第3章 今後の振興会の在り方

 前章では学術振興上の課題とその解決のために国と振興会が一体となってなすべき取組を提案したが、これらに加え、振興会が中心となり、学術を巡る状況の変化やこれまでの振興会の事業の課題を踏まえて、第三期中期目標期間において以下の方向性に沿って事業を展開していくことを求めたい。
 なお、振興会が今後期待される役割を果たしていくためには、その前提として、学術の中心である大学との密接な連携協力を欠かすことはできない。今後、振興会は、大学連携型法人として、大学教育の改革の支援をその業務として明確に位置付け、大学との連携の強化を図っていく必要がある。
 また、大学を中心として展開される学術研究は、研究者の知的探究心や自由な発想に基づき自主的・自律的に展開される知的創造活動であり、社会のニーズ等に基づいてイノベーションの創出等明確な達成目的の設定の下に推進される政策主導型研究とは、基本的性格を大きく異にしている。
 研究者の自由な発想に基づく研究と政策主導型研究は、我が国が社会的・経済的な国際競争力の強化や地球規模問題の解決等に貢献していく上でいずれも欠くことのできない相補的関係にあり、いずれの研究も一層の強化が図られることが重要である。
 しかしながら基本的性格を異にする両者は、競争的研究資金における審査や評価、資金配分の考え方や支援対象なども異なることから、それぞれ独立した機関により実施されることが必要である。
 学術研究に対する我が国唯一の資金配分機関(ファンディングエージェンシー)である振興会は、政策主導型研究の推進を担う研究開発法人や関係省庁と役割を明確に分担し、その上で連携協力を図りつつ学術研究の一層の振興に努めていく必要がある。

1.世界レベルの多様な知の創造

 学術研究を支援する我が国唯一の資金配分機関として、研究者の自由な発想と研究の多様性、長期的視点と継続性などの学術研究の特性を踏まえ、競争的研究資金(主として科学研究費助成事業)の審査・配分を確実に果たすことにより、世界レベルの学術システムの中で多様な知を創造する研究が行われるようにすることが必要である。
 研究者の自由な発想に基づく研究の支援では、まず、人文学、社会科学から自然科学までの既存の全ての研究分野の研究を支援することはもちろん、研究者の議論を踏まえて世界と我が国の学術研究の動向を俯瞰し、融合的な研究分野や先端的・萌芽的な研究分野など新たな分野の研究を支援することにより、学術研究がその多様性の中で自律的に変化していくことを促進しその持続的成長を図る必要がある。ピアレビューシステムも新しい研究分野についてシステムが適切に働くよう継続的な努力を行う必要がある。
 また、我が国として途絶えさせてはならない学問分野の継承などに配慮することにより、学術研究の多様性を確保することも必要である。
 また、社会的な課題の克服や産業上のブレークスルーの実現に向けた知の創造とその速やかな展開が求められる中で、政策主導型研究の推進を担う研究開発法人や社会・企業との連携、情報提供の充実等により、学術研究の成果をより円滑に社会に還元できるよう努める必要がある。もとより、学術研究の成果等を広く社会に発信することによって学術研究に対する国民の理解を得つつ、学術研究の支援の充実につながるよう努力すべきである。
 さらに、学術の中心である大学そのものに対しても、世界トップレベルの研究大学群、大学の特色を生かしながら世界に研究成果を発信し続ける大学群、さらに大学COC(Centre of Community)として地域の課題解決に取り組むとともに地域の文化や専門職業人の養成の中核となる大学群など、それぞれの特徴とミッションに対応した支援が適切に行われ各層の大学の研究力が向上するよう、国が示す大学改革の方向性を踏まえた取組を行う必要がある。
 なお、研究資金の不適切な経理等を防止することは重要であり、振興会としても責任を持って取り組むべきである。一方、研究資金の管理の面から自由な研究を阻害することがないよう支援することも必要であり、そのような観点から科学研究費助成事業の基金化などにより研究費の使い勝手の改善をさらに進めるべきである。
 加えて学術の振興のためには、学術研究の基盤について将来を見据えた投資を行う必要がある。個々の大学において学術研究の基盤となる研究スペース、研究支援人材、知的財産管理体制、情報基盤などを充実するとともに、国全体として大学が共同利用することが可能な大規模装置、情報基盤などを整備することが重要である。

2.強固な国際協働ネットワークの構築

 学術研究のグローバル化、研究環境のグローバル化を進めなければ最先端の知は生まれない時代になりつつある。その中で、国境を越えて多様な組織や研究者が交流・協働し、知を創造する国際協働ネットワークを構築することが必要となっており、振興会は我が国の研究者や大学が海外の研究者や研究機関と国際共同研究・研究者交流を実施することを戦略的に促進していくべきである。その際には、科学的価値(サイエンスメリット)に基づき、広く最先端の知を創出する研究を支援する取組を加速していくよう、振興会が各国の学術振興機関に積極的に働きかけることが必要である。
 グローバル化は大学にとって重要な課題となっており、留学生の受入や大学教育のグローバル化、大学間の国際交流、海外拠点の設置などが急速に進みつつある。その中で振興会は、我が国の学術研究のグローバル化や研究者の国際流動性を一層促進する観点から、各国の学術振興機関との長期的視野に立った研究交流の推進や、地球規模課題に対応するための多国間での学術研究ネットワークの形成など、個々の大学における対応を超えた施策を我が国全体の学術研究の動向を視野に入れ具体的な戦略を立てて実施していく必要がある。
 その際、若手研究者の育成やグローバルな研究者コミュニティにおいて特に国際協力が必要な課題などについて、個々の大学における若手研究者育成の取組を支援するとともに、個々の大学や研究分野を越えた若手研究者育成の取組を積極的に進めていくことが必要である。
 国際交流事業の充実等を通じて、二国間・多国間の学術交流を充実・深化させるとともに、振興会の事業を経験した研究者のネットワークを強化させ、グローバルな学術研究の枠組みにおいて、振興会ひいては我が国の学術研究の存在感を増大させることにより、科学技術外交の推進に貢献することが必要である。
 なお、国際協働ネットワークの構築のためには、その前提となるインターナショナルスクールや快適な住環境などを含め外国人研究者の受入環境を整備することが必須であり、国等にその整備を働きかけていくことも必要である。

3.次世代の人材の育成と大学の教育研究機能の向上

 全ての知的活動と創造の源泉は人である。人材は学術研究の基礎をなすものであり、優秀な人材を十分に確保していくことは学術研究の振興にとって不可欠である。また、人材育成は、長期的な視点に立って継続的・安定的に行う必要がある。一方、前述したように研究者のキャリアパスが見通せない状況となっており、研究者に優秀な人材を確保していく上で大きな障害となりつつある。
 このような中で、振興会は、我が国の学術研究を担う優秀な人材を育成するため若手研究者に対する支援を充実するとともに、そのキャリアパスを確保するための施策に取り組むべきである。
 特別研究員事業については、優秀な人材にとってより魅力があり、また若手研究者が大学等で活躍する場の確保につながるよう事業の質を高めていくべきである。特に、ポストドクターを対象とした「PD」については、大学等の受入機関、振興会いずれとも雇用関係がなく、健康保険、年金、労災等について不安定な身分となっているとの指摘、また、研究室移動の義務付けが研究者の流動性の向上に貢献している一方で、特別研究員事業の申請者数の減少、さらには日本から発信される論文数の減少の要因となっているとの指摘もあり、事業の趣旨を損なわないようにしつつ改善を検討することが必要である。
 これにあわせ、大学改革とりわけ大学院教育の改革の支援について、研究者養成事業ととともに人材育成に関する一貫した方針のもとで取り組むべきである。
 知的活動は人間の本性であるが、その活動を豊かにするためには、発達段階に応じて適切な課題を設定し学び習う教育システムが必須である。近世から近代にかけて国民の知的水準の高度化のために初等・中等教育システムが整備され、学術の中心として大学が各国に設置され、さらに知の創造を目指し大学院が設置されるようになった。
 大学教育は学術研究の成果の上に立って行われるものであり、研究と教育の両者は一体不可分としてとらえられるものである。学術研究の成果の社会還元のためにも、振興会は学術振興機関として大学の教育研究機能の向上に積極的に取り組んでいくべきである。
 また、大学改革の支援に当たっては、大学教育や学術研究のあるべき姿を長期的に見据えた上で、継続的な支援を行うことが重要である。様々な支援について先行プログラムとの整合性を持った一貫性・継続性のある制度設計が必要である。
 なお、次世代の人材育成については、先述したように学術研究のグローバル化の観点も重要であり、また、中学生・高校生など初等中等教育段階の人材に対し学術の大事さを伝える積極的な取組も必要である。

4.特に配慮すべき事項

(1)人文学、社会科学への支援の充実

 人文学、社会科学は人間や社会を対象とする学問であり、振興会は人文学、社会科学の学術研究を支援する唯一の独立行政法人である。人文学、社会科学の振興に当たっては、多くの自然科学の研究とは異なる研究スタイルをとることも多いことから、その特性に応じた支援の仕組みがとられるべきである。
 また、人文学、社会科学では、我が国の研究者による日本のみならず世界の各地域の文化・歴史の研究や社会科学的分析の研究成果が英文で発信され、海外の研究者に認識され、批判を受け、さらに主張していくことによって初めてさらなる発展が期待できる。今後、国際的な共同調査や共同研究、個人の国際的な事業参加を通じて、我が国の研究者が蓄積してきた知識や独自の問題認識を国際的に発信していく種々の具体的努力が支援されるべきでる。
 東日本大震災を経験したことにより、人文学、社会科学は、世界的な経済危機や一部地域の政治の混乱の中で、新しい展望のもと人間と社会の在り方に関する理念や哲学、政治社会の仕組みや人間の行動を究明し分析するという普遍的な課題を持つこととなった。今後このような課題の研究を一層進めるための支援を行う必要がある。

(2)関係者とのコミュニケーションの強化

 大学連携型の法人として、大学とのコミュニケーションを一層図り、その結果を事業に反映するとともに大学に対しても改革を促すなど、大学との連携を強化することが必要である。
 また、研究者コミュニティはもとより、経済界をはじめ社会の幅広いセクターとのコミュニケーションを強化し、学術研究に対する様々な意見・要望を把握するともに、振興会の事業や学術の重要性について理解を得るよう努める必要がある。特に次代を担う中学生や高校生に向けて、学術研究の成果、方法、過程などをわかりやすく伝える取組を充実すべきである。

(3)振興会の主体性と調査分析機能の強化

 科学研究費助成事業の多くの種目については、文部科学省が制度設計を行い、振興会が具体的な業務を行っている。現在でも制度設計と業務執行の密接なフィードバックにより振興会の意見を反映した制度設計が行われているが、今後、振興会が主体的に制度設計を進めるとともに、その活用を文部科学省に働きかけていくことが重要である。
 これまで振興会は伝統的に情報の価値を重んじる気風が薄く、情報が学術研究を制するという世界の動向への対応が大きく遅れている。世界的に学術研究の進展が速まっている傾向のもとで、個々の研究者の研究の状況のみならず、広く学術研究や人材育成に関わる情報を蓄積・整理し、それらのエビデンスに基づいて振興会の事業を展開していく必要がある。

(4)振興会の組織体制の強化

 振興会においては、諸外国の学術振興機関や他の独立行政法人と比較して少数の職員によって効率的な運営がなされているが、近年の事業の拡大に伴い体制を充実していくことが不可欠となっている。組織体制の見直しや業務効率化を進めるとともに、事業の拡大に対応して必要な人員を確保することが必要である。
 また、限られた人員で膨大な業務を的確に遂行していくためには、職員それぞれが振興会に対する誇りと仕事への高いモチベーションを持ち、多様な属性を持つ職員間のコミュニケーションを十分に図りながら、能力を最大限発揮していくことが不可欠である。振興会は、職員の意欲や資質能力を高める取組を進めるとともに、資金配分機関としての機能を強化する観点から、博士の学位を持つ者など大学院において研究に自ら携わったことのある者を積極的に登用することが必要である。
 なお、随意契約から競争入札による契約への移行が進められているが、一律に進めるのではなく、質の高い労働者が要求される労働者派遣契約など、契約の内容に応じてどの方法が適切かを見極めながら移行が進められるべきである。

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研究振興局振興企画課学術企画室

(研究振興局振興企画課学術企画室)

-- 登録:平成25年05月 --