<量子ビーム研究開発・利用の概観>
加速器や研究用原子炉等の大型研究施設は、その時々の最先端科学技術を駆使して初めて建設・整備が可能となるものである。一方、これらの施設の建設後の有効な利用は科学技術の最先端を切り拓き、国の科学技術の進歩、産業の発展等に大きく貢献する。
これら大型研究施設の建設・運用には多くの資金と人材を必要とするため、我が国では特定の研究機関にそれらを集中する形で実施されてきた。一つは施設とともに研究者も集中し、そこで研究を行うとの考えで設けられた現在の日本原子力研究所(原研)及び理化学研究所(理研)等、もう一つは関連する研究者コミュニティの共用施設として整備し、全国の大学等研究者が共同利用・共同研究する場としての考えで設けられた大学共同利用機関法人であり、高エネルギー加速器研究機構(高エネ機構)等がその代表的機関である。前者においては計画的なプロジェクト実施、民間への技術移転、当該施設の外部利用等を図る一方、後者においては全国大学共同利用による自由闊達な学術研究を推進している。
元々これらの大型研究施設(Large Facility)は、素粒子実験のような、多数の研究者による単一あるいは限られた研究目的(Large Science)のために建設されたものであり、“Large Science at Large Facility”と呼び得るものである。一方、Large Scienceのために建設された大型研究施設からの各種量子ビームが、物質の構造・機能の解析等ものを「観る」ための極めてユニークな手段(「探索子」:プローブ)として活用できることや、材料の加工等ものを「創る」ための強力な手段(「作用子」)として利用できることが分かり、初期の副次的利用から発展し、量子ビーム利用のための専用の大型実験施設が建設されるに至った。
これらの研究分野は、広範な物質科学、生命科学の基礎研究から応用研究に拡大し、さらには産業利用や医療応用へと発展しているが、各々の研究は比較的少数(場合によっては一人)の研究者で実施できることからSmall Scienceと呼ばれている。すなわち、大型研究施設を利用するこれらの研究は、“Small Science at Large Facility”としての特徴があり、ハードとしての実験設備のみならず、ソフトとしての運用や利用体制にも独特の工夫を要するものである。かつては研究用原子炉で発生する安定した(熱)中性子を用いた物質科学の研究手段としての中性子回折・散乱実験が唯一のSmall Science at Large Facilityであったが、我が国においては、1970年代に放射光が、続いて1980年代にはミュオンが新たなビーム源として加わった。