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第2節 プラットフォームの運営体制と運営機関のあり方
 欧米の主要な量子ビーム拠点施設の事例(欧州放射光施設ESRF、米ANL等)を踏まえれば、大学・専門研究機関及び産業界が有機的に連携して、各種ビーム利用を横断的に進め、産業化に結びつける産学官の「プラットフォーム」の形成は、極めて重要な方向性と言える。我が国の主要な中性子ビーム施設(JRR-3、J-PARC/MLF)はいずれも茨城県内に立地しているが、これらと同県内に立地する放射光施設(KEK-PF)、ミュオン施設(J-PARC)を包摂する形で、こうしたプラットフォームの構築を目指す場合、これらビーム施設と「つくば」地域に集積する官民の研究機関、更には同県内の企業群との面的な連携・協力体制を構築していくことが、有効な方策と考えられる。
 筑波研究学園都市には100を超える国・公立研究機関や企業の研究開発部門が立地し、世界に例を見ない「高密度研究集積」都市を形成している。つくばでは、それぞれの研究機関が最大限に機能を発揮するとともに、その高密度研究集積を利用し、一研究機関ではなし得ない新しい科学・技術を相互触発・協力の下、効率的に創成する大きな能力・ポテンシャルを有している。
 このように、つくばにおける効果的な産学官連携推進の取り組みが期待されるものとして、産業−学術の橋渡しを業務の基軸とする産業技術総合研究所(産総研)や物質・材料研究機構(物材機構)、農業生物資源研究所(農業生物研)等の機関と、学術研究を基盤に置く筑波大学や高エネ機構等の双方の研究現場を直結させることにより、両者の研究活動を加速化させるものとして「つくばスパイラル」の構想がつくばの各研究機関に所属する研究者から提唱されている。こうしたネットワークをJ-PARCやPF等の量子ビーム施設と接合することにより、効率的な「遠隔実験」の仕組みが整い、物理的距離を越えたビーム利用の機会が飛躍的に拡大することとなる。こうしたいわば「つくばスパイラル-東海連携」を構築することにより、ひいては、つくば地区の大学・研究機関と高速回線で接続すれば全国の大学・研究機関がバーチャルな環境でJ-PARCにアクセスし、遠隔利用を進めることも可能になるものと期待される。
 例えば、これら研究機関の研究者等は、それぞれの専門知識・技術を生かして共同研究を迅速に進めるため、情報ネットワーク「つくばWAN」を利用し、実験装置制御、データ管理、数値計算を一瞬のうちに行ない、いわば「実測」と「予測」を同時化しつつ、効率的に実験を推進する環境を整備できる。
 このように「つくばスパイラル」構想は、量子ビーム産業利用の先導的役割を果たしうるものとして期待されており、現在、つくば研究交流センターを事務局とする連携組織「筑波研究学園都市交流協議会」等のネットワークを通じ、研究者間で本構想への幅広い参加呼びかけが行われている。本構想については、省庁・官民の壁を越えた協力と、今後の複数のビームの横断的利用に係る産学官の面的連携強化によるプラットフォームの構築が期待されている。

(参考)欧米における「横断的プラットフォーム」形成への取り組み

(1)EU:仏・グルノーブル地区
欧州放射光施設ESRFでは、近接する中性子源施設HFR/ILL等との相補的ビーム利用の取組みとして、「構造生物学パートナーシッププロジェクト(PSB)」や「ナノテク研究プロジェクト(MINATEC)」、「材料エンジニアリング研究プロジェクト(FaME38)」が進められており、研究者(On-site Staff Scientistとユーザーの両方のレベルで)の人的交流が盛んである。また、ESRFにおける産業利用として、mail-inサービスを実施中。

(2)米:DOEアルゴンヌ国立研究所(ANL)
・同一敷地内に先端放射光源(APS)とパルス中性子源(IPNS)が立地。

・DOE科学局の主な使命は基礎研究であり、産業利用促進のための特別なシステムは存在しない。米国産業界での基礎研究もデュポン社が撤退、ベル研究所がLucent Technology社に吸収されるなど低調で、産業利用の割合は現状では全体の5パーセント以下の状況。

・ANLでの量子ビーム利用者は年間約1万人、うち放射光(APS)が約8千人、中性子(IPNS)が約2千人。放射光ユーザーを引き込んで中性子利用を喚起するため、放射光施設の機器担当科学者(Instrument Scientist)2名を中性子施設兼務とし、相補的利用を促進。今後本システムをさらに拡充予定。

 他方、茨城県内には、つくば及び東海地区における研究機関・量子ビーム施設の集積に加え、高度なものづくり企業が集積する「日立地区」があり、他には類を見ない科学研究・産業技術の一大集積拠点を形成している。
 茨城県では、J-PARCの建設を契機とし、つくば、東海、日立地区の連携強化を図りつつ、これら世界最先端の知的資源と科学研究・産業技術の融合により、バイオ・ナノテク・IT等産学官による先端研究開発と成果の産業波及を促進し、科学技術創造立国を先導する一大先端産業地域の形成を目指す「サイエンスフロンティア21構想」を推進している。
 本構想推進のための具体的取組みとしては、J-PARC内に、同県が2本の中性子ビーム実験装置(材料構造解析、生命物質構造解析)を整備し、県内企業はもとより、全国の企業にも広く開放し、中性子の産業利用を先導していくこととしている。これら実験装置は、2008年度のJ-PARCの供用開始を目標に鋭意整備が進められており、併せて、産業界が利用しやすい運営システムの構築に向けた準備も着実に進められている。
 同県では、中性子の産業利用の効果的促進に向け、産業界に中性子利用の有効性に係る理解を深めてもらうため、2004年度より中性子利用促進研究会を開催している。2005年12月現在、難病治療薬開発等への応用が期待されるタンパク質の構造解析手法を研究する「新薬創生研究会」、大容量小型電池や高密度磁気メモリー等の性能向上につながる有効な材料の開発手法を研究する「次世代電池開発研究会」・「ナノ磁性材料研究会」等合計10テーマの研究会が設置されている。これら研究会では、200名以上の大学、研究機関、企業等の研究者等の参加により、公開ワークショップや実際に中性子を使ったモデル実験等積極的な活動を展開している。
 特に、中性子モデル実験では、企業からの提供試料に中性子を照射し、中性子利用の有用性を直接感じてもらうとともに、放射光による解析法との比較分析を行う等、中性子と放射光との複合的・相乗的活用も検討している。同県においては、2006年度以降更に中性子モデル実験を拡充する等、これら研究会活動を一層発展させていく考えであり、企業の更なる積極的な参加が期待される。
 また、産業界が利用しやすい中性子ビーム実験装置の運営システムとして、企業からの技術相談の「場」を適切に設置することが重要である。このため企業からの具体的な技術相談を受け、中性子や放射光等の利用の適否とともに、専門的知見に基づく指導・助言を行い、企業単独での利用のみならず産学共同での実験装置の利用に繋げていくことを目的として、県独自のコーディネータの配置や県BL利用者支援協議会(仮称)の設置が考えられている。現在検討中の利用者支援協議会は、つくば・東海地区における世界的な研究機関との連携協力の下、これら機関の中性子や放射光に精通した専門家等から構成され、企業が抱える課題の解決のための技術相談窓口、更には実験装置の利用相談窓口としての機能が期待されている。
 こうした茨城県における面的な産学官連携のプラットフォーム構築に向けた取組みは、他の地域の量子ビーム施設を中核とした利用システム展開にも有用な示唆を与えるものと期待される。今後、国・地方自治体及び関係専門機関の効果的連携・協力の下、各地域及びこれを横串に貫く形でのより幅広いプラットフォーム構築を目指した取組みが進展することが望まれる。
 一方、行革の方針の下では、こうしたプラットフォームの運用を司る新たな公的機関の設立は事実上困難であることを勘案すれば、放射線利用振興協会(放振協)、JASRI等既存のビーム施設の利用促進を担う公的機関の機能・体制の拡充及び相互連携の強化を図ることが必要不可欠と考えられる。その際、民間企業等においてビーム利用に係る「技術営業」の豊富な経験・知識を有する人材を積極的に登用することの有効性にも留意すべきである。


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