3.各論 第7章 自然資源の統合的管理の事例調査(海外)

7‐1 中国東北部黒竜江省(林業地域)における事例調査

7‐1‐1 中国林業地域における天然林資源保護事業

(1)事業の背景と目的

 世界四大文明発祥の地のひとつである中国では、古代より度重なる戦争・自然災害・人為的な伐採などにより天然林の減少が進行してきた。特に、1949年の新中国成立後の急速な経済建設や人口増加に伴う農地開発のための大量伐採などにより、天然林面積の急激な減少及び質の低下が引き起こされ、木材資源の枯渇とともに、水源涵養機能・国土保全機能・生物多様性保持機能・非木質林産物供給機能などがいずれも大幅に低下するなど、経済・社会の持続可能な発展を支える基本的能力の脆弱化が危惧されるに至っている。
 また、近年伐採された天然過熟林は、高山、急斜面、河川の両岸、及び水源地域などのものが多く、下流域に各種災害などを引き起こす大きな要因となっている。
 また、上流地域の土壌浸食によって長江や黄河に流入する土砂量は年20億トンにも達すると推定されており、河川・湖・ダムへのそれらの止め処ない堆積も大きな問題となっている。
 更に、西北地域では砂塵嵐が猛威を振るっており、これらは国民経済や北京や天津などの大都市の社会活動に大きな被害を及ぼし、しかも、それらの被害は年々激化しつつある。
 そのため、長江上流地域、黄河上・中流地域、東北・内蒙古などの重点国有林区、及びその他の地域における残された天然林の厳重な保護や、積極的な育成・保育及び回復などの、天然林資源の効果的な保護・育成と合理的な利用を通じて、各種公益的機能の発揮による生態環境の改善を進めると共に、天然林における木材利用中心から生態利用中心への転換を実現させ、あわせて長江及び黄河下流域の各種災害を防止することを目的として、2000年から天然林資源保護事業が開始された。 

(2)事業の開始

 1978年11月、三北(東北、西北、華北)防護林システム整備事業が正式に実施に移され、中国の林業重点事業整備が幕を開けた。その後、長江中・上流防護林システム整備事業(1989)、全国防砂治砂事業、太行山緑化事業(1990)、沿海防護林システム整備事業(1991)、淮河・太湖流域総合整備防護林システム整備事業、遼河流域総合整備防護林システム整備事業、早生多収穫用材林基地整備事業(1993)、平原緑化事業(1993)、北京・天津砂塵嵐発生源整備事業(1993)、黄河中流防護林事業(1996)、珠江流域総合整備防護林システム整備事業(1997)などが相次いでスタートした。
 1998年、さらに重点地域天然林資源保護事業が開始されると共に、1998年に発生した長江などの大洪水の後、中国共産党・国務院により出された「長江、黄河上・中流域の天然林伐採の全面的な禁止、及び森林工業企業体の営林・管理保護への転換」という方針に基づき、国家林業局、国家発展計画委員会(現、国家発展改革委員会)、財務部、労働・社会保障部により、2000年に、それまでの天然林保護事業の実施範囲を拡大し保護を強化した「長江上流、黄河上・中流地域及び東北・内蒙古等重点国有林区における天然林資源保護事業の手配実施に関する通知」(林計発[2000]661号)が公布され、同年、天然林資源保護事業が本格的にスタートした。

(3)事業の基本構想

 既存の天然林資源を保護することによる生態環境保護と生物多様性保護を目標とすると共に、森林の育成・保護による生態環境の改善及び国土保全や水源涵養機能の向上を図り、木材減産、森林工業企業などの人員再配置を重点項目とする。
 即ち、天然林資源の持続的利用のため木材生産量を削減すると共に、森林資源の増大を図り、管理・保護を強化し、森林工業企業の余剰従業員の適切な再配置と同企業の社会負担の軽減を図り、森林の生態環境改善作用の発揮により国民経済や社会の持続可能な発展に貢献する。 

(4)事業の段階的目標

 第5回全国森林資源精査(1994~1998)によると、中国の天然林面積は約1億haであり、そのうち7,300万haの天然林が長江上流や黄河上・中流域、東北・内蒙古、及び海南・新疆など17省(自治区、直轄市)に分布している。
 それらの地域における天然林資源保護事業の段階的目標は次の通りである。

1.短期的目標

 天然林生態系の劣化が進行するいわゆる逆行遷移を、本来の正常な遷移である順行遷移(注1)に戻すための、天然林資源保護事業の短期的な目標は以下の通りである。

a.長江上流地域及び黄河上・中流地域
 長江上流地域及び黄河上・中流地域における3,038万haの天然林の商業的な伐採を2010年までに全面的に禁止すると共に、それらの天然林、及び3,080万haに及ぶ人工林、潅木林、未成林造林地への立ち入りを禁止し、専門チームによる管理・保護、及び個人による請負制度などを採用することによって、全面的かつ有効な森林管理・保護を行う。特に、各種公益的機能を発揮させるための生態公益林の造成に力を入れる。
 また事業区内においては、基本生活を満たすために必要な一部の地域農民の自家用材や薪炭材の採取、及び認可を受けた早生多収穫人工林の資源利用を除き、人為的な森林資源の利用・採取を厳禁する。

b.東北・内蒙古等の重点国有林区
 東北・内蒙古等の重点国有林区の事業区内では、森林を禁伐区、伐採制限区、商品林経営区に区分・管理する。
 禁伐区では森林伐採を全面的に禁止する。伐採制限区では森林伐採方式を調整して木材生産量を減らし、商品林経営区では早生多収穫用材林や果樹園などの経済林を造成して、森林資源の持続可能な経営を行うことにより、天然林資源の育成・回復を図る。
 天然林の伐採禁止及び伐採制限などの実施により、重点国有林区の森林工業企業において生じる余剰従業員は、森林管理・育成分野などへ適切に再配置する。

2.中期的目標

 天然林生態系における正常な遷移である順行遷移の進行を促進するための、天然林資源保護事業の中期的な目標は以下の通りである。
 前述の短期的目標において行われてきた天然林資源の管理・保護を引き続き強力に進めることにより、2030年までに天然林生態系の逆行遷移の方向を正常な方向に戻すと共に、封山育林(注2)、天然更新(注3)の人工促進などの施業(注4)を行うことにより、天然林生態系の回復と順行遷移の進行を促進する。
 また、地域ごとの自然環境条件や天然林生態系の状態に合わせて、そこに適した施業方法を選択する。
 即ち、土壌などの自然環境条件が優れており、良好な林相状態を呈する天然林においては、管理・保護を強力に進めることにより、生態保全機能の更なる発揮を図る。
 森林破壊が深刻で順行遷移が遅々として進まないか、逆行遷移を起こしている天然林については、天然更新の人工促進と保育強化などの措置を講じることにより、順行遷移の進行を加速すると共に、順行遷移の安定性を高め、自然力による病虫害生物の防除能や耐火性を高める。
 また、森林区の経済構造や産業構造の発達のため、森林区の後続産業の積極的な育成、即ち、エコツアー地区や野生動植物飼育・繁殖センターなどの整備を図り、森林区における第3次産業の発展を促進する。

3.長期的目標

 木材資源育成及び合理的な利用を中心とする天然林資源の持続可能な経営を実現するための、天然林資源保護事業の長期的な目標は以下の通りである。
 今世紀中ごろまでに、事業区域内の天然林の保育体系を整備し、天然林生態系の健全性を高めると共に、その生物多様性を増加させ、天然林生態産業の健全な発展、生産資源の持続可能な経営を実現する。
 天然林資源保護の最終的な目標は、天然林生態系を最高の群落(注5)状態に回復させることではなく(生物多様性を目標とする一部の天然林生態系についてはこの必要があるが)、天然林資源の総合的な機能(生産機能、生態環境保全機能など)をよりよい形で発揮する健全な天然林生態系の発達を促進することである。
 社会の経済発展に伴い、森林の生態環境保全機能は益々重要性を増しているので、森林資源の利用に際しては、森林生態系の生態環境保全機能を安定的・持続的に発揮させることを最優先させると共に、生産機能の発揮により、国民の多様化した需要を満たすことができる森林の造成を目標とする。 

(5)地域別事業計画

 天然林資源保護事業は合計17省(自治区、直轄市)に及び、それらは大きく、長江上流地域及び黄河上・中流地域と、東北・内蒙古などの重点国有林区の2大区域に区分される。

1.長江上流地域及び黄河上・中流地域

 長江上流地域には、三峡ダムより上流の雲南、四川、貴州、重慶、湖北、チベットの6省(自治区、直轄市)が、また、黄河上・中流地域には、小浪底ダムより上流の陝西、甘粛、青海、寧夏、内蒙古、山西、河南の7省(自治区、直轄市)が含まれるなど、事業区は合計13省にわたり、その林業用地面積は8,950万haに及ぶ。
 天然林資源保護事業の実施により、長江上流地域、及び黄河上・中流地域で6,118万haの森林が適切な保護を受けることとなり、森林資源消耗量が6,108万立方メートル減少する見込みで、商品材の生産量を1,239万立方メートルまで減らす。
 また、2010年までに、林地・草地面積を新たに1,470万ha増やし、林地・草地の被覆率を25.87%から32.26%に引き上げる。
 このうち、新たに増加する森林面積は900万haである。

2.東北・内蒙古等重点国有林区

 内蒙古、吉林、黒竜江(大興安嶺を含む)、海南、新疆の計5省(自治区)における86の国有重点森林工業企業、16の地方森林工業企業、23の県及び12の県級林業局(場)が含まれる。
 事業区の林業用地面積は3,418万haで、うち有林地2,808万ha(このうち天然林2,605万ha)、疎林潅木林地119万ha、未成林造成地139万ha、無林地344万ha、その他の林地8万haである。
 本事業の実施により、重点国有林区の木材生産量が削減され(2003年度は751万m3)、3,300万haの森林が効果的に保護される。

7‐1‐2 中国東北部黒竜江省(林業地)における天然林資源保護事業

 東北・内蒙古の重点国有林区は大きく大興安嶺森林区、小興安嶺森林区、長白山脈森林区からなり、100万人以上の森林工業企業職員がおり、森林区の人口は300万人にも及び、周辺社会はすべて天然林の伐採によって生存を維持しており、近年は天然中齢林の伐採を始めている地域も少なくない。
 そのような、木材資源の過度な消耗により、更なる生態環境の劣化が引き起こされており、そのような状況が続くといずれ東北・内蒙古全域の生態環境の悪化が進行し、東北の穀倉及び周辺の主要牧畜業地域の生態環境が損なわれ、ひいては国民経済及び社会の持続可能な発展に悪い影響を及ぼすことが危惧されている。
 天然林資源の急激な減少による土壌侵食の激化、生態環境の悪化、自然災害の頻発、絶滅危惧種の増加などの問題解決と、天然林資源の持続可能な利用を実現するため、禁伐区の設定、保護区の整備、育成・保育の推進、森林工業企業の業種転換の促進、木材生産量の削減等が企画され、順次実施に移されている。 

(1)東北・内蒙古等重点国有林区における森林分類区画

 重点国有林区においては、事業区の林業用地を禁伐区、伐採制限区、商品林経営区に分類・管理し、あわせて木材伐採量の大幅な削減が図られている。

1.禁伐区

 河川の源流地域、ダム・湖の周囲、本流・支流の両岸(尾根を境とする)、道路・水路の両側、高山・急傾斜地、山頂・稜線部、生物多様性に富む地域、及びその他の生態環境が脆弱な地域を禁伐区とし、既存林の保護と回復のため森林伐採を全面的に禁止し、法に基づいて厳重に保護する。

2.伐採制限区

 生態環境が比較的脆弱な地域であるが、回復力が比較的大きい地域を伐採制限区とし、森林伐採方式を適度な択伐、或いは保育間伐を行う施業に改め、木材生産量を削減する。

3.商品林経営区

 地形が比較的なだらかで土壌条件も良好であるなど自然環境条件が優れており、土壌流亡の影響を受け難い地域を商品林経営区とする。集約経営方式を採用して、早生多収穫用材林、短伐期工業原料林、経済林などの造成に力を入れ、木材及び林産物などの森林資源の持続的生産を図ることにより、多岐にわたる需要を満たすことを目的とする。

(2)森林分類区における森林資源管理及び保護の推進

  1. 禁伐林では、禁伐と保護・管理の両方を徹底的に行う。伐採制限区及び商品林経営区では、森林資源管理・保護に力を入れ、森林伐採限度量の遵守を確実に行い、森林資源管理の検査・監督を強化するなど、限度量を超える伐採を厳に慎む。また、林地・林木所有権の管理を強化し、林地の逆行遷移を阻止し、不法伐採を厳重に取り締まる。
  2. 森林伐採による新たな開墾を禁止すると共に、過去に既に発生している森林伐採による開墾農地については、期限を定めて退耕還林(注6)により林地に戻す。
  3. 住民による不法伐採、林地の不法占拠を制止すると同時に、政府部門や法人による不法伐採及び林地の不法占拠といった行為も厳しく禁止する。
  4. 各級指導幹部及び国家公務員による森林資源保護管理における職務怠慢、職権濫用及び法に触れる法執行といった違法行為については、監察部及び国家林業局が制定した「国家公務員による森林資源の破壊をめぐる懲戒処分に関する暫定規定」に基づき厳正な処分を行う。
  5. 森林分類区画により事業区を禁伐区、伐採制限区、商品林経営区に区分し、区画に基づいて厳格に保護、管理及び経営を実施すると同時に、検査、査察の度合いを強化し、問題を発見したら直ちに取り締まる。
  6. 指導幹部の森林資源の保護及び管理に関する任期目標責任制を採用し、森林資源の保護及び管理の量的指標を明確にすると共に、各レベルで責任契約を締結して、責任制を厳格に実行する。

(3)個人による請負制度の促進

 重点国有林区の管理・保護は、事業区内の森林分布及び地理的環境の特徴に基づいて行う必要があることから、異なる区域及び区画においては下記の2種類の方式を採用して森林管理・保護を行う。

  1. 交通が不便で人が少ない遠方の山地の森林においては、山を封鎖した上で管理・保護を行い、森林管理・保護専門チームを組織して任務に当らせる。
  2. 交通の便が比較的良く、人口密集地に近接している山地の森林においては、森林管理・保護責任区の区分を行い、個人による請負を実施する。契約方式によって請負人の責任、義務、及び利益を明確にして、責任、権利、利益を連携させた管理・保護経営責任制とし、森林区の幹部や住民の森林資源保護に対する積極性を十分に引き出し、それぞれの森林管理・保護措置の実施徹底を図る。
  3. 森林管理・保護責任区の区分に際しては、森林精査を踏まえて、事業の対象となっている県、林業局または営林場の全体計画、資源条件、林分構造、及び地理的位置などの要素に基づいて、事業区を幾つかの責任区に分ける。
  4. 責任区の管理・保護に関しては、主に森林保護防火、森林病害虫の防除、不法伐採、限度量を超えた伐採、森林破壊による開墾及び森林資源の各種破壊活動の制止について責任を負う。管理には、責任区内の造林、保育といった生産関係任務も含まれる。同時にまた、森林資源の多様性の特徴に基づいて森林の管理・保護を行うと同時に、法に基づいて特用林産物の開発・利用を行うことができるが、如何なる形式においても林木伐採への従事は禁止される。
  5. 森林工業企業の従業員が森林の管理・保護の業務を行う場合は、天然林保護事業の森林管理・保護に関する基準に基づいて管理・保護費が支給される。

(4)特用林産物の積極的な開発

 林木以外に開発・利用が可能な資源が豊富で利用価値が高いといった特徴を持つ事業区については、個人による請負を展開する過程で、森林の管理・保護に特用林産物の開発・利用を有機的に結び付ける。
 地表の植生を破壊しない、森林の生態機能を低下させない、林木の成長に影響を与えないという前提の下、森林の管理・保護の請負人が法に基づいて特用林産物の開発・利用を行い、栽培業、飼育業、特用林産物加工業及び相応する貯蔵、鮮度保持、加工などの事業を適度に発展させることが許可される。例として、野生動物の飼育、山菜・野生の液果・菌類などの採集・加工、及び森林薬材の栽培などが上げられる。
 栽培業、飼育業、特用林産物加工業及び相応する貯蔵、鮮度保持、加工などの事業を適度に発展させることは、社会に対する有効な供給を増やすことができるだけでなく、それらの事業の従業員の収入を増加させる。
 これによって、請負人の収入の増加、請負人の管理・保護に対する責任意識及び積極性の向上、林木資源の確実かつ良好な形での保護が可能になるだけでなく、森林資源の総合利用率の向上、森林区経済の繁栄が期待される。 

(5)企業の余剰人員の分流(再配置)

 天然林資源保護事業の実施を通じて、東北・内蒙古等重点国有林区の木材生産量が大幅に削減されるが、そのために生じる48万4,000人の森林工業企業の余剰従業員の再就職については、以下の通り、森林資源の保護・管理業務の更なる強化と共に、特用林産物の開発・利用、及び相応の産業構造を拡大することなどで対応する。

1.森林資源管理・保護部門への転向
 専門の管理・保護チームを組織して、遠方の山地の森林に対して、山を封鎖した上で、管理・保護を実施する。
 また、近くの山地の林地については、従業員個人による請負を実施する。

2.営林・造林及び特用林産物の開発への転向
 主に、種苗の生産供給、公益林の造成、森林下での飼育業及び栽培業などへの転向を図る。

3.企業との労働関係を解除し、一括支給の配置費を受け取った後、自ら職を探す。

4.企業再就職サービスセンターに加入し、再就職センターと基本生活保障及び再就職協議を締結する。期間は最長3年とする。

(6)主な成果

 天然林資源保護事業の実施によって、森林区の林業経営思想、経済構造、産業構造に著しい変化が生じたが、その主なものは次の通りである(表7‐1‐1参照)。
1.重点国有林区の林業経営方向が、木材生産中心から森林保護及び発展中心へと転換し、森林資源の回復及び成長速度が加速した。
2.重点国有林区の経済が「1つの産業のみに頼る」という状況から、多角経営へと転換し、幾つかの地域に良好な発展傾向が見られる。
3.植生整備が単純な造林から、造林と管理の同時並行へと転換し、生態系整備の歩みが大幅に加速した。
4.重点国有林区の従業員の就業ルートが「大企業」のみへの依存から、多元的へと変化し、就職ルートが広まった。
5.森林工業企業においては、従来型の管理体制から現代企業制度の管理体制へと転換が進み、企業の発展に活力が注がれた。

表7‐1‐1 天然林資源保護事業整備状況

指標 単位 総計 東北、内モンゴル等国有重点森林区 長江上流、黄河上・中流地域
1.事業区の木材生産量 m3 12505033 11573288 931745
  うち:人工林木材生産量 m3 2916286 2110167 806119
2.公益林整備        
(1)当年の造林面積 ha 641446 - 641446
 造林方式による区分   - - -
 1.人工造林 ha 177910 - 177910
 2.航空実播造林 ha 463536 - 463536
 林種・用途による区分        
 1.用材林 ha 23454 - 23454
 2.経済林 ha 1960 - 1960
 3.防護林 ha 614695 - 614695
 4.薪炭林 ha 482 - 482
 5.特殊用途林 ha 855 - 855
(2)年末時点の封山(砂)育林面積 ha 5218082 1091257 4126825
 うち:当年新たに封鎖された面積 ha 567858 - 567858
 うち:無林地及び疎林地の封山育林 ha 2691748 106695 2585053
 うち:当年新たに封鎖された面積 ha 417099 - 417099
3.年末時点の森林管理保護面積 ha 87834115 24174583 63659532
 うち:年末時点の個人請負による管理保護面積 ha 13568861 6280409 7288452
4.事業区プロジェクト実施単位人員状況        
(1)年末時点の登録従業員総数 1185303 969687 215616
 うち:大型集団の従業員数 269957 262643 7314
 1.年末時点の在職従業員数 795394 601397 193997
 2.年末時点の再配置待ちの1次帰休者 67269 54809 12460
 3.年末時点における、元の組織を離れたものの、労働関係を保留している者の人数 322640 313481 9159
(2)年末のその他就業者数 34396 1746 32650
(3)林業関連組織における通年の平均在職従業員数 760289 577211 183078
(4)事業開始後に一括再配置された従業員数 319726 264578 55148
 うち:当年に、一括再配置された従業員数 15242 11778 3464
(5)当年、一括支給の配置費を受領した人数 万元 34848 26936 7912
(6)年末時点の離職・退職者数 519686 369409 150277
(7)当年の離職・生活費 万元 369794 239730 130064
(8)年末時点で基本養老保険(年金)制度加入者数 1139643 867300 272343
 うち:在職従業員 626206 484223 141983
5.林業投資総額(実行ベース) 万元 681985 339710 342275
 うち:国債資金 万元 126750 349 126401
 中央財政特別資金 万元 514233 326770 187463
(1)造林(人工及び航空実播) 万元 81457 63 81394
(2)封山(砂)育林 万元 39999 - 39999
(3)森林管理保護 万元 234436 84360 150076
(4)その他 万元 326093 255287 70806
6.当年の資金源(総計) 万元 742638 345406 397232
(1)前年末残高 万元 74706 3222 71484
(2)当年の資金源 万元 667932 342184 325748
 うち:地方関連資金 万元 30232 4929 25303
 1.国家予算内資金 万元 648851 331410 317441
 うち:国債資金 万元 118030 178 117852
 中央財政特別資金 万元 509805 330345 179460
 2.その他資金 万元 19081 10774 8307

(資料出典:中国林業統計年鑑‐2004)

(7)天然林資源保護事業(黒竜江省など)の現場写真

写真7‐1‐1
小興安嶺の代表的なチョウセンゴヨウを主とする天然林(黒竜江省伊春市五菅林業区)

小興安嶺の代表的なチョウセンゴヨウを主とする天然林(黒竜江省伊春市五菅林業区)

チョウセンゴヨウ(紅松、Pinus koraiensis)、エゾマツ、カラマツ、トウシラベ、モンゴリナラ、キハダ、ミズメ、シラカンバなどからなる針広混交原生林

写真7‐1‐2
紅皮雲杉(Picea asperata)を養苗中の大規模苗畑(黒竜江省伊春市鳥馬河林業区)

紅皮雲杉(Picea asperata)を養苗中の大規模苗畑(黒竜江省伊春市鳥馬河林業区)

各林業区における資源造成及び各種公益的機能発揮のための公益生態林などの整備のための苗を生産する国家レベル規格化苗畑

写真7‐1‐3
シラカンバ(Betula platyphylla)とモンゴルアカマツ(障子松、Pinus sylvestris)の2段林(黒竜江省長白山系)。 

シラカンバ(Betula platyphylla)とモンゴルアカマツ(障子松、Pinus sylvestris)の2段林(黒竜江省長白山系)。

シラカンバの樹下に植栽されたモンゴルアカマツの資源造成・公益生態林、一部、モンゴルアカマツの台木にチョウセンゴヨウの穂木が接木された苗木も植栽されている

 写真7‐1‐4
ポプラの短伐期工業原料林(黒竜江省長白山系)

ポプラの短伐期工業原料林(黒竜江省長白山系)

左から東北林業大学 張彦東教授、黒竜江省林業庁退耕還林処 楊金山科長、北京林業大学 呉守蓉助教授

写真7‐1‐5
造林現場の水平植穴群
(黒龍江省林業庁管内)

造林現場の水平植穴群(黒龍江省林業庁管内)

少ない降雨を浸透させ有効利用するため、植栽予定地点の各白杭の根元に深い植穴が掘られている

写真7‐1‐6
山腹造林現場の鱗状植穴群(黒龍江省林業庁管内)

 山腹造林現場の鱗状植穴群(黒龍江省林業庁管内)

 造林予定地が傾斜地であるため、降雨を貯留し浸透させるために大きな鱗状の植穴が掘られている

参考文献 7‐1節

(1) 楊克傑(2005):黒竜江緑化(Afforestation in Heilongjiang provinceten).黒竜江省緑化委員会・黒竜江省林業庁
(2) 中国林業教育学会編纂(2006):中国六大林業重点事業要覧(1).
(3) 三北防護林体系建設総体規則弁公室・林業部西北林業調査規則設計院編(1990):三北防護林体系建設地図集.
(4) 朱延福(2007):林業情勢及び六大生態建設事業。北京林業管理幹部学院

補注 7‐1節

[注1]:
森林伐採や台風・山火事などの各種撹乱によって新たにできる裸地は、放置しておけばやがて藻類・草本類などの緑に覆われ、年月を経るにつれて低木林から高木林へと遷移していく。このように数十年から数百年のオーダーの時間の経過とともに非周期的に植物群落の形態が移り変わることを植生遷移という。
一般的な植生遷移としては、先ず藻類・草本類(ステージ1.)から始まり、寿命は比較的短いが成長の早い先駆性樹種低木林(ステージ2.)、遷移中期種(2次林構成種)高木林(ステージ3.)、遷移後期種高木林(ステージ4.)へと遷移する。主として稚幼樹時代の耐陰性が強い陰樹である遷移後期種から構成されるステージ4.は極相林と呼ばれ、森林伐採や台風などによる大きな撹乱がなければ、その状態が持続すると考えられている。
[注2]:
封山育林とは、森林保護のために山を封鎖して、育林措置以外の一切の人為活動(放牧、柴刈り、焼畑など)を禁止する育林方式である。
[注3]:
天然更新とは、森林の伐採後植栽を行わず、自然に落下した種子から樹木を育成させることで森林の再生を図る方法である。地域の気候や風土に適した樹種を再生させることが可能である。
[注4]:
植栽、下刈り、除伐、間伐、伐採、更新など森林に対する何らかの人為的働きかけを言う。この用語は、育林や森林経営において極めて重要であるが、使われ方は多様で意味も幅が広い。例えば、林業の諸技術を総称して使われる場合もあり、個別技術のレベルである枝打ち、間伐などを意味することもある。また、技術体系のレベルとして皆伐作業、択伐作業などの森林作業法を意味する場合もある。
[注5]:
同一地域に生息している植物群のこと。
[注6]:
森林を開墾してできた耕地に再び植林すること。

7‐2 中国西北部内蒙古自治区(農牧地域)における事例調査

7‐2‐1 中国における退耕還林事業

(1)退耕還林事業の目的

 退耕還林とは、斜面上部の斜面などに分布し生産性が低い限界農地や荒廃地における、森林再生による土壌浸食防止や生態環境の改善を主な目的としている。
 中国の土壌浸食及び土地の砂漠化の主な原因のひとつは、長期にわたる農地に不適なところにおける無計画な森林破壊・植生破壊による開墾である。
 それらの森林破壊による開墾は、その地域の耕地面積と食料生産量を一時的には増加させるが、それらの開墾地が傾斜地に位置するなど持続的な農業に不適なため、やがて土壌浸食などによる土地の荒廃により生態環境の悪化が進行すると共に、下流地域における洪水・渇水などの被害の多発を引き起こすことになる。
 長江上流地域、黄河上・中流地域では、傾斜地での森林破壊による開墾が進み、既に世界で土壌浸食が最も深刻な地域の1つになっており、長江、黄河に毎年流れ込む土砂量は20億トン余りにも達し、そのうちの3分の2は傾斜耕地からのものと推定されている。
 激化し続ける土壌浸食によって、下流域の河川・湖・ダムでは土砂の堆積が止め処なく進行し、長江や黄河の流域の中・下流地域では水害の激化と共に、水資源の不足が引き起こされるという矛盾も生じている。
 日に日に厳しさを増すそれらの生態環境問題は、人々の生産・生活活動に大きな影響を及ぼすなど、経済・社会の持続可能な発展を制約しており、現在、中国が直面している最も切迫した、最も重要な問題のひとつとなっている。
 そのような限界地での過剰な森林伐採、過開墾、過放牧などによる砂漠化・アルカリ化・石漠化が深刻な地域において耕作を中止し、水土保全のために植林などにより植生の回復を図るいわゆる「退耕還林」の実施によって、中国の土壌浸食問題を根本から解決し、水源涵養機能の向上、長江、黄河流域などの地域の生態環境の改善を図り、それらの下流地域の水害・渇水を予防し、既存の土地の生産力を高めると共に、平地地域や中・下流地域における工業・農業などの発展を促進することを目的としている。 

(2)退耕還林事業の歴史的背景と本格的始動

 中国においては、従来より傾斜地などにおける「耕作停止による林地の回復」いわゆる「退耕還林」による水土保全機能の回復及び生態環境の改善などを目的として、各種政策決定を行うなどその対策に苦慮してきた。
 1949年山西(晋)西北行政公署は「林木・林業の保護・発展に関する暫定条例」を公布し、「開墾され荒廃した林地は、森林に戻さなければならない。」とした。
 1952年周恩来総理は「過去において、山林は長期にわたって破壊され、急な傾斜地は無計画に開墾されたために、多くの山地が雨水の貯留能力を失ってしまった。・・・先ず、山地・丘陵・高原地帯で山の封鎖、造林、植草を計画的に行い、急な傾斜地での新たな開墾を禁止することで、水を蓄え表土を固めるべきである。」と指示を発した。
 1957年の国務院第24回全体会議では、「本来の規定の勾配以上の急な傾斜地で、人が少なく土地が多い地域では、緩やかな平地及び緩やかな傾斜地において単位面積当たりの生産量を増やすという方針のもとに、年次計画に基づいて耕作を停止し、造林・植草を行わなければならない。」とする綱領が可決された。
 1958年周恩来総理は、三門峡事業問題研究現場会での総括発言で、「森林開墾地での耕作を中止する。これは密接に水土保全と結びついているものであり、水土保全は必ず保証されなければならない。」と強調した。
 1984年国務院は「農地に適しない地域では、食料の買い上げ、供給・販売政策を行うことを前提に、計画的に退耕還林を行う必要がある」とする指示を発した。
 1985年国務院は、「山地の25度以上の急傾斜耕作地では、計画的に退耕還林を行い、地理的優位性を発揮しなければならない。食料が不足する場合は、国が販売または掛売りする。」とする政策を発した。
 1991年には「中華人民共和国水土保全法」が公布され、「25度以上の急傾斜地での森林の開墾及び農作物の栽培を禁止する。本法実施前に開墾が行われ農作物の栽培が行われているところでは、基本耕地の整備と平行して、実際の状況に基づき徐々に退耕・植樹・植草を行い、植生の回復を図る。また、棚田を造成しなければならない。」とされた。
 1997年江沢民総書記は、「美しい山河の西北地域の再生」という指示を出すと共に、1999年には更に、「長い歴史における多くの戦乱、多くの自然災害及び各種の人為的な原因によって西部地域の自然環境は悪化を続けている。特に、水資源不足、土壌浸食が深刻で生態環境はますます悪化しており、砂漠化は年を追うごとに激化すると共に東へと絶えず拡大している。これは西部地域だけでなく、その他の地域の経済・社会の発展へも重大な影響を及ぼしている。生態環境の改善は、西部地域の開発・整備において第1に研究・解決しなければならない重大な課題である。直ちに生態環境が明らかに改善されるよう努力しなければ、西部地域における持続可能な発展の実現に向けた戦略は実を結ばないだろう。」と指摘した。
 1998年国務院は、「認可を受けた者が責任を負い、破壊した者が回復を図るという原則に基づき、森林破壊によって開墾された林地について、期限を定めてすべて植林を行わなければならない。」とする通知を発した。
 同年に改正された中華人民共和国土地管理法の39条では、「森林、草原の破壊による耕地の開墾、湖の周囲での農地の造成、及び河川の砂地の占用を禁止する。土地利用全体計画に基づき、生態環境を破壊する開墾地・干拓地については、計画的に林地、草地、湖への回復を図る。」と規定され、それを受けて同年、第15期中央委員会第3回全体会議(三中全会)では「森林や草地の破壊による開墾、河川の周囲における農地の造成を禁止する。過剰な開墾、干拓地については、計画的に林地、草地、湖への回復を図らねばならない。」と議決した。
 同年国務院は「封山育林を積極的に推進すると共に、過剰に開墾された土地について、計画的に退耕還林を行い、林地・草地の植生の回復整備を加速することは、生態環境の改善、河川水害の防除を図る上での重大な措置である。」と指摘した。
 1999年朱鎔基総理は、西南、西北の6省を相次いで視察し、「退耕還林、封山育林、食料による救済、個人による請負」という総合措置を打ち出した。
 それを受けて同年、四川、陝西、甘粛の3省で退耕還林パイロット事業が開始され、2000年に国家林業局、国家発展計画委員会、財務部により発せられた「長江上流地域、黄河上・中流地域における退耕還林パイロット・モデル活動の展開に関する通知」(林計発[2000]111号)により、対象地が長江上流地域及び黄河上・中流地域にまで拡大されて、退耕還林パイロット事業活動がスタートした。
 2001年には、「中華人民共和国国民経済・社会発展第10次5ヵ年計画綱要」によって、退耕還林が中国国民経済・社会発展第10次5ヵ年計画の国家レベルの重点事業に正式に組み込まれ、2002年に退耕還林事業が全国的規模で本格的に開始されるに至った。 

(3)退耕還林事業の特徴

 中国では、6大林業重点事業、即ち、天然林資源保護事業、退耕還林事業、3北(東北、西北、華北)及び長江流域等重点防護林システム整備事業、北京・天津砂塵発生源整備事業、野生動植物保護及び自然保護区整備事業、及び重点地域早生多収穫用材基地整備事業を、中国国民経済・社会発展第10次5ヵ年計画の国家レベルの重点事業に正式に盛り込んで鋭意進めている。
 6大林業重点事業の全面的なスタートは、中国の林業整備が木材生産中心から生態系整備中心への転換という歴史的発展に向けた新たな段階に入ったことを意味している。
 なかでも、中国の林業整備において退耕還林事業は最も広い面積に及び、政策性が最も強く、工程が最も複雑で、大衆の関与度が最も高い生態整備事業とされている。
 主に重点地域の土壌浸食問題の解決と生態環境の改善を図るものであり、国土の利用構造を根本的に調整し、森林被覆の増加、土砂危害の対策を図るための国を挙げた本格的な事業である。
 この事業の最大の特徴は、限界農地などで暮らす農民が退耕還林に携わることによって、期限付きではあるが、確実に収入が増加することである。
 退耕還林に要する苗木類は政府から支給され、農業を放棄することにより生ずる収穫減収分の食料が支給され、更には生活補助金が支給されるなど、山村農民の生活レベルを向上することにより農民の森林再生に対するインセンティブを高めると共に、山村地域の経済の活性化を促進するなど、その波及効果は多岐にわたる。
 そのため退耕還林は、山村農民の従来の耕作習慣の転換、農村の産業構造の調整、地方経済の発展及び大衆の貧困脱却・富裕化などの問題も一挙に解決することも視野に入れている。
 社会や経済の持続可能な発展を制約することが危惧されており、国を挙げて長期間取り組んできたにも関わらず一向に改善が進まなかった森林破壊の防止と、急斜面上の開墾地を森林に戻すことにより、土壌浸食防止と生態環境の改善を進め、持続的な発展に向けて着実な基礎を築くため、国家の財力、人力、物力を最大限に集中させて全国規模で進められている。 

(4)主な成果

 1999~2007年における造林達成面積は2,533万ha、年平均280万haである。
 そのうちいわゆる狭義の退耕還林地は927万ha(37%)で、荒廃地などの非耕地造林が1,606万ha(63%)である。
 因みに、わが国の人工造林地は、戦後の復興造林から始まり、昭和29年(1954)から本格化した拡大造林政策などにより1,000万haに達し国土の40%を占めるに至ったが、その年平均造林面積はおよそ20万ha前後であるから、退耕還林事業にかける中国の意気込みが並々ならぬものであることを、その数字が如実に物語っている。
 今後の予定も含めた膨大な新規造林地の造成は、各種公益的機能の発揮や二酸化炭素の固定などにより、地域生態環境の改善のみならず、中国全体、ひいては地球環境の改善にも少なからず影響を及ぼすものと思われる。

(5)退耕還林政策の転換

1.基本原則及び具体的措置

 1999年スタートしたパイロット退耕還林事業は、2002年から本格的に全国規模で開始され、中国歴史上例がないほどの大面積造林地を造成したが、退耕農家の生計を長期的に担保する構造的な問題は未解決であり、一部の耐耕農家では補助期間の満期(一般生態公益林:8年、経済林:5年、還草地:2年)に伴い困難な状況に陥っている。そのため、国務院は補助期間の延長と退耕還林の成果の定着、及び退耕農家の直面する当面の困難と長期的な生計問題の解決を旨とする、退耕還林政策の改善に関する国務院通知第25号(2007年8月9日)を公布した。

 同通知の基本原則は、

  • 成果の定着と退耕農家の長期的生計の結合
  • 国家の支援と退耕農家の自助努力の結合
  • 中央の基本政策と地方政府の責任との結合

であり、また、その具体的措置は、

a.造林面積の増大を最重要視する政策を改め、退耕還林政策による造林を抑制し、食料生産のための農地1億2,000万haを確保する。
b.これまでの退耕還林政策による成果を固める方向を重視し、補助期間を延長する。
c.基本農地、農村エネルギー施設、生態移民などを通じた構造政策により、退耕農家の長期的生計の確立を図る。
d.生態公益林と経済林の比率を撤廃し農民に任せ、間作も認める。

などである。

 それに従い、2006年からの国家経済計画である第11次5カ年計画で定めた退耕還林面積年133万haについては、2006年度の既に実施済みである26.7万haを除き一時凍結されたが、2008年度の造林予定は133万haに戻されている。

2.退耕還林資金の区分経理の創設

 2007年以前の退耕還林補助金は総額約2,000億元であるが、2008年から8年間の予算措置として、中央財政当局によりその中から一定規模の資金を創設することとなった。
 主な用途は、西部地区と京津(北京、天津)風沙地区の治理事業(注:治山・治水・砂漠化防止事業のこと)、及び西部開発政策対象の中部地区における退耕農家の基本自家用農地建設・農村エネルギー施設建設、生態移民経費及び補植造林である。その他特殊困難地区対策にも傾斜配分する。
 そのため、退耕還林補助金のうち2007~2014年の農民への補助金を年1,000億元(1兆6,000億円)とし、残りの補助金1,000億元(1兆6,000億円)を地方政府に渡し、退耕還林事業の成果を固めるための政策として、○a 後続産業育成(地域に適する産業育成)、○b 基本自家用農地建設、○c 生態移民、○d 現有工程林分補植、○e 封山禁牧(森林伐採と林内放牧の禁止)を遂行する。
 そのうち基本自家用農地建設に関しては、今後5年間で西南地区退耕還林農家の自家用農地平均3.3アール以上、西北地区13.3アール以上を確保することを目標に、西南地区で600元/ムー(4,000元/a)、西北地区400元/ムー(2,670元/a)を補助する。

3.農家補助金支給方式の変更(年間1ムー当たり、15ムー=1ha):

 退耕農家へ渡す補助金は、2007年以前は、
長江流域及び南方地域:
食料費210元(or穀物150キロ)、生活補助費20元、苗木代50元
黄河流域及び北方地域:
食料費140元(or穀物100キロ)、生活補助費20元、苗木代50元
であったが、新政策(2007年以降)では、
長江流域及び南方地域:
食料費105元、生活補助費20元、苗木代100元
黄河流域及び北方地域:
食料費 70元、生活補助費20元、苗木代100元
に変更された。
 また、支給期間についても、生態公益林:8年、経済林(果樹林):5年、還草地:2年の延長がそれぞれ実施された。
 従って、2006年以前に満期となったところは2007年から、2007年満期予定のものはその翌年から補助金の支給が開始された(表7‐2‐1参照)。 

表 7-2-1  退耕還林事業整備状況

指標 単位 合計 退耕環林事業 北京・天津砂塵嵐 発生源整備事業中 の退耕環林
1.人工造林面積 ha 3568185 3217542 350644
(1) 退耕地造林面積 ha 1016557 824895 191662
 うち:生態林面積 ha 821796 655869 165927
 25°以上の傾斜耕地の退耕面積 ha 407250 389315 17935
(2) 荒れ山・荒れ地造林面積 ha 2551628 2392647 158981
 林種・用途による区分        
 1.用材林 ha 473086 461084 12002
 2.経済林 ha 218291 207686 10605
 3.防護林 ha 2851599 2524155 327445
 4.薪炭林 ha 21505 21035 470
 5.特殊用途林 ha 3704 3582 122
2.当年の植草面積 ha 123330 123247 83
 うち:退耕地の植草面積 ha 3497 3488 9
3.年末時点の封山 ( 砂 ) 育林面積 ha 878026 764683 113343
 うち:当年新たに封鎖された面積 ha 216271 169352 46919
 うち:無休地及び疎林地の封山育林 ha 245632 136956 108676
 うち:当年新たに封鎖された面積 ha 101326 55074 46252
4.補助食糧、現金支給        
(1) 当年の食糧・現金支給が実施された退耕地総面積 ha 6600082 6158062 442020
(2) 事業開始後の食糧支給総量 ( 累計 ) t 48042171 46349888 1692283
 うち:当年の食糧支給量 t 15904965 15623984 280981
 うち:当年の新規退耕地の食糧支給量 t 482718 422237 60481
(3) 当年の食糧支給から現金支給への変更金額 万元 1682439 1519810 162629
(4) 事業開始後の生活費支給額 万元 1765129 1713275 51854
 うち:当年の生活費支給額 万元 712464 688878 23587
 うち:当年の新規退耕地の生活費支給額 万元 38924 33539 5386
(5) 当年の食糧・現金受給世帯数 23275788 21747366 1528422
5.林業投資総額 (実行ベース) 万元 2357412 2142905 214507
 うち:国債資金 万元 465217 434254 30963
 中央財政特別資金 万元 1665609 1486355 179254
(1) 食糧の現金換算額 万元 1735481 1577662 157819
(2) 種苗費 万元 298063 267243 30820
(3) 食糧調達輸送費 万元 27587 27435 152
(4) その他費用 万元 296281 270565 25716
6.当年の資金源 (総計) 万元 2278220 2060282 217938
(1) 前年末残高 万元 18297 18297  
(2) 当年の資金源 万元 2259923 2041985 217938
  うち:地方関連資金 万元 50039 48100 1939
1.国家予算内資金 万元 2145400 1927992 217408
   うち:国債資金 万元 459525 430217 29308
      中央財政特別資金 万元 1633706 1450085 183621
2.その他資金 万元 114523 113993 530

資料出典:中国林業統計年鑑- 2004

7‐2‐2 内蒙古自治区における退耕還林事業

(1)自治区の全体的状況

 内蒙古自治区は中国北方に位置し、過剰な森林伐採、開墾、放牧などにより土壌侵食や生態環境の悪化が激しい黄河中流域に属する。総面積118.3万平方キロメートル、総人口2,386.4万人である。耕地面積が698万ha、その中に、急傾斜の耕地が212万ha、沙化(=沙質荒漠化;沙漠化の一種)の進んでいる耕地が280万ha存在する。
 森林の面積は18.7万平方キロメートルで、森林被覆率は13.8%である。
 自治区内には五大砂漠と五大砂地があって、大部分の地域は植生がまばらであり、自然環境は劣悪、生態環境は脆弱である。このため干ばつをはじめとする各種自然災害が頻繁に発生し、全区で砂漠化土地が6,220万ha、沙化土地が4,160万ha、沙化の危険に晒されている土地が1,800万ha存在し、中国でも砂漠化が最も深刻な問題となっている省・区の1つである。
 退耕還林事業は2002年から本格的に開始され、多大な成果を上げてきている。
 これまでの事業実施面積累計は244万haであり、年度造林面積では67万haを超える年もあった。2006年に実施した造林実績の綿密な調査の結果によれば、退耕還林の完成検査の合格率は全自治区平均で96.2%となっており、その内訳は退耕地については99.8%、荒山荒地造林については94.0%である。
 退耕還林事業効果モニタリング調査報告によれば、全自治区の退耕地の表土流出量は20%以上減少し、沈泥量は24%以上減少した。
 また、退耕還林の所得保障政策は農家に多大の恩恵を与えている。その額は既に農家あたりの平均で1,635元に達しようとしており、2008~2021年には3,500元の直接所得保障補助を予定している。2008~2015年に国家が予定している同自治区への退耕還林予算の区分経理金は年10億元であり、これにより退耕還林成果の定着・確保と農家の生計に関する構造的な問題を解決する。
 この退耕還林事業による補助のほかに、農業の構造調整や非農産業部門による収入増を合わせると、退耕還林農家あたりの年平均収入は3,014元となり、退耕還林事業実施以前の収入の2倍となる。
 昨年出された国務院の通知(第25号)に従い、同自治区は今後も退耕還林事業を着実に推進していくこととしている。

(2)政策開始後7年間の成果

 退耕還林事業実施以来、国家は内蒙古自治区へ7年間で累計106億元を投資し、造林補助、農民の生活補助、食糧またはその現金換算による補助に使用した。2007年だけで、22億元以上の補助があり、退耕還林農家の人口1人当たり412元の計算になる。
 事業実施7年間の成果として、全自治区累計面積で244万haの事業実績となり、その内訳は、狭義の退耕地が92万ha、荒山荒地造林が142万ha、封山(沙)育林が9.3万haである。事業実施の対象は、自治区内の12盟・市(内蒙古自治区は一級行政単位である5つの市と7つの盟に分かれている)、96旗・県、830郷(鎮、スオウ(蘇木))、8,731行政村、149万農家537万農民にわたる。
 内蒙古自治区の退耕還林事業実施地域は、黄河流域、京津(北京・天津)風沙源地区、嫩江流域及び西部遼河流域の三大地区に分かれる。実績244万haのうち、黄河流域は88万ha(36%)、京津(北京・天津)風沙源地区95万ha(39%)、嫩江流域及び西部遼河流域61万ha(25%)であり、主に深刻な沙化耕地と河川両岸の水土流失が深刻な急傾斜耕地を対象としている。
 退耕還林事業の退耕地分92万haの内、25度以上の傾斜耕地が5.8万ha、16~25度が20万ha、5~15度が42万ha、5度以下が24.4万haである。
 また生態公益林面積が91万ha占めており、その主要な植栽樹種は、檸条(コバノムレスズメ、Caragana microphylla)、山杏(ヤマアンズ、Prunus sibirica)、ポプラ(Populus sp.、樟子松(モンゴルアカマツ、Pinus sylvestris)、油松(マンシュウクロマツ、Pinus tabulaeformis)、落葉松(カラマツ、Larix kaempferi)、白楡(マンシュウニレ、Ulmus pumila)、沙柳(サリュウ、Salix psamophila)、沙棘(サージ、Hippophae rhamnoides)、枸杞子(クコシ、Lycium chinese)、旱柳(カンリュウ、Salix matsudana)、梭梭(ソウソウ、Haloxylon ammodendron、アカザ科植物で旱魃や寒さに強く、生命力があるため、砂漠化を防ぐのにもっとも適した植物のひとつ)などで、総面積の99.22%を占める。
 その他6,700ha弱が経済林であり、残りの67haが退耕還草地である。
 退耕還林事業の実施は、生態環境の改善のみならず、自治区内における農牧業地域の市場開拓、内需拡大、地域経済の持続的かつ速やかな発展をもたらすなど、その歴史的意義は大きい。 

(3)内蒙古自治区における退耕還林政策の基本方針

 内蒙古自治区における退耕還林政策の基本方針は、以下の5点を柱とする。

1.リーダーシップの強化と法制度の確立
2.科学的な実施計画の策定と計画面積の合理的な配置

 平均1人当たり20アールの生産効率の高い灌漑農地があれば自立可能であるとの予測に基づき、2003~2007年の全体計画中、退耕地分と荒山荒地造林分のそれぞれの計画面積167万haずつが、その地域別の箇所で確定している。
 自治区で策定した「退耕還林管理辨法(管理規定の1種)」によると、退耕還林の実施箇所の配置にあたって優先すべき場所は、急傾斜耕地、水土流出の激しい場所、生態的重要性の高い場所、生産性が低くかつ傾斜の穏やかでない耕地及び重点沙区における沙化耕地、塩害の著しい耕地などである。

3.現場の条件にあった実施方法(適地適木)と厳格な検査

 退耕還林地では2行1帯林草間作方式を推進する。
 乾燥・半乾燥丘陵区では山杏、檸条による砂防植栽を推進する。
 沙区では沙柳、旱柳(Salix matsudana)、楊柴(Hedysarum mongolicum)等による防風固砂植栽を推進する。
 必要に応じて兎などの食害を防止するために棘のある沙棘(サージ)と他の樹種との混植を行うと共に、条件のよい場所では生態効果と同時に経済性の追求も行う。
 検査を厳格に行うため、自治区では郷・村、旗・県、盟・市、自治区のそれぞれのレベルで計5段階にわたり確認検査を実施する。

4.権利関係の明確化と科学的モニタリングの実施

 内蒙古自治区では2001年下半期から京津風沙源治理事業地区における31の旗(県、区)において動態モニタリング調査を実施し、「資源1号」人工衛星を利用して西部地区の沙漠地区をはじめ各地の乾燥地で沙化の状況をモニタリングしている。
 また、渾善達克沙地南縁に位置する多倫県で4カ所の固定観測点を設置して、植被、土壌、風沙流量等の因子について定点モニタリングを実施している。

5.代替(後続)産業の確立と退耕還林実施成果の定着の推進

 退耕還林事業の中で、山杏、沙棘、梭梭等の生態公益・経済兼用林が29万ha弱、檸条、沙柳等生態公益・飼草兼用林40万ha弱が造成済みである。
 これらを基礎として、「東達蒙古王」の沙柳の原料基地(東達蒙古王グループによるパルプ用ヤナギの20万haに及ぶ造林地)や「億利公司」の豊作林基地(短期で生長する大人工林)の建設などの例のような、先端企業と商品ブランドの相乗効果による林産業の起業化を加速する。
 また、沙漠産業、グリーンツーリズム、林産物食品、漢方薬原料の栽培、花卉産業、野生動物の飼育業などの、内蒙古の新たな経済成長産業を育成する。
 さらに、「会社+基地+農家」の連携パターンを取り入れることにより、積極的に林産物加工業の導入・育成をめざす。
 鄂爾多斯市では現在すでに沙柳を原料とするプラスター・ボードの工場が6カ所設立されており、年間の生産量が17万立方メートル、生産額は1.7億元に達している。 赤峰市及び通遼市には山杏の核の加工工場が9軒あり、年間に山杏の核を1万7,000トン、杏仁乳を7万5,000トン生産し、その生産額は3億元近くにもなる。
 そのような工場などの誘致による地域の経済発展を図ることにより、退耕還林を実施する農家も、代替(後続)産業の建設・発展によって更に収入が増えることが期待される。

(4)退耕還林事業(内蒙古自治区など)の現場写真

写真7‐2‐1
退耕還林造林地(内蒙古自治区清水河県) 

 退耕還林造林地(内蒙古自治区清水河県)

落葉松(カラマツ、Larix kaempferi)、油松(マンシュウクロマツ、Pinus tabulaeformis)、山杏(ヤマアンズ、Prunus sibirica)、沙棘(サージ、Hippophae rhamnoides)等による退耕還林造林地

写真7‐2‐2
退耕還林造林地(内蒙古自治区清水河県)

退耕還林造林地(内蒙古自治区清水河県)

水平大穴における兎の食害を防止するための油松(マンシュウクロマツ、Pinus tabulaeformis)と沙棘(サージ、Hippophae rhamnoides)の混植造林地

写真7‐2‐3
退耕還林造林地(内蒙古自治区和林格爾県)

退耕還林造林地(内蒙古自治区和林格爾県)

樟子松(モンゴルアカマツ、Pinus sylvestris)、油松(マンシュウクロマツ、Pinus tabulaeformis)等による退耕還林造林地 

写真7‐2‐4
退耕還林造林地(黒竜江省尚志市郊外)

退耕還林造林地(黒竜江省尚志市郊外)

 斜面に造成された階段状の耕作跡地へ植栽されたポプラの生態公益林

写真7‐2‐5
退耕還林造林地(黒竜江省尚志市近郊)

退耕還林造林地(黒竜江省尚志市近郊)

尚志市近郊の耕作跡地へ植栽された山杏(ヤマアンズ、Prunus sibirica)の経済林

写真7‐2‐6
北京・天津砂塵嵐発生源整備事業(退耕還林を含む)の造林地(河北省小五台山)

北京・天津砂塵嵐発生源整備事業(退耕還林を含む)の造林地(河北省小五台山)

土壌侵食防止、国土保全、生態環境保全のために植栽された側柏(コノテカシワ、Platycladus orientalis)の大面積造林地

参考文献 7‐2節
(1) 三北防護林体系建設総体規則弁公室・林業部西北林業調査規則設計院編(1990):三北防護林体系建設地図集.
(2) 中国林業教育学会編纂(2006):中国六大林業重点事業要覧(1).
(3) 中国国務院通知第25号(2007):退耕還林政策の改善に関する通知.
(4) 朱延福(2007):林業情勢及び六大生態建設事業。北京林業管理幹部学院.
(5) 中国緑色時報(2008):内蒙古自治区における退耕還林の実施状況.

7‐3 中国南部雲南省(自然観光地域)における事例調査

7‐3‐1 中国における観光業の最近の状況

(1)中国全体

 中国における最近の観光業(ツーリズム)の増強傾向は非常に大きい。2005年の統計で、全世界平均の増加率の2倍以上を示している。国全体の平均では92.7%の人が観光に出たことになり、1人当たりの観光への支出額は2005年の統計で436元(約7,000円)/人で、生活水準(物価水準)からみて、かなりの額である。もちろん、都市住民はこの平均値の約1.8倍、農村住民は約0.5倍で、大きな差がある。表7‐3‐1に示すように総観光者数は全国の統計で12.12億人・回、支出した総額は約5,300億元(約8兆4,000億円)に達する。

表7‐3‐1 中国国内の観光業の概観(2005年)

住民 総観光者数
(億人・回)
観光に出た割合
(%)
支出した総額
(億元)
1人当たりの総額
(元/人)
全国総計 12.12 92.7 5,285.86 436.1
都市住民 4.96 135.1 3,656.13 737.1
農村住民 7.16 75.8 1,629.73 227.6

注)データは国家旅游局政策法規司ほか,(2006)による

 国外から中国へ観光目的で入国した人の数も急増しており、表7‐3‐2に示す通りである。2006年には増加率は前年の2005年よりやや下廻ったが、それでも大きな値で、特に観光業による収入総額の年増加率は+数%に達している(張ほか,2007)。

表7‐3‐2 中国へ観光目的で入国した人と観光業による収入

入国した観光者 入国し宿泊した観光者 ツーリズム収入
人・回 年増加率 人・回 年増加率 総額 (億ドル) 年増加率
2004 年 1 億以上 4,000 万以上
2005 年 1.2 億 10.3 % 4,681 万 12.1 % 292.96 13.8 %
2006 年 12,494 万 3.9 % 4,991 万 6.6 % 339.49 15.9 %

注)データ源は、中国社会科学院旅游中心(2007):曾(2007)による

 国外からの観光客の月別の値は2006年の統計で表7‐3‐3の通りである。これをみると秋の10月がピーク、年末の12月が次のピークで、秋から初冬にかけて大きい。これは観光業に季節性が明瞭な事実を示す。

表7‐3‐3 月別の入国した観光目的者数の割合(2006年)

5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
割合 ( % ) 0.7 1.1 1.3 4.5 5.6 7.9 5.2 7.3

注)データは曾,(2007)による

 農村、特に村のスケールのツーリズム(Rural tourism)に関係する中国における研究は近年、非常に進んでいる。1998年ころから急増し、それ以前は年間5編くらいしかなかったが、2001年以降約50編以上になり、2005年に84編に達した。その中では特に観光農業をテーマにした研究が、約半数を占める(蒙ほか,2007)。つまり、中国全土からみれば、観光農園(観光農業)の価値が非常に高いことが認められる。
 また、村の伝統文化の保護、あるいはその発掘が大切で、これを継承しつつ観光と結びつけて村の発展を考えるべきことを示している。
 都市の近郊農村では、農家の敷地内の庭と住家などの建物、果樹園、樹木の苗圃、花栽培、池など、現在ある村の環境そのものが観光資源で、飲食、宿泊、みやげものなどのサービスとともに、経営実体となることが提示されている。四川省の成都近郊の例では、1987~1992年、1992~2004年、2004年以降の3段階を経て発展してきた(張ほか,2007)。
 一方、環境破壊に対しては強い規制を行う方針である。2006年8月雲南省建設庁と雲南人民政府は環境を破壊した行為を理由として、雲南省香格里拉県の副県長9万元(約150万円)の罰金を課し罷免した。
 環境保護と都市の発展計画と文化遺産継承とを並行して行うことは困難な場合が多い。塔を建てたり、舞台を作ったり、テントを建てたりすることが、きびしく規制され、罰則が定められている。これらは、管理責任者・観光客への罰則であり、「どのように、自然資源を管理するか』の議論は弱いのが現状である。しかし、『Tourism Management』と題する学術雑誌が中国語・英語で2006年から発刊されたことを見ても、今後、急速にこの面での議論が深まり、具体的な対策も立てられるようになると思われる。
 中国人は観光者(ツーリスト)及び観光という行動をどうとらえているか。これを具体的に定量的にとらえることは非常にむずかしい。ひとつの例として、北京大学環境学院の博士論文で、北京市の百花山自然保護区で観光客に対してアンケート調査をした結果がある(李,2006)ので紹介する。この研究の中で、中国の生態観光客(Ecotourist)と、台湾・カナダ・ポーランドの観光客との比較を行った結果、次のようなことがわかった。すなわち、中国の観光客の目的は、(a)「忙しい仕事から自分の回復を取りもどすため」と、「新しい仕事から自分の回復を取りもどすため」と、「新しい生活方式を体験するため」が非常に多い。(b)一方、「大自然の中で学習する」「屋外娯楽」「国立/省立森林公園」への関心「農村が目的地」という人数は中国人が最も少ない。このアンケートは、2003年7~9月に行われたものであり、また、北京の百花山という森林公園地区で行われたものを考慮に入れなければならないが、外国の観光客に比較して、自然への関心が弱いことは注目しておくべきであろう。また、このアンケートで興味があるのは、中国人観光客は「民間の祝祭その他の文化活動」に対する指向が(アンケートの32項目の中で、最下位から7番目)弱いことである。
 また、中国人の観光客が、宿泊・交通・飲食、風景のどれに評価を与えたか、上記のアンケートによると、農村に居住する観光客は「交通」に最も関心が高く、次いで飲食、風景は最下位であった。これに対し、都市に居住する観光客は交通・飲食・風景がほとんど同じ比率で、農村居住者の観光客より約3倍の人が風景に評価を与えた(李, 2006)。中国全体の観光業を考察する場合、この数字は参考にすべきと思われる。

(2)雲南省の観光業に関する自然資源からみた問題点

 雲南省の最南端は21°31′N、最北端は29°29′Nである。チベット高原の南東部に位置し、北の方で海抜高度が高く、南部に向かって高度を下げる。26°N以北は高くけわしい山岳地帯で、省の最高峰である梅里雪山は6,740mに達する。26°N以南の中部は海抜高度約2,000mの高原地帯で、雲南高原または雲貴高原とも呼ばれる。年平均気温は約15℃、ほとんどの月が10~22℃の中にある。夏は特に涼しい。図7‐3‐1に中国の熱帯と亜熱帯の範囲を示す。後で取りあげる昆明市、西双版納州の中心都市、景洪の位置を示す。
 昆明気象局(25°01′N)の海抜高度は1,892mで、国境に近い南部は1,000m以下となる。起伏に富み、盆地が多い。当然のことながら、緯度と海抜高度の影響で南部で熱量は多く、熱帯、亜熱帯の気候区が出現する。北に向かって熱量は減少し、亜熱帯から温帯が現われ、高原の気候区がでる。この状態は図7‐3‐2に示す。南北に高度差が大きい雲南省の気候を「立体気候」と形容することもある。熱帯(この図中の1.の地域)は、南部の谷の中に細長く出現する。

図7‐3‐1 中国の熱帯と亜熱帯(吉野, 1997)

図7‐3‐1 中国の熱帯と亜熱帯(吉野, 1997)

図7‐3‐2 雲南省の気候区(吉野, 1997)

図7‐3‐2 雲南省の気候区(吉野, 1997)

 このような気候分布は、雲南省の観光に対する気候資源を考える場合、非常に大切である。昆明付近は亜熱帯、南部は熱帯で、後述する西双版納は熱帯気候に分類される。特に、河谷や盆地底は熱帯気候区で、熱帯雨林が成育している。これは観光資源、風景要素として重要な特徴付けをなすものである。気候資源は十分であるが、問題は交通・医療などの条件の改善、観光業の組織力・投資力などである。
 中国における観光資源からみた気候条件については、北は夏の避暑または冬の氷雪風景、南は冬の避寒と高山の氷河風景が2つの柱と一般的には分類される。しかし、最近、これに対し“第3の極”とも言うべき“青蔵高原”(チベット高原)があるという主張がある(劉ほか, 2007)。すなわち、四川、雲南、新彊、青海、寧夏、貴州、広西、安徽など20省(自治区)がこれに分類される。これまで、中国の観光の中心は、北京・上海・重慶などであったが、この“第3の極”のうち、特に雲南・四川・貴州が合体して西南中国の冬季の観光市場を形成することが重要だと指摘されている。
 中国における観光業の発展の時代区分をすると、1949~1978年を政治が主導した時期(計画管制期)とし、1978~1985年を政治と経済が並行した時期(体制転換期)、1986~1991年を経済が優先した時期、1992年以降が経済が主導する時期とみられるという研究がある(松村ほか, 1999)。しかし、最近の研究(宋, 2006)によると、中国の観光業の発展においては1998~2001年までが大きくみて体制の転換期で、2002年以降、初期段階の市場体制に入ったとみる方が適当であるという。
 中国では、1992年に人民政府が「観光業をすみやかに発展させることを決定する」という発表を行った。それを受けて各省や、自治区・直轄市において観光業が急速に発展し、例えば1999年には西部の青海省で42.0%、雲南省で34.2%、甘粛省で23.8%、寧夏省で22.7%の年の増長率となり、雲南省は大きな値を示した。質的には、観光地における「伝統文化の客体化」の問題が議論されている(宋, 2006)。この“客体化”の概念は理解がむずかしいが、例えば、歴史的・伝統的文化、住民の社会生活そのものを観光業の対象とするが、「現代文化を基準にして歴史的・伝統的文化を商品化してはならない」「客体化は民族文化の資本化の過程とみるか」などの論点が提起されており、今後さらに論点を整理し、深い考察が必要である。(日本語には“客体”“客体化”という言葉がなく、“主体性をなくす傾向”を“客体化”と文字からは理解できるが、この解釈についても検討を要する。)
 雲南省の香格里拉県の有名な観光地では毎年6~9月村民は“まつたけ”や“虫草”を採り、最も多収入の農家は3万元(45~50 万円)、平均で約1万元(十数万円)に達する。特に老人の農民の収入源となっている。雲南省においても農民の高齢化が進行するので、今後このような視点も重要になろう。

(3)雲南省の観光客数・観光業収入の年々変動

 雲南省における観光業の総収入、海外からの観光客数(単位は人・回)、海外からの観光客から得た収入の1996年から2005年までの変化を表7‐3‐4に示す。先に2001年までを雲南省における観光業発展のひとつの時代とされることを述べた。省全体の総収入や観光業の質と量とも2001年と2003年の間に一時代を画するので破線を入れた。しかし、海外からの観光客数においては、20世紀末(1990年代末)以来、大きな変化がみられない。ここに、ひとつの問題点がある。
 また、年々の変動において、1998年と2003年にマイナス成長が認められる。以下、これについて考察する。1998年の場合、海外からの観光客の減少は、マレーシア・ホンコン・台湾・シンガポール・タイなどからの華僑の帰国者数が全部マイナスであったためである。国内の観光客数や欧米・日本・韓国などからの客数は増加したのに対し、大きな差であった。この理由の究明は行われていないが、1999年に世界博覧会が開催されるために、その前年(1998年)の帰国をさしひかえたのではなかろうかと考えられる。いずれにせよ、華僑の存在(行動)が、中国における観光業を考察する際、重要であることの好例である。

表7‐3‐4 雲南省における観光業総収入・海外からの観光客数・同左からの収入

(1996~2005年)

全省観光業
からの総収入
(億元)
同左の前年からの増減
(%)
全省、海外からの観光客数
(万人・回)
同左の前年からの増減
(%)
全省、海外 からの観光客 からの収入
(億アメリカドル)
同左の前年 からの増減
(%)
1996 221 + 34.0 74 + 24.4 2.2 + 34.0
1997 119 + 46.2 82 + 10.8 2.6 + 18.2
1998 137 + 15.1 76 - 7.3 2.7 + 0.2
1999 204 + 48.9 104 + 36.7 3.5 + 29.6
2000 211 + 3.5 100 - 3.7 3.4 - 2.9
2001 257 + 21.6 110 + 9.8 3.7 + 8.8
2003 306.64 + 5.7 100.01 - 23.3 3.40 - 18.9
2004 369.27 + 20.4 110.01 + 10.1 4.22 + 24.1
2005 430.14 + 16.5 182.28 + 6.6 4.46 + 5.7

注)データは雲南年鑑より,吉野作表

 2003年のマイナスは感染症(SARS:Severe Acute Respiratory Syndrome)の影響である。今日、人、物の国際的な移動が活発化し、自然開発による環境変化などにより、エイズ、結核、マラリア、SARSなどに代表される新興または再興の感染症が大きな問題となっている。
 日本では1999年4月「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」が制定された。その後、SARSの発生にともない2003年感染症法改正において、海外で新感染症が発生した場合、広域的対応・国と地方自治体の連携体制を明確化した。
 表7‐1‐4にみられる通り、2003年、海外からの観光客数は前年に比較して‐23.3%、極めて明確な減少を示した。ホンコン・アモイ・台湾などの華僑の帰国者は全てマイナス、欧米・日本・韓国からの観光客もすべてマイナスであった。わずかに、国内の観光客数は増加、収入額で10%たらずの増加で、中国全体、雲南省全体として大きな損害であった。ただし、興味あることに地域的にみると(表7‐3‐5参照)、雲南省南部の徳宏州・西双版納州などは増加であった。世界的な感染症の流行による観光業への影響が雲南省の中でも縁辺の境界地域には及びにくいということであろうか。
 2003年に国内からの観光客は減少しなかったことを前に述べたが、旅行客の移動に関してはその影響が鉄道を使用した人の数(旅客数)の年々変化にみられる。表7‐3‐6に示す通り、道路(自動車)、水運(船)、航空機による旅客量に2003年の落ち込みはみられないが、鉄道には明らかな2003年の落ち込みが認められる。従って、2003年のSARSの影響は、前年と比較してマイナスの増加率(減少)でなくても、プラスの増加率(増長)が小さくなった現象(場合)が多いことを物語っている。 

表7‐3‐5 雲南省における観光客・観光業収入

項目\年 2003 年 2004 年 2005 年
  増減 ( % )   増減 ( % )   増減 ( % )
雲南省における国内の観光客 (万人・回) 5,168.80 + 1.15 6,010.64 + 16.3 6,860.74 + 14.1
同上からの収入(億元) 278.31 + 9.14 334.08 + 20.0 386.15 + 15.6
全雲南省の観光業総収入(億元) 306.64 + 5.76 369.27 + 20.4 430.14 + 16.5
市 ( 州 ) 別の観光業収入(億元)            
 昆明市 136.34 - 3.6 137.51 + 0.9 138.45 + 0.9
 麗江市 29.88 + 27.8 36.09 + 20.8 40.16 + 11.3
 大理州 28.42 - 7.3 43.21 + 52.0 49.47 + 14.5
 西双版納州 21.73 + 3.7 24.79 + 14.1 23.93 - 3.5
 徳宏州 17.21 + 28.1 21.55 + 25.3 26.82 + 24.4

注)データは雲南年鑑により,吉野作表

表7‐3‐6 雲南省の主要な年の旅客量(単位:万人)

鉄道 道路 水運 民間航空 合計
1978 1,267 2,534 31 9 3,841
1980 1,528 3,612 93 17 5,250
1985 1,509 7,735 126 23 9,393
1990 1,016 9,475 177 34 10,702
1995 1,257 20,095 134 211 21,697
2000 1,532 31,586 241 345 33,704
2003 1,361 33,036 382 377 35,156
2004 1,524 36,502 412 464 38,902
2005 1,574 38,509 501 495 41,079

注)データは雲南年鑑により,吉野作表

 上記に中国における観光業では華僑の存在が、他の国と違って特徴があり、重要であることを指摘したが、表7‐3‐7に2004年と2005年の外国人の出発地の国別観光客(上位から10番目まで)の統計を示した。くり返しになるが、マレーシア・タイ・シンガポールは華僑の海外からの入国する人数が多い。日本・韓国は東アジアの国として観光客が多い。他は米国とヨーロッパ諸国(フランス・ドイツ・オランダ・イギリス)、オーストラリアからの観光客数が多い。2006年以降のデータがないが、2005年の傾向でみる限り、極めて大きい増加率で、雲南省における海外からの観光客誘致の将来性の一端が伺える。ただし、上に示した2003年の場合のような地球規模で起こる感染症などの事件への対応を考慮に入れておかねばならない。別の表現をすれば、年々の変動をなるべく小さくしてプラスの成長率を保つことを考えねばならない。

表7‐3‐7 雲南省における外国人観光客(総合計及び上位10ヵ国)の数、その増減

観光客 国 2004 年 2005 年
万人・回 前年からの増減 ( % ) 万人・回 前年からの増減 ( % )
外国人合計 73.22 + 11.4 99.66 + 36.1
マレーシア 7.53 + 30.6 12.81 + 70.1
日本 7.77 + 13.8 8.54 + 9.9
タイ 4.44 + 24.4 8.12 + 82.9
韓国 4.62 + 10.3 7.68 + 66.2
シンガポール 5.06 + 13.7 6.32 + 24.9
米国 5.08 + 67.7 6.30 + 24.0
フランス 2.86 + 110.6 4.38 + 53.2
ドイツ 1.86 + 27.7 2.85 + 53.2
オーストラリア 1.42 + 45.2 2.55 + 79.5
オランダ 1.93 + 60.4
イギリス 1.41 + 13.7
観光業収入 ( 億米国ドル ) 4.22 + 24.1 4.46 + 5.7

注)データは雲南年鑑により,吉野正敏作表

 さらにもうひとつの問題点は地球温暖化の影響、及び都市域におけるヒートアイランド形成強化による温暖化の影響がある。図7‐3‐3(上)は西双番納(景洪)における20世紀後半1954年から1995年までの年平均気温の変化を示す。変動の波はあるがほぼ一方的に上昇し、40年間に約1℃の昇温が認められる。詳しくみると、景洪市の急激な発展があった1980年ごろ以前はゆるやかで、25年間に約0.5℃、1980年ごろ以降の15年間で約0.5℃とみられる。これは、地球温暖化が現在に近くなるほど著しいことと、景洪の都市化が現在に近くなるほどテンポが速いことに起因している。この傾向が21世紀になっても当面は継続すると考えられるので、観光資源の重要な要素である熱帯・亜熱帯植生への影響を考慮に入れた計画を立てなければならない。また、観光客数は既に述べた通り夏季にピークに達するので、熱中症対策など観光客の健康管理、観光施設などに対する高温対策が欠かせなくなる。
 図7‐3‐3(下)は 腊と景洪における霧日数の変化を示す。 腊は1964年までの点線の部分と1965年以降の破線の部分で観測方法が変わったので、破線の部分のみをみる。いずれの地点においても30年間の霧日数は減少している。この現象については1980年代までのデータによって既に指摘した(Yoshino, 1990;1990/91)。盆地底・河谷底に夜間形成される冷気湖が温暖化とそれに伴う乾燥化、また森林破壊による降水量の減少・湿度の低下が原因である。表7‐3‐8は5年ごとに区切った期間の冬を中心とした10月から3月までの月別霧発生時間の集計である(西双版納タイ族自治州志編集委員会, 2002a)。絶対値では12月・1月の冬に減少の程度が大きいが、10月・11月の秋及び3月の春、すなわち季節の推移する月には、近年の減少の割合は非常に大きい。 腊より景洪の方がその減少の傾向が大きいのは、地球スケールの温暖化に加えて都市のスケールの影響があることを物語っている。

図7‐3‐3 西双版納における20世紀後半の気候変化

(上)景洪における年平均気温(℃)、1954~1995年。
(下)景洪と 腊と景洪における霧日数、1954~1995年(西双版納タイ族自治州志, 2002aによる)

図7‐3‐3 西双版納における20世紀後半の気候変化

表7‐3‐8 西双版納の景洪と 腊のおける冬半年の月別霧発生時間

(○時間:○分間)

地点 10月 11月 12月 1月 2月 3月 合計
景洪 1954 ~ 1959 78:40 168:45 222:36 217:58 122:17 47:45 858:01
1960 ~ 1969 53:26 134:34 183:54 167:05 78:18 17:40 634:57
1970 ~ 1979 57:24 99:00 142:00 140:55 53:54 16:36 509:49
1980 ~ 1989 20:11 54:05 99:40 97:10 16:48 04:44 292:38
1990 ~ 1995 09:28 30:18 84:00 76:12 11:40 02:18 213:56
 腊 1965 ~ 1969 78:36 135:12 169:10 201:15 158:24 130:25 873:02
1970 ~ 1979 53:26 84:26 136:00 185:25 133:50 140:39 697:46
1980 ~ 1989 31:30 87:59 153:20 182:00 100:06 48:48 603:43
1990 ~ 1995 20:56 84:42 165:59 170:00 73:40 39:00 554:17

注:(1)データは西双版納タイ族自治州志、2002aによる (2)78:40→78時間40分

 このような状況は、谷底や盆地底の水田耕作を主とするタイ族の生産活動に影響、また、山頂部に居住し土地利用する他の少数民族の生産活動に影響する。すなわち、早朝から午前にかけた時間帯における霧の影響の局地差が小さくなることを意味する。
 以上の現象は、中国の中では雲南において特に考慮に入れなければならない今後の自然環境変化である。 

7‐3‐2 統合的管理システムの現状

(1)雲南省民族文化生態村の例

 尹(2002)による民族文化生態村を建設する理論と実践は、中国全体、及び雲南省におけるひとつの重要な計画として注目に値する。
 出発点は1997年の「民族文化生態村」構想にさかのぼる。これは伝統的な民族文化の保存を、生態学的、社会的、経済的、持続的に発展させるモデルを画き、農村地域においてグローバリゼーションと現代化の中で具体的にどう進めるかという課題から出発した。この時期は7章3‐1(2)に述べたように、中国全体の観光業の発展段階からみて、体制の転換期で、市場体制に入る時期であった。従って、この「民族文化生態村」のモデル構想それ自体が経済を主体とした市場体制に適応するためのものであった。この構想は以下のような5つの特徴からなる。

a.民族文化(Ethnic culture)の保全と環境。これは行政単位としての通常の民族村以上のものである。民俗(Folklore)村・観光村・休暇村・民宿村(中国語では農家楽, Nongjiale, 宿泊サービスを提供する農家が集まる村)ではない。
b.民族文化と生態学的保全の推進。将来の世代、社会の繁栄、持続的発展を考えながらこれを行う。
c.また、同時に地域社会に貢献し自立・自存を強調すること。
e.民族文化の保護と伝承は、その研究・調査・発掘・整理・継承が重要である。もちろん外部からの現代的文化も吸収する必要はある。両者の結合が今後の発展の原動力となる。
 e.生態学的保護と同時に、経済的発展を基礎にして民族文化の保全を考えなければならない。

具体的なプロジェクトの推進は次のステップによって行われた。すなわち、

  1. 地点(村を建設するところ)の選定:十分なフィールド調査の結果に基づいて5ヵ所を選定した。
  2. ワーキンググループの結成:5つのそれぞれの村について、複数の専門分野の研究者たちによるワーキンググループを作った。ここへは村民・村の行政担当者、その上の行政単位の人たちも加わった。
  3. 実施調査:1999年の報告書にその結果を示したが、詳しい項目を現地で調査した。
  4. 概念(考え方、理念)の形成:それぞれの村において、構想を説明するトレーニングコースを開催した。5つの中の他の村に案内し、それぞれの村の問題点などの討議をした。そして、自立を持続的発展の注意点を喚起した。
  5. 支援機構の建設:文化生態村建設事務所、同管理委員会、村民代表グループ、高齢者グループ、婦人会、民兵グループなどの支持機構を組織化する。
  6. 文化センターの建設:それぞれの文化の伝承・展示・実演などを行うセンターを建てる。
  7. 文化の伝承活動の組織化:各少数民族による歌と舞のイベントの企画。民族音楽の教授。衣服・織物・編物などの競技会、違った文化圏へメディアを通じて紹介する。
  8. 国内・国外から村を建設するために援助を求める。企画・設計ばかりでなく、村の水田への水路建設・道路の修理・学校の建設などへの援助も求める。
  9. 文化生態村の成果をメディアを通じて広報活動し、一層村の建設の促進を測る。

 以上のフローに従って、1998年以来、アメリカ合衆国のFord財団の資金援助を得て、5つの民族文化生態村の建設が進行中で、成果をあげつつある(尹, 2002)。この1.~9.は、統合的な管理システムの具体的な例と考えられる。雲南省において選定された5村は図7‐3‐4に示す通りである。

図7‐3‐4 雲南省南部における雲南民族文化生態村5ヵ所の分布

図7‐3‐4 雲南省南部における雲南民族文化生態村5ヵ所の分布

 国外からの観光客に対して提供される資源的価値が高いもの(いわゆるイベント)のひとつに“祭り”がある。例えばイイ族の祭り(中国語では節日)は表7‐3‐9に示す通りである。これを中心にイベントを企画するとよい。例えば、公暦(現行暦)の7~8月に荷花節(hehuajie, ハスの花の祭り)を2000年来企画し、船で観賞したり、かがり火の下で晩の食事を楽しむなどのイベントが計画されている。ただし、村民と観光客の祭りに対する一体感の差などで課題も指摘されている。

表7‐3‐9 民族村における伝統的祭り

分類 祭りの名称(中国語) 時期 主な活動
伝統 祭龍節(jilongjie) 農暦3月3 全村人が村の中の龍樹を拝み、風や雨が順調なことを祈る。
花臉節(hualianjie) 農暦3月3 くまどり役の祭り。豚や羊を殺し、若い男女が愛を語る。
火把節(huobajie) 農暦6月 24 松明( たいまつ ) 祭り。歌舞演劇など。
密枝節(mizhijie) 農暦 11 月初3 本村の男子が参加し、密枝神を祭り拝む。

注)李(2002)による

(2)雲南民族村(昆明市)の例

 雲南省には25の少数民族が住んでいる。中国の各省の中では最多数である。この中の代表的な少数民族が、住居と集落形態・住環境を展示し観光資源としているのが、昆明市の雲南民族村である。
 1992年2月18日開村し、現在までに約2千万人が15年間に訪れた。年次別の入村者数(観光客数)は表7‐3‐10の通りである。

表7‐3‐10 雲南民族村の観光客数

客数(人) 備考
1992 1,600,000 開村の年。
1999 1,800,000 世界博があった。入場者数がピークの年。
2003 600,000 SARS の影響で極少年。
2004 1,000,000 以上
2005 1,200,000
2007 1,500,000 5月1日から夜間(午後9時30分まで) 開村。

 表7‐3‐10によると、世界博の影響で1999年に極大値が現われた。一方、2003年にはSARSの影響できわめて顕著な極小値が現われた。その後、夜間の21時30分まで入場させるなどの経営努力で、2007年にはほぼ開村当時の水準にもどった。
  月別にみると、表7‐3‐11に示すように8月がピークである。夏の休暇期間であり、それに加えて季節にかかわらず行事(イベント)の開催で入場者(入村者)数は多くなる。一方、1月~6月は少ない。
 国外からの観光客は推定で年間8~10万人、このうち韓国から5~6万人(2004年以前)であった。この他、ホンコン・マカオからの人が多い。国内からは広東・北京・上海が多い。その他、華北、東北部からは避寒をかねて、海岸部の人たちは夏の避暑をかねてくる。
 収入は15年間の総計で約5億元(約80億円)で最近は、2006年に54,000,000元、2007年に67,000,000元である。支出は約30,000,000~40,000,000元なので、利益は約5百万元ないし1千万元(8千万円~1億6千万円)となり、あまり高くない。支出のほとんどは人件費(働く人たちとイベントの関係者)である。
 月別の入村者数(観光客数)を年間の合計に対するとの割合(%)で示すと、表7‐3‐11の通りである。

表7‐3‐11 昆明市の雲南民族村への観光客の月別割合(%)(2007年)

割合 (%) 備考
1月 4.3
2月 7.8 春節
3月 7.6
4月 9.6 溌水節 * ( Water splashing festival )
5月 9.8 黄金週 ( Labor holiday , 5月1日 )
6月 6.8
7月 10.4
8月 15.6 火把節 ** ( Torch festival )
9月 6.4
10 月 9.4
11 月 7.2
12 月 5.1
100.0 金額では推定利益総額約 5 百万元 ( 約 8 千万円 )

(注)
※タイ族の行事
※※イー族の行事 

 表7‐3‐11によれば、12月と1月の極めて顕著な落ち込みと、7月、8月の夏休暇期間のピークの差が大きい。また、4月のタイ族の「水かけ祭り」、8月のイー族の「たいまつ祭り」のイベントのある月には多い。
 これらの季節性が顕著なことは、観光客の約6割が旅行業者を通さず個人の旅行計画によっていることが関与していると考えられる。現在、中国では四川省・貴州省が観光業に極めて熱心で、雲南省政府の努力がまだ十分でないように見られるが、その反映がここの管理状況に伺える。
 特に冬、雲南省はアジアの寒帯前線帯による雲の多い地域の南にあって、晴天が連続する。温暖な気候に加えて、日照・日射条件(いわゆる「陽光の旅」)にめぐまれているので、それを生かすことが有利と考えられるが、十分にそれが管理運営に生かされていないことを指摘したい。 

(3)西双版納タイ族園の例

 西双版納(シーシャンバンナ)は正式には、西双版納タイ族自治州という。南東部はラオスとミャンマーに国境を接する。タイとヴェトナムとは、直線距離で約200kmである。景洪(チンホン)市、海(モンハイ)県、 腊(モンラ)県からなり州政府は景洪市にある。西双版納州は図7‐1‐1に示したように熱帯気候の地域に属し、気候資源は雲南省の中でも最もめぐまれている。
 観光関連の産業に大きな経済効果をもたらし、観光産業の直接かかわる人は1.2万人、間接には6万人である。西双版納には州の全人口の約3分の1を占めるタイ族、ハニ族、ラフ族、ブーラン族、ジノー族など13の民族が居住している。これらの人びとの特徴のひとつは服装で、これが観光資源の大きな要素となっている(杜, 2004)。タイ族は長い筒状のスカートと短い上着である。これはタイ族が谷底の水田地域に住んでいて、歩きやすさより美しさを強調しており、谷底では霧の時間が長く、日焼けが弱いために短い上着と考えられている。
 これに対し、ハニ族は山間部の特に丘陵の高いところに居住し、早朝から日射条件にめぐまれているので、日焼けを防ぐために長そでの上着を着て、山道が歩きにくいため、スカートは短いと説明されている。いずれにせよ、伝統的な服装である。
 国内観光客数は1990年代に上昇を続け、1999年に約250万人でピークに達し、その後、ほとんど横ばいである。一方、海外からの観光客数は1999年に50万人を突破した。これは昆明市の雲南民族村の場合と同じく、世界博の影響である。その後減少し、2001年に極小値(約35万人)となり、その後、回復しているが、2003年にはSARSの影響があり、観光客数はおちてた。その後の上昇はゆるやかである。
 次に、西双版納タイ族園の例を紹介したい。景洪市から南東方へ約25kmにある。5つのタイ族の集落がその中に分布する範囲をタイ族園として、1999年に建園した。毎年約50万人訪れる。そのうち、外国人は約5~10%といわれる。年間の総収入は15,000,000元(約2億4千万円)。毎年4月中旬、タイ族の人びとによる世界的に有名な“水かけ祭”のときに観光客が多数集まる。
 特徴は、従来あったタイ族の農村集落がそのまま観光園として経営され、農民はそのまま農業を継続し、一方、観光客はゲートで入場料(入園料)を支払って入り、タイ族の家屋・風俗・行事・食事・みやげ物などにふれるように計画され、道標・説明板・園内移動用の乗物提供などの機能を整備したものである。昔の古い建物などを展示したいわゆる民族博物館ではなく、生活している人を含めて観光資源にしている点がユニークである。当然ながら、農家によっては古い家屋を改築したり、新しい家を建てたりもしている。建築途中の工程(建材の使い方、建築の手順など)もわかり、興味のある人は詳しくみることができる。表7‐3‐12に開園から2007年までの月別の合計入園者数を示す。
 さらに、2007年の1・2・5月には2006年を上廻ったが、それ以外の月は2006年を下廻った。年による天候の差もあるが、必ずしも年々上昇傾向にあるわけではない。
 この表で最も注目に値するのは、2003年5月、6月のSARSによる極めて深刻な観光客数の落ち込みである。地球規模で発生した感染症などの課題を考慮に入れておかねばならないことを物語っている。2003年8月には例年の状態に回復したが、3ヵ月にわたる影響は経営上大きな課題である。
 また、1999年8月からの世界博の影響は9月・10月と続いた。開園の効果も加わったと考えられる。その後の年について9月・10月をそれぞれ比較しても、1999年以上の値は出現していない。
 タイ族は谷底部・盆地底部・川に沿う低地に住み、あるいは山地斜面下部など灌漑水がえられやすいところで、水田耕作を主として行って来た。畑作には従事しない文化の生活者である。これが、他の少数民族との極めて異なる点である。これを強調することが、観光資源としての価値を高めると思われる。現在はまだそれほど強調されていない印象を受ける。しかし、園内の作業員・従業員として他の少数民族の人たちも働いているので簡単な問題ではない可能性があり、深長な検討が必要であろう。
 西双版納は昆明からさらに飛行機で約1時間かかる。バスならば数時間かかるので、国外・国内の観光客にはアクセスの点で問題がある。しかし、少数民族、特にタイ族に限った観光資源は他の地域にはない点、有利な条件をもっていると考えられよう。四川省・貴州省の観光地とセットにして、観光市場に売りだすことも将来性があろう。外国人は約5%、国内から約95%の観光客であるが、今後の国際的市場の可能性は十分にある。
 西双版納の例をとって、雲南省における観光業を中心としてみた自然資源と統合的な管理をまとめると、表7‐3‐13の通りである。漢族・タイ族・その他の少数民族で差があることが重要である。自然資源の表現をこのようにまとめることの検討が必要であろう。 

表7‐3‐12 西双版納タイ族園の月別入園者数

1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007
1月 - 16,251 28,191 23,946 15,094 34,602 27,676 34,384 35,111
2月 - 25,929 20,865 36,051 28,257 18,487 46,331 46,123 56,064
3月 - 19,582 27,763 30,712 22,461 33,263 39,894 56,991 45,047
4月 - 35,998 43,035 38,993 21,722 32,360 43,937 57,848 53,771
5月 7,335 38,557 41,570 36,980 4,130 31,633 37,746 55,562 59,759
6月 6,507 24,397 25,970 20,705 4,904 20,967 27,299 36,130 32,110
7月 6,833 35,245 35,835 26,188 16,605 26,336 34,295 49,022 39,824
8月 68,883 37,432 40,195 24,460 33,035 24,399 35,805 45,311 39,563
9月 43,608 27,518 28,836 25,657 33,392 20,150 31,152 38,672 31,831
10 月 65,090 39,058 35,598 33,103 39,054 35,266 41,996 46,961 43,238
11 月 33,932 19,746 28,090 27,780 35,322 29,888 43,412 44,100 41,223
12 月 22,253 10,980 26,042 24,780 26,495 25,108 36,502 39,004 35,452

注)データは西双版納タイ族園の提供による,吉野作表

表7‐3‐13 雲南省における観光産業を中心としてみた自然資源と統合的管理

 

 

 

 

自然の特徴と課題  

西双版納の例

 

地球規模でみて 地域的 (全中 国) でみて 局地的 (雲南省) でみて 漢族 タイ族 その他の少数民族
面積 136,184,000 km2 9,634,000 km2 390,000 km2   19,100 km2  
人口 6,486,253 人 1,323,345,000 人 42,300,000 人   852,900 人  
自然資源 地形 大地形。
チベット山塊の南東部。
高度差 (山頂-谷底) 大。
南北に走る深い横断山脈。
(左に同じ) 中地形。
主な山脈は夏の季節風と直交して走る。
小地形。 小地形。
谷底部の盆地底部の斜面下部の川に沿う底地。灌漑水がえられやすいところ。
小地形。
山地の山頂部の斜面上部。
気候 大気候。
氷河気候から熱帯雨林・乾燥した草原気候まで。
氷河期-間氷期の差が垂直的に異なる。
大気候。
寒帯から熱帯までの気候特性。
はげしい風 ( 台風 ) タイクロンなどがない。
動植物は地質時代・歴史時代の寒暖の影響を (水平移動でなく) 垂直移動できりぬけた。
中気候、局地気候。
温暖で湿潤。
冬には乾燥し、夏には高湿。
山地斜面・上部・下部と谷底の差が大。
局地気候、小気候。
局地性が強いが、好条件のところに居住する。
局地気候、小気候。
水田耕作には日射・日照が不足ぎみ。
局地気候、小気候。
朝霧の上限より上は日射・日照条件が良好。
統 合 的 管 理 管理・労 働・産業 行政責任者。
農林業従事者。
第3次産業経営者。
盆地底・谷底で水田耕作、その他農業労働。 山頂部・斜面上部で焼畑、近年はゴム園労働、野菜・果物など。
観 光 業 への参画 アクセス ( 航空路開拓など ) の発展による観光客数の増加。 所得増加による中国各地からの観光客数の増加。
中国東北部・華北などの寒冷地、西北部乾燥地の人びとの異気候体験を目的とする観光業開発。
省経済における観光業収入の貢献。
観光業関係の賃金労働者数の増加。
観光関連施設・設備投資。
計画・企画・設計・運営・観光客誘致・個人企業の設立。
四川省・貴州省などの観光地と1セットとなり観光市場を開拓。
経営・運営・役人・労働者。
独自の伝統文化の保存・提示、観光資源としての価値の向上など。
経営・運営・役人・労働者。
タイ族と異なる独自の伝統文化の保存・提示。

7‐3‐3 課題と統合的管理

(1)課題

 以上に述べてきたことを基礎にしてまず雲南省における観光の課題をまとめておきたい。箇条書きにしてまとめる。

1.中国全体からみて:

a.季節性が大きい。観光客数は夏から秋にかけた8・9・10月にピークとなり、冬には非常に少ない。年間を通じた経営計画に十分反映させなければならない。
b.祝祭日のイベントとの関係が極めて明瞭である。イベントの中心となる少数民族の伝統を継続し発展させることを考えなければならない。
c.国内では、東北部の寒冷、南部の温暖、西北部の内蒙古の乾燥地帯が対称的に存在するが、観光資源として雲南の山岳(高度差、山脈と河谷など)地形を生かすべきである。
d.中国人の観光に対する態度・心理・目的などとその特徴を分析する必要がある。特に今後、経済的にゆとりがでてきた場合のそれらの変化を想定して観光要素や市場の開発を行わなければならない。

2.雲南省として:

a.山地の高度差が大きいので、氷河から熱帯雨林・サバンナまで、中国内の省として唯一で最も大きな多様性が存在する。これが動植物の種の多様性を生じている。この状況を十分に取り込んだ企画・計画をたてるべきである。
b.国内的には冬の避寒地として気温・日照・日射の優位性を強調し、高山の氷河風景を取り込んだ自然資源を市場に提供すべきである。特に、春節で帰国した華僑(南部出身者が多い)の人たちへの宣伝・対処をさらに考慮すべきであろう。
c.最近数年の観光客数・観光業からの収入の増加率は大きい。しかし、世界的な感染症(SARS)が深刻化した2003年の落ち込みは、前年の同じ月と比較して約20%も減少し、多大の経済的被害を受けた。このような突発的な災害にも十分対処できる企業の体力を育成しておく必要がある。
d.雲南省には東アジア(日本・韓国)の他に欧米からの観光客が多数来る。上記のようなリスクを計算に入れても将来性が高いので、このような人達の誘致を積極的に行うべきであろう。
e.地球温暖化の影響で、夏の高温はさらに上昇する。観光客の熱中症対策・健康管理、観光施設の冷房整備などが重要である。また、都市ではヒートアイランドの強化により、高湿化・低湿化が進む。これは大気汚染・細じん量などが多くなり、深刻化する傾向につながる。都市部を中心に展開している観光園・観光森林公園などでは十分に考慮しておかねばならない。

3.昆明・西双版納において:

a.盆地底の谷底における霧日数・霧の発生時間は、近年減少の一途をたどる。これは地球温暖化により高温化と乾燥化が進行し、夜間の冷気湖の形成が弱くなった(時間が短くなり、冷気湖の深さが浅くなった)ため、冷気湖内の霧の発生が減少したのである。前記のeにも関係する。
b.現在、試みられている民族文化生態村のモデルは経済を主体とした市場体制に適応するために参考になる。特にこのモデルに従って、組織化し推進してゆく手順は統合的な管理システム確立の具体例として参考になる。
c.少数民族が行って来た伝統的な祝祭・生活習慣・住居形態など観光資源として大きいをもっている。さらに新しく設定されたイベントは観光客数を増加させ収入を増加させるが、少数民族の主体性を十分に考慮に入れる必要がある。
d.また、民族村、民族園などにおける経営上、イベントの演者・企画・運営母体への支援の割合が大きく、住民・労働者への給料に必ずしも反映しない場合が多い。地元をどれだけうるおすか、今後の課題であろう。
e.少数民族間、例えば、タイ族(谷底・盆地底を主として生活する)と山地頂上部に住む他の少数民族との差を観光資源の展示において強調する。この雲南省南部の特徴をアピールすることは重要であろう。 

(2)統合的管理

 以上をまとめて、統合的管理を行わねばならない。統合的管理には、(a)資源状態の適正化と、(b)観光資源の適正化が重要である。このうち、資源の適正化においては、生態的な見地からの環境収容力を評価することが大切で、特に社会的な見地を欠くことはできない。さらに、昨今のIT化時代においては、情報価値の付加が重要である。
 中国雲南省の例で言うならば、中国の国内外の変化にすみやかに対応し、さらに、地球温暖化の直接・間接の影響、特に山地の森林破壊・盆地にある小都市の都市化に敏速に対応して将来計画をすべきである。近年、中国全体及び雲南省では、第3次産業の比率が高まりつつあるが、この中で特に観光業の地位は大きく高くなりつつあるので、観光の統合的な管理の重要性が増している。
 今回は西双版納の例としてまとめた。表7‐3‐13を『現段階における統合的管理のまとめ』として提出したい。
 今後の課題としては、この表のボックス間の現象の流れの方向、速さなどを研究し、その対策・設計・実施・運営などを提案し、実行に移すことである。ことである。

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