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産業界での新たな利用可能性の開拓
量子ビームを用いた産業技術の開発については、医薬品開拓や植物改良等種々の領域に広がってきているが、前節に述べたものに加え、特に中性子及びRIビームの利用が新たな領域へと拡大しつつある。
<中性子> |
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国内の利用動向 |
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中性子ビームの産業利用としては、熱中性子とシリコンとの核反応によりシリコン半導体へのドーピング元素であるリンが生成されることを利用したシリコンドーピングがこれまで最もよく知られ、かつ実際にルーチン的に利用されている。その生産量はガスドーピングの在来法に比べ数パーセントと僅少であるが、高品位の特性を有することから厳しい規格が求められるデバイス産業にとって今や不可欠の技術となっている。本手法は、大容量の照射場に均一の中性子束が要求されるため、原子炉中性子源が今後とも活用されるものと考えられる。
現在世界の年間生産量150トンのうち70パーセントは日本の半導体企業が行っているが、国内の主要照射施設である原研JRR-3、JRR-4の能力は年間約4トンに留まっており、大部分を海外の原子炉施設(豪州、アメリカ、フランス、韓国等)に依存している状況にある。また照射費用も海外に比べ国内施設は割高であり、今後のシリコンウエハーの大口径化に伴う益々の需要拡大を考えると、国内での受入れ態勢のさらなる充実が望まれる。
一方、中性子の探索子としての機能を利用した物質内部の原子レベルでの構造や原子・分子の運動状態の研究は、主として学術目的で行われてきたが、原研JRR-3の産業利用プログラムの進展により、材料・加工品内部の残留応力測定、磁性材料・電池材料開発、高分子材料開発等にも利用されるようになってきた。しかし、産業界が単独で中性子利用できる支援制度はごく最近まで存在せず、多くは産学の共同研究として実施されてきたのが実情である。
中性子の持つ高い物質透過性、水素・磁性検出能力を活かして、今後燃料電池、磁気記録材料開発等のナノテク分野、タンパク水素・水和構造解析による薬物設計、生体高分子の運動・機能解析等のバイオ分野、ラジオグラフィーによるタービン翼の検査、2相流の可視化、放射化による元素分析、さらには中性子測定法の標準・基準の確立等の工業利用に至る広範な産業領域での利用拡大が期待されている。
こうした産業利用の効果的推進を図るためには、企業側に中性子利用の経験を積んでもらうためのトライアルユース制度の導入、企業側のニーズの強い時期指定のビームタイム利用、守秘義務の担保、支援体制の充実等を図る必要がある。その際、これまでは企業側にとり馴染みが少なく、「敷居」の高い感のある中性子ビームの利用を促進するには、先行しているSPring-8の利用体制等を参考としつつ、施設側で入口から出口までの利用制度と支援体制の構築を目指す必要があろう。
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海外の利用動向
欧米では、ナノサイエンス、ナノテクやライフサイエンスの基礎・応用研究、さらには、産業利用に大型量子ビーム施設の中性子や放射光を積極的に利用する戦略的取り組みを始めている。米国では2003年にブッシュ大統領が署名した「21世紀ナノテクノロジー研究開発法」に則り、エネルギー省傘下をはじめとする中性子ないし放射光施設を有する5つの国立研究所に、ナノサイエンス・ナノテク研究センターの建設を順次進めている。最初のオークリッジ国立研究所に設置するCenter for Nanoscale Materials Sciencesが今年度完成し、同研究所の有する原子炉中性子源HFIRと建設中のパルス中性子源SNSをフルに利用する研究課題の公募が進められている。
また、商務省傘下の標準技術研究所(NIST)においては、所有する原子炉NBSR内に燃料電池開発専用の中性子ラジオグラフィー装置を設置し、産学官一体となったプロジェクトを推進中である。
欧州では、世界最大の原子炉中性子源HFR/ILLと欧州放射光施設ESRFが隣接するグルノーブル地区(フランス)において、欧州分子生物学研究所(EMBL)のライフサイエンス、ナノテク研究施設MINATECのナノテク、材料エンジニアリング研究施設FaME38の材料評価・材料開発を推進するため、欧州連合としてこれらの量子ビーム施設を活用するプログラムを実施している。
我が国においては、タンパク3000、ナノテク等の国家的プロジェクトにおいて、SPring-8の活用が進められているが、こうした欧米主要ビーム源の動向も視野に入れ、国家戦略として広範な量子ビーム施設の横断的利用を促進するための産学官の連携体制、共通のプラットフォームの構築が望まれる。
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<RIビーム> |
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RIBFにおいては、RIビーム実験中にビーム生成分離装置BigRIPSのビームダンプで同時にマルチトレーサーを製造することや、BigRIPSで大強度RIビームを生成してシングルトレーサーを製造することができる。それらは、 周期表上の全ての元素について、利用目的に最適な寿命や壊変特性を有するRIが供給可能、 従来の加速器や原子炉で生産されるRIと比較して極めて多彩かつ高純度、 物理的手法によるRI分離により、化学的精製プロセスがほとんど不要(シングルトレーサー)といった特長を有する。
RIBFから供給されるマルチトレーサー、シングルトレーサーの活用によって、環境物質の環境中循環の解明や、ファイトレメディエーション(植物等利用による環境修復)研究等環境分野への貢献が期待される。また、RIの放射性医薬品としての利用、応用も期待されるところである。一方、偏極RIビームを利用することにより偏極不安定核イオンを結晶中に不純物として埋め込むこととができ、局所位置から見た磁気構造・結晶構造解析や原子拡散計測が可能となり、物性研究・材料開発にも寄与しうるものと期待される。
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<産業利用の問題点> |
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ビーム利用技術の更なる普及のためには、産業界と大学との連携が不可欠であり、最新の技術成果の情報交換が行える場を設けることも必要であろう。さらに、産業界ではコストパフォーマンスを重視していることから、成果非公開の課題に係る有償利用についても、利用コストが国際競争力を持つような工夫、すなわち、海外主要施設の利用料金との対比において、国内施設の利用が比較優位となるような料金設定を行う必要があろう。
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ビーム利用の国際展開の可能性
我が国の量子ビーム施設への海外からの大型の設備投資としては、これまで豪州がKEK-PFに1本、台湾がSPring-8に2本の放射光ビームラインを設置して自国の研究者の利用に供している。また、建設中のJ-PARCの中性子施設JSNSには、台湾からビームライン1本の設置申請がなされている。
J-PARCは2000年8月に行われた原子力委員会、学術審議会合同による事前評価において、「我が国はもとより全世界の研究者が利用可能な国際的に開かれた研究プロジェクトであり、国際公共財と考えられる」としてその建設意義が認められた経緯もあり、海外からの実験装置設置及び一般利用についても、所要の受入れ態勢を整備する必要がある。即ち、今後のビーム供用開始に向け、課題申請を国際的に受け付け、最高のサイエンスを生み出し、求心力のある国際研究施設として機能するメカニズムを整備していくことが重要である。その際、J-PARCは5つの異なる施設(中性子、ミュオン、原子核、素粒子、核変換)から構成される点を踏まえ、国際的に異なる各々の研究者コミュニティの利用形態に留意した受入れ態勢を整えていく必要がある。
一方、主として産業利用の対象となる中性子ビーム施設の利用システム設計については、国際ルールとの整合性に留意しつつ国内の産業振興のための然るべき方策を採り入れていく必要もあろう。事実、欧米においては、自国の産業保護のため、産業利用専用ビームライン(装置)への海外からのアクセスを制限しているところもある。 |