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4.3.複数者のマッシュアップによって制作された著作物の利用の困難性への対応について

 インターネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(注1)のように複数者のマッシュアップによって制作された著作物が増えている。このような著作物では、権利者が明確ではなく、無断で利用された場合等の権利行使の主体も明確でない場合が多い。また、複数者のマッシュアップによって制作された著作物を利用したいとのニーズがある場合でも、1人でも許諾をとれなければ利用できない。このような問題は今後ますます深刻化する。複数者のマッシュアップによって制作された著作物の利用の困難性等への対応について、以下のような意見が出された。

  • (注1)脚注6参照(2ページ)

(1)複数者のマッシュアップによって制作された著作物にかかる現状の問題点について

  • インターネット上の電子掲示板などで複数者のマッシュアップによって制作された著作物の権利者は、利用規約等により譲渡等されていない限り、通常、書き込み等を行った個々の掲示板利用者であると掲示板の管理者や個々の利用者から認識されている。その点で特段の問題点の指摘はないようである。
  • マッシュアップによって制作された著作物を二次的に利用しようとする場合に、利用に困難が生じている点が問題点として指摘されている。このような著作物を二次的に利用したいとのニーズは実際にあり、利用のためには、個々の掲示板利用者に利用許諾を求める必要があるが、ハンドルネーム等で書き込み等がなされており、必ずしも権利者が明確になっていない。そのため、掲示板管理者にとっても、すべての権利者に連絡をとって、すべての権利者から許諾を得ることは事実上不可能に近いという指摘がある。また、利用者の投稿段階で同意する利用規約によって、譲渡やライセンスによって掲示板管理者が著作権を集中的に行使できる仕組みとする試みもこれまでにいくつかの事業者が行っているが、自己に著作権があることを前提とした利用者の反発から必ずしもうまくいっていないようである。

(2)共同著作物/二次的著作物のいずれと捉えるかについて

  • 『ウィキペディア(Wikipedia)』のように複数者のマッシュアップによって制作された著作物については、そもそも共同著作物とするか、二次的著作物が積み重なったものと考えるか、その切り分けが難しい。共同性の要件をどのように考えるかは難しい問題である。絵であれば複数人が同時に描くというのはわかりやすい。文章の場合には原稿を交換し合って書くので、厳密にいうと同時ではなく異時であるから二次的著作物ということもできるが、原稿の交換行為をトータルに見れば共同の創作行為とも考えることができる。ただし、その境界は曖昧である。

(3)共同著作物と捉えられる場合について

1非排他的ライセンスの場合の規定の在り方について

  • 共同著作物とすると、「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」(著作権法第65条2項)ため、過去に何らかの取り決めがない場合には、現状利用が困難である。非排他的ライセンスですら、共有著作権はその共有者全員の合意によらなければ、行使することができないという点については、緩めてもよいのではないか。排他的ライセンスあるいは譲渡の場合のみ共有者全員の合意を必要とし、非排他的ライセンスの場合には他の共有者の同意を必要としないようにしてはどうか。
  • 改変的利用については著作者人格権行使と考え、それについては著作権法第64条1項(共同著作物の著作者人格権は、著作者全員の合意によらなければ、行使することができない。)によって、著作者全員の合意が必要とする方法もある。

2共有者1人の許諾を得れば利用できるとした場合の問題点について

  • 米国法では、非排他的ライセンスなら、原則として共有者1人の許諾を得れば利用できる。その場合、ウィキペディアのような著作物が共同著作物だとすると、共有著作権者は多数にのぼるが、そのうち一人から許諾を得れば使えるということでよいのか。
  • 米国のように、共有著作権について、非排他的ライセンスなら、原則として共有者の一人でも許諾を取れれば、他の共有者にはコンタクトを取らずとも利用できるとすると、そのような共有者を持ったこと自体が問題ということになる。
  • 原則共有著作権者全員の同意を必要とし、各共有者は正当な理由がなければ拒めないという現行の日本法も悪くないのではないか。

3自己実施行為について

  • 自己実施行為についても他の共有者の同意が必要とされているのは厳しすぎるのではないか。日本法では、自己実施行為も第65条2項(共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。)にあたると解釈され、他の共有者の合意が必要となると考えられる。特許の場合、自己実施は各共有者が自由にできるとされている(特許法第73条2項)のは、権利の獲得・維持にコストがかかっているためと考えられるが、著作物に関しても、多数の共有者のうち一人でも反対すると自分でも利用できないというのは厳しいと考えられる。

(4)二次的著作物と捉えられる場合について

  • 二次的著作物とすると、別個に権利が発生し、個別の権利として積み重なっている部分について、一部の権利者の許諾だけで利用可能とするといった処理は難しい。共同著作物の方が現行の規定とも合うので使いやすいが、二次的著作物になると、原則、全員の同意がなければ使えないということになる。著作権法第65条を類推適用するという解釈もあるが、それはそれで問題が残る。
  • ウィキペディアのような著作物が二次的著作物となると、規約に同意しなければ書き込めないという対応とせざるを得ないのではないか。

(5)その他対応策について

1契約による解決について

  • 事業者によると、権利をサービス提供者側に帰属させることについてはユーザの反発が強く、規約で取り決めることは難しくなっているとのことである。同様にサービス提供の範囲外の許諾でも抵抗がある。そのため、権利はユーザに残しつつ、事前に使用許諾をもらっているので、サービス提供の範囲内では許諾がある、という記載で対応しているケースが多いようである。
  • 共同開発契約の場合、将来協調関係が壊れた場合に、共有著作権の相手方持ち分の買い上げについて規定を契約書に入れる方法はあるようである。ただし、その場合でも著作者人格権の問題は残る。

2一部の権利者が特定できない場合の利用について

  • オーファンワークス(orphan works、著作権者不明著作物)の議論にあるように、ある程度権利者を探して特定できなくても、事後的に使用料を支払えば利用可能となるといった対応がよいのではないか。

3一部の権利者が明確に反対している場合の利用について

  • 一人の権利者の保護も必要だが、その他の権利者の財産的利益についても保護が必要ではないか、という考え方もある。著作権者不明の場合は裁定制度等を利用できるが、一部の権利者が明確に反対している場合に、それを利用できるようにすべきかどうかについても1つの論点となる。ただし、著作権法が排他的許諾権を前提とする限り、一人でも反対したら使えないという問題は、従来から想定されていたはずである。そういった権利の性質を変えていくとなると、それだけの理由が必要になる。
  • 公表された著作物を放送しようとする放送事業者が放送の許諾に関して協議不調の場合の裁定の規定(著作権法第68条(注2))もあるが、放送事業者のポリシーの問題もあり、使われていない。
  • (注1)
    著作権法第68条第1項  公表された著作物を放送しようとする放送事業者は、その著作権者に対し放送の許諾につき協議を求めたがその協議が成立せず、又はその協議をすることができないときは、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者に支払つて、その著作物を放送することができる。

4製作者に権利を集中させる方法について

  • 著作権法第29条(注3)の映画の著作物の著作権の帰属のような解決方法はあるかもしれない。特定の著作物について、製作に参加を約束する場合、様々な著作権が製作者に帰属することとし、対価や補償についても規定することで、1箇所に権利を集中するという方法はあり得るのではないか。映画の場合、関係する権利が多いためこのような規定があるとの説明であれば、同様のことが言えるかもしれない。映画には監督、製作者等、指揮・監督があり、複数の著作者がランダムに書き込む場合とは状況が異なるが、考え方自体は、適用し得るケースもあるかもしれない。
  • (注1)
    著作権法第29条第1項  映画の著作物(第十五条第一項、次項又は第三項の規定の適用を受けるものを除く。)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。

5権利放棄、不行使について

  • 権利の放棄、不行使をあるかたちで行った場合、法的に撤回不可能なものとするという方法はあるのではないか。現時点では、撤回された場合にどのような扱いとなるかは明確でない。
  • 一定の秩序を保ちつつマッシュアップが行われている場合には、他者により利用され、互いに改変、編集されることを了承する等の条件の下で、権利行使がされていると考えられるから、権利の放棄や不行使が行われているわけではないのではないか。

6複数者のマッシュアップによって制作された著作物に侵害物が紛れ込んだ場合の対応

  • 紛争との関係では、侵害物が紛れ込んだ場合、窓口となった事業者等はその責任を負わされる可能性があるので、その点について対応を検討すべきである。
  • 一般著作権者の利益を守るために、窓口となった事業者等が一義的な責任を負うことを明確にし、バランスを取ることも考えられる。
  • 共同著作者の一人でも権利侵害があった場合に、本として出版等した場合でも、全体の利用が差し止めとなってよいのか、といった問題がある。

7国際的な利用が想定される場合について

  • 今後、国際的な利用が想定される場合には、それに応じた契約としなければならないという問題点がある。
  • 国際的な利用に関して契約は難しいのではないか。準拠法次第では、想定した通りにならないこともありえる。フランスの著作権法では、著作権を譲渡する際に書面をつくっていなければ移転していないことになる、移転していないがライセンスはしたことになる等、実務上は解決しなければいけない点が多くあるのではないかと思われる。ウィキペディアのように複数者のマッシュアップによって制作された著作物について規約で解決しようとしても、どの国の著作権法が適用されるかによってはいろいろと問題が生じる可能性がある。

8権利処理に間違いがあった場合の免責について

  • 本来的には規約である程度カバーできると思われるが、立法対応が必要だとすれば、誰かがまとめて権利処理した際に処理間違いがあった場合、どのように免責するかという点ではないか。著作権の場合、自称権利者が出てくる可能性があり、使用料の分配等に間違いがあった場合に、どの程度であれば免責するかが法的に明確になれば、事業者としては窓口権を取ってビジネスを進めるインセンティブになるのではないか。