6 基盤的な力の育成・強化

 世界的に先行きの見通しが立ちにくい大変革時代を我が国が先導するには、人材、知の基盤の強化を図り、さらには、科学技術の未来開拓に向けた挑戦、地球規模での経済・社会的課題に対応していくためにも、我が国における科学技術の基盤的な力の涵養は不可欠である。

(1) 科学技術イノベーション人材の育成・流動化

科学技術イノベーション人材を巡る状況認識、人材システムの理念

 科学技術イノベーション活動を担うのは「人」である。「知」や付加価値の創造のプロセスが想像を超えるスピードで変化し、グローバルに展開される中で、学界や産業界等の多様な場で活躍する人材には、主体的に行動する力、既存の枠組みにとらわれない自由で柔軟な発想による企画力、高度で学際的な知識と能力に基づく思考力、多様な人や組織との連携を可能にする交渉力・組織力、加えて起業家マインド等を持つことが求められる。将来の我が国の科学技術イノベーション活動の中核となる若手人材はまさに現在育成されているところであるが、人口減少・少子高齢化が進み、世界中で人材獲得競争が激化する中で、早急に適切な対応をしなければ、今後、量的にも質的にも優れた人材の確保は一層困難になると予想される。
 このため、上記のスキルを備え持つ質の高い人材を育成するとともに、現役世代を含むすべての人材が業務特性に応じて適切に評価され適材適所で活躍できるよう環境を整えることが重要になる。中でも、人材、特に若手、女性、外国人の流動化を妨げる「壁」を取り除いていくことが喫緊の課題である。

知的プロフェッショナルの活躍促進

 研究者として活躍する人材、イノベーションの構想力を持って事業化も含めたプロデュースやマネジメントを行う人材、イノベーションの現場を支える人材が、科学技術イノベーションを支える高度な専門性と能力を有する知的プロフェッショナルとして活躍できるよう、社会的認知度を高めていくことが肝心である。このような人材が様々な場に活躍の機会を見出し、分野、組織、セクターなどの「壁」を乗り越え、連携・協働することにより、科学技術イノベーションの推進力となることが期待される。

若手研究者の育成、確保、活躍促進

 我が国の優秀な若手研究者の育成、確保、活躍促進については、研究責任者(PI)として創造性を十分発揮できるような環境を整備する。さらに、大学等においてはシニア研究者を対象に、任期制や年俸制への転換など、雇用条件をより柔軟化することで、若手が挑戦できるポストを拡充するとともに、テニュアトラック制の拡充や、流動性と若手が自立して研究活動に専念できる安定性とを両立できる研究者雇用システム(卓越研究員制度)を構築するなどにより、アカデミアにおけるキャリア・パースペクティブを明確化する。こうした取組により、大学等における組織の新陳代謝を促し、人材の適材適所の配置を実現する。あわせて、人事給与システム改革の実績を踏まえ、競争的資金等の研究代表者への人件費措置を検討する。
 その際、資金制度の評価・配分決定に当たって人材育成を評価の対象と位置付けるとともに、資金の配分の在り方を見直し、若手向けの萌芽的な研究や分野横断型、挑戦的な研究に対する資金の充実といった研究資金制度改革と連動させることも必要である。

科学技術イノベーション人材の社会の多様な場での活躍促進

 科学技術イノベーション人材の知的プロフェッショナルとしての育成と活用には、大学と産業界による送り出す人材と求める人材との質的・量的ミスマッチの解消に向けた連携が不可欠である。このため、両者が将来に向けた人材育成について検討を行う「場」を設け、認識の共有を図り、その上で腰を据えた人材育成を協働して進める。その前提となる信頼関係の構築に向けて、経済社会の将来像を見据え、将来必要とする人材の質・量の見直し、それを踏まえた大学教育の方法も含めた人材育成の在り方を、産学が互いに人材の需要側、供給側の立場を超えて、対話を通じて模索する作業をこの「場」を活用して行う。
 また産学が連携して教育プログラムを開発するとともに、キャリアパスの多様化・複線化を可能にする仕組みを協働で構築することも重要である。

大学院教育等の充実

 学生に対しては、将来的に産学官の様々な場で活躍できるよう、1.国際的に通用する高い専門性を身に付ける、2.企業や国立研究開発法人等の研究開発現場で実践的研究を経験する、3.幅広い知識や課題設定・解決能力、知識を実際に活用していく能力、アントレプレナーシップを醸成するなどの多様な機会を提供することが重要である。このために博士課程教育リーディングプログラムに加え、卓越大学院制度(仮称)等の大学院教育改革や企業研究者の産学連携プログラムにおける博士号取得の促進、企業・国立研究開発法人等に学生を派遣する連携大学院制度を活用した博士号取得の促進など、大学・国立研究開発法人・企業等の全てのステークホルダーが一体となって人材育成を進めることが重要である。また、このような取組とともに、研究資金制度改革と連動させ、博士課程の学生に対する経済的支援の充実を図っていく。

人材育成のシステムを担う主体の意識改革

 知的プロフェッショナルたる人材の育成、確保、活躍を促進するに当たっては、制度面での取組もさることながら、確固たるプロフェッショナルとして実効力を獲得するためには、科学技術イノベーションのステークホルダー、中でも博士課程の学生やポストドクター、大学の教職員、産業界の意識改革が必要である。博士課程の学生やポストドクターは、自らの研究スタイルを確立するプロセスにおいて多様な研究の場での経験が糧となることを認識するとともに、自らのキャリアパスは主体的に切り拓くものとの意識を持つことが重要である。大学の教職員は、博士課程の学生やポストドクターには多様なキャリアパスの存在を意識するよう促し、彼らが、学問的な専門性を修得すると同時に、広義の研究活動に多様な場において求められる能力を身に付けるよう指導することが重要である。産業界には、博士人材育成への参画を通じて大学教育に対するニーズを擦り合わせるとともに、博士号取得者に対してコンピテンシーに準じた処遇の適用に取り組むことが期待される。

人材の流動化・国際頭脳循環の推進、多様な人材の活躍促進

 研究者の能力を高めるには、自己研鑽の機会や、異なる知と出会う機会を重ねることが欠かせない。それを可能にするのが人材の流動性であるが、研究領域、組織、セクター、性別、国境などの様々な「壁」が存在し、流動化の妨げになっている。大学においては、このような「壁」を低くするために、専攻の枠を越えたプログラムや産学共同のプログラム等の大学院教育を充実するとともに、学生が在学中に多様な場で経験を積むことができるような取組を推進する。あわせて、年俸制やクロスアポイントメント制度といった人材の流動性を高める制度を活用する。
 また、人材の新陳代謝を促すためには、国際的な頭脳循環の動きを誘導することが鍵となる。そのためには、大学・研究機関がそれぞれの特徴に基づき比較優位性をアピールし、国内外の優秀な学生を引き付ける努力を積み重ねることが求められるとともに、海外派遣支援、海外でのキャリアアップを目指す人材への支援、国内外の流動化の実態把握のための取組などを充実していくことが重要である。
 さらに、科学技術イノベーションの基盤的な力として人材の多様性を担保することが欠かせない。そのためには、性別や国籍にかかわらず能力を最大限発揮できる環境を整備するとともに、キャリアパスの複線化・多様化を可能にする組織体制が必要である。特に、女性研究者については、これまでも組織的な取組等が進められてきたが、諸外国と比較すると女性研究者の割合はいまだ低水準にとどまっていることから、根源となる課題の解決への調査を深化させ、教育・研究の段階・特性に応じた対応の検討等により、活躍の機会を一層拡大していくことが求められる。

次代を担う人材育成と裾野の拡大

 次代の科学技術イノベーションを担う人材の育成には、初等中等教育段階から柔軟な思考や斬新な発想の重要性を意識した取組を強化することが重要である。このため、デジタル化データを駆使した問題解決型の数理・情報教育の充実や科学の意義を分かりやすく伝え興味を引き出す体験型プログラムを学内外に活動に取り入れるなど、教科としての理科に対して補完的な教育の枠組みの導入を推進する。また、中等教育においては、理系・文系の「壁」に拘束されることなく、教科を幅広く選択できるようカリキュラムの構成を見直すとともに、自ら課題を発見し学習するという、科学的なアプローチの第一歩とも言える体験をPBL(Project-based Learning)といった教育手法の導入により可能にする。加えて、グローバル化に対応した英語教育全体の充実を抜本的に図ることやアントレプレナー教育への取組が必要である。

(2) 知の基盤の涵養

 大変革時代においては、従来の慣習や常識にとらわれない柔軟な思考や斬新な発想が求められる。このような観点から、知のフロンティアを開拓し、イノベーションの源泉となる基礎研究力を強化することが必須である。しかし、研究分野が細分化する中で学際的・融合的な研究の広がりが限定的であること、国際共同研究の取組の進展が主要国ほど活発でないこと等に見られるように、我が国の基礎研究力は世界と比較して相対的に低下しつつある。
 このため、独創的な発想に基づく学術研究とともに出口を見据えた目的基礎研究を強力に推進し、融合的、学際的視点にも留意しつつ、多様で卓越した知の資産を創出し続ける。また、未来の産業創造や社会変革を先取りし、経済・社会的な課題を解決していくためには、これらを横断的に支える基盤的な科学技術を強力に涵養していかなくてはならない。
 さらに、知の基盤として、大学や国立研究開発法人における研究環境整備を持続的に行う。

イノベーションの源泉としての学術研究と基礎研究の推進

 近年は、リニアモデルだけでなく、実用化段階における課題を解決するために基礎研究に立ち戻る場合や、研究開発のあらゆる段階から直ちに実用化されイノベーションにつながるオープンでダイナミックなイノベーションの形態も見られつつある。このような状況にも柔軟に対応するためには、近年、相対的に低下しつつある基礎研究力を将来的な科学技術イノベーション創出の基盤として強化し、多様で卓越した知の資産を創出し続けることが重要である。
 このため、新たな知のフロンティアを拓く礎であるとともに、イノベーション創出の源泉でもある、独創的な発想に基づく学術研究と出口を見据えた目的基礎研究を強力に推進する。その際、これらの研究については、腰を据えて研究に取り組める環境を整備するとともに、組織の多様性・自律性を尊重しつつ、長期的な観点で成果の創出を見守ることも必要である。また、学術研究については、持続的なイノベーションの源泉としての役割を強く意識した上で、挑戦性、総合性、融合性、国際性を高めるべく、社会からの負託に応えるための改革を図っていく必要がある。この視点に基づき、科学研究費助成事業を始めとする研究資金制度の改革と強化を図る。
 また、学術研究と目的基礎研究の研究資金の配分に当たっては、前者については、予測不可能性というその性格に鑑み、裾野を広く、かつ、一定程度腰を据えて研究資金を配分する一方、後者については、選択と集中を図って配分するなど、適切なバランスをもって配分することが必要である。さらに、複数の研究費間のシームレスな連携を可能とする研究情報・成果に関するデータベースを構築する。
 なお、学術研究・基礎研究は、国際的に通用する研究者を育てる場であるとともに、それを通じて科学技術イノベーションの推進を担う多様な人材が育成される場という側面も有しており、人材育成の観点からも基礎研究力の強化は重要である。
 さらに、学術研究・基礎研究を担う機関の効果的な連携による共同利用・共同研究体制の改革・強化により、資源の効果的・効率的な活用等に資するだけでなく、異分野連携・融合や新たな学際領域の開拓、人材育成の拠点としての機能の充実を図る。
 これらの機能に加えて、国際共同研究の促進には、国内外から第一線の研究者が集う「場」の形成が大きな役割を果たす。特に、世界中で人材獲得競争が激化する中で、我が国が基礎研究の水準を維持・向上させていくためには、国際的な研究拠点の形成が重要である。このため、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は非常に優れた成果を上げていることから、その世界的な知名度を維持し、WPI で培われた拠点運営・国際連携のノウハウや先導的なシステム改革を我が国全体に波及させるとともに、拠点形成の展開を図る。あわせて、大学共同利用機関や共同利用・共同研究拠点を活用することも視野に入れ、滞在型の国際共同研究の機能を強化する。また、戦略的な国際共同研究を推進するため、国際共同研究資金の充実や二国間、多国間のマッチングファンドの創設を図る。

横断的・基盤的な科学技術の強力な推進、知の基盤としての研究環境整備

 未来の産業創造や社会変革を先取りし、経済・社会的な課題を解決していくためには、これらを横断的に支える基盤的な科学技術を強力に推進することが必要である。
 また、知の基盤として、大学や国立研究開発法人等における研究環境整備を持続的に行う。具体的には、情報基盤は、研究開発活動、成果の発信、人材育成などあらゆる科学技術を支える情報インフラとして必要不可欠な役割・機能を担っている。
 また、世界最先端の大型研究施設や、産学官が共用可能な研究施設・設備等は、それらを通じて多種多様な人材を集結させる効果もあり、科学技術イノベーションの創出の加速化が期待される。このため、これらの施設・設備等の整備・運用や施設間のネットワーク構築によるプラットフォーム化を戦略的に実施していくことが重要である。さらに、研究施設・設備のみならず、バイオリソースやデータベース等の知的基盤を広く産学官の研究への利用や産業界での活用に供することが重要であり、これらの知的基盤の整備・共用のための取組をより効果的・効率的に推進する。
 加えて、大学や国立研究開発法人等の施設・設備を最大限に活用するため、計画的な整備や共用促進等を図る。また、国立大学等の施設については、長期的視点に立った安定的・継続的な財政支援を実施するとともに、計画的・重点的な整備を進める。

(3) オープンサイエンスの推進

 オープンサイエンスは、公的研究資金を用いた研究成果(デジタル化された論文及び研究データ等)について、科学界はもとより産業界や社会一般から広く容易なアクセス・利用を可能にし、知の創出に新たな道を開くとともに、効果的に科学技術研究を推進することによりイノベーションの創出につなげることを目指した新しい科学の進め方であり、近年、この概念が世界的に急速な広がりを見せている。
 これを推進することは、研究成果の理解促進、成果の再利用による新たな発見や新たな研究概念の創出を促すとともに、イノベーションを加速し、新たな産業の創出、競争力の強化、地球規模での研究の促進等への貢献を可能にする。これの推進は、イノベーションの環境整備にほかならず、かかる認識を各府省、研究資金配分機関、大学・研究機関、研究者等のステークホルダーで共有した上で、推進体制を構築する必要がある。その上で、科学技術先進国と連携・協働し、世界をリードしていくべきである。

オープンサイエンスの推進のための環境整備

 公的研究資金による研究成果の利活用を拡大することを、我が国のオープンサイエンス推進の基本姿勢とする。公的研究資金による研究成果のうち、論文及び論文のエビデンスとしての研究データについては、国際的な協調の下、原則公開とし、その他の研究開発成果としての研究データについても可能な範囲で公開することを推奨する。ただし、研究成果のうち、個人のプライバシー、商業目的で収集されたデータ、国家安全保障等に係るデータなどは公開適用対象外とする。
 なお、研究分野(物理学、化学、材料科学、地球科学、バイオサイエンス、人文・社会科学等)によって研究データの保存と共有の方法に違いがあることを認識し、また、国益等を意識したオープン・クローズ及び知的財産権の実施等にも留意した上で、公開適用対象外あるいは公開に制限を設けるデータ等に配慮した実施方針等を策定するなど、実行可能な体制を構築する必要がある。

研究成果の活用・再利用によるイノベーション創出を加速する情報基盤づくり

 オープンサイエンスを推進することで従来の科学研究活動の枠組みが変わり、科学的なデータへのアクセスが増加すれば、科学研究活動の効率化と生産性の向上をもたらすとともに、国内外からの研究過程への参加の機会が増加することによりデータの共有・統合が進み、これまでできなかったような複雑多岐に渡る研究の実施も可能となることが期待される。これらを確実に機能させるための仕組みを構築し、有効なものとしていくことが重要であり、次世代の研究者が同様の研究を繰り返さず、成果(論文、研究データ等)の活用・再利用ができるようなものとしていくとともに、データ生成者との直接的なつながりがなくとも、データの存在を公開することで異分野での利活用を進展させ、新たな知見やイノベーションを創出する仕組みとする必要がある。
 また、成果・データ共有プラットフォームの構築は、最新の研究成果や他領域での新たな知見、データなどを総合的に扱いながら課題を解決する能力を持つ人材育成という観点からも必要である。

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研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付

(研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付)