基本的な生活習慣の定着や規範意識の醸成など日常の生徒指導上に関する課題とともに、いじめの深刻化、暴力行為等の問題行動、不登校、薬物乱用など心や命にかかわる問題に対しても、引き続き適切な対応が求められる。

(2)児童生徒の視点からの教育相談の在り方について

  様々な悩みを抱える児童生徒一人一人に対して、きめ細かく対応するためには、学校とともに、多様な専門家の支援による相談体制をつくっていくことが大切である。

  • 学校、教員の負担が重くなり、児童生徒と向き合う時間が少なくなりつつある中で、児童生徒の様々な悩みに対応し、児童生徒がストレスを溜め込まないよう気軽に相談できる体制を社会全体でつくっていく必要がある。
  • 児童生徒が日常生活において接する機会が多い大人は、圧倒的に親と教員である。児童生徒のわずかな変化をないがしろにしたり、抱える悩みを見過ごすことなく、できるだけ早期にとらえ、悩みが深刻化しないようにアドバイスや声かけを行うことが大切である。親や教員は、自らの児童生徒に対する関わりの与える影響の大きさを十分に自覚する必要がある。
  • しかしながら、現代社会の変容に伴い、児童生徒が直面する問題はますます複雑多様になっており、様々な問題は、親と教員だけで解決できないことも多い。こうした多種多様な要因を背景とした児童生徒の相談に対しては、教員という教育の専門家のほか、スクールカウンセラーのような臨床心理の専門家、児童精神科医や小児科医のような児童生徒に主として関係する医療関係の専門家、福祉機関等の福祉に関する専門家、法律問題に対応するための司法関係の専門家等のバックアップと日頃からの連携が不可欠であり、「餅は餅屋」という例えの通り、児童生徒の置かれている状況や抱えている問題・悩みに応じてそれぞれの専門家がその専門性を生かして対応することが大切である。
  • こうした専門家の必要性については、「教育相談等に関するアンケート」(平成19年3~5月文部科学省実施)において、教員以外の多様な人材を求める意見や、平成16年度に財団法人日本学校保健会が行った「心の健康つくりに関する調査」において、児童生徒のメンタルヘルスに関する問題の支援に当たっての課題として「子どものメンタルヘルスの問題が複雑・多様化し、理解が困難になっている」を回答した学級担任が最も多かったこと(表2 「子どものメンタルヘルスに関する問題」の支援に当たっての課題〈担任〉)などにも表れている。
  • また、児童生徒が相談したいと思うタイミングを逸することなく相談できるように、相談機関や相談方法の選択肢(チャンネル)を複数用意し、多様な視点できめ細かく児童生徒を見守ることができるような相談体制を総合的に構築することが大切である。
  • いじめ等の悩みに対して、いつでもどこからでも対応することができるように開始された全国統一ダイヤルによる24時間電話相談は、児童生徒が相談できるチャンネルの1つとして意義があり、今後とも全ての都道府県等が協調して推進していくことが必要である。
  • 児童生徒の心身の発達段階に応じて、児童生徒への相談のアプローチの仕方を変えることが適当である。例えば、小学校低学年であれば、幼児期のしつけによる自律心や遊びを通して得る自発心に留意することや、高校生であれば、精神的、社会的自立を助け、アイデンティティの獲得を支援することに留意することなどが考えられる。
  • 一方、切れ目のない相談体制をつくるため、幼稚園・保育所と小学校、小学校と中学校、中学校と高等学校の学校段階を越えて情報交換を行うなど、教育相談の橋渡しをしていくことも重要である。例えば、「連携推進地域連絡会」といった機会をつくり、各学校段階での相互の授業参観や教員の合同研修、幼児・児童・生徒の合同の活動などを通じて、教育相談といった観点から情報交換を行うことが考えられる。
  • 教育相談を通じて得られた児童生徒に関わる相談内容やそれへの対応等の情報は、個人情報保護の観点から適切な管理が必要である一方、児童生徒及び保護者のプライバシーの観点に留意しつつ、有効な活用や連携が図られないケースがある。児童生徒が発するSOSのサインを見逃すことがないよう適切に活用し、予防的対応に生かしていくことにより、一人一人の悩みやストレスに対応できる相談体制をつくっていくことが大切である。

(3)教育相談に関する校内体制の充実について

  教育相談は、学校における基盤的な機能であり、教育相談を組織的に行うためには、学校が一体となって対応することができる校内体制を整備することが必要であるとともに、教育相談に対する教員一人一人の意識を高めることが必要である。

  • 教育相談業務は、学校生活において児童生徒と接する教員にとっての不可欠な業務であり、学校における基盤的な機能である。この点、中学校学習指導要領解説(特別活動編 平成11年)によれば、「教育相談は、一人一人の生徒の自己実現を目指し、本人又はその保護者などに、その望ましい在り方を助言することである。その方法としては、1対1の相談活動に限定することなく、すべての教師が生徒に接するあらゆる機会をとらえ、あらゆる教育活動の実践の中に生かして、教育相談的な配慮をすることが大切である。」とされている。
  • このように、学校における教育相談は、決して特定の教員だけが抱えて行う性質のものではなく、相談室だけで行われるものでもない。また、児童生徒の相談内容は、心身の成長過程における身体的特徴や性格、友人関係、学業の成績や部活動、将来の進路に関すること、家庭生活や病気に関することなど多種多様である。したがって、教育相談は、学校の教育活動全体を通じて、また全ての教員が様々な時と場所において、適切に行うことが必要である。
  • スクールカウンセラーや相談員等の配置により、教育相談やカウンセリングの充実が図られつつあるが、教育相談を組織的に行うためには、校長のリーダーシップのもと、学校が一体となって対応することができる校内体制を整備することが重要であり、コーディネーター役として、校内体制の連絡・調整に当たる教育相談担当教員の存在が必要である。新たにこうしたコーディネーターとなる者を置く場合には、例えば、養護教諭や特別支援教育コーディネーターがこれを兼ねたり、複数の者がこの役割を担うようにするなど、それぞれの学校の実情により柔軟な対応が考えられる。
  • 各学校の実態等により異なるが、教育相談担当教員の役割は、以下のようなことが考えられる。また、こうした業務を行うに当たっては、現在、時として児童生徒の「心の拠り所」的な存在となっている養護教諭や学校医、スクールカウンセラー又は相談員等と十分に連携を図りながら行うことが重要である。
    1. 児童生徒や保護者に対する教育相談
    2. 児童生徒理解に関する情報収集
    3. 事例研究会や情報連絡会の開催
    4. 校内研修の計画と実施
    5. 教育委員会や学校外の関係機関との連携のための調整及び連絡
  • スクールカウンセラーが導入されたことで、ややもすると教育相談に十分な知見のない教員が教育相談担当になるケースもあるが、校長は、教育相談が学校の基盤的な機能であることを十分認識して、教育相談担当教員を選任することが必要である。その際、カウンセリング等の研修や講習会を受けた経験を有する者のキャリアや専門知識を生かしていくことや、こうした役割を担う者を適切に評価していくことが大切である。
  • 教育相談に関する校内体制(組織)は、教育相談部として独立して設けられるもの、生徒指導部や保健部などの中に教育相談係といった形で組み込まれるもの、関係する各部門の責任者で構成される委員会として設けられものなど、学校の実情に応じて様々であるが、生徒指導の機能と教育相談の機能に隙間が生じないよう、両者の機能が補い合って有機的に関連性を持つことができるような体制を検討する必要がある。また、教育相談体制に養護教諭を位置付けることが大切である。
  • 各学校においては、事件・事故のときに、初めて教育相談体制を見直したり、カウンセリングの重要性を考えるような対症療法的な対応ではなく、比較的落ち着いているときこそ、教育相談を充実するチャンスという認識を持ち、予防的対応を心がけることが大切である。
  • また、年度始めに、教育相談に対する学校としての目標や方針を定め、教職員全員が教育相談の意味や重要性を共通理解する機会を設けるなど、教育相談に対する教職員全員の認識を高めることが大切である。さらに、教育相談週間を設けたり、学年の毎学期に児童生徒一人一人に対して学級担任による定期的な教育相談を行うなど、待つ姿勢の教育相談から積極的な教育相談に転換していくことが必要である。
  • 校長や教職員の異動により、それまでの学校内外における連携体制やネットワーク、教育相談の方針などが変わることが多いが、優れた点は継続していくシステムが必要である。
  • 改正学校教育法において、新たな職として位置付けられた副校長、主幹教諭や指導教諭を活用し、教育相談体制及び生徒指導体制をより一層組織的に機能できるようにし、児童生徒を総合的に理解する体制を各学校が工夫することも必要である。
  • 学校における教育相談を充実させるためには,教育相談室を保健室の隣に置くなどその位置についても十分配慮し,児童生徒が相談しやすい雰囲気を確保することも重要なことである。その際、例えば、いじめを受けている者が、安心してスクールカウンセラーや養護教諭等に相談できるように、特に配慮することが必要である。

(4)早期からの教育相談について

  いじめや不登校への早期対応、児童虐待の深刻化や少年非行・犯罪の低年齢化等に適切に対応するため、小学校における教育相談体制の充実を図っていくことが必要である。

  • いじめや不登校の小学校6年生と中学校1年生の状況を比べると、いずれも3倍に急増するという実態(表3‐1 学年別いじめの発生件数(平成17年度)表3‐2 学年別不登校児童生徒数(平成17年度))があり、このため、ともすれば、生徒指導や教育相談に関する問題も中学校や高等学校中心の対応を考えがちである。
  • しかしながら、
    1. 中学校の暴力行為は平成12年度をピークに減少しているにもかかわらず、小学校では増加の傾向にあること(表4 学校内外を合計した暴力行為発生件数
    2. 都道府県・指定都市教育委員会が所管する教育相談機関にあった相談件数では、小学校のいじめの発生件数や不登校の児童生徒数と比べた相談件数の割合が、中学校に比べて高いこと(表5 都道府県・指定都市教育委員会が所管する教育相談機関にあった相談件数(平成17年度)
    3. 小学校において、いじめの発見のきっかけは、いじめられた本人よりも保護者からの訴えの方が多く、潜在的に多くのいじめが存在する可能性があること(表6 いじめの発見のきっかけ(平成17年度)
    4. 児童相談所に寄せられた児童虐待の相談件数は、平成17年度に34,472件と過去最高であり、そのうち小学生が37.8パーセントと最も高く、また、その割合も年々高くなっていること(表7 虐待相談の年齢構成
    5. 小学生の自殺者数の増加の割合が高いこと(平成18年 14人 前年比2倍)
       さらに、近年の少年非行の低年齢化、児童虐待の深刻化等の状況も懸念される。(1~3は文部科学省調査、4は厚生労働省調査、5は警察庁調査)
  • いじめ等の原因の根は、小学校段階にあることが多い。早期の段階で対応しないと、長期化したり、トラウマとして深い心の傷となったりして、成長過程においても長く残ることになりかねない。また、不登校のケースでは、児童生徒の状況が非常に深刻になったり、限界になった時点ではなく、より早期に相談していれば、状況が異なっていたのではないかと思われることもある。
  • 早期の段階での教育相談を充実することは、本人にとっての悩みや問題を大きくしないという問題解決の観点だけではない。心身ともに最も不安定な中学校段階やそれに続いて自我が形成される高等学校段階における問題行動の増加、多様化に対する生徒指導上の予防的な観点の意義を有する。
  • こうした早期からのきめ細かな相談は、学校及び教員と児童生徒、保護者の信頼関係を構築する基盤となり、地域全体で児童生徒を守り育てる体制づくりにつながる。
  • 以上のようなことから、今後、中学校及び高等学校とともに、小学校における教育相談体制の充実を図っていくことが必要である。このため、(3)で示した教育相談に関する校内体制の充実に努めるとともに、小学校においても校内で教育相談の中心となる役割を担う者を明確にすることが必要である。現在、都道府県等によっては、小学校にも教育相談や生徒指導の役割を担う主事等を位置付けているところもあるが、今後、国において、小学校において制度的に位置付けられた校務分掌職(生徒指導主事等)を置くことを検討することが適当である。また、中学校と同様の規模を有するような小学校や小学校の高学年等を中心として、スクールカウンセラーの活用を含め教育相談を充実させていくことも必要である。

(5)教育相談に関する教員の意識及び能力の向上について

  教育相談に当たる教員の児童生徒の抱える課題や効果的な指導・対応に関する姿勢と意識が大切であり、様々な校務分掌に教育相談の機能を生かしていく発想や、教育相談に関する教員研修の充実が必要である。

  • 児童生徒に対するきめ細かな相談体制をどのようにつくっていくかは、最終的には、教員の児童生徒の抱える課題や効果的な指導・対応に関する姿勢と意識にかかってくるところが大きい。このため、例えば、教務部で学習に関する悩みの相談を受けたり、進路指導部で進路に関する悩みの相談を受けたりするなど、様々な校務分掌で教育相談の機能を積極的に生かしていくという発想により、教育相談に対する意識改革を図っていくことが大切である。
  • 校内体制や専門家の活用、関係機関との連携を有効に機能させるためには、校長等管理職のリーダーシップや教育相談に対する認識が必要不可欠である。
  • 教員養成の段階から教育相談の在り方や方法を体系的に学ぶことが必要である。また、教育実習においても、教育相談の視点を考慮した実習を行うことが有益である。
  • 国や教育委員会が行う管理職研修やリーダー研修を始めとして、初任者研修、10年経験者研修、選択研修、職能別研修等の現職研修に教育相談を位置付け、教育相談研修の改善充実を図っていくことが必要である。

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初等中等教育局児童生徒課