5 指導の改善の方向

(1)基本的な考え方

ア PISA調査のねらいとするところは,現行学習指導要領で子どもに身に付けさせたいと考えている資質・能力と相通じるものであることから,学習指導要領のねらいとするところの徹底が重要である。

 この調査は,義務教育修了段階の15歳児が,その持っている読解の知識や技能を,実生活の様々な場面で直面する課題においてどの程度活用できるかを評価することを目的としている。
 一方,学習指導要領では,子どもたちに「生きる力」をはぐくむことが求められており,それを知の側面からとらえた「確かな学力」は,知識や技能に加え,学ぶ意欲や,自分で課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力などである。
 また学習指導要領国語は,言語の教育としての立場を重視し,国語に対する関心を高め国語を尊重する態度を育てるとともに,豊かな言語感覚を養い,互いの立場や考えを尊重して言葉で伝え合う能力を育成することに重点を置いて内容の改善が図られている。特に,文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった指導の在り方を改め,自分の考えをもち,論理的に意見を述べる能力,目的や場面などに応じて適切に表現する能力,目的に応じて的確に読み取る能力や読書に親しむ態度を育てることが重視されている。
 中学校の「話すこと・聞くこと」の領域では,目的や方向に沿って効果的に話したり,相手の意図を理解しながら聞いたりする能力の育成を重視している。そのため,説明や討論などの言語活動例が示されている。
 「書くこと」の領域では,相手や目的に応じて効果的な文章を書くことのできる能力の育成を重視している。そのため,通信文を書くこと,記録や報告をまとめること,資料を作成することなどの言語活動例が示されている。
 「読むこと」の領域では,目的や意図に応じて的確に読みとる能力や進んで読書に親しむ態度の育成を重視している。そのため,学校図書館を活用して様々な形態の文章を読み自分の考え方を深めるなどの言語活動例が示されている。
 このように,学習指導要領国語のねらいとするところも,ここまで述べてきた各調査の結果からみたものと相通じるものがあることから,指導の改善に当たって,学習指導要領のねらいとするところの徹底が重要である。

イ PISA調査の結果から明らかになったことと,教育課程実施状況調査の結果には共通点があることから,同調査の結果を受けた改善の提言を指導の改善に生かすことが重要である。

 「平成13年度小中学校教育課程実施状況調査」を受けて,中学校国語では,次のような指導の改善へ向けた提言を行っている。ここに示されている「根拠を明確にしながら自分の考えや意見を述べる力の育成」「多様な言語活動を行う」をはじめとする指導上の改善をさらに徹底して進めることが,今回の調査を踏まえた指導の改善にもつながると思われる。

  1. 根拠を明確にしながら自分の考えや意見を述べる力の育成が必要であり,そのため,例えば,文章を読んで理解した内容について考えさせ,それを自分の言葉で表現させる学習や,具体的な叙述を踏まえて考えさせる学習が重要である。
  2. 文章の構成や展開を正確にとらえる力の育成が必要であり,そのため,例えば,各段落ごとに小見出しを付けるなど段落相互の関係を理解させる学習が必要である。
  3. 学習指導要領に例示されている言語活動などを活用した授業を展開する中で,根拠を明確にしながら自分の考えや意見を述べる力や,文章の構成や展開を正確にとらえる力を確実に育成することが大切である。
  4. 質問紙調査で明らかになった教師と生徒の意識の差を踏まえ,生徒の実態を一層十分に見据えて,例えば,文学的な文章を扱う場合には,導入の学習活動に工夫を凝らして,興味・関心を高める,あるいは詳細な読解に偏重することなく,多様な言語活動を行うといった指導の改善が求められる。
  5. 今後とも,国語科においては,学校図書館などを活用した生徒の読書活動を積極的に推進していくことが重要である。

 また,小学校,高等学校についても,平成13,14年度教育課程実施状況調査の結果を踏まえて,それぞれ提言を行っている。
 小学校では,相手や目的,意図を踏まえて内容を新たに構成しながら文章を書くことが設定通過率を下回っていると考えられる状況を受けて,次のように提言している。

 相手や目的などに応じ,自分の考えを明確にして内容を構成していくという問題について,通過率が設定通過率を下回ると考えられる結果がでている。取り上げる言語活動において,児童個々の考えをまとめることを一層重視し,相互評価などを活用してお互いの考えを高め合うような工夫を行うことにより,児童自身の考えを明確にし構成する力を育成できるような指導の充実が求められる。

 高等学校では次のような提言を行っている。

  • 表現に着目する力を育成する指導の充実
    「読むこと」については,筆者の考えの進め方や表現意図をとらえ,文章の主題について自分の考えを深めたりまとめたりする力を付けるため,何が書いてあるのかという読みにとどまらず,ワークシートなどを活用して,どのように書いてあるのか,なぜこのように書いているのかなどという表現の仕方にも着目する指導を行うことが求められる。また,生徒同士で意見の交換ができるようにグループ学習を取り入れるなどし,読む過程で得た考えや思いをまとめて,自分の言葉で表現しようという意欲を喚起するような指導を展開することも大切である。

ウ 読解力は,国語だけではなく,各教科,総合的な学習の時間など学校の教育活動全体で身に付けていくべきものであり,教科の枠を超えた共通理解と取組の推進が重要である。

 学習指導要領の総則には「学校生活全体を通して,言語に対する関心や理解を深め,言語環境を整え,生徒の言語活動が適正に行われるようにすること。」とある。このように,国語以外の各教科や,総合的な学習の時間等においても,様々な言語活動を通して言語能力を身に付ける指導が必要である。
 例えば数学では,この調査を踏まえて「数学的に解釈する力や表現する力の育成を目指した指導の充実」を求めているが,そのためには,与えられた状況やデータを数学的に解釈し,それに基づいて自分の考えを整理し,数学的な表現を用いて自分の考えを述べる力を育てることが大切であろう。
 また,理科では,「科学的に解釈する力や表現する力の育成を目指した指導の充実」を求めているが,そのためには,観察・実験において,結果を整理して科学的に解釈し,考察するとともに図やモデルなどを使って別の角度から考えることも大切であろう。また,観察・実験を探究的に行う中で,自分の予想や仮説,その検証方法や結果,考察等をまとめたり,観察・実験の結果についての自分の考えをまとめたりする表現活動も有効であろう。
 さらに,総合的な学習の時間については,「各教科で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け,学習や生活に生かし,それらが総合的に働くようにする」というねらいのもとに実施されるものであり,このPISA調査における知識・技能を幅広く活用する力を評価するとの趣旨と合致するものである。また,具体的な学習に当たっても,児童生徒が自ら調べ・まとめ・発表するなどの活動が行われているが,これは,テキストから情報を取り出し,解釈し,熟考し,自分の意見を論ずることを内容とする「読解プロセス」と相通じるものがある。したがって,読解力の育成に当たっては,総合的な学習の時間において,体験活動等を通じて芽生えた課題意識を基にして,課題の解決に必要な情報を獲得し,それを自分の知識・技能と結び付け,自分なりの考えを深め,自分なりの言葉でまとめ,表現するところまで含めて学習を完結させることが期待されるところである。その際,統計資料や測定データなどを活用して論理的な文章を書くこと,自分の考えを数式などを使って説明することなどの活動も有効なものと考える。
 なお,高等学校の教育課程実施状況調査においては,数学,理科について次のような提言がなされている。

  • (数学)
     生徒が自分の考えを表現し合い,お互いの考えを比較したり不備な点を指摘し合ったりして,よりよい考えに到達するような指導の工夫が必要。
  • (理科)
      物理(化学・生物・地学)にかかわりのある内容を扱った新聞記事や科学雑誌,図書などを授業で適切に活用し,生徒の興味・関心を高めるような指導の工夫が必要。

参考:各教科等における指導例

  1. 社会科
     国内総生産のグラフや失業率の変化を示すグラフなどのように,特徴を捉えやすいグラフを複数示して,それぞれの内容についてその情報を読み取らせるとともに,相互の関連を議論させたり,簡潔に文章にまとめさせたりする指導。
  2. 理科
     理科にかかわりのある内容を扱った新聞記事や科学雑誌,図書などを授業で適切に活用し,生徒の興味・関心を高めるような指導。
  3. 総合的な学習の時間
     「安楽死(生命倫理)」というテーマについて,賛成・反対の立場から,必要な情報(専門書,新聞や科学雑誌の記事等)を収集,整理し,論理を組み立て,議論し,自分の考えをまとめたレポートを作成させる指導。

(2)改善の具体的な方向

教科国語を中心としつつ,各教科や,総合的な学習の時間等を通じて,次のような方向で改善の取組を行う必要がある。

ア テキストを理解・評価しながら読む力を高めること

(ア)目的に応じて理解し,解釈する能力の育成

 自らの目的に応じてテキストの意味や構成を理解したり,表現の細部が全体においてどのような役割を果たしているのかなど,筆者の表現意図を解釈したりする力を高める必要がある。そのためには,小学校低学年の段階から何のためにそのテキストを読むのか,読むことによってどういうことを目指すのかといった明確な目的を設定し,その解決のためにテキストを読む活動に慣れさせることが必要である。
 具体的には,「2つの社員募集広告のうちどちらが最近のものかを答える。」,「文章中から根拠となる叙述を抜き出す。」,「筆者がなぜこういう書き方をしたのかを考える。」など,表現に着目させる指導を展開することが考えられる。

(イ)評価しながら読む能力の育成

 与えられたテキストについて,主張の信頼性や客観性,現実的・科学的な知識や情報との対応,引用や数値の正確性,論理的な思考の確かさ,目的や表現様式に応じた表現法の妥当性など,様々な幅広い観点から評価しながら読む能力を育成することも大切である。従来は,本文を絶対視して指導することが多く,テキストの内容や表現を吟味・検討したり,妥当性や客観性,信頼性などを評価したり,自分の知識や経験と結び付けて建設的に批判したりすることは少なかった。今後は,このような批判的な読み(クリティカルリーディング)も重視する必要がある。
 文章等を十分に吟味,評価しながら読む能力は,「様々な文章を比較して読む」という言語活動例を示すなど,学習指導要領にその視点は含まれているものの,これまで必ずしも十分強調されてこなかった点であり,今後は重視していく必要がある。メディア・リテラシー(メディアが形作る『現実』を批判的(クリティカル)に読み取るとともに,メディアを使って表現していく能力)にかかわる指導も必要となってくると思われる。具体的には「グラフを使った説明が適切かどうかを根拠を示して判断する。」「実験結果を的確に示しているものとしてはどの形式がよいかを判断する。」,「同じ出来事を報道した複数の新聞記事や,日本の新聞社と外国の新聞社のホームページの報道を比べたり,新聞記事とテレビニュースの報道を比べたりして,報道媒体の特色について話し合う。」などの学習指導が考えられる。

(ウ)課題に即応した読む能力の育成

 課題に即応することのできる読みの能力の育成も大切である。例えば,短時間で分析的な読みを行い,相手を明確に意識し相手に訴えかける表現や発表を行う能力である。
 一つの単元(教材)が終了しても,単に活動をしただけで,どのような能力を習得したのかを学習者が明確に自覚できないようでは,課題に即応した読みを行っていくことはできない。
 そこで,「実験結果をまとめるために表や・グラフを読む。」,「要約するために読む。」,「賛成や反論の論拠を探すために読む。」,「引用するために読む。」など,課題や目的に応じた読みのために,既に身に付けた知識や技能を自覚して使いこなす学習指導を構築することも大切である。

イ テキストに基づいて自分の考えを書く力を高めること

(ア)テキストを利用して自分の考えを表現する能力の育成

 生徒の多くは,自らの考えや感想を自由に記述することはできても,テキストの内容を課題や条件に応じて関連付けて表現することは不得意である。そのため,テキストで述べられている事柄を相互に関連付けて解釈したり,それらを総合して自分の考えや生活経験と結び付けて考えをまとめ,表現したりする能力を育成することが大切となる。
 具体的には,「自らのこれまでの様々な経験を踏まえて,読んだ本の紹介をする。」,「グラフで示されている内容を自分なりの言葉で説明する。」「実験レポートを,得られたデータを分かりやすく示す『結果』と,その『結果』を自分なりに考えて書く『考察』とに分けて書く。」などの指導を展開することが考えられる。

(イ)日常的・実用的な言語活動に生かす能力の育成

 取り出した知識や情報を,自らの目的に沿った日常的・実用的な言語活動に生かすことによって,より明確に,かつ必要な範囲で関連する事項を抽出したり,意味付けたりすることが可能となる。そこで,ただ単に,テキストの内容や構成を読み取る指導で終わるのではなく,読んだ結果を生かした表現活動を十分取り入れることが大切となる。それによって,必要かつ重要な本質的なことと,枝葉末節的なこととを区別する能力も育成することもできる。
 また,解釈には,本文の内容相互を関連付け意味付ける能力と,筆者やそのテキストの背景となる現実や文化と関連付け意味付ける能力が必要である。このような言語経験によって,筆者の立場に立った読みの展開も可能となるはずであり,深い解釈が行われるようになることが期待できる。
 具体的には,「文学作品の表現の特徴をとらえる読みの指導に加えて,作品を脚本化し,演出する。」,「様々なグラフや図が日常生活の中でどのように用いられてるかを調べて自分なりの表現でまとめる。」,「今日の授業の内容を授業の終わりに簡潔にまとめる。」などの指導が考えられる。

ウ 様々な文章や資料を読む機会や,自分の意見を述べたり書いたりする機会を充実すること。

(ア)多様なテキストに対応した読む能力の育成

 読むことについては,朝の読書の推進を含め,読書活動を推進すること。読むためのテキストについては,文学的な文章に偏るのではなく,新聞や雑誌記事なども含め,説明的・論説的な文章をはじめとした幅広い範疇の読み物を対象とすることが求められる。また,そのためのガイダンスの充実も重要である。学習用に整えられすぎたテキストや,同じような形式のテキストのみを取り上げるのではなく,パンフレットや図表なども含めた多様なテキストとの出合いを大切にする必要がある。いわゆる「図を読む能力」や「図を解釈する能力」は,学校教育全体,さらには,日常生活,社会生活を送る上での重要な能力の一つであり,その育成も大切である。
 しかし,多様なテキストをただ読むだけでは自覚的な読みの能力にはならない。「様々な表現様式の特質をつかむために読む。」,「同じ作者の他の作品を読む。」,「同じシリーズの本を読む。」,「論理性の高い難しい文章に挑戦したり,優れた表現に触れたりするために読む。」など,指導目標や学習課題を明確にして読ませることが必要である。また「図・グラフ等による表現と自然事象との関係について考える。」,「現代社会がかかえる課題に関連する情報を,多様なメディアから収集する。」などの活動も考えられる。

(イ)自分の感じたことや考えたことを簡潔に記述する能力の育成

 読むことには,楽しんだり,心を豊かにしたりする情緒的な側面もあり,何らかの表現によって伝える必要もない場合があるが,時によっては,読んで感じたことを,意見や主張としてまとめたり,一定時間内や期間内に報告をしたり,紹介や推薦,宣伝をしたりすることもあろう。そのような場面においては,読んだことと関連付けて自分の感じたことや考えたことを簡潔に分かりやすく表現する能力が大切となる。
 このような場面での読む能力は,書く能力や,話す・聞く能力の育成とも系統的に関連付けていく必要がある。説明的文章を読む能力と,説明文を書く能力,他の人の前で説明をする能力の3者は,「説明力」として国語科のみならず,各教科,総合的な学習の時間等でも意識的に取り上げる必要がある。
 また,授業の中で,自分の意見を述べたり,書いたりする機会を充実していきたい。その際,自分の経験や心情を叙述するだけでなく,目的や条件を明確にして自分なりの考えを述べたり,論理的・説明的な文章に対する自分なりの意見を書いたりするなどの機会を意図的に作っていくことも大切である。
 具体的には,「読むことの指導においても,生徒同士で意見の交換ができるようにグループ学習を取り入れる。」,「複数のテキストを読んで制限された字数にまとめる。」,「ニュースを聞いてメモを取り,そのメモに基づいて構成を図示し,よりよい論の組み立てについて考え,自分の表現に生かす。」などという,学習過程で得た考えや思いをまとめて,自分の言葉で表現する言語活動を取り入れる指導を展開することが考えられる。

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