3.各論 付属資料‐1(第3章関係):バイオマス資源と食料生産

 内嶋善兵衛(お茶の水女子大学名誉教授)

1.はじめに

 光合成活動で太陽エネルギーを吸収・固定する緑色植物群は、無生物世界と生物世界を結ぶ偉大な結び目である。この働きのお蔭で、全ての生物は長い進化の歴史を辿り、現在まで生き延びてきている。この真理は、科学技術で神の座に超接近したかにみえる人類にもそのまま当てはまる。
 約1万年前、自然的な地球温暖化を背景に、人類は農耕を発明し現在に連なる新しい文明世界への歩みを始めた。そして、地質時代の植物群の遺産(化石エネルギー資源)を利用することで、現在のような優れた科学技術文明に到達し、いまや地球のみならず近くの惑星までもその影響下に包み込み、人間圏という独自の世界を築き上げている。
 しかし、いかに神の座に接近しても、人類は生物という大枠から脱する事はできない。それは、人類の生存を支えるエネルギー摂取の様式が、約40億年前に原始生命が地球に誕生して以来頑に守り続けているシステムとほとんど同様だからである。それゆえ、緑色植物群の産みだすバイオマス資源は、人類をふくむ全生物群の生存エネルギー資源ともいうことができる。そこで、ここでは生存エネルギー資源すなわちバイオマス資源の現状と未来、そして人類によるそれの利用‐食料生産の動きと技術資源・環境資源との関係を説明する。

2.地球のバイオマス資源

 上に指摘したように、陸上そして海洋内の植物群は太陽エネルギーを生物界に流入させる大きな役割を果たしているが、それは次の2つに要約することが出来る。

  1. 生物群の生存エネルギーの生産
  2. 生物群への安全な生息場所の提供

これらの働きの定量的な評価には次の4量が用いられる。
 総1次生産力(Gross Primary Productivity, GPP)
 純1次生産力(Net Primary Productivity, NPP)
 現存量(Standing Crop)
 生物体量(Biomass, B)
 総1次生産量と純1次生産量は、ある地域上の植物がある期間内に光合成活動によって生産した有機物の乾燥重量(t乾物/ha期間またはtC/ha期間)をあらわす。一方、現存量と生物体重は、ある時点である地域上に存在する生物体の乾燥重量(t乾物/haまたはtC/ha)を表している。生態学では、現存量と生物体重は同様な意味で使用されている。次にそれぞれについて簡単に説明する。

1)総1次生産量と純1次生産量

 昼間太陽エネルギーを利用して植物群は光合成をおこない炭水化物を生産している。それの期間総和が総1次生産量(GPP)である。また、植物は呼吸活動で炭水化物を分解して生命活動に必要なエネルギーを獲得している。これが呼吸損失(R)である。それゆえ、ある期間に植物群が正味で生産する炭水化物量(純1次生産量、NPP)は次のようになる。
NPP=GPP‐R (1)
 純1次生産量はつぎように配分される。
NPP=ΔW+L+G  (2)
 ここでΔWは植物体重の増加量、Lは落下する枯れ枝葉量、Gは動物による摂食量。上式右辺の各項の割合は、植物の成長によって大きく変化する。例えば、幼齢林ではNPPの大部分が植物体の増加(ΔW)に、老齢林では枯れ枝葉に向けられる。
 最近では、大気炭素バランスへの植生地の寄与を評価するために、次の生態系純生産量(NEP)もよく求められる(及川,2007)。
 NEP=NPP‐D (3)
 ここでDは土壌有機物・落葉層の分解による炭水化物の消耗。環境省S1プロジェクトでえられた結果が表1に示されている。これから温帯森林はNEP>0で、炭素の吸収源として作用し、寒冷・熱帯林はNEP<0で、炭素の放出源として作用していることがわかる。

表1 東アジア各地の植生の生態系純生産量

表1 東アジア各地の植生の生態系純生産量

 このような研究結果は、温暖化抑制に森林の炭素吸収能力の向上・維持が重要な役割を果たすことを示している。Beerling・Woodward(2003)は地球上の陸地が潜在自然植生に覆われているという仮定で、全球気候・植物生産力モデルを用いて、今世紀における全球生態系純生産量(Gt C/yr)を試算している。それによると、温暖化とCO2濃度の上昇により全球植生の炭素吸収量は、2000年頃の約20Gt C/yrから2050~2100年間の約60Gt C/yrへと増大し、そのあと急減する。しかし、後で説明するように陸上植生とくに炭素吸収能力の高い森林面積は、人口爆発とバイオマス資源利用の急増により急減しているので、彼らの予想が実現するのは非常に困難と思われる。

2)自然植生の純1次生産力

 植生の純1次生産力は、各地域の生態系の複雑さ(種多様性)や物質循環の強度とスケールを決める重要な要因である。この原則は人類にも当てはまり、食料の世界貿易網が未発達の時代には、各地域の人口の多寡や文明の発達は、地域の食料生産量に密接に関係していた。しかし、世界各地の純1次生産力の定量的な評価が体系的になされ始めたのは、1960年代に世界生物学事業計画(IBP)が開始されてからである。それ以来、評価手法の改良が続けられ、陸上植生の純1次生産量の評価値は変化の幅が次第に減少してきた。そして、現時点では、全球陸上の潜在植生の純1次生産力量は次のように評価されている(内嶋,2007)。
 127±9.94 Gt乾物/yr
 純1次生産量の全陸地上での分布は非常に不均等である。それは地球上の気候条件が地域の緯度・経度、海岸からの距離、標高などによって大幅に違うためである。葉面積指数(LAI)2以上の林が形成可能な気候条件は森林気候とよばれるが、それは全陸地面積(14.89Gha)のわずか64.8%にすぎない。残り約35%は寒冷・乾燥・高山気候条件のために、植生の発達が抑制される乾燥草地やツンドラなどに覆われている。
 陸上の主要な植生タイプの専有面積と平均純1次生産力に関する研究は実地測定・モデル実験・衛星隔測データの分析など多くの手法によってなされている。その一例が図1に示されている。年間を通じて温暖で多湿な熱帯の熱帯常緑林の生産力が最も大(24t乾物/ha yr)で、これに熱帯季節林と温帯常緑林が続いている。温度不足の寒冷荒れ地と水分不足の砂漠は1~2t乾物/ha yrと非常に低い。

図1 代表的な植生タイプの純1次生産力と専有面積

図1 代表的な植生タイプの純1次生産力と専有面積

 すでに若干の研究者が指摘しているように、二酸化炭素濃度上昇にともなう気候温暖化は地球上における気候(温度・降水状態)分布の変化、したがって植生タイプの分布の変化をもたらす。これにより主要な植生帯は緯度・高度方向へのシフトを強制されることが予想されている。しかし、気候温暖化に伴う主要樹木種の移動速度は、予想される植物気候の移動速度より著しく小さく、多くの樹木が不良気候条件にさらされる危険性が高い(例えば、Uchijimaら,1992)。それゆえ、温暖化の進行に伴う植生分布、従って純生産量の全球的な変化を年々把握するには衛星モニタリング資料(例えば、正規化植生指標など)の利用が望まれる(Box and Bai,1992)。

3)バイオマス蓄積

 図1に見られるように、世界のバイオマス資源において森林は大きな役割を果たしている。図1から簡単な計算をすると、陸上植生群の年間純1次生産量(129.02Gt乾物/年)の73.1%は森林で、他の植生タイプは残り26.9%を分担するに過ぎない。このように森林は陸上植生の純1次生産量で大きな割合を占めている。そればかりでなく、林材蓄積を通して膨大なバイオマス資源を持っている。これは取りも直さず森林が大気に対して強力な炭素プールとして存在していることを示している。現在までの多くの資料から、Kobak(1988)は、純1次生産量(NPP)とバイオマス量(B)の比を表2のように纏めている。ボレアル林でのB/NPP=24.2から、亜熱帯林での18.0、温帯林林での16.2をへて、高山ツンドラ草原での1.3まで減少している。植生タイプの面積重み付け全平均値は11.6となり、岩城(1981)が日本について推定した値(約10.0)に近い。
 人口爆発と経済発展を背景に、巨大なバイオマス資源であり、地球環境と地球生態系との優れた保全者である森林の利用が休み無く進んでいる。特に今世紀になってから、バイオマス燃料への需要が急増しブラジル・インドネシアを中心にして豊かな熱帯林が大規模にエネルギー作物用農地に転換されている。森林面積の世界的な調査や推定資料を用いて描いた、世界の森林面積の時代的な変化が図2に示されている。20世紀半ばから森林面積は急減し、前世紀末には森林面積は38億6945万haにすぎない。その後も熱帯林を中心に森林伐採が広がり続けている。それゆえ、現在の傾向が続くならば今世紀半ばには、純1次生産量とバイオマス蓄積量で大きな役割を果たしている熱帯林は非常に少なくなり、地球生態系の種多様性や大気の炭素バランス、さらに土壌の肥沃度そして地球の生物扶養能力などに大きなインパクトを与えるだろう(Hall,1984;Benhin,2006)。

表2 各植生帯のバイオマス蓄積量

表2 各植生帯のバイオマス蓄積量

図2 世界人口と森林面積の時代的な変化

図2 世界人口と森林面積の時代的な変化

3.食料(生存エネルギー)の生産

 農業は、入射する太陽エネルギーを作物と家畜・家禽の生理的な活動を利用して、食料(生存エネルギー)へ変換し収穫する営みである。それは約1万年前、世界の各地でほぼ時を同じくして発明されたと考えられている。その後、無数の有名・無名の人々の工夫と努力によって、また開発された多くの科学技術の寄与によって現在のような高収性農業へと発展してきた。現在の高収性農業は次の四つの資源を、1.必要に応じて、2.セットで、3.比較的に安価に使用することによって展開されている。
 環境資源:肥えた土壌、綺麗な空気と水、適当な気温と豊富な日射エネルギー
 生物資源:改良された多収性作物品種、改良された多産・多収の家畜・家禽
 技術資源:効果的な肥料・農薬、効率的な農業機械、完備された灌漑・排水施設、利用しやすい技術・商品情報システム
 エネルギー資源:安価で利用しやすいエネルギー資源
 さらに重要なことは、これらの高収性農業技術の開発と実践には、優れた科学技術開発能力と高度で効率的な工業生産システムとが不可欠な事である。確かに、幾つかの発展途上国は国際農業技術援助を通じて農業生産の向上・発展に成功したかに見えるが(例えば、1960年代の緑の革命)、国際収支の悪化や農産物の価格下落などに襲われ、国民の生活水準の向上は遅々としている。このような不満足な局面はあるが、農耕を覚えてから約1万年をかけて到達した高収性農業技術は、人類の歴史上での1つの大きな特筆すべき成果である。惑星‐地球を人間だけの星にするような科学技術文明の隆盛も、この高収性農業技術の広範な展開によると言っても過言ではない。次に、現在の高収性農業の成功とそれを取り巻く環境について説明する。

1)食料(生存エネルギー)生産を支える作物群

 約1万年前に農耕が始められてから、人類は多くの植物種を育て食料として利用してきた。その過程での取捨選択の長い歴史の中で、あるものは滅びあるものは生き残り現在に至っている。星川(1980)は多くの資料から次のような数値を報告している。
 食用作物:900種、工芸作物:1000種、飼料・緑肥作物:400種
 日常、目にする作物は上記の数の約10%に過ぎない。学名のある植物種は20万種とも30万種ともいわれているが、それに比べて人類が生命を委ねている作物種は驚くほどに少ない。それゆえ、現在約63億人を、そして近い将来90億に近い人類を扶養していく作物群は、地球が産みだした植物界の超エリートと言うことが出来る。これらの作物種は、自然界での自然的な進化と科学技術によって加速された進化(遺伝子操作を含めての育種作業)との協同作業によって産みだされた宝物である。
 現在、一部では栄養過多摂取の心配もあるが、先進国の住民はかって経験したことのないような豊かな食生活を楽しんでいる。それを支えている作物生産が図3に要約されている。作物群のなかで最も重要なのは、人類の生存エネルギーの多くを供給する穀類で、トウモロコシ・コムギ・コメ・オオムギ等で22億トンに達し、これにジャガイモ・キャッサバ・カンショ等の芋類(7.04億トン)、そしてダイズ・ピーナッツなどの豆類(2.96億トン)などが続いている。この他、糖類作物(サトウキビ・ビート、15.55億トン)、野菜類や果物類がある。これらの作物が約15億haの耕地を使用して生産されている。

図3 2004年度における世界の作物生産

図3 2004年度における世界の作物生産

2)高収性農業の展開

 多くの地域で農業は主として人間の筋力だけに頼る原始的な段階から、家畜の筋力と厩肥も利用する前近代的段階へ、そして化石燃料を動力および各種資材として用いる近代的な農業へと発展してきた。しかし、本当の意味で高収性農業技術が展開され始めたのは、科学技術が進歩し広い分野で実践技術として花開く20世紀半ばからである。すなわち、近代的な育種技術により多收な作物・家畜・家禽品種がうまれ、合成化学の進歩により効果的な肥料・農薬が供給され、大馬力の各種農業機械が農作業用に開発され、広大な耕地の灌漑・排水が可能になり、それらを合理的に生産増へ結び付ける栽培技術が工夫されてからである。また農業資材と生産物の大量輸送が可能になったことも大きく関係している。これらは第2次世界戦争が終わった20世紀半ばから先進国で可能になった。
 高収性農業の展開により、食料生産とくにエネルギー源である穀類の生産量は、かつて経験したこのないような速度で上昇し、多くの人々を長く苦しめてきた食料不足・栄養失調そして飢餓が、先進国では過去の事になった。その様子が図4に示されている。

図4 20世紀半ばからの世界穀類生産と人当生産量の動き

図4 20世紀半ばからの世界穀類生産と人当生産量の動き

 上に述べた各種技術の導入により、穀類生産量は、1950年の約5億トンから2004年の22億トンへと増加した。このお蔭で、世界人口の増加(約25億人から63億人へ)にも係わらず、人当穀類生産量は、1950年での約240kg/年から1980年代半ばの約370kg/年へと増加し、その後少し減少している。1980年代半ば以降の人当生産量の減少は、穀類生産量の伸びが鈍化していることに原因している。いま図4から年間生産量の増加速度を求めると次のようになる。

 1950~1985 : 0.37億トン/年
 1985~2004 : 0.19億トン/年

 これから、世界の穀類生産の増加速度が最近半減していることが分かる。KendallとPimentel(1994)は、生産量増加の鈍化には次のような要因が関係していると述べている。

  1. 高収性農業技術の進歩の鈍化
  2. 地球環境の劣化(温暖化・異常気象・淡水資源の欠乏など)
  3. 肥沃な優良農地の減少(人口増による都市・工場・交通用地への転用)

 高収性農業を支えた基本は新しく育種された耐肥性の高い多収品種(例えば一代雑種)の利用で、その栽培は多くの肥料・農薬の多投によって進められた。しかし、安全な食品・環境への要望が高まるにつれ、減・無農薬農業への転換が図られ、農業の化学化に急ブレーキが掛かっている。遺伝子操作の品種が、以上のような状況を解決して食料生産増加をどれ位回復できるかは今後の問題である。
 今後の世界人口の増加と生活水準の向上により、食料とくに穀類への需要はさらに増大すると予想される。上に挙げた3つの困難を解決しながら、それに応えるには食料生産技術の開発と生産基盤の整備への国際的な努力が必要である。また、地球上での作物生産の常時モニタリング(例えば冷戦時代のLACIE:広域作况調査試験)の実施と世界的な食料管理システムの設立・運営が不可欠である(内嶋・飯坂,1983;村井ら,1995)。

3)バイオマス・食料生産とエネルギー

a)バイオマス生産のエネルギー効率

 バイオマス・食料生産の基礎は、植物による太陽エネルギーの吸収・固定である。一般に、植物の太陽エネルギー固定率(E%)は次式で求められる。
 E=バイオマス生産量×発熱量/入射太陽エネルギー量   (4)
 幾つかの研究報告から取りまとめたバイオマス生産のエネルギー効率が表3に示されている。表に見られるように、植物のバイオマス生産における太陽エネルギー固定率は、純1次生産量ベースでは、1~2%である。栽培作物では収穫物はバイオマス生産量の1/2以下であるので、収穫物だけを対象とするとエネルギー固定率は表の値の半分以下になる。これは、高温高圧蒸気を利用する新鋭火力発電所のエネルギー変換率(石油エネルギー→電力エネルギー、約42%)に比べて驚くほどの低さである。それは植物の光合成過程が常温常圧下で行われることに起因している。このようなか細いエネルギーの糸に頼って人類そして地球上の全生物が生きていることを忘れてはならない。

表3 樹木・作物のバイオマス生産における太陽エネルギー固定率

表3 樹木・作物のバイオマス生産における太陽エネルギー固定率

b)食料生産と化石エネルギー

 既に説明したように人類の生存エネルギー獲得は自らの筋力のみに頼る段階から出発して、家畜の力そして多くの機械・肥料・農薬などを利用する高収性農業段階へと進化してきた。このような進歩・発展により、先進国農業が

  1. 労働生産性の飛躍的な上昇
  2. 土地生産性の急上昇

 2つの大きな成果を挙げ、多くの人々に潤沢に食料を供給し、豊かで便利な市民生活をもたらしたことは、広く知られている通りである。
 しかし、食料生産の飛躍的な拡大をもたらした高収性農業技術のすべては化石エネルギーの大量投入によって生まれ維持されている。例えば、窒素肥料1㎏は約2万kcal、農薬1㎏は2.4万kcalの化石エネルギーを投入して生産されている。それ故、近代の食料生産様式は、太陽エネルギーを生存エネルギーへ変換するという農業本来の性格を、太陽エネルギーと化石エネルギーとを生存エネルギーへ変換するという性格へ様変わりさせた趣がある。それにつれ肥料・農薬による周辺環境の汚染が進み、安全な食料生産が損なわれ、周辺環境が劣化してきた。また、有限の資源‐化石燃料の枯渇が食料生産の停滞と崩壊、そして食品の高騰を招きかねないという心配も朧げながら視野に浮かんでいる。
 食料生産の化石エネルギーへの依存性の分析は、1970年代のオイルショック時に世界的に実施された(例えば、Lockeretz,1977;Duckhamら,1978;Pimentel and Hall,1984;宇田川,1977)。これらの研究によると、食料生産への化石エネルギー投入の多寡は次のエネルギーの生産/投入比(ε)によって評価される。この比(ε)は、
 ε=(収穫物量×発熱量)/生産技術のエネルギー換算積算  (5)
 各種エネルギー産業の生産効率の評価に用いられるEPR(Energy Profit Ratio)と同一である。この比は、1より大きいほどエネルギーの単位投入当たりの生産エネルギーが多いこと、すなわちより経済的にエネルギーを生産し利用できることを表している。
 これらの結果を総合して、食料生産システムの生存エネルギー生産/投入エネルギー比を比較すると図5のようになる。

(宇田川、1997;Pimentel and Hall,1988;Duckham et al.,1981;資源協会、1994より作成)

図5 各食料生産システムの生存エネルギー生産/投入化石エネルギー比の比較

 図にみられるように、自らの筋力とわずかな家畜の力を借りる自給自足農業では、エネルギー比は3~10の間にあり、自らが生産へ投下した筋力エネルギーをはるかに上回る生存エネルギーを獲得している。しかし、生産した生存エネルギー量はわずかで、多くの人を扶養する事は出来なかった。多くの化石エネルギーを投入する高収性農業では、エネルギー比は一般作物栽培で0.4~3.0と急減し、より多くの化石エネルギーが生産へ投入され、人の力は主として投入化石エネルギーの操作に使用されるようになってきた。これにより、土地生産性と労働生産性とが飛躍的に上昇した。例えば、現在アメリカの農民は1人で数十人を扶養出来る程の食料を生産している。果樹・野菜の露地栽培で0.13~1.6、畜産で0.1~0.6と低下している。特に不適気象下で営まれるハウス野菜栽培では0.01~0.03と著しく低くなっている。
 これから分かるように、化石エネルギー依存度の高い生産技術の開発・利用により現代の高収性農業は少ない従事者でより多くの生存エネルギー(食料)を生産し供給できるようになっている。これにより、第2・3次産業部門への大規模な人口移動が可能になり、科学技術文明は新しい地球的な情報通信化時代へと移行してきた。しかし、既に指摘したように、高収性農業の成功は4つの資源(環境・生物・技術・エネルギー)をセットで不足無く利用できるか否かに掛かっている。それゆえ、現在から近未来にかけての地球環境と地球生態系の人為的な劣化や化石エネルギー資源と淡水資源の不足そして世界人口の更なる増加を考えると、ここ約半世紀の趨勢をそのまま今後へ延長することはむずかし。

c)バイオ燃料生産とエネルギー

 化石燃料の高騰を受けて、再生可能な代替エネルギーとしてバイオ燃料(バイオエタノールやバイオディーゼル油など)が注目を集めている。すでに2006年に37GLのバイオエタノールが製造され、主として自動車燃料として使用されている。この他、ダイズ・ヒマワリ・ナタネなどからバイオディーゼル油も作られ、使用されている。このため、小麦・ダイズ栽培からトウモロコシ・サトウキビへの大規模な転作が行われ、小麦やトウモロコシの価格が高騰し、多くの人々が食料の値上がりに直面している。
 このような問題の他に、多くの食料資源の燃料への転換がエネルギー生産の観点からプラス(positive energy return)かマイナス(negative energy return)かという問題が残っている(Pimentel and Pimentel,2008)。Hall(1984)は液体燃料生産へのバイオマスの利用には次のような欠点があると指摘してバイオマス燃料の大量生産の推進は重大な問題を含んでいると結論している。

  1. バイオマス資源は広い範囲に分布し、その集荷には多くのエネルギーが必要
  2. 多くの場合、50~85%の水分を含み、乾燥に多くのエネルギーが必要
  3. 低エネルギー密度で、化石燃料の1/2‐1/3
  4. 炭素含量が低く、化石燃料の約1/2
  5. 耕地・林地からのバイオマス(作物・森林残滓)の搬出は土壌浸食を促進し、地力低下を招く

 最近、Pimentel and Pimentel(2008)は、バイオ燃料生産のエネルギー分析を行っている。それらを纏めると表4のようになる。これから各バイオ燃料生産のエネルギー生産効率の平均値は下のようになる(EPRはEnergy Profit Ratio)。
 バイオエタノール  : EPR=0.61
 バイオディーゼル油 : EPR=0.57
 これから現在の技術水準(品種、栽培、発酵、蒸留など)では、バイオ燃料の生産はNegative energy returnであることが分かる。それゆえ、バイオ燃料生産を推進するには、飛躍的に高い生産力を持つ作物品種を少ない化石燃料投入で栽培できる超高収性農業技術とより効率的な発酵蒸留技術の開発・確立が必要である。

表4 バイオ燃料

表4 バイオ燃料

4.バイオマス資源の人類による利用

 現在、人類はその生存をバイオマス資源(食料)へ委ねているばかりでなく、医薬・衣料・建築・燃料・紙などの原料として植物バイオマスを広範に利用している。これらのバイオマス資源は、下のような土地(気候条件を含めて)で生産され収穫されている。
 農耕地:1.5 Gha(一般作物91.3%、永年作物8.7%)
 牧野:3.41Gha(草地・放牧地)
 森林:3.87Gha

収穫される生産物(Y)をバイオマス量(B)へ換算するには下の関係式が利用できる。
 B=Y(1‐w)/h (6)
 ここでwは収穫物の水分率(0‐1.0),h(=Y/B)は収穫指数(または収穫係数)。西暦2000年度の収穫資料および水分率・収穫指数に関する資料を用いて求めた人類による植物バイオマス資源の利用量は下のようになる。
 農耕地ルート:5.56Gt乾物/年
 牧野ルート:4.77Gt乾物/年
 森林ルート:3.69Gt乾物/年
 それゆえ、前世紀末における人類による植物バイオマス資源の直接利用率は近似的に次のように評価される。
 14.03Gt/120Gt=11.7%
 ここでは、陸上の潜在植生の年間生産力に近い純1次生産量(120Gt乾物/年)を仮定して、利用率を求めた。実際には、陸上植生の生産力は地球気候の変化によって著しく変化するので(Beerling and Woodward,2003)、近未来には当然違ってくるだろう。
 Vitousekら(1986)は土地利用パターンの変化・砂漠化・土壌劣化・気候変化などの影響を考慮して、人類による陸上植生のバイオマスの直接・間接利用率を下のように評価している。陸上植生のバイオマス生産量がやや多めに評価されているが、高位利用率では約40%という高い数値を得ている。Seino and Uchijima(1992)は、岩城(1981)が提示した地目別の植生生産力の発現率(林地1.0;農耕地0.81:樹園地0.80;草地0.63;民生用地0.0)と土地利用パターン資料を利用して、人類による陸上植物バイオマスの利用率を39.7%と評価している。この値は、Vitousekらの高位利用率とよく一致している。
 低位利用率: 5.2Gt乾物/132.1Gt乾物=3.9%
 中位利用率:40.6Gt乾物/132.1Gt乾物=30.7%
 高位利用率:58.1Gt乾物/132.1Gt乾物=38.8%
 これらの結果及び西暦2050年における世界人口(約90億人)と経済規模(約50兆$/年)とから、人類による陸上植生バイオマスの利用率の変化を図6のようにモデル化することができる。いま、陸上植生群のバイオマス生産量を120~130Gt乾物/年とすると、前世紀末(世界人口 約60億人、世界GDP約30兆$/年)に、人類は自らのために陸上植生の全バイオマス生産量の25~35%を直接・間接に獲得利用していた。そして残り65~75%がその他の野生生物群に利用されていたことになる。
 ここで注目すべき事は、人類・家畜利用ブロックと野生生物群利用ブロックとがバイオマスバイパスで結ばれている事である。このバイパスは小動物・微生物群からなる食物連鎖網そのもので、人類・家畜ブロックの残滓・廃棄バイオマスが、それらの生物群を生かしながら野生生物群へと流れている。これにより表層土壌の肥沃度が維持・増進され、陸上植物群の活発な生育とバイオマス生産が保持されていることを忘れてはならない。
 一方、今世紀半ばには増大する世界人口とバイオマス資源への肥大する需要を満たすために、人類によるバイオマス資源の利用はさらに拡大し、人類・家畜利用は55~65%に増加し、そして野生生物群利用は35~45%に減少する可能性が高い。すなわち、人類は陸上植物群の年間バイオマス生産量の半分以上を利用しつくす可能性がある。しかも、重要なことは、両ブロックを結び土壌肥沃度の維持に大きな役割を果してきたバイオマスバイパスが極端に痩せ細る心配があることである。それは、化石エネルギー資源の減少に連れてバイオマス燃料への要求が肥大し、多量の植物バイオマスそして植物残滓がバイオマス燃料の製造に振り向けられるためである。
 このような植物バイオマス資源の人類による過剰利用は、単に土壌肥沃度の低下を招くだけでなく、約40億年の進化の歴史をもち地球生態系と人類社会とを物言うこと無く支えてきた植物界を始めとする生物圏を次の2つの面から危機に陥れる可能性がある。

  1. 生物界を扶養する生存エネルギーの不足
  2. 野生生物群の安全な生息場所の縮小・消失

地質時代の生物種の大絶滅(Extinction)の幾つかは、地球環境の著しい劣化によって上記2つの事象が発生した時代に好く対応している。それゆえ、人類によるバイオマス資源の過剰な利用は、過去の地質時代のそれに匹敵するような生物種の人為的な大絶滅をもたらすと心配されている。そして、その予兆が既に多く報じられている(Constanza et al., 2005;Lincoln,2006)。

図6 陸上植生バイオマスの人類による利用率の時代的な変化モデル

図6 陸上植生バイオマスの人類による利用率の時代的な変化モデル

5.おわりに

 以上の結果は次のように纏めることができる。

1)緑のアトラスの生物扶養能力を定める植物群の総・純1次生産力(GPP,NPP)そしてバイオマス量(B)の絶対値と地球上での分布などを、最近の研究情報を用いて説明した。陸上植生の純1次生産量及びバイオマス蓄積量は次のように評価された。これらの生産量とバイオマス量とは、地球上での気候・土壌条件に応じて各植生帯に規則的に分布し、地球上の自然景観を形成している。
 純1次生産量 : 127±9.94Gt乾物/年
 バイオマス量 :1188.8  Gt乾物

2)自然植生帯内の植物群から選びだした作物は、科学的な管理・選抜をへて多くの人類を扶養する高収性農業の基幹作物群になった。現在、豊かな環境資源、多産・多収な作物・家畜類、優れた各種技術、安価な化石エネルギーの4資源を総合的に利活用することで、現代農業は約22億トンの穀類を生産し、人口増加にも係わらず人当穀類生産量は、前世紀半ばから20年前まで順調に延びてきた。しかし、その後、穀類生産の増加速度が鈍くなってきている。これには、大きな成果を挙げた高収性農業技術の進歩の鈍化、地球環境の劣化の進行、気候温暖化による異常気象激化、優良農地・淡水資源の不足等が原因している。今後の世界人口の増加と生活水準の向上を考えると、農産物とくに穀類の更なる増産が必要である。そのためには、地球上の自然環境・植物生産量・資源量などの分布と時間的な変化に関する確かな情報の把握と、それの一括管理と合理的な利用を図る国際的なシステムが必要である。また、食料資源・生物資源(種多様性を含めて)の総合的な国際バンクの設立・運営が必要である。 

3)高収性農業は多量の化石エネルギーを肥料・農薬・農業機械などとして投入することで発展し維持されている。これにより「労働生産性と土地生産性の飛躍的な向上」がなし遂げられた。しかし、このため農業本来の性格‐太陽エネルギーを作物・家畜・家禽の生理機能で生存エネルギーに変換し収穫する産業‐から大きく逸脱した。現在の先進国の農業は「太陽エネルギーを作物・家畜・家禽・化石エネルギーの働きで生存エネルギーに変換し収穫する産業」に大きく変化してしまった。しかし、多くの報告から知られているように化石燃料資源は有限で、今世紀半ばには産出のピークが訪れる可能性が高い。それゆえ、高収性農業が未来永劫に発展するとは考えられない。これに対応するため、化石エネルギーの低投入で高い収量が得られる新しい高収性農業技術の研究開発が必要である。

4)化石エネルギー高騰を受けて、バイオ燃料生産への要望が高まり、サトウキビ・トウモロコシからのバイオエタノール、ダイズ・ナタネ・ヒマワリからのバイオディーゼル油の製造が進められている。このため食用穀類の高騰が起きている。しかし、作物類の乾物生産のエネルギー効率は1~2%と非常に低く、それから液体燃料の製造がエネルギー収支的に妥当であるかは、石油ショックの1970年代からの問題であった。最近の研究資料からEPR(=energy profit raio)を求め、次のような値を得た。この結果は、穀類・油脂種子を利用する現在のバイオ燃料製造が、Negative Energy Returnであることを示している。これを改善するには化石燃料の低投入で高収量をうる新しい農業技術と効率的な発酵蒸留技術との開発が不可欠である。
 バイオエタノール:0.61, バイオディーゼル油:0.57

5)人類は生存エネルギー以外にも多くの用途のためにバイオマス資源を利用している。各種の収穫資料と関係式を利用して、農耕地・牧野・林地からのバイオマス資源の収穫量は、14.03Gトン乾物/年と評価された。この他、土地利用パターンの変化・焼き畑・砂漠化・環境劣化などで、多くの植生の生産力が間接的に低下している。それらを考慮するとバイオマス資源の人類による直接・間接利用率は、前世紀末で25~35%、今世紀半ばで55~65%と推定された。また、今世紀半ばには、人類利用ブロックと野生生物利用ブロックとの間のバイオマス小道が、バイオ燃料製造へのバイオマス残滓の使用で痩せ細ると予想された。これは多くの耕地・林地の地力の低下、従って植物生産力の著しい低下を招く恐れがある。また、多くの野生生物が1.生存エネルギー量の減少、2.安全な生息場所の縮小・消失のために、絶滅の危機に襲われるだろう。

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本報告書は文部科学省委託調査「自然資源の統合的管理に関する調査」によるものである。
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