3.我が国の学術情報発信の今後の在り方について

はじめに

検討の経緯

 学術情報基盤(学術研究全般を支えるコンピュータ、ネットワーク、学術図書資料等)は、研究者間における研究資源及び研究成果の共有、研究成果の一般社会への発信、啓発及び次世代への継承、研究活動の効率的な展開等に資するものであり、学術研究全体の進展を支える上で極めて重要な役割を負っている。
 一方、近年、国立大学の法人化等による各種のシステム・考え方の変化、大学財政の緊縮化、コンピュータの普及と電子化の進展等による情報基盤の高度化・多様化と研究・教育活動への浸透、学術情報の受・発信の国際的なアンバランスなどの環境の変化が生じている。
 こうした環境変化に適切に対応し、学術情報基盤として学術研究活動を支え続けるための基本的な考え方や国が考慮すべきこと等を検討するため、平成16年11月15日、科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会の下に、学術情報基盤作業部会が設置され、平成17年2月14日の研究環境基盤部会の設置に伴い、その下に再編され、審議を行ってきた。
 学術情報発信ワーキンググループは、学術情報基盤作業部会の下、学協会が中核を担っている学術情報発信等に関して検討するために設置され、これまで、14回に渡り、我が国の学術情報発信を取り巻く様々な課題について意見交換を行い、状況を整理する作業を行ってきた。この問題は、関わりのある関係者の範囲、諸要因の相関関係や影響範囲などが極めて広く、また、国際的な状況も刻々と変化しつつあるが、これまでのワーキンググループの審議結果を踏まえ、報告書として取りまとめたものである。

主な検討事項等

 学術情報発信ワーキンググループは、我が国の学術情報発信の改善に資するため、主な検討事項として、「研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランス状態の解消」「学会誌の製作・流通・経営」「雑誌評価・論文評価」「オープンアクセス、セルフアーカイビング、リポジトリ」を設定し、審議を行った。
 なお、本ワーキンググループでの審議に当たっては、学術雑誌に掲載される学術論文(通常、学術論文の同分野の研究者が務める「レフェリー」により正誤、掲載の可否等が判断される「ピアレビュー」等による「査読」を経て掲載される)等として発信される学術研究の成果を主な対象としており、学術情報として一般的に含められるファクトデータ、特許情報等は審議の対象とはしていない。

1.我が国の学術情報発信の現状

(1)学術雑誌出版の状況

 我が国の学術雑誌(冊子体雑誌)の刊行形態は、学協会が独自に学協会出版者として刊行するもの、出版・販売を商業出版社に委託するもの(自然科学系では海外出版社が中心)等、様々な形態がある。我が国においては、国内の商業出版社は、学術雑誌の出版は学協会の担うものであるという意識が強く、基本的には無関心であった。また、大学出版局も国内向けの学術図書が事業の主力であった。この結果、学術雑誌の刊行は主として学協会出版者が担ってきた。
 我が国の学術雑誌の性格をみると、学協会に所属する会員間での情報交換を目的とし主に学協会内で流通するもの、学協会外への情報発信を目的として価格をつけて販売するものなど、様々なものがある。我が国の学術雑誌の数は、国立情報学研究所の調査では約2,000誌であり、うち英文誌は約340誌となっている。
 我が国の大学図書館は、国内学協会の刊行する学術雑誌の購入に際しては、国内商業雑誌と同様の商取引習慣により一冊当りの単価による支払いを行うか、個人会員会費と大差のない機関会員価格で購読してきている。
 また、我が国においては、大学等の学部、学科等が主に日本語論文を中心に掲載する紀要も多数出版している。小規模学協会の刊行する学術雑誌や紀要は、その刊行経費を主に会員からの会費または大学等の予算で賄い、通常は市販されず、主に寄贈または交換の形で流通して、大学図書館に所蔵される。これらは、刊行時にはほとんどオンライン化されていない状態にある。

(2)海外出版との比較

 海外の学術雑誌は、主として商業出版社、またはこれと同等の経営体力を持つ大規模な学協会、大学出版局等の非営利出版事業者によって刊行されている。
 商業出版社は、学術雑誌の刊行により利益をあげることを第一の目的としている。商業出版社は、学術雑誌の本格的な電子化に早くから取組み、出版社ごとのプラットフォームの構築、電子ジャーナルを機関全体(サイト)を対象として利用許諾契約するサイトライセンス契約と多数の電子ジャーナルの包括契約の普及等、様々な取組みを行っている。また、過去に冊子体で出版されたバックナンバーの電子化にも取組み、アーカイブ化をほぼ完了しつつある出版社も多い。
 学協会出版者、大学出版局等の非営利出版者は、電子化以前に、出版事業が事業の大きな柱となり、出版事業によって得られた利益を教育事業等の他の事業に投入するような経営体力のあるところが多く、電子化においても、商業出版社と同様の取組みを早くから進めてきたところが多い。
 世界各国の大学図書館は、これらの学術雑誌を個人購読よりも高く設定された機関購読価格によって購入してきたが、この価格は、論文の増加、電子化への投資等の理由により、年々上昇しており、大学の経費を圧迫している。また、商業出版社は、1990年代末にかけて吸収合併を繰り返しており、少数の出版社が大半の学術雑誌を刊行する寡占化が進行している。
 海外の学術雑誌には、その歴史と伝統により、国際的に研究者間で評価の高い雑誌があり、研究者の多くは、学術論文を主にそうした「トップジャーナル」に投稿し、そこに掲載されることで研究者としての名声を獲得し、より高い地位やより多くの研究費を獲得したいという意識を持っている。このため、国立情報学研究所の調査では、平成12年には、我が国の研究者は国際的に流通している学術論文の約12パーセントを生産しているが、そのうち約80パーセントは海外の学術雑誌に掲載されており、特に影響力のある論文についてその傾向が強く、ますますその傾向が助長されているとの指摘があるなど、「論文の海外流出」といわれる状況に至っている。

(3)電子化への対応

 海外学術雑誌は、近年、本格的な電子化に取組み、出版者ごとに電子ジャーナルを閲覧するプラットフォームを構築してきた。また、サイトライセンスへの移行、多数の電子ジャーナルを包括的に利用契約する形式など、経営上も様々な取組みがなされている。
 一方、我が国の学協会は経営の脆弱なものが多く、学術雑誌の電子化への取組みが遅れていた。また、機関購読によるビジネスモデルを持たなかったため、主に会員からの会費により冊子体を刊行する従来型のモデルでの運営をしているところが多く、後述する科学技術振興機構(JST)のJ-STAGE等を利用して電子ジャーナル化を行っても、電子ジャーナルによるビジネスモデルを持っている学協会はごく少数である。
 国内学協会が刊行する学術雑誌の電子ジャーナル化とその提供形態の現状をみると、1.学協会がすべて単独で行う独自路線、2.J-STAGE等の国内拠点を利用して提供する国内提携路線、3.電子ジャーナル製作・提供を海外出版者に任せる海外提携路線、さらに、4.海外出版者に冊子体の製作・頒布も含めて電子ジャーナル以外もすべて任せる海外委託路線がある。

(4)英文学術雑誌の出版に伴う問題点

 国際的な学術情報発信に関しては、英文学術雑誌の役割が重要である。国立情報学研究所の調査では、我が国の学術雑誌のうち、英文誌は約340誌であり、分野別の内訳は、人文・社会科学系12パーセント、自然科学系88パーセントとなっている。
 我が国において出版する英文学術雑誌の品質に関しては、国際的に通用する品質の論文の掲載、学術用語の標準化・英文校閲等の編集作業、様々なマーケティング手法の活用などにより、その品質を向上させることが必要となっているが、我が国の学協会は、国際的な動向などを含めた刊行業務の知識と経験のある人材や専門分野の知識と英語が分かる人材の不足、高コスト、機動性の低さ等の結果として、その目的を達成する水準には達していないところが多い。

(5)関連施策の状況(日本学術振興会(JSPS)、科学技術振興機構(JST)、国立情報学研究所(NII)の諸施策等)

 我が国の学協会が刊行する学術雑誌に関する主な施策としては、以下のものがある。

1 科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術定期刊行物)(日本学術振興会)

 我が国の代表的な学会又は複数の学会等の協力体制による団体等(以下「学術団体等」という。)が、学術の国際交流に資するため、レフェリー制による査読された原著論文の発信を目的として定期的に刊行する学術的価値の高い学術雑誌の冊子体刊行費の補助。

2 科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術誌データベース)(日本学術振興会)

 学術団体等が発行する学術的価値の高い学術誌の掲載論文等を電子化するデータベース(過去の掲載論文等のアーカイブを構築するものを含む)の作成に必要な経費の補助。

3 科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE・電子アーカイブ事業)(科学技術振興機構)

 学術雑誌の電子ジャーナルの出版、公開、閲覧に必要なシステムを提供し、他の電子ジャーナルや文献データベースとのリンクを行うプラットフォームを構築するとともに、国内学協会の学術雑誌の国際発信力の強化と重要な知的資産の保存等を目的とし、特に重要な学術雑誌について過去の冊子体の論文に遡って電子化し、J-STAGEによって全文を公開する事業。

4 国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPAN)(国立情報学研究所)

 日本発の電子的な学術雑誌の育成を目的とし、公募により選定された英文学術雑誌について、編集・査読システムの国際化支援、ビジネスモデル創出のためのコンサルティング、大学図書館等への広報宣伝活動等を行う事業。

5 NII電子図書館(NII-ELS)(国立情報学研究所)

 学協会の刊行する学術雑誌や紀要の冊子体をページイメージで電子化し蓄積するシステム。
 これらの施策は、学術情報発信の支援について、これまでに一定程度の成果を収めてきている。

(6)オープンアクセス運動

 近年、学術情報発信に関する議論の中で、「オープンアクセス」という運動が多くの人の関心を得ている。
 この運動の理念は、端的には「無料で制約のない学術論文のオンライン利用を認める」ことに集約される。
 この理念は、論文の生産者である研究者が、論文の出版から直接経済的な利益を得ることがないにもかかわらず投稿するのは、その研究成果としての学術論文の内容は人類にとって共通の知的資産であり、その内容を必要とするすべての人に知ってもらいたいと思っていることを主たる論拠としている。このような主張が唱えられた当初は、高額な学術雑誌の刊行により、学術情報を寡占的に支配する少数の商業出版社から、その主導的立場を研究者側に取り戻そうという目的もあったが、多様な機関、組織がそれぞれの立場からこの運動に対応しているため、現在では、単純な商業出版社対研究者という構図では理解できない複雑な状況となっている。
 オープンアクセスを実現する方式としては、「セルフアーカイビング」と「オープンアクセス雑誌刊行」の二つの方式が考えられている。この二つは性質がまったく違うものであり、相互に対立するものではない。単純化するなら、「セルフアーカイビング」は従来の学術情報流通のモデルはそのままにして補完的にオープンアクセスを実施するというものであり、「オープンアクセス雑誌刊行」は、購読者の支払いに頼る従来の学術雑誌刊行モデルとは異なる学術情報流通を行おうとするものである。

1 セルフアーカイビング

 研究者自身(または代行者)が学術論文等をオンラインで公開されるWebサイト等に掲載するのがセルフアーカイビングであり、セルフアーカイビングによる学術論文等の掲載先には次の三つの種類がある。

ア)著者自身のWebサイト
イ)研究分野別リポジトリ

a)研究者コミュニティにより運用されるもの
 物理学、数学、コンピュータ科学分野に見られるような、学術雑誌に投稿または受理された論文を雑誌刊行前に電子的に研究者同士で交換するシステム。
b)公的機関により運用されるもの
 研究助成を受けた特定分野の研究成果に関して、雑誌刊行後一定期間後までに登録し、無料で公開するシステム(例:米国国立衛生研究所(NIH)のPubMed Central)。

ウ)機関リポジトリ

 大学、研究機関が主として所属研究者の学術論文等の研究成果を収集、蓄積、提供するシステム。機関が主体となって、収録する文献の種類や範囲を決める。
 学術雑誌に掲載された論文の著作権は、通例、著者から出版社、学協会へ譲渡する契約を行うため、たとえ論文の著者が自分のWebサイトで公開する場合でも、出版社、学協会との間に著作権問題が生じる。国際的なオープンアクセスへの関心の広がりに対応して、多くの海外の商業出版社や学協会は著者自身による著作のオンラインでの公開を認める方向にあるが、欧米の学術出版者の中には、この動きに対して慎重な態度を取っているところもある。

2 オープンアクセス雑誌刊行

 オープンアクセス雑誌は、購読料で出版費用を回収する従来のモデルではなく、著者支払いによるもの、外部助成によるものなどの様々なモデル等によって、オンラインで公開する雑誌を購読者の費用負担なしに実現したものである。現在では、PLoS(Public Library of Science)という団体の刊行する著者支払いモデルの雑誌が代表例である。商業出版社、学会出版者、大学出版会は、これ以外にも、著者の選択により論文単位でオンライン公開を行う部分的なオープンアクセス雑誌のモデルを提案している。

3 海外の動向

 海外での政策的な動向としては、2004年7月に、英国下院科学技術委員会が学術雑誌の価格高騰問題に関する報告書を公表し、高等教育機関での機関リポジトリ構築による研究成果の蓄積と無料アクセスを勧告したこと、2005年5月から、NIHが資金助成した研究の論文を、PubMed Centralで出版後12ケ月以内に公開するように求めたこと、2005年6月に英国リサーチカウンシルズが、公的資金を助成した研究の成果である論文を機関リポジトリ等に掲載することを義務付ける提案を行ったこと等の動きがあり、政府、研究助成機関等が直接的に学術情報流通に関与をはじめたことから、この問題に関して高い関心が集まるようになっている。

2.我が国の学術情報発信を取り巻く課題

(1)研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランス状態

 平成8年度からの第一期及び第二期科学技術基本計画によって、我が国の研究水準は向上しつつあり、研究論文数も確実に増加している。しかし、その研究成果情報の発信、流通については、欧米を中心とする既存の学術雑誌の編集、刊行、購読システムに多くを依存しており、結果として、研究成果情報を自らが評価し発信する段階には至っていない。
 前述の通り、我が国の研究者は、国際的に流通している学術論文の約12パーセントを生産しているが、そのうち約80パーセントは海外の学術雑誌に掲載されるという、「論文の海外流出」といわれる状況に至っている。
 研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランスといわれる状態は、「これまで我が国の研究者は、成果の発表、評価機能を外国における学術雑誌刊行体制に依存し、我が国における国際水準の学術雑誌の刊行に積極的に取り組んでこなかった。そのため、個別の研究者のレベルでみると、実際には主体的な価値判断能力を備えている者も多いのにもかかわらず、我が国には優れた研究を正当に評価する判断力を持ったシステムがない」と、研究者自身が感じていることの現れであると言える。
 このことは、世界から優秀な人材を招き入れ、科学技術創造立国を一層推進するために必要な基盤を我が国が持ち得ていないことを意味しており、今後の科学技術の推進に阻害要因となることも考えられる。さらに、近年、中国、韓国などのアジア諸国における学術研究の活性化が顕著となり、発信される研究論文数が増加しつつある中で、アジア地域を中心とする国際的な学術情報の発信に対して、我が国が研究成果情報を評価し発信することは我が国の責任でもある。
 また、オープンアクセス運動のように、学術情報流通は根本的な変革期を迎えつつあるが、我が国の研究者にはその認識が低く、共有している情報も少ないのが現状である。

(2)学術雑誌の品質向上の必要性

 我が国で刊行される学術雑誌のほとんどは学協会によって刊行されているが、この製作・流通・経営に関しては、これまで、会員間での情報交換を目的として主に学協会内で流通するものが多数を占め、外部に販売を行ってその利益により経営を行うという観点が育たず、ビジネスモデルを確立したものはほとんどなかった。また、掲載される論文の質の向上による学術雑誌のレベルアップも十分に図られているとは言いがたい。
 現在、広く流通している商業出版社等が刊行する学術雑誌においては、論文を読みやすくする等の効果を得るため、査読終了後の論文原稿に対する英文校閲、レイアウトの工夫等の品質向上を図っており、そのための経費が出版経費の相当部分を占めるようになっていると考えられる。
 これに対し、我が国の学術雑誌の出版体制が、そのような品質向上を実現していないことは、国際市場における我が国の学術雑誌の流通が促進されないひとつの原因であると考えられ、解決すべき課題である。

(3)学術雑誌の電子化の遅れ

 科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術定期刊行物)による支援は、これまでの冊子体中心の学術雑誌の刊行に大きな役割を果たしてきた。しかし、我が国の学術雑誌の電子化への対応に関しては、特に電子ジャーナルの販売によりビジネスモデルを成立させている学協会はごくわずかである。我が国で電子ジャーナル化が進まなかったのは、欧米に比べ、学協会の予算規模、投資力に差があり、人材の厚みについても格段の差があるためである。
 学術雑誌の発信力の強化には、電子ジャーナル化は不可欠なものとなっている。また、国際的な学術情報発信には、国際的な論文検索サービスが非常に重要な役割を担っており、これらのサービスを提供する事業者との適切な連携のための取組みが学協会に求められる。
 さらに、小規模学協会の刊行する学術雑誌や紀要の電子化は明らかに遅れており、研究に必要な論文がインターネット経由で利用可能となるよう、その実現につき、各学協会、大学等は検討する必要がある。ただし、所属の会員間での情報交換を目的とし主に学協会や大学内で流通するような形態で問題のない学術雑誌・紀要の役割ももちろん尊重されるべきである。

(4)雑誌評価(インパクトファクター利用の問題点)

 雑誌評価には、インパクトファクターという指標が最も良く使われている。
 インパクトファクターは、雑誌論文の引用状況の把握を通じて利用状況の推測を行う、引用文献分析から生まれた指標の一つであり、ISI社(現トムソンサイエンティフィック)が、目次速報誌であるCurrent Contentsに収録すべき重要誌を選択する際の、定量的な指標として考案したもので、同社の製品であるScience Citation Index(SCI)とSocial Sciences Citation Index(SSCI)の収録対象である学術雑誌(対象誌)をもとに算出されている。インパクトファクターは、ある特定の年に、ある雑誌Xの平均的論文が何回引用されたかを示す指標であり、具体的には、次の計算式で算出される。
計算式:Xの2003年のインパクトファクター=(2001年と2002年にX誌に掲載された論文が2003年に対象誌に引用された総被引用回数)/(2001年と2002年にX誌に掲載された論文数)
 SCIとSSCIの対象誌は、各研究分野における重要な学術雑誌としてトムソンサイエンティフィックが選定したものであるが、その数は2004年時点で7,681誌に過ぎず(自然科学5,969誌、社会科学1,712誌)、また欧米の学術雑誌に偏っているとの批判もある。
 インパクトファクターは、雑誌についての短期の評価としては意味がある。しかし、その持つ意味は、分野によってまったく違うものである。インパクトファクター考案者であるユージン・ガーフィールドは、インパクトファクターとは雑誌の順位付けや評価に使用するもので、不適切に研究の評価に使うものではないと明確に指摘している。
 また、平成17年9月に改定された「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」においては、「特に、インパクトファクターは、特定の研究分野における雑誌の影響度を測る指標として利用されるものであり、掲載論文の質を示す指標ではないことを認識して、その利用については十分な注意を払うことが不可欠である。」とされている。
 しかし、雑誌全体のインパクトファクターを、そこに掲載された個々の論文の評価に転用する誤った使い方がたびたび行われてきた。我が国の研究機関が独立行政法人化により数値目標の設定が求められたことがインパクトファクター偏重の背景であるとも、評価結果を定量化して予算を獲得するための手段となっているとも言われているが、このインパクトファクターの誤った使い方が、我が国学協会の刊行する学術雑誌の弱体化の一因となってきたとも考えられる。

(5)オープンアクセス運動への対応

 オープンアクセスに関しては、研究者、学協会、政府、研究機関、出版者等、さまざまな利害関係者が存在し、議論が続けられており、現時点では世界的な動向が明確となっている訳ではない。しかし、これまで冊子体の学術雑誌を中心的なモデルとして成り立ってきた学術情報流通は、インターネットが情報流通の中心となった時代において、変革を迫られている。米国のNIHや、英国のリサーチカウンシルズのように、政府助成研究の成果をこのオープンアクセスという形で公開していく方策も推進されていることから、その動向を注視する必要がある。
 現在の日本の状況は、人文・社会科学分野における学協会員相互の情報交換を主とする学術雑誌と紀要、国際的に流通を模索しながらも購読料モデルによる経営基盤が確立されたとは言いがたい学術雑誌とが並存しているといえる。
 もともと購読料モデルによらず、各種機関による助成によって支えられてきた学術雑誌や紀要においても、研究成果の幅広い流通という観点から電子化について検討することは必要であり、条件さえ整うのであれば、その成果を無料公開する選択肢も考えられる。
 しかし、自然科学分野において、海外の商業出版社や強力な学協会と伍して、研究成果発信を目指す国内学術雑誌においては、電子ジャーナルによる国際的な発信を前提とするビジネスモデルの確立もいまだ十分とは言えない。この状況で著者支払いモデルのようなオープンアクセス雑誌として、経営的に成立する可能性は極めて低いと考えられる。
 機関リポジトリへの関心の国際的な増大に対して、海外の主要な商業出版社や学協会がセルフアーカイビングを認める方針を示している。我が国の学協会も機関リポジトリについて、適切に対応することが望まれる。
 この機関リポジトリについては、海外の大学等での取組みの影響を受け、我が国でも、千葉大学、早稲田大学、北海道大学等で構築の試みが開始されている。オープンアクセスや社会に対する説明責任などの観点からも注目されるが、研究者の立場からは機関リポジトリに対するインセンティブが十分でないとの議論もあり、大学等の内部における意識改革やそのための工夫が求められる。また、小規模学協会の刊行する学術雑誌や紀要については、掲載論文の著作権の整理が明確になっていない例も多く、電子化し、機関リポジトリに搭載可能とするためには、著作者と学協会、大学等との間で著作権処理を行っておく必要がある。

(6)アーカイブ化の遅れ

 アーカイブには、過去に冊子体で出版されたバックナンバーを電子化する遡及電子化と、遡及電子化分と電子ジャーナル刊行分をまとめて保管し、自然災害や人為的な災害等に対して最終的なアクセスを保障する恒久保存とがある。
 最新刊行分の電子化のみならず、遡及電子化についても、電子ジャーナルが国際的な競争力を持つためには必要である。
 現在、遡及電子化に対する支援としては、科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術誌データベース)(日本学術振興会)、J-STAGE・電子アーカイブ事業(科学技術振興機構)、NII電子図書館(国立情報学研究所)の取組みがある。
 恒久保存に対する取組みとしては、国立国会図書館で国内の電子情報を長期的に保存するためのデジタル・アーカイブの構築構想が進められているが、遡及電子化を支援する各種事業等との連携についてはまだ確立されていない。

3.今後の方向性

 学術論文を中心とする研究成果の発信、流通は、学術研究の推進のための不可欠な要素であり、従って、学術研究振興施策は、学術情報の流通基盤の整備をその一部として実施することが必要である。特に、我が国の学術研究が国際的にも重要な位置を占めるようになっている現在においては、我が国、ひいてはアジア地域を中心とする国際的な研究成果の発信に対して寄与するという観点からも、我が国の学術情報流通の一層の振興を図り、そのことによって研究成果情報の受・発信のアンバランスを是正することが必要である。
 我が国の学術情報発信の方策、それに対する支援などの今後の方向性を検討するに当っては、以下のことを前提とする必要がある。

  1.  学術情報流通の主要な手段は、インターネットを利用した電子的なものとなりつつあること。
  2.  インターネットを利用した電子的な学術情報流通への移行により、従来の学術雑誌(冊子体)中心の学術情報流通のモデル以外に、学協会、大学、研究機関、研究助成団体等が直接情報発信する方法・手段が十分に利用可能となっており、従来の学術雑誌刊行の振興に加えて、学術情報の発信力強化のためにはこれらの方法・手段の振興も考慮すべきこと。
  3.  冊子体の学術雑誌が従来実現していた、情報発信機能(成果の公表)、研究評価機能(ピアレビュー)、成果保存機能の三つの機能は、電子化とインターネットによる情報流通の時代にあっては、すべてを一つの媒体によって実現する必要がなくなっていること。このため、研究評価機能、成果保存機能とは別に、情報発信機能を実現することが可能となり、オープンアクセスのような、これまでとは異なる学術情報流通のモデルの可能性が生じたり、将来に向けた学術情報の保存について格段の配慮が必要となってきていること。
  4.  このような環境下で国際的な学術情報発信力を持つ学術雑誌を育成するためには、掲載される論文の学術的観点からの品質向上とその量的増大だけでなく、流通を推進するための出版物としての品質向上が図られる必要がますます増大していること。

(1)研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランス状態の解消

 我が国の研究評価能力の育成、自立を目指し、研究成果の生産に見合った発信地としての国際的な地位を確立するためには、学術情報基盤としての学術情報発信機能の強化充実が不可欠である。
 このためには、我が国の学術雑誌の中で、国際的な学術情報発信力において海外の学術雑誌に伍していこうとする学術雑誌を育成するため、学協会においては、その製作・流通・経営に関して適切な改善が図られるべきであり、また、文部科学省は、そのために必要な関連事業を通じての支援を充実させる必要がある。

(2)学術雑誌の一層の品質向上の必要性

 学術雑誌の品質の向上のためには、掲載される学術論文についての主体的な論文審査能力を向上させること、論文の英語の質の向上のため、出版時における英文校閲を実施すること、出版物として国際的に通用させるために、例えば、投稿から掲載までの短期化を特徴とするなどの編集方針を特化すること、高度の研究知識を持ち編集業務を行う専任編集者の雇用など学協会における体制を強化することなどが考えられる。
 また、学術雑誌の一層の流通を推進するために、国際的なマーケティング、セールスを行うための機能、良い論文投稿を集めるための投稿勧誘の取組みなどのプロモーション機能の強化が求められる。
 さらに、単一学協会では実施困難な場合、複数の学協会で連携して、学術雑誌刊行を専門とする非営利法人の設立などを検討する必要がある。
 しかし、これらの強化・拡充のためには、学協会事務局において、研究者と印刷会社の中間を支える人材、学協会と大学図書館の間をつなぐ人材が不足しているので、この人材育成が急務である。そのための育成体制の強化、組織化、キャリアパスの構築などの取組みが求められる。
 これまで、刊行費助成としては科学研究費補助金研究成果公開促進費が、学術雑誌の電子化、海外への情報発信については科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)が、編集・査読システムの国際化支援、ビジネスモデル創出のためのコンサルティング等については国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPAN)が関連事業として実施されており、一定程度の成果を収めてきているので、文部科学省は、これらの事業を通じ、さらに競争的な環境の中で重点化した形で学協会の活動に対する支援を充実させる必要がある。

(3)論文評価の適正化

 前述したとおり、インパクトファクターは、雑誌についての短期の評価としては意味があるが、その持つ意味は、分野によってまったく違うものであり、考案者のユージン・ガーフィールドの指摘や、文部科学省の評価指針にもあるように、インパクトファクターの持つ本来の意味を考えれば、インパクトファクターを論文そのものの評価として利用することについては、問題点が大きく、避けることが適切である。
 論文評価に関しては、ピアレビューによることが本来であるが、これについても、分野によりやり方が様々あり、限界があることも指摘されている。なお、電子ジャーナル化により、ダウンロードログの分析と引用分析の組み合わせなど、論文評価のための新たな手法を開発する必要がある。

(4)オープンアクセス運動への対応

 インターネットによる情報流通が増大しつつある現在、学術情報流通のシステムが従来の学術雑誌中心のモデルのみに縛られる必要はないというのが、オープンアクセスの概念である。
 オープンアクセスという概念の登場により、従来の学術雑誌中心の学術情報流通モデルでは主に著者または読者としてのみ関与してきた研究者個人にも、自らの問題として学術情報流通全体を捉えるという意識改革が迫られている。
 もちろん、学術雑誌を中心とした学術情報流通のシステムには、長い歴史と伝統があり、それに基づく研究者コミュニティのルールは尊重されるべきものである。
 しかし、従来の学術雑誌による学術情報流通のシステムを尊重しつつ、学術情報発信力の強化の観点とともに、社会への説明責任の観点からも、学術情報流通の新たな手段である機関リポジトリの取組みについては、研究機能を重視する大学、研究機関において、学協会との連携を図りつつ、積極的に進めるべきものであり、文部科学省は、国立情報学研究所が現在行っている機関リポジトリ構築・連携支援事業などを通じて、それらの取組みの支援を行うことが考えられる。この場合、紀要に関しては、大学等の機関リポジトリの構築とも併せ、電子化し無料公開とする選択肢も考えられる。
 なお、セルフアーカイビングについては、前述の通り、著作権の取扱いについて海外の多くの出版社、学協会は著者自身による著作の保存と発信を許諾する方向にあり、国内学協会においても電子ジャーナル化の時代における著作権についての理解を深め、この動向に留意すべきである。

(5)アーカイブ化への対応

 電子ジャーナルの時代では、従来の学術雑誌の持っていた機能のうち、成果保存機能をどう保障していくかという観点も重要である。冊子体の学術雑誌では、成果保存機能に関しては、大学図書館が収集・保管することによって自動的に役割を果たしてきたが、電子ジャーナルの時代においては、永続的なアーカイブの構築を視野に入れていく必要がある。
 このため、科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術誌データベース)、J-STAGE・電子アーカイブ事業、NII電子図書館の、遡及電子化を支援する各種の事業について、それぞれの特色を生かしながら充実を図るとともに、最終的な恒久保存については、国立国会図書館のデジタル・アーカイブ構築事業との適切な連携を図ることが必要である。

おわりに

 学術情報流通に関与する利害関係者は、従来、商業出版社・学協会等の学術雑誌の発行者、流通業者、図書館等であったが、今や、それらに加え、国、大学、研究機関、研究助成機関等、科学技術・学術に関係するすべての機関、個人が関わりを持つようになっている。
 また、従来の学術振興施策においては、国、大学、研究機関、研究助成機関が主に関わりを持ってきたが、この問題については、これら各機関のみならず、学術情報発信の主役たる研究者、学協会関係者等の深い認識と行動が必要となる。これら関係諸方面におかれては、本報告書によって、この問題の認識を十分に深め、それぞれの取り組むべき問題として十分に検討いただくことを希望する。