9 科学技術イノベーションと社会

 これまでの基本計画においても、科学技術イノベーションと社会の橋渡しは重要な課題と位置付けられ様々な取組が進められてきた。第1期基本計画では、科学技術に関する学習の振興の必要性を示し、第2期基本計画以降、国民と研究者との対話による科学技術への理解醸成、国民の科学技術への主体的な参加といった取組、また、科学技術と倫理に関する取組などを進めてきた。
 一方、現在、世界的なネットワーク化が急速に進み、IoT、ロボティクス、AIといった科学技術が社会システムの中に実装され始め、社会の在り方そのものにも変革をもたらすものと認識が高まっている。第5期基本計画では、こうした新たな状況も踏まえ、科学技術イノベーションと社会との関係を更に深めて考えていくことが必要である。

(1) 科学技術の進展と社会への影響

 科学技術の進展はこれまで、社会の利便性や人間生活の向上等に貢献してきた。特に最近では、ICTの飛躍的な進展など科学技術の発展により、グローバルな環境において、情報、人、組織、物流、金融など、あらゆるものが瞬時に結びつき、相互に影響を与え合う時代に突入している。例えば、大学においては、これまでの座学に対してインターネットを介してオンデマンドで講義の受講が可能になる、スマートフォンを介して、いつでも、どこでも世界中の様々な情報にアクセス可能になる等、科学技術の進展は社会に更なる利便性、豊かさをもたらしている。
 一方で、科学技術の進歩は、これまでの歴史が示すように、当初想定していなかったような課題を社会へ投げかけることも多分にある。例えば、IoT、ロボティクス、AI、ICT等の科学技術の進歩を背景に、ロボットが製造現場から日常生活の様々な場面でも活用され、労働生産性の大幅な向上、過重な労働からの解放、人手不足の解消が期待されるが、いわゆる「力仕事」を始め多くの仕事がロボットに置き換わることにより雇用へ影響が生じる可能性があるとの指摘もある。学術研究についても、その成果が当初想定しなかった用途に用いられる可能性が考えられる。また、ネットワーク化の飛躍的な進展の一方で重要インフラがサイバー攻撃を受けた場合に大規模停電、交通機関の麻痺など社会に重大な混乱を及ぼすおそれもある。そして、ビッグデータの台頭は、個人情報の保護に対して既存のルールの有効性に一石を投じるものでもある。
 さらに、iPS細胞を用いた技術の発展や合成生物学の進展により生命の根源となるメカニズムにまで踏み込む研究の展開、脳科学の進歩により人間の「心」の解明が手の届く領域に入りつつある。

(2) 社会との対話

 (1)で示したように、近年、科学技術イノベーションと社会の関係は更に密なものになっていることから、国民や政府と科学者との間で、科学技術の現状や可能性、その影響に関する情報を共有し、国民全体で科学技術を考えることが重要である。そのベースとなるのが対話であるが、そのためには、科学者自身が、科学者としてのチャレンジ、研究の意義、社会における意味付けを、自ら分かりやすく国民に発信・説明していくとともに、相手方である一般市民と対等な立場で意見を交わす機会を増やしていくことが重要である。
 また、特に公的研究資金を用いた研究は、その根底に、科学技術の進歩に対する国民の信頼と負託がある。科学者は、研究成果だけでなく、研究の効果、社会的インパクト等について説明すべきとの観点から、科学研究に関する科学などの動きも世界的に活発になっている。
 近年、科学的な専門的知識を必要とする政策課題の台頭を背景に、科学者が政策形成に関わる必要性が増している。例えば、気候変動、自然災害などであるが、科学的知見への期待が高まる一方、価値判断を伴う政策形成との間にギャップが生じるケースも多々ある。クライメートゲート事件、伊ラクイラ地震の予測に関わる科学者の刑事責任などが挙げられるが、OECDグローバルサイエンスフォーラムにおいて「政策形成のための科学的助言―専門家組織と科学者個人の役割と責任」に関する報告書が本年3月に取りまとめられている。

(3) 研究の誠実な遂行

 科学技術は、それに関わる多くの人間が生み出した成果の集大成であり、また過去からの研究成果の積み重ねを受け継ぎ、それを発展させて未来へ受け渡していくという一連の営みである。その前提となるのが、「研究の公正性(research integrity)」と呼ばれる、科学の発展とともに確立された研究の作法の遵守である。これに対し、研究不正行為は、虚偽の成果を発信することであり、研究成果の積み重ねという科学技術の営みそのものを破壊しかねない。また、フロンティアな研究分野において国際競争が激化する中、データの再現性を重ねて検証する、研究者間で議論を交わしフィードバックをかける等のプロセスを踏み、研究手法・研究結論の妥当性を繰り返し確認するといった慎重な態度あるいは時間的余裕の担保が希薄になっている点や利益相反の問題も指摘されている。言い換えれば、研究の公正性の遵守という前提が必ずしも担保されていないというのが現状であるが、これらの課題に対して、教育プログラムの導入、ガイドラインの策定などの取組も始まっており、それらの取組を通して今後更に公正な研究を推進していくことが必要である。
 なお、科学技術イノベーションを実装していく上で社会との関係は重要であり、本章については、本基本計画の最終取りまとめに向け、更に検討を深めていくこととする。

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研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付

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