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序 「学問」について

(1)「学問」の意義

  • 学問の意義は、人類の知的認識領域の拡大である。それは、個人の知的好奇心を満たすということを超えて、人類共有の知的財産の拡大を意味している。
  • 学問には2つの効用がある。第1は、生活上の便宜と利得の増大である。第2は、自分を作り上げていくこと、確立していくこと、いわゆるBildungとしての教養であり、このような教養による人間形成を通じての社会の形成である。前者も後者も重要であるが、後者の効用を忘れてはならない。
  • 「科学」とは、人間が生きていくために必ずしも必要ではないけれども、人間活動の一部として大事と思われるものという意味での「文化」の一部である。これに対して「技術」とは、人間が生きていくのに必須のあらゆるものという意味での「文化」の一部である。
  • 「科学」を「文化」の一部として考えるならば、「科学」に対する支援というのは本来的にフィランソロピー(慈善活動)という性格を有するものである。
     フィランソロピーとは、「フィル+アントロポス」即ち、「人間を愛すること」を意味しており、オペラや芝居という人間活動に対する支援と同様、自然などに対して好奇心を働かせ探求している科学者の活動も、人間活動の一部として重要であるから支援を行うという性格のものである。

(2)「科学」と「技術」-歴史的背景-

「科学」と「技術」

  • 「科学」と「技術」は、本来的に性質を異にしている。近年、日本における「科学技術」概念、英米圏における「ST」概念、「テクノサイエンス」概念に見られるように、両者を融合させた概念が誕生しているが、少なくともヨーロッパでは、両者は性質を異にするものという視点は、現在でも維持されていると考えてよい。

「技術」の淵源

  • 外部のクライアントが設定した社会的、経済的目的の達成のための手段である「技術」は、人類の発祥とともに存在した。「技術」の中に、我々が「科学」と呼ぶような知的営為が全くなかったわけではないが、外部のクライアントが存在せず、それ自体として自己充足的な営みである「科学」は、「技術」とは異なる淵源をもつものである。

「科学」の淵源

  • 「技術」とは全く独立の純粋な知識体系である「科学」の淵源として、古代ギリシャの「哲学」を挙げることができる。「哲学」の特性は、自由な市民の知的探求を「知を愛すること」、即ち「フィロソフィア」ととらえたところにある。
  • 中世ヨーロッパにおける「哲学」は、古代ギリシャにおける「知を愛すること」に加え、自然を理解することを通じて「神の計画を知ること」という目的の実現が動機付けとなっていた。
  • 「神の計画を知ること」という目的の実現は、17世紀のいわゆる「科学革命」の時代においても動機付けとなっており、我々はコペルニクスやケプラー、ニュートンといった人々を「近代科学の父」と呼ぶことが多いが、この時代の「科学」が、「近代科学」と一枚岩であるとは考えにくい。

「科学」の成立

  • 「科学」が、現在のような意味での「科学」になったのは18世紀のいわゆる啓蒙主義の時代である。世界を説明したり記述するときに「神」を必要とする立場を「聖」、「神」を必要としない立場を「俗」とするならば、18世紀に「聖」から「俗」への転換(「聖俗革命」)が起こった。この時代以降、「神の計画を知ること」という動機付けは消え去り、「科学」の動機付けは「知的好奇心」が中心となる。
  • このような歴史的経緯を踏まえ、「知的好奇心」を動機付けとして、「真理の探究」を目的とした「科学」が成立する。このような意味での「科学」とは、純粋な知識体系であり、「科学」の成果を活用するクライアントが外部に存在しない、即ち、他の目的の手段ではないという古代ギリシャ以来の特性も併せ持っている。

「科学」の専門分化と日本における「科学」の受容

  • ヨーロッパでは、かつて全ての学問を包括する有機的なシステムとしての「哲学」という概念があったが、19世紀にはそれが完全に崩壊した上で再編成され、「個別科学」の時代へと転換した。
  • 日本では、「個別科学」の時代になってからヨーロッパの学問を取り込んだため、まさに専門分化した「科の学」としての「個別科学」を取り込んだということになる。これは歴史的な運命としか言いようがない。

「科学」の変容-「好奇心駆動型の科学」と「使命達成型の科学」-

  • 20世紀の後半において、「科学」の成果を活用した「技術」の開発が活発化した。この結果、自己充足性を特性とする「科学」においても、「科学」の外部の世界においてその成果を活用するクライアントが存在するようになった。この場合のクライアントとは、軍事であり、産業である。この結果、財物としての「科学」という観点が生まれてきた。
  • このような経緯から、現在、「科学」には、「科学」の本来的な在り方である専ら研究者の好奇心により研究が進められる「好奇心駆動型の科学」とは別に、産業や軍事といった外部のクライアントの目的の下で研究が進められる「使命達成型の科学」とが成立し、両者が併存する事態となっている。
  • 科学者の意識は常に「好奇心駆動型の科学」であり、社会の意識は常に「使命達成型の科学」である。このため、「使命達成型の科学」の基準で、「好奇心駆動型の科学」が評価されてしまうところに、「科学」をめぐる最近の問題がある。特に、人文学や社会科学についてまで「使命達成型の科学」の基準が無条件に適用されるような事態は、「科学」の自殺とも言うべき大きな問題ではないか。
  • ただし、以上は、「使命達成型の科学」を否定することを意味するものではない。問題は、研究に対する支援の合理性を測定するための基準が、外部から与えられた短期的な使命の達成で評価されがちであることにある。
  • 人文学、社会科学の研究を振興するに当たっては、分野等によっては経済的な支援も重要ではあるが、まずは研究者の知識欲を満たすための研究時間の確保という観点から、「学問の自由」が確保されていることが重要である。それは、人文学、社会科学の研究が、既存の価値や通説に対する「懐疑」から出発する場合が多いということ、及び研究者の知識欲を満たす自由が学問の原動力となっていることからの要請と言ってよい。
     また、このような「学問の自由」を制度的に保障する仕組みとして、「テニュア制度」(終身在職権制度)が存在していると考えられる。骨太の学問研究が生まれている国々では、ある一定水準以上の能力を示した研究者に対しては、テニュアを与えるというシステムが定着していると言ってよい。

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