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第2節 各分野における量子ビームの利用状況・課題
<中性子線> |
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国内における経緯・現状
1990年に冷中性子源を有する原研の改造3号炉 JRR-3が完成して以来、装置台数と利用できる中性子のエネルギー(波長)範囲が格段に広がり、同施設の利用者は急増した。特に、それまで海外の施設に頼っていた冷中性子によるソフトマターや生物学分野での利用が始まり、今や全申請課題(大学側)の1/4を占めるに至っている。折しも、1987年に発見された酸化物高温超伝導体のブームに乗って、良質な結晶を用いた中性子散乱実験が実施され、我が国は、その後の巨大磁気抵抗物質に至る強相関電子系物質の研究をリードしている。
一方、生物学分野においては、中性子イメージングプレートの開発により(原研・富士フイルム共同開発)画期的な中性子カメラが発明され、タンパク質の水素・水和構造の詳細な解析が可能となった。その後各国において類似の装置が建設され、「中性子構造生物学」なる分野を確立するに至り、極めて大きい波及効果をもたらしつつある。中性子光学素子の領域においては、急峻な磁場勾配を利用して中性子を集光・偏極する磁気レンズの技術開発が行われた(理研・原研)。その成果として、世界初の収束型小角散乱装置のプロトタイプがJRR-3に設置され、これまで到達できなかった小角散乱領域の実験が可能となった。このように、我が国における中性子利用研究は、物質科学・生命科学の学術研究分野及び、装置技術開発研究においても世界の第一線にある。
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産業利用の動向と課題
こうした高い水準の科学技術に裏打ちされ、産業界が製品開発や材料評価等に中性子を利用する「中性子産業利用」は、比較的最近活発に議論され始めたところである。従来は一部の企業による残留応力測定、ラジオグラフィーによる製品評価等が行われてきたが、ほとんどは研究機関との共同研究として実施されてきた。最近、原研においては企業が有償で原研所有の中性子装置を利用できる制度を導入し、中性子の産業利用を推進し始めたが、本格的な制度・支援体制の整備は今後の課題である。
JRR-3は稼動開始15年を経て利用申請課題数は飽和してきたものの、平均して約2倍の競争率(装置によっては3倍)があり、ビームタイムの不足が深刻化している。我が国の装置開発技術の粋を結集して建設中のJ-PARC/JSNSは、2008年に完成すればこのような状況を打破し、新たな研究分野を切り拓くとともに、産業利用にも大きく貢献するものと期待されている。
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海外の動向と課題
他方、2006年完成を目指して建設中の米国オークリッジ国立研究所の最先端中性子源SNS(Spallation Neutron Source)、並びに英国RALのISIS第2ターゲットステーションとの国際競争も極めて熾烈である。さらに、仏国・グルノーブル地区では、近接する放射光施設ESRFと中性子源施設HFR/ILLを相補的に使った先進的取組み「PSB」(構造生物学パートナーシップ)や大型ナノテク研究プロジェクトMINATEC等が進められており、ナノテク・ライフサイエンス等先端分野での国際競争における我が国の技術開発の立ち遅れに加え、日本国内のユーザのこれら地域への流出が懸念される。従って、我が国がこうした分野において国際的なリーダーシップをとり続け、産業界の国内施設利用の流れを定着させるためには、J-PARCの計画通りの完成と、然るべき台数の中性子利用装置の開発・整備を図ることが極めて重要である。
現在KEK-PSで行われている実験について、世界最高レベルのビーム強度を持つJ-PARCでの運転に合わせて関連機器が利用可能となるよう、高エネ機構では2005年度でKEK-PSをシャットダウンし、そこで用いられた実験装置、電磁石等にJ-PARCで使用するための必要な改造を加える予定としている。その上で、中性子、ミュオン、ハドロン、ニュートリノ実験施設のビームライン、実験機器等として設置し、実験研究の利用に供することとしている。
このような既存設備の再活用は、KEK-PSによる実験研究の継続と短期間中断後のJ-PARCでの実験研究の費用対効果及び研究効果の面からも極めて有効であり、また、多大な経費を要するJ-PARC計画の着実な推進にとって不可欠である。
なお、その際、留意すべきことは、これら作業はJ-PARC本体の建設スケジュールと密接に連動しており、関係研究者の多くは運転開始時まで諸外国において活動の場所を求めることになる点である。当該観点からは、我が国からの研究者の海外流出が最小限となるよう検討すべきである。
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<イオンビーム> |
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国内における経緯・現状 |
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初期のイオンビーム利用においては、原子核物理の利用が主であったが、医学利用もかなり早い時期から行われ、多大な成果を挙げてきた。戦後においては放射線防護や生物影響等の研究が行われ、原子核物理利用も原子核・素粒子物理学利用と高エネルギー化へと進んだ。材料分野では、微細加工、分析や材料改質等に利用がされており、特にこの分野では、物質・材料研究機構(物材機構)において、大電流重イオン・レーザー複合照射装置(EPF:タンデム加速器 YAGレーザー)を用いた耐放射線性材料の開発や次世代光通信用のナノ粒子・フォトニクス材料の創製・制御、軽イオンAVFサイクロトロンを用いた核融合炉ITER(イーター)用の原子炉材料の機械特性試験を行う等、各種イオンビームを広範な物質・材料研究に活用している。また、照射試験については、初期の段階では単一ビームによるものであったが、やがて損傷を与える照射とイオンビームを用いた解析を同時に行なう2重照射が行われるようになった。近年、TIARAに設置された3種類のイオンを同時に照射できるトリプルイオン照射施設は、世界的にもユニークな加速器施設である。さらに、最近ではライフサイエンス利用としてイオンビームによる植物の品種改良が行われる等様々な用途に広く利用が進展している。
また、近年では特に、天然には存在しない原子核(RI)を人工的に作り出す最も新しいビームであるRIビームの利用が進んできている。このRIビームは、1980年代半ばに我が国の研究者らによって開発されたものであり、原子核分野の新しい研究領域を切り拓いたものである。我が国においては、理研において1990年よりRIビームによる原子核研究が本格化し、「新同位元素の発見」や「マジックナンバーの消滅の発見」等その研究成果は世界を圧倒的にリードしている状況にある。さらに、イオンビームによる関連の成果として、理研、東京大学や埼玉大学等によって「新113番元素の発見」もなされた。
利用状況の面では、例として理研の既存加速器施設(RARF)において、1986年からの累計で実施課題数が約200件、延べ利用者数が約12,000人に上り、また、原研高崎研のイオン照射研究施設(TIARA)においては、実施課題数が有償による共同利用で400件、共同研究等による外部利用で約4,900件(1992年4月〜2005年3月)、延べ利用者数は共同利用が約1,500人、共同研究等の利用が約7,000人(1992年4月〜2005年3月)となっている。
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産業利用の動向と課題
我が国のイオンビームの産業利用については、イオン注入の動きが1960年代後半から1970年にかけて始まった。1970〜80年代になると、半導体への不純物導入を図るイオン注入技術が急速に普及した。現在では金属表面の改質等へも用途が広がっているほか、後方散乱法(RBS)や粒子誘起X線法(PIXE)等の分析技術が進歩しており、企業による分析サービスに用いられている。
なお、RIビームについては、偏極RIビームによる材料解析やRIビームを分離・精製して得られるマルチ/シングルトレーサーの利用等の産業応用が期待されるが、産業界にとり利用しやす易いシステム設計・構築の検討が必要である。
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海外の動向と課題 |
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RIビームについては、多分野にわたる基礎・応用両面での有用性が認められ、今や世界の主要な重イオン加速器施設では、競ってRIビーム施設の整備や利用実験が行われている。欧州ではドイツ国立重イオン研究所(GSI)のFAIR(Facility for Antiproton and Ion Research)計画が、米国ではRIA(Rare Isotope Accelerator)計画が進められており、両計画では早ければ2012年に実験が開始される。
我が国では理研において、これまで培ってきた重イオン加速器建造技術と利用研究での成果を結集し、水素からウランまで全元素のRIビームを、種類と強度において現在の世界水準をはるかに凌ぐ性能で発生させることのできる最先端の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」(RIBF)計画を推進している。この施設が完成すれば、基本テーマである究極の「原子核モデルの構築」に留まらず、「元素起源の解明」といった根源的な研究が可能となる上、RIビーム技術による診断・治療技術の開発や創薬・物質材料の開発等への貢献も期待される。しかしながら、RIBF計画においてこれまでに整備が進められてきたのは、RIビームを発生する施設が主であり、根源的な研究や各種実験のための設備整備は未着手状況という課題がある。
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<放射光> |
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KEK-PFは、1982年より稼動を開始し、大学共同利用機関の施設として広範な分野の多くの研究者を受け入れると同時に、NTT、日立、富士通、NEC等民間企業の専用ビームラインの建設を含めて放射光の産業利用活動の育成にも大きく貢献した。また、放射光専用加速器に関する技術、ビームライン及び放射光利用技術の開発、それらを担う人材の育成にも大きく貢献し、技術的・人的蓄積はその後のSPring-8建設等に大きく寄与している。
利用状況は、2004年単年度の共同利用実施課題数は約700件、共同利用者実数(放射線作業登録者数)は2,975人、共同利用実験参加者実績は約30,000人・日とSPring-8稼働後も利用者数・課題数は共にむしろ増加の傾向を示している。これらの共同利用研究課題の分野別の分布をみると、生物学関連:27パーセント、化学:27パーセント、材料科学:19パーセント、固体物理学:9パーセント、表面科学:5パーセント、高圧物理学・地球科学:5パーセント等となっており、広範かつ多彩な分野の研究者に利用されている。共同利用者による研究成果は1997年以降多少の増減はあるが、出版論文数は年間ほぼ500前後を示しており、高い活力を保っている。
また、SPring-8は、欧州ESRF(European Synchrotron Radiation Facility)、米国APS(Advanced Photon Source)と並ぶ世界最先端の第三3世代大型放射光施設として1997年より供用が開始されている。SPring-8では、25本の共用ビームラインに加え、大学や研究機関等の専用ビームラインの他、産業専用ビームライン2本(産業用専用ビームライン建設利用共同体:電機、鉄鋼等13社)と創薬産業ビームライン(蛋白質構造解析コンソーシアム:21社)の計3本の企業が専有するビームラインが設置されている。利用状況としては、実施課題数は共同利用が約5,900件、専用施設利用が約1,400件(1997年10月〜2004年12月)、延べ利用者数は共同利用が約37,000人、専用施設利用が約11,000人(1997年10月〜2004年12月)となっている。
こうしたのような中、SPring-8を利用した研究として物質科学分野や生命科学分野において数多くの際立った成果が創出されるとともに、考古学や地球科学等の分野においても優れた研究成果が得られている。さらに、半導体や外部記憶装置等のエレクトロニクス系、繊維・やゴム等の高分子系、鋼材やメッキ等の素材・金属系等様々な産業界において利用が進められており、近年開始した産学官連携利用推進(トライアルユース)による取組みも奏効し、全体の実施課題の1割程度の産業利用がなされている。さらに、2005年度から文部科学省が国の大型研究施設の新規利用・新領域利用促進のため開始した「先端大型研究施設戦略活用プログラム」により、産業利用の割合が2割以上に増加する方向にある。 |