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第4章   キャリア教育を推進するための条件整備
    キャリア教育においては,現代に生きる子どもたちのキャリア発達にかかる課題を明らかにし,一人一人がそれぞれの発達段階における発達課題を達成できる能力・態度を身に付けることができるよう,継続的かつ組織的・系統的に教育活動を展開することが求められる。
   特に,今日の急激な社会変化や子どもたちの発達上の課題を考える時,小学校段階から地道な取組を積み上げ,働くこと・生きることへの意欲や前向きな態度,自立意識や目的意識等を培い,社会人・職業人として必要な基礎的・基本的な資質や能力を身に付けさせることが極めて重要になっている。以下,このような取組を推進するために必要な基本的条件及びその整備の在り方について述べておきたい。

   教員の資質の向上と専門的能力を有する教員の養成

   キャリア教育を推進するためには,教員一人一人がキャリア教育の本質的理解と認識を確立するなどの資質向上が不可欠である。
   キャリア教育が学校全体で計画的,組織的に取り組まれ,有効かつ円滑に実施されるためには,カリキュラムの開発,家庭,地域,企業等との幅広い連携・協力関係をコーディネート(調整)する必要がある。このため,キャリア教育の中核的役割を担う教員の研修を充実させる必要がある。
   基本的なキャリア・カウンセリングについては,すべての教員が行うことができるようになることが望まれる。教員養成段階においても,キャリア教育及びキャリア・カウンセリングにかかる基礎的・基本的な知識や理解が得られるようにしていくことが必要である。

(1)    教員一人一人の資質向上
   キャリア教育を推進する上で,指導者である教員の資質や専門性の向上が極めて重要であることは言うまでもない。そのためには,まず,キャリア教育についての本質的理解をすべての教員が共有するとともに,特別活動,道徳,総合的な学習の時間,各教科における活動等における個々の取組がキャリア教育においてどのような位置付けと役割を果たすものかについて,教員一人一人の十分な理解と認識を確立することが不可欠である。
   また,そうした取組や校内・外での研修を積み重ねながら,子どもたちの発達やそれを取り巻く環境の変化等についての的確な認識,キャリア教育の実践に必要な知識や指導方法,子どもたちに身に付けさせたい能力・態度等にかかる目標設定やその評価方法等を習得していくことが求められる。

(2)    学校のカリキュラム開発能力の向上
   キャリア教育が学校全体で計画的,組織的に取り組まれ,有効かつ円滑に実施されるためには,教員一人一人の資質向上と併せ,各学校が,子どもたちの発達段階,学校や地域の実情に応じ,キャリア発達への支援を軸としたカリキュラムを開発する必要がある。
   また,キャリア教育を推進する上で,家庭,地域,企業等との幅広い連携・協力関係は極めて重要であることから,そうした連携や協力による取組を,適切かつ有効に行うことができるよう,コーディネート(調整)能力を有する教員の養成が求められる。
   このため,国・都道府県等においては,キャリア教育の中核的役割を担う教員,例えば進路指導主事等を対象として実施する研修・講座等に,カリキュラム開発能力やコーディネート能力等を身に付けるための内容を,新規にあるいは従来の研修に拡充して盛り込むなどして実施していくことが求められる。また,各学校においては,当該教員を活用した研修を積極的に行い,教員全体のこうした能力を高めていく必要がある。

(3)    キャリア・カウンセリングを担当する教員の養成
   学校におけるキャリア・カウンセリングは,子どもたち一人一人の生き方や進路,教科・科目等の選択に関する悩みや迷いなどを受け止め,自己の可能性や適性についての自覚を深めさせたり,適切な情報を提供したりしながら,子どもたちが自らの意志と責任で進路を選択することができるようにするための,個別またはグループ別に行う指導援助である。キャリア発達を支援するためには,個別の指導・援助を適切に行うことが大切であり,特に,中学校,高等学校の段階では,一人一人に対するきめ細かな指導・援助を行うキャリア・カウンセリングの充実は極めて重要である。
   キャリア・カウンセリングには,カウンセリングの技法,キャリア発達,職業や産業社会等に関する専門的な知識や技能などが求められることから,こうした専門性を身に付けた教員を養成していく必要がある。また,基本的なキャリア・カウンセリングについては,すべての教員が行うことができるようになることが望まれる。
   本協力者会議では,すべての教員を対象とする「キャリア・カウンセリング研修(基礎)」,各学校におけるキャリア教育の中心的な役割を果たす教員を対象とする「キャリア・カウンセリング研修(専門)」の二つの研修プログラム例を示すこととした。(参考2参照)
   今後,国,都道府県教育委員会,大学,関係団体等においては,これらも参考として活用するなど,教員研修の実施に取り組むことを求めたい。また,各学校においては,すべての教員が基本的なキャリア・カウンセリングを行うことができるよう,研修修了者等を活用した研修の充実を図ることを併せて求めておきたい。
   なお,教員養成段階においても,キャリア教育及びキャリア・カウンセリングにかかる基礎的・基本的な知識や理解が得られるようにしていくことも必要であろう。

   保護者との連携の推進

   キャリア教育を進めるに当たっては,家庭・保護者との共通理解を図りながら進めることが重要であり,産業構造の変化等について,企業の人事担当者などから共に学んだり,積極的に情報提供したりする必要がある。
   家庭は,子どもたちの成長・発達を支える重要な場であり,様々な職業生活の実際や,仕事には苦労もあるが大きなやりがいもあることを,有形無形のうちに感じ取らせることが重要である。保護者が学校の取組を理解し,学校と一体となって子どもたちの成長・発達を支えていくことは,ますます重要になっている。

(1)    学校からの保護者への積極的な働きかけ
   家庭の養育の在り方,働くことに対する保護者の考え方や態度は,子どもたちのキャリア発達に極めて大きな影響を与える。キャリア教育を進めるに当たっては,こうした家庭や保護者の役割やその影響の大きさを常に念頭におき,家庭・保護者との共通理解を図りながら進めることが重要である。
   子どもたちの進路に関する保護者の考え方や態度は多様である。保護者の意識に,いわゆる「進学校」,「有名大学」に進学することだけでよしとする「学(校)歴志向」が根強いことも事実であろう。また,中には,自分の子どもの価値観や生き方といったものに無関心である保護者も見られる。
   一方,生徒の職業体験講座などで,PTAの会員(保護者)が子どもたちに講話を行う実践等は相当増えており,大きな教育効果をもたらしている場合も少なくない。また,保護者がボランティア活動を行っている場合,その子どもに影響を与え,ボランティア活動等を経験することによって,子どもたちの夢をはぐくむ土壌になったり,その後の学習活動への意欲につながったりしていることなどもあろう。
   保護者との実りある連携を図るためには,このような多様な実態を踏まえながら,キャリア教育が子どもたち一人一人の主体的な進路の選択・決定を指導援助するものであるという共通理解を確立するとともに,産業構造や進路をめぐる環境の変化等について,企業の人事担当者などから共に学んだり,積極的に情報提供したりするなどして,現実に即した情報交換や面談等を実施していく必要がある。また,保護者においても,PTAでの研究協議等でこうした問題について積極的に取り組んでていくことが求められる。

(2)    家庭の役割の自覚と学校教育への積極的な参画
   かつての子どもたちは,保護者の働く姿を否応なしに目にし,そこから多くのこと学んでいた。今日,そうした状況は大きく変化し,保護者の働く姿を見る子どもは非常に少なくなっている。こうした変化が子どもたちの勤労観,職業観をはぐくんでいく上で,大きなマイナス要因になっていることは,これまでも指摘されてきたところである。
   家庭は,子どもたちの成長・発達を支える最も重要な場である。勤労観,職業観の形成についても,幼少期からの生活習慣やしつけが適切になされている場合とそうでない場合とでは大いに異なるであろう。また,子どもたちの生活が働くことと疎遠になりがちであることが,成長・発達における様々な課題をもたらしていることなどを保護者が理解し,子どもたちに家事の分担をさせたり,様々な職業生活の実際や仕事には苦労もあるが大きなやりがいや達成感もあることを,家庭の中で有形無形のうちに感じ取らせたりすることは,子どもたちの成長・発達を支える上で,また,学校でのキャリア教育をより実効あるものにする上で極めて重要である。
   保護者が学校の取組を理解し,学校と一体となって子どもたちの成長・発達を支えていくことは,時代の進展とともにますます重要になっている。保護者が学校の教育や運営に積極的に参画したり,社会人・職業人としての経験を学校や学級の講師等として話したりする取組はかなり増えている。このほか,教育ボランティアとして多くの子どもたちと接すること等を通して,保護者が子育てについて考えたり,自らの働き方や生き方を改めて考えることも大切であろう。

   学校外の教育資源活用にかかるシステムづくり

   職場体験やインターンシップ等の体験活動をより円滑に実施し普及していくため,関係機関が一体となって取り組むことが大切であり,体験活動推進のための協議会を組織するなど,地域のシステムづくりに努める必要がある。
   キャリアを形成していく方法等について専門的な知識や情報を持っている社会人・職業人をキャリア・アドバイザーとして学校に招くことは,企業が求める職業人としての資質や能力等を知る貴重な機会である。

   キャリア教育を十全に展開するためには,家庭,地域や企業等との連携を積極的に進め,学校外の教育資源を有効に活用することが不可欠である。
   職場体験やインターンシップは,そうした活用例の代表的なものであるが,このほか,企業見学や社会人・職業人講話・インタビュー,大学等上級学校等の見学,聴講及び大学等からの出前授業,図書館や美術館,博物館での調査研究活動,福祉施設や幼稚園,保育所等でのボランティア体験等々,既に,多くの学校で様々な実践が展開されている。
   これらは,子どもたちの学びをより豊かなものにする上でも,極めて高い教育効果をもたらすものであり,学校の実情や地域の状況を踏まえながら,適切かつ積極的に取り入れていくことを求めたい。

(1)    受入事業所等の確保と地域におけるシステムづくり
   職場体験やインターンシップ等の実施については,受入事業所等を十分確保できなかったり,実施校が増えてきたため受入事業所等の確保をめぐる競合が課題となっている地域も出てきている。現状では,受入事業所等や講師等の開拓をそれぞれの学校で行っている場合が多いが,体験活動をより円滑に実施し普及していくため,また,息の長い取組として定着させることができるよう,学校と関係機関が一体となって取り組むことが大切である。このため,ハローワークや経済団体,PTA,地域の自治会等の協力を得て,体験活動推進のための協議会を組織するなど,地域のシステムづくりに努める必要がある。
   この点に関しては,既に,先進的に取り組んでいる事例も報告されており,各地域のシステムづくりに資するよう,国,都道府県等においてはそうした事例の収集・提供を積極的に行っていくことを求めたい。同時に,国,地方自治体及びその関係機関等の公的部門が,率先して体験活動の受け入れ等を行い,範を示していくことが大切であることも指摘しておきたい。

(2)    キャリア・アドバイザーの確保と活用
   企業の人事部門経験者,ハローワークの就職業務経験者をはじめ,社会人・職業人には,それぞれ自らが経験した職業・職種,仕事の内容について,求められる能力や資格要件,学校在学中及び卒業後にキャリアを形成していく方法等について専門的な知識や情報を持っている人が少なくない。こうした人々をキャリア・アドバイザーとして学校に招き,講演・講話,グループ別懇談会等を行うことは,子どもたちだけでなく教員や保護者にとっても,職業の実際やその変化,今日の企業が求める職業人としての資質や能力等を知る貴重な機会である。職種,経歴,年齢等,幅広い層から質の高いキャリア・アドバイザーを確保し,継続的・計画的に招聘できるよう,対象となる人材の名簿づくりや人材バンク登録システムなどの構築に取り組むことが求められる。

   関係機関等の連携と社会全体の理解の促進

   キャリア教育を効果的に進めるためには,キャリア教育の意義を教育界から各界・各層に幅広く発信するとともに,関係機関等が職場体験やインターンシップ等について連絡・協議する場を,国,地域の各レベルで設けることが必要である。
   各学校においては,ハローワークの施策を効果的に活用するとともに,日頃から緊密な情報交換に努める必要がある。
   高大連携の取組は,目的意識を持った大学・専門学校への進学や,その後の進路や職業について考えるなど大きな意味を持つものであり,一層の工夫が求められる。
   経済団体においては,職場体験やインターンシップ等の意義の周知及び受け入れへの協力について,より広く傘下の企業に働きかけるとともに,企業等においても,学校の取組や生徒の活動への積極的な支援を期待したい。

   キャリア教育を効果的に進めるためには,家庭,地域,企業,関係機関,関係団体等の理解と協力が不可欠である。そのため,キャリア教育の意義を,教育界から各界・各層に幅広く発信するとともに,関係機関等が職場体験やインターンシップ,職場見学等の実施やキャリア・アドバイザーの活用等について連絡・協議して推進していく場を,国,地域の各レベルで設けることが必要である。また,学校においては,それぞれの機関の持つ多様な役割や機能を理解し,学校から積極的に働きかけて連携を強化する取組を進める一方,関係機関,関係団体等においては,それに対する一層の支援と協力を行うことが強く期待される。

(1)    ハロ−ワーク等との緊密な連携
   ハローワークは,中学校・高等学校との連携のもと,地域に根ざした,公共の職業紹介・斡旋機関として重要な役割を果たしている。また,こうした業務に加え,これまでも高校生に対する職業意識形成支援事業等が実施されている。また,今後,これをさらに拡充し,インターンシップ受け入れ企業の開拓やハローワークの職員,企業の人事担当者等を講師として学校に派遣することなどを積極的に進めていくこととしている。
   国,都道府県教育委員会等においては,こうした施策の学校・家庭への周知を図る一方,学校においては,これらの施策を効果的に活用するとともに,学校とハローワークとの意見交換会等において,学校の要望をハローワークに伝えるなど,日頃から緊密な情報交換に努める必要がある。また,中学校,高等学校卒業後も,就職相談や求人情報の入手など,子どもたち自身が必要に応じ積極的にハローワークを利用できるよう,その機能について理解させておくことが大切である。
   このほか,子どもたちのキャリア発達を支援するための総合的機能を有する「私のしごと館」の活用など,多様な施策についても幅広く情報を収集し,各学校の実情に応じて活用することが求められる。

(2)    大学・専門学校等との連携
   現在,高等学校と大学・専門学校等との間で,オープンキャンパスの実施,高校生の授業への参加や単位認定,大学からの「出前授業」等の実施など,高大連携にかかる取組が急速に広がっている。このことは,専門性の高い学問への興味関心を高めたり,高等学校から大学・専門学校等への円滑な接続を図ったりする上で大きな効果をもたらすだけでなく,高校生がどのような目的意識を持って大学・専門学校等に進学するのか,大学・専門学校等卒業後の進路や職業をどう描くのかについて考える上でも大きな意味を持つものである。大学・専門学校等との連携を進めるに当たっては,こうした子どもたちのキャリア意識を高めるという視点を重視し,関係者が一体となって取組を一層工夫していくことが求められる。

(3)    関係団体・企業等の理解と協力の推進
   経済団体においては,次代を担う子どもたちを社会全体で育成するという観点に立ち,企業から学校への従業員の派遣,職場体験やインターンシップ等の意義の周知及び受け入れへの協力等について,より広く傘下の企業に働きかけるとともに,企業等においても,社会的責任という認識のもと,これらのことを従業員に周知し,学校の取組や生徒の活動を積極的に支援していく姿勢を持って協力していくことを強く期待したい。
   また,そうした協力には,受け入れた子どもたちが職場を明るくしたり,従業員が指導する立場に立つことによってプロとしての自覚や誇りを高めたりすること,企業の諸活動に対する子どもたちや保護者の理解が図られ,後継者の育成や企業に対する印象が向上するなどの利点がある。
   PTA等社会教育関係団体などにおいては,体験活動等にかかる受入事業所等の開拓・確保をはじめ,安全確保等の面での様々な支援やボランティア活動が展開されている地域も少なくない。今後,キャリア教育に対する理解と認識を深め,こうした活動を一層普及・充実していくことが望まれる。




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