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第2章 量子ビーム研究開発・利用のうち重点を置くべき分野及び利用課題

  第1節 重点研究分野におけるビーム利用の方向性及び主要課題

   最先端の量子ビームは、基礎科学研究分野での利用に加え、産業界を中心とした先端応用技術の開発を支える重要なツールとして、広範な利用を進めるべきものである。

(1) ライフサイエンス・医療分野
<基本認識>
 ライフサイエンス・医療分野における量子ビームの利用としては、様々なビーム種において広範な範囲での利用が進んでいる。具体的には、X線による診断や治療、ガンマ線や電子線による医療用品の殺菌等、さらには、粒子線によるがん治療が高度先進医療の承認を受け、国内各地域への本格的普及の段階に差しかかる等顕著な成果が上がりつつある。また、ガンマ線による農作物の品種改良や電子線による病害虫の駆除等にも利用されている他、近年では新たなビーム源としてイオンビームを用いた花色・花形の改良といった花卉の新品種の開発等が行われ、市販化もされている。
 先端ライフサイエンス分野においては、X線によるタンパク質や核酸等の生体高分子の構造解析が行われ、SBDD (Structure-Based Drug Design)による薬物設計や生命現象の解明研究等が進められている現状にある。

<今後のビーム利用の方向性及び主要課題>
 今後の本分野における量子ビーム利用の方向性及び主要課題として、特にタンパク質の構造・機能解析における中性子ビーム利用と、粒子線がん治療及び植物の品種改良技術の普及・高度化におけるイオンビーム利用が挙げられる。
 合理的薬物設計に際しては、標的タンパク質に関する水素原子の位置、水和水の配向を含めた詳細かつ動的な情報の取得が望まれ、中性子線による解析はこれを可能とするものであることから、欧米においては中性子線による解析が進められつつある。一方、我が国においては、これまでX線源と異なり手軽に使える中性子源がなく、利用に際して本分野に素養のある専門家が少ない上に、放射光等他の分析手段に比して大きなタンパク質の結晶が必要になるとの理由から中性子によるタンパク質の解析は進んでいなかった。
 今後は中性子ビーム源の大強度化により、必要とされる結晶サイズの微小化を図るとともに、中性子線解析の利用支援サービス提供により利用に当たっての「敷居」を低くし、X線結晶解析による骨格構造解析、中性子線結晶解析等による精密分子構造解析、中性子非弾性散乱解析等による動的構造解析という形で、相補的に複数のビームを利用することにより、合理的薬物設計を進めることが有効であろう。

 また、粒子線がん治療では、高度先進医療の承認及び放医研HIMAC他での臨床データの積み重ね、小型機開発の進展により、国内各地域での普及が具体化の段階に入っている。今後は加速器の更なる小型化と低コスト化を図ることによって、各地域レベルでの本格的普及が期待される。また、同時に粒子線がん治療における医療技術面に従事する医学物理士の増員等人材育成・確保も不可欠である。

 さらに、これまでのガンマ線等による植物の品種改良に加え、近年、新たなビーム源としてイオンビームによる品種改良が注目されている。我が国においては、1966年に放射線育種による初の国産品種レイメイ(水稲)を育成し、1999年までに我が国の突然変異育種による育成品種は約40種の植物で200程度あり、そのうち、ガンマ線照射由来のものは84パーセントに上る。一方、1990年代初頭より我が国で新しい変異原源として注目されたイオンビームは、元来原子核物理研究のためのものであったが、1989年より理研加速器施設(RARF)において、理研・原研・大学の共同で植物突然変異効果の基礎研究が開始された。その後、2001年より花卉園芸植物を中心に、イオンビームによる新品種の開発・商品化が進められている。
 但し、現状での品種改良はランダムに照射・スクリーニングを行っている状況にあるため、より科学的な品種改良技術の開発が望まれる。これについては、例えば、我が国においてはイネ等のゲノムとcDNA研究での強みがあり、このイネゲノムシーケンスとcDNAの成果と併せた、重イオンビームによる品種改良のための基盤技術を確立することが期待される。

(2) 環境関連分野
<基本認識>
 環境関連分野での量子ビームの利用としては、電子線による環境有害物質の除去技術、生分解性高機能素材の創製のほか、電子線・放射光による微量分析等が実用化されている。また、イオンビームによるシングルイオンヒットといった先端技術の応用による高環境耐性植物の育種、イオンビーム及び中性子線による環境微量分析技術の開発・利用等が進められている。
 また、中性子等量子ビームの利用は、環境低負荷な材料開発及びデバイスの小型化、新エネルギー開発等への寄与を通じ、環境維持・保全型社会の実現に大きく貢献しうることに留意すべきである。

<今後のビーム利用の方向性及び主要課題>
 本分野における今後の量子ビーム利用の主要課題として、燃料電池等の水素利用エネルギーシステムの構築における中性子ビーム利用が挙げられる。
 水素利用エネルギーシステム構築に際しては、安全な水素の貯蔵・輸送システム確立や燃料電池における高耐久性の高分子膜開発が必要とされ、そのためには水素吸蔵材料や高分子膜中における水素原子や分子、あるいは水分子の挙動等の動的解析が必要となる。これらは中性子線による水素原子の解析やラジオグラフィーによってのみ可能となる。
 これに対し、既存の中性子線施設では強度が弱く測定に時間が必要なため、十分な時間分解能が得られなかった。また、中性子線の収束の制約による空間分解能の低さもあり、現状では十分な動的解析の情報が得られていない。
 今後は中性子ビーム源の高強度化による時間分解能及び中性子線収束技術の向上を図り、中性子による水素原子の挙動解析と放射光による電子状態解析という相補的な利用を確立することが必要である。さらには、施設利用の簡便化を進めることが、本分野においてより多くの中性子利用研究者を育成・確保するためにも重要である。
 また、RIビームから分離・精製して得られるマルチ/シングルトレーサーを活用したファイトレメディエーション(植物等利用による環境修復)の促進も期待される。

(3) 材料・ナノテク分野
<基本認識>
 材料・ナノテク分野は、その目覚しい発展により、高機能化・高集積化が進められ、さらに、過酷な環境下でも使用可能な材料の開発が進められる等、我が国が世界をリードする技術分野の一つである。今後、さらに微細構造の特性を生かした新材料の開発や超小型化が進められることが予想される。これに伴い、極限環境下又は局所的に発生する原子・分子レベルでの現象の解明が新たな研究課題となってきている。こうした課題を解決する有力なツールが量子ビームであり、物質・材料の創製、造形、制御、計測の各領域にわたり、様々なブレイクスルーの実現により、我が国の国際競争力の一層の強化につながることが期待される。

<今後のビーム利用の方向性及び主要課題>
 本分野ではこれまで様々な量子ビーム施設が供用され、「創る(加工する)」、「観る(分析する)」、「(直接)利用する」の3つの用途を駆使し、産業界での利用を含め、数々の研究開発成果を上げている(例:ロケットに使用されている加工品の品質確認等)。2008年度には新たにJ-PARCの運用が始まり、高強度中性子ビームによる水素等の軽元素の観測や、磁性の観測等が可能になるため、従来の量子ビーム施設では難しかった原子・分子レベルの現象の解明が期待される。
 現時点で想定される具体的な中性子ビームの用途は以下の通りである。
 
  ハードディスクの記憶密度向上(積層薄膜の磁気構造の解明)
  水素吸蔵材料の水素吸着メカニズムの解明
  燃料電池中の水の分布・形成排出の観測
  原子力発電所等の大型施設及び大型構造物の非破壊残留応力の解析
  リチウムイオン電池のエネルギー密度向上(リチウムの動態及び静的分布の解明)
  中性子ラジオグラフィーによる2相流の可視化(空間・時間分解能の向上)
   例えば、ハードディスクの記憶密度の向上については、記憶密度の飛躍的向上に寄与する薄膜層の磁化の厚さ依存性に係る詳細情報が得られることにより、放射光を用いた磁気円2色性測定によって得られる特定の元素の磁化に関する情報や、偏極中性子反射率測定によって得られる磁化ベクトルプロファイル等の解析結果と合わせて、中性子ビームによる薄膜層の磁化の厚さ依存性等記憶密度の飛躍的向上に寄与する詳細な磁気構造の把握が可能である。
 水素吸蔵材料の開発については、高強度中性子線により、これまで観測できなかった水素の挙動が直接観測されることから、水素の吸着メカニズムが解明され、効率的に水素を貯蔵できる物質・構造の開発が加速されると期待される。
 このように、中性子ビーム利用は、ハイテク機器の小型化や、新エネルギーの実用化に必要な貯蔵技術開発、大型構造物の耐久性を確認するための検査技術等、国民生活の利便性や安全性の向上に役立つ技術開発の鍵を握っている。
 一方、材料開発プロセスに中性子実験を組み込むに当たっての課題としては、データ取得に要する時間の短縮、数多くのサンプルを効率よく測定するための自動解析手法の確立、物質・材料の高精度構造解析用のソフトウェアの開発、高速ネットワーク接続や試料郵送サービス等による地理的な制約の解消が挙げられる。
 また、イオンビームについても、偏極RIビームによる材料の電・磁場構造の解析や、原研TIARAや物材機構の大電流重イオン加速器によるイオン注入による半導体の不純物添加や量子ドット材料の創製等、材料・ナノテク分野において産業応用を視野に入れた広範な利活用が期待される。

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