第1章 7.「図形」領域における教科書記述の研究

 「図形」領域における教科書記述の研究として実施した、ワーキンググループの報告内容は以下の通りである。

 図形ワーキンググループで、図形の分野において議論ならびに検討された内容について整理したものは以下のとおりである。

図表1-28 図形ワーキンググループ検討内容

項目 内容
練習問題の増加
  • 昭和40~50年代の教科書と現行の教科書との比較
  • 前学年、前々学年の内容も入れた問題の挿入
  • いろいろなタイプの問題を交ぜた問題群の挿入
  • その巻に該当単元がなくても、復習ができるページを設ける。(例 空間図形)
  • 練習問題の増加が指導時数を圧迫しないように、選択的内容であることを明記する。
つまずきへの対応
  • 多くの子がつまずく原因について分析を深め、その原因が取り除けるような記述・内容にするよう心がける。
  • 算数的活動により自ら題材に働きかける経験を多くし、自分でコントロールできる問題であるという自信を持たせる。
文章での表現の増加
  • 図形や量と測定領域の問題でも、図を示さず、言葉だけで表現した問題(文章題)も取り上げる。
  • 論理的に説明させる問題をさらに多くする。
  • 「吹き出し」を親切にしすぎない。
導入問題の工夫
  • 現行でも算数的活動が具体的に示されている導入が多く見られるが、さらに現実の場面や生活場面から目標の本質がつかめるように工夫する。

以下、各項目についての詳細を次頁以降にまとめることとする。

1.練習問題の増加

(1)昭和48~54年代の教科書と現行(平成16年)教科書との比較

 昭和の時代の教科書と現行の教科書との比較をすると、現行の教科書は全学年大判となり、色も鮮やかで落ち着いた色調のものになっている。練習問題の量もそれなりに考えられたものとなっている。
 しかしながら、教育内容の変遷を考えると、現行の学習指導要領では、前回の学習指導要領で示された内容の一部が、おおむね1学年繰り上がり移行し、6学年では中学校に移行して示された。具体例をあげていえば、第5学年では、合同がなくなり(中学校へ移行し)そのために四角形の「ある意味で論証的な」扱いが指導されなくなった。
 ここでは、図形分野について、現代化の様相を色濃く持ちながら、さらには、どちらかというと教師による教え込みの授業が多くなされていた時代である昭和48~54年の教科書と、基礎・基本を重視し自ら学び自ら考えるイコール主体的な学習がより強く意識された時代である平成16年の教科書との記述を比較する。このことによって、今後の教科書作成の一助にすることが目的である。調査対象は、いろいろな四角形と直方体・立方体、角柱・円柱の単元を主としてとりあげる。

1 四角形(台形、平行四辺形、ひし形、対角線)について

 昭和の四角形に関して言うと、単元の冒頭に、「身のまわりで、まるまるの形をしたものをさがしましょう。」という問いかけから導入したり、「細長く切った4本の厚紙のぼうを、スナップで止めて、四角形を作りましょう。」、「同じはばの細長い紙を、下の図のように切ってできる四角形は、どんな形でしょう。」といった導入課題で、本題に入る前に、いろいろ活動させている。
 これに対して、平成の教科書では、ドット図(ジェオボードのイメージ)を使って4本の直線を描かせながら、「平行な直線の組を同じ色でなぞりましょう。」といい、図形の仲間分けを恣意的にさせたり、「2種類(長方形、三角形)の色の違ったカラーシート(これと類似の型紙)を重ね合わせる活動を通して、平行な組を持つ四角形と、持たない四角形をやはり恣意的に作らせる活動を行っている。」、身の回りから取り立たせるのは、一応の説明が終わった後に行っている。
 四角形の対角線は、昭和の教科書では4年上で簡単に(1頁)触れながら、5年上(7頁)で、三角形の内角の和、平行四辺形の対角線と角、ひし形の対角線と角で再度、深くある意味で論証的な内容を扱っている。これらに付随して向かい合った、隣り合った辺や角が扱われる。
 これに対して、平成の教科書(2頁)では、四角形の章の最後の2頁を使って、対角線について触れている。合同が扱えないので、「形も大きさも同じかたち」として押さえている。対角線と四角形の関係については、図を切り取らせて作業的にしたり、教科書の四角形の図に対角線を書かせ、また、対角線の図に四角形を書かせたり、対角線による四角形の分類表を作らせたりしている。昭和の教科書のように2学年に分けて、ある意味で論証的な扱いをするというよりも、体験的作業的な扱いとなっていたり、学習感想の欄に数行の感想を書かせるなどの教科書もあり、児童の主体的な学習を意図していることが分かる。

2 直方体・立方体、角柱・円柱について

 昭和の教科書は、直方体・立方体を4年下で、角柱・円柱、それに角すい、円すいも含め6年上で教えている。学年を分けて類似の教材を扱うことは概念の定着という観点から優れている。直方体と立方体に関しては、展開上大きく変わることがない。辺や面の垂直、平行に関してもあまり変わらず、カラーで大判の現代の教科書の方がその分わかりやすい。
 昭和の教科書の中には、直方体を組み合わせた形で、面と辺の垂直平行を扱っているなど、多少論理的な扱いになっている。それに比べ平成の教科書の中の見取図の説明に「平行な辺は平行にかきます。」の記述があり「一目でわかる図」だけでは遠近法が入るように感ずる不安を取り除くことができる。また活用面として、「直方体のビスケットの箱の面上で最短の距離を行く」問題がある。昭和の教科書では直方体・立方体に続いて、空間の位置関係が来ており、何のためにこの学習をするか分かりやすい。また、円柱、角柱は、昭和の教科書では、展開図、見取図、平面図・立面図などとともに扱い、立体そのものを扱っているという感が強いが、平成の教科書はその辺は軽く流している印象を与える。しかしながら、底辺が三角形から六角形までの角柱で頂点、辺、面の関係を扱いオイラーの定理に触れているものもある。

 今後、現行の教科書に前回の学習指導要領に示された内容が復活してもどることになると、練習問題は、単に増加した内容分増えるだけでなく、いくつかの複合されたより高度な問題も扱われ、合わせて示されることも考えられる。
 また、昭和の問題と比べると昭和の教科書では、現行ではあまり扱わなくなった、数量と結びついた図形の問題があり、こうした内容の取扱いも今後の検討課題となるだろう。
 教科書の練習問題量については、昭和の教科書と現行の問題とは、量的にはほぼ同じといえる。参考のために、昭和52年度版と平成18年度版のB社の調査結果をあげる。

図表1-29 B社の練習問題のページ数の比較

  52年度版 18年度版
総ページ数 144 122
うち、例題等学習内容本体のページ数 96(66.7パーセント) 83(68.0パーセント)
うち、練習問題のページ数 48(33.3パーセント) 39(32.0パーセント)
・単元中又は、単元末の練習問題のページ数 19(13.2パーセント) 14(11.5パーセント)
・巻末の練習問題や特設された練習問題のページ数 29(20.1パーセント) 25(20.5パーセント)

 また、別の観点からの昭和46年版と平成18年版のC社のサンプル調査結果をあげる。

図表1-30 C社の練習問題のページ数の比較

サンプル調査 46年度版 18年度版
大問 練習問題 大問 練習問題
三角形・四角形(2、3年) 5 4 9 5
正方形・長方形(2、3年) 4 6 10 8
いろいろな四角形(4、5年) 14 10 17 8

 以上から、問題の量はほぼ同じといえるが、これからの教科書の練習問題を考えると、練習問題量への配慮以外にも、「現行とは質の違う問題」や「前学年・前々学年の問題も混在させた練習問題群」なども考慮した問題が必要となるだろう。

(2)前学年、前々学年の内容も入れた問題の挿入

1 三角形、四角形の高さの記述に関して

 平成19年度全国学力・学習状況調査の算数Bの問題で、正答率が最低の18.2パーセントの問題を調べてみると、活用の場面での図形の高さに関する記述の問題が浮かび上がる。
 図形の定義は、たとえば、三角形では、「3つの直線で囲まれた図形」、四角形では、「4つの直線で囲まれた図形」となる。これらは伝統的に使われている定義である。
 しかしながら、これで高さを定義しようとすると、下のような三角形では、高さがはっきりしなくなる。

 中学年になると、この直線が辺になって、三角形は3つの辺によって囲まれた図形になる。
 しかし、高さは、通常の鋭角三角形では、頂点Aから辺BCへ下ろした垂線の長さで定義されるが、上のような鈍角三角形では、頂点Aから辺BCへ垂線が下ろせない。
 もし、辺が中学校のように線分であれば、頂点Aから辺BCおよびその延長へ下ろした垂線の長さというように言えるが、BCは素朴な(古代ギリシャ的な)直線で定義されていては、高さは、ABやACになりかねない。(実際に、中学生でもこう答える生徒はいる)

 これを避けるために、小学校では、頂点Aを通り、辺BCに平行な直線をひき、その直線の「はば」を高さと言ってこの欠点を補おうとする。

 これは、三角形ではかなり難しいので、通常では、平行四辺形で高さを定義し、次に三角形へうつる教科書が多い。

 しかし、これも小学生にとっては難しい。
 特に、平成19年度全国学力・学習状況調査では、抽象的な平行四辺形ではなく現実の地図であり、辺が道で2本線で表されている。
 また、内部にまるまる公園のような字が書いてあり、垂線をひくことを邪魔している。
 こうしたことは、実際の場面では起こりうることであるが、今回は、上記の高さに関する概念理解の難しさもあって、18.2パーセントという低率の正答率を生んだのではないかと思われる。この問題は、とにかく、何らかの形で垂線を1本ひければ正解になったと思われるが、その1本が大部分の児童が引けなかったと思われる。そうした点で、この問題は、「基礎・基本の活用」という側面と同時に、「算数の概念の記述の問題」でもあったのではないか。

2 改善への提案

 低学年では、色板などを使って、三角形の色板の「へり」を指して3つの直線で囲まれた図形という言い方があってもよいが、中・高学年になったら、「2点ア、イを通ってまっすぐに引いた線を直線といいます。」とくに、「アとイのあいだの直線の部分を線分アイなどといいます。」、「直線アイは、まず点アからイまでひいた線分アイをかき、それをそのまま(両方向に)延長して作ることができます。」などとしてもよいのではないか。線分ということばが直線より難しいということはない。むしろこれを使わないで曖昧にしておくことの方が、直線と線分の意味を間違える原因を誘発することになるのではないか。
 その上に立って、「3個の点を結ぶ線分によってできた図形を三角形といいます。」、「これらの線分を辺といいます。」、「三角形の頂点から底辺やその延長線上にひいた垂線の長さを高さといいます。」とすればすっきりするのではないか。平行四辺形の高さは、辺上の点から向かい合う平行な辺へひいた垂線の長さとすれば、「平行線はどこでも、幅が同じ」を思い出せば、納得できることではないかと思われる。もちろん、三角形を先にするか平行四辺形を先にするかは、執筆者の権限にあることになろう。

3 台形の上底、下底の記述に関して

 小学生にとっては、台形は色板で遊ぶ対象である。そこで気になることは、上底、下底の用語である。「下の台形のどこが上辺で、どこが下底でしょうか。そもそも底とはなんだろうか?」という疑問が生ずる。
 これは、次のように記述を変えるべきであろう。「1組の平行な辺を持つ四角形を台形といいます。」、「台形は上のように長さの違う2個の平行な辺をもとにしてできています。」、「このもととなる辺を底ということにします。(昔からの言葉にしたがって)短い底を上底、長い底を下底ということにしましょう。」、「これらの2辺の長さがたまたま等しくなったときは、もう一組の辺どうしも平行になってしまいます。このような四角形(台形)をとくに平行四辺形と言います。」

(3)いろいろなタイプの問題を交ぜた問題群の挿入

 知識を確実に身につけるには、同じような問題ばかりが並んでいるだけでは不十分である。例えば、「たし算」という単元では、どの問題も「たし算で解く」ということは予想できる。同様に、「三角形の面積」の小単元の問題にある面積の求積は、当然三角形の問題ばかりである。したがって、三角形の面積の公式を当てはめて解くことが、最初から予想される。
 面積を求める知識・技能を確実に身につけるということは、「どんな公式を使うかを選択する」、「どの長さとどの長さを使うかを選択する」といった力をつけることである。前述の問題では、「どんな公式を使うかを選択する」という力をつけることはできない。
 まとめの問題には、こうした「解く公式を混在させる」問題がある。
 そこで、「いろいろなタイプの問題を交ぜた問題」のページを増やし、教科書のどこかに増やすことが望ましい。
 また、(2)で述べたように、前学年または同学年ですでに学習した内容も入れた問題群(例「長方形の面積」や「正方形の面積」)も、同じ問題の中に入れてほしい。

(4)その巻に該当単元がなくても復習できるページを設ける

 教科書が上下巻になる場合、上巻で扱った内容も下巻で復習できるようにする。また、前学年、前々学年で扱った内容も、復習するページを積極的に設ける。

(5)指導時数を圧迫しないよう、選択的内容であることの明記

 学力向上のため問題数を多くする傾向があるが、早く進んだ児童向きの発展的な問題や、学習の定着が不十分な児童向きの補習的問題も含まれる。
 このような場合、すべての問題を解くことが過重負担になる可能性がある。
 また、児童の実態から発展的な内容に深めるための問題をいくつも載せた場合、すべてを扱っていくと時間数が足りなくなり、知識の詰め込み型の授業に陥る可能性もある。
 したがって、選択的内容の問題には、それを明記することが望ましい。

2.つまずきへの対応

(1)つまずく原因について分析を深め、原因が取り除けるような記述・内容

 振り返りについては、1年前、2年前まで遡った問題を示せるとよい。そして、それは「必ずやらなくてもよい」ページということを明記し、授業数の不足に拍車をかけることのないような配慮が必要である。

(2)算数的活動により自ら題材に働きかける経験を多くし、自信を持たせる

1 改善に向けての方向(香川県実施学習状況調査結果から)

 平行四辺形、台形、ひし形、長方形の、正方形の意味について理解しているかを見る問題で課題が見られた。

図表1-31 香川県実施学習状況調査問題の一例

 正答率は、162.8パーセント、239.6パーセント、357.9パーセント。
誤答としては、「全て選んでいない」ものが、125.3パーセント、212.1パーセント、329.6パーセント「違う図形を選んでいる」ものが、18.0パーセント、241.4パーセント、37.8パーセント

a.考察

 誤答の原因としては、次のようなことが考えられる。
 「すべて選び」との問題であるために、図形を一部見落としたのではないか。
 上下や左右の平行関係はとらえやすいが、ひし形のように辺が斜めになっている場合は、向い合う2組の辺が平行であるという関係がとらえにくいのではないか。
 「対角線の長さが等しい」ということを、「2本の対角線が交わった点で、それぞれの対角線が等分される」というようにとらえたのではないか。
 見落としたり違う図形も選択しているということから、それぞれの図形の性質などを十分確かめずに直観で答えたのではないか。
 「向い合った」という意味が正しくとらえられていないのではないか。

b.指導の改善

 具体的な図形の観察や構成などの活動を通して、様々な性質を見つけたり調べたりして、図形についての理解を深めることができるものとする。
 対角線の長さや交わり方に目をつけ、道具を使っていろいろな四角形を作る活動を通して、四角形の相互関係や性質を理解できるようにする。
 いろいろな向きの図形を、定義や性質を一つ一つ確かめながら弁別していくことにより、定義や性質の理解を深める。
 性質から図形を見つけていくクイズやゲームをすることを通して、楽しみながら図形についての理解を深めていく。

2 具体的な教材例

図表1-32 四角形を作ってみよう

図表1-33 四角形のまとめをしよう

3.文章での表現の増加

(1)図を示さず、言葉だけで表現した問題(文章題)も取り上げる

 分かりやすく図示(図や挿絵)した問題が多く見られるが、反面、問題文を読まなくても図だけで答える児童も見られる。中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」でも示しているように、言葉の力をつけ、論理的に考えたり言葉で説明したりすることが新しい教育で求められる。
 そこで、図形領域や量と測定領域でも、あえて図示をせず文章だけで判断させる問題を入れてはどうか。
 例えば、次のような問題が考えられる。

ある平行四辺形は、一辺の長さが5センチメートル、もう一辺の長さが4センチメートルで、4センチメートルの辺を底辺としたときの高さが4.8センチメートルです。この平行四辺形の面積を求めましょう。

(2)論理的に説明させる問題をさらに多くする。

 表現力の育成を重視するため、論理的に説明させる問題を積極的に取り入れることが望ましい。

(3)「吹き出し」を親切にしすぎない。

 吹き出しによるヒントが多すぎて、指示に従うだけで解ける問題もある。思考力育成のためには、吹き出しを整理する必要がある。

4.導入問題の工夫

(1)現実の場面や生活場面から目標の本質がつかめるようなさらなる工夫

 導入において、現行の教科書でも、いくつかの「算数的活動」が具体的に示されている。さらに、どのような算数的活動が考えられるかを示していく必要がある。
 5年生の「平行四辺形の面積の求め方」では、どの教科書(3社)も、「面積の求め方を考えよう」という意味の発問が最初である。しかし、「問題解決のモチベーション」という意味では弱い。例えば、下のような比べる問題として、児童を揺さぶる工夫が必要なのではないか。

 横の辺がそれぞれ等しい長方形と平行四辺形があります。等しい面積の形はどれとどれでしょう。

(町田 彰一郎 大澤 隆之 溝内 哲也)

-- 登録:平成21年以前 --