第1章 3.教科書の改善・充実に関する総論(算数)

1.教科書の改善・充実に関する研究の意義と経過

 我が国の初等教育、中等教育段階の教科書は民間の会社でつくられ、文部科学省によって検定を受け発行される。義務教育段階の教科書は国によって買い上げられ、無償で配付されている。ここでは、小学校の算数教科書を研究することを目的とする。さて、これらの教科書の評判はどうであろうか。たとえば国際的な数学教育の研究会、International Congress on Mathematical Education(数学教育世界会議、4年に1度)が開催される度に、我が国の算数・数学の教科書が展示されているが、諸国の数学教育者によって注目され、工夫を凝らした本作り、教育上の細やかな配慮の多さなどの点で高い評価を受けている。
 平成10年に告示された学習指導要領に沿って、平成14年には各社から教科書が出版されたが、標準指導時数および、単位数の削減に伴ってページ数は減少し「以前の日本の教科書および、諸外国の算数・数学教科書と比べると見劣りする」と指摘されるようになった。少ないページ数の中で写真、イラストや吹き出しを活用して、説明文を練りに練って使いやすい教科書が作られて来てはいるが、現状のままでは、大きな改善は難しそうである。
 今の時点で、よりよい教科書を作るために「教科書の改善・充実に関する研究」を行うことは、大切な課題であることは言うまでもない。
 本専門家会議は12名の委員からなるが各委員は、小学校教員、指導主事、および大学教員で、みな数学教育の教育と研究を行っている。委員は自らの経験・知識をもとに各社の算数教科書を調べ、その問題点を洗い出した。
 また、小学校で現在、算数を教えている教員にアンケート調査を実施し、算数教科書にどんな問題があると考えられるかを調べた。同時に児童の保護者にも同趣旨のアンケート調査を実施した。さらに児童自身にも算数の教科書についての意見を求めた。ただし、保護者が児童に意見を聞いてそれを報告してもらう形をとった。アンケート調査のもっとも総括的な結論は「算数の教科書への満足度」から得ることができるであろう。教員では、「満足している」をマークしたのは9.5パーセント、「まあ満足している」は55.7パーセントであり、7割近い教員は現行の教科書に肯定的である。不満は1.8パーセント、やや不満は14.4パーセントである。保護者もほぼ同意見で「満足している」と「まあ満足している」のどちらかをマークした割合はほぼ66パーセントである。これは、国語で同趣旨の質問に対して45パーセント程度しか肯定的でない結果をえられていないことに比べると、かなり高いということができる。
 また本専門家会議では、算数教科書を出版している6社から代表者にきていただき、教科書編集、出版での問題点についていろいろな意見を出していただいた。各社はその編集方針の特色や努力点を強調されたが、教科書の単価が低く抑えられている現状を変えないとより良い教科書を作ることは難しいなどの意見があった。また、各社は本専門家会議に傍聴し、専門家会議の議論を聞くことができた。

(飯高 茂)

2.教科書の改善・充実に向けた提言(総論)

(1)教科書を改善・充実させる意義と今後の方向への提言

1 教科書を改善・充実させる意義

 経済協力開発機構(OECD)が昨年、57の国と地域の15歳を対象に実施した生徒の国際学習到達度調査(PISA)で、日本の高校1年生は読解力が15位、数学的応用力が10位、科学的活用力が6位であることが2007年12月に発表された。発表当日、都内で会見したグリアOECD事務総長が、「単に知識の記憶だけなら、多くの国の労働市場から消えつつある種類の仕事にしか適さない人材育成となっている」と述べた意味は、資源の重きを人材に置いている日本では重く受け止めたい。それは、1ドルが110円前後(注1)の円高の現在、ねばり強い試行錯誤を経て生み出す価値ある商品の生産をめざし、考えて説明する力を育む教育を重視しなくてはならないからだ。ところが、その方面の力を養成するために重要な図形・文章問題の数は、小4~小6の算数教科書で昭和43年と現行のそれらで比べると、約1,300題から約300題へ激減している(注2)。この分野での問題数の増加は緊要の課題である。
 一方、計算問題に目を向けると、2000年代に入ってからの日本の教育は学力低下論争も追い風となって、2項の計算練習が主に注目されてきた。ところがそのマイナス面が現れて、「3たす2かける4」の小4の正解率が74パーセントであるものが、小6になると逆に58パーセントに下がるという調査結果が国立教育政策研究所によって発表(注3)された。それには、算数教科書で3項の計算問題の数が昔と比べて激減している背景もある。実際、かけるわるだけの3項以上の計算練習問題の数に関して、昭和43年前後と現行のそれを比べると、前者は100~140題あったものが後者では20~40題になっている(注4)。また、3項以上の計算問題と同様に、掛け算で扱う桁数も増やすべきである。実際、小学5年生に対する国立教育政策研究所の同調査で、2桁かける2桁が84パーセントであったものが3桁かける2桁になると正解率が56パーセントに下がっている結果になっている。
 小4~小6の算数教科書の全練習問題数を、昭和43年と現行とで比べると、やはり約1,900題から約800題へ激減している。また、それに比例するかのように、同学年の算数教科書の総ページ数で昭和43年と現行とで比べると、約820ページから約530ページに削減されている。昭和40年代前半は現在と比べて、技術立国日本を発展させようとする国民の意識は高かったが、昨年、国内総生産GDPが世界のGDP合計の1割を切った状況では、日本の財政再建の立場からも算数教科書の問題数を増やす必要がある。
 国債と地方債の合計が1,000兆円を超えた現状では、日本の財政が破綻しないためには持続的な経済成長が必要不可欠であることを留意すべきだ(「ドーマーの条件」などから)。世界は、「合計」による評価の発想から「1単位当たり」の評価の発想へあらゆる分野で動いてきており、とくに少子化の現在、「比と割合」の概念は国民全員が理解したい内容である。
 昨年12月に発表されたPISAの意識調査で、「科学についての本を読むことが好き」が日本は最下位であったように、科学に関する興味・関心の分野で日本は最低ランクである。その原因は、最初から問題解法の「やり方」を覚えることから入る教育が中心になったからであって、生まれつき児童の意識が悪いのでは決してない。実際、様々な形態による出前授業のアンケート結果(注5)等から、割引とおまけの損得、じゃんけん、あみだくじ、誕生日、ロール紙、日の影の長さ、遠くの視界などの、生活に結び付いた教材から算数の面白さを紹介した授業に対する生徒からの評判はとくに良い。したがって、算数教科書の各単元における導入部分で、興味・関心を高める一層の工夫も必要である。

  • (注1)2008年3月時点でのおおよその為替相場
  • (注2)「理数教育が危ない(PHP研究所:筒井勝美著)」の著者による調査より
  • (注3)2006年7月発表
  • (注4)「算数・数学が得意になる本(講談社現代新書:芳沢光雄著)」より
  • (注5)芳沢委員による全国各地の小学校における出前授業、教員研修会におけるアンケート結果より

2 教科書の改善・充実に関する今後の方向への提言

 本研究のアンケート結果では、児童の算数の教科書への満足度は学年が上がるにつれて下がっている。この問題では、背景に高学年になるにつれて難しく感じる児童が多いこともあろう。算数は積み上げ型の教科であり、一度つまずくと、そこからついていけなくなることが多く、「振り返りコーナー」や「確認コーナー」の新設を望むものである。
 以下、特に重視する各論を述べると、はじめに等号記号「イコール」を大切にすることを指摘したい。等号記号「イコール」を軽視する生徒が小学校から高校・大学まで増えてきており、その問題が数学のつまずきとなって現れている。小学校では、一部ではあるが、児童ばかりでなく教員までもが数式において、「イコール」を一切省略する記述を行うようになっている。この問題は中学校以降で、方程式と恒等式における「イコール」の意味の違いや、ベクトルに関する「イコール」の意味を認識できない形で顕著に現れている。
 次に文章問題では、学習している単元だけの問題、たとえば掛け算の単元では掛け算だけの文章問題を並べると、生徒は文章を読まずに、問題文にある二つの数字を見つけ出して単純に掛けることだけを行う傾向がある。大切なのは文章を読むことであるから、他の演算を使って解く問題や、問題文に三つ以上の数字を含む問題を多く置く必要がある。
 図形の問題では、問題の解法には直接結び付かない数値を与えておく問題も必要である。それによって、図形の求積を誤って使わないようにする意識の高まりが期待できるからだ。
 最後に、理科と算数の関係も重視して、算数教科書での文章問題における数式では、物理的な単位の扱いを現在より強調してもよいのではないか。その方が、速さの問題や面積の問題等、意味がよりしっかりと理解できるはずである。

(芳沢 光雄)

(2)教科書の改善・充実に関する提案

1 練習問題を増加させる

 保護者へのアンケート結果には「練習問題の量が少ない」という意見が多かった。「量が適切である」としたもの(適している、まあ適しているを合わせて)35パーセント、普通が25パーセント、少ないとしたもの(適していない、あまり適していないを合わせて)37パーセント。これは自分たちが小学生であった頃に比べると問題が少ないという指摘であろう。
 算数を身につけるには、もっと問題を解かなければならないとする考えの結果かもしれない。しかし、授業時数が以前より少ない現行の教育課程のもとでは多くの練習問題はあったとしてもこなせないという学校現場の声もある。必要な練習問題を教科書に全部載せる必要はない。問題集や自作のプリント類で補う方が適切だという意見もある。「もっと練習問題を」という保護者の意見は傾聴に値すると思われる。
 保護者のアンケート結果では「今の教科書は、自宅での学習に適している」、「まあ適している」を合わせて24パーセントあり、ここにも不満があるようである。

2 新しい単元に入るときの導入をもっと工夫する

 保護者の意見の中には「教科書を見てやる気が起きるような工夫、導入の提起」、「子どもに興味関心のある導入を」などがあった。
 優れた「導入」により算数への興味が増せば算数勉強への意欲が高まるから、ここで一層の努力をして教科書の質をさらに高めたい。導入の頁を倍増させるなどの思い切った策をとることが望ましい。

3 イラストに頼りすぎず、文章記述を重視すること

 最近の教科書の特色は大型化(B5版)、多色刷り、写真、イラストの多用や吹き出しの活用である。このような流れが支持されているか調べた。
 教員へのアンケートでは、写真、イラストが使われていることに対して、全体的に肯定的な意見が寄せられた。
 保護者の意見の中には「文字離れしている子どもには見やすいが、文字離れの助長になるという懸念をもつ」などがある。
 児童の意見の中には「絵があって分かりやすい」「ヒントが書いてあるのでわかりやすい」などの他に「6年生だから絵や写真は少なくてよい」もあった。
 さらにイラストの使い方を工夫する必要があるだろう。文章記述を重視して、文章理解を通じて思考する力を育てることも大切である。

4 つまずきやすい箇所での一層の配慮を

 「算数・数学では少しずつ段階をおって、直線に沿うように学習されていく。したがって、どこかで分からなくなるとその先が分からなくなる。そうなればつらくなるから、各段階をきちんと学習していくことが大切である」とよく言われるが、それは必ずしも正しくない。新しい箇所に入るときは、すべてを理解することはできない。分からないまま学習が進むことがあっても、学習を進めていくと、あるとき1つ分かり、それにつれて全体が見え急に理解が進むことがよくある。直線状ではなく、階段的に分かるものが算数・数学なのである。
 分かり方は児童によって違うので、教科書は一度つまずいて分からなくなった児童に対して十分な配慮をする必要がある。たとえば、かけ算九九の学習が済んだ学年でも、九九の表を付録に載せるなどの工夫も有効であろう。
 教員へのアンケートで、教科書の内容の工夫に関連した質問をした。「説明や記述のわかりやすさ」では5ポイントを満点とするとき平均が3.9ポイントであるが、「児童のつまずきやすい箇所に丁寧な説明」では、図形問題で3.3ポイント、文章問題で3.1ポイント、計算問題3.4でポイントとなっている。特に文章題での工夫が求められている。

5 今後の教科書のあり方について

 平成17年に改訂された教科書では、その薄さを批判された平成14年版に比べて量がかなり増えたことは確かである。ページ数は必ずしも増えなかったのは、A5版からB5版へと大型になった教科書(高学年がB5版になった、低学年では従前からB5版)が多かったことに原因がある。薄すぎる教科書への非難に対しては一定の結果が出たということもできるが、欧米、特にアメリカの算数・数学教科書の圧倒的な分量と比べると今でも見劣りする。日本における、教科書、問題集、参考書がオールインワンになったものが米国の教科書と考えれば両国における教科書観の違いを理解できよう。実際、日本では教科書の内容は全部教えるが、アメリカでは全部を教えることはない。
 「義務教育は、これを無償とする」という精神にたてば、教科書のみで学習が十分できることが望ましい。なぜなら、学資が十分あるもののみが豊かな教育を受けることがあってはならないからである。したがって、問題集や参考書がカバーしている内容も教科書に取り入れる方が良いと考えられる。しかし、そのためには、教科書購入の予算の増加が必要であり、国民の合意を得ることが緊急の問題となる。
 今後の教科書では「導入」を充実させて、学習への障害を少なくし、さらに発展的な内容を追加し、これらについては必要に応じて学習するものとすれば、より多様な教育が可能になるであろう。

(飯高 茂)

-- 登録:平成21年以前 --