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4契約利用ワーキングチーム


2 検討内容

(1).著作権法と契約法の関係について(いわゆる契約による著作権法のオーバーライド)

1現行制度

 著作権法は、第2章第3節第5款(第30条以下)に「著作権の制限」を規定しており、私的使用のための複製(第30条)、図書館等における複製(第31条)、引用等の利用(第32条)等が認められている。制限規定が置かれている趣旨及び目的は、規定ごとに異なる。

2問題の所在

 制限規定に関しては、制限規定により認められる著作物の利用を禁止又は制限する内容の契約が有効かという問題があるとされる。
この問題は、一般に「契約による制限規定のオーバーライド問題」と呼ばれており、そもそも著作権法制定時から想定可能な問題ではあったが、我が国においては、近年になって、後述する米国におけるProCD事件でシュリンクラップ契約の成立性が肯定されるといった流れの下、UCITA(Uniform Computer Information Transactions Act;統一コンピュータ情報取引法)制定過程での議論、欧州におけるコンピュータ・プログラム指令、データベース指令等を巡る議論等が紹介される中で、制限規定と契約法との関係に関して先行的研究と問題提起がなされている。

3過去の検討

 ・著作権制度審議会答申(昭和41年)

 旧著作権法時代も含めて、制限規定により認められる著作物の利用を禁止又は制限する内容の契約が有効であるかどうかについての議論はなかったと言ってもよいようである。昭和41年の著作権制度審議会答申及び答申説明書も、制限規定と契約の関係について言及していない。

 ・コンピュータ・プログラムに係る著作権問題に関する調査研究協力者会議(平成6年)

 「契約による制限規定のオーバーライド問題」については、プログラムの著作物の著作権の制限に関する検討の過程において、平成6年の上記協力者会議において検討された。
 コンピュータ・ソフトウェアは、小売店においてパッケージ製品として販売されるが、製品のパッケージを開封した場合に、購入者はソフトウェアの製造会社と、パッケージに印刷してある条件について合意したとする、いわゆる「シュリンクラップ契約」の形で、様々な使用条件を付けて提供される場合が多い。そして、その使用条件には、制限規定によって認められる利用を禁止等する条項や、著作権の内容にない行為について使用許諾を与える条項等がしばしば存在する。
 このように、制限規定で認められる利用を行う者に対して、著作権者やソフトウェアの製造業者が、直接契約関係を構築することを求めることが可能になったことを背景に「契約による制限規定のオーバーライド問題」に注目が集まることになったとも言える。
 協力者会議の結論は、この問題は論理的にはプログラムの著作物に限らない問題であること、各制限規定の趣旨、目的及び契約の実態等について詳細な検討を行う必要があること、当面は今後の判例等の蓄積を待つことが適当であることを述べ、法改正につながる結論を出すには至らなかった。
 また、「シュリンクラップ契約」については、「プログラムの使用者と権利者との間の契約が法律上有効に成立しているかどうかについて極めて疑問がある」との意見が有力であり、契約条項の有効性の議論以前の問題として、そもそも契約の成立性が問題とされる状況であった。

 ・技術的保護手段と制限規定との関係

 制限規定により認められる利用を禁止等することができる有力な方法としては、契約の他に技術的保護手段がある。コピープロテクションと呼ばれる著作物を含む情報一般の複製を規制する技術やアクセスコントロールと呼ばれる情報へのアクセスを規制する技術が一般的である。
 これら技術的保護手段が契約法との関係で重要なのは、技術的保護手段を用いることにより、一般的な技術レベルしか有しないユーザーに対して、契約の締結を強制することが容易になるという事実である。
 確かに、契約によるオーバーライドの問題は、コンピュータ・プログラムが著作権法で保護される前後から検討がなされるなど、従前から存在した。しかしながら、技術的保護手段の問題が登場したこと、加えてインターネットの爆発的な普及により、コンテンツそれ自体の取引が容易になったこと等により、それが一般ユーザーレベルにまで拡張し、問題がより一層顕在化したと指摘できる。

 著作権法は、事実を知りながら技術的保護手段の回避を行うことにより私的使用のために著作物を複製することを著作権の制限から外している(第30条第1項第2号)。この前提として、著作権法(第120条の2第1号、第2号)と不正競争防止法(第2条第1項第10号、第11号)によって技術的保護手段の回避を目的とする機器の公衆への提供が規制されている。
 なお、平成9年から平成10年に開催された著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ(技術的保護・管理関係)において、制限規定により認められる利用を技術的保護手段により禁止している場合に、技術的保護手段を回避して当該利用を行うことを著作権侵害とすべきかどうかの検討が行われた。ただし、技術的保護手段により著作権の制限により許される複製等をできないようにすることについては「当然できる」と考えているため、検討はしていない。

4検討内容

 ・検討の前提

 「契約による制限規定のオーバーライド問題」は、我が国においては以上に述べたような形で論点として登場したが、その後米国におけるProCD事件においてシュリンクラップ契約の成立性と有効性が承認され、次いで情報取引を規制する新規立法(UCITA)を巡る議論が我が国に紹介される過程において、1990年代後半から再び問題提起されている。
 この問題は、換言するならば、著作権法が何らかの形で自由利用を認めている領域について、契約によって当該利用を「規制」することは可能であるかどうか、仮に可能である場合には、その限界をどこに見出すべく法制度の整備を行うのかということである。
 なお、自由利用が認められる領域としては、著作権法が認める制限規定に限定列挙された類型の利用の他、著作権の保護期間が満了した著作物の利用、そもそも著作権が発生しないもの(事実情報などの創作性が否定されるもの)の利用等、様々である。最終的には、契約法との関係について、これら全てを統一的に把握する横断的考察がなされることが望ましいものの、これらの問題についての議論が乏しい我が国においては、自由利用が認められる著作物等の特質ごとに考察を行うことが先決であり、統一的な問題分析は、かかる基礎的な作業の後になされるべきものである。そこで、ここでは主として、制限規定により認められる著作物の利用と契約法との関係について検討し、それ以外の自由利用が認められる領域についての詳細な検討は今後に委ねることとする。

 はじめに、平成6年以降の前提となる状況の変化、米国及び欧州における議論を概観し、特に米国における議論が我が国著作権法制との関係でどのような問題として設定されるべきかを検討する。

 ・我が国の状況等

 平成6年当時、「契約による制限規定のオーバーライド」が論点となった背景には、コンピュータ・ソフトウェアの販売に際してのシュリンクラップ契約の存在があった。シュリンクラップ契約については、現在においても、一般公衆向けのコンピュータ・ソフトウェアの販売形態として一般的である。加えて、1990年代後半以降インターネットが普及し、インターネット上で著作物等に係る取引が行われており、クリックラップ(クリックオン)契約注釈63と呼ばれる契約形態が登場している。
 当初、その成立性について疑問視されていたシュリンクラップ契約であるが、現在、我が国においては、シュリンクラップ契約やクリックラップ契約の成立の有効性については、経済産業省の「電子商取引等に関する準則」によって、一定の要件を満たしていれば成立を肯定する考え方が示されている注釈64

 このように、我が国においては平成6年以降現在にいたるまでに、シュリンクラップ契約以外に、インターネットの登場とそれを介した著作物等の取引に関してクリックラップ(クリックオン)契約と呼ばれる新たな契約形態が登場したこと、シュリンクラップ契約等の成立性について議論が進展したという2つの状況の変化があった。特にシュリンクラップ契約等の成立性についての議論の進展は、契約内容に関する議論の必要性を更に高めたと言える。

 ・米国における議論

ア.シュリンクラップ契約の有効性の議論
 米国においては、1996年のProCD事件上訴審判決注釈65により、シュリンクラップ契約の成立性と有効性が承認されるに至った。ProCD事件において問題となった点は、事実情報を集積したデータベースの利用行為に関してであり、日本法の文脈で捉えるならば、制限規定の問題が直接に関係するものではない点に留意が必要であるが、契約の成立性が承認されたという点は重要と考えられる。後述するUCITA制定を巡る議論においても、ProCD事件でシュリンクラップ契約の成立が認められたことは少なからぬ影響を与えている。

イ.米国著作権法
 米国著作権法は、排他的権利の制限として公正使用(Fair Use)の規定(第107条)を置いているが、米国では、制限規定は強行規定かといった議論は一般的には行われていない注釈66

ウ.UCITAを巡る議論
(ア)UCITAの成立経緯
 米国においては、契約法の一般的な規律を行うものとして、UCC(Uniform Commercial Code;統一商事法典)があるが、これは原則として有体物(あるいは有体物と役務の混合)の取引を規整するものである。情報が有体物に化体して取引される以上は、UCCの適用が認められる(現にProCD事件で問題となったのは、統一商事法典の第2編であった)が、情報それ自体が取引の対象となる現代社会において、その法的規整を行う一般的な制定法が必要であるという認識が高まり、当初は、UCCの第2編を改正するという形で立法作業が開始された。
 この改正作業は、NCCUSUL(National Conference of Commission on Uniform States Laws;全米統一州法委員会全国会議)及びALI(American Law Institute;米国法律協会)で検討が進められたが、立法過程は紆余曲折を極め、最終的にはUCCに盛り込むことは断念され、UCCとは独立したUCITA(Uniform Computer Information Transactions Act;統一コンピュータ情報取引法)としてNCCUSULで成立した。現在、州レベルで採択が進みつつある。

(イ)UCITAにおける論点
 UCITAにおいて興味深いのは、マスマーケット・ライセンス(Mass-Market License)について規定した第209条、そして「基本的な公共政策(Fundamental Public Policy)」に反する契約を無効化することを規定した第105条である。第209条では、契約条件がライセンスの一部にならないと掲げられているところの「非良心的(unconscionable)な契約条件、又は第105条(a)(連邦法による専占(Preemption)の場合)若しくは(b)(基本的な公共政策(Fundamental Public Policy)に反する場合)に基づき実施できない契約条件」が問題となる。
 いかなる契約条項が、有効又は無効とされる可能性があるのかに関し、オフィシャル・コメント注釈67によれば、「マスマーケット取引の場合、複数のコピーを作成すること、商業的な利用を禁止すること、情報にアクセスできる利用者の数を制限することといった条項は有効である。」と説明される。その一方で、リヴァース・エンジニアリング、教育や批評の目的で引用すること、図書館のライセンシーがバックアップコピーを取ることといった行為を禁止する条項は、「通常は(ordinarily)」無効とされると説明する。続けて、多くの領域における公の情報政策は絶え間なく変化しており、広く議論されていると述べ、その後にリヴァース・エンジニアリングに関する制限条項は無効とされるべきという点に関してのコメントが続く構成になっている。この点は、第118条で「互換性(Interoperability)」と共に再度確認されている。

 このように、オフィシャル・コメントにおいては、幾つかの類型について具体的に有効又は無効となる契約条項が列挙されているものの、それらの類型に対しても、「通常の場合には(ordinarily)」という文言が再三に渡って用いられており、常に無効となるとまでは言い切っていない。なお、リヴァース・エンジニアリングに関しては、繰り返し述べられていることから、一般的にそれを制限する契約条項は無効とされるべきなのだろうということは看取し得る。

 ・欧州の動向

 欧州においては、1991年のコンピュータ・プログラム指令、1996年のデータベース指令等が、それらの法が認める一定の利用行為に反対する契約は無効である(null and void)と説く(例えば、前者においては、リヴァース・エンジニアリングの際に問題となる逆コンパイルがそれに当たる(コンピュータ・プログラム指令第6条))が、各国が国内法化する過程において対応に違いが生じているようである。
 この点、データベース指令に対応する形で改正がなされたベルギー著作権法が、教育目的や科学研究、行政手続や司法手続等での複製等について強行性を認める対応を行っている点が注目される(第23条の2)。その他、ドイツ著作権法が、「独立して作成されたコンピュータ・プログラムと他のプログラムとの互換性を確保するために不可欠な情報を得るためには」という条件つきで、逆コンパイルを許容する立法を行っている(第69e条)。


注釈63 クリックラップ(クリックオン)契約とは、例えばコンピュータ・ソフトウェアのインストール途中に画面に現れる利用に係る文書を読み、「同意する」というボタンを押すことをもって、画面に表示された条項に合意したものとする契約をいう。
注釈64 「電子商取引等に関する準則」平成16年6月版 経済産業省87頁以下
注釈65 ProCD, Inc. v. Zeidenberg, 86 F.3d 1447 (7th Cir. 1996).
注釈66 この点、米国著作権法第107条が定める公正利用(Fair Use)に倣い、一定の場合には、公正な契約違反(Fair Breach)を認めるべきであるという議論もないわけではないが、一般的な承認を得られる状況にはないと思われる。ここで興味深いのは、ProCD事件における議論において、契約法にとって創造される権利が、連邦著作権法によって専占(preempt)される権利と「等価(equivalent)」なものであるかという議論がなされている点である。これは連邦制という政治システムを有する米国に固有の議論に根を持つという意味でこの議論を直接に日本に持ち込むことはできないが、著作権法と契約法との関係性を考察する上で大変に示唆的であると考えられる。今後の研究が待たれる。
注釈67 NCCUSULによる条文の注釈


5検討結果

 米国における議論を概観したかぎり、特定の類型が無効となるという一義的指針を得ることはできず、この問題を我が国において議論するに当たって、我が国著作権法の制限規定は強行規定か否かという問題設定を行うことには困難も予想される。もっとも、欧州におけるコンピュータ・プログラム指令、データベース指令における議論では、ある特定の類型が強行性を有すると規定されるケースも見受けられ、米国における議論だけが普遍的であると考えるのには留保が必要である。
 現段階で重要なことは、米国における議論にせよ、ヨーロッパにおける議論にせよ、かかる議論が本格的になされていない我が国においては、以下に述べる作業を着実に行うことであると思われる。その過程において、ある特定の利用類型について強行規定とすべきと考えられるならば、その旨を立法することで対応すべきである。

 今後、検討しなければならない点は、著作物の利用に関し、ある種の契約は無効としなければならないのではないか、その要素としてはどのようなものが考えられるかということである。米国では、UCITA第105条に、契約成立の有効性に関する一般条項があり、これにより無効となる契約の類型を、著作権法の考え方も1つの判断要素として議論している。以下、これらの諸問題を3つの段階に分けて論じることとする。

 第1に、この問題を「制限規定が強行規定か否かという問題」として議論した場合、結論としてある制限規定が強行規定であるという場合には、契約における他の要素を一切考慮することなく、当該強行規定に反する契約は無効となるのだが、どのような場合にあっても絶対に無効であると言えるような制限規定が著作権法に果たしてあるだろうかという点である注釈68。とりわけ欧州の議論から伺えるように、制限規定について個別に検討し、強行規定である制限規定を抽出する作業を行うことも可能である点は前述のとおりであるが、この洗い出し作業を行うには、さらなる検討が必要である注釈69

 第2に、本問題の大前提として、著作物の利用に関して、ある種の契約は無効となるべきではないかという問題意識が存在するのであり、従ってこの問題は、制限規定も一つの契約無効を判断する要素としつつ、いくつかの要素から判断して「一般的に」無効となると考えるべき契約としてどのようなものがあるか、また、制限規定以外の判断要素としてどのようなものが考えられるかという点から検討がなされるべきである。

 第3に、これらの諸要素を確定させた上で、契約の有効性に関する判断についての立法的対応が必要か(民法第90条、あるいは消費者契約法第10条で対応するのか、それだけでは足りないとして著作権法に契約無効に関する何らかの一般条項を置くのか)を検討すべきである。

 なお、制限規定との関係を直接的な要素とはしないものの、保護期間の満了した著作物、非著作物の利用契約についても、今後の作業の見通しのために若干記述する。
 保護期間の満了した著作物が契約によって流通する形態は、現在においても、保護期間の満了した映画や音楽の複製物等の流通や絵画等のアーカイヴといった領域で見受けられるところであり、また非著作物に関しても一般に契約を通じた利用がなされていることから、このような情報等の利用に関する法的規整について検討することも必要であると思われる。なお、データベース等を通じた利用がなされているという場合には、個々の情報の利用に関する法的規整の検討に加えてデータベースの法的保護との関係といった問題も念頭に置いた検討がなされるべきである注釈70


注釈68 例えば、裁判所が契約無効の判決する場合、強行規定(民法第91条)違反だけを理由とすることはほとんどなく、様々な理由を挙げて、公序良俗違反(民法第90条)を用いて無効とすることが一般的である。
注釈69 コンピュータ・プログラムにおけるリヴァース・エンジニアリングに関しては、一定の類型(例えば、互換性確保の目的)に限定し強行性を有すると規定する可能性が残されていることは、米国、欧州の議論からも伺えるところである。
注釈70 米国においてシュリンクラップ契約の成立が認められたProCD事件で問題となったのは、事実情報を集積したデータベースの利用行為に関してであったという事実は示唆的であろう。この問題は、本来、不正競争法(米国での不正領得法理(Misappropriation))との関連性も深く、総合的な視野に立った考察が必要である。


【参考資料】

・コンピュータ・プログラムに係る著作権問題に関する調査研究協力者会議報告書
─既存プログラムの調査・解析等について─ 平成6年5月文化庁
2 権利制限規定の性格
(1)問題の所在
 著作権法第47条の2をはじめとする著作権法上の各種の権利制限規定について、当該規定によって許容されている行為を契約により禁止することができるかどうかという問題がある。
 特に、パッケージ・プログラムの場合、いわゆるシュリンク・ラップ・アグリーメントの形式で提供されているケースが多いが、その中には著作権法上の権利制限規定によって許容されている行為を禁止するような条項が盛り込まれている場合があり、その場合の権利制限規定との関係が問題になるとの指摘がある。

(2)略

(3)権利制限規定の性格についての考え方
 この問題については、次のような意見があった。
ア.  著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約は有効である。もっとも、この契約に反する行為は著作権侵害となるわけではなく、契約違反となるにとどまると解する。[また、契約に関する一般法理により、その内容が公序良俗に反する場合は無効となることもあり得る。]
(理由)  著作権法上の権利制限規定によって許される行為であっても、当事者が合意したのであれば契約により禁止することに問題はない。規定に反する契約が無効であるとするには、相当な公益上の合理的理由が必要であるが、著作権法上の権利制限にそこまでの合理的理由は認められない。なお、契約に反する行為は著作権侵害ではないとすれば、刑事罰の適用において法的安定性を欠くという問題も生じない。

イ.  著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約はその限りにおいて無効である。
(理由)  権利制限規定は著作物の公正な利用という観点から設けられるものであり、それに反する契約は無効とすべきである。規定に反する契約が有効であるとした場合は、結局、契約に縛られることとなるので、規定の意味がなくなってしまう。

ウ.  著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約の効力については、規定の設けられている趣旨、著作物の性格、利用の態様等に応じて判断されるべきである。
(理由)  権利制限規定は、各規定ごとにその趣旨が異なるものであり、また、同じ規定であっても適用される著作物の性格によって許容される範囲が異なるものである。したがって、規定に反する契約の効力については、このような様々な要素を考慮して具体的なケースに応じて判断すべきである。
 なお、パッケージ・プログラムのシュリンク・ラップ・アグリーメントについては、そもそもこれにより使用者と権利者との間の契約が法律上有効に成立しているかどうかについて極めて疑問があるとの意見が多かった。また、仮にシュリンク・ラップ・アグリーメントが契約として有効に成立しているとした場合でも、プログラムに係る著作権法上の権利ではないその使用に関する契約上の権利と著作権法上の権利とを明確に区別していない等、その内容についての問題点が指摘された。

(4)結論
 本協力者会議においては、この問題はプログラムに固有の問題ではなく著作物一般に関する問題であり、各権利制限規定の趣旨、目的及び契約の実態等について詳細な検討を行う必要があり、当面は今後の判例等の蓄積を待つことが適当と考える。
 なお、シュリンク・ラップ・アグリーメントについては、実務関係者において、契約法上の見地から現在の内容を調査し、適切な契約の在り方を検討することを期待する。


 ・著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ(技術的保護・管理関係)報告書 平成10年12月10日
第5節 規制の対象とすべき行為
4.権利制限規定との関係
 現行の著作権法は、著作権者等に複製権等の排他的権利を付与する一方で、権利制限規定を設け、著作物等の公正利用等様々な観点から、私的使用のための複製、図書館や教育機関での複製、引用等、一定の場合には、著作権等を制限し、著作権者等の許諾がなくとも複製等の利用を行うことを適法としている。
 このため、技術的保護手段が施されている著作物等について、技術的保護手段の回避を伴って利用を行うことも、権利制限規定の範囲内とすることが適当かどうかという問題がある。
 権利制限規定は、著作物等の公正な利用を図るという観点から設けられているが、その趣旨は様々であり、(a)著作物等の利用の性質からして著作権等が及ぶものとすることが妥当でないもの、(b)公益上の理由から著作権等を制限する必要があると認められるもの、(c)他の権利との調整のため著作権等を制限する必要のあるもの、(d)社会慣行として行われており、著作権等を制限しても著作権者等の経済的利益を不当に害しないと認められるもの、というような趣旨に基づいて設けられていると考えられる。
 このうち、私的使用のための複製については、次のように考えられ、技術的保護手段の回避を伴ってまで行われる複製についてはこれを適法な複製として認めることは適当ではないと考えられる。
 そもそも私的使用のための複製を認めている趣旨は、上記(a)に該当し、個人や家庭内のような範囲で行われる零細な複製であって、著作権者等の経済的利益を害しないという理由によるものと考えられる。一方、技術的保護手段が施されている著作物等については、その技術的保護手段により制限されている複製が不可能であるという前提で著作権者等が市場に提供しているものであり、技術的保護手段を回避することによりこのような前提が否定され、著作権者等が予期しない複製が自由に、かつ、社会全体として大量に行われることを可能にすることは、著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあると考えられるため、このような、回避を伴うという形態の複製までも、私的使用のための複製として認めることは適当ではないと考えられる。なお、現行著作権法においても、公衆用自動複製機器を用いて行う複製については、社会全体として大量の複製を可能ならしめ、著作権者等の経済的利益を著しく害する形態の複製であるとして、私的使用のための適法な複製から除外されているところである。一方、私的使用のための複製については、幅広い観点から、デジタル化・ネットワーク化の進展とそれに伴う著作物等の利用形態の変化をふまえ、権利者と利用者のバランスを考慮した全体的な見直しが必要であるとの意見、回避を伴う複製を規制することについてのコンセンサスが必ずしも社会一般に形成されているに至っていないとの意見等もあったところである。
 図書館等における複製や教育機関における複製等公益上の理由から認められている権利制限規定に基づく利用については、当該規定が設けられている趣旨が、原則として、公益を著作権者等の意思に優先させているものと考えられることから、また、引用等社会慣行として行われており、著作権等を制限しても著作権者等の経済的利益を不当に害しないとして認められている権利制限規定に基づく利用については、技術的保護手段の回避を伴う利用であっても、著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあるとまでは現状では言えないと考えられることから、それぞれ規制の対象とすることは適当でないと考えられる。一方、これらの場合においても利用実態をよく見極めた上で公益性そのものの見直しを行うべきとの意見もあったところである。
 なお、上記(a)の趣旨に該当する権利制限規定には、プログラムの著作物の複製物の所有者によるバックアップやバージョンアップ等のための複製等も該当するとも考えられるが、この場合の複製等は利用に必要と認められる限度において認められるものであり、例えばゲームソフトのバックアップ等のような複製はこれに該当しないと考えられていること、所有者自身の複製等の行為であること等から見て、必ずしも著作権者等の経済的利益を著しく害するとは言えず、規制の対象とすることは適当ではないと考える。

(2)著作権法第63条第2項の解釈について(許諾に係る利用方法及び条件の性質)

1現行制度

 著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができ(第63条第1項)、 許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる(第63条第2項)。

2問題の所在

 著作物の利用許諾(ライセンス)契約では、複製、上演、貸与、放送等の、著作権法が著作者に排他的な利用を認めている利用形態のいずれを許諾するのかを明確にしている条項の他、利用部数、演奏回数、利用場所、利用時間、対価の額等やさらに各利用形態を細分化した条項等様々な事項を定めることが一般的である。
 著作権法第63条第2項は、「許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる」と規定しているが、次の点について解釈が明確でないという問題があるとされる注釈71
(1)第63条第2項の「利用方法及び条件」には、利用許諾契約で定められている全ての条項が該当するのか。
(2)第63条第2項の「利用方法及び条件」の範囲に反して著作物を利用した場合、ライセンシーは、著作権侵害を問われるのか。
(3)これに付随して、ライセンシーの契約違反を理由に契約を解除した場合、解除前に行った利用は著作権侵害となるのか。


注釈71 特許法では、第78条第2項が著作権法第63条第2項のような規定ぶりではないにもかかわらず同種の問題が指摘されている。ここでは通常実施権は、差止請求権等の不作為請求権であるとの前提に立ち、通常実施権契約で定めがない場合に実施許諾者は実施協力義務、登録義務、ノウ・ハウ提供義務、侵害排除義務等は当然には負わないと結論し、通常実施権そのものと契約の問題を明確に区別する。(中山信弘「工業所有権法上 特許法 2版増補版 444頁」)
 また米国においては、著作物利用許諾契約における「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の区別について、連邦著作権法と州の契約法との適用関係として議論がある。


3立法趣旨

 ・旧著作権法及び著作権制度審議会答申(昭和41年)

 旧著作権法は、著作物の利用の許諾についての規定を置いていない。
 著作権制度審議会答申においても、利用の許諾に関する答申はなく、答申を受けて作成された文部省試文化局試案(昭和41年10月)においても、利用の許諾に関する条文案はない。
 しかしながら、その後の検討において、「権利行使の最も普遍的かつ普通の態様である利用許諾の規定がないということは適当ではない」とされ、現行著作権法第63条第1項から第4項と同様の条文案が作成された。しかし、第1項及び第2項については、当たり前のことを確認的に規定したものとして理解されていたようであり、当該条項についての議論は見あたらない。

 ・著作権法改正(平成9年)

 第2項に関連する規定として、第63条第5項が平成9年の著作権法改正で追加されている。第5項は、送信可能化の許諾にかかる利用方法及び条件のうち、送信可能化の回数、又は送信可能化に用いる自動公衆送信装置に係るものについては、これに反しても公衆送信権の侵害とならないと規定している。

4検討内容

 ・考え方の整理

 第63条第2項の考え方としては、第1に、(ア)「利用許諾契約で定める事項は全て第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であるとする考え方」があり得る。この考え方は、さらに次の2つに分けられる。(1)「許諾に係る利用方法及び条件(=利用許諾契約で定めた事項)」にライセンシーが違反した場合、全て著作権侵害となる。(2)「許諾に係る利用方法及び条件(=利用許諾契約で定めた事項)」にライセンシーが違反しても、著作権侵害になる場合とならない場合がある。
 (1)については否定的な見解が多い。例えば、出版物や録音物の譲渡先や譲渡場所を限定する事項については、譲渡権の規定の趣旨からも、それが著作権侵害になることはないとする説明が一般的である。
 (2)を採る場合、第2項は「利用者は契約を守らなければならない」という一般的なことを確認的に規定する条項に過ぎないということになる。

 第2の考え方は、(イ)「利用許諾契約で定める事項のうち、ライセンシーが違反すると著作権侵害になるものだけが、第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であるとする考え方」である。この考え方を採ると、第2項は、「許諾に係る利用方法及び条件」に反して著作物を利用することは著作権侵害であると規定する条項ということになる。
 しかし、この場合、許諾契約で定める事項のうち、何が著作権侵害となる事項であるか、つまり、何が「許諾に係る利用方法及び条件」であるかが、少なくとも条文上明確ではないという問題がある。
 従って、(ア)(1)の考え方を採用しない限りにおいては、第2項に規定する「許諾に係る利用方法及び条件」の文言を解釈することに実質的な意味はなく、むしろ、第2項に関しては、利用許諾契約で定める事項のうち、「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」が明確化されることに意味がある。

 ・利用許諾契約の解除とその効果

 利用許諾契約において定めた事項の違反が著作権侵害とならないとしても、当該事項に違反したことをもって著作権者が利用許諾契約を解除できる場合には、解除の効果が解除前に行った利用行為について遡及する(例えば、契約関係が当初から存在しなかったことになる)とすれば、当該利用行為は結局著作権侵害となるとも考えられる。
 そして、この場合には、利用許諾契約において定めた事項の違反が、著作権侵害となるかならないかに関係なく、利用許諾契約の解除によって利用者の著作権侵害を問うことができることとなるので、(4)1における分類は意味をなさなくなり、むしろ、利用許諾契約を解除できる契約違反として、どのようなものが認められるかが重要となる。
 第5項についても、「送信可能化の回数」と「送信可能化に用いる自動公衆送信装置」に係る利用方法及び条件についての契約違反を理由に利用許諾契約を解除できるのであれば、解除の効果によっては、規定の実質的な意味がなくなるおそれがある。

 従って、今後、どのような場合に利用許諾契約を解除できるのか、利用許諾契約の解除がどのような効果をもつのかについて検討する必要がある。例えば、継続的利用許諾契約の解除の効果、利用により作成された著作物の複製物を購入した第三者への効果、刑事罰の適用などについて整理が必要である。

5検討結果

 一般的な著作物の利用許諾契約では、複製、上演、貸与、放送等の著作権法が著作者に独占を認めた利用形態のいずれを許諾するのかを明確にしている条項の他、利用部数、演奏回数、利用場所、利用時間、対価の額等やさらに各利用形態を細分化した条項等様々な事項が定められている。
 このうち、対価の額等やさらに各利用形態を細分化した条項等については、これらの条項に違反したからといって著作権侵害とはいえず、従って、通常の利用許諾契約には著作権者が著作権に基づく差止請求権を行使しない旨を定めた著作物利用適法化条項と、対価の額等の契約解除事由にしかならない単なる契約事項があるといえる。
 第63条第1項の「許諾」は、契約の他に単独行為によっても可能であると解されている。従って、第62条第2項でいう「許諾に係る利用方法及び条件」を著作権者が単独行為で決められることに限定し、著作権者が差止請求権を行使しない範囲のみが第63条第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であり、これ以外は単なる債務不履行の問題であると考えても不自然ではない。

 しかし、上記(4)1考え方の整理で述べたように、どの立場を支持するかは重要ではなく、実質的な意味は「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の峻別である。
 第63条2項の問題は、特許法と同様、現時点では直接的に立法的解決を図る必要性に乏しく、契約の解除の効力の問題を含めて、解釈論に任せるべき事項であると考える。

 ただし、一方で利用許諾契約における利用者の保護の問題において、著作権者の破産や、著作権者が第三者に著作権を譲渡した場合に利用者の著作物利用を保護する制度の導入について検討が行われている。そこでは、利用許諾契約の契約上の地位の承継の問題と、許諾の対抗の問題を分けるべきであるとの議論もある。今後、この議論に際し、上記の「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の峻別が必要になってくる可能性があるので引き続き注意すべき事項であるといえる。

(3)著作権の譲渡契約の書面化について

1現行制度

 著作権は、著作権者による任意の移転が可能である(第61条1項)。そして、著作権の移転は、所有権その他の物権の移転と同様、当事者の意思表示のみによって効力を生じる。すなわち、著作権の売買、交換、贈与、信託等の契約(譲渡契約)成立により移転する。ただし、著作権の移転は、登録しなければ第三者に対抗することができない(第77条)。
 我が国においては、一般的に売買等の契約は当事者の意思の合致で成立し、契約書の作成は契約成立の要件ではない。

2問題の所在

 著作権の譲渡について書面により当事者の意思が明確に確認されないことにより、後日、その契約の解釈について問題となることが多いとされる。そして、この問題は次の2つに場合分けすることができる。

 ・譲渡された権利の範囲等の明確化の問題

 第1に、契約が譲渡契約であるということについては争いがないが、譲渡した著作権の範囲や条件等について事後に争いがある場合である。
 これは、ア.譲渡に際しての著作権の細分化が相当程度自由に認められていることや、イ.著作物の利用が技術の進歩や社会の変化により多様化するため当初契約に含まれていたかの判断が難しい新しい利用(媒体・形態)の登場が避けられないこと等に起因する問題であると思われる。ただし、これは譲渡特有の問題ではなく、利用許諾においても同様の問題が生じる注釈72

 ・契約が譲渡契約であったかどうかの問題

 第2に、契約が譲渡契約であったかどうかを争う場合である。
 例えば、著作物の制作を第三者に委託する制作委託の場合の著作権の帰属を巡る問題がある。著作物の制作委託契約において、委託者と受託者が、契約時に著作物の著作権の帰属を明確化しないことにより、委託時に両当事者が明確に認識していた利用については(少なくとも利用許諾は認められるだろうから)争いは生じないが、それを超えた利用を行う場合に顕在化する問題である。
 また、出版業界等における「買取契約」と呼ばれる契約も、原稿、写真、イラスト等の著作権の譲渡契約であったのかどうかが問題となりやすい。
 これらの問題は、譲渡に特有の問題であると思われる。
 また、これらの契約の解釈という問題の他に、あまり論じられることはなかったが、譲渡契約時の弱者保護の必要性や諸外国との法制度の調和という問題もあると思われる。


注釈72 社団法人 日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)は、「著作権法改正に関する要望事項」として著作権等に係る契約の要式化が出されているが、譲渡に限らず利用許諾を含む要望であること、また理由の中に著作物等の多種多様な利用形態の登場をあげていることから、特に1の問題についての要望であると考えられる。


3検討内容

 ・契約書作成の効果等

 具体的検討に先立ち、契約書作成の効果と当事者に契約書を作成させる立法手段を整理してみたい。
 契約書を作ることの効果としては、一般的には、契約当事者の意思を明確にする効果、契約締結時に当事者に慎重な判断を促す効果、訴訟等の争いになった場合の証拠としての効果、契約書を提示することで譲受人が第三者に対し自らが権利者であることを公示する効果等があると考えられる。また、当事者に契約書を作成させる立法手段としては、以下のような方法が採り得るだろう。
 ア.要式契約とする(契約書がなければ契約は成立しないとする。)。
 イ.諾成契約であるが、書面作成義務又は書面交付義務を、両当事者又は一方に課す。
 ウ.契約書がない場合、裁判所が契約の存在をみとめない。
 エ.その他

 ア.については、契約は当事者の意思表示の合致により成立するという原則を変更して、要式契約とすることには相当の理由が必要であるし、契約書がなければ契約の成立をみとめないとすることまで必要かどうかの検討が行われなければならない。
 イ.については、このような立法例は、特に事業規制として我が国にも見られるところであるが、いずれにせよ必要性について十分な検討を行わなければならない。
 ウ.については、我が国の訴訟における自由心証主義の例外として、書証主義をとることになるので、アと同様に相当の理由が必要であろう。

 ・過去の検討の整理

 過去2回の検討は、いずれも契約の要式化について検討しているが、著作権制度審議会では譲渡契約のみを、著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループでは利用許諾契約を含む著作物に係る利用契約全般を対象としている。
 従って、特に著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループにおける議論は、(2)1の問題についての議論であったと考えるべきであろう。一方、著作権制度審議会における議論では、要式契約化の意義を、当事者間の関係を明確にして将来における紛議を回避し、また、紛争が生じた場合における事実認定を容易にする等の点に認めていたようであり、それが(2)の12のどちらを念頭においていたのかは明らかではないが、おそらく両者を区別せずに議論していたものと思われる。ただし、「書面による契約を期待すること」ができない譲渡契約の実態に言及している点は、主に2を念頭にしていたと思われる。

 また、いずれの議論にも共通することは、要式契約化(すなわち、契約書のない契約の成立を認めないこと。)について、そこまでの必要性を認めていないということ、そして著作権だけの特別なルールを作ることについては消極的であったということである。
 我が国では、例えば不動産の所有権の譲渡契約についても諾成・不要式契約であるし、特許権の譲渡契約についても、登録しなければ移転の効力を生じないが、口頭の譲渡契約であっても無効ではなく、譲渡人は、譲受人に対して移転登録手続を行うべき契約上の義務を負う。そうすると、なぜ著作権の譲渡契約についてのみ書面を要求し、要式契約とする理由の説明は難しい。もっとも、不動産については登記することが一般的であるし、特許権については登録しなければ特許権が移転しない等、契約自体の成立とは別の面で当事者合意の書面による明確化が図られる仕掛けとなっている(書面がなければ登記又は登録を行うことができない)一方、著作権は登録が第三者対抗要件となっているがほとんど登録が利用されておらず、補完的役割を担っていないという違いもある。
 また、著作物の制作委託等の契約を行う際には、契約内容の具体的な条項の詰めを行う前に、受託者が著作物の制作に取りかかる場合も多いが、このように契約の履行行為が契約書の作成に先行するということは、著作物の制作委託に限らず我が国の契約実態としてしばしば見られるところである。
 我が国の契約法はこのような実態とも相互関係にあるため、著作権の譲渡だけに特別のルールを作った場合、著作物の制作委託等の実態等がこれに対応できるかどうかは疑問があり、少なくともそのためには大きな努力を必要とすると思われる。

 なお、契約書を作成させることで譲渡人である著作者に慎重な判断を促すといった著作者保護の発想は、過去の検討からは明示的には読み取れない。また、諸外国と法制度が異なることによる、書面なき外国著作権の譲渡の有効性や訴訟等の場面における扱いに係る国際私法上の問題の議論は一切行われていない。

 ・第1の問題点「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」の検討

 「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」は、利用許諾における「利用許諾契約における利用権の範囲の解釈問題」とも共通する契約の解釈問題である。当事者は契約の存在又は有効性を争っている訳ではないので、過去の議論と同様に、契約書がなければ譲渡契約の成立を認めないとする対応によって解決をはかろうとするのは適当ではないと思われる。
 もちろん、その他の手段により契約書作成を強制することで、一定程度の契約内容の明確化の効果は期待できるが、契約書を作成したとしても当事者の意思表示が書面上不明確であれば何の問題解決にもならないし、契約書があっても解釈についての争いが起きている実態にかんがみれば、要式契約化その他の契約書作成の強制は、問題に対する完全な解答とはならない。

 ・第2の問題点「契約が譲渡契約であったかどうかの問題」の検討

 契約が譲渡契約であったかどうか争う場合に、その解決策として譲渡契約の要式契約化及びその他の契約書作成の強制を制度化(証拠ルール化)することによって、紛争解決を容易にすることは可能であるが、これは、「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」について「契約成立の有効性を認めない」というペナルティを与える制度であり、このペナルティが課せられるのは著作権の譲渡を受けたと主張する側となる。
 しかし、この問題は、「当事者が著作権の帰属について明確に取り決めをしない(著作権の譲渡について書面で意思表示しない)」ことが原因であるなら、問題の解決法として著作権の譲渡を受けたと主張する側だけがペナルティを負う制度には疑問がある。

 もちろん、約款規制的な視点や独占禁止法的な視点から、例えば、個人の著作者が制作委託契約において、大企業である委託者から一方的に提示された制作委託契約約款中に著作権の帰属について一切触れられていなかったような場合に、当事者間で著作権の譲渡があったかどうかが紛争となったとすれば、裁判所が「表現使用者に不利に解釈」して譲渡契約の存在を否定するということがあるかもしれない。しかし、「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」一般について、他の要素を考慮せずに、著作権の譲渡を受けたと主張する側に不利に判断することは適当ではない。

 なお、このような問題に対する判例からも特に基準は抽出できない。例えば、同一案件について、下級審と上級審で、事実認定が異なる場合も見られる。注釈73

 ・下請代金支払遅延等防止法の施行

 なお、弱者保護の観点からの対応としては、平成16年4月1日から施行された改正下請法により、新たにプログラムや映画・放送番組等の情報成果物の作成に係る下請取引等が規制対象となっている。同法では、下請取引の公正化を図ることを目的として、発注元である親事業者に対し、下請の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法等を記載した書面(3条書面)の下請事業者への交付義務を課しており、これによって、著作物の制作委託契約に関する契約の問題についても、一定程度の手当が行われていることにも留意すべきである。注釈74


注釈73 原色動物大図鑑事件(東京地裁昭和62年1月30日判決・判例時報1220号127頁、東京高裁平成元年6月20日判決・判時1321号151頁)なお別事件であり、事情も異なる事案ではあるが、類似するケースで著作権譲渡の有無に関し結論を異にした判決例としてブランカ写真事件(東京地裁平成5年1月25日判決・判例時報1508号147頁)とアイビーロード写真事件(東京高裁平成14年7月11日判決)がある。
注釈74 同法の運用に関する公正取引委員会の運用基準(「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(全部改正)平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号)は、情報成果物作成委託に係る作成過程を通じて発生した知的財産権につき、親事業者がその作成の目的たる使用の範囲を超えて知的財産権を自らに譲渡等させることを『下請事業者の給付の内容』とする場合には、3条書面に情報成果物に係る知的財産権の譲渡・許諾の範囲を明確に記載する必要があるとしている。


4検討結果

 諸外国の立法例をみると著作権の譲渡について書面の作成を要求する立法例は多い。しかし、我が国において同様の立法を行うことは、必ずしも適切であるとは言えない。

 その理由として、
(1)  不動産の所有権その他の物権の譲渡契約一般が要式契約とされていない我が国の法制度の中で、著作権の譲渡契約についてのみ要式契約とするだけの十分かつ合理的な理由を見いだせないこと、
(2)  著作権の譲渡について書面の作成を要求する国には、著作権に限らず、不動産の所有権や一定価値以上の権利の譲渡にも書面を求める等の法制度を採っており、それとは異なる法制度を採る我が国において同様に考えるべき必然性はないこと、
(3)  我が国の民事訴訟では、著作権の譲渡につき争いがある場合には、著作権の譲渡があったと主張する者がその点について主張・立証責任を負うとされ、契約書面がない場合には、それ以外の証拠方法によって譲渡契約の存在が認定されない限り、著作権の譲渡はなかったものと判断される。従って、契約書面のないことによる不利益は、現行法制度のもとでも譲渡を主張する側に発生しており、契約書面以外の方法により著作権譲渡を立証し得る場合にもそれを否定する法制度の必要性・妥当性について疑問があること、
(4)  むしろ自由心証主義のもとで裁判所が個別事案に応じた適切な事実認定及び契約解釈を行うことにより、合理的かつ公平な結論を得られると期待できること、
を挙げることができる。
 また、実態としても、
(5)  著作物の中には映画やゲームソフトのように経済的価値の大きいものや、小説や芸術写真のように高度の精神的活動の所産であるものが含まれる反面、業務報告書やスナップ写真のようにごく日常的に作成されるものも多数含まれ、それらの著作権の譲渡に一律に契約書面を要求するのは必ずしも適切ではないと思われる。

 なお、弱者保護の検討の必要性については、以下の理由から、著作権の譲渡契約に関して何らかの手当が必要な差し迫った状況にはないと考える。
(6)  原始的著作権者には零細な個人の著作者のみならず、大規模なソフトウェア会社・映画製作者等の法人や、個人であっても強大な立場を有する著作者もおり、原始的著作権者が必ずしも社会的・経済的弱者であると断じることはできないこと、
(7)  社会的・経済的弱者保護の法制度としては、制作委託契約に伴う著作権譲渡のケースに対象が限られると思われるが、既に下請法による規制が存在しており、著作権法とは異なる法制度のもとで社会的・経済的弱者である著作者の保護を図る余地があること、

 ただし、諸外国の法制度と比較した場合、我が国の法制度がかなり特殊であることから、今後、仮に我が国において著作権の譲渡契約を要式契約化した場合にどのような不都合が生じるおそれがあるかについて、さらに議論を深める必要がある。

 また、国際化の進展に伴い、著作権が国際取引によって譲渡される場合が多くなっているが、我が国の法制度が著作権譲渡について契約書面の作成を要求しないとすれば、諸外国では契約書面を要求されることが多いことから、
1) 我が国の著作権を譲渡する契約の準拠法が契約書面を要求する国の法律であった場合、2) 逆に、著作権譲渡に契約書面を要求する国における著作権を、我が国の法律を準拠法とする契約によって譲渡する場合、
のそれぞれに生じる国際私法上の問題注釈75を検討しておく必要がある。
 また、外国の裁判所で争われた際にどのような結論になるのかについても、注意が必要である。


注釈75 著作権譲渡の原因関係である契約と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とは区別され、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきであり、前者については法例第7条により準拠法が定められ、後者については保護国の法令が準拠法となるものと解される(東京高裁平成13年5月30日判決・判例時報1797号111頁、東京高裁平成15年5月28日判決・判時1831号135頁参照)。そして、著作権譲渡に契約書面を要するかどうかは、前者の問題に属する(したがって我が国では法例第7条によって定められる準拠法に従う。)ことになると思われるが、なお検討が必要である。 著作権譲渡の原因関係である契約と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とは区別され、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきであり、前者については法例第7条により準拠法が定められ、後者については保護国の法令が準拠法となるものと解される(東京高裁平成13年5月30日判決・判例時報1797号111頁、東京高裁平成15年5月28日判決・判時1831号135頁参照)。そして、著作権譲渡に契約書面を要するかどうかは、前者の問題に属する(したがって我が国では法例第7条によって定められる準拠法に従う。)ことになると思われるが、なお検討が必要である。


【参考資料】

・著作権制度審議会答申(昭和41年4月)

第八 著作権の譲渡・相続
一 譲渡
1  著作権の譲渡が書面によって行われることは望ましいことであり、そのような慣行が育成されるべきものとは考えるが、法律上、書面によるべきものとし、書面によらないものを無効とすることは、わが国の法制と従来の実情からすれば、適当ではないと考える。


・著作権制度審議会答申説明書

第八 著作権の譲渡・相続
 財産権としての著作権は、その全部または一部を譲渡することができるものする現行法のたてまえは維持することとした。
1 1 著作権の譲渡に関する契約については、契約内容を明らかにする趣旨から書面によって行われることが望ましいことはもとよりであり、そのような慣行が育成されるべきものと考える。
 しかしながら、わが国においては、法律上、書面によることを契約の方式として要求することは適当でないこと、および従来の実績からすれば、すべての場合に書面による契約を期待することは適当でないことから、書面によらないものを無効とする法制はとらないこととした。


・著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告(平成7年2月)
6 著作権等の帰属、譲渡、利用許諾等
(2)著作権契約の要式化
<問題の所在>
 著作物等の利用方法の多様化に伴い、口頭による契約や内容の曖昧な契約によって後日にトラブルが発生する場合が増加するおそれがあるとの指摘がある。
(中略)
<考えられる対応例>
〔A〕 著作権等の全部又は一部の譲渡契約は、書面によってなされなければならないこととする(六十一条参照)。
〔B〕 〔A〕に加え、著作物等の利用許諾契約はすべて書面によってなされなければならないこととする(六十三条参照)。
<考察>
 この問題は民法の契約法上の基本的な原則に関わっているので、制度改正には消極的な意見が多く、まず当事者の自覚と努力によって、書面による契約の励行と登録制度の利用促進を図るべきことが指摘された。

【外国の立法例】

・米国注釈76
第204条 著作権の移転の実行注釈77
(a)著作権の移転は、法の作用によるものを除き、譲渡証書または移転の記録もしくは覚書が書面にて作成され、かつ、移転される権利の保有者またはその適法に授権された代理人が署名しなければ効力を有しない。
(b)略

・英国
(譲渡及び許諾)
第90条注釈78
(1)(2)略
(3)著作権の譲渡は、譲渡人により、又はその者のために署名された書面によらない限り、有効ではない。
(4)略

・フランス
第131の2条注釈79 この章に定める上演・演奏契約、出版契約及び視聴覚製作契約は、文書で作成しなければならない。演奏の無償許諾についても、同様とする。
2 その他のいずれの場合にも、民法典第1341条から第1348条までの規定が、適用される。注釈80


注釈76  なお米国では契約一般法理としてUCC第201条・第202条があり、一定以上の取引についての書面の作成を要求するとともに口頭証拠排除を規定している。
注釈77 山本隆司・増田雅子共訳「外国著作権法令集(29)-アメリカ編-」2000社団法人 著作権情報センター
注釈78 大山幸房訳「外国著作権法令集(34)-英国編-」2004社団法人 著作権情報センター
注釈79 大山幸房訳「外国著作権法令集(30)-フランス編-」2001社団法人 著作権情報センター
注釈80  その他の契約について、民法の訴訟における口頭証拠の扱いに関するルールを適用する旨を規定。第1341条では、800ユーロを超える契約について文書又は公証された方式で行われるべきこと、そして書面がなければ裁判において契約上の権利を立証することができないことを定める。


(4)著作権法第61条第1項の解釈について(一部譲渡における権利の細分化の限界)

1現行制度

 著作権は、その全部又は一部を譲渡することができる(第61条第1項)。

2問題の所在

 著作権法は、著作権の一部を譲渡することができるとしているが、ここでいう一部とはどのような単位を指すのか、利用形態、期間、地域による細分化が認められるのかについては明らかではない。

3立法趣旨

 旧著作権法第2条は、「著作権ハ之ヲ譲渡スルコトヲ得」と定めていたが、昭和9年法律第48号により、出版権の創設と同時に「著作権ハ其ノ全部又一部ヲ譲渡スルコトヲ得」と改正された。現行著作権法は、この規定をそのまま引き継いでいる。

 ・旧著作権法立法時(明治32年)

 著作権の譲渡については、明治32年制定時から、登録が対抗要件とされていたが(第15条第3項)、おそらく後述する昭和6年著作権法施行規則の制定までは、「興行権のみの譲渡」や「年限を限定した譲渡」を登録できる制度は用意されていなかったようである。

 ・著作権法中改正案(大正15年)

 内ヶ崎作三郎他三名の議員が、制限を付した著作権の譲渡が可能である旨を規定する条文案注釈81を含む「著作権法中改正法律案」(大正15年第51議会)を提出したが、審議未了により不成立に終わっている。

 ・著作権法施行規則(昭和6年)

 内務省は、昭和6年7月28日制定の著作権法施行規則第3条において、一部譲渡・制限付移転の登録手続を定めている注釈82。この施行規則制定についての解説は見つからなかったため、この時期にこのような改正をなぜ行ったのかは不明である。また従前から行われていた登録実務を明文化したものか、変更したものかも不明である。しかしながら、少なくとも所管官庁たる内務省の考えとしては、一部譲渡や制限付譲渡が可能であるとの理解に立っていたことは確かである。

 ・旧著作権法の一部改正(昭和9年)

 出版権の創設に伴い、著作権の一部譲渡が可能であることを確認的に規定する改正が行われた注釈83
 なお、本改正の起草担当者であった小林尋次氏は、この改正は大正15年改正案の第2条及び第2条の4の改正案と「全く同一趣旨に則ったもの」であるとしている注釈84

 ・著作権制度審議会答申・答申説明書(昭和41年)

 昭和9年改正後、解釈上及び実務上著作権の可分性の範囲及び譲渡の際に付し得る制限の範囲が不明確であるという問題が生じ、これは著作権制度審議会における検討当時も認識されていた問題であった。例えば、答申審議の段階において、あまりにも細分化された著作権の分割譲渡の登録は文部省(当時)において受理しないように措置することが望ましいとの指摘が一部の委員からあったとされる。
 しかしながら、著作権制度審議会答申はこの問題については触れず、答申説明書において、著作権の全部又は一部を譲渡することができるとする旧著作権法を維持すると説明するに留まっている。


注釈81 第二条 著作権ハ制限ヲ付シ又ハ付セスシテ之ヲ譲渡スルコトヲ得
 第二条ノ四 著作権譲渡ノ場合ニ於テ左ノ行為ヲ為ス権利ハ別段ノ契約ナキ限リ移転セザルモノトス
 一〜四(略)
注釈82 著作権法施行規則(昭和6年7月28日内務省令第18号)
 第三条 著作権ノ一部移転又ハ制限付移転ノ登録ヲ申請スル場合ニ於テハ移転スベキ権利ノ部分又ハ制限ヲ登録申請書ニ記載スベシ著作権又ハ之ヲ目的トスル質権ノ承継人ガ多数ナル場合ニ於テ登録原因ニ持分ノ定アルトキ其ノ持分ニ付亦同ジ
注釈83 第二条 著作権ハ其ノ全部又一部ヲ譲渡スルコトヲ得
注釈84 小林尋次「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」昭和33年文部省


4検討内容

 ・一部譲渡を認める意義

 我が国著作権法は、著作権の譲渡又は出版権の設定以外に、第三者が著作物の利用についての「物権的な権利」を得るための制度を有していない。現行制度では、許諾は全て債権的権利であり、被許諾者(ライセンシー)は、独占利用許諾契約を結んだとしても当該独占性は債権的効力しか有さないため第三者が利用することについて当然には差し止めることはできない。さらに、利用許諾について対抗要件制度が存在しないため、著作権者(ライセンサー)が破産した場合や第三者に著作権が譲渡された場合、引き続き当該著作物を利用することについても、破産管財人や譲受人に対抗することができないと解されている。
 著作物には多様な利用形態が存在し、利用形態ごとに独立の経済的効用を期待し得る。著作物の利用に係る「物権的な権利」を、第三者に与えるに際し、著作権の全部を譲渡するか又は全く譲渡しないかの二者択一しかないとすれば、著作権者及び利用者の双方にとって不便であり、ここに著作権の一部譲渡を積極的に認める意義がある。

 ・著作権の可分性の検討

ア.著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利の譲渡
 著作権法第21条から第28条までに規定する複製権、上演権、演奏権、上映権、公衆送信権等については、これらの単位での譲渡が認められるというのが通説である。第61条第2項の規定からも、少なくとも、第27条に規定する権利、第28条に規定する権利が分割して個別に譲渡できることについては疑いがない。ただし、法改正により著作権法の規定が変わったもの(例えば、放送権と公衆送信権など)があることには留意する必要がある。
 しかしながら、著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利の譲渡についても、複製権と譲渡権の譲渡を別々に認める必要性があるかどうか(独立の経済的効用を期待できると言えるか)、また、複製権と公衆送信権若しくは見なし侵害規定等における権利間の重複という問題がある。
 なお、「著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利ごとに別々に譲渡できる」との解釈は、かえって「著作権全部の譲渡」を難しくする可能性がある。例えば、破産した著作者の著作権について破産財団に帰属することとなるが、破産手続きの終了後に、新しい権利(例えば貸与権)が著作権法に規定された場合、著作者は新しい権利を有するとの解釈論が存在し得ることとなる。これは、合意による譲渡についても同様である。

イ.更に細分化された利用態様別の権利の譲渡
 著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利よりも細分化された権利、例えば、著作物を英語に翻訳して出版する権利、音楽の著作物をレコードに録音する権利小説を映画化する権利といった、実務上も別個の権利として区別されており、かつ社会的にそのような取り扱いをする必要性が高いものについては、細分化が可能とする見解が一般的であるが、その限界は明確ではない。
 判例には、著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利よりも細分化された権利単位で譲渡できることを前提とした判決注釈85がある。

ウ.期限付き譲渡(時間的な限定を付した譲渡)
 期限付き譲渡は、譲渡としての効力は認められるとする考え方が一般的である。判例も傍論であるが「時間的一部の譲渡」を認めたものがある注釈86。期限付き譲渡については、時間的に分割された著作権の譲渡とする注釈87(期限付き譲渡を一部譲渡として認める)考え方と、解除条件付きの譲渡契約や買い戻し特約付きの譲渡契約とする(一部譲渡としての期限付き譲渡は認めない)考え方がある。
 両者の考え方の違いは、期限の到来前に譲渡人・譲受人が破産した場合等に現れる。期間限定を解除条件、買戻特約付の譲渡と解する場合、期間の限定が登録簿に公示されていても(この立場からは本来公示すべきでないことになるが)、原著作権者は譲受人の破産時に期間制限の存在を第三者に主張できない可能性がある。期限付譲渡を一部譲渡として認める見解からは、期間が限定されていることが公示されていれば原著作権者は第三者に期間の制限を主張することができる。

エ.地域を限定した一部譲渡
 地域を限定する譲渡は認められるとする考え方が一般的だが、対外的な権利関係が不明確になる、錯綜する場合については効力が否定される可能性があるとする見解や、境界を跨いだ複製物の流通を阻止できるような解釈論までは許容されないとする見解がある。
 また、同一国内(同一法領域)における地域的分割が可能であるかについては国際的にも議論のあるところである。

 ・他の財産権との比較

ア.所有権の場合
 物の使用、収益及び処分をなし得る権利として所有権があるが、所有権はその一部を譲渡することはできない(共有持分の譲渡は除く)。例えば、所有権を時間的に分割して第三者に譲渡することもできない。
 所有権者は、物を部分的に又は一定期間に支配する定型的な内容の制限物権を第三者に設定することができる。例えば、土地の所有権者は地上権(民法第285条)を設定できる。
 地上権者は、その地上権を(多くの場合工作物と共に)他者に譲渡すること、及び土地を他者に賃貸することができると解されている(永小作権については民法第272条で明示されている)。地上権の設定によって、所有権の排他的支配力は設定した範囲について制限されるが、設定した期間が終了すれば制限物権は消滅し、所有権は自動的に元の排他的支配力を回復する。

イ.特許権の場合
 現行法上、特許権はその一部を譲渡することはできない。
 しかしながら、第三者に特許権の一部の利用について「物権的な権利」を設定することができる専用実施権制度を有している。特許法の専用実施権は、旧特許法下の「特許権の制限付移転(いわば一部譲渡)」と「独占的利用許諾」の双方に対応するものとして創設されたものであり、登録しなければ効力を生じない。なお、実務的に、期間、実施態様、地域等の制限を付した登録が可能との実務運用がなされている。
 専用実施権は、特許権者の承諾を得なければ、第三者に譲渡すること(特許法第77条3項)や、第三者に通常実施権を許諾すること(特許法第  77条4項)ができない。専用実施権設定時における、特許権者の侵害者に対する差止請求権については、最判平成17年6月17日平成16年(受)第997号がこれを肯定している。

 登録を効力発生要件としたために、「登録による専用実施権」はあまり用いられておらず、実務的には、「契約による独占的通常実施権」が用いられることが多い(特に、代表取締役が特許権を有し、会社に実施させている事案については、会社に黙示の独占的通常実施権が認定されることが多い)。そして、特許権の侵害者に対する独占的通常実施権者による損害賠償請求については、一般論として否定する判例は存在しない(大半の判例では結論としても認容)。差止請求については、訴訟提起の段階では専用実施権登録を済ませている場合や、特許権者が差止請求をする事案が多いため、最近の判例では余り争点となっていない。


注釈85 東京地判平成14年10月24日平成12(ワ)22624等〔風雲ライオン丸〕では、地上波による放送権のみが譲渡され、有線放送・衛星放送に係る権利は原著作権者に留保されていると認定した。東京地判平成15年12月19日判時1847号95頁〔記念樹・第二訴訟2〕では、編曲権及び編曲権侵害に係る二次的著作物に関する28条の権利が信託譲渡の対象ではないと認定している。
 他方、東京地判平成6年10月17日判時1520号130頁〔ポパイベルト〕は被告による著作権の時効取得の主張を退けるに際し、連載漫画中のどこのコマかも特定されていない著作物の量的一部についての複製権の譲渡は許されないと述べている。
注釈86 東京地判平成9年9月5日判時1621号130頁〔ダリ展覧会用パンフレット事件〕・東京高判平成15年5月28日平成12(ネ)4720〔ダリ山梨控訴審〕
注釈87 著作者Aから第三者Bに「2007年までの著作権」が譲渡された場合、この譲渡を一部譲渡として位置づけると、2007年に著作権がBからAに戻ってくるというよりも、論理的には、Bは現在から2007年まで効力を有する著作権を有し、Aは2007年以降保護期間満了まで効力を有する著作権を有することになるであろう。


5検討結果

 ・現行制度の評価

ア.一部譲渡の意義・機能
 著作物の利用行為につき、内容的・時間的制限を付して物権的権利を設定する実際上の必要性が存在し、現に一部譲渡が用いられている。国際的にも、内容的・時間的制限を付された著作権の譲渡(一部譲渡)あるいは排他的許諾が有効とされている。我が国の著作権法は、法定の内容を有する出版権と共に、当事者が譲渡される権利の範囲を決定できる一部譲渡の制度を設けている。これにより、著作権者は柔軟な内容の排他的権利を他者に移転することができ、また譲渡された権利が一部に過ぎないことを登録しておけば、第三者(譲渡された権利の転得者)に対抗できる。
 また細分化された一部譲渡を認めることは、著作者が譲渡した権利の範囲を限定的に解釈する余地を広げる機能を果たしている。

イ.「一部譲渡の問題点」の検討
 著作権の一部を譲渡することについては、所有権との対比において理論的に問題があるとの指摘があり、特に期間が限定された著作権の譲渡は一部譲渡とは認めるべきでないとの意見がある。しかし、国際的な動向にも鑑みると、所有権との対比において論ずべき問題かどうかは議論のあるところであり、今後の検討が待たれよう。ただし旧著作権法・現行著作権法が著作権の一部譲渡を明示的に定めてきたこと、また、期限付譲渡については立法担当者等が一部譲渡に含まれると解してきたこと、さらにア.で述べた一部譲渡の機能を考えると、一部譲渡の限界を明確化する立法を直ちに行う必要はないと解される。
 他方、一部譲渡を認めることの実質的な問題点として、法律関係の複雑化による権利関係の混乱が指摘されている。しかし、この権利関係の混乱は、主に当事者間の契約あるいは登録において、譲渡の範囲(特に利用態様)が十分に特定されていないことによって生じる問題と思われる。従って、明確に利用態様が特定された上でそれが公示されている場合にまで細分化された一部譲渡の効力を否定する根拠としては十分でない。むしろ具体的な譲渡ごとに、契約および登録の文言に照らして譲渡範囲の特定・公示の解釈により解決されるべき問題であろう。

ウ.代替案としての専用利用権制度
 イ.で述べた理論的な問題点に鑑み、特許法において特許権の制限付移転を廃し専用実施権を創設したように、著作権法においても専用利用権注釈88制度を創設することも考えられる。しかし、実質的な問題点としての権利関係の複雑化は、専用利用権制度にあっても共通の問題となる注釈89。また、著作権の一部譲渡を前提に実務上取引がなされていることを考えると、用語の変更、デフォルトルールの変更により無用の混乱を招くおそれもある。


注釈88 専用利用権の内容を仮に現行特許法の専用実施権と同様のもの(但し登録を効力発生要件とはしない)とした場合、専用利用権の主要な内容は以下のようになる(もっとも、専用利用権の立法次第では現行法の一部譲渡と全く同じ内容にすることも可能である)。
 (1)専用利用権の譲渡、専用利用権者による利用の許諾に著作権者の承諾が必要となる(但し、現行法の一部譲渡でもこれらの特約・および「処分の制限」としての登録が可能であるから、これらはデフォルトルールの変更にとどまる)。
 (2)専用利用権の設定範囲内での侵害行為に対し、専用利用権者・著作権者共に差止・損害賠償請求権を有する。
 (3)専用利用権の登録により、専用利用権者は専用利用権の設定を第三者に対抗できる。専用利用権の内容に制限がある場合には、その登録により著作権者は第三者(利用権の譲受人等)にその制限の存在を主張することができる。
注釈89但し専用利用権の譲渡、専用利用権者による利用許諾につき著作権者の同意を必要とすれば、一部譲渡の範囲を広く誤解した譲受人による侵害の危険は減ずる。


 ・今後の立法対応等

 一部譲渡の限界を明確化するためだけの立法を早急に行う必要はない。
 ただし、ライセンシー保護の立法及び登録制度の見直しとの関係で一部譲渡の問題を再検討する必要が出てくる可能性がある。例えば、対抗要件を備えることにより、独占的な利用許諾を受けた者が独占性を第三者(著作権の譲受人、及び著作権者から後に許諾を受けた者)に主張できるとの制度設計を行った場合には、排他的な利用許諾は一部譲渡と同様の物権的効力を有することにもなる。また、著作権移転の対抗要件としての登録制度を見直す場合には、譲渡範囲が一部であることの公示方法についても見直しが必要となろう。
 以上のことから、一部譲渡の問題は、ライセンシー保護の制度・登録制度の検討の中で、著作権者が物権的権利を第三者に設定・移転するための制度設計の問題(定型的な内容のみを認めるのかそれとも当事者の合意に委ねるのか、対抗要件はどうするのか等)として、専用利用権制度を含む著作物の「利用権」に係る制度の創設も視野に議論されるべきものと思われる。

【参考資料】

・水野錬太郎『著作権法要義』(有斐閣、1899年)19頁以下

 特許法に於は制限を附し若は附せすして譲渡すことを得云々とあるも制限を附し若は附せさることは特に明言するの必要なし、苟も譲渡することを得る以上は其の全部たると一部たると、将た又条件を附すると否とは法の明文なくして随意に為し得らるることにして恰も民法上の凡ての権利の譲渡に此ることを明言せさると同一なり、故に明文なきも著作権は其の一部たる翻訳権又興行権のみを譲渡し又は年限を附して之を譲渡することを得るや勿論なり


・小林尋次著「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」(昭和33年文部省)

第五章 著作権(財産権)の内容
第五節 著作権の譲渡及相続
一 著作権の譲渡
 (中略)
 なお又財産権的部面たる著作権を譲渡した場合に於ても、通常の場合に於ては著作権の内容たる各種の権能全部を移転すると言うのが本則ではなく、契約の性質、著作物の性格、譲受人の職業的地位等から考えて、必要の限度に一種の権能即ち著作権の一部が移転されたものと解釈するのが至当の場合が多い。
 (中略)
我国著作権法に於ては、昭和九年の一部改正の際に、初めて出版権設定と言う制度を取り入れたので、これと合わせて上記の点をも外国立法例に見習って著作者に留保されるべき権能を法定しようとも考えたのであるが、この部面に限り、権利規定が明確すぎて全般の均衡を害するに至ることを心配して、著作権法全文改正の機会に譲ることとして止めた。しかし少なくともこの間の事情を法文上に明かにして置くことが必要と考え、第二条中に「其ノ一部又ハ全部ヲ」なる字句を加えることとした。
 (中略)
 昭和九年の一部改正で「一部又は全部ヲ」なる字句を加えたのは、如上の改正案と全く同一趣旨に則ったものであって、同改正案の如き詳細規定は設けなかったが、法律運用面に於ては同趣旨に解釈して貰いたい意図を以て立案した次第である。


・第65回帝国議会貴族院出版法中改正法律案特別委員会議事速記録
政府委員勝田永吉(内務省参興官)による趣旨要綱の説明

「第二条を改正いたしまして、著作権は其全部又は一部を譲渡し得る旨を明確に致しました。現行法第二条は、単に著作権は之を譲渡し得る旨を規定して居るのでございますから、果して其一部、例へば翻訳権のみとか、又は興行権のみを譲渡し得るか否かが明瞭でないのでございます、それ故法文上の明確に、著作権の一部を譲渡し得る旨を規定いたしまして、著作権の財産的価値の増大をはかったのでございます。」


・一部譲渡を巡る昭和9年3月19日の議論
○岩田宙造議員
 ちょっと伺いたいのでありますが、此第二条中の改正に「其の全部又は一部」と云うことに改められた「之を」と云うのを「全部又は一部」と云うことに改められたやうでありますが、此全部と云うのは分かりましたが、一部と云うのは之を当事者が勝手に区分することは自由なのでありませうか 或は法律の中に翻訳権とか出版権とか云って或種類を認められて居る、其の範囲に限られるのでありませうか

○政府委員(大森浩太・司法省民事局長)
 是は只今お話の通りの趣旨でありまして、当事者が勝手にどこ迄も細分せられると云う意味でなしに法律に現在認めて居りまする興行権、或は翻訳権さう云うものを範囲にして分かち得ると云う考えであります。他の立法例等を見ますと制限を附し、又は制限を付せずしてと云うやうなことも書いては居りますけれども、矢張り全部又は一部と云う用例の方が宜くはないかと云うやうな意味を以て此用例を選んだ訳であります。尚ほ現在此規定はありませぬが、大体に於て此規定通りに解釈をして居るやうでありまして、現在の解釈を法文で明らかにしたと云う程度に考へて居るのであります。

(中略)

○内田重成議員
 私も今の二条に付きまして岩田君の質問に関連して伺いたい。只今のご説明に依って此二条と云う之を「其の全部又は一部」と云うことに改められた御趣意は承ったのでありまするが、しますると是は場所に付て制限して譲渡す、又は時期に付て制限して譲渡すと云うやうな、場所又は時の制限を以て、譲渡は許さぬと云うやうな御見込になりますか

○政府委員(大森浩太)
 立案の際に今の御尋の点が大分問題になったのでありまするが、解釈としては私共制限を時に於ても或いは場所に於ても差支なからうと思ったのであります。但し、登録等の関係で稍々うるさい問題は生じませうけれども、先ず実際に於てはさう云う場合は少ないかに承って居ります。解釈と致しては御説の通りの場合も包含し得るものと云う頭で進んで居ります。

○内田重成議員
 さう致しますると先程岩田君にお答えになったのと稍々抵触するやうに考えますが、如何でありますか。又従来此現行法の2条の解釈は廣い解釈のやうに相成って居るやうに考へるのであります。判決例はどうであるか知れませぬが、従来の解釈としては廣く解釈されて居るやうに考へて居るのであります。先程の御答と只今の御答と抵触は致しますまいか、其点をもう一度伺いたい。

○政府委員(大森浩太)
 先程の私の申上げ方が不徹底でありましたが為に、左様な御疑を生じたことは恐縮に存ずるのであります。先程申しましたのは翻訳権とか興行権・・・此法文に現れて居りまする権利を更に細かくして、それ以下の権利に分ってそれを譲渡することは出来ない、此う云う積りでありまして、興行権翻訳権と云うのを制限的に譲渡しますることを禁ずると云う積ではない趣旨であったのであります。

・著作権制度審議会答申説明書(昭和41年)

第八 著作権の譲渡・相続
一 譲渡
 財産権としての著作権は、その全部又は一部を譲渡することができるものとする現行法のたてまえは維持することとした。

【外国の立法例】

・米国注釈90
第201条 著作権の帰属
(a)〜(c)略
(d)著作権の移転注釈91
(1)著作権は、あらゆる手段による譲渡または法の作用によって、その全部または一部を移転することができ、また、遺言によって遺贈しまたは無遺言相続法によって人的財産として移転することができる。
(2)第106条に列挙する権利を含む、著作権に含まれるいかなる排他的権利も、上記第(1)項に規定するとおり移転し、また、個別に保有することができる。特定の排他的権利の保有者は、かかる権利の範囲内で、本編が著作権者に対して認める全ての保護および救済を受けることができる。

第204条 著作権の移転の実行
(a)著作権の移転は、法の作用によるものを除き、譲渡証書または移転の記録もしくは覚書が書面にて作成され、かつ、移転される権利の保有者またはその適法に授権された代理人が署名しなければ効力を有しない。
(b)略

・英国注釈92
(譲渡及び許諾)
第90条
(1) 著作権は、人的財産又は動産として、譲渡、遺言による処分又は法律の作用により、移転することができる。
(2) 著作権の譲渡その他の移転は、1部分とすること、すなわち、次のものに適用されるように限定することができる。
(a)著作権者が行う排他的権利を有する事項の1又は2以上であって全部でないもの
(b)著作権が存続すべき期間の1部分であって全体でないもの
(3)
(4) 著作権者により付与される許諾は、対価を支払った善意の購入者であって許諾の通知(現実の又は推定による)を受けていない者又はそのような購入者から権限を得ている者を除き、著作権上の利益についてのすべての権利承継人を拘束する。また、この部における著作権者の許諾を得て又は得ずにいずれかのことを行うことへの言及は、それに従って解釈される

(排他的許諾)
第92条
(1)この部において、「排他的許諾」とは、著作権者が別途排他的に行使することができる権利を行使することを、許諾を付与する者を含む他のすべての者を排除して、許諾を得た者に許可する許諾であって、著作権者により又はその者のために署名された書面によるものをいう。
(2)排他的許諾に基づいて許諾を得た者は、許諾を与える者に対して有すると同一の権利を、許諾により拘束される権利承継人に対しても有する。

(排他的許諾を得た者の権利及び救済)
第101条
(1)排他的許諾を得た者は、著作権者に対する場合を除き、許諾の付与の後に生じる事項について、許諾が譲渡であったものとして、同一の権利及び救済を有する。
(2)その者の権利及び救済は、著作権者の権利及び救済と併存する。また、この部の関係規定における著作権者への言及は、それに従って解釈される。
(3)排他的許諾を得た者がこの条に基づいて提起する訴訟において、被告は、訴訟が著作権者により提起されたならば利用することができたいずれの抗弁をも利用することができる。

フランス注釈93
131の3条 著作者の権利の移転は、譲渡される各権利が譲渡証書において個別の記載の対象となり、かつ、譲渡される権利の利用分野がその範囲、用途、場所及び期間に関して限定されるという条件に従う。
2〜4 略

131の4条 著作者によるその著作物についての権利の譲渡は、全部又は一部とすることができる。譲渡は、販売又は利用から生ずる収入の比例配分を著作者のために伴わなければならない。
2・3 略

131の7条 一部譲渡の場合には、権利譲受人は、契約に定める条件及び制限に従い、契約に定める期間の間、及び報告の義務を条件として、譲渡を受けた権利の行使において著作者を代理する。

ドイツ注釈94
31条 利用権の許与
1  著作者は、著作物を個別的利用方法又はすべての利用方法にて利用する権利(利用権)を他者に許諾することができる。
利用権は、非排他的権利として又は排他的な権利として、許与することができ、かつ場所的、時間的又は内容的に制限を付して、許与することもできる。
2  略
3  排他的利用権は、他のすべての人々を排して、その保有者に対して、著作物を許諾された方法により利用する権限及び利用権を許与する権限を与える。著作者による利用は留保されていると約定することもできる、第35条は、これにより影響を受けない。
4,5略

34条 利用権の譲渡
1  利用権は、著作者の同意がある場合にのみ、譲渡することができる。著作者は、信義誠実に反し、この同意を拒むことができない。
2〜5略

35条 さらなる利用権の許与
1  排他的利用者は、著作者の同意がある場合にのみ、利用権をさらに許与することができる。排他的利用権が著作者の利益を管理するためにのみ許与される場合には、同意は要しない。
2  略


注釈90 山本隆司・増田雅子共訳・前掲書
注釈91 「著作権の移転(transfer ofcopyright ownership)」には、著作権の譲渡(assignment)はもちろん、著作権に含まれるいずれかの独占的権利についての排他的使用許諾(exclusivelicense)も含まれる(その効力が時間的・場所的制限を受けるか否かに関わらない。但し、被排他的許諾は著作権の移転に含まれない。第101条)。
注釈92 大山幸房訳・前掲書
注釈93 大山幸房訳・前掲書
注釈94 渡邉修訳、「ドイツ著作権法(上)」、『(知財プリズム』、vol.3、no.34、2005年7月号、P12-15


(5)著作権法第61条第2項の存置の必要性について

1現行制度

 著作権を譲渡する契約において、第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定するとしている(第61条第2項)。そして、特掲の要件を満たすためには、単に「全ての著作権を譲渡する」という表現では足りないと解されている。
 また、本項による推定は、売買、贈与、交換、信託等のあらゆる譲渡契約に及び、かつ現行著作権法施行前になされた契約にも適用される。

2問題の所在

 このような規定の存在は、譲渡契約の解釈について事後的に当事者間のトラブルを招く原因になりかねないという意見があり、著作権法の単純化の観点から廃止することの是非が検討されてきた。特にプログラムの著作物の著作権の譲渡については、その利用の実態から当該規定を適用すべきでないという著作権法改正要望も出されているところである。
 更に、第27条及び第28条に規定する権利のみが譲渡にあたり特掲することを求められていることは、その他の著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利と扱いを異にし、制度上もアンバランスなものとなっているとの指摘もある。

3立法趣旨

 著作権制度審議会は、「著作権の譲渡に関しては、形式的には譲渡される権利の範囲の限定が無い場合にあっても、具体的状況に応じてその範囲が限定されるものであるとする趣旨の解釈規定を設けることが適当」であると答申している(昭和41年4月)。このような答申が出されたのは、出版社等による懸賞小説募集のような約款による著作権譲渡への対応が必要であるとの認識があったとされる注釈95

 答申を受けて作成された文部省文化局試案(昭和41年10月)では、著作権譲渡に関し、「契約上予想されない方法により著作物を利用する権利」を譲渡人に留保する推定規定を置いていたが、その後の検討を経て、現行第61条第2項と同様の条文案が作成された。

 なお、条文案検討の過程で、留保が推定される権利を限定し明確化した理由としては、第1に、「予想されない方法」という語が、あたかも「契約時に存在しなかった未知の利用方法」を含むものであるという印象を与え、本来の立法趣旨を超えて、そのような問題(解釈問題)にまで当該条項が適用されるおそれがあること、第2に、現実の契約において、具体的にどのような権利が譲渡されたのか若しくは留保されたのかが不明確となり、実務に支障を来すおそれがあること、があったと思われる。

 また、留保が推定される権利を第27条及び第28条に規定する権利に限定したのは、著作権制度審議会答申が念頭に置いていた「懸賞小説への投稿」のような譲渡契約については、第1に、著作権の譲渡は、著作物を原作のままの形態で利用する権利の譲渡を内容とはしていても、それに付随して例えば小説を映画化したり翻訳したりするといった、二次的著作物を作成したり利用したりすることについての権利までが移転することは、一般に予定していないという判断と、第2に、具体的な二次的著作物の作成・利用が予定されていないにもかかわらず、二次的著作物を作成・利用する権利が著作者から移転することは、著作者保護に欠けるという判断があったものと思われる。

 第61条第2項の規定については、平成13年の総括小委員会、平成14年の契約・流通小委員会、平成15年の法制問題小委員会において、「著作権法の単純化」という観点で、その存続の是非が検討されたが、賛否両論があり、法改正につながる結論には至らなかった。


注釈95 例えば、加戸守行著「著作権法逐条講義四訂新版」365〜366頁、「本項創設に当たり念頭にありましたのは、懸賞募集の場合のように、画一的フォームの一方的契約約款による著作権譲渡のケースであります。」「全く対等の契約当事者間の著作権譲渡契約の場合のように原権利者において一定の権利を留保する機会や地位が認められる場合はともかく、画一的な契約約款によって譲受人側の一方的意思に対する抗弁の余地が実際上存在しない形において締結される契約にあっては、経済的に弱者の地位にある著作者側を保護する必要性が強く認められるからであります。」


4検討内容

 ・適用範囲の妥当性

ア.企業間の譲渡
 著作権制度審議会の答申の前提にあった問題意識からすれば、企業間で行われる、約款によらず交渉により契約を作成する著作権譲渡について、本項適用の必要性は低いと思われる。

イ.プログラムの著作物の著作権の譲渡
 プログラムの著作物は、著作権制度審議会の検討当時には意識されていなかった著作物であり、かつ、答申が念頭に置いていた著作権譲渡契約の場合と異なり、譲受人が改変や翻案して利用することが一般的である。また、個人著作者が企業に著作権を譲渡することも想定しがたい。従って、プログラム著作物の著作権の譲渡について、本項適用の必要性は低いと思われる注釈96

ウ.留保が推定される権利の範囲
 著作権制度審議会答申に従うならば、譲渡人に留保される権利を第27条及び第28条に規定する権利に限定する理由は乏しいように思われる。
 なお、第27条及び第28条に規定する権利を留保することについては、「創作活動を奨励するという意味でもそれなりの合理性を認めることができる。」とする見解注釈97もある。

 ・規定としての有効性

 約款の作成者は、譲渡される権利に第27条及び第28条に規定する権利が含まれていることを特記すれば、本規定の推定の適用を免れることができる。そして、特記することは約款作成者が本項を知っていれば、何ら難しいことではない。その場合、本項は、譲渡される権利に第27条及び第28条に規定する権利が含まれていることを、著作権法に精通していない譲渡人に自覚させる以上の効果はない。

 ・譲渡人を経済的弱者と仮定することの妥当性

 著作権譲渡契約において、常に、譲渡人が譲受人に対して「弱者」であるとすることは困難である。従って、譲渡契約一般について、譲渡人を「弱者」として保護することは適当ではない。
 しかしながら、著作権制度審議会が答申に当たり念頭に置いていた、「懸賞小説への投稿」の類型について、個人が譲渡人で出版社等が譲受人である譲渡契約であって、出版社等が作成した約款が適用されるような場合には、出版社等と個人との間で情報の質及び量、そして交渉力の格差が存在する個人と企業の約款契約であり、個人を「弱者」として保護すべきであるとするとの考え方をとるならば、立法による何らかの手当が引き続き必要である。


注釈96 社団法人情報サービス産業協会提出の「著作権改正に関する要望事項」では、プログラム及びデータベースの著作物について、本項適用を除外すべきとしている。また、経済産業省の「著作権法改正要望事項に対する意見について(回答)」においても、特にプログラムの著作物について本項の見直しが必要としている。
注釈97 田村善之「著作権法概説(第2版)」有斐閣507頁。例として、「漫画の作者がデビュー作の「著作権」を出版社に譲渡する契約を締結してしまった場合に、譲渡の対象に翻案権までもが含まれているということになると、作者がその作品の登場人物を用いて続編を書くことが、出版社の有する翻案権の侵害となってしまう」ケースが挙げられている。


5検討結果

 あらゆる著作権の譲渡契約について本推定規定が適用されるのは、適用範囲が広くなり過ぎるため適当ではないが、一方で、著作権制度審議会が念頭に置いていた「懸賞小説への投稿」のように、個人から出版社等に対し、出版社等が作成した約款によって著作権が譲渡されるような場合については、引き続き何らかの立法による手当が必要と思われる。
 しかしながら、あらかじめ約款作成者が第27条及び第28条に規定する権利を約款において特掲していれば意味がなく、著作権者に譲渡する著作権の範囲について認識させる程度の効果しかない。また、著作権者が著作権法の本推定規定を知らなければ救済にはならないとの指摘もある。
 また、第27条及び第28条に規定する権利のみ、かかる特別な推定規定にかからしめる必然性は乏しい。
 以上のことから、第61条第2項は廃止の方向で検討すべきであるが、本規定はあくまで推定規定であること、及び廃止する場合には著作権制度審議会が念頭に置いていた出版社等による懸賞小説募集のような約款による著作権譲渡といった一定の譲渡契約について何らかの手当を行う必要があると考えられるところから、現状においては、本規定のみを直ちに廃止するための法改正を行うことは適当ではない。

【参考資料】

・文化審議会著作権分科会報告書(平成16年1月)
1第61条第2項の廃止について
○検討結果
 契約で個々の権利の譲渡を明記しない限り、権利が譲渡されないという規定は、著作権法を相当に読み込んでいないとわからない規定であり、著作権法を単純化する観点から廃止すべきであるという意見が多く示された。
 他方、第61条第2項の規定は、著作権の譲渡の際に、著作権者に改めて何を譲渡するのかといった一考を促す意味があることから、規定の廃止については慎重な検討が必要であるとの意見もあった。

【外国の立法例】

フランス注釈98
131の3条 著作者の権利の移転は、譲渡される各権利が譲渡証書において個別の記載の対象となり、かつ、譲渡される権利の利用分野がその範囲、用途、場所及び期間に関して限定されるという条件に従う。
2  略
3  視聴覚翻案権を対象とする譲渡は、印刷著作物の本来の出版に関する契約とは別個の文書による契約書の対象としなければならない。
4  略

ドイツ注釈99
31条 利用権の許与
1 〜4略
5  利用権を許与するに際して、利用方法が明確にひとつひとつ表示されていない場合には、両当事者が基礎とした契約目的にしたがい、利用権がいかなる利用方法に及ぶかが決定される。利用権が許与されたか否か、通常利用権か排他的利用権か、利用権及び禁止権はいかなる範囲に及ぶか、並びに利用権はいかなる制限に服するかについても、同様とする。

イタリア注釈100
3節 出版契約
119条
1  契約は、契約時に効力をもつ法律によって規定される契約の範囲および期間について、著作者が出版に関して著作者に属する利用権の全部または一部を内容とすることができる。
2  反対の約定がないかぎり、移転された権利は排他的権利であると推定される。
3  将来の法律によって与えられる権利およびより広い範囲またはより長い期間の著作権保護を規定する将来の権利は、移転には含まれないものとする。
4  明示の約定がないかぎり、移転は、映画に翻案し、放送し、および機械的機器に録音することを含む、後に著作物になされる変更や改変の利用権には及ばないものとする。
5  反対の約定がないかぎり、利用権の1つまたは2つ以上の権利の移転は、第1編の規定にもとづき、その権利が同一種類の排他的権利に含まれる場合であっても、移転された権利には必ずしも従属しない他の権利の移転を含むものではない。

注釈98 大山 幸房訳・前掲書
注釈99 渡邉 修訳・前掲書
注釈100 三浦正広訳「外国著作権法令集(32)-イタリア編」2003社団法人 著作権情報センター


(6)未知の利用方法に係る契約について

1現行制度

 著作権者が著作物を第三者に利用させる方法としては、契約による著作権の譲渡と利用許諾(4.2(6)において「利用契約」とする)がある。ただし、利用契約の解釈に関する規定としては、第61条第2項と第63条第4項を置くのみである。

2問題の所在

 当事者が利用契約の締結時に予見しえなかった著作物の利用方法(以下「未知の利用方法」という)が、利用契約の対象に含まれているか否かについて、当事者間で問題となる場合がある。

3検討結果

 ・著作権者保護の必要性の問題について

 まず問題となるのは、著作物の利用契約の解釈において、一般に「著作権者は弱者である」という理由から保護されるべきであると考え、利用契約により与えられる利用権の範囲を限定的に解釈するとの原則を採るべきかどうかという点である。
 諸外国の例を参考にすると、著作物を創作した著作者は、著作物から引き出されたあらゆる経済上の利益に関与させられるべきであり、著作者に十分に報いることなく著作物の利用から利益を獲得することは正義に反するという見地から、利用契約において個別的に表示された利用目的以外は含まれず、未知の利用方法を目的とする利用契約は無効であるとの規定を設けることや、利用契約の解釈に当たっては、「疑わしきは著作者に有利に解釈する」という原則を採用すべきであるとの考え方がありうる。

 しかし、一律に「著作権者は弱者である」との前提を採ることは、必ずしも適切ではないと考えられる。一方で、未だ無名の若い個人の著作者が利用契約の一方当事者である場合には、契約締結において経済力または情報力の格差から十分な交渉力を有さず、たとえ自己にとって不利な内容の利用契約であっても実際には契約締結を余儀なくされるという事態は十分にあり得るところであるが、他方で、大企業が著作権者として利用契約の一方当事者である場合も少なくなく、利用契約の実態は千差万別である。そうすると、全ての利用契約について、「著作権者は構造的な弱者である」との前提で法律上特別な扱いをすることは、現状にも合致しないであろう。
 したがって、この点は、我が国における利用契約の実態をも踏まえた上で、個別具体的なケースごとに検討するのが適切であると考えられる。

 ・利用契約の解釈の問題について

 以上からすると、当事者が利用契約の締結時に予見しえなかった未知の利用方法が利用契約の対象に含まれているか否かは、個別の利用契約の解釈問題に帰着すると考えられる。 ここでの問題の実質は、新たな技術発展等によって実現した著作物の新たな利用から生ずる経済的な収益を、利用者のみが獲得すると解してよいか、それとも、著作権者にも相当の範囲で収益の分配を認めるべきであるか否かにある。
 当初の利用契約を締結した時点においては、契約当事者が、問題となっている新たな利用方法については「予見しえなかった」のであるから、当事者の意思が必ずしも決め手にはなるとは言えない。しかし一般論としては、譲渡人が取得すべき将来の不確定な収益に対する権利を契約によって包括的に譲渡することも可能であるから、著作権者が当該利用方法の経済的価値を認識した上で利用契約を締結していないからといって、一般に予見しえなかった利用方法が利用契約の対象に含まれないというわけでもない。

 そうすると、未知の利用方法が利用契約の対象に含まれていると解すべきかどうかの判断にあたっては、著作権者が利用契約に基づく著作物の利用について、十分な対価を得ていると評価されるか否かが重要となろう。
 この点では、利用の対価の決定方法として、利用者が取得する収益に比例した方法が採られている場合には、新たな方法を利用契約に含めて解してもそれほど問題は生じないと思われる。問題となるのは、一括かつ定額の対価によって、包括的に利用権が付与された場合であるが、この場合については、将来の不確定な利用方法から得られる収益の可能性を、当事者が十分に評価した上で、対価を決定したとみることができるかどうかが重要な考慮要素となるであろう。

 ・解釈方法・解釈準則の立法化の必要性

 以上のような考え方に立つときに、未知の利用方法に関し、利用契約の解釈方法ないし解釈準則を著作権法に設けるべきか否かが問題となる。利用契約の解釈が争われる具体的な場面としては、次の二つを区別することができよう。

ア.利用契約に「個別の利用目的が掲記されていた場合」

 利用契約において「個別の利用目的が掲記されていた場合」には、未知の利用方法がそれに含まれるかどうかという形で問題が現れる。典型例としては、従来はアナログ形式で利用していた著作物をデジタル化して利用する場合に、これが当初の利用契約の対象に含まれるか否かが問題となる場合などがある。
 この場合に、例えば、「当初の利用契約に掲記された利用目的または利用方法と経済的に同視しうるものは、特段の事情がない限り、当初の利用契約の内容に含まれる」といった解釈規定を設けることが考えられる。しかし、上記の考え方に立てば、「経済的に同視しうるか」の判断は、具体的なケースに即した諸事情が総合的に考慮されるべきであるから、このような解釈準則を設けることにそれほどの有用性は認められないといえる。

イ.利用契約に「包括的な文言が使われている場合」
 利用契約の文言上は、典型例としては、「すべての複製権を譲渡する」のように、包括的な形で利用契約の対象が示されている場合がある。この場合には、利用契約の文言を形式的にとらえれば、未知の利用方法についても契約内容に含まれると解釈すべきことになるが、上記の考え方からすれば、利用契約の範囲を限定して解釈することも十分に可能である。
 その場合に裁判所が用いることができる法的手法としては、利用契約を合理的ないし限定的解釈によるほか、公序良俗(民法第90条)により利用契約の効力を一部否定することなどが考えられる(将来譲渡人に生ずべき収益の包括的な処分の有効性については、将来債権の一括譲渡に関する判例(最3小判平成11年1月29日民集53巻1号151頁)が参考になる)。
 以上からすれば、未知の利用方法に関する利用契約の解釈問題については、個別具体的な事案に即して、民法の一般原則を用いて裁判所が合理的な解釈を行うことに委ね、判例の集積を通じて法形成がなされるのが適切であり、少なくとも現時点においては、著作権法に特別な規定を設ける必要はないと考える。
 なお、上記のような裁判所による利用契約の解釈等による対応には限界があることが判明した場合には、諸外国の法制で採用されている法的手法を参考にしながら、我が国における利用契約の実態等の把握を踏まえつつ、適切な立法対応の可能性について検討を行うこととなろう。

【外国の立法例】

米国注釈101
203条 著作者の権利付与による移転および使用許諾の終了
  (a)終了の条件
   職務著作物以外の著作物の場合、1978年1月1日以後に著作者が遺言以外の方法によって行った、著作権またはこれに基づく権利の移転または独占的もしくは非独占的な使用許諾の付与は、以下の条件において終了する。
(1)・(2)略
(3)権利付与の終了は、権利付与の実施の日から35年後に始まる5年間にいつでも行うことができる。また、権利付与が著作物を発行する権利にかかる場合、上記期間は、権利付与に基づく著作物の発行の日から35年後または許可の実施の日から40年後のうち、いずれか早く終了する期間の最終日から起算する。
(4)略
(5)権利付与の終了は、いかなる反対の合意(遺言を作成しまたは将来の権利付与を行う合意を含む)にかかわらず行うことができる。
  (b)略

フランス注釈102
122の7条 上演・演奏権及び複製権は、無償又は有償で譲渡することができる。
2  上演・演奏権の譲渡は、複製権の譲渡を伴わない。
3  複製権の譲渡は、上演・演奏権の譲渡を伴わない。
4  契約が、この条にいう二の権利の一方の全部譲渡を伴う場合には、その有効範囲は、契約に定める利用方法に限定される。

131の2条 この章に定める上演・演奏契約、出版契約及び視聴覚製作契約は、文書で作成しなければならない。演奏の無償許諾についても、同様とする。
2  その他のいずれの場合にも、民法典第1341条から第1348条までの規定が、適用される。

131の3条 著作者の権利の移転は、譲渡される各権利が譲渡証書において個別の記載の対象となり、かつ、譲渡される権利の利用分野がその範囲、用途、場所及び期間に関して限定されるという条件に従う。
2  略
3  視聴覚翻案権を対象とする譲渡は、印刷著作物の本来の出版に関する契約とは別個の文書による契約書の対象としなければならない。
4  譲受人は、この契約によって、譲渡された権利を利用するように職業上の慣行に従って努力することを約束し、及び翻案の場合には、受け取った収入に比例する報酬を著作者に支払うことを約束する。

131の4条 著作者によるその著作物についての権利の譲渡は、全部又は一部とすることができる。譲渡は、販売又は利用から生ずる収入の比例配分を著作者のために伴わなければならない。
2  ただし、次の各号に掲げる場合には、著作者の報酬は、一括払い金として算定することができる。
(1)   比例配分の算定基礎を決定することが実際上できない場合
(2)   その配分の適用を管理する手段を欠く場合 
(3)   その算定及び管理の実施のための経費が、到達すべき結果と釣合いがとれない場合
(4)   著作者の寄与が著作物の知的創作の不可欠の要素の一を構成しないため、又は著作物の使用が利用される目的物と比較して付随的なものにすぎないために、利用の性質又は条件が、比例報酬の規則の適用を不可能とする場合
(5)   ソフトウェアを対象とする権利の譲渡の場合
(6)   その他この法典に規定する場合
3  有効な契約から生ずる使用料を、著作者の求めに応じて、両当事者間において、両当事者間で定める期間について一括年払い金に変更することも、同様に適法とする。

131の5条 利用権の譲渡の場合において、著作者が過剰損害又は不十分な予測に基づいて著作物から生ずる収益の12分の7以上の損害を受けたときは、著作者は、契約の価格条件の修正を要求することができる。
2  この要求は、著作物が一括払いの報酬と引き換えに譲渡された場合に限り、行うことができる。
3  過剰損害は、そのような契約による損害を受けたと主張する著作者の著作物の譲受人による利用の全体を考慮して、評価される。

131の6条 契約の日に予想することができなかった、又は予想されなかった形式で著作物を利用する権利を付与するための譲渡条項は、明示規定とし、かつ、利用から生ずる利益の相関的な配分を定めなければならない。

131の8条 この法典第112の2条に定める著作物の譲渡、利用又は使用に際して著作者、作曲家及び芸術家に対して最後の3年間に支払われるべき使用料及び報酬の支払いに関して、これらの著作者、作曲家及び芸術家は、民法典第2101条第4号及び第2104条に規定する特典を享有する。

ドイツ注釈103
31条 利用権の許与
1 〜3略
4  未知の利用方法に対する利用権の許与及びこれに対する義務づけは、無効とする。

31条 利用権の許与
5  利用権を許与するに際して、利用方法が明確にひとつひとつ表示されていない場合には、両当事者が基礎とした契約目的にしたがい、利用権がいかなる利用方法に及ぶかが決定される。利用権が許与されたか否か、通常利用権か排他的利用権か、利用権及び禁止権はいかなる範囲に及ぶか、並びに利用権はいかなる制限に服するかについても、同様とする。

32条 相当な報酬
1  著作者は、利用権の許与及び著作物利用の許諾と引き換えに、約定された報酬を求める請求権を取得する。報酬の額の定めがない場合には、相当な報酬が約定されたものとみなす。約定された報酬が相当なものではない場合には、著作者は、契約の相手方に対して、著作者に相当な報酬を認める契約の改定に同意するよう求めることができる。
2  略
3  契約の相手方は、第1項及び第2項に反し、著作者の不利になる約定を援用することはできない。第1文に掲げる規定は、別の方法により回避される場合にも適用される。但し、著作者は、何人に対しても、無償にて、通常利用権を許与することができる。
4  略

32 a条 著作権のさらなる利益配当
1  著作者が、相手方に対して、利用権を許与したが、その条件が、約定された反対給付が著作者の相手方に対する全関係に鑑みて著作物利用から生ずる収益及び利益に対して明らかに不均衡をもたらすものであった場合には、この相手方は、著作者の求めに応じて、契約の改定に同意する義務を負う。この契約の改定により、著作者には、状況次第で、さらに相当な利益分配が認められる。契約当事者が、得られた収益又は利益の額を予期していたか否か、又は予期することができたか否かは、重要ではない。
2  相手方が、利用権を譲渡し又はさらに利用権を許与した場合であって、第三者の収益又は利益から明らかな不均衡が生じているときは、この第三者は、ライセンスの連鎖における契約関係を顧慮して、第1項にしたがい、著作者に対して、直接、責任を負う。相手方は、責任を負わない。
3  第1項及び第2項に基づく請求権は、あらかじめ放棄することができない。この請求権に対する期待権は、強制執行を受けない。この期待権の処分は無効とする。
4  略

注釈101 山本隆司・増田雅子共訳・前掲書
注釈102 大山幸房訳・前掲書
注釈103 渡邉 修訳・前掲書


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