 |
第3節 適切なビーム利用料金体系のあり方
量子ビーム施設の共用にあたって、ユーザーの利用効率向上及び施設者側のコスト回収の観点から適切なビーム利用料金体系のあり方を考える際には、運転経費を負担すべき主体とともに、ユーザーが負担すべき運転経費の対象範囲に係る考え方を明確にすることが重要である。一方、実際の料金設定では、国内外の他の施設との競争性を考慮する必要もある。即ち、同様のビーム性能で同質の成果が得られるならば、より安い料金の施設に利用者が集中するのは自明の理であり、利用者負担部分を徒に拡大するのみでは利用者の他施設への流出を惹起し、当該施設の効率的運用が阻害されるばかりか、運転コスト回収という本来の目的をも損なう結果となるおそれがある。
このため、量子ビーム施設のビーム利用料金体系の設定にあたっては、これまで多くの経験を重ね制度設計・運用が進められてきたSPring-8及びTIARA(原子力機構高崎量子応用研究所)等の国内先行施設や海外施設における利用料金体系と比較しながら、効率的かつ合理的な利用体系を構築していく必要がある。
まず、国内外の主な大型量子ビーム施設(中性子源)の料金体系を調べてみると、利用者が負担すべき利用料金の原価として設定される要素は、スイスのポールシェラー研究所の中性子源SINQのように加速器建設費の減価償却費に光熱費及び人件費を加えたものや、英国のISIS中性子源のように減価償却は含まないがスタッフの人件費を含むもの等、様々である。しかし、これら負担コストをビームライン数と利用可能時間で割ることにより、時間当たりの料金を算出するとの手法は各施設に共通している。結果として、ほとんどの施設では、ビーム利用料金は130〜180万円/日となっており、競争力保持の観点からは、国内の中性子源についても同程度の料金水準を目標とすることが望まれる(1ドル 120円,1ユーロ 140円で換算)。なお、この算出法は、国内外の主な放射光施設でも同様であり、利用料金は140〜200万円 日となっている。
次に、利用者の負担すべき料金について、J-PARC/MLFに代表される中性子源を念頭おいて原価要素を分析しコスト分担の考え方を整理すると、以下のように4種類の経費に分類できると考えられる。
|
(A) |
中性子の発生に関わる経費:全利用者が受益者となることから、利用者全体で負担。 |
(B) |
ビームラインの維持費:当該ビームラインの利用者のみが受益者となることから、当該ビームラインの利用者全体で負担。 |
(C) |
実験消耗品:個々の利用者が消費するものであり、個々の利用者が負担。 |
(D) |
通常の利用支援を超える付加的サービスに係る料金:データ解析等、本来は、利用者自身が行うべき作業について、施設者に対し付加的に要求される技術支援に係るコストであり、当該利用者が負担。 |
J-PARCの場合、多目的施設であることから加速器部分の費用分担について、種々の考え方があり、現段階では具体的な見積もりを行うことは困難である。しかし、いくつかのケースを想定して、(A)の中性子の発生に関わる経費を試算してみると、150〜190万円 日となり、上述の国内外の同種施設とさほど変わらない料金設定が可能と思われる。(J-PARCプロジェクトチームの試算による。図表1.3.1参照)
特に、(D)の技術支援は、中性子利用の経験が乏しい産業界の利用者にとっては重要なサービスであり、試料の前処理からデータ取得・解析までの一連の分析サービスを全て代行することを期待されることも十分想定しておくべきである。即ち、産業界の利用者が所要の分析データを迅速に入手することを優先する場合には、上記(D)の追加料金を支払ってでも利用することが考えられる。
上記(A)〜(D)のどこまでを利用者が負担すべきかについては、一般利用者かビームラインの所有者か等、利用者の区分に依存する。また、成果の占有・非占有については、成果非占有であれば、受益の対象である成果を公共に還元していることから、国費を投じて整備した施設の利用コストを減免すべきとの考え方がある。他施設の例を見ても、国際共同機関が運営する欧州放射光施設(ESRF)及び隣接する中性子源ILLでは無償利用の対象が出資国の利用者に制限されることを除けば、無償としているところがほとんどである。
このような考え方を踏まえれば、図表1.3.2のような利用者区分と経費負担の考え方が適正な料金体系設定の根拠として受け入れられやすいものと思われる。しかしながら、J-PARCの中性子ビームラインの場合では、高エネ機構や原子力機構、茨城県等の様々な設置主体が共存しており、ユーザーの利用料金についても、例えば直接J-PARCセンターへ申請した場合よりも、茨城県を通して申請した場合の方が利用者の負担が軽くなるといった事態が予想される。こうしたJ-PARC/MLFの種々のBLに係る利用料金体系の整合性確保は、今後の重要な検討課題となろう。その際、原子力機構内の他の共用施設との整合性についても考慮する必要がある。
これらの点を踏まえ、利用者に対し無用の混乱を与えることなく、円滑な利用促進を図っていく上で、透明性のある分かり易い料金体系を構築していく必要がある。
また、大型量子ビーム施設間の国際的な競争を考慮すれば、J-PARC、RIBF等の主要な量子ビーム施設を国の推進すべき先進的・共通基盤的研究開発のためのプラットフォームとして位置付け、我が国の産業競争力強化・地域産業振興の観点から、成果占有であっても研究開発・利用促進のため国が利用コストの一部を負担する等の仕組みを構築していくことが有効と考えられる。その際、国際ルールとの整合性に留意するとともに、別途行われている先端大型共用研究設備の整備・共用促進のためのシステム構築に係る検討の方向性を注視しつつ、国際的に比較優位性のあるレベルでの料金設定を可能とする方策についても検討していく必要がある。
J-PARCに代表される最先端の量子ビーム施設では、施設の大型化やビームの大強度化に伴い、多額の運転経費を要することから、予算面での制約の大きい独立法人である施設設置者のみにより全運転経費を負担することが困難となってきている。一方、成果非占有のビーム利用を無償とすることは、運転経費回収の観点からは、施設者側にとってその分の経費が回収できないことを意味する。特に、J-PARCでは大学共同利用機関たる高エネ機構と目的研究機関の原子力機構が共同運営する予定であり、大学共同利用機関は無償利用を原則にしているのに対し、原子力機構では施設の共用には原則として適正な対価が要求される。即ち、共用促進のためには運転経費回収が必要とされる。
こうした大型量子ビーム施設の共用を効果的に促進するためには、有償利用を先導する役目を担っている成果非占有の利用をまず促進し、施設の有用性を内外に示すことが重要である。このためには、成果非占有の利用についても運転経費回収の原則を適用することは必ずしも適当とは言えず、このような共用促進に係わる財源の一部を法人予算の枠外で確保する仕組みの適用についても検討していくことが重要である。
|
 |