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課題3.地域の文化芸術活動を活性化する人材をいかに育成し,登用するか

方策6
 地域において文化芸術活動を実際に担う人材を全国に還流させる仕組みをつくる
 地域において,住民が身近に文化芸術活動に触れる機会を確保することが重要であるが,地域における文化芸術活動の活性化のためには,外部からの刺激を加えることが大きな効果を持つ場合がある。
 この意味で,例えば,新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)のように,外部から優れた人材を登用して,地域の文化会館等における芸術監督などの芸術上の責任者を置いたり,常駐型の文化芸術団体を置いたりすることで,内外の芸術上の動向を踏まえるとともに地域の実情にふさわしい文化芸術活動を展開している事例が増えている。これにより,地域においても創造的な活動が生まれ,発信されはじめていることは望ましいことである。
 それ以外にも,地域文化芸術活動の担い手を全国に還流させることにより,その地域では鑑賞することの難しい文化芸術を鑑賞することが可能となっている例がある。

(事例7)地域では普段鑑賞することの難しい文化芸術を全国で巡回公演を行っている事例
  例: NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)の「踊りに行くぜ!!」(京都府)
 JCDNの「踊りに行くぜ!!」は,日本全国の文化施設において現代舞踊を中心に若手の振付家・ダンサー(舞踊家)が巡回公演をする事業である。平成12年度から始まり5年目を迎えた平成16年度は,全国14ヶ所を巡回する。平成10年ごろにJCDNの担当者が全国の現代舞踊の状況を見て回った際に,全国の文化施設やダンサーが孤立化しているという認識を持ち,その改善を図るための仕組みづくりを考えたことからこのような事業が開始された。「踊りに行くぜ!!」では,会場にしたいと考えている各地の文化施設が事務局であるJCDNに対して開催候補地として立候補し,発表したいと考えているダンサーは最寄りの会場で開催される選考会に応募する。このように,JCDNをコーディネーター(調整役)としてダンサーと文化施設が出会う仕組みになっている。そして,選考の結果によって,地元だけでなく,その他の地域でも公演することができる仕組みになっており,全国での巡回公演を実現している。

 このような文化芸術の創造者が全国を還流するような巡回公演により,1違う都市において公演を重ね様々な反応を得ることによって作品及び芸術家が育つ,2全国の芸術家と文化施設の間において新たなコミュニケーションが生まれる,3地域住民にとって日頃見ることが難しい種類の文化芸術に触れる機会が提供される,4各地域の観客に新しい芸術家を紹介することにより,ダンスへの理解が深まり,観客が育つ,5芸術家にとって,地元以外での公演が日本各地で行われるようになるといった効果が期待される。


方策7
 地域における文化芸術活動を支える人材の育成・登用を行う
 地域において文化芸術活動を充実させていくには,文化芸術活動を行う者だけでなく,文化の創り手と受け手をつなぐ役割を担う者にも優れた人材を得ることが必要である。このような人材が担う役割や機能を,一般的にアートマネジメントの名で呼んでいる。
 文化施設や文化芸術団体の運営に当たっては,文化芸術の本来の役割を踏まえた経営的能力を有する人材が必要であるとともに,文化施設の運営に当たって住民や利用者との接点となる職員や舞台技術担当職員等の資質の向上が求められている。
 一方,文化芸術が社会的役割を果たすにつれて,地域の特性に応じて文化芸術活動を地域住民の生活の中に息づかせるような働きかけを行う文化芸術団体等が増え,民間と行政が連携・協力して地域文化を振興してきている。こうした役割を果たす者には文化芸術の最先端だけでなく地域の歴史や文化芸術活動の実態を踏まえた地域文化のグランドデザイン(基本計画)を理解した上で,住民,文化芸術団体,行政等との連携を図る能力が期待される。

(事例8)現職者向けの実践的なアートマネジメントの研修の事例
  例: 芸団協セミナーにおけるマネジメント関連講座(京都府)
 社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)では,平成8年から文化芸術団体等のマネジメント(経営管理)に必要な基礎的なビジネススキル(能力)や時事的内容などを扱った研修会を随時開催してきた。舞台芸術にかかわる法律関連講座は,平成9年より断続的に開催してきたが,平成14年度以降,文化芸術団体や公立文化施設の事業担当者,地方公共団体の文化芸術担当者などの現職者向けに,より実践的な講座となるよう,講師による講義形式ではなく,参加者同士が模擬交渉を行ったり議論したりするワークショップ形式の講座開発に取り組んだ。現在は,講義形式の基礎講座もあるが,法律関連の公演実務だけでなく,現職者同士が経験交流できる少人数制の参加型の講座を定期的に開催するようになってきている。民間の文化芸術団体等のマネジメント担当者と行政の担当者が交流することによって,置かれている立場によって視点が違っていることに気がついたり,逆に立場が違っていても,目指す理念は共通していることが,具体的な参加者同士の交流の中から感得されている。
 芸団協以外の実施機関でも,その実施の態様についての工夫が重ねられてきており,今後とも,各実施機関がそれぞれ独自の方法を確立し,関係者に対し多様な研修の場が与えられることが期待される。
 なお,地域文化の振興に当たり行政の果たす役割は大きく,文化芸術団体や民間等との連絡・調整(コーディネート)もその役割の一つであるが,一般に行政の文化芸術担当者は担当して数年で定期的に異動することの問題点が指摘されている。地方公共団体においては文化芸術担当者の異動に関して,その専門性と経験を十分考慮しつつ,専門的知識,人脈や事業ノウハウの継承等が円滑になされるよう配慮すべきである。


方策7
 地域における文化芸術活動を支える人材の育成・登用を行う(その2)
 地域において文化芸術団体をつなぐ機関として,例えば地域に密着した教育・研究活動に比重を置く大学等の高等教育機関が人材育成のみならず文化芸術活動の調整役を担うことも考えられる。また,こうした機能に特化したアートマネジメント専門の文化芸術団体等が地域に生まれ,文化芸術活動が連携・協力されていくことも期待される。
 なお,近年は,大学において文化政策やアートマネジメント等を専攻する学部やコースが設置され,必要な人材の育成が図られてきている。

(事例9)アートマネジメントに関するインターンシップ(就業実習)を実施している大学の事例
  例: 東京藝術大学大学院「応用音楽学」のインターンシップ(就業実習)
 東京藝術大学大学院音楽研究科応用音楽学専攻(修士課程,博士後期課程)は,平成12年度に発足し,音楽と社会をつなぐ様々な人材,音楽文化の普及に携わる人材の育成を目的としている。具体的には,文化施設や文化芸術団体の企画・運営,伝統的な音楽や芸能の保存・継承,各種施設等で音楽療法の仕事を担う人材,その他音楽雑誌の編集者や放送・レコード会社のディレクターなどマスコミ関連の仕事に従事する人材を養成している。
 このため,研究分野と授業科目は,大きくは音楽文化関連,アートマネジメント関連,音楽療法関連に分けられるが,社会との連携を重視し,当初からインターンシップを科目の一つに加えている。インターンシップのための派遣先機関は,国若しくは地方公共団体の機関又は公益法人若しくは企業等の法人とし,大学又は大学院の授業等で学習した理論を,就業体験の中で応用ないし発展させることにより,実践的な知識として習得させることをねらいとしている。
 インターンシップ終了者には,「応用音楽学特殊講義(インターンシップ)」として総実施時間160時間を基準として2単位を認定している。なお,単位は4単位まで認めることとしている。また,外国の政府や法人等外国の機関においてインターンシップの機会を得た場合も,総実施時間の状況を勘案して単位を認めている。単位認定は修士課程の学生に対するものであるが,博士後期課程の学生で事実上インターンシップを行う場合もある。
 平成16年度までの派遣先機関は,文化庁,独立行政法人日本芸術文化振興会(国立劇場,国立能楽堂),(社)企業メセナ協議会,アフィニス夏の音楽祭,スターダンサーズバレエ団,米国NPOなどである。今後は,学生の希望も勘案し,地方公共団体,文化芸術団体,文化施設など,多様な機関に拡大していく予定である。

 アートマネジメント教育においては,現実の社会の場で,具体的な実務の体験を通じた実践的な知識の習得がとりわけ求められることから,文化芸術団体や文化施設においても人材育成への支援の観点からインターンシップの学生を積極的に受け入れることが期待される。


方策7
 地域における文化芸術活動を支える人材の育成・登用を行う(その3)
 地域のまちづくりを推進する上で,地域の景観や町並みを形成する歴史的建造物や遺跡などの保存・活用への関心は高まってきているが,近代以降の歴史的建造物や遺跡などの場合,その存在自体が必ずしも十分周知されていない上に,その価値が専門家以外には分かりにくく,その文化的価値が認識されないまま放置されたり壊されたりしている。

(事例10)文化財とまちづくりをつなぐ専門家の育成・登用の事例
  例: 兵庫県のヘリテージマネージャー制度
 兵庫県においては,平成12年兵庫県文化財保護審議会の「ヘリテージマネージャー制度の創設」提言を受けて,登録文化財制度を担う人材育成としてヘリテージマネージャー制度を発足させた。ヘリテージマネージャー(歴史文化遺産活用推進員)は,講習会を修了した建築士等(約84名)が地域に眠る歴史的に価値ある建造物を発掘し,評価,修理,保存に当たるとともに,その積極的な活用により地域のまちづくりに活かすべく県の教育委員会や所有者に対して助言を行うものである。この制度が広く認知されるにつれて,県内の文化財登録の約8割を取りまとめるなど,市町村の教育委員会や民間からも登録文化財に関する相談を受けるようになってきている。
 建造物は地域に定着し地域文化を形成するものであるが,地元の人間の見慣れた視点と他の地域からの新しい視点という二つの視点から見ることにより新たな価値が発見できるとの考え方から,県下ネットワーク(情報網)と県下を6地区に分けた地域ネットワークという二重のネットワークを構築して,地域間の情報交換や交流を図っている。さらに,こうしたヘリテージマネージャーのネットワークに郷土史家,学校,まちづくり団体の参加を求めて,インターネット主体で事務所を持たない「ひょうごヘリテージ機構(HO)」を組織し,地域づくりの連携へと発展させつつある。
 また,近代以降の農業・交通・土木に関する近代化遺産の総合調査を実施し,地域の文化財を掘り起こすとともに,歴史・文化と地場産業・観光などとの連携を見据えて,登録文化財としての特色をいかした活用方策を提案するための基礎資料とすることを目指している。その調査もマスコミ等を活用して情報提供を呼びかけることで,地域の関心を呼び起こす協働型の調査を実施している。

 地域文化の展開に必要な人材を地域の中で育成し,登用する仕組みを作ることは,地域文化の自律性と独自性を高めるためにも大変有効である。さらに,登用された人々をネットワーク化して,情報や経験の共有を図ることにより効率的な運営や新たな企画のためのアイディアともなることから,地域文化の振興には有益である。
 民間との連携のもとで県レベルにおいて文化財行政が積極的な情報発信を行うことは,一部の関係者に偏りがちな文化財行政に対して,地域住民の関心を高めるとともに,広範な住民の参画を生む契機となることが期待できる。


方策8
 地域住民が文化ボランティアとして参加しやすい仕組みをつくる
 各地域において,文化ボランティアの活動は活発になってきている。しかし,文化ボランティアとして活動してみたいが,そのきっかけや機会がないという人々が多いのも事実である。このような地域住民に積極的に文化ボランティアとして参加してもらい,地域の文化芸術活動を活発にするためには,参加しやすい仕組みをつくることが重要である。

(事例11)住民を地域学芸員として活用し,文化芸術活動に参画してもらっている事例
  例: 滋賀県の能登川町立博物館の「地域学芸員」
 能登川町立博物館は,図書館との複合施設として平成9年に開館した。能登川町立博物館では,住民に何度も来てもらえる博物館を目指し,住民の最大の関心事は地域のことであるとの考え方から,地域の自然,歴史,文化を資料化してきている。さらに,「地域のことは地域の人が一番よく知っている」との認識に立ち,地域の住民を能登川町独自の学芸員として位置付け,「地域学芸員」として博物館と一緒に活動するようにしている。
 したがって,博物館には常設展示はないかわりに,地域の自然や文化,研究活動を地域の住民とともに企画し,運営を行っているところに特徴がある。
 活動のポイントとして,博物館の職員が大きな意識改革を行ったことが挙げられる。まず,「博物館は住民のためにある」との視点を徹底し,従来の博物館が研究活動や資料収集に偏りすぎていたとの反省を踏まえて,利用者に目を向けるようにした。また,「地域学芸員」は博物館の職員らとともに自らの地域をフィールドにして収集・調査活動,展示・教育活動を行い,地域文化を積極的に発信するようにしている。
 今後の課題としては,個人個人がばらばらで活動している「地域学芸員」を緩やかに組織化するとともに,外部の人が博物館を訪れた際に,地域学芸員の活動を理解してもらい有効に活用してもらえるように,その活動を対外的に明示することが挙げられている。
 さらに,能登川町立博物館では,学校との連携を重視しており,「学校は第一のお得意様」との認識の下,総合的な学習の時間への協力など積極的に学校へ出向き,学校との緊密な意思疎通を行いつつ,博物館活動に対する子どもたちの理解を深める活動を行っていることも注目すべきであろう。
 能登川町立博物館のように,地域の自然や文化などの文化資源に徹底的にこだわり,地域住民にも博物館活動に参画してもらい,地域住民と博物館が一緒になって活動している事例は決して多くないと思われる。博物館職員が利用者としての住民に目を向ける意識改革をすることで,住民の要望に応え,住民の参加を得られる博物館としての価値を得た事例といえる。
 さらに,博物館等が積極的かつ恒常的に学校に対して働きかけて,子どもたちが自然や歴史・文化に関心を持てるプログラムを提供することで,地域の文化に目を向けてもらえるよう努めることが求められる。


方策8
 地域住民が文化ボランティアとして参加しやすい仕組みをつくる(その2)
 文化ボランティアという形で地域住民が文化施設等の活動に参加している例は多いが,文化施設側の都合が優先されてボランティアの自発性が発揮できなかったり,活動が定型的な業務に限定されていたり,メンバーが固定化して活動が停滞してしまったりするなど,文化施設側が文化ボランティアをうまく活用できないために,文化ボランティアと文化施設の双方で期待した効果がもたらされていない例も見られる。
 こうした問題は,文化施設側と文化ボランティアの間で,ボランティア活動に対する認識が異なること,コミュニケーションがうまくとれていないことに原因があると思われる。このような問題の解決のためには,長期的には文化施設側と文化ボランティアが共通の目的・理念を共有することや継続的な意見交換を活発に行うことなどが必要だが,地域住民が文化ボランティアとして参加しやすい仕組みをつくることで解消できることもある。本来,ボランティア活動は自発性に基づき,社会での自己実現を求めてなされるものであり報酬等の見返りを求めないものではあるが,ボランティア活動に対して文化施設側が感謝の気持ちを示すことによりボランティアとの関係が円滑になり,ボランティア活動が一層活発化したり改善されたりすることが考えられる。

(事例12)地域通貨により文化ボランティア活動が活発化している事例
  例: (財)可児市文化芸術振興財団の地域通貨「ala」(アーラ)(岐阜県)
 岐阜県の(財)可児市文化芸術振興財団では,平成15年度より,市の文化施設「可児市文化創造センター」で文化ボランティアが使用できる地域通貨を発行している。可児市では創造センターの建設に当たって,平成8年の基本構想の段階から徹底して市民の意見を聴取・反映することを目指してきており,地域通貨の発行も創造センターの活動に市民が参加しやすい仕組みづくりの一環として,財団が文化ボランティアに対して感謝の気持ちを表し,活動を円滑化するために導入された。
 具体的には,通貨の発行を受けたい団体・個人は,事前に財団に対して活動団体・個人名及び活動内容を登録する。財団は,登録のあった活動が地域通貨の発行の対象となるかどうかを決定し,活動ごとに決めた額の「ala(アーラ)」を団体・個人からの申請に基づき,発行している。想定されているボランティア活動は,センターの清掃活動やセンター主催の催し物の手伝いなどであり,通貨単位は「ala(アーラ)」で,「1ala(アーラ)イコール100円」を交換レートとして財団主催の公演チケットと交換することができる。平成15年度は2,408alaが発行されており,実際に公演チケット特典との交換もなされており,地域通貨として機能している。

 文化施設の運営に文化ボランティアという形の住民参加がなされている例は多いが,文化ボランティア活動を継続的に責任を持って根付かせるためには,ボランティア活動を適切に評価する手段が講じられることにより,ボランティアの活動意欲を高めることが効果的である。


方策9
 大学等の高等教育機関と連携し,大学等の地域貢献をうながす
 芸術系大学には,地域における文化芸術の振興や文化的な社会基盤の整備に取り組むことが期待されているが,芸術系大学にとっても,このような取組みを通じて,その専門性や人材を活かして地域貢献を果たすことや,実社会と関わりの深い授業科目を開設することで,その大学の個性・特色の明確化に役立てることができるようになるという効果が期待できる。また,理論に偏りがちな教育から実践活動を含めた教育へとその教育の幅を拡大することができる。さらに,行政と地域住民等との連携に大学の教員や学生などが加わることにより,地域の文化芸術活動がより活性化し,地域内外に向けた文化芸術活動の発信や文化芸術によるまちづくり,交流人口の拡大などにつながっていくことが期待できる。

(事例13)大学等の地域貢献と大学の専門性や人材を活用した取組みの事例
  例: 取手アートプロジェクト(TAP)(茨城県)
 取手アートプロジェクト(TAP)は平成11年より茨城県取手市内で毎秋開催されている市街アート展であり,市内にキャンパスのある東京藝術大学と取手市及び市民ボランティアが企画運営に携わり,市民・大学・行政の協同プロジェクトとして注目されている。
 協同事業における3者の役割分担は,おおむね下記のとおりである。
  市民: 運営実務及び地域内のネットワーク活用。
  大学: 複数の教員や助手による,専門知識に基づくアドバイスや市外の専門的ネットワークの提供。
  行政: 資金や公共施設の提供。文化振興担当職員が運営会議にも出席し,施設使用や助成金申請などの行政手続や物資の手配を行うなど,運営におけるきめ細かな協力。
 また,多くの藝大生が自主的に作品発表の場としてプロジェクトに参加するのみならず,授業の一環として作品制作やマネジメント実務に携わり,芸術によるまちづくりの実践授業として同プロジェクトで現場を体験している。例えば,平成15年には,壁画科の授業としてJR高架下に全長40メートルの壁画を作成。学生たちのデザイン案の中から,市民運営スタッフが取手にゆかりのあるモチーフを中心としたデザイン案を選び,実際の制作には多くの一般市民がボランティアとして参加した。殺風景だった高架下は鮮やかな壁画で彩られ,以後は落書きも激減している。
 さらに,平成15年には音楽環境創造科の学生が芸術と社会の連携をテーマとした実習授業の一環として,小学校との連携事業を考案・実施した。かねてよりTAPの関連企画として実施されていた市内12校の小学一年生による児童画展を活性化すべく,小学校へのヒアリングを行い,観客が絵の作者である児童たちに手紙を書く「おてがみ企画」を実施し,好評を博した。
 TAPでは藝大生のみならず,市外からアートマネジメントに関心のある若者をインターンとして受け入れており,シニア世代の多い地元市民の運営ボランティア・スタッフは,幅広い社会経験と長年の事業運営におけるノウハウをもって若い世代を暖かく育てている。一方,藝大生やインターンの若々しい発想はプロジェクトのエネルギーを刷新し,新たな機動力としてプロジェクトを活性化している。


方策10
 文化に愛着を持った人や団体に公立文化施設の運営に当たってもらう
 地域文化の振興を考える時,地域には必要な人材が不足していると言われることも多いが,これには,各地域にいる人材を見出し,活用できていないという面があることも否めない。例えば,公立文化施設の管理や運営などをすべて行政だけで行うことが効率的,効果的であるとは限らず,そうした管理や運営に文化に愛着を持った人や団体がかかわった方が良い結果をもたらす場合も考えられる。
 近年,公共施設等の建設,維持管理,運営等に当たって民間の資金や能力を活用して整備するPFI(Private Finance Initiative)や,行政が設置した施設の運営を民間に委ねる「公設民営」方式が導入されつつある。文化施設については,文化の特性に十分配慮した運営が行われるべきことは言うまでもないが,民間の資金,能力やノウハウを活かして,より柔軟な運営によって優れた文化芸術活動が行われることが期待される。

(事例14)文化施設の運営をNPO法人に委託している事例
  例: NPO法人ダンスボックス(大阪府)
 NPO法人ダンスボックスは,平成8年4月にTORIIHALL内に「ダンスボックス実行委員会」として設立され,平成14年3月まで年間約30本のダンスプログラム(公演・ワークショップ(参加型講習会)等のソフト事業)を企画制作していた。平成14年8月にNPO法人化し,大阪市が既存施設の活用という趣旨で実施している新世界アーツパーク事業の一環として,フェスティバルゲートの一区画の管理運営を大阪市の文化振興財団機能を有する(財)大阪都市協会から受託し,劇場「ART Theater dB」として運営している。ダンスボックスは,ダンス芸術の「自己表現の力」,「コミュニケーションを創る力」,「国際性」を現代社会に活かし,市民がより豊かな生活を享受できる環境をつくること,ダンスを通じて豊かな感性を持つ子どもたちの育成及び人と自然が共生できる文化的なまちづくりの推進を図ることを目的としている。
 活動の特徴は,公設民営の劇場を運営し,ダンスプログラムを核に,活動の拠点を持っていることである。旧テナントの内装や設備の解体や撤去は大阪市が実施したが,新たな内装や設備工事はダンスボックスの責任で実施している。行政側は施設だけを提供し,施設の活用方法はNPOに任されている点が特徴である。さらに,実際の運営においても,行政側は不動産賃借料,共益費と光熱水費とハード維持にかかる経費のみを負担し,一部事業を除き事業経費は支出しておらず,劇場の運営は全面的にダンスボックスが行っている。


方策10
 文化に愛着を持った人や団体に公立文化施設の運営に当たってもらう(その2)
 平成15年9月に施行された地方自治法244条の2の改正により,民間事業者(株式会社,NPO法人等)も議会の指定を受ければ,「公の施設」の管理を受託できるようになった(いわゆる「指定管理者制度」)。指定管理者制度は,公の施設を民間等の活力を利用して効率的・効果的に運営・管理することにより利用者の利益に資することを目的として導入された。平成18年9月までには各地方公共団体において公の施設を設置者の直営とするか又は指定管理者制度を導入するかを決定することとされており,現在,各地方公共団体において文化施設等の管理・運営をどのように行うかについて活発な議論が行われているところであり,指定管理者制度をどのように活用していくかが大きな課題となってきている。

(事例15) 長年にわたり地域文化の振興に大きな役割を果たしてきたNPO法人を指定管理者に指定した市町村の事例
  例: 富良野市によるNPO法人ふらの演劇工房の指定
 「NPO法人ふらの演劇工房」は,果物に産地があるように,富良野を演劇の産地にしようという地域住民の想いから活動を開始した。ふらの演劇工房は平成11年にNPO法人として全国第1号の認証を受け,演劇に関する各種セミナーの開催,高校での演劇支援,高齢者を対象とした演劇リハビリテーションなどの演劇のソフト事業を中心に積極的に活動してきた。平成12年からは,富良野市から「富良野演劇工場」の管理・運営を受託し,公設民営による事業展開を行っており,指定管理者制度の導入以前から,ふらの演劇工房には,ソフト事業の企画はもちろんのこと,施設の管理・運営のノウハウも蓄積されていた。
 一方,富良野市は,文化施設にはソフトの事業が非常に重要であり,照明等の高い専門性を要する設備も多いことから,文化施設をそれ以外の公の施設と同一に扱い,一つの条例に基づいて一団体を指定管理者として指定することは適切ではないとの考えから,他の施設条例に先立って富良野演劇工場の条例改正を行うこととした。富良野市は平成16年3月に「富良野演劇工場設置及び管理に関する条例(平成12年3月3日条例第3号)」を一部改正し,条例の中に指定に当たっての審査の基準として,平等な利用機会の確保,サービスの向上,管理費用の効率性,安定した管理能力などを盛り込み,多面的な観点から総合的に審査する仕組みを規定した。また,富良野市では,行政の公平性及び透明性の観点から公募を行うこととし,商工会議所の代表や演劇の専門家などを含む7人の選考委員によるそれぞれの項目についての数値化(5点満点かける20項目)による審査を経て,指定管理者としてふらの演劇工房が指定された。
 文化施設の管理・運営に関してもその経済的効率性を無視することはできないが,地域文化の拠点としての文化施設等が地域社会に対して果たしている貢献を考慮すれば,文化施設等に指定管理者制度を適用する際には,文化施設が本来有する使命や目的,地域における役割等を踏まえ,その文化的側面について十分に配慮することが必要である。



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