地震及び火山噴火予知のための観測研究計画の実施状況等のレビューについて(報告)【要旨】

(科学技術・学術審議会 測地学分科会)

平成24年4月

 我が国の地震及び火山噴火予知に関する観測研究は、平成20年7月に科学技術・学術審議会が策定した「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画の推進について(建議)」に基づき、平成21~25年度までの5か年計画として進められている(以下、「現行計画」という。)。
 地震予知計画は、昭和39年に測地学審議会(現科学技術・学術審議会測地学分科会)が建議して以来、平成7年の阪神・淡路大震災を契機とした全体的な見直しを経て、平成20年度まで継続されてきた。一方、火山噴火予知計画は、昭和47年10月以降の桜島火山の噴火活動活発化を受け、昭和48年に同じく測地学審議会が第1次火山噴火予知計画として建議し、以降5年ごとに計画の見直しが行われ、平成20年度まで継続された。平成21年度に両計画を統合し、現行計画となった。
 本レビューでは、次期計画の策定に向けて、現行計画に係る観測研究の実施状況、成果を把握するとともに、今後の課題等について以下のとおり取りまとめた。

1 前書き

○ 地震予知研究計画は、地震前兆現象の観測に基づく予知の実現を基本的な目標として、昭和40年度に始まり、昭和44年度の第二次計画から平成10年度の第七次計画まで5か年毎の計画として推進された。また、平成7年には兵庫県南部地震を契機として見直しが行われた。

○ 平成11年度に開始した「地震予知のための新たな観測研究計画(第1次新計画)」では、地震発生に至る地殻活動をモデル化し、モニタリングと併せて地殻活動の推移予測を実現することを目標とした観測研究を推進し、平成16年度からの第2次新計画では、地震発生の準備過程の解明を進め、地殻活動予測シミュレーションモデルを開発することを目指した。

○ その結果、プレート境界地震については、アスペリティモデルに基づいた地震の発生場所と規模の予測について一定の見通しが得られたとした。また、内陸地震については、地殻の不均質構造に関する知見が蓄積され、地殻・マントルの粘弾性・塑性変形により広域応力が特定の断層に集中して地震発生に至るというモデルが提案された。

○ 昭和49年度に始まった火山噴火予知計画では、年次計画により観測網の整備と実験観測が行われ、活動的火山における観測の多項目化と高密度化、データの高精度化が段階的に進められ、幾つかの火山において、噴火に先行する地震活動や地殻変動などの観測に基づく防災情報の発信が可能になった。

○ 第5次計画からは、制御震源等を用いた構造探査が重点的な研究項目に加えられ、火山体の内部構造に関する理解が進み、GPS、SAR干渉解析などの観測技術・手法の進歩により、複数の火山においてマグマの上昇や貫入、蓄積などの火山噴火準備過程が捉えられるようになった。さらに、電磁気学的観測や火山ガス観測など、総合的な観測が実施された火山では、火山流体の挙動やマグマの発泡・脱ガスなどの噴火過程について多くの知見が得られた。

2 基本的考え方

○ 地震及び火山噴火は海洋プレートの沈み込みという同じ地球科学的背景を持った自然現象であり、それぞれの現象に共通の場の理解を深める必要性が強く認識されるようになった。このことから、地震予知研究と火山噴火予知研究で共通の課題を設定し共同で観測研究を実施するため、平成21年度からは二つの研究計画を統合した「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」が実施されている。

○ 両者には、共通の地震学的・測地学的手法によって観測研究を実施できる対象が多い。世界的にも類を見ない我が国の高密度な地震・地殻変動の基盤的観測網という研究資源を有効に活用することが適切である。

○ 現行計画では、「予測システムの開発」をより明瞭に志向した研究に重点を置くこととし、(1)地震・火山現象予測のための観測研究、(2)地震・火山現象解明のための観測研究、そして(3)新たな観測技術の開発を柱とした観測研究を推進し、成果を社会に効果的に提供するために(4)計画推進のための体制の強化を四つの柱として推進した。

3 平成23年東北地方太平洋沖地震

 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震の発生により、海溝軸付近のプレート境界浅部が数十メートルと大きく滑ったことや、これまでM7~8程度の地震を発生させていたアスペリティが過去の地震時滑りより一桁程度大きく滑ったことなど、単純なアスペリティモデルでは説明できない現象が発生した。このことから、現行計画において不足している点が明らかになってきたので、現行計画を抜本的に見直し、今後の研究の方向を見いだすことが必要となった。このため、この地震の全体像をできるだけ詳細に明らかにすることが急務となっている。

○ 陸域の高密度の地震及びGPS観測網に加え、震源域近傍に設置された海底地震計や海底地殻変動観測点の展開により、本震時の詳細な滑り分布や前震活動から本震発生に至るまでの過程を精度良く把握することができた。

○ 陸域のGPS及び海底地殻変動の観測結果から、海溝軸近傍のプレート境界における大きな滑りによって巨大な津波が発生したことが判明し、過去の津波地震の発生機構に対しても再検討が必要となった。

○ 本震発生前後の地震の発震機構解の解析により、本震発生前のプレート境界での固着強度が、本震の応力降下量と同程度とかなり小さかったことが判明し、プレート境界地震の発生サイクルの理解に極めて重要な示唆を与えた。

○ プレート境界浅部の固着状態について過小評価していたこと、非地震性滑り域モデルの極度の単純化、僅か100年程度の短期間の観測データに基づいて構築された単純なアスペリティモデルに依存しすぎたことにより、M9クラスの超巨大地震の発生の可能性について研究されていなかった。

○ このため、東北地方太平洋沖地震の震源過程の研究をより一層推進し、超巨大地震を含む広範な規模にわたる地震の発生サイクルや震源域でのプレート固着状態の時空間的な階層性についての研究を進めるとともに、超巨大地震発生の先行現象について調査研究を行うことが重要である。

○ 超巨大地震発生後には活発な余震活動や、震源域付近におけるプレートがゆっくり滑る余効的な地殻変動が継続していることから、新たな大地震の発生や、超巨大地震の発生によってもたらされた列島規模の応力変化が原因と考えられる内陸及び火山周辺の活発な地震活動について理解するための観測研究を推進する必要がある。

○ 地殻活動のモニタリングや、地形学や地質学的手法を用いた過去の地震発生履歴の調査を強化するとともに、低頻度大規模現象に対して統計的な手法を用いた新たな予測手法の開発を行う。

○ 観測データの即時処理により、地震動に加えて津波についても高精度で予測を行うためのシステムの研究開発を進める。

○ 海溝軸付近の地殻変動や地震活動等を即時的に精度よく観測するための海域観測の強化や、海溝軸付近における古地震調査のための技術開発が重要である。

4 近年発生した地震及び火山現象に関する重要な観測研究成果

1.主な地震

○ 2007年能登半島地震では、SAR干渉解析によって面的な陸域地殻変動が得られ、震源断層面の推定に大きく貢献した。余震分布や活断層の位置情報等を総合した結果、海底活断層が震源断層とつながっていることが判明した。

○ 2007年新潟県中越沖地震では、海陸合同の高密度地震観測網によって震源断層の複雑な形状が明らかとなり、断層運動のシミュレーション結果からは、この地震が2004年新潟県中越地震により誘発された可能性が示唆された。

○ 2008年中国四川省地震では、通常のSAR干渉解析とピクセルオフセット解析を用いることで震源断層の形状や滑り分布の推定が行われた。

○ 2008年岩手・宮城内陸地震では、比抵抗観測や地震波トモグラフィーによって地殻流体の分布が推定され、この地震の発生に密接に関与していることが示唆された。また、震源断層は既知の活断層と対応していなかったが、地震直後の現地調査や航空写真などから新たに活断層と認知された。

2.主な火山噴火

○ 桜島では、地震、地殻変動、火山ガス、電磁気観測、水準測量等の多項目観測により、深部及び浅部マグマだまりの蓄積量変化が推定され、桜島の複雑な活動推移の原因は火道が開放していることによることが明らかになりつつある。

○ 霧島山(新燃岳)では、基盤的火山観測網の整備等により、2011年1月の噴火前から貴重な観測データが取得された。人工衛星や航空機によるSAR画像からは火口内の溶岩蓄積量が高精度で計測され、マグマだまりから山頂火口へのマグマの移動のモニタリングに貢献した。噴火活動の推移については、種々の観測結果に基づいて噴火シナリオを作成し、実時間での検証を試みている。

5 実施状況と成果及び今後の課題

(地震と火山噴火予知研究の統合)

○ 広域の三次元地震波速度構造や電気比抵抗構造解析により、沈み込み帯におけるスラブからの水の供給とマグマの発生・上昇経路についての理解が進んだ。伊豆半島東方沖では、地殻変動を伴いながら活発な群発地震が繰り返し発生し、マグマの貫入量の時間変化と群発地震の活動度が多くの場合ほぼ比例することが明らかになった。

○ 東北地方太平洋沖地震に伴う地震波の伝播(でんぱ)による動的応力場の変動により、火山の直下や近傍で火山性地震が誘発されるなど、超巨大地震の発生が火山活動に与える影響について確認されており、地震活動が火山活動に及ぼす影響についての研究を進める。現行計画では、地震と火山噴火予知研究の統合については一部の課題に限定されており、今後は両分野共同で取り組む研究の範囲を拡げる必要がある。

(地震予知研究)

○ GPSやSAR干渉解析の技術開発等によってモニタリングの高度化が進んだ。また、岩手県釜石沖のプレート境界におけるM5前後の繰り返し地震に見られる階層性などからシミュレーション技術の高度化が図られ、地震発生サイクルの理解が深化した。

○ 西南日本のプレート境界では、浅部から深部に向かって徐々に固着が低下し、それによって巨大地震発生域、ゆっくり滑り、低周波微動などの多様な滑り現象が住み分けて発生することが明らかになった。また、それらの滑り現象の相互作用について理解が進んだ。

○ 内陸地震の震源断層は、地震波速度が高くかつ高比抵抗の領域内にあり、その直下には地震波速度が低くて低比抵抗の領域が広がっている。これは地殻流体の存在により、強度が局所的に低下し、その上部で応力が集中することにより内陸地震が発生することを示唆している。

○ M8クラス以下の地震については、これまでのアスペリティモデルによる地震発生過程の理解が可能であったが、東北地方太平洋沖地震により抜本的な見直しが必要となり、他のモデルの可能性も含め検討を要する。内陸地震の発生モデルについては、地震波速度や比抵抗と構成物質の物性を結び付け、地殻流体の移動や温度場の影響も考慮することによりモデルの高度化を図る。

(火山噴火予知研究)

○ 過去の噴火事例や地質学的情報に基づいて、幾つかの火山の噴火シナリオが作成された。噴火活動中の新燃岳において新たに作成された噴火シナリオと観測データに基づいて噴火予測が試行された。火山噴火は発生頻度が低いため、掘削などによる地質調査を組織的に行って噴火履歴に関する情報の量と精度を上げ、噴火過程の研究成果を取り入れながら、噴火シナリオの高度化に取り組む必要がある。

○ 桜島や浅間山において、火山体構造調査や多項目観測により、マグマ蓄積過程や噴火推移の多様性の理解が進み、噴火推移の多様性を支配する要因の理解が重要であることが再認識された。

○ マグマ蓄積過程や噴火過程等に見られる多様な火山現象の解明は、噴火シナリオの中の事象分岐において判断基準を策定する際に必要不可欠である。このため、今後も国内外の火山における比較研究を推進して、これらの多様性を生じさせる機構の解明を目指す。また、マグマの分化・発泡・脱ガス過程などの素過程の理解を深化させ、数値シミュレーションや室内実験などの研究も併せて推進する必要がある。

(計画推進のための体制)

○ 地震発生や火山噴火現象を理解し予測するために、継続的で高精度の観測データを取得し研究に活用できるよう、現行計画の実施機関が役割分担を明確にし、協力して現行計画を推進している。また、地震・火山噴火予知研究協議会企画部は、研究成果の取りまとめ作業や研究成果報告会の開催を通じ、観測研究計画推進委員会の活動に大きく貢献している。

○ 地震調査研究推進本部が策定する調査研究と現行計画における観測研究が両輪となって、我が国の地震防災・減災に寄与している。引き続き現行計画に基づく基礎的研究の成果を地震調査研究推進本部が行う施策の立案に積極的に取り入れられるよう期待する。また、JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業等により、インドネシアやフィリピンなどにおいて国際共同研究がなされ、大きな成果を上げており、今後もこのような国際協力や国際貢献を継続すべきである。

○ 今後は住民や行政機関と向き合い、地震や火山の観測研究の現状を丁寧に説明し、地震や火山噴火による災害について一層のアウトリーチ活動を推進する必要がある。地震及び火山災害を軽減するには、研究成果を公開するだけでなく、それらの成果を実際の防災・減災に役立てるため、防災の専門家との連携を通じて社会に役立てる取組も重要である。

6 まとめ

○ 地震と火山の研究の統合により、地震波速度構造や比抵抗構造からマグマ発生・上昇過程の描像が得られるようになり、マグマ貫入による群発地震の発生などの地震と火山の相互作用についての理解が進み、地震活動予測の実用化の基礎となった。

○ 地震発生予測の研究では、地震発生サイクルの理解が進み、シミュレーションの高度化が図られ、地震発生に及ぼす地殻流体の影響についての理解が進んだ。プレート境界地震については、滑りの多様性と相互作用についての研究が進められ、内陸地震については、地震発生の概念モデルが構築された。

○ 火山噴火予測の研究では、噴火予測システムとして火山噴火シナリオの作成が行われた。マグマ蓄積過程とその多様性が把握され、爆発的噴火が頻発する火山においては、噴火直前の山体膨張様式と噴火様式の間に相関を見出し、爆発的噴火の発生時期と規模の直前予測の可能性が示された。

○ 平成23年東北地方太平洋沖地震は、海溝軸付近のプレート境界浅部が非常に大きく滑ったことや、これまで知られていたM7~8程度の地震を引き起こすアスペリティを含む広大な領域が同時に滑ったことなど、これまでの認識を超える現象であった。プレート境界の固着状態に関する知見が不十分であったことや、地震発生モデルを単純化しすぎていたことが原因であると総括できる。

○ 超巨大地震についての理解が不十分であったという反省を踏まえ、今後は超巨大地震や巨大噴火のような低頻度大規模現象理解のための観測研究についても強力に推進し、予測の基礎となる新たな地震発生モデルや火山噴火モデルを構築する必要がある。

○ 地震発生や火山噴火の予測の実用化による災害の軽減を目指すだけではなく、研究成果を社会に積極的に還元するため、災害誘因(ハザード)評価や防災情報の高度化を意識した観測研究にも力を注ぐことが重要である。

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研究開発局地震・防災研究課

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