3. |
著作権の譲渡契約の書面化について
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現行制度
著作権は,著作権者による任意の移転が可能である(第61条1項)。そして,著作権の移転は,所有権その他の物権の移転と同様,当事者の意思表示のみによって効力を生じる。すなわち,著作権の売買,交換,贈与,信託等の契約(譲渡契約)成立により移転する。ただし,著作権の移転は,登録しなければ第三者に対抗することができない(第77条)。
我が国においては,一般的に売買等の契約は当事者の意思の合致で成立し,契約書の作成は契約成立の要件ではない。
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(2) |
問題の所在
著作権の譲渡について書面により当事者の意思が明確に確認されないことにより,後日,その契約の解釈について問題となることが多いとされる。そして,この問題は次の2つに場合分けすることができる。
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譲渡された権利の範囲等の明確化の問題
第1に,契約が譲渡契約であるということについては争いがないが,譲渡した著作権の範囲や条件等について事後に争いがある場合である。
これは,ア.譲渡に際しての著作権の細分化が相当程度自由に認められていることや,イ.著作物の利用が技術の進歩や社会の変化により多様化するため当初契約に含まれていたかの判断が難しい新しい利用(媒体・形態)の登場が避けられないこと等に起因する問題であると思われる。ただし,これは譲渡特有の問題ではなく,利用許諾においても同様の問題が生じる。
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契約が譲渡契約であったかどうかの問題
第2に,契約が譲渡契約であったかどうかを争う場合である。
例えば,著作物の制作を第三者に委託する制作委託の場合の著作権の帰属を巡る問題がある。著作物の制作委託契約において,委託者と受託者が,契約時に著作物の著作権の帰属を明確化しないことにより,委託時に両当事者が明確に認識していた利用については(少なくとも利用許諾は認められるだろうから)争いは生じないが,それを超えた利用を行う場合に顕在化する問題である。
また,出版業界等における「買取契約」と呼ばれる契約も,原稿,写真,イラスト等の著作権の譲渡契約であったのかどうかが問題となりやすい。
これらの問題は,譲渡に特有の問題であると思われる。
また,これらの契約の解釈という問題の他に,あまり論じられることはなかったが,譲渡契約時の弱者保護の必要性や諸外国との法制度の調和という問題もあると思われる。
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社団法人日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)は,「著作権法改正に関する要望事項」として著作権等に係る契約の要式化が出されているが,譲渡に限らず利用許諾を含む要望であること,また理由の中に著作物等の多種多様な利用形態の登場をあげていることから,特にの問題についての要望であると考えられる。 |
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(3) |
検討内容
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契約書作成の効果等
具体的検討に先立ち,契約書作成の効果と当事者に契約書を作成させる手段を整理してみたい。
契約書を作ることの効果としては,一般的には,契約当事者の意思を明確にする効果,契約締結時に当事者に慎重な判断を促す効果,訴訟等の争いになった場合の証拠としての効果,契約書を提示することで譲受人が第三者に対し自らが権利者であることを公示する効果等があると考えられる。また,当事者に契約書を作成させる立法手段としては,以下のような方法が採り得るだろう。
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ア. |
要式契約とする(契約書がなければ契約は成立しないとする。)。 |
イ. |
諾成契約であるが,書面作成義務又は書面交付義務を,両当事者又は一方に課す。 |
ウ. |
契約書がない場合,裁判所が契約の存在をみとめない。 |
エ. |
その他 |
ア.については,契約は当事者の意思表示の合致により成立するという原則を変更して,要式契約とすることには相当の理由が必要であるし,契約書がなければ契約の成立をみとめないとすることまで必要かどうかの検討が行われなければならない。
イ.については,このような立法例は,特に事業規制として我が国にも見られるところであるが,いずれにせよ必要性について十分な検討を行わなければならない。
ウ.については,我が国の訴訟における自由心証主義の例外として,書証主義をとることになるので,アと同様に相当の理由が必要であろう。
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過去の検討の整理
過去2回の検討は,いずれも契約の要式化について検討しているが,著作権制度審議会は譲渡契約のみを,著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループは利用許諾を含む著作物の利用契約全般を対象としている。
従って,特に著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループにおける議論は,(2)の問題についての議論であったと考えるべきであろう。一方,著作権制度審議会における議論では,要式契約化の意義を,当事者間の関係を明確にして将来における紛議を回避し,また,紛争が生じた場合における事実認定を容易にする等の点に認めていたようであるが,それが(2)のとのどちら念頭においていたのかは明らかではないが,おそらく両者を区別せずに議論していたものと思われる。ただし,「書面による契約を期待すること」ができない譲渡契約の実態に言及している点は,主にが念頭にあったと思われる。
また,いずれの議論にも共通することは,要式契約化(すなわち契約書がなければ契約成立してないとすること。)について,そこまでの必要性を認めていないということ,そして著作権だけの特別なルールを作ることについては消極的であったということである。
我が国は,例えば不動産の所有権の譲渡契約についても諾成・不要式契約であるし,特許権の譲渡契約も,登録しなければ移転の効力を生じないが,口頭の譲渡契約であっても無効ではなく,譲渡人は,譲受人に対して移転登録手続を行うべき契約上の義務を負う。そうすると,なぜ著作権の譲渡についてのみ書面を要求し,要式契約とする理由の説明は難しい。もっとも,不動産については登記することが一般的であるし,特許権については登録しなければ特許権が移転しない等,契約自体の成立とは別の面で当事者合意の書面による明確化が図られる仕掛けとなっている(書面がなければ登記又は登録を行うことができない)一方,著作権は登録が第三者対抗要件となっているがほとんど登録が利用されておらず,補完的役割を担っていないという違いもある。
また著作物の制作委託等のような場合に契約内容の具体的な条項の詰めを行う前に,受託者が著作物の制作に取りかかるという場合も多いが,このように契約の履行行為が契約書の作成に先行するということは,著作物の制作委託に関わらず我が国の契約に係る実態としてしばしば見られるところである。
我が国の契約法ルールはこのような実態とも相互関係にあるため,著作権の譲渡だけに特別のルールを作った場合,著作物の制作委託等の実態等がこれに対応できるかどうかはかなり疑問があり,また少なくともそのためには大きな努力を必要とすると思われる。
なお,契約書を作成させることで譲渡人である著作者に慎重な判断を促すといった著作者保護の発想は,過去の検討からは明示的には読み取れないし,諸外国と法制度が異なることによる,書面なき外国著作権の譲渡の有効性や訴訟等の場面における扱いに係る国際私法上の問題の議論は一切行われていない。
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第1の問題点(2)の検討
(2)の問題は,利用許諾における「利用許諾契約における利用権の範囲の解釈問題」とも共通する契約の解釈問題である。当事者は契約の存在又は有効性を争っている訳ではないので,過去の議論と同様に,契約書がなければ譲渡契約の成立を認めないとする対応によって解決をはかろうとするのは適当ではないと思われる。
もちろん,その他の手段により契約書作成を強制することで,一定程度の契約内容の明確化の効果は期待できるが,契約書を作成したとしても当事者の意思表示が書面上不明確であれば何の問題解決にもならないし,契約書があっても解釈についての争いが起きている実態にかんがみれば,要式契約化その他の契約書作成の強制は,問題に対する完全な解答とはならない。
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第2の問題点(2)の検討
契約が譲渡契約であったかどうか争う場合に,その解決策として譲渡契約の要式契約化及びその他の契約書作成の強制を制度化(証拠ルール化)することによって,紛争解決を容易にすることは可能であるが,これは,「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」について「契約成立の有効性を認めない」というペナルティを与える制度であり,このペナルティが課せられるのは著作権の譲渡を受けたと主張する側となる。
しかし,この問題は,「当事者が著作権の帰属について明確に取り決めをしない(著作権の譲渡について書面で意思表示しない)」ことが原因であるなら,問題の解決法として著作権の譲渡を受けたと主張する側だけがペナルティを負う制度には疑問がある。
もちろん,約款規制的な視点や独占禁止法的視点から,例えば,個人の著作者が制作委託契約において,大企業である委託者から一方的に提示された制作委託契約約款中に著作権の帰属について一切触れられていなかったような場合に,当事者間で著作権の譲渡があったかどうかが紛争となったとすれば,裁判所が「表現使用者に不利に解釈」して著作権譲渡契約の存在を否定するということがあるかもしれない。しかし,「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」一般について,他の要素を考慮せずに,著作権の譲渡を受けたと主張する側に不利に判断することは適当ではない。
なお,このような問題に対する判例からも特に基準は抽出できない。例えば,同一案件について,下級審と上級審で,事実認定が異なる場合も見られる。
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下請代金支払遅延等防止法の施行
なお,弱者保護の観点からの対応としては,平成16年4月1日から施行された改正下請法により,新たにプログラムや映画・放送番組等の情報成果物の作成に係る下請取引等が規制対象となっている。下請法は,発注元の親事業者に対し,下請の内容,下請代金の額,支払期日及び支払方法等を記載した書面(3条書面)の下請事業者への交付義務を課すことによって,下請取引の公正化を図るための法律である。著作物の制作委託契約に関する契約の問題については,下請法により一定程度の手当が行われていることにも留意すべきである。
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原色動物大図鑑事件(東京地裁昭和62年1月30日判決・判例時報1220号127頁,東京高裁平成元年6月20日判決・判時1321号151頁)なお別事件であり,事情も異なる事案ではあるが,類似するケースで著作権譲渡の有無に関し結論を異にした判決例としてブランカ写真事件(東京地裁平成5年1月25日判決・判例時報1508号147頁)とアイビーロード写真事件(東京高裁平成14年7月11日判決)がある。 |
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同法の運用に関する公正取引委員会の運用基準(「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(全部改正)平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号)は,情報成果物作成委託に係る作成過程を通じて発生した知的財産権につき,親事業者がその作成の目的たる使用の範囲を超えて知的財産権を自らに譲渡等させることを『下請事業者の給付の内容』とする場合には,3条書面に情報成果物に係る知的財産権の譲渡・許諾の範囲を明確に記載する必要があるとしている。 |
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(4) |
検討結果
諸外国の立法例をみると著作権の譲渡について書面の作成を要求する立法例は多い。しかし,我が国において同様の立法することは,必ずしも適切であるとは言えない。
その理由として, |
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不動産の所有権その他の物権の譲渡契約一般が要式契約とされていない我が国の法制度の中で,著作権の譲渡契約についてのみ要式契約とするだけの十分かつ合理的な理由を見いだせないこと, |
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著作権の譲渡について書面の作成を要求する国には,著作権に限らず,不動産の所有権や一定価値以上の権利の譲渡にも書面を求める等の法制度を採っており,それとは異なる法制度を採る我が国において同様に考えるべき必然性はないこと, |
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我が国の民事訴訟では,著作権の譲渡につき争いがある場合には,著作権の譲渡があったと主張する者がその点について主張・立証責任を負うとされ,契約書面がない場合には,それ以外の証拠方法によって譲渡契約の存在が認定されない限り,著作権の譲渡はなかったものと判断される。従って,契約書面のないことによる不利益は,現行法制度のもとでも譲渡を主張する側に発生しており,契約書面以外の方法により著作権譲渡を立証し得る場合にもそれを否定する法制度が必要か・妥当かについて疑問があること, |
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むしろ自由心証主義のもとで裁判所が個別事案に応じた適切な事実認定及び契約解釈を行うことにより,合理的かつ公平な結論を得られると期待できること,
を挙げることができる。 |
また,実態としても, |
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著作物の中には映画やゲームソフトのように経済的価値の大きいものや,小説や芸術写真のように高度の精神的活動の所産であるものが含まれる反面,業務報告書やスナップ写真のようにごく日常的に作成されるものも多数含まれ,それらの著作権の譲渡に一律に契約書面を要求するのは必ずしも適切ではないと思われる。 |
なお,弱者保護の検討の必要性については,以下の理由から著作権の譲渡契約に関して何らかの手当が必要な差し迫った状況にはないと考える。 |
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原始的著作権者には零細な個人の著作者のみならず,大規模なソフトウェア会社・映画製作者等の法人や,個人であっても強大な立場を有する著作者もおり,原始的著作権者をもって社会的・経済的弱者であると断じることはできないこと, |
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社会的・経済的弱者保護の法制度としては,制作委託契約に伴う著作権譲渡のケースに対象が限られると思われるが,既に下請法による規制が存在しており,著作権法とは異なる法制度のもとで社会的・経済的弱者である著作者の保護を図る余地があること, |
ただし,諸外国の法制度と比較した場合,我が国の法制度がかなり特殊であることから,今後,仮に我が国において著作権の譲渡契約を要式契約化する等した場合にどのような不都合が生じるおそれがあるかについてさらに議論を深める必要がある。
また,国際化の進展に伴い,著作権が国際取引によって譲渡される場合が多くなっているが,我が国の法制度が著作権譲渡について契約書面の作成を要求しないとすれば,諸外国では契約書面を要求されることが多いことから, |
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我が国の著作権を譲渡する契約の準拠法が契約書面を要求する国の法律であった場合, |
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逆に,著作権譲渡に契約書面を要求する国における著作権を,我が国の法律を準拠法とする契約によって譲渡する場合, |
のそれぞれに生じる国際私法上の問題を検討しておく必要がある。
また,外国の裁判所で争われた際にどのような結論になるのかについても,注意が必要である。 |