コラム3 安全・安心な社会を目指して

1.「地震動予測地図」

 平成19年3月25日、石川県で発生した「平成19年(2007年)能登半島地震」は、マグニチュード6.9、震度は6強を観測し、あらためて日本が地震列島であることを実感させた。我が国は、居住地に関わらず、地震とは無縁ではない。それゆえ、常に、地震への備えを徹底する必要がある。それでは、日頃から地震に備えるために我々は何をすべきだろうか。この問いに答えるのが確率論的地震動予測地図(かくりつろんてきじしんどうよそくちず)である。確率論的地震動予測地図では、今後予想される全ての地震を考慮して、日本列島の各地、1キロメートル四方ごとの揺れが予測されている。この図は、地震調査研究推進本部により作成されており、世界に類を見ないものである。
 図示されているのは、今後30年以内に震度6弱以上の揺れが起きる可能性である。震度6弱では、耐震性の弱い家は倒壊の可能性がある。特に建築時期が古い建物には、耐震性の判断などの対応が必要となる。図で赤から焦げ茶色の地域では、大規模な地震が発生する可能性が非常に高く、家屋の強度が不十分であれば、即補強、あるいは建替が必要となる。また、黄色い表示も安全ではなく、家具の固定など、すぐできることは、日本全国どこでも必須であることは言うまでもない。
 突然襲いかかる自然災害に対しては、こうした科学技術の成果を利用し、万全の備えを固めておくことが求められている。

確率論的地震動予測地図
資料提供:地震調査研究推進本部

2.「E-ディフェンスを用いた耐震実験研究」

 地震に強い建物や道路や橋などの都市基盤施設を整備することは、地震多発国である我が国における焦眉(しょうび)の課題である。阪神淡路大震災では、耐震設計で想定するよりも大きな地震が襲う可能性や、古い構造物の安全性の低さが露見した。こうした背景から、構造物が崩壊するまでの動きを観察することで、構造物の余力を明らかにし、耐震補強や制振(せいしん)技術等の効果を前もって検証する必要性が明らかになった。
 防災科学技術研究所が保有する実大三次元震動破壊実験施設(E−ディフェンス)は、実際の構造物に強烈な揺れを与え、構造物が損傷・崩壊する姿を再現できる、「耐震工学(たいしんこうがく)における究極の検証手段」である。図1はその模式図で、20メートルかける15メートルの鋼製テーブルに加力装置24機が取り付けられ、三次元の地面の揺れと同じ揺れを再現する。鋼製テーブル上には、最大1,200トン(実物の6階建てマンションに相当)の構造物を載せることができ、また震度7の揺れの再現が可能で、世界中の他の震動台装置と比較しても、図抜けた規模を有している。
 E−ディフェンスは2005年4月に開設以来、既に10を超す実大実験を実施してきている。写真1はその一例で、建築後30年を経た2棟の同一の木造住宅を、同時に震度7で揺らした結果である。写真の左側は無補強の住宅、右側は最低限の耐震補強(筋交いや接合部分の補強など)を施した住宅で、無補強の住宅は脆(もろ)くも崩壊したのに対して、耐震補強した住宅は地震後もしっかりと立ち続けていた。この実験は、人命保護という観点からの耐震補強の重要性をわかりやすく示す良い例といえる。


図1 E−ディフェンス震動台

写真1 木造住宅倒壊実験

資料及び写真提供:防災科学技術研究所

3.陸域観測技術衛星「だいち」

 宇宙航空研究開発機構が開発した陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)は、平成18年1月24日、種子島宇宙センターからH−2Aロケット8号機により打ち上げられた。
 「だいち」は、高分解能の陸域観測データを全球規模で取得することにより、地図作製、地域観測、災害状況把握、資源探査などへ貢献することを目的に開発された地球観測衛星である。その大きさは世界最大級で、質量約4トン、太陽電池パネルを開いた全幅は約28メートルに達し、地球を南北に回る高度約700キロメートルの軌道を約100分間で周回し、世界中の陸域を観測している。
 「だいち」には、地上分解能2.5メートルで、衛星の真下、斜め前方、斜め後方の三方向で地上の様子を撮影し、立体的な地形データを得ることができる「パンクロマチック立体視センサ(PRISM)」、地上分解能10メートルで、カラー画像により地上を撮影することができる「高性能可視近赤外放射計(かしきんせきがいほうしゃけい)2型(AVNIR−2)」、昼夜や天候によらず観測が可能な「フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダ(PALSAR)」の三つのセンサが搭載されており、詳しく陸域の状態を観測することができる。このセンサの一部には首振り機能が付いており、地球上のどこかで災害が発生し、緊急観測が必要な場合、迅速に被災地域を観測することができる。
 平成18年2月に発生したフィリピン共和国レイテ島の地すべりや、同年5月に発生したインドネシア共和国ジャワ島メラピ山の噴火の様子などを「だいち」で観測し、その画像は、国際災害チャータ等を通じて防災担当機関等に提供された。
 「だいち」は、地図作製や災害状況の把握だけでなく、国民生活に密着したデータを提供することにより、幅広く利用されることが期待されている。
 例えば、海上保安庁は、「だいち」のレーダを使って観測した流氷データを試験的に用いて、冬期のオホーツク海の流氷情報を提供することとしており、これらの情報は船の安全航行に役立つものである。また、農林水産省では水田の作付面積の管理を、国土地理院では地図の更新をそれぞれ目的として、「だいち」のデータを試験的に使うこととしている。既にこれらのデータは、地上の計測や航空写真などから作成されたものもあるが、今後は「だいち」によって情報を補完し、さらに精度の高いものにすることが期待できる。


陸域観測技術衛星「だいち」

写真提供:宇宙航空研究開発機構

4.暮らしの中に生きる日本の宇宙技術 −スピンオフ−

 日本の宇宙開発がスタートして50年以上が経過し、気象衛星、通信衛星、放送衛星など、私たちの暮らしに役立つ多くの人工衛星が打ち上げられている。しかし、宇宙用に開発された技術は、単に宇宙で使われているだけでなく、既に私たちの生活のさまざまな場面で役立てられている。宇宙で活動するために開発された新しい技術が、私たちの暮らしの中の技術として利用され、生活に役立つことを「スピンオフ(「技術移転」)」という。その事例について紹介する。

<その他の事例>

  • ■ ロケット先端部の断熱材技術 ⇒ 建築用塗布式断熱材
  • ■ 宇宙用浄水技術 ⇒ 浄水装置
  • ■ H-2ロケットのジョイント技術 ⇒ 免震用積層ゴム支承
  • ■ 地球観測衛星のセンサ技術 ⇒ 果物の糖度センサ
  • ■ ロケット打上げ時の爆風伝播シミュレーションプログラム ⇒ リニア、新幹線の先頭車両設計

 宇宙技術は、極限環境対応(微小重力、高温度差、放射線等)、軽量化要求、電力制限、高信頼性等の特徴を持っている。これらの特徴を持つ宇宙技術は、スピンオフという形で私たちの生活を豊かにする限りない可能性を秘めており、今後も多くの「宇宙技術のスピンオフ」が生まれることが期待されている。

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