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第3節 プラットフォームの活用による専門研究者・支援者の育成のあり方
量子ビームの産業への更なる利用促進及び利用者コミュニティ拡大を図るためには、物質・生命科学等ビーム利用に関する高い専門性を有する研究者の育成はもとより、主たるビーム供給源となる加速器に係る高い専門性を有する「加速器研究者・加速器技術者」や、利用者向け支援サービスを行う「加速器技術支援者」といった複数のカテゴリの人材の育成が必要となる。
<加速器・量子ビーム施設における研究者、技術者、技術支援者の現状>
ここで取り上げた「加速器研究者」とは、加速器の研究・技術開発に携わる高度な専門的知識・技術を有し、加速器本体の高性能化、ユーティリティ(操作性)向上に必要な技術・機器開発等の役割を担う者を言う。一方、「加速器技術者」とは、加速器の整備・運営等に携わり、機器整備や加速器本体の運転等の役割を担う者を言う。国内の多くの施設においては、研究者と技術者との明確な区別はなく、両方の業務を実施している人材が多い。
これら加速器研究者及び技術者は、主に理学・工学系の大学・大学院において専門的な教育・訓練を受け、国内の量子ビーム施設において加速器に係る科学研究・技術開発に従事している。図表3-3-1a,b(PDF:78KB)は、国内の主要加速器施設における加速器研究者及び加速器技術者の専門分野に関するアンケート結果であり、加速器本体の装置・機器の研究開発に携わる加速器研究者が、主に理学系を専門としているのに対し、検出器やターゲット機器の技術開発に携わる者が多い加速器技術者は、大多数が工学系を専門としていることが分かる。
また、ここでは「加速器技術支援者」は、ユーザーのシステム利用、実験実施に係る技術的支援を行う者を言う。ビーム利用に馴染みのない産業ユーザーに代わって装置運転やデータ測定・解析等を実施ないし支援する役割を担うことが多い加速器技術支援者は、主に大学院、大学、高校等で工学系の専門教育を受けてきている(図表3-3-1c,d(PDF:78KB))。
とりわけ、潜在的な産業ユーザーを開拓する上では、これらユーザーにとって未知なる経験であるビーム施設の利用を簡便かつ効率的に進めることができる支援サービスの存在は死活的に重要であり、こうしたサービスを担う技術支援者の確保・配置は、産業におけるビーム利用拡大に向けて必須と考えられる。特に、中性子ビーム利用は、産業界の研究者・技術者にとって馴染みが薄い技術であり、その利用への敷居を低くし、更なる利用拡大を図るためには、技術支援者をビーム利用施設において適切に配置し、産業ユーザーが充実した支援サービスを受けられる体制を整える必要がある。
2008年度供用開始予定のJ-PARC/MLFにおいては、23本のBLの機器開発・整備が可能な物質・生命科学実験施設の場合、少なくともBL1本につき2名の研究者並びに1名の技術者に加え、施設全体で技術支援者約30名が必要と考えられている(加速器の運転要員は除く)。しかし、利用目的、測定原理等が異なるBLを用いて研究・技術開発を目的とした測定・実験を円滑に進めるためには、それら測定・試験に即応する専門知識を有する人材が各BLにバランス良く確保・配置される必要がある。
図表3-3-2(PDF:76KB)は、国内の主な加速器施設における人材の充足度に関するアンケート結果である。全体として大多数の施設で不足感が見られ、特に研究者及び技術者については、対象とした全施設で「不足している」結果となっている。
なお、技術支援者の充足度について「十分」との回答を寄せた施設もあるが、これは当該施設が運転・管理業務を委託している会社・団体等から、これら業務を円滑に遂行するための多数の技術支援者が派遣されていることによるものであり、施設を有する機関そのものに所属する支援者の数は少ないと言える。このような外部の企業・団体への業務委託により必要な技術支援者を確保することは、施設保有機関の職員定数制約を受けることなく効率的に施設の運営を行う上では有効であるが、知識・経験ベースの技術・技能の蓄積が委託先側のみで行われ、施設側ではこうした技術・技能の継承がほとんどなされない恐れがある。産業利用の効果的・継続的拡大を図る観点から、こうした人材育成をめぐる種々の課題を改善する方策が今後必要となっていくことを示唆している。
これら人材について、特に不足感の強い人材の専門分野をリストアップすると図表3-3-3(PDF:80KB)の通りになり、研究者については、超伝導技術、ビーム診断技術、真空工学、電気工学等、技術者については、計測・制御、保守・管理技術等、技術支援者については、生物分野、計算機科学、電子工学、運転業務等であることが分かる。今後のビーム利用拡大に当たっては、高度化・多様化する量子ビーム技術の進展に応じ、こうした人材の専門分野別の需要を十分に踏まえつつ、きめ細かい人材育成・確保のための方策を講じていくことが重要である。
<加速器専門人材の育成方策全般>
高度化・多様化する加速器の整備・運用を進めるに当たり必要な専門人材を育成する上で、大学・大学院等での知識ベースの教育・訓練の他、加速器本体を直接取り扱う研究・実験を通じて、経験的・実践的に知識・技術を得ることも重視されている。しかし、加速器の設置・維持管理は多額の経費を必要とするため、特に大学においては予算上の制約もあり、個々の大学毎にこうした加速器の運転管理を継続的に行い、人材育成に供することは益々困難となってきている。そのため、学生・研究者が直接加速器を用いて実験・研究する機会も限られてきており、加速器を専門とする実践的人材を有機的に育成することを困難にしている。
こうした状況の下、加速器に係る専門知識・技術を有する人材の効果的育成・確保を図るためにも、大学・研究機関、産業界等の学生、研究者・技術者が加速器を用いた実験・研究を行うことのできる環境を整備することが、今後重要になると考えられる。その際、前節で述べた量子ビーム施設を核とする「プラットフォーム」を加速器に係る研究者・技術者の育成のための共通基盤として効果的に活用することは、高度な専門知識・技術を有する人材を効率良く育成・確保する上で合理的かつ有効であると考えられる。
そもそも、これまで量子ビーム施設を用いた研究・技術開発は、主に研究者個人間の繋がりに依存した限られた範囲の利用者によってのみ行われてきた面がある。こうした状況を打開すべく、産学官に渡る横断的プラットフォームを通じて効率的利用を進めることにより、多様な分野の大学・研究機関、産業界の学生及び若手研究者・技術者に対して、量子ビーム施設における実践的な教育・訓練を効果的・合理的に行うことができる。
こうしたプラットフォーム整備は、学生、研究者・技術者に対し、これら量子ビーム・加速器技術への関心・理解を深める機会を与えることにより、積極的に実験・研究に向かう姿勢を促し、本分野をより深化・発展させる人材の育成に寄与すると考えられる。今後の本分野に係る人材の育成を効果的・効率的に進めていく上で、こうした機会をより積極的に活かすべく、関係する学会等の諸活動の一層の強化・展開を図っていくことが重要と考えられる。例えば、我が国における中性子ビーム開発・利用研究において中核的役割を担う「日本中性子科学会」を中心として、他の量子ビーム関連学協会との横断的連携協力を強化することにより「学会連合」的アライアンスを形成し、学部・大学院学生等の若手人材という「入口側」メンバーシップの拡充、更には企業の賛助会員等「出口側」のプレイヤーを増やしていくことが、本分野の人材の量的・質的厚みを増していく上で、極めて有効であろう。
こうした人材層の強化が積極的な競争研究資金へのアクセス等を通じて、本分野全体へのリソース流入と新たなディシプリンの確立をもたらし、優れた成果の創出を通じて出口側たる産業界へのキャリアパス展開を促し、ひいては、更なる若手人材の流入増を誘引するというポジティブループを形成していくことも大いに期待される。
さらに、大型量子ビーム施設の「国際公共財」としての位置づけを踏まえ、これら施設を、アジア諸国をはじめとする量子ビーム開発利用研究者・技術者のための共通の研究・研修のプラットフォームとして、各種の国際協力・人材育成プログラム等に積極活用していくことも、政策的に極めて重要である。
例えば、アジア・太平洋地域の途上国を中心としたIAEAの「原子力科学技術に係る研究・開発・訓練のための地域協力協定」(RCA)の下での協力活動として、近年放射線加工・品種改良、非破壊検査、放射線治療・核医学等、量子ビーム利用関連プロジェクトが大きなウェイトを占めるに至っている(下記参考)。これら協力活動のための格好の場として、J-PARCを中心とした大型ビーム施設の活用を図ることは必須の方向と言え、こうした研究推進・人材育成の努力の結果、各国においてビーム利用を主導する高度人材の活躍の場が拡がり、ひいてはこれら諸国による商業ベースでの我が国ビーム施設の本格的利用(専用ビームライン設置等)を先導する可能性も期待される。
<人材カテゴリ毎の育成・確保策>
次に、前々項で述べた加速器関連人材の3つのカテゴリ毎に人材育成のあり方を考えてみると、まず高度の専門性を有する「加速器研究者」に関しては、高エネ機構を基盤とする総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科において、加速器に係る研究・技術開発を担う専門家の教育・養成を行い、毎年十名程度の専門人材を輩出してきた。同研究科では、本分野に関する更なる専門的かつ高度な教育・訓練の実施を目的として、平成18年度より既存の後期3年の博士課程に代えて5年一貫の博士課程を設置する予定としており、今後加速器技術の発展を世界的にリードする研究者・技術者を着実に養成・輩出していくことが期待されている。また、修士課程学生を対象としたCERN夏期セミナーのような海外派遣事業等も効果的に活用し、国際的な競争環境下で広い視野を持った人材の育成を進めていくことも重要と考えられる。同時に、大学等における中小型加速器を用いた加速器教育や客員講座等を活用した関連研究グループの強化も並行して進め、幅広い分野から人材を育成することも有効である。
第2のカテゴリである「加速器技術者」の育成については、特に工学系の人材に不足感が強いことに留意すれば、これまでの加速器関連の教育カリキュラムが理学系を中心に組まれ、加速器のみの専攻者を主たる対象としていたことは必ずしも効果的とは言えない面がある。むしろ、最新の加速器における最先端技術の活用状況や先端加速器の活用による新領域・世界観の開拓等、いわば「加速器のフロント」に係る講義・研修等を工学系の人材育成プログラムの中に「実践」を伴う形で組み込んでいくことが極めて有効と考えられる。また、特に不足感の強い専攻分野として「計測・制御系」の人材が挙げられている点については、これら先端分野の人材が民間の研究開発部門においては比較的厚く分布していることを踏まえれば、前述のような産学官共通の人材育成に係るプラットフォームの構築・活用を通じ、相補的な連携・対応が可能となるものと期待される。
第3のカテゴリである「技術支援者」の育成・確保については、アンケート調査の結果を見る限り、「不足感」を克服する一番の早道は当該支援業務を民間の役務サービスにより全面的にアウトソースすることと言える。但し、これが可能となるのは、当該加速器の利用が実用ベースで十分採算の取れるもので、しかも相応の市場規模を有する「成熟した」ビーム利用の場合に限られる。
こうした「クリティカル・マス」に達しない加速器利用の場合は、施設者側が否応なくこれら支援人材を組織内に抱えざるを得ないこととなるが、その場合の検討課題として、これら人材の「評価」及び処遇のあり方の問題が挙げられる。即ち、量子ビーム研究開発・利用の成果が「論文」ないし「特許」の形で外形化され得る加速器研究者・技術者と異なり、これら技術支援人材の成果・実績を定量的に把握・評価することは通常困難であり、これが欧米先進国に比して相対的に低いとされる技術支援者の処遇につながっている、との見方ができる。そこで、これら人材の支援サービスに係るモティベーションを高め、ひいては優れた人材の誘引・確保を図っていくためにも、例えば「ビーム利用の支援による新たな科学的価値・産業面のメリット創出」等を個々の支援者毎に定量化し、これを組織内で積極的に評価して処遇の向上にもつなげていく、といった取組みが期待される。
<加速器及び人材のライフサイクルと機関間連携の重要性>
これら3カテゴリの人材の需要・供給の時間的推移を大型加速器計画そのものの整備・運用サイクルと重ね合わせて考えると、計画の初期段階においては設計・技術開発面で新たなフロンティアを切り拓くため高度な専門性を有する「加速器研究者」がより多く必要とされ、次に本格整備・初期運転段階ではその過程で生ずる種々の技術的課題・トラブル等の克服のため、より広範な工学的スキルを有する「加速器技術者」が求められ、最後に産業界をはじめとするビーム利用が本格化し、安定運転期に入るとこれらをサービス面で支える「技術支援者」の役割が相対的に増大する、という人材面での「ライフサイクル」も見て取ることができる。
これを研究者・技術者及び技術支援者のグループの側から見た場合、これら人材が長期にわたり特定の機関ないし加速器施設に張り付く形で業務に従事することは必ずしも効率的とは言えない。むしろ、機関相互間の連携を確保・強化して人材の流動性を高めることにより、主要な加速器の整備・運用サイクルに応じた最適のフェーズで、これら専門人材の全国ベースでの配置・活用を図っていくことも非常に有効な方策と考えられる。こうした面からも、複数のビーム施設間の横断的・有機的な連携・協調のための「プラットフォーム」構築・活用は、極めて有用なコンセプトであると言えよう。
同時に、我が国が今後とも加速器科学を先導するためにも、革新的量子ビームの創出を担う新たな人材の育成に十分配慮することも重要である。
(参考)RCAプロジェクト(2001年〜2002年)
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分野 |
プロジェクト数 |
主なプロジェクト |
1 |
農業 |
6 |
「米穀の遺伝子変異改善」、「家畜の飼養・繁殖の効率管理」 |
2 |
健康 |
5 |
「細胞移植放射線殺菌の品質保証」、「核診断の応用」、「子宮癌処置の放射線治療」 |
3 |
工業 |
4 |
「癌治療コバルト60線源の製造と品質管理」、「非破壊検査と評価」、「非破壊検査・放射線トレーサー・密封線源を用いた石油化学産業における過程診断と活用」、「低レベル放射能・携帯核種計測器を用いた鉱物資源実収への活用」 |
4 |
環境 |
9 |
「環境と工業発展の効率管理」、「空気汚染評価のためのアイソトープと関連技術」、「飲料水の管理・防護におけるアイソトープ利用」、「海洋海岸環境汚染の管理」、「放射線防護とネットワーク構築」、「農産廃棄物への放射線加工の応用」、「放射線加工を用いた天然高分子の良質化と環境保全向上」 |
5 |
エネルギー/研究炉/廃棄物管理 |
3 |
「非原発施設からの発生した放射性廃棄物の処分」、「研究炉の運転・利用の改善」、「グリーンハウス効果排出物緩和のための原子力と他のエネルギーの役割」 |
6 |
放射線防護 |
2 |
「放射線防護の調和」、「環境放射線モニタリングと地域データベース」 |
7 |
一般 |
1 |
「アジア・太平洋における途上国間技術協力の発展」 |
[出展]外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/iaea/rca.html)(※外務省ホームページへリンク) |
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