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秋田 喜代美さん(東京大学大学院教育学研究科教授)

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『秘密の花園』
 フランシス・ホジソン・バーネット 著
秋田 喜代美さん
(東京大学大学院教育学研究科教授)

 小学校の低・中学年の頃、私は「小公女セ-ラ」「少公子」「若草物語」「母を訪ねて三千里」など、岩波の少年少女世界名作全集の本を片っ端から読んでいました。これが終わったら、次もあの棚にいってまた次の本を借りてこよう、と、わくわくしながら本を読んでいたのを覚えています。それらの本には、私の身の回りにはない、すてきなドレスを着たお嬢様やお屋敷、違う街並みや職業など、外国の世界が描かれていました。海外に行ったこともないのに、挿絵などからその世界を想像し楽しんでいたのを40年以上たった今も覚えています。中でもよく覚えているのが、「秘密の花園」です。本と向き合い、字を読んでいる間だけが読書の時間なのではなく、読み終わって本を閉じた後でもその世界へと心が誘われ、自分の気持ちの中ではまだお話が生きている読書もあることを体験させてくれたのが、この物語です。
 疫病で両親を亡くしたお嬢様のメアリーは、インドからイギリスの叔父の家に引き取られます。そこで彼女は、叔父の命令で叔母の死後閉鎖されていたという秘密の花園を見つけ、その花園を乳母の弟のデイコン少年と共に蘇らせていきます。従兄弟の病弱のコリンにも会いますが、そのコリンもまた、秘密の花園の美しい花々によって元気になっていく、それを知って閉じられていた叔父の心も開かれていくというハッピーエンドのお話です。その頃私は、家庭の事情で、本当に狭い、台所と1間しかない都心の家に、母と13歳年上の大学生の兄と3人で住んでいました。遊ぶ友達も近くにいない私にとって、その狭い家の押入れの奥を開けると私だけの秘密の花園があるのではないかと想像し、秘密の花園に生きるお嬢様になった自分の世界を思い描いてメアリーになったような気持ちでいたことを覚えています。私の心の中に、読書という秘密の花園を作ってくれたのがこの本です。本は、その人の求めているものに応えてくれたときに、心の中に一つの世界を作ってくれます。ぜひあなたも、まだ秘密の花園を読んだことがなかったら、一度手にしてみてください。あなたの心にもあなただけの秘密の花園が生まれるかもしれません。

――子どもたちに対する読書メッセージ
 あせらず、ゆったりと深呼吸をして本を手にとってみよう。そして静かに本の世界に浸ってみよう。ざわざわした気持ちが薄らぎ、遠のいていくことがわかるでしょう。そこからあなたの心の扉は読書へと開かれます。「読まねばならない」の「ねばならない」の気持ちから離れたら、きっとあなたも本が好きになっていくでしょう。
 
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-- 登録:平成21年以前 --