7 科学技術イノベーションシステムにおける人材、知、資金の好循環の誘導

 我が国を科学技術イノベーションが絶え間なく興るような国としていくためには、研究開発や制度改革を個々に推進するのみでは不十分で、大学、産業界、公的研究機関等の関係者がそれぞれの役割を適切に果たしつつ相互に密接に連携しながら、全体として効果的にイノベーションを推進していくためのシステムを構築し、自律的、持続的に稼働していくような状況にしていくことが必要である。これまでも、「イノベーション・ナショナルシステム」の改革に向けて、研究開発法人制度の創設、大学と研究資金の一体改革の検討など、府省の壁を越えて我が国全体で科学技術イノベーションに取り組む体制を強化してきた。
 特に、科学技術イノベーションの基盤を担う大学や国立研究開発法人の重要性は増大している。他方、イノベーションの主体は民間企業であり、企業は、新事業や新製品等の形でイノベーションを実装し、経済的価値を実現していくドライバーである。このため、民間企業の研究開発投資の促進を図るとともに、企業、大学、国立研究開発法人等の関係者が有機的かつ持続的に創造活動を展開していけるようなイノベーションシステムを構築することが必要である。

(1) 好循環を促すイノベーションシステムの構築

 我が国企業は、2000年頃からM&A等で積極的に外部資源を導入する動きが見られるようなっているものの、自社内に閉じたかたちで独自製品・プロセスを開発する、いわゆる「自前主義」で行動してきており、依然、外部の「知」を有効活用することによる発展の余地が大きく残されている。また、グローバル競争がますます激化し、株式保有構造の変化等による経営の短期主義化傾向が強まる中で、基礎研究等の中長期的投資が困難になっている。他方、情報・知識・人のネットワーク化が世界規模で進む大変革時代において、新たな発想や科学技術イノベーションの「種」は、世界中の大学、公的研究機関、企業、さらには消費者など様々なところから現れてくる可能性がある。
 このため、様々に散らばる新たな「種」を上手に活用し、イノベーションを興して収益を獲得し、それを元に次のイノベーションへ再投資していく好循環を起こしていくには、技術やアイデアの外部組織からの取り込み、未活用技術の外部組織への譲渡などを通じてイノベーションを推進するオープンイノベーションを、戦略的かつ積極的に活用していくことが重要である。そのためには、様々な主体と連携し、多様性を効果的にマネジメントしながら新たな価値を生み出し、その中で創造性豊かな人材も育てていくことが重要である。しかし、外部の主体との連携は一朝一夕にして培われるものではなく、さらには組織間には制度、過去の慣習などに起因する「壁」も存在する。企業の連携に向けた活動が重要ではあるが、企業努力だけで解決するものではないため、政府の支援などにより、それらの「壁」を打破し、企業と外部の主体との関係性を構築しやすくすることが必要であり、例えば、国立研究開発法人による橋渡し機能の活用などが期待されている。さらに、先進諸国に比べ開業率が低いことを踏まえると、起業マインドを持ち、イノベーションに挑戦する人材の育成や起業しやすい環境の整備が重要であり、大学・企業・ベンチャーキャピタルが連携して、起業のためのエコシステムを構築していくことが重要である。
 こうした主体間のやり取りが活発に行われ、持続的にイノベーションを生み出す環境であるためには、主体を引き寄せる「場」が重要となる。企業、特に大多数を占める中小企業やベンチャー、大学、高専、国立研究開発法人や公設試などの主体はそれぞれの能力を世界レベルの競争に勝てるよう一層磨くとともに、それぞれが相互に信頼し合い効果的につながることができるような「場」を設定することに大きな意義がある。このため、大学、国立研究開発法人、企業等が結集するオープンイノベーション拠点の形成を行うなど、多様な主体を引き寄せ、目標を共有しながら相互に有益な共創を促進するための「場」の設定を支援するとともに、学術研究・基礎研究に重要な役割を担う大学等、「橋渡し」機能を担う国立研究開発法人等、実用化・製品化を進める企業等が連携してイノベーションを進める仕組みを展開する。その際、当初から成果の国際的市場への展開を視野に置いた知的財産マネジメント、国際標準化、ルール形成戦略、中でもオープン・クローズ戦略を持つことが肝心である。
 さらに、科学技術イノベーションシステムが持続的に駆動するには、成果を事業化し、市場における経済的価値として収益を獲得することが必要である。これまでの産学連携は主にサプライサイドから種々の施策が講じられてきた。しかし、初期市場構築が重要な意味を有する先進的な技術やサービスとして提供されるイノベーションには、その呼び水としての初期需要の確保、新製品等の有用性評価やフィードバック、販路開拓支援等の観点から、国が需要側からの施策(demand-side policy)の充実も図り、需給両面から支援していくことが重要である。特に中小・ベンチャー企業による新製品・サービス開発の場合には、大学や橋渡し研究機関との共同研究や技術評価、標準化等による市場への信頼性付与が効果的である。
 大学等にとっても、市場や製造の現場感を共有することは、研究・教育の両面で有益であり、若手人材の育成などにも資するにとどまらず、企業との協働により研究資金を獲得できる機会が増えて学術研究・基礎研究の充実にも資するなど、関係者全員にとって互恵的な関係を構築していくことが期待される。

(2) 大学改革と研究資金改革の一体的推進

 科学技術イノベーションを巡って世界的な競争が激化する中、大学も、優秀な学生の獲得、研究教育活動による社会的付加価値の創出、未来社会をリードする人材の輩出にしのぎを削り、世界規模で競争が起こっている。研究教育の多様性を担保しつつ、特徴ある研究教育を提供することにより国内外から優れた人材を引き付け、人的資本の質を高めることにより科学技術イノベーションに貢献し、その実績が大学の吸引力を更に強めるという好循環を生み出せるか否かに大学の将来がかかっている。
 大学改革の主体は大学自身であり、自らの理念に基づき研究教育の現場に改革を実装していく責務を持つが、国立大学においては、その運営に多くの公的資金が投じられていることから、社会からの信託を担保することが求められる。中でもイノベーションの源である多様で卓越した「知」と、それを生み出す「人」を育む場として、大学の重要性はますます増大しており、研究力の強化、産業界や地域などとの連携強化などを図り、イノベーション創出に貢献することが期待される。
 しかし、国立大学を巡る課題は山積している。例えば、大学内のガバナンスが効果的・効率的に機能していない、適切な大学間競争が起こっていないといった指摘がある。また、基盤的な経費が年々減少する中、組織の裁量経費が減少してきている。その結果、研究の多様性や基礎研究力の相対的低下、若手人材の雇用の不安定化といった問題が生じ、主に安定的に研究の多様性を支える基盤的経費と優れた研究や特定の目的に資する研究を推進する公募型資金によるデュアルサポートシステムが機能不全に陥っていることが示唆され、安定的な教育研究活動や全学的視点に立った各国立大学の構想力の実現が阻害されている。大学附属病院においては、国立大学法人化以降、先行的に経営改革に取り組んでいるとはいえ、これらの改善を図るための大学改革を確実に実行する必要がある。
 競争的資金等は、科学技術イノベーション活動の根幹をなすものであり、その改革は研究力・研究成果の最大化に資する方向で検討するものであるが、一方で、研究費を獲得した研究機関における組織の機能向上や所属研究者の育成にも資するものであり、科学技術イノベーション政策の重要な手段となっている。
 このため、国立大学等の組織改革と資金改革とを一体的に進め、研究成果の最大化や機関の機能強化を図る。具体的には、各大学が強みや個性を生かしつつガバナンス改革を進め、世界トップクラスの研究者・学生に選ばれる大学を目指す、また地域イノベーションを支えるなど、ビジョンの明確化、戦略的な行動を実行するといった機能強化を促す大学改革を推進する。特に財務状況の可視化、ガバナンス強化、組織の新陳代謝促進、民間資金の活用促進などの財源の多様化等、大学経営力を強化し教職員が一体となったプロアクティブな大学運営を可能にする改革を推進することが大学に求められる。
 あわせて、国は基盤的経費と公募型資金の在り方を見直すとともに、特に制度の目的や特性に応じて国公私立大学や国立研究開発法人、民間企業等に配分される競争的資金については、研究資金の意義・範囲等を含めて全体設計を見直した上で、その政策目的等を踏まえ対象を再整理し、適切に間接経費を措置する。また、競争的資金については、府省統一ルールを設定し不正対応や不合理な重複・過度な集中対応、間接経費の措置等に関係府省全体で取り組んでいるほか、使い勝手の改善に資する使用ルールの簡素化・統一化も検討し、着実に改善を進めている。今後は、より効果的・効率的な資金の活用を目指し、競争的資金の使い勝手の改善に資するため、研究機器の共用化の促進、使用ルールの統一化等を着実に実施し、他の公募型資金においても同様の取組を進める。さらに、戦略的な大学運営を可能にする財源の多様化を促進するため、民間資金に対する間接経費について産学連携を加速する観点も踏まえて柔軟に対応する。
 また、大学のシステム改革は本来、各組織がまず自らのビジョンに基づき、内部の人材を強化しつつ、自発的に実施していくべきものであるものの、それを加速する観点から組織におけるシステム改革を政策的に誘導していくことは重要である。このため、例えば、卓越研究員といった人材政策と、年俸制、クロスアポイントメント制度、テニュアトラック制といった国立大学における人事給与システム改革の実施を連動させるなど、システム改革の継続性を担保する。

(3) 国立研究開発法人の機能強化・改革

 国立研究開発法人は、国家的あるいは国際的な要請に基づく研究開発等を着実に遂行するため、長期的なビジョンに基づき、民間では困難な基礎・基盤的研究のほか実証試験、技術基準の策定等を実施していくこと、また、イノベーションシステムの中で企業と大学との橋渡し機能や、共創促進の「場」を持つイノベーションハブとしての機能等を強化することが求められている。このため、総合科学技術・イノベーション会議が各研究開発法人や所管府省等とも連携し、先行的に橋渡し機能強化を進める産業技術総合研究所(以下、「産総研」という。)及び新エネルギー・産業技術総合開発機構の取組を、「橋渡し」機能を担うべき他の国立研究開発法人に対し、対象分野や業務の特性等を踏まえ展開・定着させる。また、国家的に重要な技術開発の推進等を図るため、国立研究開発法人を中核として、産学官の技術・人材を糾合する場を形成する。各法人のミッションを果たすために不可欠なインフラや人材が適切に維持・更新されるとともに、研究開発成果の最大化を目指し、研究開発等の特性を踏まえた適正かつ効果的な業務運営を図るべきである。
 その際、科学技術イノベーション政策の基盤となる世界トップレベルの成果を生み出す創造的業務を担う法人を特定国立研究開発法人(仮称)として位置付け、支援を行うための制度の可能な限り早期の実現と適切な運用を図るべきである。

(4) 「地方創生」に資する科学技術イノベーションの推進

 我が国においては、これまで大企業と共に優れた技術力を有する中小・中堅企業が垂直関係を基に連携した企業群として、製造業を中心とした日本の産業競争力を牽引してきた。しかし、長引く日本経済の低迷、産業構造の変化、大幅な円高等の影響を受け、ものづくりの中小企業が多く存在する地域経済は大きな打撃を受けた。
 この間、多くの地域イノベーション施策が展開され、特に、2000年以降は、各地域の特性を考慮したクラスター施策や、地域の大学の技術シーズ等を核とする地域施策が行われてきた。また、筑波研究学園都市や関西文化学術研究都市を始め、地域の研究開発拠点整備も行われてきた。これら施策の評価等から、地域イノベーションを効率的かつ効果的に創出するための次の四つの視点から検討を行うことが重要である。

1.地域に事業拠点を有し、国内外の市場で需要開拓する力を持つ技術に優れた中小企業が牽引すること

 地域経済全体の引上げを図るためには、(1)技術革新と、海外も含めた市場動向に軸足を置いた需要開拓とを同時に進めていくことで地域を支える中核企業/中核企業候補の成長を促すとともに、(2)中核企業が中心となり、地域の取引先企業との連携を通じた波及効果を促し、地域における産業の集積を推進するのが効果的だと考えられる。
 その際、地域の大学、公的研究機関等がその特色を活かしつつ、中核企業として期待されるグローバルニッチトップ企業との連携を強化し、グローバルに競争力を有する付加価値の高い新事業・産業を創出するなど、より積極的に貢献することで、地域における共同研究開発(オープンイノベーション)や、地域の優れた技術や製品の標準化活動が拡大されるよう支援することも重要である。

2.地域の中小企業、大学、国立研究開発法人、自治体等が集まり、地域内だけでなく、全国又は海外のリソースも活用したオープンイノベーションを推進する「場」があること

 全国には様々な特徴、資源を有した地域が存在しており、これら地域の多様な資源をベースに新たな事業、活動が生まれる胎動も散見され、このような芽を育てる上で、知的蓄積を有する大学、橋渡しを担う産総研等の国立研究開発法人や公設試、地域の企業に加え、自治体や地域金融機関も含めた多様な関係者が集まるオープンなイノベーションの「場」があることは重要である。特に自治体は地域全体の未来を築き上げることが使命であることから、地域の特性を踏まえつつ、適切な先導・支援を行うことに腰を据えて取り組むことが必要である。さらに、イノベーションを創出するために必要となるリソースは、地域内外に分散していることもあるため、国内外を問わず外部からもこれらを獲得・活用することが必要である。
 「場」が機能し、イノベーションを創出していくためには、市場ニーズの技術ニーズへの落とし込み、技術シーズの事業化に加え、事業性を踏まえた投資判断に基づく資金投入、知的財産を活用して事業化につなげる人材の確保・育成、地域の枠を超えた連携の推進、地域の現場を理解し多様性をマネージするリーダー役等の多様な能力を持つ主体が必要である。特に地域に存在する大学は、とりわけイノベーションの源となる人的、知的蓄積を有しており、その活用が期待される。加えて、公設試と産総研等の国立研究開発法人の連携等により、技術シーズを事業化につなぐ「橋渡し」を地域及び全国レベルで推進すべきである。

3.画一的な施策ではなく、地域の真の強みに基づいた自律的なもので、地域に根付くこと

 地域イノベーション創出に必要な主体及び要素は地域ごとに異なり、また、地域の関係者の「思い」もまちまちであることから、地域における持続的なイノベーション創出には、地域主導のビジョンや戦略の構築・遂行が必要である。
 画一的な施策では、地域の真の強みを活かしきれず、イノベーションシステムが地域に定着せず、自律的な地域の成長につながらないおそれがある。このため、地域のボトムアップのアプローチを重視し、国は地域の声に耳を傾け、地域ごとに活用できるよう、多様な施策のメニューを用意することが重要である。

4.成功事例等を相互学習すること

 地域の組織などが中核となって創出しているイノベーションの成功事例や失敗事例については、その要因分析とともに他の地域に広く展開することで、地域主導の戦略を立てるためのきっかけとなると考えられる。

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研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付

(研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付)