第2節 科学の発展と絶えざるイノベーションの創出

2.イノベーションを生み出すシステムの強化

 第3期科学技術基本計画において,イノベーションは,「科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ,新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新」と定義付けられています。この計画においては,我が国発のイノベーションの実現を通じて,潜在的な科学技術力を,本格的な産業競争力の優位性や,安全・健康など広範な社会的課題の解決などへの貢献に結び付け,日本経済と国民生活の持続的な繁栄を確実なものにしていくことの重要性が示されています。
 各国がイノベーション政策を掲げ,世界的に競争が激しくなっている中で,我が国の国際競争力を維持・発展させていくためには,イノベーションの源泉である大学や公的研究機関等の基礎研究について多様性を確保しつつ推進するとともに,新技術の創造・育成を図り,優れた研究成果を効果的にイノベーションに次々とつなげていくことが重要です。このため,産学官が一体となってイノベーションを生み出すシステムを強化する必要があります。
 近年,イノベーションの源泉である大学において,国立大学法人化による研究活動の活性化へ向けた取組が始まっており,文部科学省においても,基礎研究の推進(参照:第2部第6章第1節)のほか,産学官連携,知的財産戦略,地域科学技術の振興など,イノベーションに重要な科学技術システムの整備を進めています。
 また,総合科学技術会議は,科学技術を一層発展させ,その成果を絶えざるイノベーションにつなげるため,「イノベーション創出総合戦略」(平成18年6月14日),「科学技術の振興及び成果の社会への還元に向けた制度改革について」(18年12月25日)を策定し,関係大臣に意見具申しました。

(1)基礎からのイノベーションの創出

 基礎研究には,研究者の自由な発想に基づく研究と,政策に基づき将来の応用を目指す研究があります。特に,後者は,政策目標の達成に向けて経済・社会の変革につながるイノベーションの源泉となる知識の創出を目指して進めることが求められています。
 戦略的創造研究推進事業は,イノベーションの創出につながる研究成果を生み出すことを目的として,政策課題対応型の基礎研究を推進する競争的資金制度です。経済・社会ニーズを踏まえ文部科学省が設定した戦略目標の下,科学技術振興機構が研究領域を設け,戦略重点科学技術を中心とした研究開発を戦略的に推進しています(平成18年度予算額は480億円)(図表2-7-5)。

図表●2-7-5 戦略的創造研究推進事業のスキーム(枠組み)図

平成18年度に新たに設定した戦略目標

  • 生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出
  • 医療応用等に資するRNA分子活用技術(RNAテクノロジー)の確立
  • 高セキュリティ・高信頼性・高性能を実現する組込みシステム(注1)用の次世代基盤技術の創出
  • 異種材料・異種物質状態間の高機能接合界面を実現する革新的ナノ界面技術(注2)の創出とその応用
  • ナノデバイスやナノ材料の高効率製造及びナノスケール科学による製造技術の革新に関する基盤の構築
  • (注1)組込みシステム
     産業機器や家電製品などに内蔵される,特定の機能を実現するためのコンピュータシステム。
  • (注2)革新的ナノ界面技術
     異なる物質の境界面で,原子の混ざり具合などの微細な構造を制御することで,もとの物質だけでは得られない新しい特性を引き出す技術。

(2)産学官の持続的・発展的な連携システムの構築

 21世紀は「知の世紀」と言われており,厳しい国際競争の下,「知」の創造とその活用を図ることが,「科学技術創造立国」,「国際競争力のある国」を実現するために必要となっています。産学官連携は,我が国独自の研究成果からの絶えざるイノベーション創出を実現していくための重要な手段であり,持続的・発展的な展開が求められます。
 我が国における産学官連携活動は大きく進展してきており,例えば国立大学等と企業等との共同研究数は5年間で2.2倍となり,平成17年度には,すべての大学等の特許実施件数も前年度比2.7倍の1,283件と急増しています。しかし,世界でも最高水準にある我が国の大学の研究開発能力や欧米における大学の研究成果の活用状況を考えると,これらは必ずしも十分ではなく,今後,より本格的な産学官連携へ深化を図ることが必要です。
 また,知的財産立国の実現を目指す我が国としては,知的財産の取得,活用などを戦略的に進めていくことが必要であり,「知的財産基本法」に基づき,毎年,「知的財産推進計画」を策定しています。現在,政府部内並びに大学等においてこの計画に沿った具体的な取組が進められており,知的創造サイクルにおける知の創造の担い手である大学等に対しては,世界レベルの独創的な研究成果を生み出すことのみならず,国際的に通用する知的財産人材の育成や,大学知的財産本部の国際機能の強化など,国際的な産学官連携活動の強化が強く期待されています。

1本格的な産学官連携への深化

(ア)大学と企業との共同・受託研究

 各大学等では,研究成果を適切に社会還元するため,企業との共同・受託研究をはじめとする外部の組織・機関との連携に取り組んでいます。
 大学等が持つ研究能力と企業の技術開発力を結集することにより,優れた研究成果が期待されることから,幅広い分野で共同研究が実施されています。実施件数は年々増加しており,平成17年度には約1万3,000件となりました(図表2-7-6)。
 また,このような産学の共同研究を推進するための制度として,企業が大学等と共同して行う試験研究のために支出した研究費の一定割合を,法人税などから控除できる税制上の特例措置を設けています。
 さらに,平成18年度からは,イノベーションの創出につなげることを目的として,大学等と産業界による基礎から応用までを見通した共同研究をマッチングファンド方式(注3)で支援する「産学共同シーズイノベーション化事業」を開始しました。
 一方,企業や国の機関,地方公共団体からの委託により,主として大学等が研究開発の主体となる受託研究は,平成17年度には,1万6,000件を突破し,受託研究費総額も1,200億円を超えました(図表2-7-7)。

  • (注3)マッチングファンド方式
     企業などから提供される資金を上限として,大学等の負担する経費を助成する仕組み。

図表●2-7-6 大学等と民間企業との共同研究の現状

図表●2-7-7 受託研究の現状

(イ)産学官連携活動高度化促進事業

 文部科学省では,平成14年度から,産学官連携を推進する際に不可欠な専門知識や実務経験を有する人材(産学官連携コーディネーター)を,大学等のニーズに応じて配置する「産学官連携支援事業」を行っています。この事業は,大学等のシーズ(注4)と産業界等のニーズとのマッチングの促進などによる大学等の優れた研究成果の活用や産学官連携基盤の強化を通じて,大学等の活性化や経済活性化,地域発展に貢献するものです。
 さらに,平成18年度からこの事業を「産学官連携活動高度化促進事業」に発展させ(18年8月現在で91名配置),地域における企業や地方公共団体などとの連携を強化し,大学等の知を活用した地域再生に資するための取組も促進しています。また,産学官連携コーディネーターがこれまでに経験した事例や獲得した知見などを集め,広く関係者等に紹介・普及することを目的として「産学官連携コーディネーターの成功・失敗事例に学ぶ―産学官連携の新たな展開へ向けて―」を作成しました(18年6月)(参照:http://www.sangakukanren-cd.go.jp/index.htm(※文部科学省産学官連携コーディネーターサイトホームページへリンク))。

  • (注4)シーズ
     将来の事業化が見込まれるような大学等の研究成果。
(ウ)研究交流促進法の一部改正

 研究交流の促進により,地域経済の活性化に貢献するため,文部科学省では,構造改革特別区域法において,研究交流促進法に関する特例措置を講じました。この特例は,特区内の国有の試験研究施設などを廉価で使用できる対象の拡大などを図ったものでしたが,構造改革特別区域推進本部決定により,平成17年度中に全国展開のための措置を講ずることとなり,研究交流促進法を一部改正しました(18年7月1日施行)。

2産学官連携の持続的な発展

(ア)産学官の信頼関係の醸成

 持続的な産学官連携のためには,企業や大学等との相互理解が欠かせません。企業と大学等の双方が互いの立場や考え方を十分に理解し尊重し合い,双方向的な対話が深化・進展して初めて我が国社会の明日を拓くための真のパートナーシップが構築されます。

  • 1)産学官連携強化のための情報発信
     産学官連携の強化を促進し,新産業の創出に寄与するためには,産業界と大学や公的研究機関との積極的な情報交換・共有を図ることが重要です。このため,科学技術振興機構において,様々な研究開発支援情報や研究成果情報をデータベース化し,インターネットを通じて幅広く情報提供を行っています。
     また,平成18年7月から,大学,公的研究機関及びTLO(TLO:Technology Licensing Organizaton,技術移転機関)が保有する研究成果の社会還元を促進するため,インターネットを用いて各機関が公開している技術シーズ情報集の一元的な検索と,企業による研究者等への直接アクセスを可能とするシステム(e-seeds.jp(イーシーズ))の運用を開始しました(参照:http://e-seeds.jp(※e-seeds.jp 技術シーズ統合検索システムホームページへリンク))。
  • 2)イノベーション・ジャパン−大学見本市−
     国内における大学や公的研究機関の最先端技術分野の知的財産を,産業界などへ情報発信する全国規模の産学マッチングイベント「イノベーション・ジャパン−大学見本市−」が平成18年9月に東京で開催されました。大学や公的研究機関,民間企業等から約3万9,000人が来場し,会場では,これからの産学官連携についての講演が行われたほか,大学や大学発ベンチャー企業など326団体による最先端の実用化又は実用化間近の研究成果が紹介されました。
  • 3)政府全体としての取組
     平成17年11月に企業・大学・行政の代表者約1,000人以上が参加した「第5回産学官連携サミット」が東京で開催されたほか,18年6月には,全国から企業・大学・行政の代表者や第一線で活躍する研究者や実務家が約3,900人参加した「第5回産学官連携推進会議」が京都で開催されました。なお,この会議では,産学官連携活動で著しく成果を収めた事例に対し「第4回産学官連携功労者表彰」を行い,2事例に対し文部科学大臣賞を授与しました。
(イ)大学等の自主的な取組の促進

 平成16年度の国立大学法人化を機に,各大学等は自らの個性・特色を反映しつつ産学官連携に関する様々な活動を行っています。文部科学省は,研究成果の社会還元を更に進めるため,各大学等の自主的な取組を支援しています。

  • 1)利益相反への取組
     産学官連携活動を推進するに当たり,各大学等や研究機関において日常的に生じ得る「利益相反(注5)」に適切に対応していくことが極めて重要となっています。特に臨床試験・臨床研究においては,研究者と企業という関係のみならず,医師と被験者との関係が発生し,被験者の保護という観点から,より高度な倫理が求められるため,文部科学省では,徳島大学に委託し,平成18年2月に第2回「臨床研究の倫理と利益相反に関するワークショップ」を開催し,「臨床研究の利益相反ポリシー策定に関するガイドライン」を公表しました。このガイドラインには,各大学における臨床研究の利益相反に関する一定のルールの策定のための参考となる基本的な指針・情報が掲載されています(参照:http://wwwip.ccr.tokushima-u.ac.jp/servlet/(※知的財産本部ホームページへリンク))。
  • 2)国立大学法人等による出資
     国立大学法人法において,国立大学法人等の業務として「研究成果の普及とその活用の促進」が位置付けられるとともに,研究成果の活用を促進する事業を行う承認TLO(参照:後述(ウ)(2)へ国立大学法人等が出資することが,知的財産サイクルの好循環と研究成果の社会還元の一層の促進が図られるものとして可能になりました。これを受け,平成18年6月には,新潟大学が国立大学法人等として初めて承認TLOに出資を行いました。
  • 3)ライセンス対価としての株式取得
     国立大学法人が,研究の成果として生み出した特許を企業に譲渡又は実施権の設定などを行う場合の対価として株式を取得することについて,平成17年3月に「国立大学法人及び大学共同利用機関法人が寄付及びライセンス対価として株式を取得する場合の取扱いについて」を策定し,各大学等に周知しました。また,18年3月には,国立大学法人等における株式取得の現状について調査し,結果を公表しました。これにより,資金力の乏しい大学発ベンチャー(注6)企業等への技術移転が容易となり,各大学等の研究成果の社会還元が一層促進されることが期待されています。
  • (注5)利益相反
     教職員又は大学が産学官連携活動に伴って得る利益(実施料収入,事業報酬,未公開株式等)や,教職員が主に兼業活動により企業に負う職務遂行責任と,大学における教育・研究という責任が衝突・相反している状況。
  • (注6)大学発ベンチャー
     大学や公的研究機関の独創的な研究開発成果を基に設立された新規企業のこと。
(ウ)大学知的財産本部とTLOの活性化と連携強化

 産学官連携活動が十分な成果を上げていくためには,大学知的財産本部やTLOの活動を一層活性化し,効果的なものとすることが必要です。各大学は,自らの知的財産本部とTLOの関係を明確にすると同時に,両者の連携を一層強化することが求められています。

  • 1)大学知的財産本部整備事業
     大学における特許などの研究成果の取扱いについては,国立大学法人化に合わせ,「原則として個人帰属」から「原則として機関帰属」に大きく転換されました。このため,15年度から,「大学知的財産本部整備事業」として,34件のモデル整備機関と9件の特色ある知的財産管理・活用機能支援プログラム支援機関を選定し,各大学等における知的財産の創出・管理・活用を戦略的にマネジメントできる体制整備を進めています。
     また,平成17年7月には2か年経過時点における事業計画の達成度などについて中間評価を行いました。さらに,大学知的財産本部を核に,大学内の研究リソースを結集し,組織的に産学官連携を推進するための総合的な体制である「スーパー産学官連携本部」として,34のモデル機関から6大学を選定しました。
     このような体制整備の進展により,産学官連携や技術移転の一層の推進が図られ,大学等における新たな研究開発が進められるとともに,優れた知の活用を通じた我が国経済の活性化が期待されています。
     また,「知的財産推進計画2006」などにおいて大学等の国際的な産学官連携の強化などが求められていることを受け,科学技術・学術審議会産学官連携推進委員会において大学知的財産本部の国際機能の強化など,国際的な産学官連携を進める上での諸課題について検討が行われ,平成18年8月に「審議状況報告」として一定の取りまとめがなされました(参照:https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu8/toushin/06082811.htm(※技術・研究基盤部会 答申等へリンク))。
  • 2)技術移転機関(TLO)
     平成10年8月に「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」が施行されました。この法律は,大学等の研究成果の特許化や産業界への移転の促進を通じて,新たな事業分野の開拓や産業の技術の向上,大学等の研究活動の活性化を図ることを目的としています。同法に基づき,18年7月現在,42のTLOが承認されており,各地域において精力的な活動を行っています。
     また,平成11年10月に施行された産業活力再生特別措置法により,TLOの特許の審査請求料などが2分の1に軽減されています。
(エ)知的財産活動の円滑な展開

 大学等における研究成果が適切に社会還元されるためには,特許などの知的財産として戦略的かつ円滑に管理・活用される必要があり,文部科学省ではそのための様々な支援を行っています。

  • 1)大学や大学教員の特許料等の軽減
     大学などの研究成果が企業で活用されるためには,研究成果を特許権という移転しやすい形にすることが有効です。このため,産業技術力強化法に基づき,大学や大学教員に関する特許の審査請求料などを2分の1に軽減しています。また,国立大学法人に関しては,平成16年度からの3年間,法人化の経過措置として従来の国の機関と同じ扱い(特許料の免除)が認められています。
  • 2)科学技術振興機構の技術移転支援事業
     科学技術振興機構では,大学や公的研究機関などの優れた研究成果の発掘・特許化の支援を推進しています。
     特に「技術移転支援センター事業」では,大学等の研究成果の技術移転についての特許相談・先行技術調査,外国特許の出願費用の支援,全国規模での技術説明会,大学・TLO等における技術移転業務を支援・サポートする人材(目利き人材)の育成,総合相談窓口業務など,研究成果の技術移転に関する総合的支援を行っています。
  • 3)新興分野における人材養成(知的財産)
     平成14年度から,科学技術振興調整費の新興分野人材養成プログラムの中で対象領域を定め,知的財産の確保・活用に関する専門知識を有し,将来,研究現場などにおいて専門的業務を担うことができる人材などの養成を実施しています。

3研究開発型ベンチャー等の起業活動の振興や民間企業による研究開発の促進

 科学技術振興機構では,大学等の研究成果の社会還元を図る「独創的シーズ展開事業」を行っています。これは,研究成果を実用化までの段階や技術移転の形態に応じて,大学発ベンチャーの起業,企業による事業展開に向けた試作品開発,企業への委託による企業化開発を進めるものです。

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