コラム2 “ウォール街で最も有名な日本人”

 1997年、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞は、ロバート・マートン及びマイロン・ショールズによる、「金融派生承認商品(デリバティブ)の価格決定の新手法」に対して贈られた。特に、フィッシャー・ブラック(1995年に死去)とともに、金融工学において重要なブラック・ショールズの公式を開発し、数学的に厳密に証明したことを評価されての受賞であった。
 ブラック・ショールズの公式は、金融工学及び数理ファイナンス理論では長年の課題であったヨーロピアンタイプのコールオプション(注)の証明を可能にしたものであり、現在では非常に幅広く利用され、今や、金融工学の代名詞となっている。
 このモデルの証明には、難解な代数学が用いられており、特に、確率論がその基礎となっている。近代確率論は、フェルマとパスカルが賭(か)け金の公平な分配を巡って交わした往復書簡に始まるとされており、数百年を経て、デリバティブの理論が日本人数学者、京都大学名誉教授の伊藤清(いとうきよし)博士により考案された「伊藤の公式」を基にして構築されたことも、歴史的必然であったのかもしれない。
 ブラック・ショールズの公式は、全面的に「伊藤の公式」に依存しているため、世界的な金融街である、アメリカ・ニューヨークのウォール街の株式・債券ディーラーや金融アナリストの間で、伊藤教授は「最も知名度の高い日本の学者」と言われている。
 伊藤教授は、確率解析の研究、特に確率微分方程式論の創始により、平成18年(2006年)、国際数学連合から第1回ガウス賞を授与された。ガウス賞は、2002年に創設されたもので、2006年が最初の授賞となっている。顕著な実際的応用をもたらした数学的貢献、若しくは数学の応用研究における画期的な業績を挙げた研究者(個人又はグループ)が対象である。伊藤博士の業績は多岐にわたるが、ブラック・ショールズの公式や、工学における制御理論への応用等、「数学理論の数学外の領域への著しい応用」を趣旨とするガウス賞に、伊藤教授が初代の受賞者となったことは、日本の数学研究のレベルの高さを示す、顕著な事例と言える。


ボール国際数学連合総裁(左)からメダルを受け取る伊藤博士(右)

ガウス賞メダル

写真提供:京都大学数理解析研究所

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