4. |
著作権法第61条第1項の解釈について(一部譲渡における権利の細分化の限界)
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(1) |
現行制度
著作権は,その全部又は一部を譲渡することができる(第61条第1項)。
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(2) |
問題の所在
著作権法は,著作権の一部を譲渡することができるとしているが,ここでいう一部とはどのような単位を指すのか,利用形態,期間,地域による細分化が認められるのかについては明らかではない。
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(3) |
立法趣旨
旧著作権法第2条は,「著作権ハ之ヲ譲渡スルコトヲ得」と定めていたが,昭和9年法律第48号により,出版権の創設と同時に「著作権ハ其ノ全部又一部ヲ譲渡スルコトヲ得」と改正された。現行著作権法は,この規定をそのまま引き継いでいる。
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旧著作権法立法時(明治32年)
著作権の譲渡については,明治32年制定時から,登録が対抗要件とされていたが(第15条第3項),おそらく後述する昭和6年著作権法施行規則の制定までは,「興行権のみの譲渡」や「年限を限定した譲渡」を登録できる制度は用意されていなかったようである。
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著作権法中改正案(大正15年)
内ヶ崎作三郎他三名の議員が,制限を付した著作権の譲渡が可能である旨を規定する条文案 を含む「著作権法中改正法律案」(大正15年第51議会)を提出したが,審議未了により不成立に終わっている。
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著作権法施行規則(昭和6年)
内務省は,昭和6年7月28日制定の著作権法施行規則第3条において,一部譲渡・制限付移転の登録手続を定めている。 この施行規則制定についての解説は見つからなかったため,この時期にこのような改正をなぜ行ったのかは不明である。また従前から行われていた登録実務を明文化したものか,変更したものかも不明である。しかしながら,少なくとも所管官庁たる内務省の考えとしては,一部譲渡や制限付譲渡が可能であるとの理解に立っていたことは確かである。
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旧著作権法の一部改正(昭和9年)
出版権の創設に伴い,著作権の一部譲渡が可能であることを確認的に規定する改正が行われた
なお,本改正の起草担当者であった小林尋次氏は,この改正は大正15年改正案の第2条及び第2条の4の改正案と「全く同一趣旨に則ったもの」であるとしている。
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著作権制度審議会答申・答申説明書(昭和41年)
昭和9年改正後,解釈上及び実務上著作権の可分性の範囲及び譲渡の際に付し得る制限の範囲が不明確であるという問題が生じ,これは著作権制度審議会における検討当時も認識されていた問題であった。例えば,答申審議の段階において,あまりにも細分化された著作権の分割譲渡の登録は文部省(当時)において受理しないように措置することが望ましいとの指摘が一部の委員からあったとされる。
しかしながら,著作権制度審議会答申はこの問題については触れず,答申説明書において,著作権の全部又は一部を譲渡することができるとする旧著作権法を維持すると説明するに留まっている。 |
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第二条 著作権ハ制限ヲ付シ又ハ付セスシテ之ヲ譲渡スルコトヲ得
第二条ノ四 著作権譲渡ノ場合ニ於テ左ノ行為ヲ為ス権利ハ別段ノ契約ナキ限リ移転セザルモノトス 一〜四 (略) |
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著作権法施行規則(昭和6年7月28日内務省令第18号)
第三条 著作権ノ一部移転又ハ制限付移転ノ登録ヲ申請スル場合ニ於テハ移転スベキ権利ノ部分又ハ制限ヲ登録申請書ニ記載スベシ著作権又ハ之ヲ目的トスル質権ノ承継人ガ多数ナル場合ニ於テ登録原因ニ持分ノ定アルトキ其ノ持分ニ付亦同ジ |
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第二条 著作権ハ其ノ全部又一部ヲ譲渡スルコトヲ得 |
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小林尋次「現行著作権法の立法理由と解釈−著作権法全文改正の資料として−」昭和33年文部省 |
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(4) |
検討内容
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一部譲渡を認める意義
我が国著作権法は,著作権の譲渡・出版権の設定以外に,第三者が著作物の利用についての「物権的な権利」を得るための制度を有していない。現行制度では,許諾は全て債権的権利であり,被許諾者(ライセンシー)は,独占利用許諾契約を結んだとしても当該独占性は債権的効力しか有さないため第三者が利用することについて当然には差し止めることはできない。さらに,利用許諾について対抗要件制度が存在しないため,著作権者(ライセンサー)が破産した場合や第三者に著作権が譲渡された場合,引き続き当該著作物を利用することについても,破産管財人や譲受人に対抗することができないと解されている。
著作物には多様な利用形態が存在し,利用形態毎に独立の経済的効用を期待し得る。著作物の利用に係る「物権的な権利」を,第三者に与えるに際し,著作権の全部を譲渡するか又は全く譲渡しないかの二者択一しかないとすれば,著作権者及び利用者の双方にとって不便である。ここに著作権の一部譲渡を積極的に認める意義がある。
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著作権の可分性の検討
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ア. |
著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利の譲渡
著作権法第21条から第28条までに規定する複製権,上演権,演奏権,上映権,公衆送信権等については,これらの単位での譲渡が認められるというのが通説である。第61条第2項の規定からも,少なくとも,第27条に規定する権利,第28条に規定する権利が分割して個別に譲渡できることについては疑いがない。ただし,法改正により著作権法の規定が変わったもの(例えば,放送権と公衆送信権など)があることには留意する必要がある。
しかしながら,著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利の譲渡についても,複製権と譲渡権の譲渡を別々に認める必要性(独立の経済的効用を期待できると言えるか),複製権と公衆送信権若しくは見なし侵害規定等における権利間の重複という問題がある。
なお,「著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利毎に別々に譲渡できる」との解釈は,かえって「著作権全部の譲渡」を難しくする可能性がある。例えば,破産した著作者の著作権について破産財団に帰属することとなるが,破産手続きの終了後に,新しい権利(例えば貸与権)が著作権法に規定された場合,著作者は新しい権利を有するとの解釈論が存在し得ることとなる。なお,合意による譲渡についても同様である。
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イ. |
更に細分化された利用態様別の権利の譲渡
著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利よりも細分化された権利,例えば,著作物を英語に翻訳して出版する権利,音楽の著作物をレコードに録音する権利小説を映画化する権利といった,実務上も別個の権利として区別されており,かつ社会的にそのような取り扱いをする必要性が高いものについては,細分化が可能とする見解が一般的であるが,その限界は明確ではない。
判例には,著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利よりも細分化された権利単位で譲渡できることを前提とした判決 がある。
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ウ. |
期限付き譲渡(時間的な限定を付した譲渡)
期限付き譲渡は,譲渡としての効力は認められるとする考え方が一般的である。判例も傍論であるが「時間的一部の譲渡」を認めたものがある。 期限付き譲渡については,時間的に分割された著作権の譲渡とする (期限付き譲渡を一部譲渡として認める)考え方と,解除条件付きの譲渡契約や買い戻し特約付きの譲渡契約とする(一部譲渡としての期限付き譲渡は認めない)考え方がある。
両者の考え方の違いは,期限の到来前に譲渡人・譲受人が破産した場合等に現れる。期間限定を解除条件,買戻特約付の譲渡と解する場合,期間の限定が登録簿に公示されていても(この立場からは本来公示すべきでないことになるが),原著作権者は譲受人の破産時に期間制限の存在を第三者に主張できない可能性がある。期限付譲渡を一部譲渡として認める見解からは,期間が限定されていることが公示されていれば原著作権者は第三者に期間の制限を主張することができる。
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エ. |
地域を限定した一部譲渡
地域を限定する譲渡は認められるとする考え方が一般的だが,対外的な権利関係が不明確になる,錯綜する場合については効力が否定される可能性があるとする見解や,境界を跨いだ複製物の流通を阻止できるような解釈論までは許容されないとする見解がある。
また,同一国内(同一法領域)における地域的分割が可能であるかについては国際的にも議論のあるところである。
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東京地判平成14年10月24日平成12(ワ)22624等〔風雲ライオン丸〕では,地上波による放送権のみが譲渡され,有線放送・衛星放送に係る権利は原著作権者に留保されていると認定した。東京地判平成15年12月19日判時1847号95頁〔記念樹・第二訴訟 〕では,編曲権及び編曲権侵害に係る二次的著作物に関する28条の権利が信託譲渡の対象ではないと認定している。
他方,東京地判平成6年10月17日判時1520号130頁〔ポパイベルト〕は被告による著作権の時効取得の主張を退けるに際し,連載漫画中のどこのコマかも特定されていない著作物の量的一部についての複製権の譲渡は許されないと述べている。 |
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東京地判平成9年9月5日判時1621号130頁〔ダリ展覧会用パンフレット事件〕・東京高判平成15年5月28日平成12(ネ)4720〔ダリ山梨控訴審〕 |
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著作者Aから第三者Bに「2007年までの著作権」が譲渡された場合,この譲渡を一部譲渡として位置づけると,2007年に著作権がBからAに戻ってくるというよりも,論理的には,Bは現在から2007年まで効力を有する著作権を有し,Aは2007年以降保護期間満了まで効力を有する著作権を有することになるであろう。 |
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他の財産権との比較 |
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ア. |
所有権の場合
物の使用,収益及び処分をなし得る権利として所有権があるが,所有権はその一部を譲渡することはできない(共有持分の譲渡は除く)。例えば,所有権を時間的に分割して第三者に譲渡することもできない。
所有権者は,物を部分的に又は一定期間に支配する定型的な内容の制限物権を第三者に設定することができる。例えば,土地の所有権者は地上権(民法第285条)を設定できる。
地上権者は,その地上権を(多くの場合工作物と共に)他者に譲渡すること,及び土地を他者に賃貸することができると解されている(永小作権については民法第272条で明示されている)。地上権の設定によって,所有権の排他的支配力は設定した範囲について制限されるが,設定した期間が終了すれば制限物権は消滅し,所有権は自動的に元の排他的支配力を回復する。
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イ. |
特許権の場合
現行法上,特許権はその一部を譲渡することはできない。
しかしながら,第三者に特許権の一部の利用について「物権的な権利」を設定することができる専用実施権制度を有している。特許法の専用実施権は,旧特許法下の「特許権の制限付移転(いわば一部譲渡)」と「独占的利用許諾」の双方に対応するものとして創設されたものであり,登録しなければ効力を生じない。なお,期間,実施態様,地域等の制限を付した登録が可能との実務運用がなされている。
専用実施権は,特許権者の承諾を得なければ,第三者に譲渡すること(特許法第77条3項)や,第三者に通常実施権を許諾すること(特許法第77条4項)ができない。専用実施権設定時の特許権者の侵害者に対する差止請求権については,最判平成17年6月17日平成16年(受)第997号がこれを肯定している。
登録を効力発生要件としたために,「登録による専用実施権」は余り用いられず,「契約による独占的通常実施権」が用いられることが実務上多い(特に,代表取締役が特許権を有し,会社に実施させている事案については,会社に黙示の独占的通常実施権が認定されることが多い)。そして,特許権の侵害者に対する独占的通常実施権者による損害賠償請求については,一般論として否定する判例は存在しない(大半の判例では結論としても認容)。差止請求については,訴訟提起の段階では専用実施権登録を経ていたり,特許権者が差止請求をする事案が多いため,最近の判例では余り争点となっていない。
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(5) |
検討結果
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現行制度の評価
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ア. |
一部譲渡の意義・機能
著作物の利用行為につき,内容的・時間的制限を付して物権的権利を設定する実際上の必要性が存在し,現に一部譲渡が用いられている。国際的にも,内容的・時間的制限を付された著作権の譲渡(一部譲渡)あるいは排他的許諾が有効とされている。我が国の著作権法は,法定の内容を有する出版権と共に,当事者が譲渡される権利の範囲を決定できる一部譲渡の制度を設けている。これにより著作権者は他者に柔軟な内容の排他的権利を移転することができ,また譲渡された権利が一部に過ぎないことを登録しておけば,第三者(譲渡された権利の転得者)に対抗できる。
また細分化された一部譲渡を認めることは,著作者が譲渡した権利の範囲を限定的に解釈する余地を広げる機能を果たしている。
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イ. |
「一部譲渡の問題点」の検討
著作権の一部を譲渡することが所有権との対比において理論的な問題があるとの指摘があり,特に期間が限定された著作権の譲渡は一部譲渡とは認めるべきでないとの意見がある。しかし国際的な動向にも鑑みると,所有権との対比において論ずべき問題かは議論のあるところであり今後の検討が待たれよう。ただし旧著作権法・現行著作権法が著作権の一部譲渡を明示的に定めてきたこと,また期限付譲渡については立法担当者等が一部譲渡に含まれると解してきたこと,及びア.で述べた一部譲渡の機能を考えると,一部譲渡の限界を明確化する立法を直ちに行う必要はないと解される。
他方で一部譲渡の実質的な問題点として,法律関係の複雑化・権利関係の混乱が指摘されている。この権利関係の混乱は,主に当事者間で,そして登録において譲渡の範囲(特に利用態様)が十分に特定されていないことによって生じる問題と思われる。従って,明確に利用態様が特定された上でそれが公示されている場合にまで細分化された一部譲渡の効力を否定する根拠としては十分でない。むしろ具体的な譲渡毎に,契約および登録の文言に照らして譲渡範囲の特定・公示の解釈により解決されるべき問題であろう。
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ウ. |
代替案としての専用利用権制度
イ.で述べた理論的な問題点に鑑み,特許法において特許権の制限付移転を廃し専用実施権を創設したように,著作権法においても専用利用権 制度を創設することも考えられる。しかし実質的な問題点としての権利関係の複雑化は,専用利用権制度にあっても共通の問題となる 。また著作権の一部譲渡を前提に実務上取引がなされていることを考えると,用語の変更,デフォルトルールの変更により無用の混乱を招くおそれもある。
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今後の立法対応等
一部譲渡の限界を明確化するためだけの立法を早急に行う必要はない。
ただし,ライセンシー保護の立法及び登録制度の見直しとの関係で一部譲渡の問題を再検討する必要が出てくる可能性がある。例えば,対抗要件を備えることにより,独占的な利用許諾を受けた者が独占性を第三者(著作権の譲受人,及び著作権者から後に許諾を受けた者)に主張できるとの制度設計を行った場合には,排他的な利用許諾は一部譲渡と同様の物権的効力を有することにもなる。また著作権移転の対抗要件としての登録制度を見直す場合には,譲渡範囲が一部であることの公示方法についても見直しが必要となろう。
以上のことから一部譲渡の問題は,ライセンシー保護の制度・登録制度の検討の中で,著作権者が物権的権利を第三者に設定・移転するための制度設計の問題(定型的な内容のみを認めるのかそれとも当事者の合意に委ねるのか,対抗要件はどうするのか等)として,専用利用権制度を含む著作物の「利用権」に係る制度の創設も視野に議論されるべきものと思われる。
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専用利用権の内容を仮に現行特許法の専用実施権と同様のもの(但し登録を効力発生要件とはしない)とした場合,専用利用権の主要な内容は以下のようになる(もっとも,専用利用権の立法次第では現行法の一部譲渡と全く同じ内容にすることも可能である)。
(1)専用利用権の譲渡,専用利用権者による利用の許諾に著作権者の承諾が必要となる(但し,現行法の一部譲渡でもこれらの特約・および「処分の制限」としての登録が可能であるから,これらはデフォルトルールの変更にとどまる)。
(2)専用利用権の設定範囲内での侵害行為に対し,専用利用権者・著作権者共に差止・損害賠償請求権を有する。
(3)専用利用権の登録により,専用利用権者は専用利用権の設定を第三者に対抗できる。専用利用権の内容に制限がある場合には,その登録により著作権者は第三者(利用権の譲受人等)にその制限の存在を主張することができる。 |
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但し専用利用権の譲渡,専用利用権者による利用許諾につき著作権者の同意を必要とすれば,一部譲渡の範囲を広く誤解した譲受人による侵害の危険は減ずる。 |
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○ |
英国 |
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(譲渡及び許諾) |
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第90条 |
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(1) |
著作権は,人的財産又は動産として,譲渡,遺言による処分又は法律の作用により,移転することができる。 |
(2) |
著作権の譲渡その他の移転は,1部分とすること,すなわち,次のものに適用されるように限定することができる。 |
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(a) |
著作権者が行う排他的権利を有する事項の1又は2以上であって全部でないもの |
(b) |
著作権が存続すべき期間の1部分であって全体でないもの |
(3) |
略 |
(4) |
著作権者により付与される許諾は,対価を支払った善意の購入者であって許諾の通知(現実の又は推定による)を受けていない者又はそのような購入者から権限を得ている者を除き,著作権上の利益についてのすべての権利承継人を拘束する。また,この部における著作権者の許諾を得て又は得ずにいずれかのことを行うことへの言及は,それに従って解釈される |
(排他的許諾) |
第92条 |
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(1) |
この部において,「排他的許諾」とは,著作権者が別途排他的に行使することができる権利を行使することを,許諾を付与する者を含む他のすべての者を排除して,許諾を得た者に許可する許諾であって,著作権者により又はその者のために署名された書面によるものをいう。 |
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(2) |
排他的許諾に基づいて許諾を得た者は,許諾を与える者に対して有すると同一の権利を,許諾により拘束される権利承継人に対しても有する。 |
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(排他的許諾を得た者の権利及び救済) |
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第101条 |
(1) |
排他的許諾を得た者は,著作権者に対する場合を除き,許諾の付与の後に生じる事項について,許諾が譲渡であったものとして,同一の権利及び救済を有する。 |
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(2) |
その者の権利及び救済は,著作権者の権利及び救済と併存する。また,この部の関係規定における著作権者への言及は,それに従って解釈される。 |
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(3) |
排他的許諾を得た者がこの条に基づいて提起する訴訟において,被告は,訴訟が著作権者により提起されたならば利用することができたいずれの抗弁をも利用することができる。 |