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6. 未知の利用方法に係る契約について

  (1)  現行制度

 著作権者が著作物を第三者に利用させる方法としては,契約による著作権の譲渡と利用許諾がある(以下「利用契約」とする)。ただし,利用契約の解釈に関する規定としては,第61条第2項と第63条第4項を置くのみである。

(2)  問題の所在

 当事者が利用契約の締結時に予見しえなかった未知の利用方法が,利用契約の対象に含まれているか否かが当事者間で問題となる場合がある。

(3)  検討結果

  1  著作権者保護の必要性の問題について

 まず問題となるのは,著作物の利用契約の解釈において,一般に「著作権者は弱者である」という理由から保護されるべきであるとの見地に立って,利用契約により与えられる利用権の範囲を限定的に解釈するとの原則を採るべきかという点である。
 諸外国の例を参考にすると,著作物を創作した著作者は,著作物から引き出されたあらゆる経済上の利益に関与させられるべきであり,著作者に十分に報いることなく著作物の利用から利益を獲得することは正義に反するという見地から,利用契約において個別的に表示された利用目的以外は含まれず,未知の利用方法を目的とする利用契約は無効であるとの規定を設けることや,利用契約の解釈に当たっては,「疑わしきは著作者に有利に解釈する」という原則を採用すべきであるとの考え方がありうる。

 しかし,「著作権者は弱者である」との前提を一律に採ることは,必ずしも適切ではないと考えられる。一方で,未だ無名の若い個人の著作者が利用契約の一方当事者である場合には,契約締結において経済力または情報力の格差から十分な交渉力を有さず,たとえ自己にとって不利な内容の利用契約であっても実際には契約締結を余儀なくされるという事態は十分にあり得るところであるが,他方で,大企業が著作権者として利用契約の一方当事者である場合も少なくなく,利用契約の実態は千差万別である。そうすると,全ての利用契約について,「著作権者は構造的な弱者である」との前提にたってカテゴリックに法律上特別な扱いをすることは,現状にも合致しないであろう。
 したがって,この点は,我が国における利用契約の実態をも踏まえたうえで,個別具体的なケースごとに検討するのが適切であると考えられる。

2  利用契約の解釈の問題について

 以上からすると,当事者が利用契約の締結時に予見しえなかった未知の利用方法が利用契約の対象に含まれているか否かは,個別の利用契約の解釈問題に帰着すると考えられる。 ここでの問題の実質は,新たな技術発展等によって実現した著作物の新たな利用から生ずる経済的な収益を,利用者のみが獲得すると解してよいか,それとも,著作権者にも相当の範囲で収益の分配を認めるべきであるか否かにある。
 当初の利用契約を締結した時点においては,契約当事者が,問題となっている新たな利用方法については「予見しえなかった」のであるから,当事者の意思が必ずしも決め手にはなるとは言えない。しかし一般論としては,譲渡人が取得すべき将来の不確定な収益に対する権利を契約によって包括的に譲渡することも可能であるから,著作権者が当該利用方法の経済的価値を認識した上で利用契約を締結していないからといって,一般に予見しえなかった利用方法が利用契約の対象に含まれないというわけでもない。

 そうすると,当該利用方法が利用契約の対象に含まれていると解すべきかは,著作権者が,利用契約に基づく著作物の利用について,すでに十分な対価を得ていると評価されるか否かが重要となろう。
 この点では,利用権付与の対価の決定方法として,利用者が取得する収益に比例した方法が採られている場合には,利用契約に含めて解してもそれほど問題は生じないと思われる。問題となるのは,一括かつ定額の対価によって,包括的に利用権が付与された場合であるが,この場合については,将来の不確定な利用方法から得られる収益の可能性を,当事者が十分に評価したうえで,対価を決定したとみることができるのかが重要な考慮要素となるであろう。

3  解釈方法・解釈準則の立法化の必要性

 以上のような考え方に立つときに,未知の利用方法に関し,利用契約の解釈方法ないし解釈準則を著作権法に設けるべきか否かが問題となる。利用契約の解釈が争われる具体的な場面としては,次の二つを区別することができよう。

ア. 利用契約に「個別の利用目的が掲記されていた場合」
   利用契約において「個別の利用目的が掲記されていた場合」には,新たな利用方法がそれに含まれるかという形で問題が現れる。従来はアナログ形式で利用されてきた著作物がデジタル化された場合に,当初の利用契約の対象がそこまで含まれるか否かが問題となる場合がその典型例である。
 この場合に,例えば,「当初の利用契約に掲記された利用目的または利用方法と経済的に同視しうべきものは,特段の事情がない限り,当初の利用契約の内容に含まれる」といった解釈規定を設けることが考えられる。しかし,上記の考え方に立てば,「経済的に同視しうべきか」の判断は,具体的なケースに即した諸事情が総合的に考慮されるべきであるから,このような解釈準則を設けることにそれほどの有用性は認められないといえる。

イ. 利用契約に「包括的な文言が使われている場合」
   利用契約の文言上は,包括的な形で利用契約の対象が示されている場合がある。「すべての複製権を譲渡する」と定める場合がその典型例である。この場合には,利用契約の文言を形式的にとらえれば,未知の利用方法についても含まれると解釈すべきことになるが,上記の考え方からすれば,利用契約における利用権の範囲を限定して解釈することも十分に可能である。
 その場合に裁判所が用いることができる法的手法としては,利用契約の合理的ないし限定的解釈によるほか,公序良俗(民法第90条)により利用契約の効力を一部否定することも考えられる(将来譲渡人に生ずべき収益の包括的な処分の有効性については,将来債権の一括譲渡に関する判例(最3小判平成11年1月29日民集53巻1号151頁)が参考になる)。
 以上からすれば,未知の利用方法に関する利用契約の解釈問題については,個別具体的な事案に即して,民法の一般原則を用いて裁判所が合理的な解釈を行うことに委ね,判例の集積を通じて法形成がなされるのが適切であり,少なくとも現時点においては,著作権法に特別な規定を設ける必要はないと考える。
 なお,上記のような裁判所による利用契約の解釈等による対応には限界があることが判明した場合には,諸外国の法制で採用されている法的手法を参考にしながら,我が国における利用契約の実態等の把握を踏まえつつ,適切な立法対応の可能性について検討を行うこととなろう。



(外国の立法例)

  ○米国注釈39
    第203条 著作者の権利付与による移転および使用許諾の終了
      (a)終了の条件
         職務著作物以外の著作物の場合,1978年1月1日以後に著作者が遺言以外の方法によって行った,著作権またはこれに基づく権利の移転または独占的もしくは非独占的な使用許諾の付与は,以下の条件において終了する。
  (1)・(2) 略
  (3)  権利付与の終了は,権利付与の実施の日から35年後に始まる5年間にいつでも行うことができる。また,権利付与が著作物を発行する権利にかかる場合,上記期間は,権利付与に基づく著作物の発行の日から35年後または許可の実施の日から40年後のうち,いずれか早く終了する期間の最終日から起算する。
  (4)  略
  (5)  権利付与の終了は,いかなる反対の合意(遺言を作成しまたは将来の権利付与を行う合意を含む)にかかわらず行うことができる。
      (b)略

   
注釈39 山本 隆司・増田 雅子共訳・前掲書

  ○フランス注釈40
   
第122の7条  上演・演奏権及び複製権は,無償又は有償で譲渡することができる。
2  上演・演奏権の譲渡は,複製権の譲渡を伴わない。
3  複製権の譲渡は,上演・演奏権の譲渡を伴わない。
4  契約が,この条にいう二の権利の一方の全部譲渡を伴う場合には,その有効範囲は,契約に定める利用方法に限定される。

第131の2条  この章に定める上演・演奏契約,出版契約及び視聴覚製作契約は,文書で作成しなければならない。演奏の無償許諾についても,同様とする。
2  その他のいずれの場合にも,民法典第1341条から第1348条までの規定が,適用される。

第131の3条  著作者の権利の移転は,譲渡される各権利が譲渡証書において個別の記載の対象となり,かつ,譲渡される権利の利用分野がその範囲,用途,場所及び期間に関して限定されるという条件に従う。
2  略
3  視聴覚翻案権を対象とする譲渡は,印刷著作物の本来の出版に関する契約とは別個の文書による契約書の対象としなければならない。
4  譲受人は,この契約によって,譲渡された権利を利用するように職業上の慣行に従って努力することを約束し,及び翻案の場合には,受け取った収入に比例する報酬を著作者に支払うことを約束する。

第131の4条  著作者によるその著作物についての権利の譲渡は,全部又は一部とすることができる。譲渡は,販売又は利用から生ずる収入の比例配分を著作者のために伴わなければならない。
2  ただし,次の各号に掲げる場合には,著作者の報酬は,一括払い金として算定することができる。
  (1)  比例配分の算定基礎を決定することが実際上できない場合
  (2)  その配分の適用を管理する手段を欠く場合
  (3)  その算定及び管理の実施のための経費が,到達すべき結果と釣合いがとれない場合
  (4)  著作者の寄与が著作物の知的創作の不可欠の要素の一を構成しないため,又は著作物の使用が利用される目的物と比較して付随的なものにすぎないために,利用の性質又は条件が,比例報酬の規則の適用を不可能とする場合
  (5)  ソフトウェアを対象とする権利の譲渡の場合
  (6)  その他この法典に規定する場合
3  有効な契約から生ずる使用料を,著作者の求めに応じて,両当事者間において,両当事者間で定める期間について一括年払い金に変更することも,同様に適法とする。

第131の5条  利用権の譲渡の場合において,著作者が過剰損害又は不十分な予測に基づいて著作物から生ずる収益の12分の7以上の損害を受けたときは,著作者は,契約の価格条件の修正を要求することができる。
2  この要求は,著作物が一括払いの報酬と引き換えに譲渡された場合に限り,行うことができる。
3  過剰損害は,そのような契約による損害を受けたと主張する著作者の著作物の譲受人による利用の全体を考慮して,評価される。

第131の6条  契約の日に予想することができなかった,又は予想されなかった形式で著作物を利用する権利を付与するための譲渡条項は,明示規定とし,かつ,利用から生ずる利益の相関的な配分を定めなければならない。

第131の8条  この法典第112の2条に定める著作物の譲渡,利用又は使用に際して著作者,作曲家及び芸術家に対して最後の3年間に支払われるべき使用料及び報酬の支払いに関して,これらの著作者,作曲家及び芸術家は,民法典第2101条第4号及び第2104条に規定する特典を享有する。

注釈40 大山 幸房訳・前掲書

  ○ドイツ注釈41
    第31条 利用権の許与
     
1〜3略
4  未知の利用方法に対する利用権の許与及びこれに対する義務づけは,無効とする。
5  利用権を許与するに際して,利用方法が明確にひとつひとつ表示されていない場合には,両当事者が基礎とした契約目的にしたがい,利用権がいかなる利用方法に及ぶかが決定される。利用権が許与されたか否か,通常利用権か排他的利用権か,利用権及び禁止権はいかなる範囲に及ぶか,並びに利用権はいかなる制限に服するかについても,同様とする。

    第32条 相当な報酬
     
1  著作者は,利用権の許与及び著作物利用の許諾と引き換えに,約定された報酬を求める請求権を取得する。報酬の額の定めがない場合には,相当な報酬が約定されたものとみなす。約定された報酬が相当なものではない場合には,著作者は,契約の相手方に対して,著作者に相当な報酬を認める契約の改定に同意するよう求めることができる。
2  略
3  契約の相手方は,第1項及び第2項に反し,著作者の不利になる約定を援用することはできない。第1文に掲げる規定は,別の方法により回避される場合にも適用される。但し,著作者は,何人に対しても,無償にて,通常利用権を許与することができる。
4  略

    第32 a条 著作権のさらなる利益配当
       
1  著作者が,相手方に対して,利用権を許与したが,その条件が,約定された反対給付が著作者の相手方に対する全関係に鑑みて著作物利用から生ずる収益及び利益に対して明らかに不均衡をもたらすものであった場合には,この相手方は,著作者の求めに応じて,契約の改定に同意する義務を負う。この契約の改定により,著作者には,状況次第で,さらに相当な利益分配が認められる。契約当事者が,得られた収益又は利益の額を予期していたか否か,又は予期することができたか否かは,重要ではない。
2  相手方が,利用権を譲渡し又はさらに利用権を許与した場合であって,第三者の収益又は利益から明らかな不均衡が生じているときは,この第三者は,ライセンスの連鎖における契約関係を顧慮して,第1項にしたがい,著作者に対して,直接,責任を負う。相手方は,責任を負わない。
3  第1項及び第2項に基づく請求権は,あらかじめ放棄することができない。この請求権に対する期待権は,強制執行を受けない。この期待権の処分は無効とする。
4  略
   
注釈41 渡邉 修訳・前掲書


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