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社会情勢の変化と文化芸術 |
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基本方針が策定されたことにより,国の具体的施策の方向性が明確化され,文化庁予算も平成15年度に初めて1,000億円を突破するなど,文化芸術の総合的な振興は着実な成果をあげつつある。また,地方公共団体でも基本法や基本方針を受けて,基本法施行後,2府6県,13市,1町が文化芸術振興に関する条例を策定しており(平成17年10月現在,文化庁調べ),文化芸術振興計画等を策定する地方公共団体も増えてきている。
このように,基本方針は我が国の文化芸術振興に大きな役割を果たしてきているが,我が国及び世界の諸情勢は急速な変化を続けており,文化芸術をめぐる情勢にも以下のように大きな影響を与えてきている。
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文化的な価値と構造改革 |
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基本方針が策定された平成14年以降の社会情勢の大きな変化として,国内においては構造改革が進められ,官と民の役割分担の見直し,地方分権の推進とそれに伴う国と地方公共団体との役割の見直しが行われたことが挙げられる。時を同じくして,日本経済は長期にわたる経済不況を徐々に脱し,民間の活力が再び活発になってきた。また,政府の規制緩和により新たな分野にも民間が進出できるようになり,市場原理に基づく競争が拡がってきている。こうした潮流は,今後も継続すると思われるが,文化芸術の振興に際しては,効率性や市場原理だけではなく,文化的な価値が重視されるべきである。
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民と官の新しい協力 |
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民間部門でも特定非営利活動法人(NPO)やボランティアなど新たな活動形態が国民の間に定着するとともに,民間と行政との連携が進んだ結果として,民と官の新しい関係,協力体制に支えられた活動が広がっている。こうした動きは,従来の「公共 官・行政」という概念にとらわれることなく,民と官の新しい協力の在り方や担い手を生み出そうとしており,現在検討が進められている公益法人制度の改革もこうした動きを促進することが期待される。
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情報通信技術の発展と文化芸術 |
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情報通信技術の発展により,インターネットや電子メールなどが国民生活に定着し,社会に流通する情報やコミュニケーションの手段が多様化した。インターネットにより,情報は国境を越えていつでも簡単に入手できるのみならず,ホームページやブログ(注)により人々が情報を発信できるようになっている。その一方で,高度な情報通信技術は,人間関係の希薄化,実体験の不足といった負の側面をももたらしていると指摘されており,文化芸術体験を通じて他者に共感する心をはぐくみ,人と人とを結び付けていくことが期待されている。
(注) |
個人運営で日々更新される日記的なホームページの一形態の総称。 |
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少子高齢社会や地域社会における文化芸術の新しい役割 |
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我が国では全体として少子高齢化が一層進み,特に地方においては過疎と高齢化が進展し,都市においても単身世帯が急速に増加して,地域社会(コミュニティ)の機能が低下していると指摘されている。また,地方公共団体においては,いわゆる「平成の大合併」により大規模な市町村合併が行われ,これまでの地域単位での様々な活動が変化を余儀なくされていると言われている。こうした中,芸術家等による芸術普及活動(アウトリーチ)や,教育・福祉などの分野を通じた地域社会への働きかけなどにより,社会を活性化するという文化芸術活動のもつ役割が発揮されることが期待されている。
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グローバリゼーションと文化芸術 |
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国際的な視点に立つと,政治,経済における地球規模化(グローバリゼーション)は一段と進展した。インターネットの普及がそれを加速させ,文化芸術を含むあらゆる分野において国境を越えた交流と対話,協力が活発になってきている。 |
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(2) |
文化芸術をめぐる情勢 |
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文化芸術の振興における民間の役割 |
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まず,文化芸術分野における民間の非営利活動や文化ボランティアによる活動が急速に拡大し,社会の多様な需要に対して機動的に対応できるようになってきており,文化芸術活動における重要な担い手に成長していることが挙げられる。また,企業の多様なメセナ活動が活発に展開されるようになり,地域文化の振興に対する支援や特定非営利活動法人などの新たな担い手への支援と連携など企業の特色ある活動が実施されている。
こうした民間による文化芸術活動への支援と連携は,これからの文化芸術の振興において重要な核となっていくことが予想され,国を初めとする行政がこれらをどのように支えていくのかが大きな課題となってきている。
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指定管理者制度の問題点 |
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地域に目を向けてみると,地方公共団体が文化施設の充実に努めた結果,文化会館や美術館,博物館などの文化芸術活動の基盤はおおむね整備されたと言える状況になってきた。地域で伝統文化,音楽や演劇など独自の文化芸術活動が活発に展開され,国内のみならず海外でも高い評価を受けるものも生まれてきている。そうした中,公立文化施設に対しては,いわゆる「指定管理者制度」の導入により,地域の文化芸術振興に当たっての施設の在り方等についての検討の深まりや,民間の新たな発想や方法(ノウハウ)による効果的かつ効率的な文化施設等の運営への期待が寄せられる一方で,これまで地域で培われてきた舞台芸術創造活動や博物館等における地道な資料収集をはじめとする調査研究業務が,安定的かつ継続的に実施されなくなるのではないかとの懸念も生じてきている。
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少子高齢化と地域における伝統芸能の継承 |
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地域における過疎や少子高齢化のため伝統文化を継承する人材が不足し,例えば,祭りや伝統芸能などの地域の歴史に根付いた文化芸術活動や,文化財を次代に伝えていくことが困難となってきている。また,地域社会(コミュニティ)の機能低下及び市町村合併に伴う地域の再編などにより,地域固有の伝統文化が失われかねない状況になっている。
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文化の多様性の重視 |
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国際的にみると,世界の各地域では風土や歴史を背景として様々な文化が生まれ,文化の多様性が形成されてきたが,経済の地球規模化(グローバリゼーション)に伴い,特定の文化芸術活動が世界を席巻することによって,世界の文化が画一化することが懸念されている。こうした背景により,国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)では,昨年10月に文化多様性条約が採択されたところである。
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地域における特色ある文化芸術の重要性 |
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我が国は古来より,多種多様な外来文化を受容しつつ独自の文化を形成してきたが,その一つの要因として,各地域が自然や歴史を反映した特色ある文化を育んできたことが挙げられる。しかしながら,政治経済の東京一極集中に伴い文化芸術活動についても同様の状況が進むとともに,マスメディアで「有名」となった文化芸術活動を招いて鑑賞することが全国レベルの文化芸術を享受していると考える傾向がなかったであろうか。近年,地域の文化(文化資産)が見直され,その独自性を生かした取組が徐々に進められてきており,こうした取組を着実に進めていく必要がある。 |
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我が国における文化芸術の振興の考え方 |
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基本方針にあるとおり,文化は人々に楽しさや感動,精神的な安らぎや生きる喜び,自己実現の契機をもたらし,人生を豊かにするものである。また,文化のなかでも芸術活動は,新しい価値観の提示や人々の創造性を刺激し,社会の変革の契機ともなり得る。現代社会において文化芸術の振興は,我が国を豊かにしていくために必要不可欠なことであるという認識が広がりつつある。
基本法の制定及び基本方針の策定により,我が国の文化施策は相当の進展を遂げたが,社会情勢の急激な変化を踏まえ,今後更なる前進を目指さなくてはならない。
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経済と文化は国の発展を促す車の両輪 |
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文化の在り方は経済活動に多大な影響を与えるとともに,新たな需要や高い付加価値を生み出し,産業の発展にも寄与するものである。すなわち,経済と文化は車の両輪のように作用し合うことにより社会に活力をもたらすものであり,「文化は国の力」であることを再認識する必要がある。
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文化芸術ならではの国際交流や海外貢献を |
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国際交流が活発になる中で,文化交流を通じて各国が互いの文化を尊重し,様々な文化的背景の中で暮らす人々が共生していくことが一層重要になってきている一方,伝統文化から映画やアニメ,生活文化まで我が国の様々な文化芸術を広く世界に発信し,文化芸術に関する国際的な交流の推進を図ることが求められている。それが,世界の文化多様性をより豊かにするために,我が国に期待されている文化的な貢献であると言えよう。
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長期的な取り組みこそ重要な文化芸術 |
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また,文化芸術と市場原理との関係について言えば,文化芸術の振興に際し効率性や採算性も重要な観点ではあるが,これのみが評価の基準とされることは適当とは言えない。文化芸術においては,市場原理に基づく短期的な競争による「勝ち組」のみが生き残るのではなく,長い時間をかけて人々に選ばれた「時間による選別」に耐えることのできたものが残っていくのである。効率性だけを追求した「安上がりな文化芸術」は決して永続しない。人類悠久の歴史を通じて得られたこの事実を私たちは忘れてはならない。文化芸術の最終的な評価を決めるのは時間である。その視点に立って考えるならば,文化芸術を豊かな社会の構築に役立たせるには,長期的な視野に立って文化芸術の振興を図る必要があることは明らかであろう。
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次世代の文化芸術を継承する子どもたちのために |
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文化芸術の振興を考えるに当たっては,人々に生きる喜びや感動をもたらすとともに,人と人をつなぎ社会を豊かにしていく文化芸術を振興していくことが今日においてますます重要になってきている。特に,これからの我が国を担う子どもたちが本物の文化芸術活動に触れて,豊かな心や感性をはぐくんでいける環境の整備が大切であり,それが我が国の文化芸術を次世代に継承していく大きな力となることを,文化政策部会としては強調したい。 |
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