5. |
著作権法第61条第2項の存置の必要性について
|
|
(1) |
現行制度
著作権を譲渡する契約において,第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは,これらの権利は,譲渡した者に留保されたものと推定するとしている(第61条第2項)。そして,特掲の要件を満たすためには,単に「全ての著作権を譲渡する」という表現では足りないと解されている。
また,本項による推定は,売買,贈与,交換,信託等のあらゆる譲渡契約に及び,かつ現行著作権法施行前になされた契約にも適用される。
|
(2) |
問題の所在
このような規定の存在は,譲渡契約の解釈について事後に当事者間のトラブルを招く原因になりかねないという意見があり,著作権法の単純化の観点から廃止することの是非が検討されてきた。特にプログラムの著作物の著作権の譲渡については,その利用の実態から当該規定を適用すべきでないという著作権法改正要望も出されているところである。
更に,第27条及び第28条に規定する権利のみが譲渡にあたり特掲することを求められていることは,その他の著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利と扱いを異にし,制度上もアンバランスなものとなっているとの指摘もある。
|
(3) |
立法趣旨
著作権制度審議会は,「著作権の譲渡に関しては,形式的には譲渡される権利の範囲の限定が無い場合にあっても,具体的状況に応じてその範囲が限定されるものであるとする趣旨の解釈規定を設けることが適当」であると答申している(昭和41年4月)。このような答申が出されたのは,出版社等による懸賞小説募集のような約款による著作権譲渡への対応が必要であるとの認識があったとされる。
 |
例えば,加戸 守行著「著作権法逐条講義四訂新版」365〜366頁,「本項創設に当たり念頭にありましたのは,懸賞募集の場合のように,画一的フォームの一方的契約約款による著作権譲渡のケースであります。」「全く対等の契約当事者間の著作権譲渡契約の場合のように原権利者において一定の権利を留保する機会や地位が認められる場合はともかく,画一的な契約約款によって譲受人側の一方的意思に対する抗弁の余地が実際上存在しない形において締結される契約にあっては,経済的に弱者の地位にある著作者側を保護する必要性が強く認められるからであります。」 |
|
|
答申を受けて作成された文部省文化局試案(昭和41年10月)では,著作権譲渡に関し,「契約上予想されない方法により著作物を利用する権利」を譲渡人に留保する推定規定を置いていたが,その後の検討を経て,現行第61条第2項と同様の条文案が作成された。
なお,条文案検討の過程で,留保が推定される権利を限定し明確化した理由としては,第1に,「予想されない方法」という語が,あたかも「契約時に存在しなかった未知の利用方法」を含むものであるという印象を与え,本来の立法趣旨を超えて,そのような問題(解釈問題)にまで当該条項が適用されるおそれがあること,第2に,現実の契約において,具体的にどのような権利が譲渡されたのか若しくは留保されたのかが不明確となり,実務に支障を来すおそれがあること,があったと思われる。
また,留保が推定される権利を第27条及び第28条に規定する権利に限定したのは,著作権制度審議会答申が念頭に置いていた「懸賞小説への投稿」のような譲渡契約については,第1に,著作権の譲渡は,著作物を原作のままの形態における利用権の譲渡を内容とはしていても,それに付随して例えば小説を映画化したり翻訳したりするといった,二次的著作物を作成したり利用したりすることについての権利までが移転することは,一般に予定していないという判断と,第2に,具体的な二次的著作物の作成・利用が予定されていないにもかかわらず,二次的著作物を作成・利用する権利が著作者から移転することは,著作者保護に欠けるという判断があったものと思われる。
第61条第2項の規定については,平成13年の総括小委員会,平成14年の契約・流通小委員会,平成15年の法制問題小委員会において,「著作権法の単純化」という観点で,その存続の是非が検討されたが,賛否の両論があり,法改正につながる結論には至らなかった。
|
(4) |
検討内容
|
|
 |
適用範囲の妥当性
ア. |
企業間の譲渡 |
|
著作権制度審議会の答申の前提にあった問題意識にかんがみると,企業間で行われる,約款によらず交渉により契約を作成する著作権譲渡について,本項適用の必要性は低いと思われる。
|
イ. |
プログラムの著作物の著作権の譲渡 |
|
プログラムの著作物は,著作権制度審議会の検討当時には意識されていなかった著作物であり,かつ答申が念頭に置いていた著作権譲渡契約の場合と異なり,譲受人が改変や翻案して利用することが一般的である。また,個人著作者が企業に譲渡することも想定しがたい。従って,プログラム著作物の著作権の譲渡について本項適用の必要性は低いと思われる。
|
ウ. |
留保が推定される権利の範囲 |
|
著作権制度審議会答申に従うならば,譲渡人に留保される権利を第27条及び第28条に規定する権利に限定する理由は乏しいように思われる。
なお,第27条及び第28条に規定する権利を留保することについては,「創作活動を奨励するという意味でもそれなりの合理性を認めることができる。」とする見解 もある。 |
 |
社団法人情報サービス産業協会提出の「著作権改正に関する要望事項」では,プログラム及びデータベースの著作物について,本項適用を除外すべきとしている。また,経済産業省の「著作権法改正要望事項に対する意見について(回答)」においても,特にプログラムの著作物について本項の見直しが必要としている。
|
 |
田村 善之「著作権法概説(第2版)」有斐閣507頁。例として,「漫画の作者がデビュー作の「著作権」を出版社に譲渡する契約を締結してしまった場合に,譲渡の対象に翻案権までもが含まれているということになると,作者がその作品の登場人物を用いて続編を書くことが,出版社の有する翻案権の侵害となってしまう」ケースが挙げられている。 |
|
|
 |
規定としての有効性
約款の作成者は,譲渡される権利に第27条及び第28条に規定する権利が含まれていることを特記すれば,本規定の推定の適用を免れることができる。そして,特記することは約款作成者が本項を知っていれば,何ら難しいことではない。その場合,本項は,譲渡される権利に第27条及び第28条に規定する権利が含まれていることを,著作権法に精通していない譲渡人に自覚させる以上の効果はない。
|
 |
譲渡人を経済的弱者と仮定することの妥当性
著作権譲渡契約において,常に,譲渡人が譲受人に対して「弱者」であるとすることは困難である。従って,譲渡契約一般について,譲渡人を「弱者」として保護することは適当ではない。
しかしながら,著作権制度審議会が答申に当たり念頭に置いていた,「懸賞小説への投稿」の類型について,個人が譲渡人で出版社等が譲受人である譲渡契約であって,出版社等が作成した約款が適用されるような場合は,情報の質,量そして交渉力の格差が存在する個人と企業の約款契約であり個人を保護すべきであるとすると,立法による何らかの手当が引き続き必要である。
|
(5) |
検討結果
あらゆる著作権の譲渡契約について,本推定規定が適用されるのは,適用範囲が広くなり過ぎるため適当ではないが,一方で,著作権制度審議会が念頭に置いていた「懸賞小説への投稿」のように,個人から出版社等に対し,出版社等が作成した約款によって著作権が譲渡されるような場合については,引き続き何らかの立法による手当が必要と思われる。
しかしながら,あらかじめ約款作成者が第27条及び第28条に規定する権利を約款において特掲していれば意味がなく,著作権者に譲渡する著作権の範囲について認識させる程度の効果しかない。また,著作権者が著作権法の本推定規定を知らなければ救済にはならないとの指摘もある。
また,第27条及び第28条に規定する権利のみ,かかる特別な推定規定にかからしめる必然性は乏しい。
以上のことから,第61条第2項は廃止の方向で検討すべきであるが,本規定はあくまで推定規定であること,及び廃止する場合には著作権制度審議会が念頭に置いていた出版社等による懸賞小説募集のような約款による著作権譲渡といった一定の譲渡契約について何らかの手当を行う必要があると考えられるところから,現状においては,本規定のみを直ちに廃止するための法改正を行うことは適当ではない。 |